いつもとは違う、凛々しい千歳をどうぞ。
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「千歳、軽空母への改装は行わないということで良いのだな」
千歳の改装計画書を前に、本人の意思確認を行う提督。
千歳は、他の改二改装が決まっていない艦娘達と異なり、早い段階から改装計画が立案され、その改装先は多岐に渡っている。
とりわけ最終段階である千歳航改二は、艦載機搭載数59を誇る強力な軽空母になるため、鎮守府によっては早々に軽空母へと改装、大規模作戦への出撃メンバーにも選出されていると聞く。
だが、
「はい、提督、私は甲標的という先制攻撃能力を失いたくありません」
と、千歳の意思は変わらない。
この鎮守府では、改装するしないを艦娘の意思に委ねており、改装計画を無理強いしないことを提督の信条としていた。
だが、刻一刻と変わる戦況や、練度が向上するにつれて自らの力を強化したいと考えが変わる艦娘もいることから、意思確認を定期的に行なっている。
「うむ、分かった。妹の千代田は本人の希望により千代田航改二へ改装、君は引き続き千歳甲として運用することとする」
「ありがとうございます!」
「うむ、下がってよし」
提督は、一礼して執務室を出て行く千歳の後ろ姿を見ながら、改装計画書ファイルの「延期」タグがあるページに千歳の改装計画書をしまい込むのだった。
「千歳お姉、流石です」
千歳は練度が上がるにつれて、甲標的を活かしたアドバンテージにより、演習でも通常海域でもMVPを取ることが多い。
「うふふ、ありがとう」
和やかに微笑む千歳の練度は、まもなく最高練度に到達しようとしていた。
「今回、当鎮守府発足後、初の甲難易度での大規模作戦参加となる。歴戦の提督方が切り開いた航路を辿れるが敵は強大だ。だが、当鎮守府も君たちの練度向上、装備の改修などにより今までにないほど戦力が充実し、資材の備蓄量も十分ある。やれるところまでやるぞ!」
「おー!!」
発足1年、鎮守府初の甲難易度での作戦参加に、出撃メンバーは色めき立つ。
「私は留守番だけど、頑張ってね」
「うん、千歳お姉、行ってくる」
千歳と千代田姉妹は、千歳が鎮守府の防衛メンバー、千代田は作戦海域へと出撃、千代田の主な任務は支援艦隊としてだが、必要に応じて制空確保のために第一艦隊への編入もされるだろう。
妹の活躍を祈りながら、千歳は鎮守府の防衛任務に就く。
この提督の采配が、この後、鎮守府の運命を決定づけることになろうとは、誰にも想像出来なかった。
「作戦海域E-04突破! 突破しました!」
旗艦、大和の報告に鎮守府司令室に歓喜の声が湧く。
「よっし! 次は最終海域、E-05だ。いよいよだぞ!」
鎮守府初となる功労賞、甲勲章を胸に掲げることが現実味を帯びてきた提督の声は上ずっている。
「大淀、海域攻略は可能だよな? うちの艦隊はやれるよな?」
居ても立っても居られない提督は、秘書艦大淀に同意を求める。
「提督が信じて送り出したのですよ。必ず作戦海域を攻略して帰投します」
緊張している時に、眼鏡をクイッと触る癖は着任当初から変わらぬ大淀の癖だ。
「大淀も緊張しているのだな」
「私はいつもどおりですよ。クイッ」
「ふふ、そういうことにしておこう」
と、そのとき、鎮守府の近海レーダーに光点がひとつ出現する。
「おや、この反応は何だ?」
提督がレーダーに気付き、大淀に指し示した途端、その光点から複数の反応が現れる。
「す、すごい速度だ! 大淀、鎮守府周辺海域の警戒に出ているメンバーに通達! この数、この速度、恐らく敵の艦載機だ。これより当鎮守府は警戒態勢に入る。対空戦闘の準備をさせよ!」
「かしこまりました!」
敵は1隻、だが、たった1隻で鎮守府に侵攻しようとするならば懐に入れば無力な空母ではないだろう。
「考えられるのは、姫、鬼級か、レ級か……。いずれにしても、今鎮守府に残っているメンバーは遭遇したことのない敵だ。下手を打つと制空権を奪われ、そして……」
「鎮守府は甚大な被害を受けるでしょう」
唐突に背後から聞こえた声の先には、千歳がいた。
「提督、今から私は改二改装を受けたいと思います。改装が終わるまで鎮守府に残った子達で対空戦闘をお願いします」
「千歳、何を言っている? 改二改装を受けるにはバイタルチェックを数日かけて行い、改装後の改修の見込みがあるときだけだ。それに空母へ換装していきなり戦えるわけがない。却下だ」
「お願いします! 私に考えがあるんです」
「ダメだ」
「では、こうするしかないですね」
千歳は突然艤装を展開する。
「お、おい!」
提督が制止する動きより早く、千歳は副砲を自分の胸に向け、そして、撃った。
「千歳! 千歳! おい、目を開けろ!」
「ふふ、改装の過程で、轟沈寸前のダメージも消えることは知っています。さあ……。工廠へ……」
千歳の言葉はそこで途切れ意識を失ってしまった。
「くそっ! 千歳、死ぬな! 大淀、敵の艦載機を決して近づけるな! 工廠設備がやられたら終わりだ! 頼んだぞ!」
「はいっ!」
提督は、工廠へと急ぐ。千歳の命を繋ぐために。
「明石、千歳は助かるか?」
「はい、もう少し遅かったら危なかったですが、なんとか助かりそうです。しかし、このまま改二改装まで一気に進めてしまうと、改装後のバイタルに何かしらの影響が出るやもしれません。どうしますか?」
「千歳が、今まで改装をしないと言っていた、あの千歳が改装すると言ったんだ。彼女の意思を尊重する。明石、改二改装まで一気に進めてくれ」
「本当に良いのですね」
「ああ、責任は私が取る。万が一の時には私も……。いや何でもない。千歳は必ず改装を受け切ると私は信じる」
「分かりました。では、提督は鎮守府の防衛指揮を。あとは私と夕張がやります」
「いや、私もここにいる。居させて欲しい」
「ダメです! ここがやられたら千歳さんは助かりませんよ。提督は千歳さんだけではなく鎮守府を、そしてこの街を守る義務があるんです。私的感情は抜きにやるべきことを成して下さい。そして千歳さんを信じているように、私達も信じて下さい!」
「……クッ! では、任せる。千歳を助けてやってくれ」
「お任せください!」
明石は、提督に心配をかけないよう、努めて明るい笑顔で返す。
千歳に残された改装段階はあと3段階、千歳航、千歳航改、千歳航改二と一気に進めなければならず、各改装毎のチェックは飛ばしていくしかない。
千歳と提督が覚悟を決めたように、明石も覚悟を決めた。
「夕張、バイタルチェックに集中して! 私は改装ポッドの圧力、温度調整に専念するっ!」
「分かったわ!」
かくして、千歳甲から千歳航改二へと、前代未聞の一気改装が始まった。
「戦況はどうだ?」
息を切らして執務室へ戻った提督は、大淀に確認する。
「はい、幸いにも秋月さん、照月さんと吹雪さんが敵の艦載機を防いでくれてはいますが、敵本体はあと数刻で鎮守府近海に到着するでしょう」
「敵の正体は分かったのか?」
「ゴーヤちゃんからの報告による敵の容姿から察するに、恐らくはレ級かと」
「レ級……」
提督は知っている。たった一隻で全ての攻撃をこなすことが出来、練度によっては6隻編成の一個艦隊をも撃沈せしめるレ級という存在を。
「そうか、もしかすると千歳は知っていたのかもしれないな。彼女は千歳甲の段階でも水上偵察機や水上爆撃機が扱えるから、周辺海域を偵察していたのだろう」
「だから、自分が艦載機を扱える軽空母に改装しようと?」
大淀が応える。もし自分が同じ立場でも、そうしただろうと思いながら。
「いずれにしても、今鎮守府に残っている艦娘で艦載機を扱えるものはいない。鎮守府の運命は千歳次第だ」
制空権を取れなければ、鎮守府はレ級に蹂躙されるだろう。そう思った提督は覚悟を決めた。
「提督、千歳さん、改装成功です! 成功しました!」
危機的状況で、千歳の第二改装成功の報が入る。
「やった、千歳、よくぞ無事で、無事でよかった……」
提督は流れだそうとする涙を少し上を向いて堪え、そして、
「明石、千歳に烈風を!艦攻、艦爆は抑え気味にして、レ級撃破のための切り札にするよう積載してくれ!」
提督は、すぐさま指示を出す。
だが、
「提督、千歳さんは、全てのスロットに流星改を積載しました。そして、何故か妖精パイロットの搭乗を拒否、すべてを自らが操舵するそうです」
「何? 改装した直後で艦載機の扱いに慣れていないだろうに。すぐに引き返すように伝えてくれ!」
「すみません。もう出撃してしまいました。私も引き留めようとしたのですが、彼女の迷いのない目を見たら、彼女を信じるしかありませんでした」
「くそ! 千歳、何を考えているんだ」
提督は拳を強く握りしめた。血が滴るのではないかと思うほどに。
「キャハ!」
レ級は、深海棲艦の本拠地から指令を受けて進撃してきていた。
まだ発足間もない鎮守府ごときが、大規模作戦にその戦力のほとんどを割いたことを後悔させてやると意気込んで。
「そろそろ遊びは終いだヨ。もう対空戦闘も飽きたころだろウ」
レ級を取り囲む水雷戦隊は、まだ実践経験も少ない。しかも練度も低いのだ。
卯月や皐月などはすでに戦意を喪失しつつあるが、
「う、うーちゃんも艦娘だぴょん。負けないんだから!」
そう強がってはみたものの、震える足でなんとか海上に奮い立ちながらレ級と対峙するのがやっとである。
レ級が魚雷を放っていれば、彼女たちはひとたまりもなかっただろう。
何故レ級は魚雷を放たなかったのか。それは慢心。レ級の過ちは、その慢心から始まったのだ。何故なら千歳が改二になる時間をも与えたのだから。
「みんな、引いて! ここからは、この千歳が引き受ける!」
艤装の一部を迷彩塗装に染め、飛行甲板ならぬ艦載機格納箱から流れるような動きで艦載機を射出する。
だが……。
「キヒヒ! どこに放っていル。それに妖精どもはどうしタ? お前の能力では艦載機を操るなど無理だナア! チ、ト、セ! キヒヒ!」
千歳の通信回線からレ級の言葉が聞こえてくる。
「何故だ? 何故千歳の名を知っている?」
呟いただけの独り言に、レ級が答えた。
「テートクですカー? ワタシは、数々の鎮守府を一人で壊滅させテきタんだゾ! この艦娘は千歳型一番艦、チ、ト、セ。艦載機搭載能力は確か59機だったはずダ」
提督に聞こえるように話しながら、千歳が次々と繰り出す流星改の攻撃を危なげなく躱していく。
「せめて妖精を乗せてさえいれバ、まだ楽しめタんだがナァ」
57、58、そして、59機目、最後の流星改を千歳が放つのをレ級はしっかりとカウントしていた。
「アー、つまらン。もう終わりにするカ」
最後の流星改を尾で叩き落したレ級がゆっくりと主砲を千歳に向ける。
と、突然千歳が足を止めた。
既に艦載機がないのに、艦載機箱を守るようにレ級に背を向けたのだ。
「おイ! 舐めてるのカ?」
「せめてこの箱だけは私の生きた証として提督に……」
「キヒィ! 命乞いかと思えバ、形見のつもりカ! いいだろウ。だが、貴様は逃がさないゾ」
レ級の砲撃が火を噴き、千歳の左舷機関部に直撃する。
黒煙を噴き上げながら千歳のディーゼル機関が停止。
千歳は攻撃手段だけでなく、退避能力すらも失い、もはやその命は風前の灯となる。
「テートクゥ、お別れの言葉ハ、どうしますカー?」
千歳の通信機から聞こえるレ級の声が段々大きくなる。レ級が千歳に止めを刺そうとしているのだろう。
「キヒヒー!」
千歳の通信機から、より一層高らかにレ級の笑い声が聞こえる。
「クッ! 千歳、すまない。そして作戦海域の皆、君たちの帰る場所、守れなかった」
提督が悲痛な声で、全艦娘へと通信しようとしたその時だった。
「……ヒューン」
「?」
微かな音が聴こえる。
「かかったわね、レ級、貴方は油断した。その慢心が貴方を滅ぼしたのよ」
千歳がレ級に向かって腕を振るう。
「な、なんダト!」
艦載機箱から、流星改1機がレ級に向かって飛び出す。そして、それは千歳に止めを刺そうと至近距離まで近づいていたレ級の顔面に突き刺さった。
「ヒぎゃああア! 目ガ、目ガアア!」
「うふふ、さぁ逝きなさい!」
千歳のディーゼル機関はすでに黒煙を上げて死んでいる。しかし、彼女の蒸気タービンは生きていた。
そう、ディーゼル機関はワザと被弾させたのだ。黒煙を噴き上げ、先に飛ばした流星改を隠すために。
そして千歳はタービンをフル回転させてレ級から離脱、と同時に複数の流星改から爆弾が放たれた。
ズズーーーン!
一瞬の間をおいて、凄まじい爆発音と水柱が立ち、そしてそれが収まった時にはレ級は跡形もなく消え去っていた。
治療室
「!?」
千歳はベッドで目を覚ます。
ふと、横を見ると提督が突っ伏している。
「提督? 提督っ?」
肩を揺さぶるも提督は反応しない。
「提督……」
思えばよく生きて戻れたものだ。
千歳は振り返る。自分が取った行動を。
実績のない改二への一気改装、ディーゼル機関を犠牲にした煙幕による先に飛ばした流星改の隠匿、イチかバチかの蒸気タービン再始動、そして59機の流星改から妖精を全て降機させた分の重量を流星改に変え60機としたこと。
すべて運が良かったのだ。何かひとつでも欠けていたら生きては戻れなかっただろう。
これも自分を信じてくれた提督のおかげだ。
千歳は呟く「私の名は千歳、その名のごとく、末永く愛して下さい」と。
そのとたん、
「言質は取ったぞ、千歳」
「て、提督、起きてらっしゃったのですか?」
「ああ、あんな熱い告白、死んでいても生き返るさ」
「提督……。私ったら恥ずかしい。もう死んでしまいたい!」
真っ赤になった顔を、両手で必死に隠す千歳を提督は優しく抱きしめる。
「千歳、レ級との戦いで、君の練度は最大になった。そして今日は君の進水日、誕生日だ」
「知ってらっしゃったのですか?」
「ああ、例え練度が間に合わなくても、今日渡すつもりだったからな」
「受け取ってくれるね」
「……はい。生まれ変わった千歳、信じてくれてありがとう」
指輪は千歳の指に元々あったかのように静かに収まる。
- 千歳
その名が示す意味は千年、長い年月。
生まれ変わった千歳は、これからも末永く提督とともにこの鎮守府を守っていくことだろう。
完