実力至上主義の教室と不出来なシャーロキアン   作:北武

6 / 8
第1巻 実力至上主義の研究(6)

 翌日。朝一番。

 

「綾小路くん、よかったら今日昼を一緒にどう?」

 

 朝一番に声をかけたとき、綾小路君は一瞬面くらったような感じだった。隣席の堀北さんがちらりとこちらを一瞥した。

 

「ああ、もちろん。一緒に昼飯だな、喜んでいかせてもらう」

 

 すぐに快諾してくれた綾小路君の返事はどこか誇らしげである。ちらっと掘北さんに視線をやったりしてる。何アイコンタクト?

 

「もしかして堀北さんと約束でもあった?」

 

 念のために確認してみる。

 

「ご心配にはおよばないわ」

 

 口を開こうとする綾小路君を制するように、堀北さんが言い切った。

 

「私と綾小路くんは、お昼を一緒に食べるような間柄じゃない」

「…ということだ」

「じゃあ、よろしく」

 

 面倒なことになる前に退散することにした。

 

 

 かくして昼休み。生徒で混雑しているなか、日替わり定食をとって、二人で隅の席に着く。

 

「学食は初めてだ」

 

 綾小路君が感慨深げに周囲を見渡しながら、コメントした。

 

「俺も2回目だよ」

 

 入学して3日目なんだから、朝夜入れても多くて3~4回だろうに。

 2人で食べ始めるけど、綾小路君には話題がなさげである。

 俺は準備していたネタを一つ出した。

 

「そう言えば、部活動紹介で見かけたけど、なにか入るの?」

「いや、行ってみただけだ。惣中は部活に入るのか?」

「図書部が無かったから、多分部活には入らない」

「図書部?自己紹介で読書が好きだって言ってたな」

「ああ、そうだよ」

「俺も本は好きだ」

「お、仲間だ。綾小路くんはどんなのを読んでるの?」

「綾小路、で良い」

 

 おお、距離が縮まった。

 

「綾小路はどんな本を読む?」

「何でも読む」

 

 答えになってないぞ。

 

「俺は歴史の本かな。あとは推理小説」

「推理小説は俺も好きだ」

 

 おっ!これはいけるか!?

 

「俺はシャーロック・ホームズシリーズが好きで、何度も読んだ」

「ホームズは一通り目を通したぐらいだな」

 

 …残念。

 

「ここの図書館にはホームズ関係の本がたくさんおいてあるんだ。別館だけど」

「別館があるのか。一度行ってみるか」

「絶対オススメだ。俺はだいたいいつも別館にいるので声をかけてくれ」

 

 かくして俺は綾小路と連絡先を交換した。

 ついでにコンビニ前でしっかり話せなかったことを詫びたが、綾小路は全く気にしていなかった。

 須藤君たちとも連絡先を交換したらしい。綾小路いわく、須藤もそんなに悪いやつじゃないと。なんのフォローだろうか。

 

 

「惣中くーんっ」

 

 教室への帰り道で声をかけられて、振り返ると櫛田さんがいた。一緒にいるのは見覚えのない女生徒2人…いや、1人は自己紹介のとき櫛田さんが助けてた女子だ。もうひとりは小柄でツーテールの女子。たぶん王さん、中国出身だったっけ。いや、台湾だったかな。

 櫛田さん、手をブンブンを振っている。かわいい。胸も揺れている。すごい。

 

「お昼、一緒だったの?」

 

 足を止めた俺たちに追いついた櫛田一行。櫛田さんは普通に話しかけてくる。

 

「うん、櫛田さんはみんなと?」

「そうだよっ」

「さっそく仲良くなってすごいねえ」

 

 心から称賛する。俺は今日ようやく綾小路へ話しかけられたという段階だ。

 

「惣中くんと綾小路くんは、井の頭さんと王さんとはもう話した?」

 

 俺たちは首を横に振る。

 話すも何も、片方の名前を今思い出したレベルだ。

 

「井の頭心ちゃんと、王美雨(ワン・メイユイ)ちゃん」

「惣中高史です」

「綾小路だ」

 

 一応名乗っておく。

 

「惣中くんって、おいどんの人でしょ」

 

 王さんが奇妙奇天烈なことを言い始めた。

 

「おいどん?」

「自己紹介。インパクトあったよ」

「おいしいよねって話しになってる」

 

 俺の疑問に王さんと井の頭さんが答えた。

 おいどんが美味しい?

 

「おいどんはお菓子とかじゃないよ」

「わかってるよ、そんなこと。惣中くん、面白いね」

 

 井の頭さんが笑いだした。

 俺の頭の中は???なのだが。

 そう言えば松下さんたちともそんな話をしたおぼえが…

 

「もどろっ。お昼休み終わっちゃう」

 

 櫛田さんに促されて、俺たちは5人で教室に戻る。

 途中で俺はこっそり綾小路に尋ねる。

 

「おいどんって何だ?」

「惣中の自己紹介のとき、おいどんって言った奴がいただろう」

 

 そのフリはよく憶えている。おかげでペース崩してしまった。

 

「それで、惣中イコールおいどんの人ってことになってる」

 

 は?いつのまに?

 

「いやいや、俺はおいどんなんて言わないって…」

「そうだけど、いいじゃないか、憶えられてるだけ」

「いやいや、それにしても…」

「俺なんかさっぱりだ」

 

 綾小路の言葉が持つ生々しさに、さすがの俺も黙った。

 確かに綾小路は俺を憶えていたが、俺は綾小路を全く憶えていなかった。

 

「おー、櫛田ちゃ~ん…ってお前ら、一緒にメシに行ってたの?」

 

 教室の前の廊下で、池君が櫛田さんに声をかけたところ、一緒にいた俺たちに猜疑の目線を向けてきた。

 

「帰りに一緒になったんだよ」

「そ、そっかー。こいつらが櫛田ちゃんとご飯に行くなんてないもんなー」

 

 櫛田さんの返事であからさまにホッとするのはいいけど、微妙に失礼じゃないかな。

 

「今度、俺たちと昼めし行こうぜー」

「うん、今度ねー」

 

 櫛田さんは池君の誘いをさらりと交わすと、井の頭さん王さんと一緒に教室に入っていった。

 へらへら見送っていた池君は、次の瞬間には俺たちをきっと睨む。

 

「お前ら櫛田ちゃんと仲良いわけ?」

「櫛田さんは誰とでも仲いいと思うけど」

「それもそうだな。可愛くて性格良いとかたまんないよなー」

 

 俺の返事は答えになっていないけど、池君はあっさりと矛を収めた。

 しかし櫛田さんが可愛くて性格良いのは事実なので、俺もウンウンと相槌を打っておく。

 

「おいどんもそう思うか? そうそう、男子のグループチャット作ったから、おいどんも入れよ」

「待て待て、おいどんって何だよ」

「ん?細かいことは気にするなよ。あれで得してるんだからさ。はいこれ」

 

 俺の抗議に全く意味不明なことを言いながら、池君は端末を手早く操作してコードを見せてくる。

 準備してなかった俺はもたもたと端末でコードを読み取る。池君と連絡先が交換される。

 

「鈍くさいなあ、おいどんは」

 

 横で見ていた男子がからかってくる。多分山内君と言ったはず。

 池君が端末を操作してグループ手続きをしながら、聞き捨てならない事を言った。

 

「そうそう。あそこでおいどんをぶっこんだ俺に、感謝しろよー」

 

 

 お ま え の し わ ざ か !

 

 

「オーケー登録完了、じゃあよろしくな」

「ああ、ありがとう」

 

 端末を確認するとチャットルームに参加している。

 

 『惣中がグループに参加しました』という表示の後に、歓迎を示すスタンプがどんどん続く。途中で山内君が『おいどんよろw』と書くと、それ以降『おいどんよろw』が並んだ。イラッときたけど、俺も『よろしく』と書いておいた。

 

 自席につくと平田君がとてもいい笑顔で迎えてくれた。

 綾小路が須藤君や池君たちと親しくなっていそうだと話したら、安心したようだった。

 ついでにおいどんについて質問してみると、平田君は苦笑いをして、篠原軽井沢松下ラインはクスクス笑っていた。

 

 …良いことなんだろうが、釈然としない。

 

 

☆~☆

 

 

 放課後の別館。

 

 書棚にもたれかかってホームズの伝記を読んでいるとき、近くに人影を感じた。

 早くも綾小路来館かと思って顔をあげると、一人の女子生徒が本棚を見上げていた。

 小柄でグレーの髪をした美少女。

 …思い出した。入学式の日に図書館前にいた"同志"だ。

 彼女はホームズもののパスティーシュのあたりで本をピックアップする。立ち去りかけて、彼女は柱にある貼紙に目を留め、足を止めた。しかし留まっていたのは僅かな時間で、そのまま行ってしまった。

 彼女もシャーロキアンなのだろうか?

 だとしても声をかけるのはハードルが高すぎる。

 それにしても何を見ていたのだろうか?

 

 貼紙を見に行ってみると、「図書館ボランティア募集」と書いてある。

 図書委員、みたいなものか。この学校の図書館は蔵書数万冊という巨大なもので、管理は当然教員や専門職員が行っている。ボランティア制度があるということは、生徒に雑用を手伝わせようということだろう。

 興味を惹かれた俺は行ってみることにした。

 

 

 図書館ボランティアの担当は初老で小柄の女性司書だった。

 

「1年Dクラス、惣中くんね。3年生が卒業しちゃってから、人手が足りなくなって。手伝ってくれるなら助かるわ」

 

 司書先生の説明だと、いまボランティアをやっているのは3年の男女1人ずつと2年の女子1人とのこと。

 活動日は週1回放課後1時間半ぐらい。内容は、返却された図書の配架、破損図書の補修、書棚の整理など。活動日は決まっているけど振り替えは効く。そういった説明資料のコードに端末をかざすと、内容がダウンロードされた。

 

「今日決めなくてもいいわ。次の活動日は来週だし、興味があったら来てください」

 

 俺は事務室をでると、せっかくなので本館を見て回ることにした。前回は早とちりですぐに別館へ行き、そのままホームズに浸ったので、こちらを見て回るのは実質初めてといえる。

 

 事務室に近い棚は自然科学である。

 化学は別として、自然科学は得意でない。特に数学と物理。なにしろこの二つは、モリアーティ教授の専門だからだ。

 

 ホームズの宿敵ジェームズ・モリアーティは「犯罪界のナポレオン」として巨大な犯罪組織の黒幕として登場し、一度はホームズをロンドンから逃避させ、死の間際まで追い込むのである。

 その存在感からモリアーティと彼の組織は、後世の創作物にとって「悪の天才」「悪の組織」のモデルとなっている。

 そのモリアーティは、二項定理の研究で大学教授となったとある。さらに『小惑星の力学』という本を書いているので、物理にも堪能であったのだろう。

 

 失礼、話しが長くなってしまっ……おや、これは『小惑星の力学』?

 

 俺は目に止まった本を書棚から抜いた。

 ぺらぺらっとめくってみる。

 小惑星の地球衝突を計算するというテーマの、宇宙物理学の入門書のようだ。

 地球を爆破して小惑星にしてしまおうみたいな本じゃなくてよかった。

 俺は棚に図書を戻した。

 続いて歴史コーナーに潜ることにする。クレマンソーの本でも読むか。

 




※2話追加します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。