ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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今回は幽霊船ネタです。
真夏の空に突如現れた謎の幽霊船によって、人々は魂を奪われます。
リリスたちは、謎の幽霊船の中でそれを操る黒幕の正体を前に驚愕します!
詳細に関しましては本編をチェックです!


第28話:真夏の恐怖!空飛ぶ幽霊船!

 いつの間にか、私は見た事もない場所に横たわっていた。

 おもむろに目を開けて体を起こすと、絵本でしか見た事のないお花畑が広がるのどかな風景が一面に広がり、思わず面を食らう。

「ここは……?」

 私は察した。ここは私の夢の中なのだ、と。

 現実にこんな世界がある筈がない。いつしか夢を見るのを捨て、リアリズムと悲観主義を覚えた私は長らくこんな一種のファンタジーを彷彿とさせる片生りな世界を素直に享受する事が出来ずにいた。

 しかし、逆に新鮮な気持ちだった。こんなに心穏やかで優しい気持ちにさせてくれる夢を見るのは実に久しぶりだった。最後にこうした夢を見たのは、十年前のあの悲劇を経験するよりも前だったかしら――。

 うろ覚えな幼少期の記憶を辿りながら、ひとまず辺りを散策してみる事にした。

 散策すると言っても、周りは花という花で埋め尽くされ、どこまでも同じ光景が続くばかりで変化に乏しい。地平線の向こう側には果たして花以外のものがあるのかしら……そう思いながら歩き続けていた時だった。

 ふと、私の脚は止まった。いや、止まらざるを得なかった。なぜなら、私の瞳にあり得ないものが映ったからだ。

 微かに風に靡く紅色の長髪。艶やかだが気品と優雅さ兼ね揃えたそれを持つ者を私は世界でただ一人しか知らない。

「お母さま……?」

 私の目に狂いなどない。嘗て命を賭して私を生かし、炎の中に消えた最愛の母の姿が確かに眼前の先にあった。

「お母さま! お母さまですよね!!」

 思わず胸躍る。気持ちを高ぶらせた私は無我夢中で走り抜ける。息が切れる事も構わず、ただただ目の前を疾駆する。

 もう少し、あと少しで手が届く。大好きだった母のぬくもりをこの手で掴む事ができるのだ。そう思って、手を伸ばし続けた矢先――

 

「え?」

 いつのまにか、事態は急変した。

 先ほどまで私がいた花畑は前触れもなく地獄の業火に包まれた。同時に、母の姿は一瞬のうちに消えていた。

「なに……これ……?」

 状況がまるで理解できなかった。パニックに陥る私の思考。

 ――け……て……

 すると、灼熱の炎の中から声の様なものが聞こえた。声というよりも音の様に思えてならないそれは、私の鼓膜を突き破って直接脳に響いてくる。

 ――たす……け……

 ――たすけ……て……

 ――殺シテ……ヤルゾ……

 嗚咽。怒号。怨嗟。阿鼻叫喚。

 ありとあらゆる負の感情が炎の中から私を責めるように呼び掛ける。

 それを聞いた途端、全身に迸る強烈な寒気。私は思わず耳を塞いだが、一向に収まろうとはしない。

 ――どうして誰も……助けてくれないんだ……

 ――復讐……シテ……ヤル

 ――許さん……絶対に許さん……

「やめて……! もう聞きたくない……!! お願いだからやめてよっ!!」

 

『なぜ拒むの?』

 唐突に、目の前が真っ暗に染まったと思えば、私の前に現れたのは、自分と瓜二つの姿を持つもう一人の自分だった。

『あなたがどれだけ否定し、拒絶したところで何も変わらない。なぜなら、あなたは自分の本質を知ってるからよ』

 愕然とする私の前に跪く形で、もう一人の私は私に向かって言葉を発し続ける。

『自分の居場所と幸せを壊した敵への憎悪』

 悪意に満ちた表情で私の顔に手を添え、もう一人の私は私が必死で抗い内に隠し続ける憎しみと怒りの念を覚醒させる一言を口にする。

『誓ったはずよ? 悲憤慷慨しても何も始まらない。憤懣遣る方無い思いを掲げて生きるより、いっそ溜めた恨みを晴らすべき。〝鉄には鉄を血には血を〟。憎む情熱はいつだって正しい』

 

『さぁ……憎悪の快楽に身を浸しなさい』

 

 バチバチ。

 精神世界で呼びかけるもう一人の自分の声に呼応するかの様に、封印されてた激しい憎悪と怒りが沸騰し始める。

 私は、黒い静電気をバチバチと体から発しながら次第に慟哭を上げる。

「あ……あぁあっ」

 バチバチ。バチバチ。

「あぁあああああああああぁぁぁああああぁぁぁああああアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」

 憎悪の念に完全に精神を支配された瞬間。私の肉体から猛烈な闇のエネルギーが天高く向かって噴き出した。

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≡

 

黒薔薇町 悪原家

 

「っ!!」

 恐怖を感じ悪夢から抜け出したリリス。カーテンの隙間から薄ら朝陽が差し込み、枕元に置かれた目覚まし時計の針を見れば、時刻は午前五時半を回っていた。

「はあ……はぁ……はあ……はぁ……」

 あり得ない量の寝汗をかくとともに、未だ鳴りやまない心臓の鼓動。

 想像を絶する恐怖を体験したリリスは息を荒らげるとともに、胸元を手で鷲掴みながら夢の中で出会った幻の自分に言われた言葉を思い出す。

 

『鉄には鉄を血には血を』

 

 目には目を歯には歯を――。ハンムラビ法典に代表される報復律に通じるその言葉はより生々しく、きな臭さを孕んでいる。

 戦争が長く続いた時代、悪魔たちは同胞が天使や堕天使の手に滅ぼされる度、その言葉を口にしながら憎悪と敵愾心を募らせていった。一種の鼓舞であり、何より恨みを晴らしてやると言う一種の意思表示だった。

 戦争を直接経験したわけではないリリスだが、少なくとも報復という行為に直接通じる醜悪なまでの激しい憎悪が自分の中で燻り続ける現実を再認識させられた。

 十年前、洗礼教会に全てを壊されたあの日からずっと――そのどす黒く狂気なる感情は悪原リリスという少女の心に巣食い続け、今なお蝕み続けている。

「……っ! げっほ! げっほ! げっほ!」

 突然、気管の奥から沸き上がった猛烈な嘔吐反応に襲われた。

 咄嗟にリリスは机の上にあったティッシュで口元を押さえ、恐る恐る確認する。

 真っ白なティッシュに染みこむ鮮烈な赤い液。さらには口元にも同様のものが付着している。紛れも無くそれは自分の全身を動かす血液そのものだった。

 これが何を意味しているのか――心当たりがあるリリスだったが、まさかここまで症状が急速に進行しているとは思ってもおらず、ただただ呆然。

 やがて、抑えがたい死への恐怖に思考は次第にリリスを支配し、やがて全身を強張らせるほどだった。

「………わたしは……このまま死ぬわけにはいかないのに………」

 とりわけか細いその声からは、到底普段の気丈な姿は垣間見る事は出来なかった。

 

           ◇

 

アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C.

 

 自由の国――アメリカ。世界中から己の夢を実現しようとする者が多く集まるこの国で、それは起こった。

「What’s that!?」

「How big it is!!」

 突然、真夏の空を覆い尽くすほどの陰影が発生した。

 何事かと思い人々が頭の上を見上げると、一際巨大な物体が宙に浮いていた。

 よく見るとそれは帆船の形をしていた。しかし帆船から漂う雰囲気は極めて不気味で、一言で例えるなら【幽霊船】だった。

 人々が突如現れた幽霊船に恐怖感情を抱き始めた、直後だった。

 真上を通り過ぎようとする船から何の前触れも無く、青色の怪しげな光線が地上へと降り注いだ。降り注ぐ光を浴びるや、人々は意識を失った。

 力なく地に倒れる彼らの全身の肌は備長炭のような黒色に変色し、生気を奪われたかのようにピクリとも動かなくなった。

 

           *

 

オーストラリア連邦 シドニー

 

 南半球にある真冬のシドニーでも、同様の幽霊船が目撃された。

 空の彼方よりいきなり現れた幽霊船は、人々の注目を瞬く間に集めたと思えば――街の人々を対象に光を降り注いだ。

 光を浴びた人々は悉く生気を失い倒れ、肌の色がやはり黒に染まったと言う。

 

           *

 

インド共和国 首都ニューデリー

 

 さらにインドでも幽霊船は目睹され、同様の事件が起こった。

 嵐のようにいきなり現れたと思えば、通りかかった街という街からそこに暮らす何の罪も無い人々から、あるものを奪っていった。

 とどのつまり、その幽霊船の通り過ぎた街は、ことごとくゴーストタウンへと変わっていった……。

 

           ◇

 

黒薔薇町 悪原家

 

 世界各地で幽霊船による被害が拡大の一途をたどる一方、ここ悪原家に集まったディアブロスプリキュアのメンバーはと言うと……

「イヤ!! 絶対ハワイがいいの!! ハワイに行きたいの!!」

「バカな事は言わないでもらいたいっ!! そんな資金がどこにあるというのですか!? せめて沖縄くらいでがまんしてくださいっ!!」

 夏休みを利用してメンバー同士での旅行を計画していたのだが、その行き先を巡ってレイとラプラスが激しく対立していた。

「イヤよ!! イヤよ!! あたしは断固ハワイでないと納得できない!! ワイキキビーチで小麦色になるまで肌を焼いて、本場のパンケーキとロコモコを食べたいの!!」

 一応ラプラスは元を正せばサキュバスだ。直射日光を直に当たる行為をする事が自殺行為だという事を分かっているのだろうか。

 そんな彼女の言い分に対し、レイも必死で食い下がってくる。

「沖縄だって捨てがたいですぞ!! チンスコウにソーキソバ、それに向こうにはジンベイザメの大水槽で有名な美ら海水族館だってありますぞ!!」

「チンスコウ? ソーキソバ? はっ、冗談じゃないわね! なんであたしがそんな下賤な食事に手を付けないといけないの? この優雅でビューティフルなあたしがね!!」

「コラっ、ご婦人!! その発言は聞き逃せませんぞ、今すぐ沖縄県民に謝ってくださいっ!! どうせご婦人の事です、食べてみたら……『なんだ意外と美味しいじゃない!!』とか言って、図々しく貪り尽くすくせに!!」

「なっ……! あんたね、あたしはそんなやらしい事なんてしないわよ!!」

「ウソ仰ってください!! 発言ひとつひとつが既にやらしいじゃないですか!!」

「そう思ってるあんたが一番やらしんじゃないの!?」

「なんですと――!」

 こんな調子で激論を交わし合う二体の使い魔。

 リリスと朔夜、テミス、ピットの四人は毎度のことながら既に小一時間も口論をし合っている状況を前に、いい加減にして欲しいという気持ちが芽生えていた。

「一体いつになったら収拾がつくんだ……これで今日何度目になる?」

「せっかくの夏休み、みんなで旅行に行こうという計画を立てていたと思えば……どうしてこうひとつに意見がまとまらないのでしょう」

「そもそもの話、あの二人の趣味嗜好が全くの逆でどっちも妥協って事をしないから話がずっと平行線のままなのよ」

「もうしょうがないんだから……」

 埒が明かないまま時間だけが無駄に過ぎていくのはさすがに悲しすぎると思った。

 リリスは重い腰を上げると、今この瞬間も癇癪剥き出しで喧嘩を続ける二人の仲裁に入ってこれを諌める。

「ほらほらやめなさいって! レイも、ラプラスさんも一旦ストップです!」

「リリス様、どのような事があってもこの我がままなご婦人の良いようにさせてはいけませんぞ! ここは断固沖縄と参りましょう!!」

「ねぇリリスちゃん、ハワイのワイキキで一緒に楽しくてウハウハな事でもしない? ほら、朔夜とラブラブでいたいなら恋人岬でデートするのが一番よ!!」

「すみませんラプラスさん、気持ちはとーっても嬉しいですし出来ればそんなロマンチックな事してみたいですけど……恋人岬はグアムですね」

 ちなみにグアム以外にも、日本の静岡県伊豆市にも同名の岬がある事を補足しておく。

「はははははは!! 所詮ご婦人の知識などその程度なのですよ!! 大人しく東京のどこにでも売ってるであろう、ダミアンナッツでも食べていればいいのですぞ!!」

「レイ、あんたも間違ってる。マカダミアナッツだから……ダミアンは悪魔の子よ。誰も買い手が付かないわよそんなお菓子」

 知らない人の為に補足すると、ダミアンとは一九七六年に製作されたアメリカの映画作品の登場人物で、六月六日午前六時に誕生し、頭に「666」のアザを持つ悪魔の子を巡る物語の事である。

「結局のところ、一体どこにするんだ?」

「「ハワイ(沖縄)っ!!」」

 朔夜からの問いかけに、レイとラプラスは声を合わせてそれぞれが行きたいところを主張。これが原因でまた火花を散らし合い喧々とし始めたので、リリスは深い溜息を吐いたのち、こう言って来た。

「もうめんどくさいから間を取って、どこにも行かない事にしましょう……」

「「え!? えええええええええええええええええぇぇぇえええ!!」」

 聞いた瞬間、レイとラプラスは驚きを通り越して戦慄した。

「リリス様っ!! それはいくら何でもあんまりですぞ!!」

「せっかくの夏休みなのよリリスちゃん!! こんな蒸し暑い東京で何日も過ごせって言うの!? そんなのあたしには耐えられないわー!!」

「二人の気持ちは分かるんだけど……私的には出かける気力が湧かないと言うか、何と言うか」

「どうしたんだいリリス?」

「そう言えば何だか最近、顔色が優れないみたいだけど」

「夏風邪でも引いたんですか?」

「そんなんじゃないの。ただ……」

 言いながら、リリスはソファーへとゆっくりと腰を下ろし、倦怠感が見られる表情を浮かべる。

「ここのところあまり食欲も無いし、毎日きちんと睡眠取ってるはずなのに、すごく眠いし立ち眩みも酷くて……」

「大丈夫なんですか!?」

「病気じゃないの!?」

「みんなして心配性ね」

「心配もするさ!」

 思わず声を荒らげた朔夜は、辛そうにしている彼女の手を包み込むように両手で握りしめ、不安げな瞳でリリスの顔をじっと見つめる。

「リリスにもしもの事があったらオレたち……気が気じゃなくなるんだ。だから、もっと自愛を持ってほしい」

「そうよ。あなた本来は悪魔のくせに最近は周りの為に色々頑張りすぎてるのよ。ここはあなたの気持ちを汲んで、大人しく家で静養するのが一番だと思うわ」

「サっ君……テミス……」

 朔夜とテミスがリリスの体調を考慮して至極真っ当な事を言う。すると話を聞いたラプラスは、露骨なまでの不満を露わにする。

「えぇ~~~!! じゃあ、あたしの夏休みの計画は!?」

「何を言っているのですかご婦人!! もちろんボツですよそんなの!! とにかく、リリス様の体調がすぐれない状況で旅行も何もあったものではありません!!」

「そんな~~~!! せっかく新しい水着を新調したばっかだって言うのに……ラプラス、ショック!!」

「すみませんラプラスさん、このお返しは今度何らかの形で埋め合わせしますから」

「リリス様、ご婦人に気を遣う必要はございませんぞ!! あなたの体調の事などどうでもいいかのような発言を先ほどしたではありませんか!?」

 確かにラプラスの言動は、明らかにリリスの体調など考慮していない自分の欲望剥き出しゆえの不満だった。レイの言う事は筋が通っているし、言われてみればそうなのかもしれない。

 そんな折、ピットが今更ながら気が付いた事があった。

「ところで今日はまだ、はるかさんとクラレンスさんが来ていませんわね……」

「ああ。はるかは一昨日から塾の夏期講習がああってね。もうそろそろ終わる頃だと思うけど……」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 繁華街

 

 午後二時過ぎ。

 黒薔薇町から電車で三十分ほど離れた場所にある進学塾で開かれた夏期講習を終えたはるかと、付添いのクラレンスはただいま黒薔薇町に帰る為、都内の道を歩いていた。

「ハヒ~~~。夏期講習無事に終わりました~~~!!」

「お疲れ様です、はるかさん」

「クラレンスさんもわざわざすみませんね。最後まで付き合ってくれまして」

「いえ。はるかさんに何かあってはいけませんから。さ、早くリリスさんの家に参りましょう」

「はい! それではスペシャル超特急で参りますよー!!」

 と、テンションアゲアゲの彼女が駅までの道のりを全速力で走って行こうとした――そのときだった。

「ハヒ?」

 先ほどまで真夏の太陽がかんかんと照りつけていたはずが、突然周囲が暗くなり始めた。太陽光の反射で地面に映った自分とクラレンスの影が、たちまち一際大きな影に呑みこまれていった――これはどうした事か。

「急に空が暗く……通り雨でしょうか?」

「でも今日は雨が降るなんて事は天気予報のお姉さんも言っていませんでしたし……なんか変ですね」

 雨が降る前兆にしては不自然な感じがした。

 すると、頭上からグオオオ……という鈍く気味の悪い音が聞こえてきた。あまり聞き慣れない音に対しはるかは首をかしげる、おもむろに空を見上げる。

 すると、全長四〇〇メートルはあるであろう、巨大な髑髏の意匠を持つ帆船――噂の幽霊船が飛来した。

「な……あれは!!」

「ハヒぃ――!! 幽霊船っ!! 幽霊船ですっ――!!」

 

『臨時ニュースをお伝えします! 現在、謎の飛行物体が太田市上空を通過中です。繰り返します! 現在、午後二時過ぎ東京に突如出現した謎の飛行物体は、人体に極めて有害な光を放ちながら北東に進み、現在太田市上空を通過中です。なお、この飛行物体の光を浴びた人間は今も全員が原因不明の仮死状態に陥っています!!』

「ったく……どこの太田市だよ……」

 テレビをつけっぱなしのまま、家で休んでいた会社勤めの男は夜勤明けの為か非常に不機嫌そうだった。

 睡眠を妨害する幽霊船の出現に内心癇癪を起こしながら、カーテンで閉め切った部屋に日の光を差しこむと共に、ベランダへと出る。

 途端、太陽の光を遮る巨大な影が男の住むマンションをすっぽりと覆い尽くす。そして船体から人体に極めて有毒と報道される青色の光線が注がれた。

 光線による直撃を浴びた結果、男の肌は黒く染色。そしてニュースの報道にあった通り仮死状態へと陥った。

 

 怪光線を放ちながら東京の空を縦横無尽に行き来する謎の幽霊船。

 街がゴーストタウンと化し、そこに住まう人々が原因不明の仮死状態に陥るという事態に、政府は空自――すなわち航空自衛隊による幽霊船迎撃作戦を決定した。

 直ちに航空自衛隊が保有する偵察機および戦闘機が出動し、人々を恐怖に貶める元凶に対しコンタクトを行う。

『こちら航空自衛隊偵察機! 領空侵犯の幽霊船に告ぐ。今すぐ我々の命令に従え。繰り返す、領空侵犯の幽霊船、今すぐ我々の命令に従え。これに従わない場合、撃墜する!』

 偵察機からの呼びかけに、幽霊船内部からの応答はない。

 応答がない事を受け、空自は投降の意思なしと判断――宣告した通り幽霊船の撃墜を敢行する。

「フォーメーション3! 幽霊船を攻撃する!!」

『『『了解!!』』』

 幽霊船の周囲を旋回する三機の戦闘機は、三地点へと散らばると、幽霊船の上部、右側面、左側面部分へと狙いを定め――ミサイルを撃ち込んだ。

 

 ドドーン……。ドーン。ドカーン。

「やったか!?」

 ミサイルは全弾命中した。

 確かな手ごたえを覚えた空自だが、黒煙が晴れた際に彼らが目の辺りにしたのは―――炎を上げるどころか傷一つ存在しない無傷の幽霊船だった。

「くそ!! まるでビクともしない!!」

「なんて奴だ……!」

 ミサイル攻撃すらものともしない驚異の装甲強度。生半可でない防御力を有する未知なる敵を前に、空自は尻込みをする。

 ピピピ……。

 すると、戦闘機の回線に見知らぬ者からの通信が割り込んできた。不思議に思って回線を行ってみると、

『今すぐ攻撃を中止してください!!』

 画面に見えて来たのは切羽詰った様子の青年――神林春人だった。

「な、なんだ君は!? 空自の回線にどうやって……!?」

『突然のご無礼をお許しください。僕は警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵、神林春人です。あの幽霊船の中には、人間のプラズマエネルギーが取り込まれています』

「なんだって!?」

 自然界には、地球のエネルギーの源である太陽、それから吹き出す太陽風、地球を取り巻く電離層、極地の空を彩るオーロラ、真夏の積乱雲から走る稲妻等、様々な形のプラズマが存在している。春人が伝えようとしているプラズマとは即ち、人間の体内から分離してしまった【魂】を示していた。

『幽霊船が放っている光は、人体からプラズマエネルギー……魂だけを分離させ吸い上げる特殊な光線である事がこっちの調査で判明しました。つまり、幽霊船の光を受けた人間はまだ誰一人死んではいません。幽霊船の中に魂を閉じ込められているんです』

「信じられん……幽霊船の中に、人間の魂が!?」

「デタラメを言わないでくれ!! 我々は真剣にだな……!!」

『これはデタラメなんかじゃありません。これまで世界中で確認されている幽霊船の被害に遭った人数と、幽霊船の中に蓄積されたプラズマの量がほぼ一致している事も調査済みですので、あしからず』

 客観的に裏付けのあるデータを元に春人は報告を行った。

 やがて、特別分室が掴んだ情報が信憑性の極めて高い正しいものである事が、この後すぐに空自の参謀本部からの回線によって判明した。

 幽霊船内部に人間の魂が閉じ込められている状況で下手に攻撃する事が出来なくなってしまった自衛隊は、止むを得ず帰投するという判断を下すほか無かった。

 

「慌てず逃げてください!! 落ち着いて逃げてください!!」

 幽霊船の脅威が確実に攻まり来る中、避難区域に指定された街の人々は警官隊の指示に従って、慌ただしく避難を始めていた。

 はるかとクラレンスの二人は、たまたま幽霊船を目撃し、避難区域指定の場所に居たから、他の人々と一緒に現在避難を行っている。

「こんな事ってあるんでしょうか!? ひょっとして、これも洗礼教会の仕業なんじゃ……!」

「可能性は大きいですね! しかし、あんなものが現れるなんて……」

 これまでにも洗礼教会が関与したクリーチャーによる犯行およびテロ行為はあったが、今回のように巨大な飛行物体――幽霊船が街中に現れるという事態は初めてのケースだった。

 戸惑いを抱きながらはるかとクラレンスが避難活動に集中していると、予期せぬ事態と出くわしてしまった。

「ままー……ままー……」

「あれは……!!」

 はるかの目に飛び込んできたのは年端もいかない少女で、明らかに泣いていた。どうやら避難の途中で、母親とはぐれてしまったらしいと一目見て分かった。

 少女を放っておけなかったはるかは、ママと連呼する少女の元へ大急ぎで駆け寄った。

「どうしましたか!?」

「ままとはぐれちゃった……」

「わかりました!! 一緒にお姉ちゃんが探します!! さ、ひとまずお姉ちゃんと一緒に逃げましょう!」

「はるかさん!!」

 クラレンスが大声で呼びかける。

 少女を連れて逃げようとした際、既に幽霊船ははるかたちの真上まで迫っていた。そして船体から青色に輝く怪光線が放たれた。

「危ないっ!!」

 咄嗟に少女を庇おうと、はるかは自らが光を浴びてしまった。

「おねえちゃん!!」

「はるかさん!!」

 幽霊船が通り過ぎると、はるかの体内から彼女のプラズマエネルギーが抜き取られた。結果、彼女の肌は黒く変色し、仮死状態へと陥った。

「はるかさん!! はるかさん!! はるかさぁ――ん!!」

 パートナーの変わり果てた姿を前に、クラレンスは発狂寸前だった。

 激しく体を揺すって耳元で叫ぶも、それらの行為も虚しくはるかの体はピクリとも動かなかった。

 

           *

 

黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック

 

 病院に運び込まれたはるかの変わり果てた姿に、彼女の両親は多大なるショックを受け、悲しみに打ちひしがれた。

 彼女の両親がショックを隠し切れず、病室の外でぎゃんぎゃん泣きじゃくる。

 一方、リリスたちは肌が黒く変色し屍同然に眠っているはるかの事を見ながら、沈痛な面持ちだった。

「はるか……」

「何というお姿に……くっ!」

「すみません、はるかさん!! 私が側にいながら、あなたをこんな目に遭わせてしまって……」

 今回の事でクラレンスは大きな責任を感じていた。

 本来なら、命を賭して主を守る側の自分が何も出来なかった事が悔しく、情けなかった。かつてはるかがザッハからクラレンスを助けようとした時と同じ心境だった。

「クラレンス。気持ちは分かるけど、自分を責めてもしょうがないわ。それにはるかだって、こうなる事も覚悟してその女の子を助けたんでしょ。プリキュアとしての自分の使命を全うしようとした。殊勝な心掛けだと私は思うわ」

 テミスは気高い行動だったと称賛して少しでもクラレンスの哀しみを和らげようとするが、あまり効果は見られなかった。

「大体にして何なのよ、その幽霊船って言うのは?」

「神林春人から送られてきた写真がある。今から見てみよう」

 スマートフォンを取り出すと、朔夜は春人本人から送られてきた写真を取り出そうと操作を行う。

「イケメン王子……いつからあの男とLINE友達になったのだ?」

 率直なるレイからの疑問が向けられると、朔夜は答える。

「先日Facebookを介して、友達申請を行った」

「チョー意外なんですけど――!!」

 てっきり犬猿の仲だと思われた朔夜と春人がSNSを媒介に友達関係を築いていたとは、リリスたちも初耳だった。

 仰天を通り越してある種のショックを抱く彼女たちを余所に、朔夜は春人から送られてきたフォルダの中にあった、幽霊船の画像を公開する。

「これは……」

 そこには、雲の中を航海する髑髏の意匠を持つ巨大な帆船が映っていた。幽霊船と言うイメージもさる事、一七世紀に実在した海賊船を彷彿とさせるデザインだった。

 だがこの幽霊船こそが今回の事件の元凶である。そして幽霊船の画像を見た際、テミスの中の疑問が確信へと変わった。

「間違いないわ。大昔から伝わる、黄泉の国を彷徨い死者の魂を呼び寄せると言う噂の船だわ!」

「でも、どうして幽霊船が魂を?」

「幽霊船自体が何らかの意志を持っているのかもしれません。ひょっとしたら、魂を燃料に飛び続ける船なんじゃ!」

「盗られた魂なら、取り返す方法もきっとあります! 私が行きます! 私が行って、はるかさんや他の人たちの魂を取り返してきます!」

 真っ先に名乗りを上げたのはクラレンスだ。彼はパートナーのはるかの魂を取り戻そうと、相当躍起になっていた。

「ちょっと待ちなさい!」

 猪突猛進で敵陣へと乗り込もうとするクラレンスの浅慮な行動に、リリスは制止を求めるとともに厳しく諫言する。

「少しは考えなさいクラレンス! 幽霊船に入る前にあなたまで魂を抜かれたら、こっちの苦労が倍になるだけよ!!」

「ならどうすればいいのですか!?」

「ひとまず落ち着きなさい。慌てず、こう言うのは何事も算段あって動くべきなのよ。そうでしょう……――ベルーダ博士?」

 そう呼びかけると、病室の扉からベルーダが顔を覗かせて来た。

「にししし。呼ばれて飛び出てジャジャジャーん!! なんちゃってのう~!!」

「って! 貴様をこの場に呼んだ覚えなど無いぞ、ニート博士!! あとギャグが昭和だ!!」

「リリス嬢に呼ばれたから来たんじゃよ。あと昭和をあまり舐めるなよ小僧めが」

「で、準備はどうかしら?」

「幽霊船に入る手立てなら――確り用意しておるぞい!」

 不敵な笑みを浮かべながら、ベルーダが取り出したのは青、黄、赤色のランプが付いた不格好な形をした大きめの腕時計のような発明品。全員が目を見張ると、ベルーダは発明品の説明を始める。

「これはじゃな、人体のプラズマ素粒子と同じ密度のバリア素粒子を発生させる装置じゃ。これを付けていれば幽霊船の光を浴びても人体から魂が分離する心配はな――い!! どうじゃ、ワクワクする展開じゃろう?」

「いえ……別々にワクワクはしませんけど」

「とりあえず安心ね」

 外見の問題を除けば、ベルーダはこれまでもディアブロスプリキュアの為に様々な発明品を提供し、その都度彼女たちを助けてきたことは事実だ。ある程度の信頼は持っても問題は無さそうだ。

 プルルル……。

 朔夜のスマホに掛かって来た着信。発信者は神林春人からだ。

「もしもし?」

『幽霊船の居場所を突き止めたよ。乗り込むなら僕が協力して上げてもいいけど?』

「その上から目線な言い方は、いい加減どうにかならないのか?」

『四の五の言わないでもらいたいね。どうするの、協力して欲しいの? して欲しくないの?』

「わかった。協力を要請する」

『素直にそう言えばいいんだよ。今から五分後にそっちに迎えに行くから、準備は整えておくことだね』

 話が終わると、朔夜は嘆息してからリリスたちの方を見る。どうやら春人も協力してくれる事になった。頼もしい助っ人である反面、少々心配もあった。

「まぁいいわ……それじゃあ、幽霊船に乗り込むわよ!!」

「「ああ(ええ)!!」」

「「「「はい(オッケイ)!!」」」」

 出発の直前、リリスはベッドの上で死人同前のように眠り続けるはるかを見ながら、心の中で呟いた。

(待ってなさい……必ずあなたの魂を取り戻して見せるから!!)

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

 幽霊船出現の一報は、他勢力混合のテロリスト集団であるという事が明るみとなった洗礼教会の幹部たちの耳にも入っていた。

「なんと……あの幽霊船が人間界に?」

「それって、黄泉の国を彷徨い死者の魂を積んでるあれの事か?」

「その通りですが……何か? 幽霊船の出現は、我々にとって何か不都合な事でもあるのですか?」

 報告を持ち帰った本人であるラッセルが何ひとつ理解していない中、彼女の直属の上司であるダスクは、かぁ~~~と呆れの声を漏らす。

「ラッセルさ、お前って奴はほんと鈍いよなー。誰が操ってるのは知らねぇがよ、このままだと俺たちの商売あがったりだって事にまだ気づかねぇのか?」

「え!?」

「つまりこのままだと、地上世界は元より、他の世界もその幽霊船による独り相撲によって滅ぼされてしまうのだ」

「理解できたっすか、そこんところ」

 ホセアが補足をした事でラッセルもようやくこの度の事の重大さを理解する。

 コヘレトが念を押して尋ねると、彼女は引き攣った顔を浮かべながら「確かに、流石にダメかも!!」と、焦りを露わにする。

 現在の洗礼教会の目的は、何からの方法を用いての大規模なテロ行為を起こし世界を屈服させる事だ。だが今回はクリーチャーの干渉をまだ行っていない中で起こった不測の事態だ。見えざる神の手の暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】所属のクリーチャー・アパシーは面倒な事になる前に収拾を付ける必要があると考え、ホセアに具申する。

「プリースト。ここは私と部下たちが幽霊船の調査に……」

「いや、待つのだ。いずれにせよあの幽霊船に安易に近づくことが出来ぬ以上、ディアブロスプリキュアの動向を見守る事にしよう。万が一敵が我々にとって都合のいい相手であるのなら、懐柔して幽霊船ごとこちらの戦力として取り込むまでの事だ……」

 

           *

 

東京 上空一〇〇〇メートル付近

 

 リリスたちは、日本有数の巨大財閥・大河内財団が保有する特殊小型ジェット機に搭乗して、空飛ぶ幽霊船を目指していた。

 今回の突入作戦に参加するのは、リリスを筆頭とするディアブロスプリキュアのメンバー、そして警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵こと、神林春人だ。

「まさか貴様と一緒に幽霊船に乗り込むことになるとはな」

 朔夜が隣に座る春人へそう呼びかけると、鼻で笑った春人が言う。

「これが本当の呉越同舟って奴だよ。もっとも、まだ船に乗ってはいないけどね」

「あなた、そんなジョークが言えるんだ」

「……君は僕の事をどんな冷血漢だと思っていたのかな、テミス・フローレンス?」

 普段でこそ近寄りがたい雰囲気を醸し出す春人の口からそのような冗談を聞けるとは思いもしなかった。吃驚した表情を浮かべるテミスの発言を聞くや、春人は鋭い瞳で彼女を見る。

「ちなみに、僕は幼少の頃から『笑〇』だけは欠かさず見ているんだ」

「いや、誰もそんなこと聞いてないんだけど……」

 全くもってどうリアクションをとっていいのか分らなかった。それにしても春人の趣味は少々年寄り染みているような気がしたのは、気のせいであろうか。

 一旦窓の外を見てみる事にした。

 クラレンスが見る限り、辺り一面厚い雲で覆われていて、視界が非常に悪い。これでは肝心の幽霊船を捜索する事さえ難しい。

「雲が多いですね……」

「こんなんで本当に見つかるのかしら?」

 

 ――ドゴーン!!

 

「きゃ!!」

 突然の雷鳴。

 尻込みしたピットがレイの腕に抱きついた。レイにとって、決して悪い気はしなかったがつい鼻の下を伸ばしてしまった。

 すると、視界を遮っていた雲が晴れると同時に目的の幽霊船の姿を確認した。

「見えた!」

「あれが噂の幽霊船?」

「ちょ……ウソでしょう! どんだけ大きいのよ!?」

「目測だが、高さはこのジェット機の二十倍以上はあるだろうな」

「ひょえぇ~~~!!」

 近くで見れば見るほど、幽霊船の巨大さと不気味さが際立つ。ボロボロになった帆を張って黄泉の国から人間界へと姿を現したこの船を、一体誰が操縦しているというのだろうか……皆目見当がつかない。

「あの髑髏から潜入してください」

「了解した!」

 操縦士は春人の指示を受け、ゆっくりと幽霊船へと接近する。

 ピピピ……。

 ちょうどそのとき、ベルーダからの全体通信が入った。

『よいか皆の衆。バリアのリミットはきっかり六〇分じゃ。努々忘れるでないぞ!』

「わかってるわよ、心配しないで」

「必ずはるかと街の人たちの魂を取り返してくるから」

 ベルーダとの連絡を終えると、彼から渡され左腕に巻きつけていたバリア発生装置の電源を起動させる。この瞬間から、リリスたちの全身を見えないバリアが包み込む。

 準備は万端に整った。

 一行は、謎の幽霊船の中へと潜入を開始した。

 

           *

 

幽霊船 内部

 

 船内は船というよりも、巨大な一つの空間を形成していた。

 光すら碌に届かない薄暗く湿気の多いこの場所は、レイにとってこの上も無く都合の悪い場所だった。と言うのも彼、ベルーダ邸でのやり取りを思い出して欲しいのだが……オバケの類が大の苦手だった。

「ああ……暗いな。やっぱりやめませんか!?」

「ここまで来て何言ってんのよあんたは!!」

「だって怖いじゃないですか!?」

「使い魔が幽霊やオバケを怖がってるんじゃないわよ!!」

「も、申し訳ございません!!」

 肝心な時にあまり役に立たないのが彼である。誰にでも怖い物、苦手な物はあると思うのだが、リリスの言う通り使い魔が幽霊を怖がるのも正直どうかと思う。

 春人を先頭にリリスたちはその後も広大な船内を移動し続ける。船の中に捕われた街の人々、そしてはるかの魂が集まった場所をひたすら目指して。

「センサーではこの奥の方に人間のプラズマが溜まっているとあるけど……」

「はるかさーん!! 居たら返事をしてください、はるかさーん!!」

 パートナーの名を呼びかけるクラレンス。しかし、彼女からの返答は無かった。

 

 歩きはじめて十五分。

 一行は幽霊船の中枢部分と思われる、ブリッジらしき場所を歩いていた。

 ここでも、レイは過剰なまでの恐怖心を見せており、ついつい周りに居る者にしがみ付いてしまう。そんな臆病な彼に辟易したピットが、自分の肩にしがみ付くレイの手を払いのける。

「レイさん、ちょっとくっつき過ぎです……男らしくありません」

「そ、そんな~~~! ピットまで~~~! 明らかに出そうじゃないかここは……!?」

 何が出てきてもおかしくない幽霊船。レイの心臓はバクバクと激しく鼓動し、今にも破裂してしまいそうだ。

「はっ!!」

「な、なに!?」

 吃驚した声を発したレイ。

 ラプラスが慌てて彼の元へ駆け寄ると、彼が恐怖を抱いたものを見るなり呆れてしまった。

「あんたね……ただの鏡じゃない」

「え!? あ……なーんだ!」

「このヘタレドラゴン!」

「大きなお世話ですよ!!」

 ラプラスに馬鹿にされても仕方のない事だとは思う。

 とにかく、レイは鏡だと分かった事で安堵し、引き攣った顔をどうにか直そうと鏡を凝視する。

『でへへへへへ。あいさつ代わりだよ~ん!!』

 その途端、鏡の中から角付き兜をかぶった半透明の物体――幽霊が飛び出した。そして、レイの唇と自分の唇とを合わせて来た。

「う……うぎゃああああああああああああああああ!!」

 望まぬ幽霊とのファーストキスを味わった事で、レイの中の理性の金具が吹っ飛んだ。

「ゆゆゆゆゆゆゆ、幽霊にチューされた!!」

「はぁ!? またバカなこと言って!」

『ユ~レイヒ~! そうでも無かったりして?』

 すると、先ほどレイにキスをした幽霊とは別の個体、一つ目の幽霊がラプラス横に無造作に放置された木箱の中から飛び出してきた。

「あああ……ああああああああああああああああ!!」

 まさか本当にいるとは思わなかったから、ラプラスは怖くなってその幽霊にビンタを食らわした。

『ユ~レイヒ~!』

「きゃあああ!!」

 さらに、また別の幽霊がリリスの足下から飛び出した。

 先ほどまでは男だったが、三人目は髪型が炎の形をした女の幽霊だった。望遠鏡を握りしめると、リリスのスカートの中を覗き込む。

『あはっ。みーえちゃった!』

「ふざけるな」

「茶番は笑〇だけで十分なんだ」

『はは……なーんてね♪』

 悪ふざけが大嫌いな朔夜と春人が殺気の籠った瞳で幽霊を威嚇する。対する幽霊三体はおちゃらけた様子だった。

『んじゃまぁ、歌っちゃおう!』

『『歌っちゃおう!』』

 唐突に幽霊三体は、勝手に歌を歌い始めたのだ。

『『『おれたちゃユ~ウ~レ~イ! こわいぞ、ユ~ウ~レ~イ! ユ~レイヒ~~~!! ユ~レイヒ~~~!! 御魂をまもっ~て、泣く子もだま~らす! ぜったい言わない! 御魂の場所は! この先だなんて~~~内緒だよ!』』』

「あらそうなの。ありがとう」

 リリスたちは幽霊の言っていた言葉を信じて、ブリッジの奥へと向かった。

『あれ!? 御魂の方に……』

『行っちまったぞ!』

『なんでわかっちゃったの? なんで? なんで?』

 理由は簡単だ。君たちがあまりにオマヌケだからである。

 

 間抜けな幽霊たちの歌に従って、リリスたちは幽霊船の最深部へとやってきた。

 この最深部に、捕われた街の人々やはるかの魂があるはずだ。手分けしてそれを探そうとし始めようとした時――前方にある物が見えてきた。

「あれは……」

 巨大な髑髏の形をしたレリーフが飾られていた。

 その周囲をよく見ると、青白く発光する人魂の様なものが宙を舞っている。

「ひやああああああ!! ひ、人魂が浮いている――!!」

 案の定。レイは人魂を見て悲鳴を上げた。

 

『ふふふふ……まさか念願の相手が自ら赴いてくれるとは思わなかったぞ。ディアブロスプリキュア……いや、キュアベリアル』

 

「その声は……まさか!?」

 リリスを始め、朔夜、テミス、そして使い魔たちにとって周囲から聞こえてきた声は一度は訊いた事のあるものだった。

 周囲に浮かぶ人魂がひとつにまとまり始めると、徐々にその形が浮かび上がってきた。

 死神風の漆黒のローブを身に付けている、その一点だけを除けばリリスたちの前に現れたのは、浅黒い肌を持つかつて倒されたはずの堕天使の幹部――ザッハだった。

「ザッハ!?」

「なのか……!?」

『いかにも。私は堕天使ザッハ。もっとも、今の私は幽霊だがな……』

「じゃああんたがこの船を操っていた黒幕!?」

『いかにも。キュアベリアルによって倒された私は黄泉の国を彷徨い、怨念を蓄えながら復活の機会は無いかと模索していた。そんな時だ、私はこの幽霊船を見つけた。幽霊船を手に入れた私は人間界へと赴き、この地上で生きとし生けるものたちから生体プラズマ……すなわち魂を吸い取り完全なる復活を目論んだ!!』

「そして今度は……この船に乗り込んできた僕たちの番、と言う事なのかい?」

『その通りだ』

「生憎だけど、それは無理な話よ」

 怨霊となりながら執念深くこの世に復活を遂げようとするかつての仇敵を前に、リリスたちは敵意を剥き出し対峙する。

『ふふふ……そう怖い顔をするでない。諸君に面白い物を見せてやろう』

 ザッハは、指をパチンと鳴らした。

 すると合図とともに、檻に入れられた人魂が飛んで来た。

 リリスたちが怪訝そうに見る中、檻の中に捕われていた人魂が人の形を成し始める。やがて、人魂が姿を変えたのははるかだった。

『リリスちゃん!! クラレンスさん!!』

「はるかっ!」

「はるかさん!!」

『皆さん、早くここから逃げてください!! ザッハをこの世界から遠ざけなければ、この世界から命と言う命が根こそぎ奪われてしまいます!!』

「って、あなた言ってること矛盾してるわよ!? 私たちをここから逃がしたら、あいつの思う壺じゃない!」

「はるかさん、私たちはあなたや街の人たちを助け出すためにここまで来たのです。さぁ、我々と一緒に帰りましょう!!」

『無理だな。この船の船長である私が拘束を解かぬ限り、彼女や他の人間共の魂は永遠に解放される事はない』

「だったら、貴様を再び葬り去って解放するまでだ!」

 朔夜の言葉を皮切りに全員が臨戦態勢に入る。それを見たザッハは悪意を孕んだ表情を浮かべる。

『この先に待ち受ける我が下僕たちに敗れた瞬間、お前たちの命は終わる。さらば―――!!』

 すると、再び指を鳴らすザッハ。

 彼が髑髏のレリーフから離れた瞬間、その瞬間髑髏の口が開かれ、不気味な舌のような触手がリリスたちを捕えた。

「「「「「「「「うあああああ!!」」」」」」」」

『リリスちゃん!! みなさん!!』

 触手に捕えられたリリスたちは抵抗する暇も無く、髑髏の中へと吸い込まれ、亜空間の底へと落ちて行った。

「くうう……あんたの思い通りになんか絶対させないんだからね!! ザッハ――!!」

「「「「「「「うわああああああああああああ」」」」」」」

 

 

 

 

 

 




次回予告

リ「怨霊となったザッハの罠に嵌った私たち四人」
朔「亜空間へと落ちたオレたちの前に立ち塞がる、謎の敵」
テ「チョイアークとか、アカオーニとか…どこかで聞いた事のある名前ね」
春「全く。死人の分際で随分と出しゃばってくれるよね。堕天使ザッハ…君は僕らが必ず正義の鉄槌を下してあげるよ」
リ「ディアブロスプリキュア! 『幽霊船の決戦!プリキュアVS最恐の悪役軍団!!』」
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