ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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今日はいよいよ前回明らかになったクリムゾンデュークの力を存分に見せちゃいます。
そして、洗礼教会の知られざる真実と動きにもご注目です!!
それでは、どうぞ!!


第27話:剥がれた仮面!洗礼教会の正体!

さかのぼる事、十一年前――

悪魔界 中心部 ベリアル領

 

「ムカつくんだよ!!」

「おめーといるとムシャクシャするんだよ!!」

「汚れた血め!!」

 上流貴族アリトン家の養子に迎えられたサクヤ(四)だが、その出生及び周りの悪魔たちよりも抜きんでた才覚を有するがゆえに、激しく疎まれていた。

 彼と同い年、それよりも少し年上の悪魔たちは、寄ってたかって彼を袋叩きにした。

 囲みを食らって理不尽な暴力を振るわれる中、サクヤはひとりじっと耐え続けている。年相応に喚くことも、泣くことも、叫ぶこともせずに……ただ、じっと堪える。

「こいつ……さっきから黙りやがって!!」

「オレらのことなめてんじゃねぇか!!」

 何も反応も示してこない事が、周りの反感をさらに買った。

 イジメっ子のひとりが怒鳴り声を発すると、無反応のサクヤを起こして胸ぐらを思い切り掴んだ。啖呵を切って来たイジメっ子に対し、サクヤは……

「……なめてなんていない」

「あぁ!? 今なんつったよ!!」

 持ち上げたサクヤを乱暴に地面に叩きつけると、再びサクヤを囲んで私刑を行った。

「おめぇには聞いちゃいねぇんだよ!!」

「クソヤロウ!! さっさとくたばっちまえ、この汚れた血め!!」

 

 悪魔界「元七十二柱」アリトン家は、ベリアル家と並ぶ上流貴族。オレはそんな名門貴族の当主が娶った正妻以外の女悪魔との間に生まれた。いわゆる妾の子だ。

 悪魔は元来純血主義が強い。だから妾の子なんてものは、不遇どころか存在そのものを否定された。

 周りの悪魔たちは老若男女等しく「汚れた血」と蔑み、軽侮した。

 生まれた瞬間からオレは世界から孤立していた。父親であるアリトン家の当主は、放蕩の限りを尽くしたのち逝去。実の母親もオレを生んで直ぐに死んだ。結局アリトン家の養子として引き取られた訳だが、オレにとってそれは決して居心地のいい環境ではなかった。

 なぜ、オレはこんなにも周りから拒絶されなければならないのかと、何度も思った。

 周囲がこんなのだから、家に帰ったところでオレの居場所など無かった。

 アリトン家の養子に迎え入れられたはずが、半ば奉公人扱いされる日々。妾の子だという理由からアリトン家の連中はオレに何ひとつ与えようとはしなかった。それどころか、オレから搾取できる事は徹底的に搾取しようとしてきた。

 心も体もボロボロになりかけていた折、自室へと続く廊下を歩いていたオレは偶然にも聞いてしまったんだ。アリトン家の連中がオレを養子に迎え入れた事をどう思っているのか……――

「まったく。歴史ある名門アリトン家に妾の子なんざ……オヤジもとんだやっかい物遺したもんだ!」

「いいじゃないか兄さん。給料払わず一生コキ使える奉公人だと思えばさ」

「でもあの子もあの子よ。世間体考えて養子にしてあげたのに、なんかいつも無表情で黙っちゃってさ……そんなに居心地悪いものかね」

「冗談じゃないわ! いくら養子にしたからってあんな汚れた血に、この家も財産も一切あげるもんですか! みんなかわいいウチの子供達のものなんだから!!」

 

 ラプラスを使い魔とする以前のオレは、本当に孤独だった。

 幼いながらにオレは自らの運命を呪った。そして、神に唾を吐くが如く天に向かって叫んだ。

 どうしてオレばかりがこんな目に遭わなきゃならないんだ!!って。

 いっその事、死んでしまった方が他の悪魔たちにとって好都合なのかもしれない。そう思い始めていたときだった。オレの数奇な運命に、一筋の光明が差しこんだのは…………

 

「調子に乗ってんじゃねェぞ!!」

「汚れた血のくせによ!! 勉強も出来て、スポーツも出来て、おまけに顔までいいなんてよ!!」

 いつものように、サクヤは周囲からの理不尽なイジメを受けていた。

 毎日毎日不遇な日々を送り続け、心のバランスが崩れかけそうになっていた。そんな彼を救ったのは、他でもない彼女だった。

「こらー!! あんたたちー!!」

 突如として女子の怒声が聞こえてきた。

 イジメっ子たちが声に反応した直後、頭に強い衝撃が走った。

 紛れも無くそれは拳骨を受けたときに感じる衝撃だった。しかもその拳骨を叩きこんだのが自分たちよりも少しばかり背丈の小さい、年もさほど変わらない少女だと聞けば、驚きも倍増する。

「寄ってたかって一人の子に暴力振るうなんて、サイテー!! 汚れた血はむしろあんたたちよ!!」

「な、なんだてめぇ…!! おれたちに逆らうのか!?」

「おい待てよ!! こ、こいつベリアル家のお嬢様だ!!」

「げっ!! 魔王の娘じゃねぇか!!」

「チクショウ!! 覚えとけよー!!」

 魔王の娘だと分かった途端に態度を翻す。

 家系が家系だけに下手に逆らう事は即ち――魔王とその家族への反逆として、極刑に相当する行為だという事は、子どもでも認識していた。

 イジメっ子たちは我が身かわいさにサクヤへの暴挙を止め、捨て台詞とともに魔王の娘の元を離れて行った。

「だいじょうぶ!?」

 直ぐに彼女は、私刑によって全身痣だらけになったサクヤの事を気遣った。

「ひどい事するわねー。待ってて、すぐにばい菌を消毒してあげるから!」

 ポシェットから消毒用のガーゼ等を取り出す少女を前に、サクヤは不思議そうな顔つきで率直な疑問をぶつける。

「どうして……キミはボクを助けるの?」

「どうしてって……わたしね、ああいう卑怯な事をする悪魔が大きらいなの」

 悪魔のくせに変でしょう? そう付け加え屈託ない笑みを浮かべると、サクヤの顔や手足などに付いた生々しい傷を手当てしていった。

「よし、これでだいじょうぶ!」

「ありがとう……」

「どういたしまして。わたし、リリスって言うの。あなたは?」

「……サクヤ」

「じゃあ〝サっ君〟だね! よろしくね、サっ君!」

 他の悪魔がサクヤを「汚れた血」と呼び蔑むのに対して、目の前の少女・リリスだけはサクヤを介抱するとともに純真無垢に笑いかけ、愛称まで付けてくれた。サクヤにとって、彼女の笑顔はこれまでに見た事が無いくらい魅力的に輝いていた。

「ところで、どうしてイジメられていたの? 何か悪いことしたの?」

 事情をよく知らないリリスは、サクヤがイジメっ子からどのような理由で暴力を振るわれていたのかを問い質す。

 この問いに、サクヤは顔をうつ伏せた状態からか細い声で答える。

「…………ボクは、汚れた血だから」

「え……?」

「ボクのお父さんね、なんか女の人と遊ぶのが好きだったみたいで……遊び過ぎて死んじゃったんだって。でね、そのあとにお父さんと遊んだ女の人から生まれたのがボク。お母さんもすぐに病気で死んじゃったんだ。そのあとアリトン家の人たちに引き取られたんだけど……みんなから妾の子は、汚れた血だって言われてさ……」

「それでイジメられていたの?」

「……うん」

「だったら、どうしてやり返そうとしないの? こんなにボロボロになってるのに!? 悪口言われて悔しくないの!?」

 リリスだったら絶対に承服できない事実だ。やられたらやり返すをモットーとする彼女の価値観と、サクヤの価値観は似ても似つかなかった。

「はは。そうだよね、変だよね……でも、はじめからこうじゃなかったんだ。アリトン家に引き取られたばかりの頃は、邪魔者扱いされていじめられたりしたら怒ったり泣いたりもしてたんだ。でも怒れば怒る程、泣けば泣く程。みんなは生意気だのうるさいだのって余計に癇にさわるって凶暴になるんだ。けどその逆に、我慢して黙ってればみんなはあきれて終わりにするからこっちの被害は一番少なくてすむんだ」

 幼いながらに辿り着いたあきらめの境地にして諦観。

 どんなに抵抗したり逆らったところで、今の自分が周りの集団による物理的・精神的な暴挙にかなう訳がないと言う事を悟った。

 悟った末に、サクヤは抗うという行為自体を諦める事にした。そしてどれだけ酷い仕打ちを受けようともすべてを堪え、一人煮え湯を呑みこむ事で何とかここまでやり過ごして来たのだ。

「どんなに痛くても、くやしくても、黙ってさえいれば……」

 そう言いながら、サクヤは暗い顔となり目に薄ら涙を浮かべる。

 直後、話を聞いたリリスはキッパリと口にする。

「そんなの……間違ってるよ」

「え…………」

「ぜったいに間違ってるよ! どうしてサっ君がガマンなんてしないといけないの!? どうしてサっ君がひとりで辛い思いをしないといけないの!? ぜったいに変だよ!!」

「リリスちゃん……」

 眼の前でそう語りかけるリリスは、サクヤを同情するばかりか、彼を思って涙を浮かべている。

 やがて、リリスは決意の籠った眼差しでサクヤを見つめ言う。

「わたしが助けてあげる! サっ君にひどい事する奴らから、サっ君を守ってあげる!」

「そんな……ダメだよ!! ボクと一緒にいれば、リリスちゃんだって必ず周りから省かれるし、ボクみたいに皆から暴力振るわれたりだって!!」

「ふふ、心配してくれるんだ。サっ君ってやさしいね。でも、わたしは大丈夫だよ。たとえ周りがどんなに冷たい目を向けたって、わたしはへっちゃらだもん! さっきみたいなイジメっ子が来てサっ君に乱暴しようものなら、わたしがぶっとばしてあげるんだから!! だってわたしは、魔王ヴァンデイン・ベリアルの娘だから!!」

 全てを包み込む太陽のような笑みでサクヤを勇気づける。

 幼いながらに、サクヤはその笑顔と彼女の内側から湧き出る力強さに強烈に惹かれるものを感じた。

 リリスは、半ば呆然としていたサクヤの手を握りしめ移動を促す。

「いこう!! わたしの家に招待してあげるね!!」

 

 その日から、オレとリリスは友だちになった。

 彼女の父親は当時の悪魔界を統治する魔王で、ベリアル家の当主だった。とても仁徳ある人で、他の悪魔たちと違って彼もまたリリス同様オレを蔑んだり、軽侮したりするような眼差しを向けたりなどしなかった。

 オレはアリトン家の養子でありながら、魔王やリリス、そして彼女の母親の計らいでベリアル家に居候する事となった。

 以来オレたちは、毎日同じ家で同じ時間を過ごした。オレがベリアル家に居候するようになって三か月後に、ラプラスと契約した。

 妾の子を庇っているという事で、ベリアル家は案の定オレを快く思わない連中やその背後で暗躍する反魔王派から標的となった。もちろんその目はリリスにも向けられたが、彼女は歯牙にもかけず自分で言っていた通りこれを返り討ちにした。その一方で、魔王一家へと向けられた悪意はすべて粛清の対象となった。

 やがて、魔王は絶大な権力と規格外の力で半魔王派閥の悪魔たちを粛清した。もっとも、穏健派で知られるリリスの父が本当に悪魔を極刑にすることはなかったが、少なくとも二度と逆らえない様力を抑え込んだのは確かだ。以来、悪魔たちは魔王による粛清を恐れて誰一人オレたちに手を出そうとする事はなくなった。

 こうしてオレは、リリスとの穏やかで幸せな日々を得る事ができた。

 

 当時のオレは、いつもリリスに守ってもらっていた。彼女は強く、優しく、そしてとてもかわいい子だった。特に彼女がオレに向けるあの笑顔は、今でも脳裏に強烈に焼き付いている。悪魔は明るいものや場所があまり好きではないのだが、彼女の笑顔はオレにとっての光源であり、希望であり、生きる糧だった。

 リリスは、孤独と言う名の闇に捕われていたオレに光を与えてくれた。そしてオレを暗闇から救い出してくれた。

 

 そのリリスが、あの日を境に笑顔を失った。洗礼教会による大規模な粛清で、悪魔界は炎に包まれ焦土と化した。

 彼女の両親をはじめ、多くの悪魔たちが粛清の対象とされた。

 どうにか生き残ったオレたち少数の悪魔だが、リリスが負った精神的な傷は大きく、彼女の心に消えぬほどの影を落としトラウマを残した。

 オレは悔しかった。彼女の笑顔を奪った教会連中に歯向かう事が出来なかったことが。彼女の心を守ることが出来ない無力な自分が。たった一人の女の子が悲しみに打ちひしがれているのに、彼女を勇気づけられない臆病な自分が。

 だからオレは誓ったんだ。強くなって、必ずリリスを守るのだと。

 もう二度と、彼女の心に影が差し込む事が無いように。彼女に降りかかる火の粉を払いのける力。彼女の笑顔を守り抜く力。彼女が愛おしく思っているものすべてを守り通す力を手に入れる事を。

 そのために、オレは彼女を守る騎士――バスターナイトとなったんだ。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

現代――

東京都 黒薔薇町

 

「はああああああああああああああああ」

 ベリアルたち、そして敵であるハイパーピースフルがその身に感じる圧倒的な熱量。紺碧色だった鎧が紅蓮に輝くものへと変わり、至る所が鋭くなる。

 さらに、左腕にはドラゴンの頭部を模したガントレットが装備されている。この状態でバスターナイトは右手に片手剣を、左手に巨大な翼の盾を追加装備する。

 極め付け、体内のパワーを全放出し背部から五対の悪魔の翼を生やし、強化された姿に変身完了する。

「――バスターナイト。スタイル・クリムゾンデューク!! さぁ、これから本番だ。かかって来るがいい!!」

《こけおどしがっ!!》

『ハイパーピースフル!!』

 バスターナイトの挑発を受けたハイパーピースフルが真正面から突っ込んでくる。

 身の丈ほどの剣を振り上げ、前方に佇むバスターナイトへと振り降ろした瞬間――景色が霞んだと思えば、眼前にいたはずのバスターナイトの姿が忽然と消失する。

《消えたっ!?》

《どこに行った!?》

 ハイパーピースフルと融合し意識を共有していたエレミア、モーセ、サムエルの三人は困惑し、周りを見渡す。

「ここだ」

 刹那。

 頭上よりバスターナイトが急降下で迫って来ると、右手に装備された片手剣を構え、鋭い剣閃を披露する。

「ハッ!!」

『ピースフル!!』

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 一振りの威力、剣圧、速度――ずれも以前とは桁違いに向上していた。

 元々戦闘スペックの高いバスターナイトの能力が、火炎龍の力をその身に宿した事で飛躍的に上昇したのだ。

 バスターナイトの一撃によって、ハイパーピースフルは地面に出来た巨大な陥没の中で仰向けの状態で寝転ぶ。

《おのれ……調子に乗るなよっ!!》

『ハイパー!!』

 洗礼教会が誇る三大幹部が一悪魔に負けるなどあってはならないこと。教会戦士の沽券に懸けて、何としても負けるわけにはいかなかった。

 体を起き上がらせると、先ほどよりも激しく雄々しく攻め立てバスターナイトに攻撃の隙を与えまいとする。

 だが、敵の猛攻にも決して臆せず焦らず、バスターナイトは冷静沈着に機会を伺う。そして相手の間合いから抜け出した瞬間、装備した片手剣こと―――【炎龍剣ドラゴンブレイカー】に魔力を流し込む。

 魔力が流し込まれて練り上げられた事で、ドラゴンブレイカーの刀身に熱が籠る。直後、螺旋状に渦を巻く炎が刀身から放出する。

 

「――ブレイジング・ストーム――」

 

 炎の竜巻を吹き上げると、瞬く間に炎の一太刀を繰り出した。

 物理的な破壊力に加えて熱を帯びた剣閃は、ハイパーピースフルの体を斬り裂き、同時に大きな火傷を負わせる。

『ハイパ―――!!』

 凄まじい一撃だった。

 斬られたと思えば焼かれ、焼かれたと思えば斬られたのだ。

 ベリアルたちも目を見張るクリムゾンデュークの力。紅蓮に輝く鎧の胸部にはブレイズ・ドラゴンの魂を封印したエネルギーコアがあり、バスターナイトはエネルギーコアから供給される爆発的な力を瞬時に解放する事でいずれも強力無比な攻撃へと変えているのだ。

「オレ自身もこの力を制御するのは難しくてな、そう長く多用する事は出来ない。一瞬で終わらせる」

 言うと、バスターナイトはエネルギーコアから供給される全エネルギーを放出するとともに、背部から五対の悪魔の翼を生やし必殺技を打ち込む。

 

「スカーレットインフェルノ!!」

 

 天高く掲げたドラゴンブレイカーを振り降ろし、地面に突き刺す。

 次の瞬間、地面に亀裂が走って爆発的なエネルギーが解放される。解放されたエネルギーは灼熱の業火へと変わり、ハイパーピースフルを炎へと誘い徹底的に焼き尽くす。

 

 ――ドンっ!! ドドン!!

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 クリムゾンデュークの力を手にしたバスターナイトの必殺技が決まった。

 浄化どころか焼却される寸前、エレミアたちは合体変身を強制的に解除する事で死を免れた。

 しかし、死こそ免れたとは言え――受けたダメージは甚大だった。

 自慢の神父服は完全に黒焦げになってしまっている上、手足にも生々しい火傷を負ってしまった。これではもう真面に戦う事すらできない。

 完全なる敗北。悔しいが、それを悟るほか無かった。

「ば……バカな……」

「我らの結束が、破られるなど……!!」

「あり得ない事だ……」

「お前たちのそれは結束ではない」

 言うと、クリムゾンデュークの力を解除して通常のバスターナイトの姿に戻ったバスターナイトは、勘違いを起こしている三人を見下ろし、鋭い語気で言い放つ。

「本当の結束とは、身分や家柄などに関係なく対等の立場で渡り合える信頼し合える者同士が交わすものだ。お前たちのように、利害の一致による仮初の結合とはワケが違う!」

「サっ君……うん」

「く~~~いいこと言うじゃないのあの子ったら!!」

「とにかく、やりましたね!!」

 婚約者と仲間を救うべく己の力を磨き、そして研鑽された新たな力によって仇敵を退けたバスターナイトこと、十六夜朔夜。

 ベリアルたちは見事な勝利を収めた彼を祝すため、彼の元へと駆け寄って行った。

「サっ君!!」

「リリス!!」

 真っ先にベリアルからの厚い祝福を受けた。一週間ぶりとなる愛しき婚約者との再会と、この情愛に応えるべく、バスターナイトはベリアルを壊さない程度に抱擁する。

「心配をかけて済まなかった。キミやみんなを守りたくて……オレの我がままを許してくれるかい?」

「許すも何も……サっ君の気持ち、分かってるよ。いつも私やみんなの為に頑張ってる、サっ君のそういうところが私は好きだから」

「ありがとう――――――オレもキミの事を心から愛してる」

「サっ君――……」

 甘い雰囲気に包まれ良い感じに見つめ合っていたところだった。

「おっほん!!」

 水を差す咳払い、もとい空気を戻そうとするは他でもない。ケルビムだった。

 ベリアルとバスターナイトはついうっかり惚気てしまったが、仲間たちから向けられる呆れの視線を目の当たりにして、ようやく我に返った。

「愛を語り合うなら今度のデートにでもしてくれないかしらね……」

「イケメン王子よ……リリス様の使い魔である私が居る前で堂々とイチャイチャパラダイスを満喫するとは、随分と出世した物だな?」

「別に出世したとかそういうのは無いと思いますが……少しは場所と状況を選ぶべきかと思いますね」

「あたしは別に見ててもいいんだけどね……後で冷やかす楽しみが増えるから♪」

「別にラプラスさんのような邪な気持ちはありませんけど。リリスちゃんも朔夜さんも、ちょっとだけ我慢しましょうね」

「「す……すみません……」」

 何だか急に恥ずかしくなってしまった。

 自覚のない二人だが、周りからすればかなり痛いバカップルなのだ。ウィッチたちの言う通り、もっと立場を弁えるべきだったと深く反省をする。

「く、くそっ……」

 すると、バスターナイトによって完膚無き迄に倒されたはずのエレミア、モーセ、サムエルの三人に動きが見られた。

 本当なら立っている事さえ難しい、というか不可能に近い状態から立ち上がると、彼らは険しい表情を浮かべながらベリアルたちを見る。

「ハヒ!? まさか……!!」

「あんたたち、これ以上どうするつもりよ!?」

「自分たちの怪我を考えなさい!! さっきの戦いで分かったでしょ!? どうしてそこまでして戦おうとするのよ!?」

 ベリアル、ウィッチ、ケルビムの三人は敵でありながら満身創痍のまま戦いに執着する彼らを諌め制止を求める。

 しかし、彼女たちの警告を全く受け入れようとはせず、兎に角意地になっていた。

「我らは……洗礼教会の幹部たる我々が、悪魔などに負ける訳にはいかぬのだ!!」

「これ以上の失敗は、許されない!!」

「たとえこの身がどうなろうとも……貴様たちは俺たちの手で必ず葬り去ってやるんだよ――!!」

 

 ドン――。ドンドン――。

「「「が……」」」

 そのとき、三人を体を射抜く感触があった。

 心臓の洞房結節右側部分を射抜いた銀色の凶弾。その弾痕がエレミアたちの足下にあり、僅かに硝煙が立っている。

 驚愕の表情を浮かべるベリアルたち。

 何よりも凶弾をその身に食らった当人たちが一番驚いていた。恐る恐る後方頭上へと振り返ると、そこに居たのは――

 銀色に輝く拳銃をその手に握りしめ、エレミアたちを気が触れたような顔で見つめるコレヘトだった。

「お勤めご苦労さまでした。――――――能無し三羽烏共!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「やはりあやつらでは力不足だったか……しかしこれもまた、容易に予想し得た事。ここらが潮時なのかもしれんな」

 礼拝堂で、人間界でのエレミアたちの戦闘状況を観察していたホセア。強化したバスターナイトの力の前にハイパーピースフルが敗れたのを見るや、彼は深い溜息を吐き、幹部たちに完全なる見切りをつけた。

 ガチャ……。

 すると、礼拝堂へと続く扉が開かれる音が聞こえた。

 現れたのは、本来なら敵対関係にあるはずの堕天使勢力を束ねる若き王――ダスク。そして、幹部堕天使のひとりであるラッセルだった。

「よう。三羽烏はやっぱり負けたか」

「まさか教会連中に与する事になるとは……ダスク様、やはりどうかしていますわ」

「そう言うなよラッセル。どの道【洗礼教会】なんて名前は、最初からあってねぇようなものだろうが。そうだろう、ホセア?」

 当初ラッセルは、ダスクとホセアが秘かに接触を試みていた事を知らなかった。そればかりか、二人がある共通目的に沿って同盟を結び、その為の動きを見せていた事さえ全く知り得なかった。

 ゆえに、こうして洗礼教会の本部へ足を踏み入れる機会など一生あり得ない事だと思っていたから、今の状況に大いに戸惑っている。

「お前に言われた通り、連れて来てやったぜ。粋が良くて、俺たちの目的を遂行する上で非常に効率のいい粒ばかりを厳選してな。おい、入ってこいよ!!」

 ダスクの呼びかけにより、礼拝堂の中へ新たな来客が招かれる。

 入って来たのは二人組の人物で、姿・形・人相はフードを目深にして着こなしているからハッキリとは分からない。分かっているのはホセアから見て右側が痩せ型であり、左側が子供並の体格であるという事。

 ホセアは彼らを見るや僅かに口元をつり上げる。ダスクは、連れて来た二人を順に紹介していく。

「お前から見て右側が、クリーチャーのアパシー。左側がはぐれ悪魔のカルヴァドス。前者は見えざる神の手が組織した暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】のトップに君臨する強者。そして後者は、凶悪極まりない性格ゆえに三百年もの長き時の間、冥界の牢獄【ハデス】で投獄されていた悪魔だ。苦労したんだぜ……コイツを脱獄させるのには」

「済まなかったな。だがお陰でようやく事が運べそうだ……我ら真の洗礼教会が本格的な【世界バプテスマ計画】を実行する為のな」

 

           *

 

東京都 黒薔薇町

 

 ベリアルたちの目の前で起こった惨劇。

 洗礼教会三大幹部を射抜いた凶弾――撃ち込んだのは、あろう事か仲間であるはずのエクソシスト・コヘレトだった。

「ご苦労さん、能無し三羽烏共! 約束通り、おめぇらには死んでもらうわ」

「コヘレト!!」

「あなた、どういうつもりよ!?」

 見かねたケルビムが声を荒らげ、頭上のコヘレトに問い詰める。

「はっ。見りゃわかんだろう。役に立たねぇ粗大ごみを処分しに来たんだよ。どの道こいつらは遅かれ早かれ切り捨てるつもりだったからな。体の良い口実が出来たってもんだ」

「そんな……」

「ひどいですよ! そんなの、あんまりです!!」

「あなたって人は……どこまで血も涙も無い男なの!!」

「血が通ってなかったら生きてねぇーっつうの。バーカ」

 幹部たちを手に掛けた事をどれだけ咎められようと、コヘレトには全く罪悪感というものが無かった。なぜなら、彼の性格は歪み切っており、自分の利益の為なら仲間だろうと誰だろうと平気で裏切り手に掛ける――そう言う下衆な男なのだ。

「ハァ……ハァ……どういう事だ、コヘレト……さっきの言葉は本当なのか!?」

「は、は、は、我らは遅かれ早かれ切り捨てられるべき存在だったと……」

「はっ、はっ、はっ……ほ、ホセア様はそんな無慈悲な判断を……」

 凶弾を食らった事で三人の傷口から止めどなく血が流れる。

 エレミアたちは止め処なく流れる血を手で押さえながら、全身の熱で息が上がり、意識が徐々に遠のいて行く。

 辛うじて意識を保ちつつ、三人はこちらへ近づいてくる不敵な笑みのコヘレトを見ながら詰問する。

「何だよ何だよ。この期に及んでまだホセア様を信じていたのか? おめでたい連中だぜ。いいぜ、死に際に教えてといてやろうか。お前らが今日の今日まで信じて来たホセア様の本性と教会の真の目的をな」

「真の目的ですって!?」

 コヘレトが口にした言葉に過剰な反応を示すベリアル。彼女は今の今まで、教会の目的が自分に端を発する悪魔狩りと、ディアブロスプリキュアの殲滅であるとばかり思っていた。彼女だけではない。少なからずウィッチも、ケルビムも、バスターナイトも、そして使い魔たちも同じことを考えていた。

 コヘレトはベリアルたちを含めて、この場にいる全員に衝撃の内容を口にする。

「知っての通り俺ははぐれエクソシストだ。一度は教会や堕天使を見限った身。だが結局根無し草で路頭に迷っていた。そんなときだった、ホセア様が声をかけてくれたんだ……『これから世界をひっくり返す程の大事を為す為に、是非とも私に協力してくれないか』って」

「世界をひっくり返す……だと!?」

「バカな!! ホセア様がそのような暴挙を企てていたなど……!!」

 偉大なる洗礼教会の大司祭にして、幹部たちが尊敬していた人物――それがホセアだ。いつか彼のような偉大な人物となって、世界に恒久の平和と繁栄をもたらしていく事が彼らの目標だった。

 しかし、コヘレトが語ったホセアの本性は、自分たちが憧れた人物像とあまりに乖離したものだった。

「ホセア様の考えに共感した俺は話に乗る事にした。そしたらどうよ、前のご主人様だった堕天使の王様までこの話に乗って来やがった!!」

「ダスクが、だと!?」

「まさか……あの方の目的って!!」

 以前は洗礼教会に与していたケルビムは、逸早くホセアの目的を察する事が出来た。そんな彼女に品の無い笑みを浮かべたのち、コヘレトは語る。

「洗礼教会っつーのはな、ホセア様を頂点とした各勢力の過激派が集まった、テロリスト集団なんだよ!!」

「「「な……っ」」」

「「「「そんな!?」」」」

「「「「バカな!!」」」」

 今まさに語られる驚愕の真実。

 表向きは人類の繁栄と世界の恒久平和を実現させるべく活動する異界の宗教結社として活動してきた洗礼教会。

しかしその裏で、ホセアが自らの目的遂行の為に組織した破壊を目的とするテロリスト集団である事がコヘレトの口から判明した。ベリアルたちを始め、エレミアたちも今の今まで知り得なかった秘密に開いた口が塞がらない。

「おかしいとは思わなかったか? もしも仮に教会が本当に人々の平和を目的としているのなら、このあいだのイフリートの一件でなぜ何もアクションを起こさなかったんだ? なぜ、ザッハが黒薔薇町に侵攻して来た時にも何もしようとしなかったんだ?」

 言われてみれば、どれも心当たりがある。

 規模が大きい事件の際は必ずと言っていいほど他勢力が深く関わっていた。

 だが、教会はいずれもそれらの事件に関わろうとはしなかった。幹部たちも本来の目的である人間の平和を実現させる上ではあまりに消極的な教会の動きを今更ながら不審がる。

「……じゃあ、我々が今まで信じて来た教会の姿は!?」

「全部虚像だったという事か……!!」

「どうなんだよ、コヘレトっ!!」

 信じたくはない話だが、三人は飽く迄も教会の「正義」を信じていた。

 そんな彼らを見れば見るほど笑いが込み上げてくるコヘレトは、歪み切った表情を向け罵倒する。

「まったくおめぇらと来たら、どこまでもおめでたい連中だぜ!! 気が付いてなかったのか、おめぇらはホセア様の手の平で遊ばれていた、忠実でバカな愛玩動物だったんだよ!!」

「「「がっ……」」」

 淡い期待は儚くも砕け散った。

 信じていた者から裏切られた事が発覚した途端、エレミアたちの命を繋ぎ止めていた僅かな希望は完全に消失。同時に彼らの命は散り、息絶えると共に力なく地面に倒れ絶命した。

「エレミア! モーセ! サムエル!」

「何という事でしょうか……洗礼教会は、ホセアは忠実だった彼らすらも欺いていたなんて!?」

 決して同情しているつもりはないが、あまりにも哀れな死に際だったとケルビムとピットは思った。

 ここで、コヘレトから更なる衝撃的な事実が告げられた。

「ホセア様は幹部たちを操って、人間界で悪魔狩りを行いながら各勢力の過激派に呼びかけを行っていた。邪魔者どもを排除しつつ裏で糸を引き、実験的にクリーチャー共を解き放ってみたりもしてお前らの動向を探っていたんだぜ」

「ハヒ!? 私たちを……!?」

「じゃあ、イドラやイフリートたちは全部ホセアが呼び寄せたものだと!?」

「全て仕組まれていたというのか…!!」

 これまでの事は全部偶発的な事故によるもの、あるいは突発的な現象の類だと思われていたが、そのいずれもホセアによる干渉があったという事が明かされた。

 イドラはホセアの要請を受けたダスクが脱獄させたものであり、イフリートに関しても日陰に隠れていた彼らをコヘレトが唆した結果だった。

「まぁ色々言ったがよ、結局俺も他の連中もホセア様が言うところの大ぼらが気に入ったって事だよ。そこんところ分かったかな、お嬢ちゃんたち?」

「信じられない……洗礼教会のトップが堕天使やクリーチャーと結びついていた事も……世界を転覆させようとしているテロリストだったって事も!!」

「そうよ。曲がりなりにも私も一度は洗礼教会に属していた身。あのとき、共に『愛』に溢れた世界にしようというあの方の言葉を信じて私は戦って来た……でもそれが、全く逆の事をしてきたなんて!!」

「はっ。『愛』に溢れた世界だぁ? テミスちゃんよぉ、おめぇってほんとつくづく救いようのねーほど頭ん中がお花畑でいらっしゃるようで。教えてやろうか! 人間っつー生き物はな、平和な世界で長く生きてるとそのうち飽きて勝手に争いを始めるんだぜ!! この不浄な世界を唯一救う事が出来るとすればだ……この世から人間がいなくなる事っ!! それがあの方が望まれた『愛』なんだよ!!」

 聞いた瞬間、ケルビムの頭が真っ白と化した。ホセアの気持ちを代弁したコヘレトの言葉は自分が考えていた『愛』とはあまりにほど遠く、あまりに理解しがたいものだったのだ。

「コヘレト……貴様という男は、一度は聖職に就いた身でありながら、よもや神をも冒涜するばかりでは飽き足らずテロリストに身を落とすとは! 恥を知れ!

 普段人を罵倒しないクラレンスですら、コヘレトは塵芥にも等しい卑しい存在としてその目に映り、怒号を発する。

「冒涜? おいおい、神はとっくの昔に死んでるんだぜ。冒涜も何もないだろう。あっ、いや。それともこう言うべきか?」

 コヘレトの手に力が籠り、世界そのものに対する嗜虐的な笑みを浮かべながら、彼は曝け出そうとしていた。

「お前らが信じてる『神様』とやらは、ほんとに『神様』だってどうして言えるんだ?」

 今の世界の根源を形作る、『現在』とでも呼ぶべき臓腑(はらわた)を。

「……? どうしてって……。それは、以前イドラが自らの口で語っていたからであって……」

「リリスちゃんがプリキュアに変身できるのは、神様が死んで、聖と魔のバランスが崩れてしまったからなんだと……」

 戸惑いを抱きながらクラレンスに続いて、ウィッチもイドラから聞かされた話を思い出すように口にする。

「確かにその通りだ。が、奴は『神』そのものを信じちゃいなかった。むしろ、あろうことか自分が『神』に取って代わろうとしたんだぜ」

「…………」

 コヘレトの一連の言葉。これまで経験した様々な要素が絡まり合い、ベリアルの中で一つの推測が組み上げられていった。

 ――イドラは……あの時なんて言ってたかしら?

 初めてイドラが人間界に現れ、その騒動の最中にイドラが己の真意を告げた時の言葉が、ベリアルの脳裏に蘇った。

 

 ――「神の不在を良い事に私腹を肥やす天界の者どもだ」

 ――「奴らの傀儡として我は操られることが耐え難かった」

 

 あの言葉には、引っかかる節があった。もしも、神の座が空白となる瞬間を長い間待ち望んでいた者がいたとすれば。

 イドラは、それが何者であるかを知っていたのではないか?

 ともすれば、イドラが打倒しようとしたモノが自ずと現在の『神の代行を担う存在』であるという事を――。

 

「神は……天界の者の手によって……殺されていた?」

 ベリアルがボソリと呟いた言葉を聞き、一瞬の沈黙の後――コヘレトが苦笑しながら首を振る。

「惜しいな。実に惜しい。確かに神と崇められていたモノは命を奪われた。だが、その結果死んだというわけでもなかった」

「どういう事よ!」

 戸惑いながらも、ケルビムは怒号を発し光弾を放つ。

 コヘレトはそれを手持ちの光剣で弾き返しつつ、彼女の叫びに答えを返す。

「『聖書の神』ってのはな、生贄の山羊なんだよ。この世界や天界、冥界と称される様々な世界を繋ぎ止めるための『楔』だ」

「楔……ですって……?」

「世界が今のこの形となる前。生と死の境界すらないまさしく混沌とした状態、そんな世界の中で初めて現れた原初の護り手……天使と悪魔、そして堕天使。全ての祖であるとでも言うべき存在――それがお前らが『神』と崇める御方さ」

 ヒッヒッと笑いながら、コヘレトは言葉を続けた。

「それは天使であると同時に悪魔でもあり、ただの人でもあり、様々な特殊な能力を無数に持ち合わせ――混沌たる世界の全てを司っていた希望の象徴だった。だがそいつは厳密には『神』じゃない。一種の異能だった」

 そして、一際愉楽に満ちた笑みで顔を歪めると、ケルビムに対して己の知る『天界の暗部』を口にする。

「俺たちの世界は、その魔人でもあり救世主でもあり神擬きでもある者を贄として創り上げられたんだよ!!」

 

「洗礼教会を陰で操り、世界を牛耳る七人の背徳者共によってな!!」

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「見えざる神の手――なんとも不遜極まりないその名を名乗る以前、彼らは父なる神に次ぐ力を持っていた。そして、いずれも力はあったが誰よりも業が深く、誰よりも疑い深い者達だった」

 教会聖堂へ招き入れたダスクやラッセルらを背にしながら、ホセアがそんな言葉を口にした。

 黒薔薇町で今行われている出来事を『見て』、ホセアは良い機会だと思ったのだろう。彼は真の目的を果たす為に呼び集めた者達に向けて、世界の『過去』について語り出した。

「遥かなる古の時代――森羅万象、数多の物が曖昧模糊。生も死も無く、進展もなければ後退もない。ゆらりゆらりと揺蕩(たゆた)いながら、緩やかに、万年億年かけてただ冷えるのを待つだけの世界。天使とは、そうした緩慢な世界に生み出された極めて高度な知的生命体を指す」

 淡々とした調子で、ホセアは天界や人間界が生まれる前の世界を思い起こす。

「天使は地上へと降り立ち、人間たちに知恵を授けた。読み書きの仕方、作物の育て方、家畜の飼い方から、善悪の倫理観に至るまで。しかし、やがて高潔な天使の中から善ならざる者が現れた。即ち、知性には秀でていても、所有欲や支配欲といった利己的な欲望を持ち、結果として堕落するようになり始めた。そこで『悪魔』や『堕天使』という存在が新たに生まれた。それらが人間を罪へと誘い、争いが生じた。そこで循環は止まった。このままでは全てのエントロピーが増大し、世界は再びカオスに戻る。しかし、不思議なことに、世界がそうなる事を拒んだかのように、それは現れた。全ての命を超越し、秩序をもたらし再び世界に循環させるものが」

「それが……聖書の神……ってわけ?」

 ラッセルが確認するように呟きを漏らす。ホセアはその言葉に頷いて見せた。

「その通り。見えざる神の手が〝オルディネス〟と呼んでいるそれは、正確には神にも等しい力を授かった異能の存在だった。彼以外にも特殊な能力を持つ者達は現れていたが、その中でも突出していた。正に万能、全知全能に近い力を持っておったとの事だ」

 ホセアは伝承でしか知らされていない神をまるで懐かしむように、既にこの世から消え去ったかつての神の姿を思い馳せる。

「神は原初の世界、カオスを何よりも忌避していた。それゆえに、世界の全てを監視し、ネゲントロピーを用いて増え過ぎたエントロピーを相殺しカオスを回避。そればかりか、バランスを乱す事象を検出するや否や容赦なく対処した。彼は世界の管理者として君臨し続けた……だが、そうして異分子を滅ぼし続ける一方で、世界の停滞が回避されたわけではない。神ですらも、皮肉にもそうしてやがて緩やかな混沌に溶け合う世界こそを護り続けていたのだ」

 一歩足を踏み出し、手元の聖書をパラパラ捲りながらホセアは続けた。

「しかし、その世界を良しと思わぬ者達がいた。神には遠く及ばぬものの、強い力を持った七人の者達が。それが、のちの『見えざる神の手』と呼ばれる者達だ」

 

 ホセアは語る。

 彼らは、動機こそは別だったと。

 

 ある者は、神が持つ万能の力がいつか自分に牙を剥くのではないかと怖れて。

 ある者は、後に『冥界』と呼ばれる『坑(あな)』を塞ぐ蓋となる世界が必要だと。

 ある者は、世界をより盤石な形とする為に、新たな規律が必要だと。

 そしてある者は、停滞した世界を前に進める為には、更に大きな循環の形が必要だと。

 七人の賢者達は、それぞれが異なる動機を口にした。

 

 しかし、彼らの動機は、奇しくも同じ目的へと帰結する。

 今ある世界を、分離させると。

 天使の世界、人間の世界、そして双方より生まれ出ずる罪人が行き着く瘴気に満ちた地の獄。

 あるいは悪魔や堕天使の世界の様に副次的に他の形の世界が生まれるかもしれないが、何よりも重要なのは明確な『生』と『死』の世界を分け隔てる事であった。

 世界の分立を現実の物とする為には、それこそ全てを超越したモノの力が必要だった。

 

「七人は己の利害の為に団結し、神からすべての力を奪取し、殺害して水晶の中に封じたと言われている。その時に何が起きたのかまでは、私は直接見ておらん……しかしその後の事は、この世界の歴史そのものだ」

 

 後に見えざる神の手によりオルディネスと命名された存在。

 その全能の力を『楔』として、七人は新たな世界の基礎を創り上げた。

 天界、人間界、悪魔界、堕天使界、冥界。

 魂に生と死の区別をつけ、その循環をもってして世界を新たな段階に引き上げたのだ。

 いつしか、神の頂きに立ちて世界を管理する者達はこう呼ばれるようになった。

 即ち――『見えざる神の手』と。

 

「どう足掻いても避けられぬという未来を視ていたからか、それとも、何かしら新しい世界に希望を見出していたからか、その御心までは計り知れんが……。神は、敢えて抵抗しなかったという」

 ホセアはそこで目を伏せ、最初の言葉に立ち戻る。

「だが、七人はその無抵抗すらも疑った。神が封印から自力で抜け出し、自分達を滅する事を何よりも怖れていた。故に、神を生かしも殺しもせず、生き続け、同時に死に続けるという矛盾の螺旋に放り込んだ」

 ラッセルは息を呑み、ダスクは神妙な面持ちで沈黙を続けた。

 そしてホセア自身は、まるで現在の空模様でも語る様な調子で残酷な事実を口にする。

「まあ、それでも足りなかったのだろう。彼らは、永い時をかけて神からあらゆる力を奪っていった。そして、神とは名ばかりの巨大な管理プログラムに組み上げていった。『秩序の維持』を目的としたシステムそのものであり存在目的。力を刮(こそ)ぎ堕とし、ただ、ただ、自らにとって都合の良い『神』を作り出す為にな」

 ホセアの言葉を受け、それまで沈黙していたダスクが微笑を浮かべながら口を開く。

「政にも主計にも己の声を唱える事なく、叛意を抱こうが吐息一つ吹きかける事も叶わぬ身のまま世界の為の楔であり続ける。まさしく都合の良い『神』を創り上げるたぁ、敵ながら、実に業が深いものだな」

 まるで他人事のように言う彼の言葉に、ホセアは深く頷きながら――それも無理からぬ事であろうと、心中呟く。

 ホセアが語った事実は、一つの事を示唆していた。

 即ち、この世界の歴史そのものが――

 殺人よりも遥かに残酷な罪の上に成り立ち、その罪を犯し続けているのだという事を。

 

           *

 

東京都 黒薔薇町

 

「全く滑稽な話だと思わないか? みんなが信じてきた神様とやらは、天界に巣食う権力者共にまんまと嵌められたってわけだ!」

 奇しくもホセアと同じくコヘレトは、楽しげに周りの者達の攻撃を巧みに躱しながら世界の『過去』について語り終えた。

 話の信ぴょう性はともかく、一見荒唐無稽でありながら、妙に現実味を帯びたそれはベリアル達の戦う士気にある一定の影響を与えた事は間違いなかった。

 事実、コヘレトの話を聞いた後、彼女達は一様に周章狼狽。何が真実で虚偽なのかと言う思考の迷路に迷い込み、抜け出せずにいた。

 そんな彼女達の事をコヘレトは楽しげに、上空から見下ろした。

「っと…つい長話が過ぎちまったな。という訳でだ……」

 言うと、コヘレトはパチンと指を鳴らした。

 すると頭上に亜空間が発生し、上から有象無象のピースフルおよびカオスヘッドの集団が降って来た。

「ここであったが百年目!! おめぇーらにも死んでもらいまーす!!」

『『『『ピースフル(カオスヘッド)!!』』』』

 洗礼教会が誇る平和の騎士と、堕天使勢力が誇る混沌の魔獣。

 今ここに同盟を結んだ両者の手駒が束となって、真実を知ったディアブロスプリキュアへと襲い掛かる。

「こいつら!!」

「まさか、ピースフルとカオスヘッド両方相手にする事になるなんて!!」

「コヘレトっ!! あんたねー!!」

「でははははははは!! まぁ精々頑張る事だな。んじゃ、ばいならー!!」

 ベリアルたちを嘲笑して、コヘレトは目的を果たし教会へと帰投する。

 残されたベリアルたちは有象無象のカオスヘッドおよびピースフルの大群を殲滅せんと、力を振るう。

 

「グロスヘルツォークゲシュタルト!!」

「ヴァルキリアフォーム!!」

「オファニムモード!!」

「スタイル・クリムゾンデューク!!」

 各々は現在保有する最強の力を解き放つ。

 ベリアルはグロスヘルツォークリングを用いて、大地のエレメントが強化された姿・グロスヘルツォークゲシュタルトへと変身。

 ウィッチはヴァルキリアリングにより、魔法と剣術の両方に長けた戦士の姿・ヴァルキリアフォームへと変身。

 ケルビムはコヘレトの手から渡されたオファニムリングを使用する事で、天使の力がより強化された姿・オファニムモードへと変身。

 そして、バスターナイトは先に示したブレイズ・ドラゴンの力を宿した姿・クリムゾンデュークの力を解放する。

「はああああああああ!!」

 手甲から力場を発生させたベリアルは、ピースフルとカオスヘッドの攻撃を反射するバリアを展開する。また、固い防御力をそのまま攻撃力へと転換させ、バリアを張った状態から強烈なタックルを仕掛ける。

『『『ピースフル(カオスヘッド)!!』』』

 防御こそ最大の攻撃力―――数に勝る彼らを制圧する力を見せつけたベリアルは、ウィッチとケルビムの攻撃を誘導する。

「テミスさん、いきますよ!!」

「わかったわ!!」

 ウィッチはクラレンスの力と融合した武器・魔宝剣ヴァルキリアセイバーを用いた必殺技を繰り出す。

「プリキュア・イリュージョン・マジック!!」

 殲滅対象であるピースフルを宇宙空間へと誘い出してから、無数の星という星を雨の如く落下させこれを一網打尽にする。

 

 ――ドンッ。

『『『へいわしゅぎ……』』』

 攻撃を受けたピースフルは決まり文句を唱えながら浄化され、天へと還って行った。

 また、ケルビムの方はピットが変化した武器・聖槍ジャベリンを用いた必殺技をカオスヘッドに対し繰り出す。

「プリキュア・セフィロートクリスタル!!」

 十のクリスタルの結晶が召喚されると、カオスヘッドに狙いを定め、一気に撃ち出し攻撃を行った。

 

 ―――ドンッ。

『『『こんとん~~~♪』』』

 天使が持つ聖なる力によってカオスヘッドたちは極楽な心地となりながら浄化され、ピースフル同様天へと還って行った。

 残されたピースフルとカオスヘッドは残り僅か。

 一気に片を付けようとした直後。彼らは危機迫る状況で、ある驚くべき行動を取った。

『『『ピースフル!!』』』

『『『カオスヘッド!!』』』

 反発する存在の彼らがあろう事か互いに結びつき、一つの姿へと変わって行った。

 ピースフルが持つ理知的な側面、そしてカオスヘッドが持つ破壊衝動を兼ね揃えた異形のモンスター……その名も。

『カオスピースフル!!』

「って、そのまんまじゃないの!! 何の捻りも無いだっさいネーミングね!!」

「気を付けてくださいリリス様、力は未知数です!!」

 と、レイが警告を発した直後だった。

 融合魔獣【カオスピースフル】の攻撃がベリアルたちへと向けられた。

『カオスピースフル!!』

「「「「うわあああああああああああ」」」」

 三大幹部が融合したピースフルとはまた桁違いの力を秘めた存在。元来異なる者同士が絶妙な加減で結びついた事で、新たな進化を促したのだ。

 ベリアルたちは敵の力の恐ろしさを身を以って理解すると、即行でこれを排除しようと動き出す。

「持久戦に持ち込まれればこちらが不利だ! リリス、オレと合わせてくれ!!」

「うん!! レイ、来なさい!!」

「了解です!! コライダーチェイーンジ!!」

 レイコライダーがベリアルの両腕に装備された。

 ベリアルが砲門状にコライダーを展開してエネルギーをチャージする間、バスターナイトは赤々と燃えるドラゴンブレイカーの刀身から斬撃を放つ。

 

「――バースティングスラッシュ!!」

 

 赤々と燃える炎の斬撃がX字状に放たれる。ダークネスラッシュの強化版である。

 カオスピースフルはバスターナイトの攻撃を受けて後ずさりをするが、まだまだ戦う余裕が残っていた。

『カオスピー…!!』

 反撃しようと前に出ようとした瞬間。

 ―――ドン。

『スフル!?』

 後方から竜巻状の突風をその身に受け、カオスピースフルはバランスを崩し前に倒れる。巨大コウモリへと変身したラプラスの奇襲だった。

『おーっほほほほほ!! 体は丈夫になっても、間抜なところはちっとも変わってないみたいね! 朔夜、リリスちゃん! やっちゃいなさい!!』

「ああ!! リリス、いくよ!!」

「うん!! サっ君、二人で決めよう!!」

 互いを見合うベリアルとバスターナイト。

 エネルギーのチャージを終えたベリアルは、高速回転するレイコライダーの砲門をカオスピースフルへと向ける。

 隣に立つバスターナイトは、ドラゴンブレイカーと左手に装備した【炎龍盾ドラゴンイージス】を変形合体させて巨大な斧【炎龍斧ドラゴンバルディッシュ】を装備する。

「「はああああああ………」」

 頃合いを見て、二人の悪魔は全身全霊の力を込めた必殺技を叩きこむ。

 

「プリキュア・メテオールブレイカー!!」

「ブラッディータワー!!」

 

 どちらも極めて威力の高い必殺技。

 レイコライダーの巨大砲門からはあらゆるものを破壊し消滅させる砲撃が放たれ、ドラゴンバルディッシュの刃先からはすべてを業火で呑み込み灰燼にする血の色のように濃い炎柱が、カオスピースフルへ直撃する。

 ―――ドン! ドンドン!!

『あんびり~ばぼ~~~♪』

 二つの力が合わさった事で生まれたカオスピースフルは、気の抜けた台詞を吐くとともに、元々の姿であるピースフルとカオスヘッドの二体に分離し、消滅していった。

 

 洗礼教会の真の目的が明かされると同時に、志半ばで命を失った三大幹部―――エレミアとモーセ、サムエルの三人は秘かにリリスたちの厚意で静かな場所へと葬られた。

 彼らは純粋にこの世界が平和であり続ける事を祈って戦っていた。悪魔を敵視していたのは、従来悪魔が人間を堕落させる存在である事が歴史的かつ宗教的な理由から知れ渡った事実として分かっていたからであり、その所為でリリスたちとは激しく対立した。

 だが――今にして思えば、彼らも洗礼教会の「黒幕」によって操られていた哀れな被害者だったのかもしれない。

 そう思いながら、散っていった彼らの魂が来世で報われる事をテミスやはるかが祈るかたわら―――リリスと朔夜は彼らの墓前で立ち尽くす。

 やがて、墓標を見つめていたリリスが重い口を開き呟く。

「あんたたちがしてきた事を許すつもりはないけど……その無念くらいは、私がきっちり晴らしてあげるわ」

 リリスは固く誓った。テロリスト集団【洗礼教会】の黒幕――ホセアと、それに与するすべての者を必ず打倒し、死んでいった彼らの為に報いる事を。

 

 

 

 

 

 




次回予告

ピ「真夏の空を浮遊する謎の幽霊船!!」
レ「その幽霊船が通り過ぎた町は、みんなゴーストタウンへと変わってしまった!!」
ク「はるかさんを襲う危機!! 私たちは、天を舞う幽霊船へと乗り込んだ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『真夏の恐怖!空飛ぶ幽霊船!』」
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