実力至上主義の教室と不出来なシャーロキアン   作:北武

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※5500字程度になっていますのでご注意ください


第1巻 実力至上主義の研究(7)

 

 入学して一週間経とうかという頃。

 朝登校した俺が席に座ると、平田君が声をかけてきた。

 

「おはよう、惣中くん」

「おはよう、平田くん」

「惣中くんは放課後、どこかにいってるのかな?」

「図書館だけど、どうしたの?」

 

 この1週間ずっと、放課後になるとすぐに図書館に通っていた。

 閉館までホームズの本を読みふけり、文字に疲れると動画を見ていた。至福の日々。

 

「放課後すぐに帰ってるようだったからね。勉強?」

「いや、調べ物だよ」

「そうなんだ」

 

 平田君はすこし間をおいて口を開いた。

 

「今日の放課後、みんなで遊びに行くんだけど、惣中くんも一緒に来ないかな?」

 

 思いもよらぬオファーに、ぐっと詰まってしまった。

 しかし実は今日から、図書館ボランティアの活動が始まるのだ。

 

「…なにか用事でもあるのかな?」

 

 こちらが明らかに止まってしまったので、平田君が気遣ってくれた。

 「みんな」というのは、今隣でテレビの話題に興じるふりをしながら、聞き耳を立てている三人組が中心であるのは明白だ。

 

「…その、今日から図書館でボランティアをする約束になっていて…その…ごめんけど…」

「ああ、もちろん良いよ。次の機会にはぜひ参加してよ」

「も、もちろんだよ、ありがとう」

 

 ふーっ。

 

「ねえ、惣中くん」

 

 今度は松下さんだ。

 

「ちょっと聞こえてきたんだけど、図書館のボランティアって、なに?どんなの?」

「図書館のお手伝い、俺も今日が初めてだから詳しくわからないけど、本の片付けとか?」

「ふーん」

 

 反応が薄いなあ。膨らませないといけないのだろか。

 と思っていると、教室の反対側で急に男子たちが集まり始めた。

 女子の胸の大きさランキングで賭けをしているようだ。今日の水泳授業で鑑定を行うらしい。

 

「俺もやるぜ」「俺も俺もっ」「俺のおっぱいスカウターを舐めるなよ」

 

 みんなはしゃいでいるが、そういうのはもっとコソッとやるもんじゃないのかな…

 ちなみにスカウターの初出は1988年である。

 

「キモっ」

 

 聞こえてきた軽井沢さんの声で、背筋に寒気がはしった。殺意がこもっていた。

 池君たちのことだよね?スカウターの初出を知ってることじゃないよね?

 

「俺も賭けるぜ。ちなみに佐倉だ」

 

 俺も顔をしかめざるを得ない。オープンで個人名を出すと丸聞こえだぞ、山内君。

 さすがの平田君も苦笑を禁じ得ない様子だ。

 

「サイテー」

「死ねばいいのに」

 

 と松下さんと篠原さん。篠原さん、視線で殺せそうだ。

 

「ああいうの、ないよね」

「うん」

 

 何故か松下さんが俺に同意を求めてきたが、内容だけに即答である。

 

 しかしここで読者諸兄には、正直に告白しよう。

 俺とて男子である。おっぱいにはもちろん興味がある。

 

「ねえ、平田くん、やめさせてよ」

「あの感じだと、言っても聞かないだろうね」

 

 されど大きさを競うというのは、いかがなものであろうか。

 諸兄には誤解ないものと思うが念のために。俺は貧乳派では断じてない。

 

「まじムカツク」

「あー、なんか水泳ユウウツになってきた…」

 

 その子の胸の大きさは、その子に合った大きさに定められている。

 これを変えると、身体のみならず人格全体が変質してしまうのである。

 このことについて、俺は驚くべき証明を思いついているのだが、それを記すにはこの余白は…

 

「惣中くんはスポーツは水泳って言ってたよね?」

「あ、うん。昔習ってて」

 

 平田君が話しを振ってきた。

 

「へー、泳ぐの速いの?」

「遅くなったかなあ、受験勉強で半年ぐらい泳いでないし」

 

 珍しく軽井沢さんが話しを拾ってきた。

 事実受験太りで、腹回りなどかなりぽっちゃりしてしまっている。

 

「平田くんも速そう」

 

 なるほど、そっちに持って行ったか。

 

「そうでもないよ」

「おまえたち、席にもどれ」

 

 平田君が答えたところで、担任が入ってきて、話しはそこで終わった。

 

 

 

☆~~☆

 

 

「うひゃあ、やっぱこの学校はすげえなぁ!」

 

 池君の歓声がプールの静かな水面に響き渡る。すぐに男子たちがぞろぞろ出てきて、みんな興奮を隠せない様子だ。

 たしかにきれいなプールだ。悲しいかな、近視の俺はメガネを外しているので、かなりの距離まで近づかないとぼんやりとしかみえないのだが。見えないと観察も推理もできやしない。

 

「うわ~。凄い広さ、中学の時のプールなんかより全然大きい~」

 

 女子陣がプールに登場したらしい。

 

「き、来たぞっ!?」

 

 女子たちの声がする方に目を向ける。確かに水着女子たちだ。

 しかし顔がぼやっとしか見えないので、個体識別はまだ無理である。

 具体的にいうと、どの子が櫛田さんかわからない。

 

「長谷部がいない! どういうことだ!? 博士っ!」

 

 眼鏡を外した俺には、いるのかいないのか、さっぱりわからねえ。

 男子たちの嘆きを聞くに、巨乳ランキング予想の上位陣がこぞって見学を選択したらしい。

 池君と山内君のはしゃぎっぷりを見たら、当然といえば当然だろうな。

 

「二人とも、何をやっているの?楽しそうだねっ」

「く、くく、櫛田ちゃん!?」

 

 櫛田さんが登場したらしい。池君と山内君が狼狽している。

 近くに来ると櫛田さんらしいとわかる。目の悪い俺にもわかる確かな大きさだ。何の大きさかは聞かないでほしい。

 もう櫛田さんの優勝でいいんじゃないかな。

 

「よーし、お前ら集合しろー」

 

 脳内で水着ミスコン授賞式の櫛田さんを想像していたら、体育教師から集合がかかった。

 俺がムッツリだって?勝手に言ってろ。

 

「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」

「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど…」

「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」

 

 何がどう安心なんだろう。

 

「別に無理して泳げるようにならなくていいですよ。どうせ海なんかいかないし」

「そうはいかん。今はどれだけ苦手でも構わんが、克服はさせる。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」

 

 必ず役に立つ?

 夏に試験があるんだろうか。それとも遠泳大会とか?俺は困らないというか、むしろ楽しみだけど。

 生徒にやる気を出させるのは、試験か大会があると言うのが一番だ。しかしそんな様子もない。気にはなるが質問はやめておこう。俺の質問で教師が余計なことを考えたら大顰蹙をかう。

 もしかして、服を着たまま水に放り込まれるイベントでもあるのかな。新入生歓迎会とか言って。怖すぎる。泳げるようになっても、服を着たまま水に入ると普通に溺れるぞ。

 

 考えているうちに準備体操が始まり、そのあとは50メートル軽く泳ぐ。

 そして泳ぎ終わった順から一旦水から上がり、全員整列する。

 

「とりあえずほとんど者が泳げるようだな」

「余裕っすよ先生。俺、中学の時は機敏なトビウオって呼ばれていましたから」

 

 先生のコメントに、池君が自慢げに答える。でもそんなに早くなかったはずだ。

 

「そうか。では早速だがこれから競争をする。男女別、50M自由形だ」

「き、競争!? マジっすか」

「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。一番遅かった奴には、逆に補習を受けさせるから覚悟しろよ」

 

 先生の宣言に歓声と悲鳴が交錯する。

 いきなり競争とボーナスとペナルティとは。結構ハードな学校に来ちゃったのかもしれない。

 自由形か… しかし水泳ということであれば1位を狙っていこう。

 こうみえても、中学のとき俺より速かったのは、水泳部のトップぐらいだったし。

 

「女子は人数が少ないから、5人を2組に分けて、一番タイムの早かった生徒の優勝にする。男子はタイムの早かった上位5人で決勝をやる」

 

 まずは女子からスタートということで、男子はプールサイドに待機である。

 

「櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん…」

 

 池(もうこいつを君で呼びたくない)がものすごくはぁはぁしている。

 山内(こいつもいらないよね)になだめられているが、効いていないようだ。

 櫛田さんが泳ぐのだろうか。見えないなりに見ておこうと思ったが、やっぱりよく見えない。

 1組目がスタート。最初にリードを取ったコースがそのままゴールした。

 

「お~~~! やるなあ掘北」

 

 1位は堀北さんらしい。

 続いて第2組。

 池が櫛田ちゃーんと声援を送っている。4コースの子かな?

 あ、こっちに手を振った。

 

「うひょおおおおおお!」

 

 一気に周囲がざわめいた。

 アイドルの競技会みたいなノリになってる。櫛田さん頑張れ。

 注目の第2組だったが、水泳部の小野寺さんがぶっちぎりで勝った。

 非常に美しいフォームの泳ぎだった。目が離せなかったくらいだ。櫛田さんごめん。

 一方男子たちは、櫛田さんの敗北に思いっきり盛り下がっていた。ロコツ過ぎじゃね?

 

 男子は4人4グループの16人だ。俺は4組に入った。

 

 第1組は赤髪の須藤(こいつも敬称は不要だろう)がやる気満々。

 いかにも体育会系という体の大きさだ。隣コースの推定綾小路が細く見えるぐらい。

 泳いでみると須藤がぶっちぎり。割ときれいに泳いでいた綾小路が、のろく見えるぐらいだ。

 須藤の記録も24秒台。今のタイムで全国大会に行けるぞ。

 俺は26秒切るのが精一杯だったのに、それをいとも簡単に…

 

「須藤、水泳部に入らないか?練習すれば大会も十分狙えるぞ」

「俺はバスケ一筋なんで。水泳なんて遊びっすよ」

 

 教師の勧誘も当然だ。力任せの泳ぎであれだけの記録を出せるのだから。

 しかしバスケが好きなのは良いが、他の競技をお遊びと言うか。イラッとするな。

 

 2組目。平田君がスタート台に上がると、女子たちが歓声を上げる。

 平田君は女子の歓声を背に、悠々と1位で泳ぎきった。記録は26秒13。

 驚いた。トレーニングを受けてるように見えないのに、こんな速いヤツらがいるなんて。

 

「平田くん、すごく格好良かった!」

 

 女子が平田君に群がっている。それを傍目に面白くなさそうな男子という構図。

 

「ちょっと、何平田くんに色目使ってんのよ!」

「はあ? 色目使ってるのはそっちじゃないの!?」

 

 とうとう言い争いが始まった。

 

「やめたまえ。私を巡って争いをするのは」

 

 3組目の高円寺(断わりは要るまい)が、相変わらずズレたことを言っている。

 そんな高円寺の体つきは、俺の近視で見ても相当鍛えていることがわかる。

 アスリートよりボディビルダーに似てるような気もするが…

 俺はすぐに認識を改めた。スタートの姿勢、そしてきれいな飛び込み。

 

「うおっ!はええ!」

 

 赤髪のうめき声が聞こえる。

 波しぶきは高いが、フォームは完璧だ。かなりの記録が出るに違いない。

 

「23秒22……だと」

 

 教師がストップウォッチを二度見するのも無理はない。大人の全国大会レベルだ。

 ざわざわしている中、俺たち4組がスタート位置に着く。

 4組はもはや消化試合といった雰囲気だ。誰もこちらを見ていない。

 スタートで飛び込む。いつもよりすんなり入れた。全力で水を掻く久しぶりの感覚。

 50M泳ぎ切ると、顔を上げてコースロープにもたれかかる。

 

「27秒30だな」

 

 27秒切れなかったか。同じ組の三宅君が27秒66とほとんど同着だった。決勝5人のうち残り2人は俺たちになった。

 

「惣中、水泳やってただろう。水泳部、今からでもどうだ?」

「ありがとうございます。でも自分はこれ以上伸びないですよ。本番にも弱いし」

「そうか」

 

 ありがたいことに、教師はそれ以上誘ってこなかった。

 プールサイドには微妙な雰囲気が漂っていた。さっきより盛り下がっている。

 ぽっちゃり体型の俺があんな好記録を出すなんて、誰も思ってなかったのだろう。

 

「決勝、いい勝負をしよう」

 

 平田君が声をかけてくる。

 この余裕、持って生まれたスペックの差なのだろうか…

 

「惣中くん、速いじゃん」

 

 これは松下さん。この距離なら顔もわかる。

 

「なんか、いが~い」

 

 これは軽井沢さん。すみませんね、意外で。

 

「うん、ありがとう。平田君には負けちゃったけどね」

 

 ブランクだのなんだと言いながら、自分ではもう少しやれると思っていたらしい。ショックで返事が適当になってしまった。

 このあと決勝があると言い訳して、少し距離をおいて、スタート近くで身体を動かしながら備えることにする。

 平田君は女子に囲まれて、応援されている。

 その背後では、赤髪が打倒高円寺に燃えていて、池や山内が煽っていた。

 三宅君と俺と高円寺がなんとなくポツンと言う感じになっている。

 5人のなかで俺だけポッチャリ体型?恥ずかしい…

 

「惣中ボーイ」

 

 胸の筋肉を動かしていた高円寺が、何を思ったか突然話しかけてきた。

 

「自由形でなければ、少しは勝負になったかもしれないねえ」

 

 背筋が寒くなった。

 確かに俺の競泳時代の種目は、平泳ぎとバタフライだった。

 1回泳ぎを見ただけでわかるのか、こいつ。シャーロック・ホームズかよ。

 いやいやホームズは変人だが、高円寺は狂人だ。断じてホームズとは違う。認めない。

 

「しかし勝負は50M自由形だ。定められたルールで勝つのも重要なことだよ」

「どのルールになっても勝てると?」

「どうかな。そこにはやはり、美しさというものが必要だからね。それにしてもボーイ、君の身体は美しさに欠けるよ」

「余計なお世話だ!」

 

 つきあってられんわ。俺は高円寺に背中を向けた。

 

「惣中くん、三宅くん、高円寺くん、決勝頑張ってねっ」

 

 櫛田さんが声をかけてくれた。

 この距離だとわかる。櫛田さんは超エロい。なるほど騒ぐわけだ。

 

「ありがとう。櫛田さんに応援してもらえてすごく嬉しいよ」

 

 これは本心。

 

「プリティガールの応援ならば、頑張らないわけにはいかないだろうねえ」

 

 お前は黙ってろ、高円寺。

 バスでの一件を思い返して、心中罵倒する。

 三宅君は黙ってうなずいただけだった。なんかサマになってて渋い。

 

「うん、応援してるよ」

 

 櫛田さんがガッツポーズしてくれる。池のぐぬぬっと言う歯ぎしりが聞こえた。

 

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