今後のキーパーソンになるので、お見逃しなく。
黒薔薇町郊外 とある洋館
昼夜問わず、その男は研究室に籠って生涯研究に励んでいる。
カタカタとコンソールを操作する音が部屋にこだまする。決して常人には真似のできない驚異的な集中力を発揮して、男は不気味な笑みを浮かべる。
「ウシシ……もうすぐ完成するぞい。キュアベリアルの新たな武装が」
パソコンのディスプレイに表示された、指輪を模したプリキュアの強化変身アイテム。
詳細なデータと最終調整の傍ら、男は二つあるモニターのうち一つから流れる動画を確認する。
これまで黒薔薇町で起こったディアブロスプリキュアと洗礼教会、堕天使、キュアケルビムとの戦いの数々。男は彼女たちの気付かぬところで盗撮していたようだ。
「天使族出身のキュアケルビム、そして待望の人間のキュアウィッチ! ウシシ……やはりワシの目論見通りプリキュアはこの町に集中している」
ここで、コンソールを叩くのを一旦やめた。
男が画面を切り替えると、つい最近になって現れた謎の勢力――バスターナイトの画像を表示する。画面に映るその騎士を見つめると、険しく眉をひそめた。
「さてと……こいつをどうするかが問題じゃが」
◇
私立シュヴァルツ学園 二 年C組
「よーし、みんな注目ッ!」
ざわつく教室内。担任の三枝喜一郎が一声かけると、生徒たちは談笑を一旦中断して、教壇へと視線を向ける。
「今配った中間考査の点数に間違いはないかな?」
今日は先日行われた中間考査の結果が配布される日だった。
各々は結果に一喜一憂して、その度に教室内はざわついた。
「ん~……」
天城はるかは、もらった考査の結果用紙をまじまじと見つめ、唸り声を発する。
何をそんなに唸る必要があるのだろうか……そう思って、リリスが聞いてみた。
「どうしたのよ? テストの点数に相違でもあったの?」
「いえ、それはないのですが……プリキュア活動を始めたせいなのか、ちょっと成績が下がってしまいましてね……」
「それってただの都合のいい言い訳よね」
正論だ。極めて正論である。
歯に衣着せずに思った事をズバズバと言ってくるリリス得意の毒舌が、はるかの心に深く突き刺さる。
「わ、わかってますよ、そんなこと!! リリスちゃんは良いですよね、順位に変動が無いんですから!」
「そうでもないわよ」
「え?」
すると、リリスの手から彼女の中間考査の結果が渡された。
中身を見れば、五教科……国語、数学、社会、理科、英語の順に彼女の点数が表記されている。社会が九十五点である事を除いてすべてが百点。にもかかわらず学年順位は二位であった。
「に、二位ッ――!? リリスちゃんが二位に転落……ですか!!」
はるかの受けた衝撃は凄まじかった。
リリスが生来頭脳明晰でスポーツ万能のパーフェクトガールだという事は知っていたし、今回のテストでも学年一位をとるなど朝飯前だと思っていた。
だが、その予想に反してリリスの順位は二位。普通に考えれば喜ばしい事だが、はるかの価値観では彼女が他人に地位を追われた事は驚愕以外の何物でもなかった。
「ちなみに今回の学年一位はあの子よ」
リリスが目配せした。はるかがその方向に目を向けると、今回の学年一位こと……テミス・フローレンスが周りの生徒たちから称賛され、注目の的となっている。
「すごいねーテミスさん!!」
「全教科百点なんて天才だねー!!」
「毎回学年一位の悪原さんを追い抜いちゃうなんて―!」
「そんなことありませんよ。たまたま運が良かったんです」
浮かれることなく、常に謙虚。そうした愛想の良い姿勢は万人から好意を受けやすい。
だが、リリスにとってそんな事はどうでもいい。彼女は学校のテストの良し悪しで一喜一憂もしなければ、テミスに嫉妬や羨望を抱くような子どもではなかった。むしろ、八方美人を振りまく彼女を内心気味悪がっていた。
「はいはい、みんな静かに!! 転校して以来、フローレンスさんは慣れない日本でも頑張ってきたんだ。みんなも彼女や悪原さんに負けないくらい努力するようにな」
「「「「「はーい」」」」」
「それじゃ今日のホームルームは終了! それから、今回赤点だった生徒はあとで職員室まで来るように。追試験について説明があるからな!」
「「「え~~~!!」」」
ホームルームが終わり、生徒たちはそれぞれの放課後のために教室から出ていく。
部活に入っていないリリスは速やかに帰り支度を整えると、風紀委員の仕事が休みのはるかを伴い、直ちに下校する。
「赤点こそは免れましたけど、正直あと十位くらい上は狙えたんですよ!!」
帰り道、はるかは両拳を握って今回の試験の手応えについて熱く語る。
「ちなみに、今回の順位は?」
「十五位でした」
「全学年一二〇人中十五位ならいい方じゃない。それでもかなりの上位なんだから」
リリスを基準にとれば見劣りする順位かもしれないが、一般生徒を基準に考えれば十分成績優秀者と言って過言ではない。
「でも人間たるもの、もっと上を目指せると思うんですよ! いえ、目指さないといけないんですよ!!」
「その向上心は立派だけどね、あまり肩に力を入れ過ぎるのも禁物よ」
言うまでもないが、二人ともプリキュア活動のために学業に支障が出るほど愚かではない。むしろ、かなり賢い側に位置している。
ちなみに今回リリスが社会で何の問題を間違えたのかと言えば……鎌倉幕府成立時の年号をテストでは一一八五年と要求していたところ、一一九二年と書いたためだった。
帰路に就く二人。
角を曲がったところで、はるかが不意にリリスに尋ねる。
「ところで、今日はどうするんですか? 私は見ての通り風紀委員の仕事も塾もありませんけど……リリスちゃんはまたいつもみたいに依頼が入ってるんですか?」
「依頼と言えば依頼になるけど……これは私への依頼じゃなくて、私からの依頼なの」
リリスの言葉にはるかが首をかしげる。
「どういう意味です?」
「詳しくはあとで話すわ。とりあえず、何もないなら一旦家に帰ってから私の家に集合ね」
*
異世界 堕天使総本部
「クソ!! クソクソクソ!!」
コヘレトは荒れに荒れまくる。
部屋にある華美な装飾品を壊し続ける。無論、この部屋にあるすべての装飾品は堕天使の物であって彼の私物ではない。
「あの紫のクソ騎士ヤロウ!! 俺サマをこけにしやがって!!」
彼の心を乱しているのは最近になって現れた暗黒騎士バスターナイトだった。
プリキュアに匹敵、あるいはそれを凌ぐほどの力を秘めた彼の手により、コヘレトは二度も敗戦を強いられた。
心乱れるコヘレトに対し、彼の上司ともいうべき堕天使ラッセルは嘆息して、彼に近づく。
「ちょっとあんた、荒れるならこの部屋以外にしてくれないかしら? 仮にもここをどこだと思っているの?」
「ちっ。うるせーババアが」
「ちっ、って何よ? なんで舌打ちしてんのよ!? それにあたしを目の前にしてババアって言ったでしょ明らかに!」
注意した側のラッセルに対しコヘレトの不遜なる態度。
まるで感情ひとつコントロールできていない。ラッセルは厄介な暴れ馬を抱え込んでしまったと内心後悔する。
コレヘトはラッセルが口を付けた飲みかけのワインを手に取り、豪快に口へ流し込む。
空になったグラスは無造作に放り投げられる。
「ラッセルさん、あんたは悔しくは無いのかよ? 悪魔どもに、あの紫の騎士にいいようにされて……」
「悔しく無いですって? バカなこと言わないでちょうだい!!」
咄嗟に彼女は近くに置いてあった花瓶を手に取り、それを腹いせのため壁へぶつけた。
ガシャンと大きな音を立て木っ端微塵になる花瓶。この二人が内に秘めるディアブロスプリキュア及びバスターナイトへの怨嗟は大きい。
「奴らを何としても根絶やしにする……ザッハ様の分まであたしたちで頑張らないといけないのよ!」
「私がどうかしたのか?」
そのときだった。ラッセルとコヘレトの耳に聞き覚えのある声が入る。
暗い部屋の奥からゆっくりと足音を立てて歩いてくる存在。それこそ、二人の主人であり堕天使の幹部ザッハだった。
「ザッハ様!!」
「どうして!?」
二人はザッハの登場にかなり驚く。
カーバンクル・クラレンスから神秘の貴石の強奪に失敗し、上層部を欺いた罪で厳罰に処されていたザッハ。
あちこち鞭で打たれ、ロウソクであぶられたような生々しい酷い傷が衣服の隙間から多数見える 。
その彼が何十日かぶりに二人の前に姿を現したのだ。
「ようやく王のお許しが出たものでな……ひどいものだ。惨いなんてものじゃあれは語り尽くせんよ。それはそうと、私が懲罰を受けている間に事態は急速に進んでいたように思えるのだが」
ザッハが二人に問いかける。
聞いた途端、ラッセルとコヘレトは顔を見合わせ、ザッハの前に跪いた。
「申し訳ございません! このラッセル、コヘレトとともに力を尽くしてきたのですが……未だ悪魔どもを斃すまでには至っておりません」
「どうかお許しを!!」
二人はザッハの冷酷さ、非情さを身に染みて知っていた。
プリキュアに負けっぱなしだと知られてタダで済むはずがない。だからこそチャンスをもらいたいと思っていた。
謝罪の言葉を述べる二人を前に、ザッハは嘆息する。
おもむろに前に出た彼は、ラッセルの顎に手を添え彼女を凝視する。
仕置きを覚悟したラッセルが目を瞑ったその直後、ザッハの口から意外過ぎる返事が聞こえた。
「お前やコヘレトのせいではない。すべては私の計算ミスが招いた結果だ」
「ザッハ様……」
「マジっすか!?」
ザッハはラッセルとコヘレトの失敗を許したのだ。
予想だにしていなかった結果に二人は唖然とする。ザッハは部下の失敗を咎めず、自分自身を咎めたのだ。
「私が起きてきたからにはもう心配はいらん。これ以上堕天使の誇りを汚すわけにはゆかぬからな……!」
彼の瞳が充血する。
その目は、プリキュアへの復讐心に燃え上がっていた。
*
黒薔薇町郊外 洋館前
リリスとはるか、レイ、クラレンスの四人は目的の場所へ到着した。
普段住み慣れた町の郊外に位置する不気味な洋館。相当に古い建物で、すっかりカラスたちの住処と化した全体的に暗い雰囲気の家が目の前に見えている。
「ハヒ! な、何なんですか……この絵に描いたような不気味な屋敷は?」
不気味すぎるくらい不気味な洋館に怯えまくるはるか。
リリスは、彼女の質問には答えず無言のまま洋館の柵を開ける。
「まさかリリスちゃん、今からここに入るつもりじゃ!? そうなんですか……!!」
「ここに住んでるのよ、私の支援者が」
「支援者って、なんのですか?」
クラレンスが代表して尋ねる。
するとリリスはポケットに手を突っ込み、ベリアルリングを取り出した。
「ベリアルリング……が、どうかしたんですか?」
「鈍いわね。これを作った科学者がこの家に住んでるのよ」
「えっ! それって、リリスちゃんが生み出したものじゃなかったんですか!?」
驚くはるかだが、彼女の言葉の意味がリリスには理解できなかった。
「どういう意味よそれ? 悪魔の私がどうやってプリキュアの力を生み出せるって言うの?」
「だって……え……自力で生み出したものじゃないんですか!?」
プリキュアの力は本来、妖精の力などを媒介に人の想いに反応して忽然とその力を顕現する。
しかし、リリスが持つプリキュアの力は超神秘的な力から創られたものではなく、完全なる人工物。だからこそはるかは驚きを隠せなかったのだ。
「はるか様にはご説明していなかったかもしれませんね。本来、悪魔とプリキュアは相反する存在……つまり、対極に位置しているのです。悪魔にとってプリキュアとはいわば天敵のようなものなのです」
「つまり、普通に考えて私がプリキュアになる事は絶対にありえないわ。それを可能にした男が、ただひとりいる」
洋館に入るのは些か勇気がいることだった。
部屋中妙にひんやりしていて、くすんだ絵画や壊れた装飾品があちこちに点在。
物怖じしていないリリスはともかく、はるかたちは何が出て来るかも分からない薄気味悪い屋敷の螺旋階段を一歩ずつ上る。
「ギシギシいってますね……底が抜けたりしないですよね?」
そう言った直後だった。クラレンスの足元が突然、崩れた。
「うわあああ!!」
「クラレンスさん!!」
底が抜けた階段から落ちそうになったクラレンス。はるかは咄嗟に手を掴んで、落下を阻止する。
「び、びっくりしました……!」
「あちこち腐りかけてるから気をつけなさいよ」
「は、はい!」
「って……そう言う事は事前に言ってもらえませんかね!?」
気を遣わないリリスの性格が災いしたらしい。
幸先の悪い展開にはるかたちの不安は絶えなかった。
「この部屋よ」
階段を上ってしばらく歩くと、目的の場所に到着する。
扉の前に立った瞬間、はるかたちは妙な緊張感に襲われる。
固唾を飲む三人。レイは恐る恐るリリスへと尋ねる。
「リリス様。前回みたいに変なものがいきなり出てきたりしないといいのですが……」
「ハヒ!? なんか出て来るんですか!?」
はるかが不安に顔を引きつらせて尋ねる。
「そうね…コウモリとかぐらいかしら」
「コウモリって……」
想像するだけで寒気がする。
青ざめた表情のはるかを見て、クラレンスは彼女の手を取り強く言う。
「大丈夫ですよ! はるかさんは何があっても私が守ります!」
「クラレンスさん……」
使い魔だがそれ以上に彼を意識しているはるか。
まるで恋人にでも勇気づけられたかのような気分になる。手を握ってもらえた事で先ほどまでの恐怖が嘘のようだ。
クラレンスから勇気をもらい、はるかは意を決してドアノブに手をかざそうとする。
「ここは私が」
直後、レイがその役を引き受けると言ってきた。
「お、お願いします!」
本当は開けるのが怖かったはるかは、潔くレイにその役目を譲る。
レイは大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、いざ――扉を開く。
「おじゃましまーす……」
謙虚に声をかけて扉を開けた次の瞬間。
「グァァァアアアアアアアアアァァアア!!」
「あああぁぁぁあああああああああああぁぁああああ!!」
大きなクマがいきなり雄叫びを上げた。
あまりの迫力にレイは悲鳴を発し、そして呆気なく気を失い倒れてしまう。
「れ、レイさん!!」
「大丈夫ですか! しっかりしてください!」
床に倒れ込んだレイのそばにはるかがしゃがみ込む。
「まったくもう。いちいち大袈裟なんだから」
「今ので驚かないリリスちゃんが異常ですよ!」
嘆息すると、リリスは扉の前に佇む大熊を前に言葉を投げかける。
「ベルーダ博士。来るたびに悪趣味な歓迎をするのはやめてもらえませんか?」
「いやぁー、すまんすまん。こんなに大勢の人が来ることなど滅多にないものだからつい好奇心が湧いてしまってな!」
大熊から人の声が聞こえる。
やがて首がすっぽりと取れ、中から逆立った髪の男――ベルーダがその素顔を見せる。
「ハヒ!? あなたは一体……」
「彼がベルーダ博士よ」
「ほほほほ。いらっしゃーい……」
明らかにまともな人間には見えなかった。
熊の着ぐるみを脱ぐと、ヘビのようなほっそりとした手足に何日も洗濯していない汚い白衣が現れる。
全体的に醸し出される異質な雰囲気に、はるかとクラレンスは異様だとは思いつつ、とりあえず挨拶だけは済ませる。
「えっと……はじめまして!」
「どうも……」
早速ベルーダの仕事場である研究室へ招かれる。
しかし、中は想像を絶する光景だった。床中に散らばる研究資料の数々に、食べかけのお菓子やカップ麺の残り、まだきちんと飲み干していないお茶など……実に酷い生活状況だ。
しかも掃除なんて碌にしていないからかなり埃っぽいしかび臭い。
女子中学生とその使い魔には不釣り合いな場所である。
「まぁゆっくりしていってくれ。あ、パジャマを持ってきたというなら最初に言っておくぞ。うちは見ての通りとてもじゃないが泊まれるようなスペースは確保していなくてな」
この言葉に誰もが拍子抜けする。
ベルーダの気味の悪い期待に対し、レイは堪らず声を荒げる。
「誰がこんなゴミ屋敷、いやお化け屋敷などに泊まるか!! どういう神経してたらこんな場所に泊まりたいと思うんだ!!」
「少し黙りなさい、レイ」
「しかしリリス様、こんな胡散臭い奴はどうにも信用なりません!!」
ベルーダを指して、レイは胡散臭いと称する。その場にいたはるかやクラレンスも口には出さないが妥当であると判断する。
「まぁまぁまぁ。コーヒーくらいは出すからのう。おっと、リリス嬢は紅茶派だったかのう?」
「コーヒーはカフェインが強すぎて却って脳が覚醒して休めないからあまり好きじゃないのよ」
「なるほど。そう言う理由があったんですか……」
今さらながら、はるかはリリスがコーヒーをあまり飲まない理由を知ることとなった。
コーヒーと紅茶の差し入れをもらい、ようやく状況が落ち着いたところではるかが意を決して尋ねる。
「えっと……つまり、この方がリリスちゃんのベリアルリングを作って下さったんですか?」
「平たく言えばそう言う事になるかのう」
「しかし、プリキュアの力を人工的に作れるものなんですか?」
クラレンスが尋ねると、ベルーダは不気味に笑う。
「ウシシシ……ワシは天才科学者じゃ。その程度の事は造作もない!」
「だけど自信家で陰険で人嫌い、その上不衛生だから、とてもじゃないけどまともなところで働くことは出来ないわね」
「つまり社会不適合者のニートって奴ですね!」
リリスの毒舌もさることながら、レイの言い放ったニートという言葉にベルーダは直ちに反論する。
「ワシはニートではないぞ! 日夜お主たちが戦いやすいよう研究を重ね、その成果を無償で提供しているではないか!」
「具体的にはどんな?」
問われてベルーダは胸を張って答える。
「おっほん! リリス嬢のベリアルリングを始め、強化変身アイテムを次々と開発した」
「あのフォームチェンジリングも、あなたの作成だったんですか!!」
「すごいですね!」
称賛を浴びてベルーダは上機嫌になる。
「そうじゃろうそうじゃろう!! ワシをもっと褒めてくれ!!」
「この部屋の汚さを前にされて、あなたを素直に褒めようとする者はいないわよ」
はるかとクラレンスがベタ褒めした瞬間に、リリスの毒がすべてを打ち消してしまう。
折角いい気分でいたところを一気に非難されて、ベルーダのモチベーションは急速に低下する。
「くう……相変わらずかわいげの無い娘じゃ。そんな事を言うのなら、新たな強化変身リングはお預けじゃな!」
「新たな強化変身……ですか!!」
その言葉にはるかが過剰に反応する。
「洗礼教会に加え、最近では堕天使の動きも活発化しているからな。戦いが長期化すれば数の少ない悪魔陣営は不利になる一方じゃ。そうならないためのワシの研究じゃよ」
すると、研究机の近くに置いてあった黒いアタッシェケースを手に取る。
リリスたちの前に持って来ると、ロックを解除。ケースに収められた自らの研究成果を披露する。
「見たまえ。新開発の【ヘルツォークリング】じゃ。グラーフやフィルストを凌ぐ爆発的な力を得られる」
「「「おおお!!」」」
はるかたちは目を光らせる。
形状はベリアルリングを参考にしており、ヘルツォークリングには四枚の悪魔の翼があり、サファイアの如く澄んだ青をしている。
「ベルーダ博士、このリングの納期は一週間前だったはずだけど?」
リリスは紅茶を口に付けてから、冷たい目で期限を一週間も過ぎたことを咎める。
「芸術に時はないのじゃよ。ワシだっていろいろ忙しいんじゃ」
「その割にはひどい体たらく じゃない」
「なんじゃとー!?」
「あの、ひとつ聞いてもいいですか!」
口論になる二人の間に入って、はるかはベルーダに尋ねる。
「そもそもの話、あなたがベリアルリングを作ったのはどうしてなんですか?」
「フフフ……こう見えてもワシはな、プリキュアを生涯の研究テーマにしておる。プリキュアの持つ不思議な力をどうにか世の中の為に役立てられないかと考え、日々この部屋に籠って試行錯誤しているのじゃよ」
「フフフフフ……」
ベルーダの言い分に、リリスは笑わずにはいられなかった。
「まぁ~、なんてもっともらしい理由なのかしら」
「ウソだと言いたいか?」
ベルーダは眉をひそめる。
「だってあなたのその容姿からは、とても誠実な答えが返ってくるはずないもの!」
「すべて外見の問題ではないか! 悪かったな、誠実そうじゃない顔で!!」
外見の事で見下されるベルーダ。
気持ちは分からなくはないが、やはり見た目の清潔さは人を信頼させる要因のひとつであると思う。
そんな折、クラレンスからも新たな質問が飛んできた。
「私からもひとついいですか? 悪魔であるリリスさんは本来プリキュアにはなれない。しかし、ベリアルリングや強化変身リングを使う事でプリキュアの力を手に入れられるんですよね?」
「その通りじゃ。それも安心安全な形でのう」
「どういう意味だ?」
怪訝な顔でレイが詳しい説明を求める。
「プリキュアの持つ聖なる光の力を受け止められるのは、聖なる光の守護者たる天使と、神の加護を受けた一部の人間のみ。悪魔にとってプリキュアの力は極めて強い毒なのじゃ」
「毒……ですか?」
クラレンスが不安そうな表情を浮かべる。
「うむ。聖なる光の力がもたらす影響は計り知れない。神の加護を受けていない悪魔の体が力に耐えきれずにその身を焼き焦がしたり、精神異常をきたしてしまったりするほどにな。じゃが、聖なる光の力を安全な形で摂取できるとしたら……対極に位置する悪魔に新たな進化の可能性をもたらす事になる。そのためのベリアルリングじゃ」
「「「へぇ~……」」」
説明しながら、ベルーダはスクリーンにある映像を映す。
映されたのはこれまでのプリキュアシリーズに登場した歴代戦士たち。無論、はるかたちは彼女たちの存在を知らない――いわゆるメタである。
「悪魔がプリキュアになるなどつい最近まで夢のまた夢のことじゃった。ベリアルリングはそんな悪魔の……もといリリス嬢の願いを叶える唯一無二の力。聖なる光の力をベリアルリングそのものが抑え込むことで制御し、悪魔としての意識を保ったまま超絶的なパワーを手に入れることが出来る」
この中で意味を理解しているのは恐らくリリス本人ぐらいだ。はるかには少々難しい話であり、ポカーンとした顔を浮かべている。
「どうだろうか? ワシの研究がどれだけ偉大な成果をもたらし得るか、理解していただけただろうか?」
「はい……えっと……なんとなくですが」
「それを理解させたうえで、我々にどうしろと?」
眉唾のようにベルーダを疑いかねるレイ。
そんな彼やリリスたちを見ながら、ベルーダは言う。
「無論。引き続き、よき支援者として協力をさせてもらえればよいのじゃ」
(よき支援者として……か)
その言葉に違和感を覚えたリリス。
細い目で彼女は、得体のしれない目の前の男を凝視する。
*
東京湾 とある海岸沿い
荒ぶる海を相手に、バイオリンを奏でる存在。
暗黒騎士バスターナイトは誰一人いないこの場所で、得意のレクイエムを奏でる。
だがそんなとき、不意に人の気配を感じ演奏を一時中断。振り返ると、バスターナイトの視界に洗礼教会の命を受けて現れた天使のプリキュア、キュアケルビムと彼女の妖精ピットがいた。
「……オレに何か用かな?」
「暗黒騎士バスターナイト……私はキュアケルビム。洗礼教会大司祭ホセア様の名代として参上したわ」
ケルビムはバスターナイトの方へ一歩近づき、敵意を向ける。
「あなた、世界各地で私たちの崇高な目的の邪魔をしているとかいないとか……」
曖昧模糊な言葉。彼女としても被害状況を正確に理解している訳ではない。襲撃当時、洗礼教会の使者がバスターナイトの襲撃を受けたという事を報告でしか知り得ていないのだ。ゆえに彼女は直接その目で敵の真意を知りたいと思い、おもむろに尋問する。
「答えなさい。あなたはどこの何者なの?」
「オレは暗黒騎士バスターナイト、それだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
答えになっていない答えだった。真実をはぐらかす相手の態度にケルベムは目角を立て、更に詰問する。
「なぜ、キュアベリアルの味方をするの?」
「オレはただ、これ以上彼女が傷つくことも、その彼女が大切な仲間を失ってほしくない、そう思っているだけさ。そのためならば、オレはどんな相手にも剣を向ける」
バスターナイトの言葉を聞いて、ケルビムが顔をしかめる。
「つまりは自己防衛を兼ねた陶酔というわけね……あなたはあの悪魔に心を奪われた哀れな騎士よ。あなたが手に掛けた私たちの同胞はいずれも重傷だった。自己防衛どころか過剰防衛といっても過言じゃないわ」
「信徒への親心は健全なものかもしれない。だがその一方で……君や洗礼教会は一番大事なものが何ひとつ見えていない……」
「どういう意味ですか?」
ピットが不機嫌そうな顔で尋ねる。その隣でケルビムもまた眉をひそめる。
「この世にあるのは……白と黒だけじゃない……」
バスターナイトは亜空間を開き、バイオリンを戻す。
ケルビムと対峙したバスターナイトは、その手にバスターシールドを持ち、シールドからバスターソードを引き抜いた。
「オレを許せないのならそれは構わない。だがこれ以上、キュアベリアルたちに危害を及ぼそうというなら……オレは何人だろうと容赦しない。来い、キュアケルビム。君の知らない世界の真実をオレがレクチャーしてやる」
「随分と自信があるのね……いいわ、それなら私も本気で行かせてもらう。ピット!」
「はいです!」
ケルビムの一声のもと、ピットは妖精の姿から神々しく輝く弓へ変身させる。
ケルビムは【聖弓ケルビムアロー】を装備し、バスターナイトと向かい合う。
刹那、ほぼ同じタイミングで二人は前に飛び出し互いの武器を交差した。
*
黒薔薇町郊外 ベルーダ邸 研究室
「ここだけの話なんじゃがのう。ワシはよりさらなる高みを目指しておる。より高次で強力、全能なる神の力に至るためのな……」
ベルーダのその言葉にリリスはより一層眉をひそめ、警戒を抱く。
「もしもリリス嬢やそこの……」
「はるかです」
「はるかちゃん、君が望むのなら……――」
「実験用のモルモットになれ……そう言いたいのかしら?」
リリスの口からそんな言葉が飛び出た瞬間、はるかたちは露骨に動揺する。
「ハヒ!?」
「な……!」
「貴様、それは本当なのか!?」
焦るリリスたち。レイが語気を強めて真偽を確かめようとベルーダに尋ねる。
ベルーダ本人は苦笑気味にリリスたちに弁明する。
「ひ、人聞きの悪い言い方は止してくれ。ワシはただ協力してくれないかと言おうとしただけじゃ。お主たちは新しく手に入れた力を思うがままに使ってくれて構わんのじゃぞ。想像したまえ……今ある力を大幅に上回る全能感を。とっても魅力的な話ではないか、ええ?」
「虫のいい話ね」
見下したようにリリスが呟く。
「そうやって私たちに力の魅力を覚えさせて、都合よく研究データを手に入れたいって魂胆がまる見えよ」
鋭い目つきをベルーダへ向けるリリス。そんな彼女に触発されたクラレンスとレイもこぞって彼に警戒心を抱く。
ただひとり、はるかはどうしていいのか分からず困惑し続ける。
「リリスさんの言う通りです。被験者は多いに越したことはない……プリキュアの力に目覚めたはるかさんを自分の研究対象にしたいと思っても、何ら不思議ではありませんね」
「断ればどうなる?」
低い声でレイが尋ねる。
「ほほほ。まぁいろいろ考えを整理する時間も必要じゃろう」
ベルーダは、掴みどころのない態度をとってこの話をやや強引に終わらせる。
「じゃが、これだけは言っておくぞ……」
言うと、リリスたちと面と向き合いベルーダは訴える。
「瞬く間に過ぎていく時間の中、限りある命をどれだけ華やかに輝かせるか。刹那の合間にどれだけ価値のあるものを残せるか……肝心なのはそこじゃろう?」
*
黒薔薇町 中心部
仮初の平穏に暮らす人々。
堕天使ザッハはラッセルとコヘレトともに黒薔薇町へ降り立った。
「ここがディアブロスプリキュアの拠点か……」
堕天使の視点から見れば人間の世界など取るに足らない下等な生き物たちが犇めき合うだけの場所である。
堕天使こそ至高の存在と考えているザッハは町を見下ろした直後、嘆息しながら言い放つ。
「何とも小さく低レベルな事だろう。だが奇妙な事にこの町では幾度となく洗礼教会と我々堕天使、そして悪魔が衝突を繰り返している。誰かが意図的に呼び寄せているのか……あるいはプリキュアの力がそうさせているのか……どちらかは図る事もままならぬ」
ザッハの独り言をラッセルとコヘレトは黙って聞き入る。
「しかし、我々の障害となり得る忌まわしき悪魔どもをこれ以上野放しにするわけにいかない――いい頃合いだ」
不敵に笑うと、ザッハは空に右手を掲げる。
「この町に生きるすべての人間ども!! 今こそ、その邪悪なる心を解き放ち、我らの手に堕ちよ!!」
掌から放たれる禍々しい黒い波動。
雲を突き抜けるその黒い波動はやがて町全体を半円ドーム状に包み込んだ。
同じ頃。ヘルツォークリングを受け取り、ベルーダ邸をあとにしたリリスたち。
今日の一件でベルーダという男の強烈な印象がはるかとクラレンスの脳裏に強く焼き付けられた。
「容姿といい発言といい……やはり信用なりませんね」
「リリスちゃん、本当に大丈夫なんですか?」
はるかは心配そうにリリスを見つめる。
「心配しなくても、私はあんなエゴイズムの塊の科学者の言いなりになるつもりはないわ。はるかもあんな男の口車に乗って、無暗に新しい力を手に入れないよう気をつけなさい」
「しかしリリスさん……あなたは現に新しい力を手に入れていますよね?」
リリスの持つケースを指してクラレンスが指摘する。彼女はそれを否定しなかった。
「確かにそうね。だけど、あの男は研究だけが目当てでそのためなら誰の犠牲も顧みないでしょう」
「まぁ……そんな感じには見えましたが」
「あの男が私を実験材料として利用しているなら、私もとことんあの男を利用させてもらうつもりだから」
リリスの発言を聞いて、はるかが目を見開く。
「利用するって……それ本気で言ってるんですか!?」
「もちろん本気だし嘘偽りのないことよ。悪魔らしいじゃない、信頼や絆ではなく打算で動くところなんか」
「ですが、そうまでしてなぜあんな奴を……!?」
レイが一番気になっているのはそこだ。はじめから利用されるかもしれないというリスクを分かったうえで、なぜリリスはベルーダを頼るのか。
この質問に対するリリスの答えは単純にして明快だった。
「他に誰に頼めばいいのよ……両親の仇の洗礼教会を斃す力が欲しいって」
聞いた瞬間、三人は思わず立ち止まる。
「それに自分が実験体になる分には誰も被害を出さずに済むわ……」
悪魔だがリリスは無関係な者を巻き込むつもりなどなかった。
特に幼少期から一緒だったはるかや使い魔のレイ、クラレンスを自分の私的な復讐の犠牲にするつもりは毛頭ない。
それを聞いたうえで、はるかは問いただす。
「リリスちゃんはそれでいいかもしれませんが、万が一リリスちゃんの身に何かあったらどうするんですか!?」
真剣にリリスの身を案じるはるか。彼女は振りかえり、柔らかい笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。悪魔の力を侮らないでほしいわ」
と、そのとき。天高く伸びる黒い波動を、リリスたちは視認した。
「あれは何だ!?」
「ハヒ! 急にお空が真っ暗に……!!」
黒薔薇町に起こった異変。それに気付いたのはリリスたちだけではなかった。
バスターナイトと交戦中のキュアケルビムも、邪悪な力の波動に気付く。
「この気配は……!」
〈間違いありません。堕天使が黒薔薇町に侵略を仕掛けに来ています!〉
(リリス……)
すると、バスターナイトはケルビムとの戦いを即座に止め、飛行魔法を発動。黒薔薇町へ向かって飛び始めた。
「待ちなさい! あなた勝負は……!?」
「つまらぬ諍いに大義を見失ったら本末転倒だろう? キュアケルビム、君が模範的なプリキュアなら、今すべきことが何かオレに指摘されずともわかるだろう」
諭すように問いかけると、バスターナイトは黒薔薇町へと進路をとって高速で飛翔する。
『『『『カオスヘッド!!』』』』
黒薔薇町を覆う邪悪な力。それに当てられた町の人々は次々とカオスヘッド化し、大規模な破壊活動を開始する。
リリスたちは町へと戻り、逃げ惑う人々とは逆行してカオスヘッドへと向かう。
「すごい数のカオスヘッドです!!」
「堕天使め……形振りなど構わないということか!!」
「こんな大胆な事を仕掛けられる堕天使は、ひとりしかいません!」
クラレンスの言葉にはるかが顔を歪ませる。
「ザッハ……!! まさか、彼が!?」
はるかの脳裏に蘇る残酷な光景。
ザッハの手によりクラレンスは神秘の貴石を奪われ、一度死んだのだ。
「さぁ来るがよい……プリキュア!! この町と一緒に私が滅ぼしてやろう!!」
カオスヘッドを大量に操り、ザッハはこの町ともどもディアブロスプリキュアの壊滅に乗り出した。
「ふざけるんじゃないわよ……」
手段を選ばず町を攻撃してきた堕天使のやり口に、リリスはただならぬ怒りを覚え拳をぎゅっと握りしめる。
「堕天使も洗礼教会も、どうしてこんなに自分勝手なのかしら……崇高なる目的と言えば何でも綺麗に片付けられると思っているなら大間違いよ!」
大義の為には小さな犠牲も厭わない。
犠牲なくして何も得ない。
世界から犠牲を生み出す事を許容し、自らの行いを絶対的な正義として正当化しようとする独善的な二大勢力。
悪魔であるリリスは、悪魔らしからぬ感情を抱き、沸々と怒りを湧き上がらせる。
「これ以上私たちの平穏な生活を壊させたりしない!! みんな、いくわよ!!」
「「「はい!!」」」
「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
堕天使から自分たちの町を、人々を守るため――少女たちは変身する。
「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」
「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」
「偽りの善幸を根絶やし!」
「邪な悪行を断罪する黒き力!」
それぞれの使い魔を伴い、リリスとはるかは決め台詞を吐く。
「「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!! 『ディアブロスプリキュア』!!」」
次回予告
は「堕天使ザッハ! 以前クラレンスさんを殺すだけじゃ飽き足らず、今度はこの町を滅ぼすつもりですか!?」
ケ「カオスヘッドの力を摂り込むことでさらにパワーアップしたあいつの力に私たちは為す術もない……もうダメだわ!」
リ「天使が堕天使の好きにさせてどうするのよ!! 私はあいつを許さない…私の中で燃え上がる怒りがヘルツォークリングの力を引き出す!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『怒りの変身!!ヘルツォークゲシュタルト!!』」