長くはないですが、短くもないと言った感じです。
「とうとう本妻を開放しましたよ、あの癖馬さんが……。」
「本当に待ちに待ちましたよ。11年も独占してくれましたからね。」
「まぁ、産駒がよく走ったからこそですけどね。というか、セリで落として収支がマイナスになった馬主さんがほとんどいないって、どれだけ優秀だったんだと言いたいです。」
「絶対に牝馬の血統の力だと主張したい。怪我無く、こんなに走れる産駒が多いのは、おかしい。」
「それはそうですが、彼女自身は決して馬体が優れているとは言えませんよ。最後まで340kgの馬体重でしたし……。」
「馬体重はそうだったかもしれませんが、トモにはしっかりと実が入っていた印象でしたよ。それに産駒たちは母を優に超える馬体に成長しています。となるとやはり母父の影響は大きいと思いますよ。」
「というか、最近のフロウレスを見た方はいらっしゃいますか?びっくりしますよ。」
「見ました。すごいですね。確かに胴回りは繁殖牝馬っぽくなっていますが、トモとかは、現役時代と遜色がなかったです。まだまだ期待できますよ。」
「となると、誰をあてがうかですよ。」
「すみません。わたしは馬主になって日が浅いので、不思議に思っていたのですが、普通は種付け料を払って牝馬に種付けするんですよね?どうして、フロウレスは牡馬側がお願いして、種付けをさせてもらうんですか?」
「それはほら、あのウォーエンブレムを年に100頭以上と種付けさせたからですよ。お宅のグループからしたらシンジゲートが解散したとはいえ、大変な利益となったありがたい出来事ですよね。」
「そうですね。確かにうちにとっては、かなりの損失を覚悟していたのに、蓋を開けてみれば、かなりの収支でしたからね。足を向けて寝られないことだけは確かですね。小柄な栗毛、しかも無地にしか興味を示さなかったウォーエンブレムにとって、フロウレスは正しく交配相手として完璧でした。好みに合ったこともありますが、他馬を宥めることに長けていると聞いていたので、わたし自身がフロウレスのオーナーに頭を下げに行きましたよ。彼自身、アメリカで有力馬を集めていることから、ウォーエンブレムのことは勿体ないと感じていたそうです。毎年、今年もよろしくお願いしますと挨拶していたら、恒例のようになっていたのですよ。そして、気付けば他のみなさんも彼に挨拶しに行くようになったんですよね?うちのと交配させてくれって……。元はわたしでも、わたしだけで作り出したというよりは皆さんで作り出した風潮ですね。」
「確かにその通りです。わたしは3年目ぐらいからお願いしていましたが、結局、ここまで来てしまいました。」
「しかし、11年ですよ。どうしてこれまであのオーナーはウォーエンブレム以外と種付けさせることを許さなかったんですか?」
「それがかのオーナーご自身にも分からないっておっしゃっていましたね。5年も同じ相手と交配して、牝馬も牡馬も揃っていたのに、それでもなおウォーエンブレム以外と交配させることに忌避感があったようです。結果、うちとしては大助かりでしたが……。」
「まぁ、とはいえこれからですよ。もはやウォーエンブレムという障壁は無くなりました。」
「そういえば、今年から繋養先はどうなるのですか?形としては、オーナーの牧場からの出向みたいな感じでしたよね。」
「そうですね。うちでお預かりしている形になります。ただ、先日お返ししましょうかと相談したところ、引き続きうちで繋養することになりました。というのも、多くの方がフロウレスを訪ねておりまして、今さら引っ越しするのもどうかということになりました。現役時代から、多くの人に可愛がられたと調教師の方がおっしゃっていましたからね。オーナーは結構な頻度で会いに来ますし、ほら、主戦騎手だった彼の奥さんも、それはもう月一回以上のペースで会いに来ますよ。費用は持ちますから、多くの人に会わせてあげてくださいとお願いされています。これからもうちで会うことが出来ますよ。皆さんだって割と来られるじゃないですか。」
「なんというか、時折無性に会いに行きたくなるんですよね。こうやって会いに行っていれば、今年こそうちのと交配できるんじゃないかと思ってしまうのですよ。」
「いや、今年こそ、うちのと交配させてもらいたいですね。わたしは毎月会いに行きましたからね。」
「いやいや、うちだって同じようなものですよ。今年こそうちです。」
「まぁまぁ、みなさん落ち着いてください。というか、ここに集まっている皆さんは、一様に、ステイゴールド産駒をお持ちの皆様じゃないですか。考えていることは同じということでしょう。」
「そうですね。逆ステマ配合、ディクタスの4×3がどうなるのか、見てみたいのは確かです。何せフロウレスが凱旋門賞を制覇して以来、彼女の産駒以外は、ナカヤマフェスタ、オルフェーブルの2着が最高順位ですからね。逆ステマ配合で挑みたいという夢は捨てられませんよ。」
「それに、戦績が振るわなかったステイゴールド産駒だとしても、あのフロウレスなら何とかしてしまいそうですからね。」
「とりあえず、今日の午後、みなさんであちらのオーナーに挨拶しに行くのですから、その時にまた相談しましょう。」
「まぁ、ホテルの広間と宿泊を確保している挨拶って、世界中見てもわたしたちぐらいじゃないですかね……。しかも向こうのオーナー持ちって……お気遣いに感謝しないと……。」
「それだけ今年は長くなると考えたのでしょうね。聞いたところ、ウォーエンブレムが帰国すると決まった時には、ホテルを予約していたそうですよ。」
「すさまじいですね……。」
「おや、そろそろいい時間です。とりあえず、昼食にしましょうか。みなさん移動の準備をお願いします。」
こうして、馬主たちの話し合い、第一弾は一旦お開きとなった。
「獲ったー!父が獲れなかった1着を、3歳にして息子が獲ったー!!しかも何だこれは!強い、強すぎる。半兄が残したレコードタイムを0.5秒も上回っています!そしてこの着差。さすがはフロウレスの息子たち!」
「いやぁ、ナカヤマフェスタ産駒初G1がこの凱旋門賞とは、孝行息子ここに極まれりってやつですね。」
「本来差し馬なのに、この不良馬場を逃げ切ってしまいましたよ。というか、日本ダービーでコントレイルに敗れたときより速いってどういうことですか!?」
「父親も馬場が重いときに走って2着でしたが、これは母親の力でしょうね。半兄が、母親のレコードを0.1秒更新したときもすごかったですが、それを0.5秒も更新となると、欧州馬場の適性の方が強いのかもしれません。」
「いずれにせよ、凱旋門賞馬という肩書をたずさえて、無敗2冠馬コントレイルと菊花賞で激突でしょうか!ホープフル、皐月賞、ダービーは全て2着でしたからね。」
「さすがに菊花賞はローテーション的に厳しいのでは?ジャパンカップか有馬記念で古馬を相手にするのではないでしょうか。」
「いやぁ、いずれにせよ楽しみですね。」
「2歳G1からクラシック戦線で全部2着だったので走るとは思っていましたが、ここまでとはね。この様子だと、来年もステイゴールド産駒をお願いされるんじゃないですか?」
「うーん。そうですね。ただどうしても種付けして欲しい馬がいましてね。1年待っていただこうかと考えています。」
「おや、珍しい。あなたがフロウレスに種付けして欲しいと考えたのは、ウォーエンブレム以来じゃないですか?」
「そうですね。その通りです。正直に申しますと、かつてわたしは、あの仔にステイゴールドを種付けして欲しかったのですよ。残念ながらディクタスの3×3になってしまうので諦めましたが……。」
「そうだったのですか。初めて知りましたよ。しかし、種付けして欲しい種牡馬というのは?」
「……ステイゴールドと同じくG1に勝ったのは1回でしたが、サンデーサイレンスの血が入っていなかったことで今も種牡馬として重宝されている。しかし、彼の産駒は難しい立場にいるとわたしは考えています。多くの馬にサンデーサイレンスの血が入って交配もしづらい。菊花賞馬と海外G1馬が一頭ずつのみで、誰もが諸手を挙げて交配させたいかと言われるとそうではない……。」
「なるほど、ルーラーシップですか。」
「はい。どうしてもあの血統でG1を獲りたいのです。お願いできますか?」
「わかりました。こちらにお任せください。ただ、牝馬が生まれる場合もあるので、こればかりは仕方がないかもしれませんが……。」
「大丈夫ですよ。なんとなくですが、ウォーエンブレム以外からは牝馬が生まれない気がします。」
「ははは、そう言われるとそんな気がしてくるから不思議ですね。」
「さぁさぁこれが怪物のラストラン、父が走ったG1を全て勝利した息子が残している最後の一つ、有馬記念。去年も一昨年も惜敗でしたが、今年こそ獲れるのか!?人気はなんと一番となっています。」
「いやぁ、種牡馬入りが決まっているのはわかっていますけど、ここまで来たらと獲って欲しいですね。」
「そうですね。ただ、この高速馬場と化した日本で、ゴリゴリのパワースタミナ系ですからね。確かに良馬場で勝った宝塚とドバイの二つは見事で、スピードがあることも証明していますが、どうしても不良馬場で強いイメージが付いちゃっています。ダービーも天皇賞もデロンデロンの中で勝っていましたから……。そして、今回の有馬記念の出走馬たちは、全員がスピード系です。さらに追い込みが決まりにくい有馬記念ですから、今回ばかりは正直チャンスが無いと思いましたね。今日までは……。」
「ですよね!なんと、今日の中山競馬場は1968年以来の不良馬場です。これはひょっとするとあるかもしれません。」
「予想オッズと全く違う結果のオッズになりましたからね。楽しみです。」
「これでようやく肩の荷が下りました。」
「それは良かった……。いやぁ、強かったです。ルーラーシップのようにスタートでアオった時にはダメかと思いましたが、その後は圧巻の一言に尽きました。」
「というか、フロウレスの子どもたちは総じてスタートが上手です。この子も今までスタートで失敗したことが無かったので、ここで出なくてもとは思いましたね。」
「その後は、他馬が不良馬場で苦労する中、するすると大外を回って行って、向こう正面のころには先頭でしたからね。終わってみれば、他馬が34秒台の中、ひとり31秒台後半で、15馬身差の圧勝。不良馬場を良馬場のタイムで回ってきたようなものですよ。」
「これでG17勝です。ルーラーシップの軌跡を辿って、これほど上手くいくとは驚きました。」
「オカルトじみたローテーションを組んだことは確かですね。本当によく走ってくれました。20戦15勝で、負けた5回もしっかりと入着を果たしていました。思えば、唯一獲れなかった重賞である毎日杯(G3)の敗北で完全に化けた気がします。」
「敗北によって強くなるのは名馬の証でもありますよね。とはいえ、わたしの夢を叶えてくださってありがとうございました。わたしが言うことではないのかもしれませんが、引退後もよろしくお願いします。」
「確かにうちが馬主ですからね。ただ、あなたが言いたくなるのはよく分かります。任せてください。しっかりと種牡馬生活が送れるようにしますよ。」
「重ねてありがとうございます。ようやく本当の意味でフロウレスをわたしから解放してあげられたように思います。」
「いやいや、こちらこそ、2024年で繁殖牝馬を引退するはずだったところを、もう一年延ばしてくださって感謝しています。」
「最後の仔は元気に育っていますか?」
「それはもうすくすくと……。1歳にして期待しかありません。正しく脚部不安のないコントレイルといった感じです。」
「それは良かった……。振り返ってみると、イクノディクタスから早くに引き離し、タフな距離、タフなローテーションで使ってきました。いくらフロウレスが走るのが好きとはいえね……。繫殖牝馬になっては、ウォーエンブレムの面倒を見てもらい、彼がアメリカに帰っても、逆ステマ配合などで夢を見せてもらいました。イクノディクタスが亡くなって初めて繁殖牝馬になってから会わせていなかったことに気付きました。産んだ仔も20頭です。毎年毎年もう十分と思いながら、魅力的な種牡馬を紹介される度に頷いてしまう自分がいました。ビジネスの側面が強いとはいえ、本当にわたしのエゴに付き合ってもらったと思います。」
「そう言われると、わたしとしても夢を見せてもらった、夢を押し付けた立場として心苦しいものがありますね。」
「それだけフロウレスの仔が走ったということなんですけどね。というか5億出しても回収できる子どもたちが多いというのはね……。夢を見たくもなる。」
「当歳セールの最後は必ずフロウレスというのがここ20年のお決まりになっていましたからね。違う馬が最後になった当歳セールを見たとき、違和感というか、寂しい気持ちがなかったかと言えばうそになります。一つの時代、一つの夢が終わったような、そんな気になりました。」
「…………実はね。わたしとしてもどうしようもないなと思うのですが、すでに一頭、もう一度夢を見ようかと用意している仔がいるんですよ。アメリカにいるフロウレスの孫なのですが……。」
「それはまた……密かに用意していたのですね。」
「えぇ。これがその仔の写真です……。」
「えっ?……あはははは……そういうことですか。そうですよね。わたしたちはそういう生き物ですよね。夢と現実の中で、何度夢が破れたとしても、たった一回の夢が叶った瞬間を忘れられない。新たな夢を託せる存在を探し求めてしまう。この世界から抜け出すことは絶対に不可能なんですよね、われわれは。」
「えぇ、正しく業が深い生き物です。」
「というか似すぎじゃないですか?これ1歳ですよね?」
「えぇ、1歳です。牝馬なのでクラシック戦線ではぶつかりませんが、その後は激突することになると思いますよ。こう言っては何ですが、孫にして、最もフロウレスの色が出ていると思っています。」
「それは楽しみですね。また、日本の競馬が盛り上がります。」
「えぇ、楽しみにしていてください。」
香港、沙田競馬場では、涼しいはずの12月にもかかわらず、異様な熱気にあふれていた。
日本馬の激突を一目見ようと収容人数を優に超える人数が集まったからだ。
「さぁ、とうとう最後の激突だ!奇しくも引退レースは母と同じ、祖母と同じの香港ヴァーズ!4度の激突は互いに2勝ずつ。今日の5度目で決着がつくぞ!」
「お互いにクラシック3冠と牝馬3冠の三冠同士……。古馬になってからは中距離に長距離にとバチバチに戦ってきましたからね。」
「えぇ、昨年の阪神大賞典、今年の凱旋門賞は息子に軍配が上がり、昨年の天皇賞(春)と有馬記念は孫娘が獲りました。」
「オッズはわずかに息子の方が優勢ですね。今年の凱旋門を制したことが決め手でしょうか。ただし、ハナ差10cmの勝利でしたから、今回の2400mがどうなるかはわかりませんね。」
「これほどまでに日本馬に注目が集まったことがあったでしょうか!感じますか、場内の熱気を!熱い、熱すぎる!フロウレスの息子が勝つか、フロウレスの孫娘が勝つか世界が注目する一戦です。」
「世界中の有力馬たちが集まっているんですけどね。まぁ、やはり注目はこの2頭ですよ。」
「その高い実力が激突したレースはどれも面白かったですからね。これだけぶつかり合うローテーションを選んでくれた馬主たちに感謝しかありません。これで最後というのは寂しい気もしますが、ぜひ目に焼き付けてください。彼らの姿を、彼らの戦いを!香港ヴァーズ、間もなくスタートです。」
この日、馬主たちから始まった夢の激突が叶い、また一つの区切りを迎えた。
しかしまだまだ続く。
次の世代の馬たちへと繋がっていく。
夢という側面があり、ビジネスという側面がある。
夢と現実の間で、エゴだ、夢の押し付けだ、業が深いだと、様々な表現が出来るだろう。
ただ……。継がれた夢を見る側として、こう表現したい。
馬たちは、彼らは、彼女らは、誰かの願いによって走っているのだと。
フロウレスは願いによって走ったのだと。
「願いによって」そう表現したい。
ちょっと最後がポエティックになってしまいましたが、練っていた構想はほぼ書けたかなと思います。
最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
ご意見、ご批判、ご感想があればどうぞ。