ベルと徐倫の奇妙な冒険、ストーンオーシャンは終わらない 作:37級建築士
ある、罪人の話だ。ここオラリオではいくつもの罪人が手配書に上がり、組織から個人に至るまで目まぐるしく悪人を追い求めて捕まえ続けている。無論、すべての悪人が捕まえられるわけはない、だがそれでも一歩一歩悪を消し去らんと正義は悪を追いつめていく。
そして今日も、輝かしい正義はおぞましい悪を捕まえんとしていた
手配書に乗った罪人の名前はオヴァディア。すでに検挙された悪派閥の元レベル1冒険者であるが、その罪状から特一級の危険人物として認定され、今日この日に至るまで追い続けられていた。
……探せ!見つけろ!!
「————……ッ」
執念の捜索、ついぞ逃げ続けることはできず、オヴァディアはついに捕縛まであと少し。それはこの下水道にいる大半が思考していることであり、追われている本人も覚悟はしてしまっていた
側溝のパイプに潜り込んで隠れているオヴァディア。過ぎ去る追っての反響する声は何処に逃げて身を潜めても粘着するように耳に届く。逃げ場はないことは、誰が考えても理解できる。故に、覚悟はできあがってしまう
男は罪人であった。だが、冷静に物事を判断する頭を持っていた
「……逮捕、いやいや、殺すよなあれは。恨みつらみ、腹に下水と汚物をたらふく詰め込んで殺すだろうな。間違いなく、賭けてもいい」
おびえるでもなく、ただ無為に状況を流す。ああそうかと、他人事の様に
落ち着いた精神性、しかし男は間違いなく殺人鬼。罪状は確かなもの、冤罪は無い。
かつて、オヴァディアは小さな国の港町で生まれ、そして物心つく頃には罪を一気に重ね始めた。その国では少年を罰する法律はなく、仕方ない形で刑をまぬかれ牢獄に送られていた。オヴァディアは青年期の大半を牢獄で暮らす。死刑が執行される20の年齢を迎えるまで
20の誕生日を迎える日、日をまたいだと同時に刑が執行されるその日を狙ったかの如く彼は牢獄より脱獄をした。そして逃げて行きついた先、そこには暗黒期に突入していたオラリオがあり、彼は当然のように悪派閥へと身を落とした。なるべくして、殺人鬼はオラリオを恐怖で脅かす存在へと変わった
ついた異名はその悍ましい惨状から由来して、スカベンジャーのオバディア。生まれた国と、そしてここオラリオで重ねた罪は数えて300と少し、未遂を含めればさらに数は増える。
悪名高きオヴァディア、死体を掠めるスカベンジャーのオヴァディア。そんな彼にもついに終わりが訪れる。
はず、であった。
……ザ、コツコツコツ……ザ、グシャ
「おい、見かけたか!」
「いや、見てない……ドブネズミを踏みつぶしただけだ」
「くまなく探せよ。出入口は封じているんだ……どのみち逃げ場はないし、このままペストにでもかかって死ねばいいんだが、奴には処刑台に立ってもらわないと困るんだ」
声は数名、彼らは悪人を捕まえるために放たれた猟犬、それも実績を重ねたガネーシャファミリアの冒険者、今この地下道に放たれているのは16名、その全てがレベル3。対して報告で上がっているオバディエはレベル1、その上今は主神が天界に送還されてステイタスの恩恵もない。文字通りただの一般人、見つかれば問答無用で捕まる。否、嬲り殺されるのが落ち
息をひそめて、泥水に浸る。汚濁にまみれながらただ待つことしかできない、そんな末路に彼は諦めを見ていた
「……」
やり過ごし、だがその場を移動するでもなくただドブの中で坐していた。逃げ場はないと知った
思い返すことに何も感傷はない。のちにつかまって殺されるのなら、ああそうなんだと、俯瞰で認識して受け入れるだけだ。
……来たか
そうしているうちに、気づけばまた足音が聞こえてきた。次はもう隠れることはやめよう、そう思いドブから這い出て彼は立った。
光が見えた。魔石の照明だと思い明るさに目を覆う。だが、不思議と光は強くないことに気づく。この暗闇にあって、まばゆいばかりの光なのに何故か目に刺さらない
…………だれ、だ
光の出どころ、手で覆い隠した視界に下、足元に気づけば花が咲いていた。不浄の水が澄み渡り、名も知らない奇妙な花が咲いていた。彼は知らない、それは東洋の地の水辺で咲く花、名をロータス
気づけば、泥とカビと汚物にまみれた周囲が、まるで初めからそこに何も無かったかのような、そんな無に等しい黒の空間に変わる。
「……ッ」
無を広げた空間、だがしかしそこには対照的な光もまたある。足元を見れば、周囲の黒を引き立てるように、咲き誇る薄紅の花と緑の葉の足場はまさしく光であった。不浄を払う光と、何ものをも移さない闇、対照的なこの空間は誰が生み出した
答えは、待つことも無く明白になる
「……なんだ、お前」
瞬き一つ、そんなワンフレームの刹那にソレは姿を現した
『……探シ、テイタ……罪ヲ、重キ魂ノ者』
『願イヲ、聞カセテ、欲シイ……君ヲ、救イタイ』
『恐レズ……苦シマズ、全テハ、救済ノ道……故ニ、願ウ』
『共ニ、涅槃へ……全テハ、救済ノ、為ニ』
「!」
語り掛ける言葉は、目の前ではなく内側から溢れるように。春の野に花が咲き乱れるような心地で言葉は心に入っていく。
耽美で、安心感のある。面を上げてみれ、その言葉の主に納得を得た
……こいつ、が……噂の、なのか?
姿を見た。そして見た瞬間に自然と膝は地に落ちた。闇と光でたたずむ存在は、果てしなく神々しい姿で、彼の前に現れなさった。教養はあるとは言えない身であったが、それでも彼はやれるなりに礼儀を尽くさねばと魂で心酔してしまった。
人ではない何か、無機質な顔に花の模様が不気味で異形、しかし神聖さだけは有無を言わさず主張する。得体も知れない見た目、だが彼はその姿に神を感じた。この地上世界、すでに神が肉体を持ち民と同じく歩む時代において、彼は最も神の存在、意向をソレに抱いてしまった
「……涅槃を、共に?」
口はない、しかし声は確かに響いた。そして噛みしめるように復唱した。
この時に初めて彼の存在の名を知る。
涅槃の使徒、巷では伝道師と称される存在。しかして、聞き出して得て徐倫達が知るに至ったかの名前、それはニルヴァーナ・ロータス。オヴァディアは名を口にはせず、ただありありとその存在を、託された願いを胸に押し込んだ。
「願いを、かなえる代償……涅槃への、至る道……すべて、聞き届け、ました。あぁ……わが、主よ」
忠誠を誓う。今一度深く礼を尽くす。そんな彼に、ロータスはおもむろに手を差し出した。すると、ロータスが立つ足元より蓮華の花より緑の糸が伸びる。伸びたのは蔦、それが袈裟を纏う体を伝い、そして腕全体を覆い隠す。
蓮華の花を咲かす植物の蔦にまみれた腕の中、ロータスはオヴァディアヘその腕を差し向ける。すると、蔦は解かれていき、それは姿を現した。
……ディスク、これが奇跡の源
授けるために、涅槃の使徒はまたも奇跡を施すのだった。
植物のツタが生き物のように伸びて動く。その先にあるディスクが一枚、彼の頭へと入っていく。
「私の願い、願いを……あぁ願いは……私は、願っていたッ……この奇跡は、そのために 」
強く、近いの言葉を立てるも、すでに姿は消え去っている。後に残るは元の下水の汚れた地面と臭気
何もないかに見える。しかし、現に変化はあった。頭に入っていくディスクは、精神性と馴染みすぐにも溶け合っていく。
「…………感謝します。あなたのためなら、涅槃へ至る道へこの身を……喜んで、捧げましょう」
『————』
膝まずく、感謝の言葉を何度も何度も吐き続けて、そうしているうちに気づけば視界は元の光景を見ていた。足場の草花は、元の汚れた石畳に
面を上げて、周囲を見渡してみれば、そこには自分を追っていた者共の数名が
「!」
「おい、貴様オヴァディアか! いったい、どこから、何をした!!」
「全員集まれ、オヴァディアが現れたぞ!!」
口繰りに驚きを示す声、オヴァディアはただ落ち着いてその状況を見ていた。
本来なら、レベル差で力及ばず捕まるか、それともこの場で無残に殺されるか、その二択であったが今は違う。選択肢は、三つに変わる
すでに得た奇跡、願いをあきらめた自分はもういない。
「闇の中から、蘇りし……リ……ビズ………………共に」
「何を言っている、貴様何をする気だーッ!!」
やることは多い。願いを果たす機会は、運がいいことにもう近くまで来ている。そのためにも
まずは、この煩わしい追っ手を、捧げるとしよう
× × ×
≪〇月×日、ガネーシャファミリア所属冒険者16名の不審死を確認≫
手配犯オヴァディアの捜索に当たり○○地区の下水地下道へ侵入。犯人の行方、および痕跡も無く、現場には数名の存在を確かにする遺物が発見される。
おびただしい血痕はあるも、遺体は発見されず。犯行現場にモンスター等の存在は疑う意見もあり調査を進めるが痕跡は一切確認されず。疑念の背景として、犯行のお現場にはモンスターによる捕食での死亡現場との類似点が多々見られていた。
犯人の捜索、および不審な痕跡の調査のため、本件は上位事項として近日連続して発生している怪事件とつなげて捜査が継続される。ガネーシャファミリアは正式にロキファミリアへ事件追及の協力要請を求める声明を明らかにした。
〇
「……ッ」
街を歩く、ダンジョンへ赴くために大通りに出てまっすぐ中心へと向かう。人通りの多い、すれ違う人の流れを避けながら、肩が当たらないように身を縮ませて
怪物祭、オラリオ名物の催しが近々始まるから、観光客も含めて人込みは日に日に増えてきている。前にも横にも後ろにも見知らぬ人ばかり、別にそれがおかしいことじゃないし、すれ違う人はただの他人
しかし、ベルにとって今外で出会う他人はすべて気にかかってしまう
「ベル、あなたどうしたの、さっきから変よ」
「……ぁ、いや」
先を行く徐倫の足が止まる。ベルのおかしな振る舞いに、呆れの溜息をもらして腕をつかんだ。無理に引き寄せて、彼氏をリードするそんな頼りがいある姿を思わせる。ベルを引っ張って徐倫はずかずかと群衆を抜けていく
「びくびくして、余計怪しまれるわ」
「で、でも……これ、すごく貴重な」
「なら堂々としなさい。知らないわよ、スリの標的になっても」
「……は、はい」
……まったく、うちの主神様も過保護ね
徐倫はついさっきの、早朝にホームを発つ際に起きた出来事を思い返す。というのも、ベルと徐倫が出かける際にヘスティアが急に呼び止めベルにプレゼントを贈ったのだ
……ベル君に贈り物だよ、銘はヘスティア・ナイフだから。大事に使っておくれよ
「……ヘファイストス製、だってね」
「は、はい……本当なら、ものすごく高いのに」
おびえた様子の理由、それは高価なものを生まれてこの方一度も身に着けていないベルの、ある意味ベルらしいあどけなさから生じていた
今、ナイフは上着の内ポケットの中に入れている。懐に小遣い程度の金しか持ったことのない少年にとって、その金額の重みはたいそう身に余るのだろう
「もう気にしなくていいのに。ヘスティアっちも言ってたでしょ、タダで譲られたって」
「……あの時の、ファミリアに入った日に出会ったあの男ですよね。スタンド使いの」
「迷惑料、償いだってことなんでしょ。会ってないから知らないけど、向こうの主神様はちゃんと筋の通った人だったみたいね。良かったじゃない、あなたの夢に役立つモノなんだから」
ふわっと、ベルの髪を漉くようになでて徐倫は優しく告げる。頭に触れる癖がついてしまったのか、自然とその手は向かってしまった。ベルもベルでなでられるまま、されるがまま
「……うん」
神ヘスティアからの贈り物、そこに込められた思いを、渡した時の笑顔や色々が胸の中で熱くなる。
上着の内にしまったナイフ、その重みは身に余ると感じていたが、ヘスティアのことを思えばそれも少しは良いものにも思えてくる
「感謝、しなさいよちゃんと」
「はい!感謝はもう、ほんとうにすごく……とにかく、いっぱいです」
「……なら、よしッ」
笑みで返すベルに、徐倫もまた微笑んで、追加でなでなでをくれてやった。
にぎやかな街中で、色鮮やかな日常は過ぎていく。二人の調子は変わらず、良い姉と弟の関係を、街中の通行人にこれでもかと見せつけていた。
>> to be continued
今回はここまで
オラリオに現れるやばい奴、ずっと書きたかった展開なので書いてて楽しい。怪物祭、いっぱい人が集まるね、人が、いっぱい
次回もお楽しみに、感想や評価などあればよろしくお願いします。モチベ上がって励みになります