さて、新年最初の話は警察の新戦力とディアブロスプリキュアとの衝突を描いたものです。どうぞご覧ください。
黒薔薇町 某所
「実装!」
ベリアルたちが警戒心を露わにする中、春人は懐から多機能型ハンドガン【SKバリアブルバレット】を取り出し、表面に刻まれたナンバーを【1】に合わせ、空中目掛けて引き金を引く。
〈Set Up. Security Keeper〉
電子音が聞こえると共に、放たれた銃撃は微粒子状に分解・転送され、それが春人の表面にて定着し、燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツとなった。
素顔をすっぽりと覆うヘルメット。複眼には英語で『SK』という文字がロゴとして刻まれている。
「この姿の名はセキュリティキーパー……君たちを逮捕するただ一人の戦士さ」
青天の霹靂――あまりに突然の事態だった。
ベリアルたちは目の前で高校生が科学力を結集した最新鋭のボディースーツを身に纏った瞬間、目を見開き呆然とする。
これまで洗礼教会や堕天使との間で数々の武力衝突はあった。
だが今回はこの世界、もとい日本の治安維持を担う国家権力――警察組織と差し向かいでの衝突となる事は確実だ。
「まさか……警察にこんな武装システムが!」
「ハヒ!! ディアブロスプリキュア……最大の危機ですか!?」
衝突を覚悟し身構えるベリアルと、血の気が引くウィッチ。
彼女たちの表情を窺い、メットで顔を隠している春人は口角をつり上げ言う。
「安心してくれ、僕は女性には紳士なんだ。君たちが余計な抵抗をしないのなら、僕はこの武装を喜んで解こう。僕らはただ君らに話を聞きたいだけなんだ。できれば警察まで任意同行願えないかな?」
「任意同行……ですか?」
「耳を貸しちゃダメよ、はるか! 相手は公安警察……普通の警察とは違うの!」
「どう違うんですか?」
「公安警察はカルト宗教団体、極左・右翼団体、スパイ、テロリストなどの反体制といった国家の脅威となる団体を監視し、もし危険であると判断されればどんな手を使ってでも排除する。たとえプリキュアであっても……」
「な、なんですって!?」
「我々がテロリストと同じ扱いを?」
「ひいいいい!! 警察だけはあたしダメ~~~!!」
驚愕する使い魔たち。
すると、ラプラスは途端に萎縮し、警察という単語に酷く怯えた様子でレイの後ろへと隠れ、体を縮こまらせる。
「ご婦人、どうかしたんですか!?」
レイが首をひねって自身の背に隠れるラプラスに尋ねる。
「ラプラスは以前警察官にイタズラをして、こっぴどく叱られた事があるんだ。以来、警察官を見ると極端に怖がってしまうようになった」
「何をしているんですかあなたは!?」
「だって、だってほんの物心で……」
バスターナイトから聞かされた何とも阿呆な話にレイはラプラスを叱咤する。
そんな中、眼前に佇む敵――セキュリティキーパーはSKバリアブルバレットを手元で回し、「話し合いは済んだかな?」と呟く。
「今一度問おう。君たちから一連の話を聞きたい。特に、そこの金髪の女性がしてきた数々の犯罪行為は看過できるレベルを超えている。即刻警察まで同行を願いたいのだが……」
鋭い眼光でセキュリティキーパーが睨みつけると、
「な……何よ!! あたし何も悪いことなんかしてないわよ!!」
「ウソつかないでください!! 万引きに食い逃げ、おまけに恐喝罪とその他数えきれないくらい!!」
レイとラプラスのしょうもない漫才を余所にバスターナイトが口を開く。
「セキュリティキーパー……と言ったか?」
そのとき、バスターナイトはバスターシールドから剣をおもむろに引き抜きセキュリティキーパーを威嚇する。
「生憎とその申し出は丁重に断らせてもらう」
「サっ君!?」
「朔夜さん!!」
「ちょっとあんた、何するつもりよ!?」
攻撃的な姿勢をセキュリティキーパーに示すバスターナイトにベリアルたちが動揺する。
「なるほど……君がリストに載っていたプリキュアの協力者、暗黒騎士バスターナイトか。悪魔のプリンセスを守る正義のナイト、と言ったところかな?」
セキュリティキーパーはメットの内で口角を上げると、バスターナイトの行動を待ってましたとばかりに対峙する。
「いいじゃないか。僕もその方がいい。これで正当防衛が成立する」
「正当防衛……始めからそのつもりだったんじゃないのか?」
「さて、僕には何の事だか」
自然と両者は対立関係を作り、張りつめた空気が二人の周りに流れる。
「ラプラス! リリスたちを連れてこの場を離れろ!」
バスターナイトが声を張り上げる。
「朔夜……まさかこいつとやりあうつもりなんじゃ!?」
「ダメだよサっ君! こんな奴に関わったりしちゃ!」
「リリスちゃんの言う通りです朔夜さん! 危ないですよ!」
周りからの制止の言葉。それを聞いていたセキュリティキーパーはククッと笑う。
「賢明な意見だ。彼女たちもああ言っている。ここは素直に聞き入れるべきだと思うな」
と言いつつも、セキュリティキーパーは自分への明確な敵意を露わにしたバスターナイトを牽制し銃を突き付ける。
「オレの事を思ってくれるその気持ちは嬉しい……だが、リリスに牙を剥く敵が目の前のいると分かっていて、黙っていられるわけがない」
どうやら素直に引き下がるという答えはバスターナイトにはないようだ。分かった途端に、セキュリティキーパーはやれやれと口には出さず、首を横に振る。
「わぁお。君は見かけによらず血の気が多いんだね」
「貴様に言われたくはない」
一触即発もあり得る状況。
レイとクラレンスはバスターナイトが作ったこのチャンスを、何としても生かすべきだと判断――意を決しベリアルたちに呼びかける。
「リリス様、ここはお下がりください」
「でも! サっ君が!」
ベリアルがバスターナイトに駆け寄ろうとするが、レイが腕をつかんで制する。
「朔夜さんなら大丈夫です! すぐに私たちの元へ戻ってきます、信じましょう!」
「クラレンスさん……リリスちゃん、朔夜さんを信じましょう!」
クラレンスに続き、ウィッチもベリアルを説得する。
「はるかまで……くっ」
合理的に判断すれば自分たちが逃げるには誰か一人が囮にならなければならない。バスターナイトがその役を引き受けてくれたのなら、彼の為にも逃げるべきだろう。
だがバスターナイトはベリアルの婚約者。一番大切な人を囮に使う事などできはしない。
それでも、バスターナイトは頑としてここから退くつもりはないだろう。彼はベリアルたちを守るためなら、決して妥協しない――言うならばそれがバスターナイト――十六夜朔夜のたったひとつの欲望であった。
「――――――絶対戻って来てね!! じゃなかったら、承知しないんだからね!!」
断腸の思いでベリアルはバスターナイトを囮としてこの場に留める判断を下す。すかさず転移魔法でバスターナイトだけを残して現場を離れた。
(リリス……愚かな男でごめん。だけど、オレはどんなことがあっても君を傷付けたくないんだ)
自分の我儘で愛する彼女を傷付けるのが辛かった。これ以上彼女を悲しませないためにも、バスターナイトはセキュリティキーパーに敗北する事も捕まる事も許されない。
魔剣バスターソードを構え、セキュリティキーパーと対峙する。
「……ふむ。僕たち二人だけになったか。君はもう少し賢い方だと思っていたのだけど、僕の見立て違いだったようだ」
「どうかな。それにオレは犬死するつもりなど毛頭ない。仮に貴様がオレよりも弱いのなら、貴様を退けて悠々とリリスたちの前に戻ればいいだけのことだ」
「へぇ……確かに、それは言えている。さっきの言葉は撤回するよ。君は本当に賢い悪魔であるようだ」
〈Blaster〉
刹那、電子音 と共にセキュリティキーパーは手持ちのハンドガンで発砲する。
バスターナイトは飛んでくる銃弾を左に携えた盾で防ぎつつ接近する。剣で斬りかかると向こうも隠し持っていた警棒【SKメタルシャフト】で押さえ、両者は激しく肉薄する。
セキュリティキーパーは右手の銃と左手の警棒を巧みに使い分け、バスターナイトに迫りくる。これまでバスターナイトとして攻防どちらにも優れた高い実力で敵を退けてきた朔夜だが、今戦っている敵は正に暗黒騎士名折れの実力者だ。
「ダークネススラッシュ!」
多くの敵を一撃のもとに仕留める自身の必殺技を繰り出す。
セキュリティキーパーはX字状に飛来する斬撃を華麗な動きで躱し、ハンドガンの数字を【1】から【4】へ変更して、バスターナイトへと放つ。
〈Laser Pulse〉
内蔵されたAIコンピューターがハンドガンの機能変化を読み取り、瞬時に通常の実弾から高速レーザーへと変換する。
怒涛の連射レーザーの嵐を前に、バスターナイトは器用に手持ちの剣ですべて弾き飛ばす。
すかさず反撃を加えるため懐に潜り込むと、セキュリティキーパーは斬りかかるバスターナイトの斬撃を左手の警棒で防ぐ。
両者は剣と警棒を互いの首元へ突き付け、そのまま静止する。
「……存外、温室育ちの貴様も野生というものは忘れていないようだな――人間」
「……正義の味方に逆らったらどうなるか、篤と思い知らせてあげよう――悪魔」
再びレーザー光線の乱射が始まった。
所構わず飛んでくるレーザーの雨をバスターナイトは重厚な鎧だというのに全て的確に躱していく。
「無益な戦いほど馬鹿げたものはない」
言うと、バスターナイトは魔盾バスターシールドに隠された邪眼を開放する。
開かれた邪眼はセキュリティキーパーの動きを封じ込め動けなくする。その間に、バスターナイトは足下に転移魔法陣を出現させ現場から逃走した。
バスターナイトの逃走と共に呪縛から解放され、辺りを見渡しバスターナイトが逃げたことを確認すると、セキュリティキーパーは変身を解除する。
「……ふん。まぁいいさ、こちらも本調子じゃないものでね。君との決着は次回にでもするとしよう」
踵を返し、春人はおもむろにその場から静かに立ち去った。
*
黒薔薇町 悪原家
朔夜が囮となった事でリリスたちは無事に家へと帰ってこられた。
だが、安心はまだできない。大好きな紅茶を前にしても、リリスは朔夜の事が気がかりで手が付けられない。
「リリスちゃん……」
「リリス様……」
彼女を心配するはるかたち。
そのとき――見覚えのある紺色に輝く魔法陣が床に出現。リリスたちが目を見開くと、帰還と共に変身を解除した十六夜朔夜が目の前から現れる。
「朔夜!」
「サっ君!!」
どうやら彼は無事みたいだった。リリスは朔夜へ駆け寄り、彼の安否を気遣う。
「怪我はない!? 大丈夫!?」
「うん、問題ない。なかなか手ごわい相手だったけど、何とか逃げて来たから」
「良かった……」
これで悪い憑き物は取れた。リリスは安堵の溜息を吐き一安心する。はるかたちも張りつめた緊張の糸が切れる。
「それにしてもあの男……神林春人についてですが」
「大至急情報を集めないといかんな」
クラレンスとレイが言うと、おもむろにはるかは自分の鞄に手を突っ込み、タブレット端末を取り出す。
「ある程度の事はネットに載っていると思います。今調べてみますね」
早速インターネットの検索サイトを使い、『神林春人 高校生探偵』というキーワードで入力し、検索をかける。
すると、直ぐに数百件という数の関連サイトが表示され、その中のひとつを覗いてみると、
「これは……!」
リリスたちが目の当たりにしたのは、予想を遥かに上回る驚愕の事実だった。
◇
東京都 警視庁本庁舎
警視庁本庁舎の中にある休憩スペース。
そこでインスタントコーヒーを飲む刑事二人がある事について話していた。
「おい聞いたかよ? 公安部の奴ら……例のプリキュアとかいう集団と一悶着起こしたらしいって」
「公安部って言うと……最近、公安部内に秘かに新設されたって部署があるって専らの噂ですよね?」
「ああ。通称〝プリキュア対策課〟……警察庁の警備局にあるとされる『ゼロ』と呼ばれる組織から提供される情報と指示を元に、プリキュア絡みの事件に関して極秘捜査を行っているとか。中でも民間協力者として参加している高校生探偵の神林春人がとんでもねぇ切れ者らしくてな」
一旦そこで手持ちのコーヒーを口に含み、先輩刑事の一人が神林春人に関し話を掘り下げる。
「警視庁公安部の公安部長である父を持ち、剣を取れば二天、筆を取れば天神。『三天の怪物』と呼ばれる天才らしい」
「その話なら俺も聞いた事あります。若干十六歳の少年がロンドンを拠点に、その明晰な頭脳で次々と迷宮入りしそうになった難事件をたった一人で解決してきたとかで……まさに現代のシャーロック・ホームズ。その功績を称えられて、イギリス王室からナイトの称号まで与えられているらしいですよ。でもまさか、公安部長の息子だとは思いませんでしたよ」
「にしてもおかしな話じゃないか? 知っての通り公安の仕事っつーのは極秘性を重視している。捜査内容は家族に対しても秘匿されている筈だ。なのに、どうして……民間から協力者を参加させているんだ? いくら公安部長の息子だからって腑に落ちねえ」
言うと、残りのコーヒーを一気にあおる。
「確かに妙な話ではありますね。上は何を考えているんでしょうか?」
「工藤新一じゃあるまいしよ。たかが高校生如きに捜査を引っ掻き回されるなんて俺はごめんだね」
「まったくです」
等と話していたときだった。
噂をすれば影が差す――神林春人の実父で公安部長の神林敬三が警視庁での用事を済ます傍ら、コーヒーを買いにきた。
「「お、お疲れ様です!!」」
「うむ」
直ちに態度を改め挨拶をする刑事二人組に、敬三は静かに頷く。
コーヒーを購入する敬三と、先ほどの会話を聞かれていたのではないかと内心不安がり緊張する刑事たち。
やがて、コーヒーを買い終えた敬三はひと口飲んでから、おもむろに口を開く。
「……高校生が警察の仕事に首を突っ込む事が気に入らないか?」
刑事たちは一瞬眉がびくっと動く。
コーヒーカップ片手に、敬三は休憩室を出る直前、息子を侮辱した刑事二人組を睨み付けるように見据え言う。
「現場の警察官が無能だから、若い力が必要なんだろう?」
凄まじい迫力だった。
公安部長の圧倒的な気迫を前に、刑事二人はただただ委縮。口は災いの元だという事を身をもって痛感した。
警視庁での仕事を済ませ、自家用車で千代田区にあるプリキュア対策課の活動拠点へ向かう中、眉間に皺を寄せながら敬三は心中思いを馳せていた。
(彼らの言わんとしていたこともわからんでもない……プリキュア対策課は従来の公安のイメージとあまりに乖離している)
敬三は車を走らせながら、上層部である『ゼロ』から息子である春人を対策課に加えるように指示を出された数か月前のことを思い出していた。
≒
さかのぼること、二か月前――
東京都 千代田区 とある雑居ビル
キュアベリアルと洗礼教会の戦いが激しくなり始めた頃、公安部長・神林敬三を始め、公安部に所属する捜査官数名が警察庁にあるとされる極秘組織『ゼロ』の担当者から呼び出しを受けた。
ゼロとはあくまでも通称であり、そのような名前の部署が存在するのかさえ警察内部でも知る者はほとんどいない。厚いベールに包まれている公安の中でも特に秘密性の高い捜査を行う部署、それこそがゼロという組織だ。
呼び出しを受けた敬三らが向かったのは、警視庁の近くにある古い雑居ビル。所轄でも警察庁でもない。そこに何の表札も無くただ「一〇一」と番号だけが振られた部屋があった。倒産した企業から東京都が買い取ったビルの一室。そこが今回活躍する男達の作業拠点として指定された。
敬三を始め、召集を受けた十数名の捜査官が集まっており、夕方―――ゼロに所属する担当者より呼び出された理由と極秘任務について話を受けた。
「一度しか言わない。君たちにプリキュアと呼ばれる少女たちの監視を任じる。場合によっては逮捕も辞さない」
「逮捕……ですか?」
少女を逮捕するという突拍子もない話に集まった捜査官全員が訝しむ。そんな中、ゼロの担当者は淡々と話を進める。
「そして、今回の極秘捜査にあたり……民間から特別協力者を参加させる事となった。神林敬三警視監並びに公安部長――あなたの息子をロンドンから招聘する」
「な……!」
前代未聞の展開に動揺する捜査官たち。敬三は民間協力者として実の息子である春人をメンバーに加えると言ってきたゼロの担当官の言葉に耳を疑う。
「ま……待ってください! それはなんの冗談ですか!?」
「我々は冗談を言うつもりはない。これは既に決定事項だ」
「納得のいくように説明してもらえませんか!? なぜ公安の仕事に一般から……しかも寄りによって捜査官の身内を協力者にするなど、前例がない!」
敬三がゼロの担当官に詰め寄る。
「確かに、今回は前例にないものです。しかし……我々は敢えてその前例を打ち破ってでもこの捜査に命を懸けるつもりです。あなた方の働き次第によっては、日本……あるいは世界の明暗を握ると言っても過言ではない。上はそのように判断した。そして、その為の原動力として優秀な若い力が必要だった」
「だからといって……なぜ……春人を我々の事情に巻きこむ必要があるというのだ!? 春人には春人の未来がある。それを奪っていい権利などあなた方にはないはずだ!」
敬三の激しい剣幕にも表情一つ変えずにゼロの担当官は淡々と応答する。
「言いたいことはそれだけですか? あなたが何を言おうと我々の意志は変わらない。それにあなたの息子さんからも捜査協力の承諾は得ているのです」
「く……」
結局、敬三は上の判断に逆らう 事はできなかった。暮れなずむ夕日を肩で浴びながら、その悔しさを拳に込めた。
……………………
………………
…………
……
≒
(春人は確かに優秀だ。我が息子ながら怖いくらいに。だが、それでも上のやり方には承服しかねる)
ゼロの強引なやり方を内心不安に思いながら、どうする事も出来ない板挟みな状況を嘆く。
懐に手を突っ込み、大切にしてある写真を一枚手にする。亡き妻・暦に心の声で語り掛ける。
(暦……愚かな私におまえの知恵を貸してはもらえないだろうか。どうか、春人を護ってやってほしい)
*
黒薔薇町 十六夜家
セキュリティキーパーとの衝突から二日ほどが経過した。
「朔夜! 朔夜! お腹すいた~~~」
夕方、ラプラスが庭先に出ると朔夜は一心不乱にバスターソードを振っていた。
額から滲み出す多量の汗。表情は険しく、空気を読めばここで声をかけるという判断をする者は恐らくいない。
「ねぇ~、おなかすいたんだけど~」
だがしかし、自分の欲望に正直なラプラスはそんな事などお構いなし。稽古中の朔夜に食事を作ってくれとせがむ。
「……少し待ってくれ。あと三千回やったら作るから」
「三千回って……! あんたそれじゃ日が暮れるじゃない!! あたしは今すぐお腹を満たさないと死んじゃうの~~~!!」
子どものように駄々をこねるラプラス。朔夜は彼女を無視してひたすら素振りを続ける。
その追い詰められたような表情を見るうち、ラプラスも何となく彼の意中を知り、大きく深い溜息を吐く。
「……もう~、わかったわよ。じゃ、三千回終わるまで待ってるあげるから。それ以上回数増やしたりしないでよね!」
ラプラスが部屋に戻った後も、朔夜は無言で剣を振り続ける。ぶんぶんと言う音を立て剣先は周囲の空気を切り裂く。
(あの男……口先だけじゃなかった)
先日戦ったセキュリティキーパーこと、神林春人の力は本物だった。
彼の実力を認めつつ、いずれ彼が……必ずや自分たちディアブロスプリキュアを脅かす最大の脅威になるのではないかと、朔夜は薄々感じ始めていた。
恐らく前回の春人は本気ではなかった。
朔夜は次の戦いに備え、自らを鍛えることで敵が抱くリリスたちへの害意を無くそうと考える。
(今のままじゃ、リリスを……みんなを守れない。強くなるんだ、あの男より……誰より強く!!)
「はぁ~……」
一方、ディアブロスプリキュアにやられたコヘレトは帰る当ても無く辺りを黒薔薇町を彷徨っていた。
「しっかし、堕天使を見限ったはいいが……実際行く当てなんかねぇーしな。これからどうすっかな……」
はぐれエクソシストというのは、何分立場が自由だ。誰にも束縛される事無く活動できる反面、根無し草となってしまえばそれはすなわち自己責任となる。
ぐう~……。
「は、腹へった~~~……」
自分を養ってくれる相手がいない事に、今更ながらコレヘトは後悔していた。
途方に暮れつつ今日とこれからについて考えようとしていた、そのときだった。
「!?」
前方から金色の魔法陣が出現したと思えば、コヘレトの前に意外な人物が現れる。
「迷える子羊よ……食い扶持が必要ならば神の御使いが慈悲を与えてやろう」
「あ……あんたは」
我が目を疑うコヘレト。自分に声をかけてくれたのは、かつての上司で洗礼教会の大司祭――ホセアだった。
◇
私立シュヴァルツ学園 二年C組
セキュリティキーパーの邂逅から三日が経過した。
「はぁ~……」
「リリスちゃん、溜息なんか吐いてどうしたんです?」
はるかが浮かない顔のリリスの横で首をかしげる。
「サっ君の事がちょっと心配でね……」
「朔夜さんがどうかしたんですか?」
窓の外を眺めながら、リリスは婚約者の朔夜のことで思いを馳せる。
「昔からなんだけど、サっ君って自分の事より私の事を優先する性質で……あの時だって、私には気丈に笑顔で振る舞っていたけど、その笑顔にいつもの余裕が感じられなかった」
「ひょっとして、あの神林さんって言う人と戦ったからじゃ?」
はるかの予想は的中している。事実、朔夜は春人との戦闘以来リリスたちの前では虚栄を張り続けている。
心配をかけまいと朔夜が強がれば強がるだけ、リリスは彼の事が気にかかり何も手が付けられない。
「かなりハイスペックな敵みたいね。サっ君の余裕をなくす実力は今後の私たちにとって間違いなく脅威となるわ」
「ですね……! でも、それが分かっているなら、少しでも修行をしてパワーアップを計りましょう!!」
前向きな彼女の言葉に励まされ、リリスは明るい表情を浮かべ席を立つ。
「はるかの言う通りだわ。私も悠長に構えてないで、少し訓練しようかしら」
「いいですね!! ディアブロスプリキュアが一致団結して巨大な敵に立ち向かう……はるかはこういう王道の展開に憧れていたんです!!」
はるかが目に炎を宿すと、リリスが冷静にツッコミをいれる。
「それを言うなら、この間の堕天使の件がそうだったでしょう?」
「あ! それもそうですね♪ あはははははは!!」
「ホームルーム、始めるぞー」
三枝が例の一件で何事も無かったように出勤してきたが、いつもよりも元気がないように思えたのではるかが尋ねる。
「先生、なんだか元気ありませんけど……どうかしたんですか?」
「あぁ……実はさ、先生の知らないうちに自家用車のフロントガラスにひびが入っちゃってね。修理代に結構かかったものだから」
聞いた瞬間、はるかは苦笑いを浮かべる。
「さてと……今日もフローレンスさんは家の事情の為、欠席するという連絡がありました」
「「「え――!!」」」
テミス・フローレンスが欠席するという一報にクラスメイトが悲嘆の声を発した。
「マジかよ!! 超ショックだわー!!」
「あのエンジェルスマイルが見られるから学校に来てるっていうのにー!」
男子は元より、女子生徒のショックも大きかった。
生徒たちの反応を見つつ、はるかは自席の隣の席を見る。
転入以来、毎日無遅刻無欠席だったテミスの席が、今日に限らずここ数日空いているのが気がかりだった。
「それにしても、テミスさん……ここ最近本当にどうしたんでしょう? LINEをしても返事がありませんし。家の用事ってなんなんですかね?」
「私に聞かれてもね……」
だが、確かに妙だと思った。
リリスは眉を顰め、テミスの長期欠席に疑念を感じ始めていた。
(あの子……ザッハの件で教会に目を付けられたのかしら? だとしても、学校を休むほどの理由になるとは思えないけど)
*
同時刻――
黒薔薇町 繁華街
リリスたちが学業に勤しむ頃、レイとクラレンスはラプラスを連れて黒薔薇町の繁華街を歩いていた。
まだこの町に来て日が浅い彼女を案内するつもりで町を歩いていたのだが……
「あん! ……ん~、このクレープ最高~~~!」
「って、また人のお金で……あなたは少しは遠慮という言葉を覚えてくれませんかご婦人!」
相も変わらず自らの欲望のために他人(主にレイ)を振り回すラプラスは、レイを勝手に自分の財布係に任命し、彼のお金で食道楽を満喫している。
「だからなによそれ? 悪魔にとって遠慮なんて言葉はね、欲望を妨げる毒と一緒じゃない! あたしは死んでも遠慮なんかしないわよ」
と、悪びれることはなく完全に開き直っていた。
「ひどい!! このままじゃ私の財布が今日中にスカンピンになってしまう!!」
厚顔無恥すぎるラプラスの言動に心底怒りを抱きながら、レイは切実な懐事情を分かってもらおうと涙目で訴える。
「紳士たるものレディーをエスコートするならそれくらいの覚悟はしておきなさい!」
「私は使い魔です!! 断じてちが――う!!」
完璧に手の平で弄ばれるレイを隣に、クラレンスは公然の目を気にして彼を宥めようとする。
「まぁまぁレイさん、どうか声を荒立てずに」
「クラレンスまでこんなご婦人の肩を持つというのか!?」
クラレンスが苦笑いを浮かべる。
「別にそう言う訳ではありませんが……ラプラスさん、あまりレイさんをイジメないであげてください」
「別にイジメてなんかいないわよ。そいつが勝手に叫んでるだけよ。嫌よねー、男のヒステリーなんて」
ラプラスは知らん顔でクレープを頬張る。
「ヒステリーになってるのはほぼ百パーセントあなたの所為なんですよ!! あのイケメン王子の使い魔がこんな自分勝手な上に自堕落な性格だとは思わなかったです!!」
カチンときたラプラスがレイに抗議の声をあげる。
「あたしのどこが自分勝手だって言うのよ! どこが自堕落なのか言ってみなさい!」
「では言います。すべてですよ!」
ますますヒートアップする二人の口喧嘩をクラレンスが必死に止めようとする。
「お二方とも、公の場での喧嘩は止めてください! こんなところを写真に撮られて、それこそネットにアップでもされたら……知らない誰かの笑いものですよ!」
「「ぐ……」」
どうやらネットにアップされるのだけは二人としても都合が悪かったようだ。激しく口論していた二人はただちに喧嘩を止める。
最悪の事態を回避できたことと、無事に喧嘩を止めてくれた事にクラレンスは溜息を吐く。直後、おもむろにラプラスに尋ねる。
「話は変わりますが、その後の朔夜さんのご様子について聞いてもいいですか?」
クラレンスの問いかけにラプラスは難しい顔となる。
触れるか否か悩んだ末にクラレンスは朔夜の事を問う。やがて、ラプラスは観念した様子で閉じていた口を開き話し始める。
「……正直言うと、今のあの子に余裕ってものは感じられないわね。あのセキュリティなんとかとやりあってから、朔夜……素振りと筋トレばっかりで。お陰で家事はぜーんぶあたしに放り投げてくれちゃって!」
「そうですか……」
リリスから話を聞いていたので、薄々こうなる事は推測がついていた二人。
重い表情を浮かべる使い魔たち――その姿を路地裏から秘かに監視をする影がいた。
「見つけたぜ……」
悪意ある笑みで使い魔たちを見つめるははぐれエクソシスト――コヘレト。
ただちにスマートフォンを使って、仲間に連絡を試みる。
プルル……ガチャ。
「俺だ、標的を確認した。もうすぐそっちへ向かうはずだ。いいか、絶対に逃がすなよ」
『分かっているわよ』
コヘレトに答えるハスキーな女性の声。
電話の相手は洗礼教会所属の天使プリキュアで、現在シュヴァルツ学園を長期欠席しているテミス・フローレンスこと、キュアケルビムだった。
『ひとつだけ忠告しておくわよ。私はあなたを信用したわけじゃないわ……一度教会を裏切ったあなたを信じられる訳がないのだから。もしホセア様の慈悲と恩を忘れ仇で返そうとした暁には、あなたを真っ先に粛清するわ』
「へっははは! もちろん是非そうしてやってくれ。もっとも、てめえにそれができるならばな……」
コヘレトからの電話を切ると、ケルビムは小さく息を吐く。
(こんなこと本当は……)
目を瞑り心の中で呟くと、ケルビムは数時間前にホセアから受けた指令を思い出していた。
≒
さかのぼること、数時間前――
異世界 洗礼教会本部
「悪魔たちの使い魔を人質に!?」
聞いた瞬間、ケルビムが大声をあげる。
「既にエレミア達には同じ通達を出している。キュアケルビム、お主はコヘレトとともに使い魔共を監視し、捕縛の機会を窺うのだ」
ホセアから命令を受けるが、このような卑劣な手段を容認することはケルビムの心が許さなかった。
「で、ですが……そのような卑しい真似をしてまで悪魔を倒す必要があるのですか? これでは我々が悪魔そのものに思えてなりません!」
ケルビムは思っていることをそのままホセアにぶつけるが、ホセアはケルビムが反論するであろうことは予測済みという様子で応えた。
「ケルビムよ。悪魔打倒は我々洗礼教会最大の悲願。デーモンパージで全ての悪魔を根絶できなかった罪は重い。今ここで動かねば、いずれ世界は悪魔の手に落ちる」
「しかし、私は……」
「それとお主には伝えていなかったことがもう一つ。今回の作戦の実行にあたり、我ら教会の最大支援者である【見えざる神の手】も動向を注視しているのだ。わかるだろう? 彼らの為にも無様な失敗は許されないのだ」
……………………
………………
…………
……
≒
(見えざる神の手か……たとえそうだとしても、こんなの私のポリシーに反する事だわ)
「テミス様。そろそろ彼らが動き出しますが、よろしいのですか?」
「……わかったわ」
覚悟を決めて動き出す矢先、ビルの陰に身を潜めていたケルビムはふと頭上を見上げ、ビルの隙間から刺す日の光のまぶしさに目を細める。
「私は……プリキュアとして、何をしたいのかしらね」
*
黒薔薇町 十六夜家
「ここが朔夜さんのおうちですか?」
「サっ君、いるかしら」
学校帰りのリリスとはるかは、朔夜の元を訪ねる。
通う学校は違うが、彼もリリスたちと同じく学生として生活している。部活動や学校の用事でもなければ家にいる確率は高いと判断しやってきた。
――ピンポン!
インターフォンを鳴らすと、家の中から彼の声で「はーい」という返事が聞こえる。
朔夜がいると分かるや、リリスは身だしなみを整え朔夜向けの笑顔を作る。その様をはるかはもの言いたげに 横目にしつつ、家主が現れるのを待つ。
しばらく待つと、玄関の扉が開かれエプロン姿の朔夜が出てきた。
「やぁ、二人ともいらっしゃい」
「突然おじゃましてごめんね。これ差し入れ、持ってきたんだ♪」
手製のカップケーキの差し入れを持って前に出すリリス。はるかは呆けた様子で思わず、
「ものすごい猫かぶりですね……ぐっほ!」
言った瞬間、はるかの腹にボディーブローが炸裂。言うまでも無く、リリスが仕掛けたのである。
ひとまず家に上がる事にした。
リビングに入ると、リリスとはるかの視界には衣服やお菓子などの袋が大量に散らばっており、朔夜は呆然と立ち尽くす二人を前にしながら必死で掃除をする。
「えーと……朔夜さんの性格からして、部屋は無駄なく片付いているかと思っていたんですけど」
はるかの言葉が、朔夜の胸に皮肉として突き刺さる。朔夜は振り返るや、羞恥心に赤く染まった顔を見せる。
「あははは……言い訳するつもりじゃないんだけど、オレじゃないよこれは。全部ラプラスがやったんだ」
「ハヒ? ラプラスさんが……ですか?」
「そう言えばラプラスさん、家事全般は苦手だったっけ?」
何でもできる朔夜とは対照的に、ラプラスはあらゆる面において不器用だった。
本来、悪魔の補助的存在であるはずの使い魔が悪魔の足を引っ張るという奇妙な話。それこそが十六夜朔夜とラプラスの関係だった。
「オレもオレで反省してるんだ。あいつに調理場に立たせる事だけはあってはならないって心に誓っていたのに……」
ラプラスが最も不得意としている事、それは料理。彼女が一度キッチンに立つと、そこはマッドサイエンティストの実験室と変わりなくなるという。
話を聞かされ唖然とする中、はるかがふと調理場で黒い炭のようなものが皿に載っているのを発見する。
「あの……この黒いものは何ですか?」
はるかが手を伸ばそうとすると、朔夜が大慌てで止めに入る。
「だああああ!! それに触れないでくれ! 危険物なんだ!」
「ハヒ!? き、危険物……ですか!!」
「何かの成れの果てみたいだけど……」
目を細めリリスが朔夜曰く危険物だという代物を見る。おそらくは、ラプラスが何かを作ろうとしたものらしいが……最早原型すら留めていないそれが当初何だったのかを想像する事は極めて難しい。
「卵を焼く事すらできないあいつが何を作ろうとしたのかは知らないけど、少なくともそれが食べ物として意味をなさなくなっている事は間違いないよ」
朔夜が大きな溜息を吐く。
「い、いろいろ苦労しているのですね……」
はるかが苦笑いを浮かべて同情する。
「というか、掃除大変そうだから私も手伝うね!」
「はるかもお手伝いさせてください! なんでもやりますよー!」
「ありがとう。正直助かるよ」
プルル……。
掃除をしようとした矢先。リリスのスマホにレイからの電話が入った。
何事かと思い通話ボタンを押すリリスだが、着信者はレイであってレイではなかった。
『悪原リリス……いや、キュアベリアル。貴様のところの使い魔をこちらで預かった』
聞いた瞬間、リリスは絶句した。
*
黒薔薇町 某雑居ビル
逢魔が時。日は地平線に沈み、街灯の明かりがぽつりぽつりと灯り始める。そこに広がっているのは、見知った昼間の風景とは異なる夜の世界だ。
脅迫電話を受け、リリスたちはあらかじめ変身した状態で現場へと向かう。
指定された廃ビルの前に到着すると、ビルの屋上には洗礼教会の三大幹部エレミア、モーセ、サムエル、加えてはぐれエクソシストのコヘレトがレイとクラレンス、ラプラスを捕縛し待ち構えていた。
「リリス様ぁあ――!!」
「はるかさんっ!!」
「ちょっと、早く助けなさいよ~~~!!」
身動きのとれない三人が口々に叫ぶ。
「レイ!」
「クラレンスさん!! ラプラスさん!!」
「く……オレたちが居ない隙を突いて使い魔を拉致するとは。洗礼教会……卑劣なことを!!」
清々しくも悪魔打倒のためには卑怯かつ卑劣な手を加える事も辞さない洗礼教会。彼らを憎むベリアルの怒りが一気に沸騰しそうになる中、当事者たちは高所から彼女たちを見物する。
「ふはははは!! そこで指をくわえてじっと見ているんだな、悪魔ども。自分たちの使い魔が神の名のもとに断罪されるその様を!!」
「ハヒ! ちょっと待ってください、あれってコヘレトさんですよね? どうしてあの人が……洗礼教会を裏切ったんじゃなかったですか!?」
ウィッチの当然の疑問に、三大幹部たちは苦々しい顔を浮かべる。
「ふん……我々としてもこんな裏切り者と再び手を組むなど不本意な話だったがな」
「ホセア様の言う事は絶対だからな」
「我々ごときが逆らう事などまかりならぬ」
上司の命令には絶対服従の姿勢を見せる三大幹部たち。ベリアルたちは顔を見合わせると、直ちに彼らから使い魔を取り戻そうと決意する。
「とにかく、レイたちを助けよう」
するとそのとき、一台の黒塗りのセルシオがベリアルたちの前に現れる。
停車した車両から降りて来たのは、三日前にバスターナイトと激闘を繰り広げたあの神林春人だった。
「おやおや。こんな所にプリキュアと洗礼教会……敵対する両組織が鉢合わせとは何たる奇遇だろう」
「あんたは……!」
ベリアルが眉間にしわを寄せ、春人を睨みつける。
「高校生探偵の神林春人さん!」
「なぜ貴様がここに!?」
やれやれといった風に春人が首を振る。
「公安部の情報網を甘く見ない方がいいよ。何も僕たちが監視対象としているのは君らだけじゃない。プリキュア騒動が起きたこの数か月、動画サイトに初めてキュアベリアルの姿が確認されてから公安部はプリキュアと洗礼教会の動きを静観し機会をうかがっていた。使い魔を拉致し、悪魔たちをこの場所に誘き寄せる……今時スパイ小説にもできないね、こんな粗悪なシナリオじゃ」
春人が鼻で笑うと、バスターナイトが一歩前に出る。
「貴様、すべてを知った上でオレたちを狩りに来たのか? すべてを把握した上で、悪魔と洗礼教会……対立する二つの勢力を一気に潰すつもりで?」
低い声で問いかけるバスターナイト。春人はベリアルたちを見据えて弁明する。
「穏やかじゃないね。まるで僕ら警察が漁夫の利を得るために狡知な策略を練っていた……そう聞こえるよ。しかし僕には分からない――君たち悪魔にとって使い魔とはそれほどまでに大切な存在なのかい? 聞けば使い魔って言うのは一度死んだ生き物、あるいは死にかけた生き物を魔術的な力で蘇生させたものだとか。だとしても、そんな生きた体裁を取り繕った人形と自分たちの首が等価なものとする君ら悪魔の価値観が僕にはどうにも理解しがたい」
春人が言葉を重ねるごとにベリアルたちの眉間に皺が深く刻まれ、見つめる眼光は鋭くなる。
しかし、その視線を浴びても春人はかまうことなく矛先を洗礼教会にも向ける。
「洗礼教会もつくづく皮算用が過ぎるね。使い魔を人質にすれば君たちを封じるばかりか、僕ら警察の動きすら掌握したつもりだと。とんだ見当違いもいいところだ。なにゆえ正義の味方である警察がテロリストの言いなりにならなきゃならないんだ?」
直後、続々と警視庁公安部特別分室――プリキュア対策課に所属する捜査官が乗った車両が次々と現れる。
あっという間に対策課の車両で埋め尽くされる中、降車した捜査官たちは一列に整列。春人はビルの方で待ち構える洗礼教会を見据え、彼らに声をかける。
「みなさん、人質に構う事はありません。これまでの事件に関わってきた犯罪集団〝洗礼教会〟を一人残らず逮捕してください」
春人の言葉を聞いてウィッチがすかさず口を挟む。
「ま、待ってください!! そんなことしたら、クラレンスさんたちが本当に……!!」
慌ててウィッチが捜査官たちを止めようとする。
「あんたたち正気なの!? あれは私たちの大事な……大事な家族なのよ!! 勝手な事はしないでちょうだい!!」
動揺を隠せないベリアルたちに対し、春人は淡白なその口から冷酷な言葉を紡ぐ。
「ならば、潔く敵の取引に応じるつもりなのかい? それこそ合理的な判断とは言い難い。君たち悪魔は誰よりも自分の身を心配するべきなんだ。使い魔の一匹や二匹見捨てても痛くもかゆくもないだろう? だって悪魔なんだ……中途半端に慈愛の精神を持つべきじゃない」
言い聞かせながら、春人は薄らと笑みを浮かべてベリアルたちへと近づく。
その直後、バスターナイトは仮面で素顔を隠した上で、歩いてきた春人の胸倉 を強く掴み怒りの籠った声色で問いかける。
「貴様……レイたちを道具にするつもりだな? 国家の平和と安全のためには多少の犠牲も厭わない……そのためのスケープゴートになれと言ってるのか?」
バスターナイトの声が怒りに震える。
「朔夜さん、ダメです!!」
「挑発しちゃダメだよ、サっ君!!」
ベリアルとウィッチが止めようとするが、バスターナイトは静かに怒りのボルテージを上げていく。
「こうなる事を予期し、知脈を張り巡らし、何かあった際すべての責任をオレたち悪魔になすりつけ、国家の脅威となり得る可能性を秘めた二大勢力を一網打尽にできて万々歳……それが貴様らのやり口か? なるほど、いかにも賢明だ。賢明でとても卑怯極まりない。貴様はオレたちを文字通りの必要悪に仕立てるつもりなんだろう?」
滅多な事で感情的に怒りを露わにしないバスターナイトが、本気の怒りを露わにするとともに痛烈な皮肉を口にする。
怒りの矛先をバスターナイトから向けられながら、春人は自力で拘束を解き、首元を正しながら涼しい顔を浮かべる。
「そう興奮しないでくれ。君の言う通り公安の仕事はこの日本という国の脅威になりうる存在をマークし、必要とあらば国家的権力をもって処罰する。僕はともかくとして、ここにいる捜査官たちは純粋に仕事熱心なだけさ。公務員としての責務を全うしているだけに過ぎない。個人の力じゃどうしたって抗いようがない途轍もなく巨大な組織の歯車の一員でしかないという事をよーく理解したうえでね。ま、君たちもいずれはそうなる。だからあまり世の中に期待しすぎない方がいい。裏切られた時のショックが大きいからね」
訊いた瞬間、ベリアルの堪忍袋の緒が切れる。
「あんたたちは一生人に罪をなすりつけてなさい!!」
「リリスちゃんいけません!!」
怒髪天を衝いたベリアルがプリキュアとしての力を解放し変身前の春人に攻撃を加えようとするが、ウィッチが彼女の凶行を全力で止め、事なきを得る。
「今はこんなところで衝突なんてしてる場合じゃありません!! 少し冷静になってください!!」
「はるかは悔しくないの!? こいつ……さっきから人の神経逆撫ですることばかり!!」
ディアブロスプリキュアとプリキュア対策課が火花を散らせる一方、使い魔たちを捕らえた洗礼教会幹部及びコヘレトは眼下で繰り広げられる光景を見て派手に盛り上がる。
「ではははは!! 見ろよ、連中使い魔ガン無視で勝手に抗争勃発させてやがる!!」
「傑作だな。さて、どう潰し合うか見物だな」
二つの勢力が潰し合う様を楽しみにする一方、捕まったレイたちはプリキュア対策課にと向き合うベリアルたちを見て、手も足も出せないことに歯がゆい思いで口にする。
「リリス様……くっ。我々は何もできないのか!?」
人質に取られた使い魔。その使い魔の命を握る洗礼教会。二勢力をまとめて潰しにかかるプリキュア対策課。
それぞれの思惑が渦巻く廃ビルを夕闇が包み込む。
二手を見やりながらベリアルとウィッチはどう動くべきか思案していたときだった。
バスターナイトはおもむろに魔盾バスターシールドを亜空間から呼び出し、剣を引き抜き始める。
「サっ君!?」
ベリアルはいつも自分たちを守るために抜く剣とは異なる、殺気にも似た剣気を感じ、不安を抱く。
剣先を向けられた春人はじっと見つめると冷静に言葉を放つ。
「正気なのかい、バスターナイト。そこをどいてくれないか?」
春人は自分のやり方とは異なり腕っぷしで解決しようとするベリアルたちを疎ましく感じつつ、無理だと思いながら戦いを避けようと対話による交渉を試みる。
「……洗礼教会の掌で踊らされるのは御免だ。だが、貴様らの掌で踊らされるはもっと御免被る」
「ほう……で、何が言いたい?」
「この先はオレたちが行く道だ。オレたちは棘を切り開いてでもこの道を行く。棘を切り開いてでもここから帰る」
案の定バスターナイトは彼との対話に応じるつもりはなく、あくまで武力による衝突を望んでいる様子で鬼のような気迫を放つ。
「洗礼教会も貴様ら警察も同じだ……結局お前たちは人を救うどころか、誰も救う事など考えてはいない。視界に立ち塞がる壁にぶつかったとき、それを見ないフリしてそっぽを向いたり、開き直ってる者はいつまで経っても前に進める筈がない。貴様らは聞こえの良い言葉を並べて目の前の現実から逃げたただの臆病者だ。オレたちは、どんなことがあっても目の前の壁から目を背けない。その壁を乗り越えるために歩を踏み出す覚悟を持って生きてきたつもりだ」
バスターナイトの言葉がプリキュア対策課の捜査官たちに重く突き刺さる。
その一方で、春人はバスターナイトが時間を稼いでいる隙に廃ビルへと突入を開始したベリアルとウィッチの事を一瞥する。
「……なるほど。君が僕らを引きとめ、教会の注意を惹きつけているあいだに、裏から忍び込んだ彼女たちが使い魔たちを救い出す……そう言う算段かい? だけど別働隊ならこちらも向かわせたよ。日本の警察は優秀だからね……すぐに敵を殲滅してくれるだろう。ああ、こんなときのために異能の力への対策はばっちりしてあるんだ。むざむざやられるとは思わないでほしい」
「御託は良い。オレはただ貴様のことが気に入らない――それだけさ。お互い相手を消せる大義名分を得る事ができたんだ。喜べ」
訊くやバスターナイトはマスクの下で口角をつり上げる。
そして、春人もまた口角をつり上げると、上着の下のホルスターに携帯していた多機能ハンドガン【SKバリアブルバレット】を使い、セキュリティキーパーへ変身する。
「実装!」
〈Set Up. Security Keeper〉
燃える炎を彷彿とさせる真っ赤なボディースーツに身を包み、SKメタルシャフトを右手に携えると、眼前のバスターナイトに声をかける。
「その言葉、最早ナイトと呼べる代物ではないね」
「お互い様だ。白黒はっきりさせるぞ」
両者は露骨に敵意を剥き出しにしながら向き合う。
夕闇の中、二人の間に静かに風が空を切る音だけが聞こえる。一触即発の空気が漂う中、まさにぶつかりあおうという直前――互いに武器を握り直すと、皮肉にも共通の言葉で互いを侮蔑する。
「「この〝悪魔〟が」」
次回予告
リ「サっ君とセキュリティキーパーが本気でぶつかり合う! その間に私とはるかは捕われたレイたちを救出するために動き出す!!」
は「ですが、向こうもこちらも一筋縄ではいきそうにありません! ああ!! 朔夜さんが…! もう一刻の猶予もありませんよ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『予想外の衝突!バスターナイトVSセキュリティキーパー!』」