「松姉、明日はよつの誕生日だぞ」
めっきり冷え込みが激しくなった12月下旬、起床して着替えた後、暖房器具の前で手を摺り合わせていた同室の竹が話しかけてきました。
「もちろんです。ちゃんと考えていますよ」
化粧台の前で髪を整えていた私は、竹に向かってにっこりと微笑みます。
「そうか、ならいいんだ。昨年は12月に入る前に相談されていたからな。てっきり忘れているんじゃないかと思ったが、杞憂だったな」
「あら竹、昨年は貴女がよつの誕生日どうするんだって何度も聞くから、早く準備したんじゃない。忘れたの?」
「え? いや、そうだったか? そうだったかもしれないな」
頭上にハテナマークが浮かんでいるんじゃないかと錯覚するような顔で、神妙に考え込む竹を見た私は、よつの誕生日に贈るプレゼントについてお話することにしました。
思えば、よつの着任直後は大変でした。
自分もよつも、同じ作戦海域で鎮守府の皆に助けられ艦娘として顕現しましたから、着任時期は同じです。
その作戦海域の攻略が終わった後、新規着任艦歓迎パーティーが開かれたのですが、冒頭の自己紹介でよつは怯えてしまって、声を出すことが出来なかったのです。
同じ海防艦で、特に快活な佐渡ちゃんや大東ちゃんが「頑張れ!」と声援を送ってくれましたが、すでに頭が真っ白なよつは、逆に混乱して泣き出してしまい、宥めるのに一苦労したことが鮮明に思い出されます。
今思えば、いきなり大勢の前で挨拶するのは小さな子には無理だったのでしょう。
提督も幼い容姿に合わせた対応を考えていたとは思いますが、よつだけ挨拶をさせない訳にはいかないだろうと、気を遣った結果がアダになったのだと思います。
そんなこともあってか、提督はみとちゃんや、鵜来ちゃんなど、見た目が幼い艦娘が着任した時は皆に慣れてから自己紹介させるようにしたようです。
とは言っても、そこに至るまでには自己紹介が不要になる程に鎮守府の皆に可愛がられ、どんな子か認知されるのですけれどね。ふふ。
話をよつの着任の時に戻します。
よつは、その後の生活面でも、一波乱ありました。
当初、よつは海防艦寮で生活を始めましたが、他の海防艦達と違って夜泣きが凄かったそうです。そのため、同室の択捉型海防艦達の睡眠不足が続き、近海警戒任務に支障が出始めます。
そりゃそうですよね。寝不足になってしまいますから。
提督は、択捉ちゃん達によつの夜泣きの様子を聞き取りした結果、夜中にうなされながら私の名を呼んでいると聞いて相談してきました。
「松、よつは寝言で君の名を呼んでいるらしい。心当たりはあるか?」
心当たり……。ある。
「はい、あります」
「やはりあれか? 艦としての前世の記憶が影響していると思うか?」
「恐らくそうかと」
多分、いいえ、きっとそう。
あの時代、私はよつに運送船を託した後単身敵に挑み、その結果、あの子を置いてきぼりにして沈んだのですから。
よつは、その後も国を守るため必死で戦いました。それは相当な負担、そして恐怖だったに違いありません。その後の戦いで、敵の潜水艦を撃沈せしめた武勲だって、その寂しさを埋められるものでは決してないと思うから。
そして、提督と話し合った結果、私はよつと二人で生活することになります。
「よつ、おはよう。朝ご飯は食堂でいい?」
「まつのあねごとふたりで、おへやでとーすとがたべたいでっすぅ」
「またぁ? たまには食堂にご飯食べに行かない?」
「よつは、まつのあねごのつくったあさごはんがおきにいりなのでっすぅ」
満面の笑顔、そして舌っ足らずなしゃべり方でおねだりされて断れる人いますか? いないですよね。
「もう、仕方がないですね。栄養バランスは食堂のご飯の方がいいんだけど、目玉焼きとサラダ、牛乳もつけますからきちんと残さず食べるんですよ」
「うっひゃあ、ありがとでっすぅ。あ、ねえねえ、とーすとにはいちごじゃむがいいですぅ!」
万歳して両手を広げて喜ぶよつの頭を撫でながら、私室のミニキッチンで調理を始めると、よつは私の隣に踏み台をんしょんしょと持ってきて、愛用のエプロンを握りしめ興味津々で私の手元を見てきます。
「よつ、レタス手でちぎってくれる?」
「おまかせするでっすぅ」
「よつ、卵割るけど、やりたい?」
「やりたいですぅ!」
こうして、二人で過ごすうち、よつの精神状態は徐々に安定していったのです。
でも一番の問題は夜でした。
二人の生活が始まった直後は、よつが夜中にうなされ泣いて起きるという事が続きます。
そんなときは、震えるよつの身体を抱きしめてあげると、すぅっと泣き止んでくれました。
それが分かってからは、寝るときによつを抱きしめてあげるようにしました。そうするうちにやがて夜泣きがなくなり、朝までぐっすり寝てくれるようになります。
その後は、よつの様子を見ながら手を繋いで眠るステップを踏んで、別々の布団でも並んで眠れるようにまでなります。
よく眠れるようになってからは、よつの顔色も良くなり昼間の行動にも活気が見られるようになり、私も安心したものです。
それでも、時折悪夢を見るのでしょう。
ふと目を覚ますと私の手を小さな手が握っている事もありましたね。
そんな二人の穏やかな生活にも、季節の流れとともに変化が訪れる日が来ます。
「松、よつは夜泣きせずに眠れるようになったそうだが、海防艦寮で生活することは可能だと思うか?」
提督が書類を前に私に問いかけます。
「はい、きっと大丈夫だと、思います」
「ふむ。君が言うならきっと大丈夫なのだろう。では本日付けで択捉達の部屋に、よつを移動させよう」
……。ほんとは寂しいな。でも、よつのためにはそうした方がいい。だって駆逐艦と海防艦では戦い方が違う。私にも爆雷の使い方は教えられるだろうけど、やっぱり海防艦の戦い方のノウハウは海防艦達と行動を共にすることで習得した方が、きっといい。
そう考えている最中、提督はよつの部屋移動について択捉ちゃん達に連絡をしているようでした。
「なんだ、松、寂しいのか?」
私の表情を見て取った提督が話しかけてくれます。
「当たり前です。ずっと一緒に生活してきたんです。寂しいですよ」
本音を打ち明ける私に提督が一言、
「あのな、松、今生の別れではないのだぞ。それに休みの日なら今まで通り一緒の部屋で過ごしてもいい。だからな、松、よつの使い慣れた布団などは海防艦寮に移動はするが、もう1セット、君の部屋に手配する。よつと一緒に過ごしたいときは同じ部屋で過ごすといい。その時には私の許可は必要ないからな。君とよつの判断に任せる」
「はい……。はい。ありがとうございます」
頬を伝う感触。あれ? これ、涙なの……?
私は、目を拭い提督に深くお辞儀をしてから自室に戻ります。
「あれ? よつ?」
自室に戻るとすでによつの私物はなく、がらんとしています。
もう移動しちゃったのかしら?
「よつ、やるな!」
「負けないでっすう!」
外からよつの声と、あれは佐渡ちゃんでしょうか? が聞こえます。そういえば今日は雪でした。
外を見ると、防寒着でモコモコになった海防艦達が大勢で雪合戦をしています。
ほっぺと手を、冬の寒さと雪の冷たさで真っ赤にして、嬉しそうに……。
小さな子の環境適応能力は高いと聞きます。きっと、よつもそうなのでしょう。
海防艦達に囲まれて、それは嬉しそうなよつを見て、また頬を伝う涙の感触が分かります。
「もう! こんなに涙もろいなんて!」
それは、ずっと自分に頼りきりだった小さなよつが独り立ちする、大きな一歩を自分の目で確認することが出来た、嬉しさからくる涙だったのだと思います。
「松姉、おい、松姉?」
あ、ああ。そうでした。
「竹、ごめんなさい。ちょっと昔のことを思い出してしまって」
「どうせ、松姉のことだから、よつの事だろ。いいよ」
まるで私の心を読んだかのように、ニシシと笑う竹。
「竹には適わないなぁ」
竹は腕を組み、少し胸を張って答えます。
「そりゃそうさ。たった一人の姉貴だぜ。分かるさ」
「じゃあ、教えようと思ったけど、よつの今年の誕生日、何を贈ろうとしているか分かる?」
竹は少し考えた後、こう答えます。
「そうだな。よつも成長してきたし、そろそろアクセサリーの類いだろう? 松姉のことだから、お揃いのやつだろ?」
「……」
「おい、正解を教えてくれよ」
「せ……」
「ん?」
「正解」
なんでよ、もう。つまんないじゃない。
「なんで分かったの?」
「だから、松姉の事は大抵分かるんだよ」
やがて迎えるよつの誕生日、まるで天使のような小さな海防艦の胸元を、真珠をあしらった羽型のブローチが飾るでしょう。
そしてもちろん、竹にも同じものを贈ります。
二人の輝くような笑顔が見られるのが、今からとても待ち遠しいです。
完