実力至上主義の教室と不出来なシャーロキアン   作:北武

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第1巻 実力至上主義の研究(1)

 

 例えば、学校遠足前日の夜になかなか寝付けない。俺、惣中(そうじゅう)高史はそういうタイプの人間だ。

 

 東京都高度育成高等学校の初登校日。

 行きのバスの中で俺はウトウトと居眠りをしていた。

 

 こういう節目的な日は、前の夜によく眠れない。

 眠れない夜は正典を読むに限る。『バスカヴィル家の犬』を全部読みかえしてしまった。

 シリーズ屈指の構成力は、ミステリーとして、冒険譚として、珠玉の逸品といえるだろう。

 

 おかげで、バスの座席に座るとすぐに睡魔が襲ってくるのだが…

 

 しかし常に正典を読みかえすのは、かの名探偵シャーロック=ホームズを崇敬する者にとって、義務のようなものである。

 

 あ、そうだ、王立医師協会の研修医制度に関する文献は、入手可能だろうか。図書館は大きいとは聞いているが。昨日読み返して疑問に思ったのだが、モーティマー医師のキャリア、中でもチャリング・クロス病院の若手…研修医制度…に…そった…出世…コース……むにゃむにゃ…

 

 ………

 ……

 ?

 

 何かのはずみにふと覚醒した。

 考え事をしながら寝ていたらしい。

 いつのまにかバスは混雑していて、客の大半は俺と同じ制服を着ている。

 先程からぼんやり聞こえていた、言い争う声が耳に入ってくる。

 

 ちらりと見ると、優先席でふんぞり返っている金髪高校生。

 OLが老人に席を譲るように文句を言ってる、ということのようだ。

 

 あー、見るからにこのお婆さんには席を譲ったほうが良いかも…

 推理するまでもなく、腰も曲がってる。

 長時間立っているのはきつかろう。

 

 シャーロック=ホームズを見習って、老婆の服や指先を見ながら観察してみる。

 いつものことながら、まったくわからない。

 はーっとため息をつく。

 

 さて、どのタイミングで言い出すべきか。

 OLさんは明らかに引っ込みがつかなくなってる。

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 

 おや?同じ制服を着た美少女が参戦してきた。

 美少女。美少女です。大事なことなので2回言いました。

 やや小柄、明るいブラウンのボブ。そして胸が大きい。

 パッチリした瞳。老人を思いやる心細げな表情。そして胸が大きい。

 

「今度はプリティーガールか。どうやら今日の私は思いのほか女性運があるらしい」

 

 金髪が呑気なことを言った。

 

 イラッとするのを通り越して、怖くなった。

 イタいとかじゃない。何かがズレている、コイツ。

 関わらないようにしよう。

 

「皆さん。少しだけ私の話を聞いて下さい。どなたかお婆さんに席を譲ってあげて貰えないでしょうか?誰でもいいんです、お願いします」

 

 よし、ここだ。

 

「あのーここ、どうぞ」

 

 声を出した以上、一気に言い切る。

 腰を上げて、座席の横に立つ。社内の注目が一気に自分に集まるのを感じる。

 俺の行動に気がついた美少女の顔がぱあっと明るくなった。

 

「ありがとう!」

 

 いやー、美少女に御礼言われるのは嬉しいなあ!

 情けは人の為ならず、とはよく言ったものだ。巡って己の為になる…だったっけ?

 俺の高校生活、幸先いいかも知れない。

 

「いえいえ、どうぞどうぞ」

 

 見知らぬおばあさん相手だけど、ついつい親切に声掛けして、座るのを手伝ってあげます。

 入学式の日、しかも朝一番にイベントがあるなんて、まるでライトノベルだ!

 このまま、彼女と親しくなって楽しい学校生活を遅れるんだろうか?

 

 そこでふと気がついた。

 正面の窓ガラスにニヤニヤした俺の顔が写ってる。

 

 一気に萎えた。

 

 どう見てもキモい。

 顔面偏差値並程度の俺でも、このニヤケ顔はマズい。

 あの子に見られてないよね…?

 

 …よし。夢を見るのはやめておこう。

 

 俺が立てるスペースを探して移動したら、かの美少女とはちょっと距離ができた。もう考えないようにしよう。

 ぼんやりと窓の外を眺める。

 次にこの光景を見るときは卒業の日になるのか。

 完全全寮制で外出禁止。外界と隔離されたエリート育成校、それが東京都高度育成高等学校。

 俺が通う実力至上主義の学校だ。

 

 九州田舎都市出身の俺がこの学校に入学したのは、ひとえに親の海外転勤のせいだ。

 

 転勤の話しを最初に聞かされた俺の脳内は、お察しいただけるだろう。

 花の高校生活、自宅で一人暮らし、親の手配で突然現れた幼馴染の女子が毎朝おこしに来て…

 いやいや、ある日浴室の鏡が異世界につながって、ネコミミ美少女が現代社会にやってくるかもしれない。なお、机の引き出しから出てくる猫型ロボットはお呼びでない。

 

 しかしああ無情、親の選択は全寮制の高校に息子を放り込むことであった。

 学費経費その他いっさい無料のこのエリート校が、俺の進学先になったのである。

 ラノベ主人公的高校生活を阻んだ俺の両親は、インドに赴任していった。

 イギリスならいざ知らず、インドは行きたくない。

 英領インドは確かに軍医ワトソンの勤務地である。しかし行きたくはない。

 なぜなら、インドでは街の通りで誰かが歌いだすと、みんなでそろって踊るのだ。

 ホントかって?動画サイトでやってたから間違いない。ちなみに俺は踊れない。

 

 バスを降りた制服の一団が学校の敷地内に入っていく。俺もその中に混じって歩いていく。

 学校の敷地は一つの町サイズほどあるらしい。シャープなデザインの校舎に、かなり緑地が多くて落ち着いた雰囲気だ。

 

「あの、すみませんっ!」

 

 背後でタッタッタと早足で近寄ってくる音、そして声をかけられる。

 振り返ると、さきほどの美少女が立っていた。

 

「あ、どうも…」

 

 つい陰キャラ対応してしまう。

 

「さっきはありがとう」

 

 美少女のお礼付き笑顔は、朗らかという言葉がぴったりだ。

 今まで会話したことのある女子の中でも一番可愛いかも。

 

「いえ、どうということも」

「そんなことないよ。あんな空気になって、自分から言いだすって、勇気いるから」

「…し……俺は席を譲ったほうが良いと思ったから…」

 

 「紳士として当然」などと、イタいことを言ってしまうところだった。

 それになんとなく周囲の眼が気になって。

 歩き始めた俺に、美少女は並んで歩き始めた。

 

「うん、そうだよねっ!」

 

 まぶしい。美少女の笑顔がまぶしい。

 

「良かった、バスの中じゃお礼もちゃんと言えなかったし」

「き、気にしなくても大丈夫だよ」

「ううん、私が言いたかったの。入学式の日に…えっと」

 

 美少女はそこで口ごもって。

 

「私、櫛田桔梗です。同じ1年生だよね?」

「うん。惣中、惣中高史」

「そうじゅうくん?どんな字を書くの?」

「そうは惣菜の惣、じゅうは上中下の中」

 

 自分の手のひらに指で書く。この説明も馴れたものだ。

 

「そうなんだ、珍しい名前だね」

「うん、よく言われる。櫛田さんは花の名前だよね」

「そうなの、ちょっと古いかなあって思うんだけど」

「そうかな?良いと思うよ」

「ありがとっ」

 

 字面こそ順調そうだが、俺のなかでは1秒毎にコミュ障ライフゲージがガリガリ削られている。

 それでもポンポンと話しが続くのは櫛田さんのおかげだ。美人で明るくていい子だ。

 

「入学式の日に、惣中くんのような親切な人に出会えて、ほんとによかったと思ってるんだよ」

「う、うん」

 

 これってフラグなんだろうか?などと考えちゃう俺チョロいよねえ…

 多分顔が赤い。

 

 歩きながら進むに連れて、周囲は生徒の数が増えてきた。知り合い同志なのか、あちこちにグループが出来て、話し声で賑やかになってきた。

 

「惣中くん、私、この学校のみんなとお友だちになるのが目標なの」

「そうなんだ、櫛田さんすごいねえ」

「惣中くんもお友だちになってくれる?」

「えっ…」

 

 俺も対象なの?櫛田さん本気なんだ。

 

「…迷惑、かな?」

「そそそそんなことないよ、もちろん良いよ」

 

 上目遣いで見られた。急いで会話の選択肢を選びなおす。

 

「また声かけるから、連絡先交換してねっ」

「うん、もちろんだよ」

「ありがとう。じゃ、また」

 

 櫛田さんの後ろ姿を見送る。

 登校初日からこんなに女子とおしゃべりできるなんて。

 

 俺の高校生活はじまったな!

 

 いやいや待てよ。

 ホームズを崇敬する人間としては、女性との恋愛などという感情的な要素は必要ない、はずだ。

 女性は礼儀正しく遠ざけるもの。

 

『惣中君もお友だちになってくれる?』

 

 櫛田さんの笑顔がちらちらする。

 

 材料が少ないのに考えても意味はない。

 よし。

 

 

 保留にしよう。

 




作者注)本作での携帯電話類は、このあと出てくる学生証端末とセットになったものにしています。よってこの時点では持っていません

6話を毎日18時に投稿します。
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