男子決勝が終わって、残り20分ぐらいは自由時間となった。
50Mプールの隣にある浅めのプールに移動して、泳ぐ者、遊ぶ者と銘々過ごしている。
俺は隅っこで、一人水面に身体を浮かせて遊んでいた。浮遊感が気持ちいい。
近くで平田組が水の掛け合いをしている。女子の歓声がすごい。
「惣中くんっ」
「櫛田さん?」
声をかけられて立ち上がると、櫛田さんがいた。
「2位すごかったね」
「1位がぶっちぎりだったけどね」
「ううん、それでも2位なんてすごいよ」
「いや…俺、自分が水泳上手いと思ってたけど、大したことなかったんだなと…」
さきほど行われた男子の決勝、俺は2位だった。タイム26秒64で、若干早くなった程度。
1位は文句なしの高円寺。5メートル以上の差がついたらしい。
3位はタッチの差で赤髪。壁を叩いて悔しがっていた。
少し遅れて4位の平田君。いつもと同じように穏やかに「今度は負けたね」と言った。コースロープ越しに右手を出してきたので握手した。譲られたのかもしれない。そんな思いがちらっと頭をよぎった。
最後に三宅君が到着した。平田君が話しかけても、淡々としていた。
ふと気がついた。選択肢を選び直す。
「…でもタイムがよかったから、櫛田さんの応援のおかげかな」
「ホント?そうなら嬉しいなっ」
櫛田さんがキラキラした目を向けてくる。この答えで正解らしい。
櫛田さんはキラキラモードのまま、俺の顔を覗き込んで。
「じゃあ次は、惣中くんが私のこと応援してくれる?」
うぐっ…さっき小野寺さんの応援をしてしまった分、次がんばります!
俺が縦に首を振る人形になっていると、「桔梗ちゃ~ん」と女子が櫛田さんを呼んだ。
「ごめん、惣中くん、またねっ」
「うん」
後ろ姿をそのまま見てると、女子グループに合流した櫛田さんに池らしき男子グループが声をかけて、結局女子たちにあしらわれるという展開になった。
あれだけエロ全開やっておいて、女子に声をかけにいくなんて、度胸がすごい。
「惣中」
綾小路だ。みんなはしゃいでいるのに、相変わらずの無表情。
「須藤より速いとは驚きだな」
「あれは自滅だろう?無駄な力が入ると泳ぎが崩れる」
周囲が散々煽っていたから、本人も力が入りすぎたのだろう。
「そうかもしれないな」
「綾小路は何秒?」
「31秒ぐらいだ」
「経験者かと思っていたが、31か」
「…泳ぎを習ったことはある」
ん?答えに間があったような?
「惣中くん」
今度は女子生徒が一人、こちらにやってきた。
ショートカットに凛々しい顔立ち。小麦色の肌。スレンダーで広い肩幅。
さきほど女子でぶっちぎりの1位だった、小野寺さんだ。
綾小路は、じゃあと言って、すーっと去ってしまった。
「水泳部、入らないの?」
前置きなしの本題だ。
「うーん、あの程度だから。泳ぐのは好きなんだけど」
「そう」
じっと見られると居心地が悪い。
なんか話題振らなきゃ。
「小野寺さん、泳ぎすごく綺麗だったよ。種目、自由形なの?」
「…うん、ありがとう。100と200の自由形」
「花形だ。そういえばポイントボーナスだったっけ?羨ましい」
ちなみにポイントのことは、今思い出した。
「うん、みんなに言われたよ」
「男子は高円寺だからな。腹立たしい」
俺がそう言うと、小野寺さんが笑いだした。
「それもみんな言ってた。須藤くんとか池くんとか」
「小野寺さん、なにかに使う?」
「せっかくだから、水着とかゴーグルとか」
「さすが。らしいというか」
「それも言われた」
俺も笑ってしまった。
「そうそう。プールは一般生徒にも開放してるんだって」
笑顔の小野寺さんが耳寄り情報を教えてくれた。
「25Mプール。火曜と金曜の夜だったと思う」
「ありがとう、行ってみるよ」
「それじゃあ」
小野寺さんの後ろ姿を見送って、ふと視線をずらすと、櫛田さんがこっちを見ていた気がした。
☆~☆
放課後は図書館ボランティアの初回活動日である。
本館の事務室の隣りにある、作業室と書かれた小部屋に集合する。
俺の他に生徒は3人。3年Cクラスの馬場先輩と遠藤先輩。2年Dクラスの本田先輩。
馬場悠太郎先輩と遠藤晶子先輩は、2人とも色白で細身、眼鏡をかけている。しかもカップルらしい。うらやましい。爆発してほしい。
本田めぐみ先輩は三つ編み眼鏡の古風な読書女子というタイプで、ほんとに1人で黙々と本を読んでるタイプだ。おっと、俺も入れたら眼鏡で揃っちゃったな。
先日説明をしてくれた、初老で小柄の女性司書は梶田先生。当然眼鏡あり。
人数が揃ったら紹介されたあと、一通り確認の説明がなされて、それから本日の作業開始である。本日は研修ということで、本の補修作業だ。破損部分を糊付けしたり、専用テープで貼り付けたりする。
結論から言うと、俺のはげしい不器用さがバレてしまった。何回やってもテープが揃わない、カバーの中に空気が入ってボコボコになる、etc,etc…
30分ぐらいで軽いパニックになった俺は、さしあたり他に作業をやってみた結果、解体された本の作業箇所に付箋を貼り直すという単純作業ならできるということで、その担当になった。トホホ…
しょんぼりした俺を尻目に、先輩たちは気楽なものである。
「そういえば、すんげー不器用な先輩がいたな」
「森脇先輩のこと?」
「そうそう、付箋貼るのも独自ルールでさー」
「あの人、天才だからねえ」
「森脇先輩って、私が入る前に卒業した?」
のんきに喋りながら作業している馬場先輩と遠藤先輩。しゃべっていても手は止まっていない。
本田先輩が質問する。
「そうそう、すんげー頭が良くて物知りでさー」
「ぱっと見は普通の人っぽったのにねえ」
「森脇くんね、ホント天才だったわね」
作業室を離れてた司書先生が戻ってきて加わる。
「聞きました。学業は首席で数学、物理、英語、国語はいつも満点だって」
「コンピュターにも強くて、図書館の情報システム整備も森脇くんの仕事ですからね」
「Aクラスで卒業でさー。今頃アメリカの大学にいってるのかなあ」
「え、イギリスじゃないの?シャーロックホームズおたくだったでしょ、先輩は」
なに?
「そうそう、ホームズの話しになると人が変わってさー」
「別館のアレも森脇先輩のコレクションなんですって」
「正確には、英文学同好会のコレクションなのよ」
司書先生が笑いながら訂正する。
「でもそれって先輩が一人でやってた部活でしょ。自分で部活つくるとかありえない」
「卒業するときに、本と資料とパソコンを寄付していったって、真似できないし」
「どんだけポイント稼いでたんだっていう話しでさー」
まだ食いつくに早い、様子を見なければ、しかし食いつきたい。
「なんかお気に入りのキャラクターがいてさー」
「モリアーティでしょ」
「そうそう、ホームズのライバルの」
「それで、自分のことモリワーキィって言ってたよねえ」
「ぶふっ」
思わず吹いてしまった。
「惣中くん?」
俺が吹き出してしまったので、全員の注意を引いてしまった。
「すみません、つい…」
「惣中くんもシャーロキアンでしょう?」
司書先生、もしかして…
「別館のコレクションに入り浸ってる1年生がいるって」
やっぱり俺のことか。
「ええ、それは俺です」
「図書館で評判になってるわよ、やっとシャーロキアンが入学してきたって」
「お恥ずかしい限りです」
「惣中くん、シャーロキアンなんだ」
遠藤先輩が興味深そうに見てくる。
「シャーロキアンって、ホームズが実在の人物だと信じてるってホント?」
「いや、さすがにそんな人は少数ですよ」
「森脇先輩は信じてるって言ってたよ」
ホームズを実在の人物だと信じている人は、ごく少数だが存在する。しかしその他ほとんどのシャーロキアンは、信じているふりをするというお遊びが好きな人たちだ。
森脇先輩も信じているふりをして、周囲を煙に巻いていたのだろう。
どうやらあのコレクション群は、森脇先輩というひとの置き土産のようだ。
パソコンもほかの端末に比べてスペックが高いなあと思っていたが、もともと別のところのものだったのなら納得だ。
しかも数学と物理が得意だなんて。アメリカかイギリスの大学に行ったのではと言われていたが、二項定理の研究をするのだろうか。ということはモリアーティのように生きられるかもしれないということになる。胸熱だ。うらやましい。国を憂いているかどうかは知らないが。
ん?モリアーティなら悪の組織を作っているかもしれないな。もしアメリカに行ってるなら、アメリカにはピンカートン探偵社があるから、モリアーティ対ピンカートン、これは熱い。『恐怖の谷』はともかくとして、パスティーシュでも余りお目にかからない組み合わせだ。胸熱。
気が付いたら話題は、イギリスで制作された現代ものホームズのドラマに移っていた。
こんにちシャーロキアンとは、このドラマのファンを指すというが、ホントだろうか?
※ストックが尽きましたので少々休載します
※評価、感想ありがとうございます