愚地独歩さんとの試合の日がやって来た。今日はわざわざ猪狩さんが関係者として俺の控え室まで来ているんだが、どうも独歩さんはそれだけやばい人らしい。
なんでも独歩さんはガチで虎殺しをやったんだとか。……いや、まぁ、正直に言うと俺も出来ると思う。それこそ虎殺しどころかホッキョクグマ殺しでもやれるかも。どこぞの団体がうるさそうだからやらないけどね。
「良意、今日は無理にプロレスにこだわるんじゃねぇぞ」
試合前のエネルギー補給をしていたら不意に猪狩さんがそんな事を言ってきた。
「珍しいですね猪狩さんがそんなことを言うなんて」
「余人なら壊さねぇ様に手心を加える意味でもプロレスをさせてきたが……愚地独歩は別だ。奴は本物の空手家だからなぁ」
徳川の爺様の屋敷で会った時にそれはわかった。拳を始めとして各部位の部位鍛練を怠っていないのも直ぐにわかった。もしかしたら打岩も出来るかもしれない。
そして猪狩さんがこう言う程に危険な人なんだろう。けど俺はプロレスラーだ。だからこそ出来る限りプロレス的に戦いたい。
真剣勝負を……本気の戦闘を否定するつもりはない。だが見ている人達を楽しませるという一点においてはプロレスに勝る格闘技は無いと思っている。
何よりも俺自身が楽しいんだ。プロレスが。
「まぁ、なんだ。そんなわけだから、ファイトマネー分は楽しんでこいや」
やれやれ、プロレスにこだわるなって言ったのに楽しんでこいか……この人に拾われて良かったな。
さてエネルギー補給も終わったし、ちょっと仮眠をしたらアップを始めるかなっと。
そうしてやって来た試合時間、地下闘技場に入場してファンサービスのパフォーマンスをしていると不意に背中が重くなり、首に何かが巻き付いてきた。どうやら愚地さんが試合開始の合図の前に仕掛けてきたようだ。
いいね、とてもプロレス的じゃないか♪
けど愚地さん、チョークスリーパーは良い選択とは言えないなぁ。
打撃、投げ、絞め、極め、これらあらゆる攻撃を『受ける』のがプロレスラーなんだ。
だからね……打撃の人の絞めで落ちるほどプロレスラーの首は柔じゃないよ。愚地さん。
俺は何事も無かった様に散歩でもするかの如く闘技場の中央に歩いていく。そして中央に辿り着くと後頭部に衝撃が走った。おそらく頭突きでもされたんだろう。
振り返ると愚地さんが足刀での横蹴りを喉に放ってくる。容赦ないねぇ。もちろんこれも受ける。するとこの一撃を皮切りに愚地さんのラッシュが始まった。
下段蹴り、腹への足先蹴り、胸や腹への正拳突き連打に上段回し蹴りと全て受ける。
うん、痛いな。地下闘技場で戦った人達の中でも断トツで痛い打撃だ。けど師父程じゃない。あの人の『消力』を使った打撃はシャレにならないからなぁ。
そんな事を思いながら受けていると、ふと違和感を感じる。なんだろ?
ジッと愚地さんの打撃を観察しているとその違和感がわかった。
なるほど、『正拳』が合っていないんだ。
その事を指摘するか少し迷った。俺みたいな若造が言う事じゃないかなって。
けどそれもプロレス的かなと思うので言ってみようと思う。
ラッシュが終わり一息つくために愚地さんが離れたのを見計らって、俺は口を開いたのだった。
◆
side:愚地独歩
ここまで打撃をかまして倒せないどころか大したダメージを与えられないのは初めての経験だ。屈辱どころかテメェの未熟を恥じるばかりだぜ。
そう思いながら一息入れるために離れると不意に三浦の奴が口を開く。
「惜しい、惜しいなぁ……拳が合ってない」
「あん?」
いきなり喋り始めたかと思えば拳が合ってねぇだぁ?
「師曰く、拳は握るものではなく造るもの……だそうですよ?」
その場で右手を上げた三浦が話し出す。
「正拳、平拳、開手拳と打撃の用途に応じて色々な形がありますが、本当に自分に合っている拳は一つ。それを見つけられないと本当の脱力には辿り着けない。もしかしたら、思いもよらない拳の形が愚地さんには合っているかもしれませんね」
腰に手を当ててニッと笑った三浦がまた話し出す。
「まぁ、そんなことをこんな若造に言われたって納得いかないでしょうからここは一つ、本当の脱力が出来た拳ってやつを体験してもらいましょうか」
そう言うと三浦は試合が始まってから初めて構えを取った。
三体式……中国拳法の構えの一つだ。
スッと歩みを進めて距離を詰めてくる。
悪いが俺は空手家だ。プロレスラーの様にわざわざ食らってやらねぇよ。
前羽の構えを取り完全に防御の準備は整っていた。
だが……。
「ガハッ!?」
気が付けば腹に強烈な衝撃を感じて俺は地面に倒れた。
倒れる前に目にした三浦の状態から察するに俺が食らったのは崩拳……それも武術の世界じゃ名高い半歩崩拳だ。
「こんな感じに余計な力みが抜けてしっかり脱力が出来れば起こりを消せます。……便利でしょ?」
便利なんてもんじゃねぇ。三浦の野郎、身体の起こりどころか意識の起こりまで消しやがった。
俺も長年の鍛練で身体の起こりや意識の起こりを可能な限り消したが、それでも打撃を外せないってレベル。だが三浦のは食らってからわかるレベルだ。俺が相手の起こりの意識を読むことに関して未熟だったとしても見事としか言いようがねぇぜ。
たった一発で足が震える程のダメージを負っちまった俺だが歯を食い縛って立ち上がる。そんな俺の頭ん中には色々な思いが巡っちゃいるが、そん中でも一等強い思いは『もっと見せろ!』だ。
三浦が見せたモノは今の俺に足りないモノ。俺がもっと強くなるために必要なモノなんだ。こんなところで寝てちゃもったいねぇだろ!
そう思ってやっとの事で立ち上がってみりゃ、三浦の奴はこれ見よがしに右腕をグルグルと回してやがる。
おいおい、あんなモンを見せておいてプロレスに戻るたぁつれねぇじゃねぇか。
まぁいい。今日のところは勘弁してやるよ。だからよ三浦。
俺がテメェに合った拳を見つけたそん時には……また戦ろうぜ。
走り出した三浦が放つラリアットを受けた俺は、笑みを浮かべたまま気を失ったのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。