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神鷹の場合 | 暁の瑞雲 #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18900835
私は夜が嫌いです。過去の記憶、沈んだ時の冷たい海を思い出すから。
「提督、私は貴方をお慕いしています」
昨年のクリスマス。決死の覚悟の告白は、彼には全く響きませんでした。
理由は分かりません。
外見が少女のような軽空母だからというのもあるのでしょうか。私はその場でこそ涙は流しませんでしたが、部屋に戻って一人で泣きました。
自分の気持ちに気付いたのは、鎮守府に着任してから、どれくらい時が過ぎた頃だったでしょうか。
彼の人となりを知るにつれて、私の気持ちは、好意から恋、そして愛へと変わっていきます。それを自覚するまでそれほど時間はかからなかったはずです。
告白の日に向けて鏡を見ながら何度も何度も練習しました。
鏡に映るぎこちない笑顔は、告白のセリフを何度も繰り返すうちに自然な顔が出来るようになったと思ったけれど、提督にはぎこちなく見えたに違いありません。
「神鷹、ありがとう。私も君を信頼しているよ」
その日その夜、提督はそれだけ言うと、何度か頭を撫でてくれました。その感覚は今でもはっきりと覚えています。
戦果報告の際、海防艦の子達はよく頭を撫でられていたけれど、私はその時まで撫でられたことはありません。時にはうらやまく思う事もありましたが、あれは子供にするものだと思っていましたからあまり気にしてはいませんでした。
だから、告白をした時、抱きしめてくれるわけでもなく、キスをしてくれるわけでもなく、ただ頭を撫でてくれただけの行為で、私をそのようにしか見てくれていないんだと分かってしまって悲しくなったのです。
あの告白から時が過ぎ、再びクリスマスが近づく師走。
とある大企業の会長とそのご子息が鎮守府の視察に見えました。
その視察で、私がご子息の目に留まったらしく、
「君のところの艦娘、神鷹を嫁に欲しい」
と、鎮守府に連絡が入ります。
提督は、深海棲艦の侵攻から国を守る艦娘を引退させてまで、嫁によこせとは何事か! と猛反対してくれたのだけれど、その会長は断固として引きません。
提督との交渉が上手くいかないと判断するや、今度は自身が提供する全国各地の鎮守府の艦隊運営に必要な予算を削るという脅しを大本営にかけるという力業に出たのです。
その後、通達された大本営からの指示は、私の艦娘引退とご子息の元へ嫁ぐことを命ずるという事でした。
「くそっ 不甲斐ない。神鷹すまん」
司令室の机の電話機は、恐らく投げつけたのでしょう、ひびが入り、床には足の踏み場もない程に書類が散乱、提督の拳からは血が流れていました。
提督に呼ばれて、司令室に行った私が見たのは、そんな光景です。これほどまでに取り乱した提督を見たのは、それが初めてでした。
「私は……。理解しています。私一人と全国各地の鎮守府運営を続けるための予算、どちらが大切でしょう。提督、何を迷うことがありますか。それに、もう戦わなくて良いのですし、ここより良い暮らしが出来ると思います。どうか悲しまないで下さい」
その時は、気持ちとは裏腹な言葉を不思議と自然に言えました。そうすることで提督のお役に立てると思ったから。
提督はとても悲しそうな顔をして、私を抱きしめてくれました。
とても暖かかった。
そしてその時、私は鎮守府に来て初めて提督の前で泣いたのです。
どれくらいの時間が経ったのでしょう。提督は、泣くだけ泣いて少し落ち着いた私を抱きしめたまま、ある事を耳元で囁いてくれました。
「神鷹、元気で」
提督と多くの艦娘達に見送られて、私は鎮守府を出ます。
会長宅には私の希望で船で移動し、途中で艤装解体のため海上ドックに寄り道することになっていました。
それは、鎮守府を出て小一時間ほど経過した時でした。
「会長、レーダーに見慣れない反応がありますぜ」
クルーザーの船長が叫びます。
「うん? イルカか何かじゃないのかね?」
「パパ、イルカなら見たい! 神鷹も見たいだろ?」
艦娘は近海でイルカたちをよく見ますから、特に珍しい訳ではありませんが、私は見たいと返事をします。
ですが、たぶんこのあたりにはイルカは来ない。ここは深海棲艦の出没域なのだから。
「あれじゃないか?」
船員がデッキで吸っていた煙草を海に投げ捨て、退屈そうに言った瞬間、それは来ました。
「キー!!」
「バグンッ!」と船員を一飲みにしようと海から顔を出したそれは、深海棲艦駆逐イ級。
それが3隻やってきました。
「ひいいいいい」
船長の悲鳴に、会長とご子息もがくがくと震え出します。
それはそうでしょう。イ級が3隻もいれば、こんなクルーザーなどひとたまりもないのだから。
「ふう、仕方ありませんね。艤装展開!」
レ級3隻など、軽空母神鷹の敵ではありません。
着水した私の艦載機によって、イ級はあっという間に肉塊へと姿を変えます。
私は、まだ浮いているそれらに至近距離で機銃を叩き込むと、彼らの方を向いてにっこりと微笑みます。
「良かったですね。私がまだ艦娘で」
紫色の返り血をベッタリと浴びた私が、彼らの目にどう映ったのかは知りません。
悲鳴を上げながら逃げ出すクルーザーに置いてきぼりにされた私は、しばらくその場で立ち尽くした後、鎮守府へと引き返したのでした。
鎮守府に戻ると、提督始め皆が快く出迎えてくれました。
提督は、大本営から、神鷹の艦娘引退および嫁入りは先方都合により白紙となったこと、身なりを整えたら司令室にくるようにとだけ言うとその場を立ち去りました。
「提督、神鷹入ります」
司令室に入ると、提督が満面の笑顔で出迎えてくれました。
「神鷹、結局伊号潜水艦達、長門や陸奥達の出番はなかったようだね」
「はい。空からは正規空母の皆さんの艦載機が遠くで見守ってくれているのも分かりましたし、イ級3隻でしたから私一人でも大丈夫でした」
自分が大切にしている艦娘を強引に奪い去ろうとする会長とその愚息に対して、提督は一計を案じてくれたのです。それは深海棲艦がどういうものなのか、それを守る艦娘という存在がどれだけ大切なものなのか、身をもって知って貰おうという事でした。
「安全な場所からしか、この戦いを見ていない者はかなりの恐怖だったろう。このご時世、艦娘の護衛も付けずに海上ルートを通ることが、どれだけ危険な事なのか理解出来ていなかった彼らの負けだ」
そういうと、椅子を立ち上がり、私の側まで来てくれます。
「神鷹、君がいなくなると思ったら胸が張り裂けそうだったよ。私は昨年、君が告白してくれた日から、君を目で追う事が増えた。それはまぁ、そういう事なんだろうなと思う」
そう言うと、提督は小さな小箱を開ける。
「今日12月14日は君の誕生日だろう。シャルンホルストとして生を受けた12月14日、そして神鷹として完工した12月15日。今夜は日が変わる0時を境にして君の二つの記念日を祝いたい」
そう言いながら私の指に指輪をはめようとする提督。
「駄目です」
「え? 昨年、私に言ってくれた言葉は……」
「だって、提督、はっきり言ってくれていないです。ずるいです」
「う、うむ だが、指輪を渡すのだぞ。分かるだろう」
「駄目です」
「う……。し、神鷹、私は君を、その、あ、愛……」
その先の言葉を提督は紡ぐことは出来ませんでした。
何故なら、彼の恥ずかしそうな愛おしい表情に耐えきれず、私の唇で彼の口を塞いでしまったから。
そして……。
その日を境に、私は夜が嫌いではなくなりました。
まもなくやってくるクリスマスイブ。
イブの深夜からクリスマスにかけて再び彼と過ごす夜がとても楽しみです。
完