ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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第2話:悪魔は許さない!!粛清の洗礼教会!

黒薔薇町 某住宅街

 

「やれ、ピースフル!! 悪魔を滅ぼせ!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの命を受けたくるまピースフルがキュアベリアルへと突進を開始。突進力からの打撃で攻めてくる相手を前に、ベリアルはおもむろに目を瞑る。

 結論から言うと、ベリアルにくるまピースフルの攻撃は当たらなかった。彼女は視界を自ら封じていながらも、巨体に物を言わせる相手のパンチを容易に避けた。それどころか、くるまピースフルの懐に潜り込んで強烈なアッパーカットを浴びせる。

 ボコッ―――

『ピースフルッ!!』

 紅色の閃光を纏った打撃がくるまピースフルを上空高くへと舞い上げる。エレミアが目を見張る中、重力に従いくるまピースフルはどんどん加速して、真下にあったブロック塀を破壊し民家の敷地内へと勢いよく落下した。

「図体ばかりなのね。こんなんじゃ遊びにすらならないじゃない」

「く。何という力か……ピースフル!! 悪魔如きに後れを取るな、返り討ちにしろ!!」

 退屈そうな表情を浮かべるベリアルに焦燥を抱いたエレミアは檄を飛ばし、くるまピースフルに命令した。

『ピースフルッ!!』

 くるまピースフルは破壊したブロック塀をベリアルへと放り投げて反撃する。ベリアルは敵の攻撃を華麗に避け、相手の出方を窺った。

 業を煮やしたくるまピースフルは全身から蒸気を吹き上げながら怒り心頭に発した。そして、自身の身体に付いた四つのタイヤを一本に繋げて、まるで剣のように見立てた武器を手に取った。

 くるまピースフルの本気の態度が窺え、ベリアルもまた口角をつり上げる。

「少しは楽しませてくれないとね。レイ、こっちも行くわよ!」

「カリバーチェインジー!!」

 キュアベリアルが従えるスプライト・ドラゴンの使い魔・レイは彼女の身の回りの世話は勿論、戦闘でも彼女の手となり足となる。

 声高らかに宣言すると、レイはドラゴンの姿から西洋の剣を模った魔剣へと変わった。ベリアルは武器である【魔剣レイエクスカリバー】を携え、くるまピースフルと対峙した。

 両者は睨み合い、攻撃を仕掛けるタイミングを計る。そして刹那、両者は同時に剣を携え前に出た。

 カキンッ……カキンッ……

 タイヤでできたくるまピースフルの刀身と、レイの翼が刃として変異した魔剣はお互いにぶつかり合う。だが単純な威力もさることながら、ベリアルが持つ純粋な技術力がくるまピースフルを上回り――

「はああああああ」

 ベリアルは圧倒的な力を見せつけ、くるまピースフルの剣を弾き飛ばし返り討ちにした。剣を弾いた際に生じた衝撃波によってくるまピースフルは後方へと飛ばされ、エレミアと衝突した。

「ぐおおおおお」

 エレミアはくるまピースフルと共に地面を激しく転がりまわった。やがて顔を上げると、土ぼこりに塗れた険しい表情をベリアルへと向ける。

「さて、そろそろ終わりにしてあげようかしら」

 ベリアルの目はプリキュアという言葉に反するほど冷徹だった。彼女がレイソードをおもむろに掲げ、くるまピースフルともどもエレミアへとどめの一撃を加えようとした瞬間――くるまピースフルに抱きかかえられながら、エレミアは上空へと飛び上がった。

「不本意だが、ここは退 かせてもらうぞ!!」

 そう言って、足元に魔法陣を展開した彼はくるまピースフルを伴い魔法陣の中へと消えて行った。

 あと一歩というところで仇相手を逃がしたことに、ベリアルは非常に悔いた。思わず舌打ちをした彼女は、戦う必要が無くなったことで変身を解除した。レイも元のドラゴンの姿へと戻り、リリスの肩に止まりながら、エレミアたちが消えた方角を向いて言った。

「逃げられましたね」

「都合の悪いときはいつだって逃げる。奴らはそういう連中じゃない」

「リリス様。奴らが来たということ は、目的はやはり……」

「ええ。だけど奴らが来たことが必ずしも悪いことだとは限らない……私にとっては願ってもいなかったチャンスだから」

 この十年間――リリスは洗礼教会を待ちわびていた。なぜ彼女がエレミアの所属する組織に強い敵意を抱くのかは、これから少しずつ分かってくるだろう。

 エレミアとの戦いを終えたリリスは一息つくと、戦いが始まる際に提げていた買い物袋を投げ出してしまったことに気がついた。

「あ……私、買い物袋どうしたのかしら」

 周囲を見渡していると、レイが肩から飛び立ち、横たわっている買い物袋を見つけてその上を飛び回って場所を教えた。

「リリス様! こちらにありますぞ!」

 急いで駆け寄ったリリスは、がれきの下敷きにならなかったことにほっと胸をなで下ろした。

「中身は……無事のようね。ようやく会えた仇敵、次に会ったらタダじゃおかないわ」

 買い物袋を引っ提げて家路へと向かうリリス。だがこのとき、彼女は一つの重大なミスを犯してしまった。そしてそのミスに気付いたとき、彼女の生活は大きく変わり始めるのであった――――

 

           ◇

 

私立シュヴァルツ学園 二年C組

 

「リリスちゃ――ん!!」

 翌日登校すれば、始業式と変わらぬはるかの甲高い声が真っ先に聞こえてきた。

 しかも彼女は異様なまでのハイテンションで、教室に入った瞬間リリスに抱き着こうとしてきたから、リリスはすん でのところではるかの顔を抑えつけた。

「朝からテンション上げ過ぎ。何よ、女の子が大声なんか出したりして」

 と、慣れた態度でリリスが尋ねたところ、はるかは目を輝かせ、力強い語気で言ってきた。

「聞いてくださいよ!! 昨日、出たんですよ!!」

「出たって……何が? ひょっとしてストーカーでも出たの?」

「ストーカーが出たならこんな興奮しません! 悲鳴を上げるはずですから! 違いますよ、私が言いたいのはそうじゃなくて……プリキュアが出たんですよ、この黒薔薇町に!!」

「……え?」

 一瞬頭の中が真っ白になった。なぜ、はるかの口からプリキュアという単語が飛び出したのか――そんな不可解な謎を抱いていると、はるかが鞄から何かを取り出した。

「これ今日の新聞なんですけどね……ほら見てください、ここにバッチリ写ってるじゃないですか!!」

 リリスは目を凝らして新聞の中身を確かめた。新聞の地方欄の一面を飾るのは、プリキュアに変身したときの悪原リリスその人だった。運が悪いことに、はるかが持ってきた新聞はリリスが契約している新聞とは全く系統が異なるものであり、事前にこのことを知ることができなかった。

「あ……」

 リリスは目を見開いたまま長い時間言葉を失った。彼女の中で恐れていた事態が現実となったのだ。合理的精神と秘匿主義をモットーとして人間社会で生活している悪原リリスは、自らの正体を公然に晒すかもしれない墓穴を、まさか自らの手で掘ってしまった。しかも最悪なのは、悪魔であることを知っている数少ない人間であるはるかからこの事実を知らされたということ。

「いいですよねー、かっこいいですよね。プリキュアと言えば、女の子なら誰もが憧れる伝説のスーパーヒーローですからね!! リリスちゃんはプリキュアって知って……リリスちゃん? 聞いてますか人の話? おーい」

 プリキュアに羨望を抱くはるかの言葉などリリスには届かない。彼女の思考は完全に停止状態にあったのだから。

 いくら呼びかけてもリリスはだんまりとして、口を開かない。はるかが不審に思ってもう一度声をかけようとした次の瞬間、リリスは何も言わずに立ち上がった。

「リリス……ちゃん?」

 はるかは異様な雰囲気をリリスから感じ取った。そして、リリスはというと、何を思ってか立ち上がるなり壁の方へと頭を向け――

 ――ガコンッ

「あ――! 私のバカバカバカ!!」

 発狂し、自分の頭を壁に 叩きつけ始めた。

「きゃあああ!! 悪原さん、どうしたの!?」

「リリスちゃん、やめてください!! そんなことしたら頭が悪くなってしまいますよ!!」

 クールで棘のある言葉を言うキャラとして皆に知られ、それでいて容姿端麗で文武両道にたけた美少女として学校中から一目置かれていた彼女の取る行動としては、誰が見ても常軌を逸していた。悲鳴を上げ動揺するクラスメイトと、リリスを止めようとするはるかの甲高い声が教室中に木霊する。

 

【挿絵表示】

 

「何であんな軽率なことしたのかしら!! ああもう、自分がすっごく情けな~~~い!!」

「リリスちゃん、やめてくださいってば!! というか、何の話をしてるんですか!?」

「止めないでよ!! 私は自分で自分に罰を与えてないと気が済まないんだから!!」

「いつもの冷静で淡白なリアクションはどうしたんですか!? はるかはそんな自暴自棄なリリスちゃんを見ているのは辛いです!!」

 はるかの制止も完全に無視。リリスの狂気じみた自虐は留まることを知らない。

 ガラガラ……

「おはようございます……って! 何をしているんですか、悪原さん!?」

 ショートホームルームの時間になったので、クラス担任の三枝が入室してきた。が、朝っぱらからのバイオレンスな光景を目撃するなり、彼の眼鏡にひびが入った。

「先生、悪原さんを止めてください!」

「このままじゃ本当に取り返しのつかないことになっちまうよ!!」

 生徒たちも自分たちではどうにもならず、担任である三枝に助けを求める。生徒たちに頼られた新米教師の三枝は胸に熱い思いを抱き、「わかった何とかします!!」と力強くうなずき、狂気に支配されたリリスを止めようとする。

「悪原さん、止めるんだ! 何を思って壁に頭を叩きつけているのか知らないが、とにかく落ち着いて!!」

「うるさ――い!!」

「いたああああい!!」

 ひと思い にリリスを止めたかった。だがその親切心が却って裏目に出てしまった。三枝はリリスを抑えつけようとした際、抵抗する彼女の蹴りを受けて教室の扉に激突して、そのまま目を回して倒れた 。

「私のバカっ――!!」

 リリスは教室を飛び出し脱兎の如く逃げ出した。

「あっ。リリスちゃん!! 待ってください!!」

 逃亡するリリスをはるかは全速力で追いかける。周りの生徒が茫然自失と化す中、やぶ蛇を食らう結果に終わった三枝は目を回しながらつぶやいた。

「なぜ……こうなる……の……」

 そして、生徒たちが自分の名前を呼ぶ声をかすかに聞きながら、まどろみへと落ちていった。

 

           *

 

同学園内 保健室

 

 教室での惨劇の後、何とかはるかはリリスを見つけた。そして出血がひどい彼女を保健室まで連れて行き、現在は彼女の額に包帯を巻いている。

「もうびっくりですよ……突然あんなことするなんて、何だかリリスちゃんらしくありませんでした」

「ご、ごめんなさい……」

 珍しくしおらしい彼女を見たはるかは諭すようにリリスに話しかける。

「どんな理由があるのかは知りませんが、自分を過度に責めても何も良いことなんてないと思いますけど」

「……」

 すっかりリリスは黙り込んでしまった。いつもははるかの方がリリスに諌められることが多いので、はるかはちょっとだけ変な気分だった。

 とにかく、ようやく親友が冷静さを取り戻してくれた。安堵したはるかはリリスの包帯を巻き終えると、苦い顔の彼女に教室で聞けなかったことを尋ねる。

「ところでリリスちゃんは、プリキュアって知ってますか?」

「え?」

 はるかの質問にリリスは息をのむ。

「いえ、さっき尋ねてもリリスちゃん全然聞いていませんでしたから」

「そ、そうね……私はそういうのあんまり興味ないから詳しくは知らないけど。プリキュアって何なのかしらね?」

 自分が問題のプリキュアであることは絶対に口外してはいけない――彼女は体裁を取り繕った様に親友に尋ねた。

 すると、はるかは口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべ熱く語り出す。

「ふふふ。リリスちゃん、よくぞ聞いてくれました。プリキュアとはですね……弱きを助ける正義のスーパーヒーロー、もといスーパーヒロインなのです!!」

「す、スーパーヒーロー……!?」

「はい!! これまで世界各地で都市伝説として語り継がれてきましたが、よもやこの黒薔薇町にプリキュアが現れるなんて夢にも思っていなかったですよ!!」

 世間一般の解釈に基づけば、プリキュアは言うならば世界を守る為に戦う少女たちの俗称だ。キュアという言葉を接頭語にして個々に別々の名前を有し(あるいはまったくこのルールに該当しないケースも存在する)、人類の害悪となり得る存在を倒している。また、プリキュアに変身しているのはほとんど中学生であり、小学生や高校生というのも稀に存在する。

「それがこの写真の子っていうの?」

 先ほどはるかに見せられた写真をもう一度取り出し、写真にくっきりと写るキュアベリアルとなった自分のことを指さしながら、リリスは尋ねる。

「はい!! これこそ決定的証拠ですね!!」

「演劇部の練習じゃあるまいし、フリフリの衣装着て悪と戦う中学生なんていないわよ……」

 リリスは自分こそがそのフリフリの衣装を着て悪――自分こそ悪魔なのであるが――と戦っていた中学生であるとは悟らせないように、よくそんな恥ずかしいマネができるものだと態度に表して見せる。しかし、内心では未だ動揺を隠せない。

「あ~……またリリスちゃんの論理的で冷たい見解が始まりましたね」

「論理的で何が悪いの? プリキュアってものに関する疑問はまだまだ尽きないけど、どうしてプリキュアが出たってだけで世間はそんなに騒ぎ立てるのかしら」

 プリキュアの力を手にするリリスには、プリキュアが世間に与える影響なんて考えたこともなかった。

「分かっていませんね、リリスちゃん! 彼女たちはスーパーヒーロー……もとい、ヒロインですよ! この世の悪を懲らしめて、世界の平和を守ってくれるのです!!」

「一種の救世主とでも言いたいの? この国ってそんなに治安が悪いとは思えないけど」

「そういう現実的な話では無くてですね……ああ、でもなれることならはるかもプリキュアになってみたいですね!!」

 つい先ほどまで、自らの失態にテンションがどうにかなっていたリリスであったが、その言葉を聞いた瞬間、一気にいつもの冷静さが戻ってくるのを自分でも感じ取った。直後――リリスは顔を歪め、低い声でつぶやいた。

「はるかさ。ヒーローになりたいって思うのはいいけど、力を得たら得たで結構しんどいってことが想像できる?」

「え……?」

「どんな人間でも、勇気を出したら誰だってヒーローになれるわ。だけど誰でもヒーローになれるというのは、励ましではなく警告よ」

 誰でもヒーローになれることは励ましではなく警告……リリスの口から飛び出したその言葉にはるかは思わず息をのんだ。

 やがて、リリスはパイプ椅子から腰を上げ、教室に戻るために歩き出した。

「教室に戻るわよ」

「あ、はい……」

 慌てて彼女に合わせてはるかも保健室から出て行った。

 教室に戻るまでの間、はるかはリリスに話しかけることができず、ただ黙って彼女の背中を見つめながら廊下を歩き続けた。

(誰でもヒーローになれることは励ましじゃなくて警告……? それって、どういう意味なんでしょうか?)

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 無数の水晶の中に忽然と建造された教会こそ、洗礼教会の本部である。

 キュアベリアルとの勝負に敗れたエレミアは、一旦体勢を立て直すために自分の根城へと戻り――此度の戦いについて上司や仲間たちに報告する。

「悪魔がプリキュアの力を手に入れただと?」

「はい……」

 大聖堂中央のステンドグラスに描かれた主に向かって祈りを捧げていたエレミアの上司こと、洗礼教会の大司祭ホセアは背中越しに聞かされた言葉に耳を疑う。エレミアは膝を突いて深々と頭を垂れ、ありのままの事実を報告する。

 周りの信徒たちに動揺が走った。当然だ、彼の認識では邪悪な存在である悪魔が聖なる力の象徴であるプリキュアの力を手に入れることなどあってはならないのだから。

 そんな中、報告を聞くなり深く溜息を吐いたのは緑のラインが入ったローブを身に纏った美少年・サムエルだった。

「エレミアさ。自分が悪魔に負けたからって、そんな聞き苦しい言い訳なんかするほど落ちぶれちゃったの?」

「違う! 言い訳などではない。私はこの目ではっきりと見たのだ!! ピースフルがまるで赤子の手を捻るように投げ飛ばされたんだ!!」

 ピースフルは洗礼教会の布教活動に支障をきたす邪悪――例えば悪魔を排除する戦士であり、重要戦力のひとつだ。人間の力を遥かに凌駕する彼らを倒すことは、それこそプリキュアの力でなければならない。だが現にプリキュアとして覚醒したリリスはピースフルを退けるばかりか、圧倒していた。エレミアにとってそれはかつて味わったことの無い驚きであり屈辱だった。

「お前の証言が嘘でなかったとしても、どうにも解せん」

 ホセアが訝しげな表情を浮かべると、エレミアが名誉挽回のために提案した。

「はい。悪魔の身でありながらどうやってプリキュアの力を手に入れたのか……私にもう一度行かせて奴を討伐する機会をもらえいただけませんか? 今度こそ、悪魔如きに後れはとりません。必ず仕留めて参ります!!」

「いいだろう。エレミアよ、貴様に主の加護があらんことを祈っている」

 

           *

 

黒薔薇町 悪原家

 

『東京の黒薔薇町で目撃された正義のスーパーヒロイン……通称『プリキュア』と思わしき人影について、ネット上の掲示板では書き込みが殺到。世間でも高い関心を集めています』

 

『絶対プリキュアだって! 間違いないよ』

『プリキュア見てみたい!』

『もしよろしかったらサイン下さい!! 私、プリキュアの大・大・大・大・大ファンなんです!!』

 

 目下人々の関心はプリキュアであることが、嫌でも伝わってくる。四六時中テレビのニュース、ワイドショーはプリキュアの特集を持ち上げる。

 リリスの使い魔、レイは人間の姿でソファーに寝転がっている。彼はテレビのリモコンを操作して幾度かチャンネルを変えるが、民法各局はほとんど同じ時間でプリキュアを話題に出してきた。そうしてテレビ局の放映姿勢と主であるリリスを執拗に追い回す態度に嫌気が差し、とうとうテレビの電源を切った。

「参ったな。リリス様のあの姿がどこの誰かも分からぬ新聞記者のファインダーで覗かれていたとは……これは、下手をすれば一大事になることも十分にあり得るかも」

 昨日の事件は東京中の多くの新聞が記事にした。レイが持ち帰って来た情報によれば、ピースフルの出現で車を失った被害者は警察に被害届を出す直前に「プリキュアを告訴してやる!! 俺の車を返せ――!!」と叫んだという。

 また、別の新聞ではピースフルの出現に伴いブロック塀を破壊された家の住人は破壊したピースフル以上にキュアベリアルに怒りを露わにしていることが分かった。

 世間はプリキュアという言葉にいい意味でも悪い意味でも注目している。しかし、リリスやレイにとっては悪い意味にしか聞こえていない。早急に対策を打つ必要が迫れた。

「とはいえ……一体何をすればいいというのだ」

 レイは考えるが具体的な解決策が見えてこない。

 被害者に何と言って詫びればいいのか……いや、そもそも何故こちらから詫びなければならないんだ。元はと言えば洗礼教会がピースフルなど作らなければこんなことにはならなかったんだ!! ――そんなことを思い教会への憎悪を湧き上がらせた、次の瞬間。

 ――バチン!

「あいって――!」

 後頭部から突き抜けるような衝撃が走った。衝撃は凄まじく、フローリングに顔をぶつけてしまったレイはショックでスプライト・ドラゴンの姿へと戻った。

「レぇ……イぃ……」

 空気を震わせる凶暴な声がした。恐る恐る顔を上げ振り返ると、ハリセンを携えたエプロン姿のリリスが仁王立ちをしている。しかも彼女は悪魔と言うよりも魔王に近い形相を浮かべ、背中からは当然のごとく黒い翼を生やしていた。

「他人事みたいに言わないでくれる! 大体、私がどうしてあんたの分まで余計に料理しなきゃならないのよ! 普通使い魔のあんたが私に奉仕するのものでしょう!!」

「も、申し訳ございません……そこまでの気が回らず何とお詫びをしたら」

 レイは必死に頭を下げるがリリスの溜飲は下がらないどころか、ますますヒートアップする。

「気が回らないとかどうとかの問題じゃなくて、そういうものなの!!」

「ひいいい……す、すいませんでした!!」

 平謝りする以外にレイが助かる方法は無い。リリスは呆れたようにふうと息を漏らし、台所へと戻り、残っていた野菜を切り始めた。

「まったくもう……これじゃどっちが主人で従者かわかったものじゃないわね」

「しかしリリス様。これだけメディアに注目されるとは思いませんでしたね……」

 静まり切らない主人の怒りの矛先をいつ向けられるかもしれない中、レイが震える声でそう尋ねると、切り終えた材料をリリスは鍋の中へと入れながら応えた。

「メディアもそうだけど、最近はSNSの拡散力も馬鹿にならないわ。むしろ私は第三者に昨日のような戦いを動画サイトなんかに投稿される方がよっぽど怖いと思ってる」

「なんとか社長やらナントカキンとかが取り上げそうですよね。だとしたらリリス様もこの機会に何とかチューバーの仲間入りを……」

 レイがぽんと手を打ち、リリスへ進言したが、リリスは握った包丁をその手に収めたまま悪魔の形相で振り返った。

「あんたは主人で広告収入を得るつもりじゃないでしょうね!?」

「じょ、じょ、冗談ですよ! あんなネットに恥をさらしてエンターキーひとつで稼ぐこともままならない輩とリリス様をいっしょにするわけないじゃないですか!」

 包丁を突き付けられながら慌てて弁解を述べるレイに、リリスはやれやれという顔を浮かべながら、調理を再開した。そして、鍋の火加減を見ながら率直に呟いた。

「でも正直な話、この国の国民ってつくづく脳みそお花畑よね。世間はプリキュア如きに現を抜かしている暇なんてないでしょう。もっと大事なことがあるじゃないの。少子高齢化社会に向けてどうするとか。若い人の雇用をどうするとか。あとは環境問題かな……日本人はいろんな意味で能天気なのよ」

「リリス様……そんなストレートに突き刺さる言葉を大人の前で言うのはくれぐれも自重していただけないでしょうかね」

 彼女の言動はバラの棘である。プリキュアに熱くなる多くの国民がこれを聞けば、必ず昇天しかけるだろう。

 そんなレイの言葉を聞いてますます機嫌を悪くしたリリスは、包丁をまな板に突き刺すと振り返り――恫喝する。

「ちょっと! 家事手伝う気がないなら契約のひとつくらい獲ってきなさいよ!!」

「えぇぇぇ!! い、今からですか!? しかしリリス様、もう夕食時ですよ。みんなお家で家族団らんの中にあるかと……」

「働かざるもの食うべからず!! 悪魔に盾つく使い魔に明日なんてあると思うんじゃないわよ!!」

「ひいいいい!! どうかお許しください!!」

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら商店街

 

 リリスの逆鱗に触れたレイは、しぶしぶ市街地へと向かった。

 人間態で街を歩き回るが、既に買い物を終えた家族層がほとんどであり、寄り道もせず真っ直ぐ帰路に就く者ばかり。契約のためのチラシを配るが、誰も見向きもしようとしないという厳しい現実があった。

「はぁ……リリス様も理不尽なことを仰る 。しかしよくよく考えれば、私が家事をしっかり手伝っていればこんなことにはならなかったのだろう」

 主の怖さを身に染みて知っているレイは、素直に自分の非を認めると―――かつて自分の命を救ってくれた彼女に報いるために身を粉にする決意を固めた。

「よしっ!! ここはリリス様のため、悪魔の明るい未来のためにも一肌脱ごう!!」

 

「悪魔の明るい未来だって?」

 レイの言葉に疑問を投げかける声。レイの体に悪寒が走り、頭上を見上げる。

 商店街で買い物をしていた人間もレイと同じように目線を上に上げている。空中には《くるまピースフル》を引き連れた洗礼教会の使者・エレミアが宙に浮かんでいた。

「私も老いたかな、幻聴が聞こえたぞ。この世で最もあってはならぬ発言が耳に飛び込んできたのだから」

「お前は……洗礼教会の!?」

 驚愕の表情を浮かべるレイ。エレミアはくるまピースフルとともに地上へ降り、右手を前に差し出してから胸元に持っていく。

「先日は世話になった。貴様には名乗っていなかったな、私は洗礼教会の三大幹部が一人、エレミアと申す。貴様は我々がかつて粛清した悪魔界の名門、ベリアル家の御令嬢の使い魔だろう。その鼻につくような臭いが何とも堪らん」

 突如現れた洗礼協会の手先・エレミアの言葉に、レイは啖呵を切って返した。

「何だと! 私のことを臭いと言ったか! ふざけるな、毎日ちゃんと風呂に入ってるんだぞ!! 貴様の様な加齢臭と抹香の臭いを漂わせる古臭い神父とは違うのだ!」

「な……貴様! 私を侮辱することは我らが聖なる神を冒涜すると同じこと! なんと愚かで罰当たりな……これ以上人の世に災いをもたらす前に、根絶やしにせねばならん。ゆけ、ピースフル!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの命に従い、くるまピースフルはレイ目掛けて襲い掛かった。

 ――ドカン!!

「「きゃああああああ!!」」

「怪物が出たぞっ!!」

 ピースフルの襲撃に驚いた人々は悲鳴を上げながら逃走する。だが、人目もはばからず、いきなり襲い掛かってきたエレミアのやり方にレイは疑心する。

「ここは商店街のど真ん中だぞ! 罪のない民間人を巻き込むのがお前たちのやり方か!?」

 レイが強い語気で訴えかけるも、エレミアは攻撃の手を休めない。くるまピースフルの容赦ない攻撃を何とか躱(かわ)し、レイは高所へと移動して、エレミアに呼びかけた。

「貴様ら洗礼教会は言ったな、人の世の繁栄と平和が目的だと! そのために悪魔を憎む気持ちはあっても、人間に害悪をもたらすなど本末転倒のはず!! ならば、こんなやり方は間違ってるだろ!!」

「悪魔如きが我々に口答えをするな!」

 くるまピースフルの目から飛び出す光線がレイを直撃した。

「ぐおおおおおお」

 高所から落下したレイはアスファルトの上に叩きつけられた。エレミアはピースフルの傍らで立ち尽くし、悪意ある笑みを浮かべる。

「ふふ。人の世の繁栄と恒久の平和……どちらも一筋縄ではゆかぬよ。悪魔は人の繁栄を妨げる最上級害悪のひとつではあるが、既に悪魔に魂を売られ堕落した者たちが果たして我らの救済すべき対象であると思うか?」

「なん……だと……?」

「この際だ、はっきりさせてやろう。我々は偽善者ではない。真に救済すべき人間には温かい手を差し伸べよう。だが、悪魔に魂を売られ堕落し犯罪に手を染める輩に手を差し伸べることを主は望んでいない! 我々は忠実に主の望みを叶えるまで」

 これを聞き、レイは満身創痍の体でゆっくりと立ち上がる。

「この商店街にいる人間は、犯罪者なんかじゃない……善良な市民だろうが!」

「悪魔を排除するには犠牲も必要だ。安心しろ……貴様の言う通り善良な市民には手を出さぬ。我らが主の望みが叶うのであれば、多少街の景観が壊れるくらい安いものだ」

 聞けば聞く程にレイの心は乱れ、怒りに支配される。思わず拳を強く握りしめた彼は歯を食いしばり、唇から血が流れた。

「選民主義……独善的な言動……そして、都合のいい自己解釈で救済の意味を履き違える……貴様らの方がよっぽど悪魔じゃないか!!」

 瞬間、カッと目を見開いてレイは思いの丈をぶつけた。

「ふざけるな!! 貴様らの独りよがりな考えが、リリス様を悲しみの淵に叩き落としたんだ!! 悪魔というだけで我々を虫けら同然に見下し、我々から生きる権利、尊厳、あらゆるものを根こそぎ奪っていった。そして、それは今も……断じて許されることではない!」

「ふん。貴様ら悪魔に生きる権利など無い。生かすべき存在は我々人間なのだ」

 聞く耳を持たないエレミアにレイは力の限り吼えた。

「お前たちは人間じゃない! 心を失くした人間が人間を語る資格などない!!」

「ほざきおって……ピースフル、とどめを刺せ!」

『ピースフル!!』

 使い魔であり悪魔に仕える側のレイの言葉の方が、よほど人間染みていた。だがエレミアがそんな言葉に耳を貸すはずもなく、とどめの攻撃を促した。

 全速力で突進してくるくるまピースフルの攻撃を避けるだけの力は、今のレイには残っていない。まさに、引くに引けない絶体絶命のピンチ――

「くっ」

 死を覚悟し、目を瞑った次の瞬間。

 

「はああああああ」

 ボコッ――

『ピースフル!!』

 突然ピースフルの腹部に強烈な蹴撃が襲った。そのままエレミアを横切り、ピースフルは近くの電柱に激突した。

「なんだと!?」

 レイとエレミアが目を疑う中、ピースフルに強烈な一撃を与えた少女――悪原リリスは唖然とする使い魔を一瞥し、

「あんた、使い魔のくせにカッコつけ過ぎよ――――。こいつらを倒すのは私、勝手なことしないで」

「リリス様!!」

「来たか、魔王の娘よ。昨日は思わぬサプライズを見せてくれてありがとう。だがいつまでも思い上がるな! 今日はその傲りを完膚なきまでにひねりつぶす!! 悪魔が聖なる存在、プリキュアの力を使いこなせるなどあってはならぬ事実だ!!」

「悪魔だろうが人間だろうが関係ないわ」

 そう言うと、リリスは凛とした瞳をエレミアへと向け、力強く主張する。

「知らないなら教えてあげるわ。女の子は、誰だってプリキュアになれるのよ!」

 刹那、全身の魔力を変身アイテム―――ベリアルリングへと注入し、声高らかに宣言。

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

 紅色のオーラに包まれた彼女は、数十秒の衣装チェンジの末――プリキュアとなった姿を今一度エレミアたちの前にさらけ出す。エレミアが険しい顔を浮かべる中、彼女は自分で決めた振りつけに合わせて掛け声をした。

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

 

「ピースフル!! 今度こそ蹴散らせ!!」

 襲いかかってくるくるまピースフルに対抗するべく、ベリアルは使い魔に呼びかける。

「レイ、行くわよ!」

「かしこまりました! ロンギヌスチェインジー!!」

 人間の姿に化けていたレイは主人の一声によって状態を変化させる。体を光り輝かせながらその姿は武器の形へ変わっていく。そして、キュアベリアルの手に装備されたのは――鋭利な矛を持つ【魔槍レイロンギヌス】。

「はああああああああ」

 長いリーチを持つ矛を巧みに操り、ベリアルはくるまピースフルの体を徹底的に傷つける。

「ピースフル!! そんな武器に頼る似非プリキュアに負けるでない!!」

「武器を使って何がいけないっていうの? 大体プリキュアが素手で戦うこと以外は良くないっていう暗黙の常識……私は知らないから!!」

 矛先から魔力を練り上げた波動を放つ。それに直撃したピースフルは吹き飛ばされ、圧倒的力の前に為す術も無かった。

「く……何故だ、何故悪魔ごときに後れを取られる!? 洗礼教会が悪魔に後れを取るなどあってはならないのだ!!」

『ピースフル!!』

 エレミアの怒鳴り声に反応して、負けっぱなしのくるまピースフルも立ち上がる。今まで返り討ちに遭っていたくるまピースフルも意地と本気を見せつけるため、捨て身覚悟で体当たりを仕掛けた。

「――あんた達ってどこまで馬鹿なのかしら」

 が、ベリアルはタックルを仕掛けてきたくるまピースフルの攻撃を片手で抑えつける。

 エレミアはその光景に絶句する。そんな彼やくるまピースフルに言い聞かせるように、ベリアルは唱える。

「自分を善だと平気で公言できるあんたら洗礼教会の方が……純潔悪魔の私なんかより悪魔染みてるじゃない!!」

 くるまピースフルの頭を鷲掴みにし、その状態から巨体の敵を持ち上げ――ベリアルは力いっぱいエレミアの方へと投げつけた。

「うわああああああああああああ!!」

 エレミア目掛けて飛んできたくるまピースフルは、エレミアに衝突してそのまま彼を下敷きにして、動けなくなった。

「今です、リリス様!」

 レイの言葉を聞き、彼女はくるまピースフルにとどめを刺すため自身の魔力を最大限に高める。そして、悪魔の力をプリキュアの能力に付与し――両手から紅色に輝く波動を放つ。

 

「プリキュア・ルインフェノメノン!!」

 

 真っ直ぐな軌道で飛んで行く紅色の波動はピースフルを直撃した。

 ――ドンッ。

『へいわしゅぎ……』

 この攻撃が決め手となり、くるまピースフルは倒れる間際――そんな言葉を唱えながら消えていった。

「バカな……貴様、浄化したのではないのか!?」

 エレミアがひどく驚いた様子だった。本来、プリキュアによって倒された敵は例外なく浄化され怪人の素体にされたものが元に戻る。だがベリアルが解放した力は例外だった。

「悪魔に浄化なんてことができる訳ないでしょう。私にできることは、敵を完膚なきまでに消滅させること――それだけよ」

「く……覚えていろ!!」

 悪魔を駆逐するどころか、くるまピースフルを倒されてしまい、エレミアは悔しさを顔に出しながら魔法陣の中へと消えて行った。

 彼女とくるまピースフルが戦闘した際の被害は尋常ではなかった。電柱から道路を中心に傷跡は目立っている。プリキュアでありながら敵を浄化できず、戦った際に生じる周囲のダメージも回復させることができない彼女にとって、好ましくない結果だった。

 ベリアルは人が集まる前に早々に退散することにした。ひとまず、悪魔の翼で空へ上がり、どこか人目の付かない場所へと移動する。

 そして、しばらく空を飛んでから彼女はうってつけの場所を見つけた。近所の公園は時間が時間だけに子どもの姿なく、ベリアルは誰にも悟られないように茂みの中へ降り立った。

 そして、ようやくここで変身を解除した。キュアベリアルから悪原リリスの姿へと戻り、戦いの余韻を感じていた。

「ふう。あんまり人前で戦うものじゃないわね」

「あああああああああ!!」

 直後、甲高い悲鳴が聞こえた。驚いて後ろを振り返ると、そこにいたのは意外な人物だった。

 ――同級生で幼馴染みの少女、天城はるかが自分の姿を指さしながら呆然と立ち尽くしていた。

「は……はるか!?」

「リリスちゃんが……リリスちゃんが……プリキュアだったんですね!!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「リリスちゃん、プリキュアになったってどうしてはるかに一言言ってくれなかったんですか!?」
リ「わざわざ言う必要なんかないでしょう。というか、何でこうも簡単に正体がばれちゃうのかな、あなたには……」
「ディアブロスプリキュア! 『悪原リリスは悪魔!?それともプリキュア!?』」
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