そして、ついに警察の秘密兵器が・・・・・・!?
東京都 東京駅・中央口
人で賑わう駅前。
老若男女と人種を越えて多くの人間がそれぞれの目的に応じて駅を利用する。
旅立ちと帰還する者を平等に出迎えるこの巨大ターミナルに、人ならざる存在が密かに入り込み利用していた。
キャリーバッグを引いて改札口を出る外国人風の女性。
ブリーチブロンド色のロングヘアーで抜群のプロポーションを持つ女は、男性のみならず女性でさえも思わず見とれてしまうほどの美貌の持ち主だった。
「まったく朔夜の奴……あたしを置いてひとりで行くなんてどういうつもりかしらね!」
肩と胸元を大胆に出した白いドレスに、純白のパナマ帽が似合う美女はそうはいない。いるとすればマリリン・モンローやオードリー・ヘプバーンくらいか。
美女は駅構内から太陽が燦々と照りつける外へ出ると、サングラス越しに太陽を見る。
やがて、視線を太陽から逸らしてかけていたサングラスを外す。
「……やっぱり日の当たる所は苦手だわ。シミになっちゃうわ」
*
黒薔薇町 悪原家
謎の美女と何らかの関わりを持っていると思われる悪魔――十六夜朔夜は、ただいま婚約者であるリリスの家にいた。
今日は得意のバイオリンをリリスとはるかたちに披露していた。
彼の奏でる旋律は聞く者の心を鷲掴み、喜怒哀楽の感情を通り越してストレートに伝わってくる。
その天才的とも言うべき演奏力でリリスとはるか、クラレンスが魅了され聞き入っている中、未だ朔夜を認めていないレイはムスッとした顔を浮かべる。
演奏が終わると、朔夜は弦を指で弾く。彼の演奏後の癖である。
聞いてくれた者に深い感謝を表しお辞儀をすると、その瞬間にリリスたちから温かい拍手が飛び交う。
「すばらしいです、朔夜さん!!」
「あなたの音色は聞く者の心を癒します!!」
「ありがとう。光栄だよ」
朔夜がニコッと笑う隣で、リリスはハンカチを片手に言った。
「うふふ。サっ君のレクイエムは何度聞いても感動しちゃう……下手な恋愛映画やミュージカルよりもずっとね」
演奏の途中で、感極まったリリスの涙腺は崩壊していた。
「リリスちゃんが音楽鑑賞で涙を流すなんて珍しいですよね」
はるかの言葉に反応して、リリスが頬を引きつらせるようにして笑みを浮かべる。
「その言い方だと、私が普段から感じないでいる血も涙もない女みたいに聞こえるんだけど?」
「ああ、えっと……はるかは決して悪意があってそう言ったわけではありませんからね!! 間違っても!!」
はるかは危うく自分の命に関わるような失言をし、目の前の悪魔から大目玉を食らう所だった。
「ところでレイさん、さっきから何をムスっとした顔をしているのですか?」
「……そう見えるか?」
案の定、クラレンスから指摘を受けたレイ。
演奏終了後も彼は朔夜が気に入らない様子で、彼を睨みつけるように見つめる。
「あんた、性懲りも無くサっ君にやきもちなんか妬いてるんじゃないでしょうね?」
「ギクっ! さーて、何の事だが私にはまったく……」
レイは図星をつかれて咄嗟にごまかそうとするが、目が泳いでしまっている。
「すごく分かりやすい顔になってますよ」
クラレンスに追い打ちをかけられ、レイはあからさまに狼狽し、口笛を吹いて適当に誤魔化す。
「……お気に召さなかったかな?」
朔夜はバイオリンをケースにしまうと、未だに自分を認めてくれないレイにバツの悪そうな顔を浮かべる。
「そ、そんな顔で聞くな! 曲自体はすごく良かったんだ! あれだろう、バッハだったか! 実に趣のある音律であった!!」
「レイ。今のはモーツァルトよ」
「バッハはカトリックではありませんので、作曲すらしていませんね」
冷たい表情のリリスから指摘され、キリスト教関連の知識に造詣のあるクラレンスが補足説明をする。
墓穴を掘ったレイはますます目を泳がせる。苦笑する朔夜を前に、上擦った声でレイは必死に弁明する。
「わ、私が言いたいのは決してそう言う事ではなくてだな……!」
「素直に悔しいですって言ってしまえば楽ですよ?」
「ど、どういう意味だクラレンス!! 私は断じて悔しいなどと思った事は……!」
周りから向けられる「諦めろ」いう視線。
レイの中にある陳腐な自尊心はこれを認められず、何とか自分を取り繕おうと慌てて外へ飛び出す。
「ち、チラシ配りに行って参ります!!」
勢いよく外へと飛び出したレイ。
世話の焼ける使い魔だと内心思いながら、リリスは溜息交じりに朔夜へ謝罪する。
「サっ君ごめんね。あの子ったらあなたがいるとどうも感情的になって」
「オレは気にしてないから大丈夫だよ。でも何にせよ、彼は主人思いの良い使い魔だよ」
「うふふ、ありがとう♪」
レイは朔夜を認めていないが、朔夜はレイを認めている。
こういう事があるためレイの株が自然と下がるのだが、本人はその事に気づいていない。
「そう言えば、朔夜さんには使い魔はいないんですか?」
ふと気になったはるかは、朔夜に尋ねる。
「ああ……いるにはいるんだけどね。これがなかなか……ちょっとめんどくさい奴でさ。リリスは知ってるよね?」
「ラプラスさん、だよね。私は何度か会ったことあるけど、小さい頃から強烈キャラだったよね」
「と、言いますと?」
クラレンスが食い下がると、リリスと朔夜は互いにクスクスと笑みを浮かべる。
「口で説明するより実際に会ってみた方が理解が早いよ。もっとも、あの方向音痴が一人でこの町に来られるとは到底思わないけど……」
「はぁ~~~イラつくな! あのイケメン王子め!」
レイの心は乱れに乱れる。
朔夜の登場にかつてない危機感を募らせる。このままでは主人であるリリスが完全に自分を無下にしてしまうのではないという不安が強くなる。――実際の所、今も十分に無下にされた扱いを受けているが。
イライラを鎮めるために外にでたはずだったが、散歩中、レイは不意にある思考に達する。
「待てよ……奴がリリス様の婚約者だということは、近い将来、奴はリリス様と結婚するということだ。そうなれば私は奴の……め、召使いになってしまうのか!?」
脳裏に浮かぶ未来のビジョン。
同じ悪魔であるリリスと朔夜が結婚した祝福すべき光景が、レイにはおぞましい光景でしかない。
なぜならリリスが朔夜と結婚するという事はすなわち、主従関係上レイは朔夜の使い魔ともなり、彼に服従する義務が生じるのだ。
さらに二人の間に子供が生まれれば、必然的にレイは子供の面倒を任されることにもなるのである。
「イカン、イカン、イカン、イカン!!」
想像した瞬間にレイは煩悩を掻き消そうと、電柱に額を激しく叩きつける。
額から激しく血を流し、スプラッターな顔を作り出すも、今のレイには痛みを感じる余裕すらない。
「はぁ、はぁ、はぁ、それだけは断じてあってはならない!! ヤツの下に就くぐらいなら、私はこの舌を噛んで潔く死を受け入れよう……シタだけに!!」
つまらぬダジャレを言った瞬間、夏なのに冷たい風が吹く。
さらに気付けば血塗れのレイのそばには三輪車に乗った子どもがこの異様な光景をまじまじと見ていた。
「……何見てんだよっ!!」
「うわああああ~ん! ママ~~~!」
思わず怒鳴り声を上げるレイ。
子どもは怖くなって泣き叫びながら三輪車を全力でこぎ、レイの前からいなくなる。
「イカン、イカン、イカン、!!」
子どもに八つ当たりをするなど何とはしたない――レイは自分のした行動を猛省し、自分で自分に罰を与えるため、先ほど同様に電柱に頭を打ち付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、つい感情的になってしまった……あんな頑是ない子どもに当たって何になるというのだ! こんな事ではいかんのだ! 気をしっかり持つのだ私……とりあえず、何か飲んで心を落ち着かせねば」
掻き乱れた心を落ち着かせるため、レイは自動販売機を探すことにした。
「はぁー、喉が渇いたわね。コーラでも飲もうっと」
ちょうどその頃。
白いドレスにパナマ帽を被った美女が、自販機でジュースを買おうとしていた。
硬貨を入れて目当てのジュースを買おうとボタンを押す。が、自販機はうんともすんとも言わず、ジュースはおろか入れた代金すら戻ってくる気配がない。
「あれ……? あれ……? 変ね……ちょっと、何なのこの自販機!! 全然反応しないじゃない!!」
女性は声を荒らげ、自動販売機を激しく揺するが反応はない。
そんな女性の姿をたまたまジュースを買い来たレイが見かけ、怪訝そうに見つめる。
「あそっか。あんたがそう言うつもりだって言うならこっちにだって考えがあるわよ……ほおぉぉぉおぉぉおお!!」
何を血迷ったか知らないが、女性はそんな奇声を発しながら目の前の自動販売機に高速で殴打を叩きこむ。
「アチョチョチョチョチョチョチョチョチョチョチョ!!」
見た目とかけ離れた女性のバカっぽい言動にレイは口をあんぐりと開け唖然とする。
やがて、女性から殴打を加えられた自動販売機は観念したらしく、中に入っていた大量のジュース缶を放り出す。
「あらあら!! こんなにたくさん出してくれるの!! ありがとうね、じゃあ遠慮なくいただいていくわねー」
悪びれる様子も無く入れた金額以上のジュースを、美女はごっそり万引きしようとする。
レイは警察が来る前に厄介ごとを避けようと、勇気を振り絞り声をかける。
「あ、あの……ご婦人。泥棒は犯罪ですぞ」
後ろから自分を諌める声が聞こえると、女性は振り返りムスッとした顔を浮かべる。
「ちょっとあんた……人聞きの悪いこと言わないでちょうだいよ。ちゃんとお金入れたじゃない?」
「ひとつ分だけですけどね」
「イチイチ細かいわね。あんたもジュース飲むんでしょ、だったらほら! これあげるから見逃してくれない?」
「わ、私に共犯友達になれと言うのですか!? 嫌ですよ絶対っ!! なぜ見ず知らずのご婦人の犯罪の片棒を担がなければならないのか、私には理解できません!!」
「あぁ~、もうごちゃごちゃと! はいこれ!!」
女性は半ば強引に目の前のレイに大量のジュースを担がせる。
この瞬間、レイは女性の犯罪を担ぐ事となってしまった……担ぐだけに。
「あああ!! な、なんばしよっと!!」
「へへ。これであんたも今日から犯罪者の仲間入りよ!」
「ふざけないでください! 確かに私の主人は悪魔で、私はその使い魔ですけど……断じて犯罪者に成り下がるつもりは……」
「ちょい待った!」
うっかりレイが自分の素性について口を滑らせたとき、女性は彼の言葉を遮るように手を口に翳す。
「あんたさっき、自分で使い魔って言った?」
「あ……」
動揺していたために、人間には安易に口にしてはいけない自分とリリスの正体をバラしてしまった事に気付いた瞬間、レイは顔面蒼白となる。
(し、しまったー! うっかり口走ってしまった……マズいな、どうやって言いわけしよう……)
言いわけなどできるはずもないのに、レイは必死に取り繕うと下手な芝居をし、引き攣った顔を女性に向けながら言葉を紡ぐ。
「えーっと……何と言いましょうか。今のは言葉の綾と言いましょうか、あはははは……」
途端、女性から突然手を強く握りしめられる。
「こんなところで『同族』に会えるなんて感激だわ!!」
「は……はい?」
「どうも初めまして!」
笑顔で言うと、女性の体はたちまち白い煙に包まれる。
そして美しい人間の姿から一変、赤いコウモリの翼と頭に羊に似た角を生やした小悪魔のような姿となった。
「あたし、サキュバスのラプラスよ!」
彼女の本来の姿を目にした瞬間、レイは目を見開きそして大声を上げる。
「な……なんですとおおおぉぉぉおおおおおおぉぉおおお!!」
*
異世界 堕天使総本部
堕天使の幹部・ザッハの戦士は多くの堕天使たちに衝撃をもたらした。そして、彼の死に最も心を痛める者がいた。彼直属の部下として仕えていた女堕天使ラッセルだ。
「ザッハ様……どうしてなのですか……」
深い悲しみに打ちひしがれ、自室に閉じこもったラッセルは生ける屍の様だった。
先日の黒薔薇町への大襲撃でザッハはリリスの発動した新フォームの力の前に圧倒され、敢え無く消滅した。
心から崇拝し、恋慕の念すら抱いていた上司の喪失。ラッセルは目的を見失い、何もするにもやる気が湧いてこない。
すっかり腑抜けとなったラッセルの姿を傍らで見つめ、はぐれエクソシストであるコヘレトは舌打ちをし、不機嫌そうな顔つきで廊下を歩く。
(もうここにいる意味はなくなっちまったな……さてと、これからどうすっかな……)
コヘレトは極めて打算的だった。
自分にとって価値の無い事だと判断するや、簡単に他人を裏切り、見捨てる非常に陋劣な一面がある。
徹底した利己主義の塊である彼が、なぜ真逆の気風を表す洗礼教会の四大幹部だったのかは定かではない。
堕天使に見切りを付けると、自身の今後を考えるとともに溜まりに溜まった鬱憤を晴らすため、一先ず人間界へと向かう事にした。
*
黒薔薇町 喫茶ノワール
サキュバスのラプラスと、スプライト・ドラゴンのレイ。
鮮烈な出会いを果たした二人は、喫茶店で食事をとる傍ら、互いの心境について語り合っていた。
「いやぁ~、まさかこんなところで同族に会えるなんて思ってもいなかったわ!」
「私も驚いていますよ。まさかこんなところであなたのような使い魔と遭遇するとは」
この時点ではレイは、ラプラスが誰の使い魔であるかが分かっていない。
ラプラスは現在、コーヒーを飲むレイの前で大量に注文した料理の山を細身の体の中に収めドガ食いしている。
「これも何かの縁ね。折角この町に来たことだし、観光していかないと……あ、すいませーん! チョコレートパフェください!!」
綺麗に料理を平らげ、積もりに積もる皿の山。
これでもかこれでもかとラプラスは無遠慮に周りを憚ることなく食べ続ける。
「……ひとつ聞いてもいいでしょうか?」
「何かしら?」
「一体あなたのその体のどこにそれだけの量が入るのでしょうか?」
あまりに常軌を逸した彼女の食欲にレイはそう尋ねざるを得なくなる。同じ健啖家であるリリスやクラレンスでも、人前でこんなに食べた事はなかった。それは一重に二人にはラプラスとは違い、良識というものを弁えているからだ。良識があるからこそ遠慮という言葉を知っている。だが、眼前の使い魔にはそれがない。
「細かい事は気にしなーい気にしなーい! ほら、あんたも食べなきゃ! 私ばっかり奢ってもらっていちゃ割に合わないわよ」
何の気なく言い放ったラプラス。
聞いた瞬間、レイは耳を疑うと同時に呑んでいたコーヒーを床に落とし、愕然とする。
「ちょ、ちょっと待ってください! 奢るって何ですか!? いつからそういう話になってたんですか!? 私はびた一文あなたに奢るつもりなんかありませんよ!!」
「寝ぼけたこと言わないでよ! レディーと食事をするときは男が奢る、これって世界の常識じゃない! ていうか定理、ってやつかしら?」
「常識って何ですか!? 定理って何ですか!? そもそもあなたが勝手にバカスカ食べてるだけでしょう! というか、私はてっきり割り勘のつもりでいたのに……」
「ぷはははははは!! 割り勘って、何よそれ。大学生じゃあるまいし!」
「おまたせしましたー」
「あ、来たわね――!!」
運ばれてきた凝りに凝ったノワール自慢の特性チョコレートパフェを見るなり、ラプラスは目をキラキラと輝かせる。
ラプラスはレイの呼びかけに一切応じる事無く、自分の欲望を満たすためにひたすら食べ続けるのである。
「ひどい! ひどすぎますぞ! これじゃ何のために共犯友達になったのかわからない……」
レイがうなだれている向かいでチョコレートパフェを頬張りながらラプラスは言葉を吐き捨てる。
「別に友達でもないわよ。あんたが勝手になっただけでしょ」
「いいや違う! ご婦人が私になれと強引にしたてあげたんだ!!」
「細かい事でイチイチうるさいわね」
ラプラスはレイの言葉など意に介さず食事を続ける。その様子にレイはますます語気を荒げる。
「うるさく言いますよ! 大体あなた、さっきから色々無茶苦茶ですよ!!」
ラプラスの傍若無人な振る舞いにレイもたじたじになる。
レイの言う通りラプラスの言動は一貫性がなく、理不尽な言動でレイを振り回し続けている。
真面目なレイの性格が災いした今回の珍事。
途方に暮れ悲壮漂う表情を浮かべる中、ラプラスはぷはーっと息を吐き、空になった器にスプーンを無造作に投げ入れる。
「食べた食べた♪ 大満足よ♪」
「そりゃあようござんしたね」
さすがにレイも疲れたらしく、ツッコミを入れる事も億劫なのかリアクションが雑になっていた。
嘆息を吐いたレイは、仕方なくラプラスが平らげた料理の代金を払おうとレシートを手に取りその額を確認する。途端、想像を絶する額面に目を見開き冷や汗をかく。
「ご……ご婦人……あなた一人で何人前平らげたというのですか……? かつて見たことがない数字の羅列が並んでいるのですが……!?」
脂汗を吹き出すレイが小声で声をかける一方、ラプラスは自由奔放。手鏡を見ながら崩れた化粧を直していた。
「ちょっと。早く精算してくれないかしら? こっちだってやらなきゃならないことがあるんだからね」
「わ、分かってますよ! 払えばいいんでしょうが払えば……」
ラプラスの図々しさはレイの予想をはるかに超えていた。悪魔である主人もそれなりに人使いが荒いが、彼女のそれは別格だ。今ならリリスの扱いが実にかわいく思えてならない。
あらゆる面で腑に落ちないレイだったが、精算だけはきちんと行おうと財布の中からお金を取り出そうとする。だが、そのとき彼はまたしても不運に見舞われた。
「あぁぁ……!! ジーザス、なんたることか!」
「なにどうしたの?」
「お金が足りません……」
財布の中を広げ切実な金銭不足を涙目で訴えかけるレイを見て、ラプラスは溜息を吐いてから「仕方ないわねー」と呟いた。
「ちょっと待ってなさい。今すぐあたしがなんとかするから」
逡巡した末、ラプラスはレイを店内へ残して外へ出る。彼女の行動の意図が分からぬレイが窓越しに見つめていた、次の瞬間――彼女の取った行動に度肝を抜いた。
「うりゃああああああああああああ」
何の躊躇もなく、ラプラスは車道へ飛び出していき、法定速度を順守して走行していた軽自動車へ衝突しに行った。
「ええぇぇぇえええええぇぇええええぇぇ!!」
まさかの当たり屋の登場にレイは顎が外れるほど驚愕する。
「ぼ……僕のせいじゃないぞ! いきなりその人が飛び出してきて……僕は悪くないぞ!」
突然、歩道から人が飛び出してきたことで急ブレーキを踏めなかった運転手こと、私立シュヴァルツ学園教師・三枝喜一郎は血相を変えて運転席から出る。目の前で倒れている女性を見ながら自らに非が無い事を口にする。
一方、上手い具合に当たり所を調節し大きな怪我を回避したラプラスは、三枝が外から出てきた途端、凄まじい剣幕で睨みつける。
「……こういう時はまず救急車でしょうが、ねぇ!!」
怒号を発し、懐に忍ばせていた血のりで大げさに怪我を表現すると、ラプラスは三枝の胸倉を掴み上げ、怒号を発する。
「ちょっとあんたぁ!! それが人を轢いといて言う台詞なの!? あんたには誠意ってもんがないわけ!!」
「ひいぃぃ……! す、す、すみません……」
あまりの迫力にたちまち気持ちが委縮する三枝。気弱になったところで追い打ちを掛ける為、ラプラスは三枝を持ち上げながら悪魔のような形相で脅迫する。
「慰謝料よ! 入院費と見舞金、精神的苦痛に治療費合わせて五百万! ついでに喫茶店の支払い、今すぐ用意しなさい! 分かったわね!? レイ、待ってなさい! 今お金払ってあげるから!」
「ちょちょちょちょちょちょ!! 誰もそんなこと頼んでませんぞ!!」
無茶苦茶にも程がある。これは明らかに脅迫罪であり、ラプラスの行動は常軌を逸して気が触れていた。衆人環視の中、ラプラスは三枝から金銭を巻き上げようと強い言葉で責め続け、レイは彼女を必死で宥めようとする。
「さぁさぁ! 慰謝料きっちり払いなさいよ!」
「ごごごごごめんなさい!! 払いますから許してください!!」
「お願いですからもうやめてください!」
どうしていいか分からず、途方に暮れていた矢先――、思わぬ人物の声が聞こえてきた。
「レイ、こんな所で何してるのよ?」
それは日頃から聞き慣れた主人の声色に相違なかった。声のした方を見ると、リリスがはるかと朔夜、クラレンスを連れてレイを探しにやって来たのだった。
「り、リリス様!」
レイが救われたとばかりに目に涙を浮かべる。一方で、ラプラスは朔夜を視界に入れるなり、大きく手を振ってアピールする。
「あーら! グッドタイミングじゃない! 朔夜~~~ヤッホ~イ!」
「な……ラプラス、なんで!? ていうか、何やってんだお前!?」
ラプラスの顔と彼女のおかしな行動を見るなり朔夜の顔が露骨に歪む。
「もうひどいじゃない! あたしを置いて一人で日本へ行くなんて……あんたをここまで大きくしたのは何処の誰かしら!!」
「別に置いていった訳じゃない……ただ、お前を連れていくと何だか面倒だと思ったから」
「ちょっと、どういう意味よそれ!!」
聞いた瞬間、ラプラスは三枝を無造作に放り投げると、公衆の面前にもお構いなく朔夜の耳を思い切り強く引っ張り上げる。
「イタタタ!! お、お前な……耳を引っ張るな!! イタタタタ!!」
「悪いのはあんたよ!!」
突然目の前で繰り広げられるお仕置きにはるかが慌てて口を挟む。
「あ、あの! どうか落ち着きましょうよ! というより、どうして三枝先生と一緒なんですか!?」
「とりあえず喧嘩はやめましょう!」
朔夜が可哀想だと思ったはるかとクラレンスの二人で、暴走するラプラスを止めにかかる。その傍らで、リリスはラプラスの傍若無人な振る舞いを受けた挙句、口から泡を吹いて倒れ込む三枝を見ながら、どういう状況なのかと考え込む。
一方、レイは朔夜と親密にしているラプラスを見るや、状況が何ひとつ飲み込めず困惑するばかりだ。
「ど……どういう事ですかこれは!? はっ……まさかご婦人とイケメン王子は……できてる!!」
――ボカン!!
「そんなわけないでしょうが!」
「痛っ~~~」
つまらぬ冗談を言うべきではなかった。
リリスはレイに容赦ない拳骨を喰らわせて激怒する。
やがて腫れ上がった耳を抑えながら、朔夜が状況を説明するためレイの元へ歩み寄る。
「驚かせてすまない。彼女はオレの使い魔なんだ……不本意だけど」
「不本意ってどういう意味よ!」
「ラプラスさん、どうか声を静めてください。公共の場である事を弁えましょう」
リリスが冷静に宥めようと声をかけると、彼女の存在に気付いたラプラスが顔をほころばせる。
「あら~……まぁ! あなたひょっとして、リリスちゃんね!!」
「ご無沙汰しています」
リリスはラプラスに丁寧にお辞儀する。
「うわぁ~~~懐かしいわね! 十年ぶりになるかしら!! 前見たときはこんなに小っちゃかったのに、いつの間にかこんな美人になっちゃって!」
「いいえ。ラプラスさんにはまだまだ敵いませんよ」
「もう~、かわいい子なんだから♪」
リリスとラプラスの仲はことのほか良好だった。
そのとき、ラプラスは朔夜の方へ顔を向け、悪魔染みた笑みを浮かべる。
「ははーん、そうか……朔夜はリリスちゃんとの甘い甘い時間をあたしに邪魔されたくなかったわけか!」
「な……、何を言ってるんだよ、それはお前の邪推だ」
「またまた~。顔に出てるわよー、この人たらし!」
ラプラスはにやけながら肘で朔夜を何度も小突く。
「誰が人たらしだ、誰が!!」
「朔夜さん……パニクっていますね」
「普段冷静な彼がここまで取り乱れるとは……ラプラスさんとはつくづく恐ろしい方ですね」
たった数分の出来事であったが、直感的にはるかとクラレンスはラプラスと言う使い魔がただ者でない事を悟ったのであった。
いや、二人だけではない。おそらく、この場に居合わせた者すべてがそう思ったに違いない。
堕天使を見限り再びはぐれエクソシストして活動を始めたコレヘトは、黒薔薇町の上空を浮遊し町を見下ろす。
「さてと……何かテキトーにぶっ壊してストレス解消といこうかねー。何にしようか……お?」
手頃に暴れられるものや理由はないかと探していると、コヘレトの目にとあるものが映った。
人混みの中を歩くどこにでもいそうな野良猫。ふてぶてしい顔つきに恰幅のある体格――コヘレトは途端に口角をつり上げる。
「動物を使ってみるのもこれはこれで面白そうだな……よっしゃ!!」
コヘレトが何かを始めようとしている中、リリスたちとラプラスは喫茶ノワールで打ち溶け合っていた。
ちなみに、あの後三枝と周囲の記憶はリリスによって記憶を捏造され、何事も無かったかのように事態を収拾。そして、ラプラスが食べた料理の代金は主人である朔夜持ちという事で決着が付いた。
「へぇ~! 人間の使い魔なんだ、あんた! にしても大変だったわねー。堕天使なんかに狙われるなんて最悪じゃないの」
はるかとクラレンスの出会いを聞いて、ラプラスがうんうんと大きくうなずく。
「はい。ですが今は過去の辛さを乗り越え、とても充実した毎日を送っています」
「はるかも念願のプリキュアになれた事ですし、クラレンスさんと楽しい生活をエンジョイしています!!」
はるかの放ったプリキュアというワードを聞いてラプラスは感慨深い表情を浮かべる。
「プリキュア、か……。でもまさかリリスちゃんがプリキュアになるなんて、聞いたときは何かの冗談かと思ったわ」
「恐縮です」
女三人寄れば姦しい。
とにかく話題に事欠くことなくしゃべり続けるリリスたち女性陣。
朔夜とレイ、クラレンスを蚊帳の外にして、ベラベラと話し続ける彼女たちの異常さは悪魔や使い魔問わず男には理解しがたいところである。
朔夜は会話の中々途切れないラプラスに注意を光らせ、僅かな隙を突いて話に割って入る。
「で、お前はどうやってこの町まで来られたんだ? 方向音痴のお前が」
「やーねー失礼しちゃうわ……あたしだって使い魔の端くれよ。あんたの魔力の波長を追うのなんて訳ないじゃない。まぁ、途中暑くて電車の中で着替えたけど……」
この瞬間、全員が口に含んでいた飲み物を盛大に噴き出した。
ラプラスは皆のリアクションを前に怪訝そうな顔を浮かべる。
「げっほ! げっほ! ……で、電車で着替えって!?」
「ハヒ! それはつまり……どういう事ですか!?」
「だって暑かったんだもん! ほら今六月でしょ、日焼け止めクリームだって塗らないといけないし……そしたら車掌っぽい人に止められてさ」
ラプラスはわけがわからないという顔をして大げさに手を振ると、普段は冷静な朔夜が大きな声を上げる。
「当たり前だろっ!! だから嫌だったんだ、お前を連れてくるのは!!」
「それに先ほど、ご婦人は自動販売機からジュースを大量に万引きし、おまけに当たり屋になって恐喝していた……私はこの方に無理矢理犯罪の片棒を担がされたのだ!!」
「ほ、本当なんですかそれ!?」
レイのチクリにみるみるうちに朔夜の顔に青筋が浮かぶ。
「おいラプラス!! いくら何でも非常識すぎるだろう!!」
「あたしはちゃんとお金を入れたの! なのに向こうが反応しないから……」
「そういう問題じゃないんだ! 何の関係もない三枝さんを恐喝して金をせびり取ろうとするなんて……警察沙汰にならなかったのがせめてもの救いだ!」
「だーかーら! あのときはああでもしないといけない状況だったのよ!」
朔夜が言っていた通り、ラプラスのキャラは個性的かつ強烈だった。
バカなのか天然なのか……どちらにせよ彼女は他人の迷惑など省みない自由奔放な性格だった。
はるかとクラレンスは苦笑いを浮かべつつ、朔夜に怒鳴り散らされているラプラスの顔を見る。
「あははは……確かに聞いていた通り強烈ですね……」
「相当な天然なのでしょうね……」
「私も久しぶりに見たけど、その辺のところも含めて全然変わってないようで安心したわ」
リリスの言葉を朔夜が受け止めると大きく溜息を吐いて言葉を続ける。
「リリス、そんな事で安心されてもオレが困るんだよ……」
婚約者の前でこんな羞恥を見られたくなかった。
ラプラスの奔放振りは朔夜の平時の冷静さを乱すばかりか、彼の立場も危ういものとしていた。
「思えばあっという間だったわね……朔夜といいリリスちゃんといい、悪魔界で過ごした日々は。あの頃の朔夜っていったら、ほんとどうしようもないくらいのヘタレでさ、リリスちゃんの背中に隠れてばっか!」
「よ、余計な事は言わないでくれ!」
慌てて朔夜が言葉を遮るが、レイがここぞとばかりに食い入った。
「その話もう少し詳しくお聞かせ願いますか、ご婦人!! このイケメン王子の恥ずかしい過去、私には大変美味なるごちそうです!!」
「ちょ、レイまで何言ってんのよ!! あ、あの……ラプラスさん……サっ君の立場もありますしできればここはご自重してもらえると」
リリスが穏便に話を済ませようとするが、ラプラスは聞く耳持たずに、
「いいわよ! 話してあげるわ!!」
「よっしゃぁああ――!!」
レイにとってこれほど嬉しい話などなかっただろう。
何しろ朔夜の使い魔から彼の知られざる身の上話を聞けるのだ。それも、朔夜の口からは絶対に語られる事のない恥ずかしいエピソードが。
朔夜は肩を落とし意気消沈とする。
リリスが必死で彼を慰める中、はるかとクラレンスはレイと共に朔夜の幼少期についてラプラスより聞かされる。
「じゃ話すわね。みんなは悪魔が純血主義だって話は知ってるかしら?」
「純血主義……ですか?」
「はるか様にはまだお伝えしていなかったかもしれませんが、悪魔は絶対数が少ないために天使や堕天使よりも血統を重んじる傾向が強いのです」
洗礼教会主導の下に行われた悪魔の大規模粛清【デーモンパージ】が行われた当時、純血悪魔は全悪魔人口の三割しかいなく、残りの七割はすべて混血悪魔で占められていた。
大昔――悪魔、天使、堕天使の三大勢力は永久とも言える時間の中で三つ巴の戦争を繰り広げた。凌ぎを削った戦いの果て、勝利も敗北も無くすべての勢力は数を激減させたまま戦争は終息の方向へ向かった。
大戦後、悪魔は種そのものが存続の危機に立たされた。生き残りを懸けた悪魔たちは形振り構わず様々な血統と交わる事でどうにか絶滅を免れた。だがその結果、純血の上級悪魔が連なる『七十二柱』と呼ばれた名門の家系のほとんどが断絶した。ベリアル家やアリトン家は数少ない七十二柱の生き残りとして、悪魔の歴史に名を残している。
「でね、朔夜が生まれたのは元七十二柱であるアリトン家の当主とその妾……つまり、愛人との間に生まれた悪魔だったの」
ラプラスは当時の事を思い出す。
純血主義を重んじる悪魔界において、朔夜の境遇がどれだけ辛く過酷なものだったのかを皆に知ってもらうために。
「朔夜は小さい頃から何でもできた。でも所詮、朔夜は不倫相手との間に生まれた悪魔……どれだけの才能を持っていた所で迫害される運命にあったわ。朔夜の母親が病に倒れてアリトン家に引き取られてから、朔夜は陰湿なイジメを受け続けた。行き場のなかった朔夜は孤独の中に生きていた……でもそんなこの子を救い出してくれたのが、リリスちゃんよ。リリスちゃんは血統とかに関わらず、朔夜を一人の悪魔として扱ってくれた。朔夜もリリスちゃんと友達になって、ようやく笑顔を取り戻していったっけ……そうそう、今でこそマシになったけど、昔は朔夜本当に憶病でさ、喧嘩はいつもリリスちゃんに庇ってもらっていたわね」
と、ラプラスが話をしていたとき、周りを見るといつしかレイとはるか、クラレンスの目から涙が漏れ始めていた。
「え……ちょっと、あんたたち大丈夫!?」
ちょっと引き気味のラプラスを前に、三人は口々に思いの丈を述べる。
「だ、だって……朔夜さんにそんな辛い悲しい過去があったなんて思わなかったんですよ」
「これを泣かずにいられるはずないじゃないですか……」
「すまなかったイケメン王子!! 私はお前のことを何も知らなかった、知ろうともしなかった……勝手に妬んでいた私が実に愚かだったよ……」
号泣する三人にラプラスは動揺する。
確かに悲しい話ではあるものの、こんなに過剰なリアクションをとるとは夢にも思っていなかったから、どうしていいかわからない。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ……困ったな……ちょっと朔夜、あんた何とかしなさいよ!」
「お前が勝手に話して泣かしたんだろう! しかも本人がいる前で堂々とな!」
「はるか、レイとクラレンスもそんなに泣かないの! 恥ずかしいじゃないのよ」
「「「うわあああああああ~~~ん」」」
――ドカン!!
一行が悲しい朔夜の過去を理解したところで、腹に響くような籠った爆音が店の外から聞こえてきた。
「この音は……」
慌てて外に出てみると、リリスたちの前に現れたのは……
『ピースフルニャ~~~!!』
明らかにネコを素体とした平和の騎士……もとい、平和の動物。《キャットピースフル》が何とも可愛らしい声を上げながら町中で破壊活動をしている。
「ハヒ!! ピースフル……ですか!?」
「何かいつもと様子が変ですよ」
すると、キャットピースフルの頭上に浮かぶ神父服の男に朔夜が目を光らせる。
「でははははは!! もっと暴れろ、もっとぶっ壊せ!! ははははははは!!」
「あれは……コヘレト!」
「どういうつもりかは知らないが、早く止めないといかんな」
リリスたちと一緒に外へ出たラプラスがコヘレトとピースフルを見やると、目を細めて口の端を上にあげる。
「へぇ~。あれが噂の……オッケイだいたい分かったわ! あいつをケチョンケチョンにしちゃうわよ!」
「行くわよ、みんな!」
コヘレトが起こす私的な破壊活動を止めるため、ディアブロスプリキュアはその力を解放する。
「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
「バスター・チェンジ」
今回から彼女たちの変身する横で、朔夜も己の力を解放し変身する。
「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」
「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」
ここまではいつもと同じ。さらにここに朔夜が加わり、掛け声がプラスされる。
「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」
「偽りの善幸を根絶やし!」
「邪な悪行を断罪する黒き力!」
それぞれの使い魔、そしてバスターナイトとなった朔夜とラプラスを伴い、ベリアルとウィッチ、バスターナイトは決め台詞を吐く。
「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」
「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」
「コヘレト!」
「今すぐ破壊活動を止めなさい!」
変身したばかりの彼女たちは、キャットピースフルを操るコヘレトに強く呼びかける。
「よう腐れ悪魔ども! ちょうどいいや、俺さまは今すっげーイラついてるんだ! 大人しくこいつの餌になりやがれ!!」
『ピースフルニャー!!』
有無を言わさずキャットピースフルが襲い掛かる。
巨大な肉球に押し潰されたい気持ちも湧いたが、ベリアルたちは煩悩を振り払い、戦いに集中する。
「ネコを素体にしたのかしら!」
「あの肉球……なんだか倒すのがもったいない気がします!!」
「しかし、これじゃまるっきりト〇ロのネコ○スだな」
バスターナイトも意外とメタな発言をするらしい。
『ピースフルニャー!!』
三人はネコを素体しているために小回りが利き、スピードに長けたキャットピースフルに翻弄される。
「意外とすばしっこいですね……」
ウィッチがつぶやく横で、ベリアルはいつも一緒に現れるラッセルがいないことに気付いた。
「コヘレト! あの堕天使女はどうしたのかしら!?」
「はっ! 堕天使なんて知った事じゃねーな。俺はもうあんなところに戻るつもりはねぇよ!」
「ハヒ!? まさか、堕天使と訣別したんですか!?」
ウィッチは洗礼教会を離反したコヘレトがさらに堕天使までも見限ったことに驚きを隠せなかった。
「はぐれエクソシストなんてそういうものだよ。結局自分の利益が優先なんだ」
「まぁ、あたしが言うのも何だけど……あんた、サイテーな男ね!!」
ラプラスに言われるくらいなのだから、コヘレトの性格は悪魔から見ても歪みまくっているようだ。
「何とでも言えばいい。所詮この世は打算でしか動けねぇんだよ!! そいつは悪魔が一番分かってる事だろうが!!」
現に彼自身も開き直ってこうして認めているくらいだ。
「そんなことありません!!」
だがしかし、ウィッチはコヘレトが言った言葉の中で唯一気に入らない箇所があった。
「すべてあなたの都合通りに考えないで下さい! リリスちゃんは悪魔ですけど、あなたとは違います!!」
「はるか……」
悪魔であるベリアルを擁護する発言。
悪魔という欲望に忠実で打算的な存在を外面だけで自分と同じだと主張するコヘレトと違い、ウィッチはベリアルの内面性から彼女を擁護する。
ベリアルの心が思わずぐっと締め付けられる中、ラプラスの心も高揚する。
「イイこと言うじゃないあの子。オッケイ、気に入ったわ!」
「ラプラス!?」
「ここは一肌脱ごうかしら!」
間違っても服を脱ぐわけではない。
ラプラスはサキュバスの姿から、巨大な白いコウモリの姿へと変貌し空中へ舞い上がる。
「白いコウモリ?」
『食らいなさい!』
巨大な翼をめいっぱい広げ、そこからラプラスは衝撃を伴った超音波を周囲に向けて放射する。
瞬間、ビルや道路などに亀裂が生じ、敵味方問わずに凄まじい衝撃が身に降り注ぐ。
『ニャ~~~~!!』
「うおおおおおお!! な、何だこの嫌な音は……!!」
「寒気がします~~~!」
周囲が混乱する中、バスターナイトがラプラスに叫ぶ。
「おいラプラス!! 少しは加減しろ!!」
『あ、ゴメンナサイ! ついうっかり……』
バスターナイトに諌められると、ラプラスは攻撃を中断する。
コヘレトは鳥肌が立った様子で、鼓膜を突き抜け伝わった超音波攻撃で精神にダメージを負い、全身から多量の汗を流す。
「やってくれたじゃねぇか……悪魔ども!」
『ピースフルニャー!!』
激昂したキャットピースフルがベリアルたちに鋭い爪と牙を向けて迫ってくる。
「レイ、来なさい!」
「ロンギヌス、チェインジー!」
レイロンギヌスを装備したベリアルは、キャットピースフルの鋭い爪攻撃を矛先で防ぎ、これを弾き逸らす。
「クラレンスさん!」
〈了解です!〉
キュアウィッチロッドを天に掲げ、ウィッチは杖の先に充てんした魔力をキャットピースフル目掛けて放出する。
「〈バーニング・ツイン・バースト〉!!」
『ニャアアアアアア……!!』
キャットピースフルを襲う大火力砲撃。
そして、今回の敵に止めを促すのはバスターナイトこと、朔夜と使い魔のラプラスである。
『朔夜、最後はあたしたちで決めるわよー!』
「ああ!」
すると、バスターナイトは両手に装備していたバスターソードとバスターシールドを頭上で重ね合わせると、二つの武器を一つに合体させた。そうして生まれた盾の一部があしらわれた大剣の名を叫びあげる。
「『暗黒大魔剣マラコーダ』」
『ピースフルニャー!!』
何も恐れせず、本能のまま襲い掛かるキャットピースフル。向かってくるキャットピースフルに狙いを定め、バスターナイトは大剣を大きく横なぎに振るう。
「―――
刹那、高熱高圧電流による白熱化一千万度一億ボルトの剣閃が放たれる。キャットピースフルは避ける間もなく電撃と斬撃を同時に受ける。
『ニャアアアヤヤヤ!!』
ピースフル化しているとはいえ、皮膚が一瞬で黒焦げとなる絶大な威力。体力と戦意を一気に消耗した満身創痍の敵に止めを刺す為、バスターナイトとラプラスは頃合いを見計らい同時に動き出す。
大魔剣マラコーダを片手に走るバスターナイトの背後をコウモリ姿のラプラスが飛翔する。
やがて、バスターナイトと合体し、彼を空中へと舞い上げる。
「〈はあああああああああああああ〉」
空中からキャットピースフルに狙いを定めると、バスターナイトの体を翼で覆い、体をドリル状に包んで急降下する。
「〈ダークナイトドライブ〉!!」」
キャットピースフルの体を、暗黒騎士が放つ強力な一撃が貫く。
――ドンッ。
「浄化は私が!」
ウィッチがロッドをかざして浄化の光がキャットピースフルを包み込む。
『へいわしゅぎにゃ~……』
バスターナイトの攻撃が決め手となり、コヘレトによってピースフルの素体とされた小太りの野良猫は驚いたように、ベリアルたちの前から疾走する。
「ち……。覚えてろよ!!」
体勢を立て直すため、コヘレトは瞬時に転移し、いなくなった。
「やーい、負け犬エクソシスト! おとといきやがれ!」
ラプラスがコヘレトの消えた方角を向いて息巻いていると、ウィッチとクラレンスが今回の立役者に称賛の言葉を贈る。
「今回は大活躍でしたね、ラプラスさん!」
「朔夜さんもかっこよかったですね」
二人の言葉にベリアルが当人よりも誇らしげな態度をとる。
「クラレンス、違うわよ。サっ君はいつだってカッコいいんだから!」
「ありがとうリリス」
これで戦いも無事に終わった――はずだった。
だが、今回はこれだけで済まされるほど単純な話ではなかった。
「ん?」
人の気配を感じとったベリアルは、おもむろに振り返ると、皺ひとつない紺色のスーツとネクタイを着用した爽やかな印象を抱かせるプラチナブロンドの髪を携えた少年が目の前に立っていた。
「なるほど。実におもしろいものを見せてもらったよ。ディアブロスプリキュアの力がどれほどのものか、概ね分かった。やはり君たちは、僕が直々に捕まえる必要がありそうだ」
突如現れた見知らぬ少年にウィッチがおずおずと尋ねる。
「ハヒ!? えーと……あなたは……」
問われてまだ自己紹介をしていなかったことに気付いた少年が丁寧に挨拶を始める。
「申し遅れてしまったね。僕は神林春人。警視庁公安部特別分室……通称『プリキュア対策課』所属の高校生探偵さ」
予想だにしていなかった客人の登場に、一同に衝撃が走った。
「警視庁公安部!?」
「プリキュア対策課……!」
「げっ! 警察……あたしの一番苦手なヤツじゃん!」
春人は口元をにやりと歪ませると、懐に手を入れて何かを引き抜いた。
「さてと、実働テストを終えたばかりのコイツの力……本物のプリキュアにも試してみようか」
ベリアルたちが警戒心を露わにする中、春人は懐から多機能型ハンドガン【SKバリアブルバレット】を取り出し、表面に刻まれたナンバーを【1】に合わせ、空中目掛けて引き金を引く。
「実装!」
〈Set Up. Security Keeper〉
電子音が聞こえると共に、放たれた銃撃は微粒子状に分解・転送され、それが春人の表面にて定着し、燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツとなった。
素顔をすっぽりと覆うヘルメット。頭部にはアルファベットで『SK』という文字がロゴとして刻まれている。
「な……!」
「まさか!?」
「ハヒ!!」
「これは……!?」
「おまえは……!」
「そのいかにも男の子趣味のそれはなに!?」
疑問を抱くベリアルたちを前に、春人は今の姿について簡潔に語る。
「この姿の名はセキュリティキーパー……君たちを逮捕するただ一人の戦士さ」
次回予告
リ「突如現れた高校生探偵。手持ちのアイテムで変身したと思えば、私たちを逮捕すると言って来た!」
は「はるかたちの知らないところで、警察がプリキュアを捕まえるための準備を進めていたなんて…これはこれは、かつてない大ピンチです――!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『遅れてきた刺客!?セキュリティキーパー登場!』」