前回リリスが倒れてしまいましたが、その理由がついに明かされます。
そしてさらにさらに・・・!!洗礼教会がまた新たな刺客を差し向けます。各勢力内で一体何が起こっているのか!?
怒涛の第4章へと続く布石のお話、ご覧ください!!
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
その日は突然の嵐に見舞われた。
ベルーダは妙なきな臭さと不吉さを報せるが如く降り出した豪雨を窓際で眺めながら、物思いにふける。
(確か、あの日も……ちょうどこんな雨の日じゃったか)
ベルーダはちょうど一年くらい前の日の事を思い出す。
一年前、今日の様な雷鳴轟く大雨の日を歩いていた時だった。まるで申し合わせたかのように、彼女と出会った。
何かを決意したように、ずぶ濡れになりながらも人気ない道で一人立ち尽くし、何時間も自身が来るのを待ちぼうけていた少女――悪原リリスの事を。
「ん?」
そんな折、窓の外を眺めていたベルーダの目に意外な者が見えた。
洋館の前に停車した一台のワンボックスカー。すると運転席と助手席から人間に化けたレイとはるかが飛び出し、駆け足で玄関へと向かう。
ただ事ではないと思い踵を返し部屋を出ようとした折、バタンっという大きな音を立て、扉が開かれ――全身雨でぐっしょりとしながら、息を上げて血相を変えるレイやはるかたちが入ってきた。
「ニート博士!!」
「ベルーダ博士、助けてください!! リリスちゃんが……!!」
「まさか……」
レイの背中に担がれたリリスの顔からは血の気がなく、全身ぐったりとしていた。
恐れていた最悪の事態がついにやってきたのだと確認した瞬間――風雲急を告げる雷鳴が大きく鳴り響いた。
*
異世界 洗礼教会本部
リリスの身に重大な危機が訪れる一方、テロリスト集団であるという実態が暴露されて久しい洗礼教会に、新たな動きが見られた――。
「カルヴァドス。いよいよお主の力を借りる時が来たようだ」
ホセアはダスクの手引きで冥界の監獄【ハデス】からの脱獄に成功した、はぐれ悪魔のカルヴァドスを呼び出すと、新たなテロの画策に向けた作戦実行命令を下した。
「ふふふ……ようやくボクの出番って訳ですね」
フード越しに笑みを浮かべると、おもむろに目深にかぶったフードを外し素顔を曝け出す。
凶悪な犯罪歴を抱えているとは思えないあどけない容姿。悪魔であるという事が嘘であるかのような見目好く無邪気な十代前半相当の少年。カルヴァドスはホセアを前にニコッとはにかみ、アニメ声で言ってくる。
「いつお声がかかるかずっと待ってたんですよ。あんまり焦らさないでくださいね、ホセアさん」
*
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
「リリスちゃん、しっかりしてください!!」
「リリス様! リリス様!!」
突然倒れたと思えば、リリスは意識を失い昏睡状態に陥った。
急 を要する事態に困惑したはるかたちは、大至急ベルーダの元へと彼女を運び込んだ。
担架に乗せられたリリスは苦しそうな表情を浮かべ、口元には酸素マスクが着けられる。呼吸が乱れ汗の量も尋常じゃない。彼女へ周りがいくら呼びかけを行っても、いつもの毒舌はおろか真面な返答ひとつ出来ない。
切羽詰ったはるかたちは、不安気な様子で現在リリスを診療中のベルーダへ恐る恐る尋ねてみる。
「ドクターベルーダ、リリスは!?」
すると、朔夜から問いかけられたベルーダは診察を終えると、兎に角渋い顔つきではるかたちを見る。
「……非常に深刻な状態じゃ。済まぬが、大至急緊急の救命処置 を行うのでな。席を外してくれんか」
「とか何とか言って、体よく実験の言い訳にしてリリスちゃんをイジくり回すつもりなんでしょアンタ!?」
「そ、そうなのかニート博士!!」
「ワシを信じろ!! ……と言っても、普段が普段じゃからな。無理な話かもしれんが」
ラプラスとレイから強い疑いの目を向けられ、思わずベルーダは声を荒らげる。しかし同時に今までの行いを考え、自嘲した笑みも浮かべる。
「安心せい。今日に限ってそんな野暮な事はせん」
「お願いします!! どうかリリスちゃんを……助けてください!!」
「私からもお願いします!」
親友であるリリスを思って、はるかが涙目で訴える。そんな彼女に便乗してテミスもまた頭を深々と下げ懇願する。
ベルーダはリリスの為に頭を下げ、未だに素性も良く分からぬ男を本気で信じようとする彼女たちを健気だと思いながら、柔らかい笑みを浮かべる。
「――ベストを尽くそう」
一言だけ約束する。
そして、自分とリリスを乗せた担架だけを処置室へと残して他のメンバーを全員退室させた。部屋を出たはるかたちは、一刻も早くリリスが良くなる事を祈り、今は亡き神へと縋る思いだった。
(神さま……どうかリリスちゃんを助けてください……!!)
一方、処置室に残ったベルーダは早速、悪魔であるリリスに対する緊急の救命処置 を施そうと、諸々の準備を整える。
透明な手袋を身に付け、特別な機械類を用意すると、リリスの細い二の腕に注射針を差し、麻酔を注入。麻酔が効き始めるまでのほんの数秒間――ベルーダはリリスの事を見下ろし難しい顔を浮かべ呟いた。
「リリス嬢よ。こうなる事は最初から分かっていたはずじゃが……そこまでしてお主を戦いへと奮い立たせるものとは何なのかのう」
ふと、ベルーダの脳裏にリリスと最初に出会った時の言葉がふと蘇る。それを思い出した直後――
「いや……すまん。今のは聞かなかったことにしてもらえ ぬか」
眉間に皺を寄せつつ、瞼を閉じ謝罪の言葉を口にした。
*
異世界 洗礼教会本部
「はぐれ悪魔カルヴァドスよ。世界バプテスマ計画遂行に向けて、いよいよ本格的にお主の力を借りる時が来た。その力を存分に我らの為に使ってほしい」
「任せてくださいよ、ホセアさん。ボクたちが目指す世界の終わり……その始まりをきっちり実現してみせますんで♪」
「うむ。頼りにしているぞ」
「はいっ! じゃあ、行ってきまーす」
意気揚々とカルヴァドスは地上世界へと出発した。
彼が教会を発つと、堕天使の王でありホセアと結託して共に世界を転覆させようと目論むダスク、そして彼の部下であるラッセルが近くまで寄ってくる。
「あんなたらし顔してるけど、実は悪魔の中でも最も性質の悪い性格してやがんだよなアイツ。仲間の悪魔でさえ平気で裏切り、騙し、搾取し、利用する……己の欲望を満たす為ならどんな手段も厭わない最低最悪の外道」
「ゆえに他の悪魔たちからも排斥され、はぐれ悪魔となりお尋ね者とされた。そして三百年前……当時の悪魔界を揺るがす重大事件を引き起こし、冥界の監獄【ハデス】へと収監され、収監中一度も牢から出してはもらえなかった。それがカルヴァドスよ」
「ヤツがどのような方法で世界に混沌という名の終焉をもたらすのか。ここは高みの見物といこう」
二人からの説明を受けた後、ホセアは僅かばかりに口元をつり上げた。
これこそが、洗礼教会と言う名のテロリスト集団を率いる男の本性である事を示す確たる証拠である。
*
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
上級悪魔の生き残り――ディアブロス・ブラッドリリス・オブ・ザ・ベリアルに対する救命処置 が始まって二時間余り。
処置室の外で待機をしていたはるかたちの胸のざわめきは一向に収まらない。寧ろ、つい悪い事ばかりを考えがちになってしまい、結果として落ち着くことが出来ないのだ。
リリスの身に何が起きたのか。なぜ彼女は倒れてしまったのか。
思考に耽ってはリリスの再起を考え、また思考に耽っては再起を考える――この繰り返しをしていた折、処置室のランプが消灯。
扉が開かれ処置 を終えたばかりのベルーダが、ふうーという深い息を漏らし出てきた。
気が気でなかったはるかたちは、真っ先に彼の元へ立ち近づきリリスの状態を尋ねる。
「ベルーダ博士!」
「リリスさんは!?」
「どうなのだ!? リリス様は無事なのか!? 無事なんだろうなぁ!!」
「まったく……。少しは声のボリュームを下げられぬのか。そう興奮せずとも良い。どうにか一命は取り留めたからのう」
「本当ですか!!」
「よかった~~~!!」
彼女の無事が分かった途端、張りつめていた緊張を瞬時に解くはるかたち。しかし直後――
「じゃが、そうでもない」
ベルーダは非常に罰の悪そうな顔を浮かべながら、はるかたちに語りかけてくる。
「どういう事なの!?」
「言葉の意味が分かりません。リリスさんは、無事じゃないんですか!?」
気が気でないメンバーに、ベルーダは不衛生なボサボサ髪を掻いてから、今の今まで秘密にしてきた話をする決意を固める。
「……こうなった以上、お主たちにも話しておかねばならんな。リリス嬢の身に今何が起きているのかについて」
「え?」
「リリスは、一体どういう状態なんだ?」
恐る恐る朔夜が尋ねる。ベルーダはおもむろに口を開いた。
「端的に言ってしまえばのう。このままではリリス嬢は持って数か月、早ければ数週間のうちに――……死ぬ運命じゃ」
「「「な!?」」」
「「「「死ぬ!!」」」」
まさに青天の霹靂の如き悪報だった。
リリスが死ぬ――そんな突拍子もない話を事前の準備も無くいきなり言われたのだ。無論、レイはこれを聞いて承服する訳も無かった。
「前々から気が触れた男だと思ってはいたが、よもやここまでとは……冗談や狂言も休み休み言え! リリス様が死ぬだと!? 永遠にも等しい寿命を持つ純血族の上級悪魔が、そんな簡単に死ぬわけがなかろう!!」
激昂し血走った眼でベルーダを睨み付ける。これに対するベルーダの反応は、至って冷静だった。
「確かに普通ならそうじゃ。しかしリリス嬢はこの戦いを始めたときから、既に永遠の時を生きられる肉体を遠の昔に捨てる覚悟を決めていたのじゃ。戦う力を得るための代償としてな」
すると、おもむろに白衣のポケットに手を突っ込んだベルーダは、あるものを取り出した。それはリリスがプリキュアの変身時に必要不可欠なアイテム――。
「それは…… リリスの……」
「ベリアルリング?」
テミスとはるかが怪訝そうな顔を浮かべる。リングとリリスの間にどんな因果関係があるのか――ベルーダは詳しく話を掘り下げる。
「ベリアルリングは、ワシが『神』の不在による聖と魔の均衡が崩れている隙を突いて作り出したものじゃ。リリス嬢はこの力を用いる事で、悪魔でありながら聖なる者の象徴とも言えるプリキュアの力を手に入れる事が出来た」
元来、悪魔であるリリスが聖なる存在であるプリキュアの力を手に入れる事は不可能な事だった。ゆえに彼女は、ベルーダが開発したベリアルリングを用いる事で既存のルールに縛られず、プリキュアの力を手に入れる事が出来た。
「じゃが、元々が悪魔だからのう。聖なる力を手に入れる為の変身行為は確実に自らの命を削る事を意味している。度重なる戦いと、強敵に立ち向かう為に必要な能力強化の数々……リリス嬢は文字通り自らの魂を擦り減らしながら、今の今まで戦いを続けて来たのじゃ」
ベリアルリングによって押さえつけられていた聖なる力は、日を追うごとに悪魔としてのリリスの肉体に毒素を蓄積させ、その身体を蝕んでいった。変身回数が増えれば増えるだけ、能力強化を行えば行うだけ、リリスは急速に悪魔としての力を失いながら我が身の消滅を早めていった。
ここまで聞いてようやく、周りもリリスの身に何が起きたかについて理解し始める。
「じゃあ、最近妙に眠気が増したり倦怠感を見せるようになったのは単なる疲労じゃなかったのか……!!」
「あぁ。今までの戦いで蓄積されてきたプリキュアの聖なる力が副作用となって、リリス嬢の肉体を蝕み始めた事を示す兆候じゃ。徐々に悪魔の力を失いながらも、周囲には悟られまいと気丈に振る舞っていたが…… いずれはこうなる運命じゃった。このままだと宣告した通り、リリス嬢は早くて数日のうちにプリキュアが持つ聖なる光の力に呑みこまれ、悪魔としての生を終えるじゃろう」
「そんな……」
「で、でも……いくら何でもそんなに早く寿命が縮まるだなんて!?」
ピットが深く言及すると、ベルーダはさらに言ってくる。
「戦いの中でも窮地と呼べる状況がいくつかあった。プリキュアの力とは即ち――この世界で最も強大なプラスエネルギーなのじゃ。人々の希望、夢、願い、想いを受け止め、それを高純度の光エネルギーへと変換する。イフリートの戦い然り。幽霊船での戦い然り。皮肉な事に、その光こそがリリス嬢の寿命を縮まらせる為の後押しとなった」
プリキュアの力を手に入れたことで、リリスは無意識のうちに人々から高純度の光エネルギーを大量に取り入れるようになっていた。
悪魔にとって光は最も有害な毒物。摂取する事は禁忌とされている。
しかし、プリキュアにとって光こそ最も有力な武器であり力。リリスは本来ならば摂取してはならないものを戦いに勝利する為とは言え、必要以上に――過剰に摂取し続けた。結果としてそれが、急速なる肉体消滅の危機を招いたのだ。
すべての話を聞かされた時、居合わせた全員が愕然とする。
ショックの余りはるかとレイは床に膝を突き、クラレンスは悔しそうに壁を叩きつける。
「何という事だ……!!」
「リリスちゃん、そこまでして……どうして!?」
と、そのとき。
藪から棒に 、朔夜がベルーダの胸ぐらを強く掴み凄まじい剣幕で言い放った。
「なぜだ……なぜこうなる事を知っていてリリスに戦いを促すようなマネをした!? いずれプリキュアの力で肉体が滅びる運命だという事を知っていたのなら、なぜリリスに戦いを後押しする 様な事をした!! 答えろっ!!」
激しい怒りに冷静さを欠いた朔夜。
鬼気迫る彼に周りが畏怖の念を抱く中、ベルーダは彼に胸ぐらを掴まれたまま淡々と述べる。
「……勘違いをせんでくれ。ワシは腐っても科学者じゃ。事前にこうなるというリスクは話しておる。それを知ったうえで、リリス嬢はすべてを承諾したのじゃ」
「な、なんだと!?」
「リリスちゃんは、全部分かっていながら戦ってたの!?」
自らの肉体が滅ぶことも厭わず、リリスは洗礼教会と戦う為の力――プリキュアの力を求めた。それは、使い魔のレイでさえも知り得ない事実。
「しかし!! リリス様は私には一言もそのような事を……!!」
「当然じゃ。リリス嬢は誰にもこの事を告げてはおらぬし、その意思も無かった。ワシとて同じじゃ。固く口止めされておったからのう」
「どうしてなんですか!? どうしてリリスちゃんは何にも話してくれなかったんですか!? はるかたちはリリスちゃんの仲間です!! なんでそんな重大な事をひとりで背負おうとするんですか……勝手過ぎますよ! ひどすぎます! 第一、リリスちゃんが戦う目的は… …… はっ! 戦う目的!?」
――『私がプリキュアになってしようとしていることが何だか理解してる?』
――『教会への復讐よ』
彼女が戦う理由を考えていたとき、ふとして はるかは思い出した。その様子を見ていたベルーダは、重い口を開きリリスの思いを代弁する。
「なぜ、リリス嬢が戦うのか……すべては、最愛の家族と故郷を根こそぎ奪い去った洗礼教会を自らの手で討ち滅ぼす為。彼女は私的な復讐の為に仲間であるお主たちを戦いに巻き込む事を正直快く思っていなかった。同時に仲間を失う事を何よりも恐れておった。ゆえにリリス嬢は自分の心を殺し続けてきた。戦う為には自分を壊して別の人格にならないと戦えない。そうでもしなければ生きられなかったんじゃ。一族や同胞を根絶やした相手に対する憎しみ、悲しみ、憐憫の念から逃れる為には、己という存在を忘れ切り、ただ目の前の日常を淡々とやり過ごし、愛を授受することもない中で戦いに身を投じる必要があった。リリス嬢はそんな自分に陶酔する事で苦しみから逃れようとした。悲しいかな、復讐だけがあの娘に生きる目的を見出していたからのう」
「復讐だけが、生きる目的?」
信じ難い理屈に困惑するテミス。他の者も些か度し難い理由に声を出せない。
「じゃが、そんな歪んだ情緒を抱えている者が正常でいられる筈がない。己自らで壊した心は二度と元には戻せない。リリス嬢は未だ十年前に捕らわれ続けている」
静かに言葉を紡ぐベルーダをはるかたちが息を呑んで見守る。やがて、ベルーダの口から今のリリスを的確に表現する言葉が飛び出す。
「アダルトチルドレンという言葉がある。幼少期に精神的な傷を受け、その後遺症を持ちながら成長した者を指すのじゃが、リリス嬢は恐らく、悪魔の歴史上初めてのアダルトチルドレンじゃろう。対人恐怖を抱えながら、心を開いた者に対しては依存的になりやすい。朔夜への態度が何よりの証拠じゃ。それは本人も薄々自覚はしていたことじゃろう」
「「「「「「「………… 」」」」」」」
黙りこくる面々。
処置室の向こうで眠るリリスの事を考え、ベルーダは呆れと哀れみの籠も った溜息を吐いた。
「……初めてリリス嬢と出会った時、ワシは窘めるつもりで言うたんじゃ。『プリキュアの力を〝正義〟の為に使うつもりはないのか?』と。そしたらのう、剣幕鋭く睨みを利かせ、張り裂ける思いをぶつけてきたリリス嬢に逆に論破されてしまった……」
――『なら正義って何なのよっ!! 私から故郷も、大好きだった家族をも奪った連中を……どうして許容し、のうのうと生きていけるの!? 私はそれが腹立たしくてならないのよ! あなたの言う通り、私のしようとしている事に意味の無い事も正義の欠片もないのは百も承知よ! でもね……それで納得できるわけないじゃない!!』
――『愛する家族を殺した教会の連中を許す事が正しいとでも言うの!? それは確かに善よ、寛恕という愛よ! 美しい事だわ! 目も当てられない程にね!! でも善である事が正義なの!? 〝罪を憎んで人を憎まず〟 と孔子が説いたように人としてそうあるべきだとでも言うの!? 違うわっ!! 死んでいった家族や同胞たちの無念も晴らさず安寧の内に私だけが生き永らえる事は明確に悪なのよッ!!』
「サバイバーズ・ギルトというか……ワシが言うのも何じゃが……あの娘ほど臆病な悪魔はおらぬよ。臆病者ゆえに、大切な荷がその手から滑り落ちる事を頑なに拒んだ。その結果がこれじゃ……何と愚かで哀れな事よ」
痛烈なまでの皮肉と悲嘆。
もしもリリスが臆病者でなかったとしたら、仲間に荷を委ねられたとしたら、状況は今よりもずっとマシなものへと変わっていたのかもしれない。
リリスが抱え込んでいた辛い話を聞かされたはるかたちは、意気消沈としながら座り込んでいた。
彼女の近くにいながら、彼女の思いに何ひとつ気づかず、平然としていた事を今になって大いに恥じる。はるかはリリスの親友ゆえに、自らの無頓着振りをただただ怒り、嘆き悲しむ。
「どうしてこんなことになってしまったんでしょう……はるかはリリスちゃんの親友なのに、何の力にもなってあげられません……!」
顔に両手を当て、止めどなく零れる涙を見られまいとするはるか。そんな彼女の肩にそっと手が当てられる。
潤んだ目を開けた時、テミスが慈しむ眼差しではるかに声をかけてきた。
「はるか……辛いのはあなただけじゃないわ。私だって同じ想いよ。いえ、私だけじゃない。ここにいるみんなの心がぎゅっと締め付けられているの」
すると、不意に口籠もっていた朔夜が踵を返し、皆の前を離れる。
「イケメン王子、どこへ行く?」
レイが制止しようとしたところ、ラプラスに肩を掴まれ制止させられる。
「ご婦人……」
「今はそっとしてあげて。一番悔しい思いをしているのは、多分あの子よ」
朔夜の気持ちを誰よりも知っていたラプラスは、そう言って彼の行動を静観する。
屋敷から出た朔夜は土砂降りの雨の中、傘も差さず、悲しみに満ち溢れた声を声高々にあげる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオ」
オオカミの如く吠える。咆える。吼える。
雲を劈くような声をあげた後、朔夜は激しい自らの羞恥と憤りに感情を制御する事さえままならない状況に陥る。
(オレは……何のためにここにいる? リリスを守るためじゃなかったのか? 結局オレは……あの頃となんにも変わっていないじゃないか!? オレはただ、彼女が昔のように少しでも笑っていてほしいと思っていただけなんだ……なのに……オレは彼女の事を何ひとつ理解していなかったんだ………!!)
自らの想いとは裏腹に、リリスの心の距離はあの頃よりもずっと遠くにあるかのようなそんな気がしてならなかった。
「……めん……ごめんね、リリスちゃん……」
双眸から零れ落ちる雫が降りしきる雨に紛れて滴り落ちる。
つい昔の呼び名でリリスに謝罪しながら、雨が降り止むまでの間 、朔夜は自分を責め続けた。
*
時同じくして、大異変の前兆は静かに起こり はじめていた…… 。
≡
神奈川県 相模湾沿岸地方・国道
湘南を爆走する暴走族の集団。【韋駄天】と書かれた旗をバイク、または改造車の後部に掲げ、地元住民の迷惑も顧みず無秩序に爆音を鳴り響かせる。
良い意味でも悪い意味でも人々の関心が集まる中、このような集団による交通の妨害や一連の行動は、道路交通法における『共同危険行為』に当たる。ゆえに警察はこれを厳しく取り締まろうとする。
『そこの車っ! 直ちに暴走行為はやめなさい!』
前方を爆走する暴走車の一団に向かって、パトカーのサイレンを鳴らしながら警告を発するが――
「うっせんだよボケが!」
「オレら追っかけてる暇があるなら、もっと世の中よくしろコラっ!」
歯牙にもかけないばかりか、韋駄天のメンバーは警察そのものを舐め切り反抗的な態度を取った。
『コラー! 止まれってんのが聞こえんのか!? 全員逮捕するぞ!!』
警察官としての沽券に懸けて、自分たちを軽く見なす彼らを何としてでも止めてやろうと、躍起になったそのとき。
――ガシャン!!
「ぐああああああああああ!!」
前方から突如、赤いレンガが飛んで来てパトカーのフロントガラスに直撃。その事で制御を失ったパトカーは、ハンドル操作を誤り近くの電柱へと激突。そのまま動かなくなった。
「ひゃはははははは!! バーカが!! んなんだから世の中良くなんねぇんだよ!! はははははは!!」
春人が近くで見ていれば「何て不甲斐ない事だろう」と、嘆いていただろう。
韋駄天のメンバーにとって、警察など全く恐れるに足りない存在だったのだ。
「おう! 急いで頭追いつこうぜ!」
改造車の後部座席から大きく上半身を乗り出したメンバーの一人はそう言いながら、何気なく後ろを見る。
「え?」
そのとき、明らかにパトカーとは異なるもの――端的に言えばバイクのようなものが後ろから猛スピードで近付いてくる。
「おいどうした?」
「いや……後ろにバイクが」
すると、段々と近付いてくるバイクの姿を見るやメンバーの表情は凍りつき、恐怖を孕んだものへと変わった。
「な……なんだありゃ!?」
警察すら怖がらない彼らが何に対し恐怖したのか。
韋駄天へと忍び寄るは、ブラックエリミを乗りこなす漆黒のライダースーツに身を包みその上から同色のマントを羽織った人物で、左手には木刀が握りしめられている。
闇に紛れる騎士の如く――標的を見据えると、エンジン全開で韋駄天の車輛に向かって突っ込んできた。
「ああああああああああああああああああああ!!」
『事故発生! 事故発生! 暴走族抗争と思われる!』
数十分後――国道に救急車とパトカーも複数台集まるという大事故が発生した。
街の人々は元より、現場へ駆けつけた救急隊や警察官が見た光景はあまりに凄絶としていた。
「こ、こいつはひでー!!」
一人の警察官が思わず率直な事を口にする。
無理も無かった。眼前には韋駄天のメンバーが血塗れになって倒れており、傍らには滅茶苦茶になるまで破壊された改造車やオートバイの成れの果てとも言うべきパーツが転がっていた。
そして道路には白地で『天誅』と大きく堂々と書かれた文字が残されていた。
「ふふふふ。どうやら実験は成功のようだね。さぁ、これからもっとおもしろくなってくるぞ……」
闇夜に紛れ、こうなるまでの経緯を静観していたはぐれ悪魔――カルヴァドスはあどけない容姿に邪気を孕んだ笑みを浮かべた。
◇
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
「免疫抑制反応のモニターを開始。モニタリングスタート」
リリスが倒れて一週間が過ぎた。
未だに彼女は目を覚ます事もなく、今日も今日とて ベルーダが付きっ切りとなって回復治療に当たっている。
部屋中に得体の知れない機械がところ狭しと並べられ、無数のコードが乱雑に床を這っている研究室において、ベルーダは悪魔であるリリスの体質に合った治療を施していた。
そのとき、部屋の扉が開かれ――はるかとテミスがリリスの見舞いへとやってきた。
「おぉはるかちゃん、テミスちゃんもか」
「こんにちは。ベルーダ博士」
「あの、リリスちゃんの容体はどうですか?」
「ひとまず落ち着いてはいるがのう……とりあえず今は薬剤療法で対応しておる。中和が終わるまでゆっくり寝かせてやらんとな」
「そうですか……」
今までリリスの事を知ったつもりがほとんど何も知らなかった事への罪悪感からか、はるかもテミスも浮かない顔つきだった。
ベルーダは友達 思いな彼女たちを前に、若干柔ら気な顔つきとなる。
「リリス嬢の心配をしてくれるのは嬉しいが、はるかちゃんとテミスちゃんもゆっくり休みたまえ。毎日見舞いに来てくれるのはありがたいが、あまり根を詰めると体に良くない。心労でお主たちまで倒れてしまったらいざと言う時に教会連中が襲ってきても対処し切れん。何よりも今こうして寝ているリリス嬢が一番悲しむじゃろうて」
正論と言えば正論だった。
ベルーダからの助言を受けると、テミスとはるかも納得し潔い返事をする。
「――わかりました。では、今日はこの辺で失礼します」
「リリスちゃんの事、お願いします!!」
「うむ。ワシみたいな不審者には気を付けるんじゃぞー」
気を遣ってくれたベルーダに感謝しつつ、二人はおもむろに背を向け部屋を出る。
部屋を出た直後。はるかは病床に伏せるリリスを一瞥、心の中で呟いた。
(早く元気になってくださいね、リリスちゃん。あと……死なないでくださいね)
*
東京都 千代田区 とある雑居ビル
現在、神林春人は十六夜朔夜とスマートフォンで通話を行っていた。話題は勿論、リリスの病状についてだ。
「そうかい。悪原リリスがね」
『オレはつくづく自分が嫌になったよ。婚約者がオレたちの知らないところでずっと苦しんでいたのに気付けなかった事も……彼女が抱える苦しみを共有し合えない事も』
「それで、君はどうするつもりだい?」
『オレは……リリスが目を覚ますまで、ずっと彼女の側にいるつもりだ。だから今日も』
「僕が言いたいのはそうじゃない。悪原リリスがこのまま戦いを続けると言ったとき、君はどうするのかと尋ねたんだ」
『え?』
「何をどうする事が彼女にとっての、そして君自身にとってのメリットになるかは分かりかねるけど……僕はこう思うよ。本当に大切なことは、いつだって自分の心だけが知っている。いざと言う時はその心に問いかけると良いよ。自分がどうしたいのか」
『神林春人……』
「あと、いい加減その言い方は少々他人行事過ぎるからファーストネームで呼んでくれないか?」
春人なりに、朔夜の気持ちを汲んでくれたらしい。年長者としての立場から的確なアドバイスを送り、さり気無く名指しで呼ぶことを許可する事でそれまで一定の距離感以上のものを与えていた状況を一気に緩和しようとする。
こうした春人の言動ひとつひとつを真摯に受け入れる事で、朔夜はようやく彼と本当の意味で分かり合えたような気がしてきた。
『……ありがとう、春人』
大分気が楽になった朔夜は電話越しに、春人への感謝の意を表した。
「君にそう言われるとどうにもむず痒いよ。じゃ、僕は仕事があるからこれで切るよ。あぁそうだ。彼女が目を覚ましたら僕からの伝言って事で代わりに言っておいてくれるかい。臆病者なのは何も君だけじゃないってね」
そう言うと、通話を終え懐にスマートフォン を収めた。
「あいつ……」
不器用ながらに自分たちへの気遣いを見せてくれる春人。そんな彼への認識が、朔夜の中で劇的に変わり始めていた。
「湘南で起こった
「いずれも事件も、襲撃犯は制裁を加えた後に必ず【天誅】と言う文字を残していっている事……そしてその犯人の素顔を実際に目撃した者はいない、か」
朔夜とのやり取りを終えた春人は――小会議室において捜査一課から拝借した障傷 害事件 の調査報告書のコピー片手に、父の部下から話を聞いていた。
「一応やられた相手にも一人一人当たってみたんですが、首を横に振るだけでした。まるで江戸時代の人斬りのような手口です」
「いや。あながち人斬りっていう言う方は間違っていないよ」
「どういう事です?」
すると、春人の疑問を聞いた直後、捜査官の一人がノートパソコンを机上に持ってくると、ある掲示板サイトを公開した。
「この謎の襲撃犯――ネット上では秘かに【ダークナイト】と呼んでいる。現代に現れた必殺仕置き人とか言って、称賛する者もいればそうでない者も含めて賛否両論だ」
「ダークナイト……」
ネット上ではダークナイトに関する書き込みが相次ぎ、とりわけ好意的な反応が多い。しかしこれに対し春人は眉間に皺を寄せると、キッパリと口にする。
「おそらくその人物は正義の何たるかも分かっていません。そいつがしている事は間違いなく、ただの自己満足の欺瞞――――――『悪』です」
正義なき暴力はただの悪でしかない。少なくとも春人はそう思っており、暴力による正義を正当化しようとしているダークナイトと呼ばれる存在を断固許容する事が出来なかった。
必ずこの手でダークナイトの正体を突き止め、法による裁きを与えてやる――強い思いを抱いて資料の見直しを行っていた時だった。
「ん?」
傷害事件 が起こった現場の写真を見ていたとき、写真片隅に奇妙な人影が写っているのに目が入った。
ほとんどの人々が韋駄天の悲惨な状況を前に引き攣った顔を浮かべるのに、その人物だけは何故か笑みを浮かべて おり、背中からはコウモリの羽のようなものが生えている。
(これは……悪魔の翼か?)
冴えわたる春人の頭脳。
彼の中でひとつの仮説が浮かび上がった。そして、一連の事件の真相を突き止めるべく彼は誰よりも早い行動に出るのであった。
*
黒薔薇町 悪原家
病気療養中のリリスが目を覚ましたときに備え、レイたちは彼女が少しでも良くなるよう美味なる物を作る事に専念する。
「リリス様が目を覚ましたときの為に、私がイケメン王子の料理よりも格別美味なものを作って御覧に入れますからね!! だからどうか、それまで持ちこたえてください!!」
「その言い方だと、リリスちゃんがもう直ぐ死ぬみたい聞こえるわね」
「バカを言わないでもらいたい!! リリス様が死ぬ事など断じてあり得ません!! 彼女こそ、悪魔界と人間界との懸け橋となり得る唯一無二の存在!! だから……だから……リリス様がこのような事になってしまった事が本当に悔しくて……」
震える声を発するレイの目に溜まる涙。
今までリリスの側にいる時間が最も長く、誰よりも彼女を近くで見て来たはずのレイでさえ、今回の事態を予測し得なかったのだ。リリスの使い魔でありながら自分を必要とされていない、あるいは信頼されていないという感覚さえ覚える。
「レイさん……」
痛いほどレイの気持ちが分かる。だからこそ、クラレンスもラプラスも、ピットも彼と全く同じ思いを抱えていた。
おもむろにクラレンスはレイの肩に手を当てる。レイがクラレンス を見ると、屈託なくニコッとはにかみ言ってくる。
「悔しいのはあなただけじゃありません。みんな、あなたと同じ気持ちですから」
「クラレンス……」
「大丈夫ですよ。リリスさんならきっと。だってあの方は悪魔であり、はるかさんの親友であり、伝説の戦士プリキュアですから!」
「そうそう! それに今までだって、ピンチっていうピンチを幾重にも乗り越えて来たじゃない!」
「今回だって必ず何とかなりますわ!」
「ご婦人……ピットも……」
先程までの悲しみが籠も った涙から一変、嬉し涙へと変わった。
崩壊する涙腺から止めどなく溢れるものを右腕で拭い去ると、レイは語気強く言う。
「……当然だ! リリス様は、お強い方なのだ。我々は少しでもリリス様のお役に立てるよう、今は自分たちに出来る事を精一杯やろう!!」
「「「はい(ええ)!」」」
「よーし!! そうと分かれば調理再開と参ろうぞ!!」
士気を高め、いざ調理を再開しようとした直後。クラレンスがある重大な異変に気が付いた。
「あれ? そう言えばなんか焦げくさい臭いが……」
「あああああああああああああ!! オーブンから煙がああああああ!!」
ピットがすぐさま異変の正体を見破った。
黒い煙がオーブンから黙々と上がっており、慌ててレイがオーブンの蓋を開けると…… 中から出て来たのはリリスの回復祈願を込めて何時間という時間を費やしようやく真面に整形ができたばかりのスポンジケーキの成れの果てだった。
「「「「ふぎゃああああああああああああ!! ケーキがコゲコゲ~~~!!」」」」
こんな調子で、本当に大丈夫なのだろうか……。
*
黒薔薇町 くろばら公園
リリスの身を案じ続けるはるか。周りで子供の楽しそうな声や露店販売に精を出す活気ある声が聞こえる一方、暗い顔を浮かべていた時だった。
不意に、テミスが横から来て笑みを浮かべ、露店で購入したばかりのクレープを差し出す。
「テミスさん……」
「暗い顔なんてあなたらしくないわよ。一緒に食べましょう」
ベンチに隣り通し同士 腰掛ける二人。あまり食欲が湧かないはるかだったが、食べている最中、テミスがふと呟く。
「……今迄疑問に思わなかった訳じゃないの」
「ハヒ?」
「何より大切な家族を殺された者が殺した敵を打倒する為に、自らの身を滅ぼす程の過ぎた力を手に入れてまで大事を為そうとする事を」
「――――――…・・・… リリスちゃんの口からプリキュアになった目的が復讐だと聞かされた時、私はリリスちゃんを咎める事ができませんでした。どんな理由があっても仕返しは良くない事です。そんなことは幼稚園児でもわかります。でも……あのときの、リリスちゃんの眼を見たら……間違ってるだなんて言えるわけありません」
はるかは、 自分に対しプリキュアになった目的を話した当時のリリスの様子を克明に思い出す。
「あんな悲しい瞳であんなこと話されたら……何も言えないじゃないですか……!」
隣で話を聞いていたテミスは、 クレープを手にしながら暫し沈黙。やがて、重い口を開くとおもむろに語り出す。
「プリキュアは俗に〝愛の戦士〟 と呼ばれているわ。聖なる力を持ったプリキュアはその力で世界を浄化し、失われた愛を取り戻す。でもキュアベリアル、リリスは世界どころか自分すら愛していなかったのかもしれないわね」
「…………っ!」
その言葉に驚くはるか。そんな彼女を横目にテミスは更に続ける。
「これまでリリスと幾度か拳を合わせるうちに、私は彼女の心を読み理解したわ。愛どころか、本当は世界が憎くて仕方ないんだ、って。いえ、むしろ愛する者を奪われれば誰しもがそうなる筈なの。仮にリリスがそれでも世界を愛せるなどと
「テミスさん……」
その後、テミスは俯きがちに悔しがるように独り言ちる。
「どうして気づかなかったのかしら。どうしてもっと早くに想像できなかったのかしら。もしも私がリリスと同じ立場だった時、誰かを呪いたくなったら、もしリリスがプリキュアの力を犯罪に利用したら。もしリリスが洗礼教会じゃなく人を排除したいなんて考えてしまったら……リリスはきっと私達にも見えないような本当に怖いものを知っていたのかもしれない」
恐怖するもの。忌避するもの。自分のそれが世間一般とずれている事はリリス本人にもわかっていた。どこまでも孤独な少女は、精神を擦り減らしながら、ただ世界を呪い続けるしかなかった。
思い返せば、悪原リリスの人生は、なんという孤独な旅路だっただろう。
周りに何人いようが決して支え合ったりすることなどできない。しかし、よくよく考えれば彼女だけに限らない。
いつだって人は、その心は孤立している。心は誰にも理解されない。伝わらない。ゆえに誰もが理解と愛情を求めて、求めて、求め続けているが、結局近づけない。
孤独な一本道を行く世界の七十億の民。天空を行く一人一人七十億の孤独。
手は届かない。遥か遠く離れている。出来る事は通信。それはあまりにか細く真の理解とは程遠いかもしれない。しかし、生きている者の息遣いは僅かに、確かに伝わる。
だがここに来て、はるかとテミスはリリスからその通信すら曖昧なものであったという錯覚を覚える。いや、二人が感じた感覚は決して錯覚などではなかった。
いついかなる時も、リリスは一度たりとも自分自身の感情はおろか、その心の裡を曝け出す事をしなかった。かと言って、彼女が復讐に駆られ無碍にプリキュアの力を周囲に向けるという事もなかった。
嘗て自分が同じ事をされた経験が――家族や仲間を虐殺されたという凄惨な過去を持つ彼女は識っていた。その痛みを、悲しみを、憎しみを、恨みを、虚しさを。
成長を重ねるごとに複雑に渦巻く感情は発散する術を見つけられぬまま、彼女は常に感情にブレーキをかけた状態になった。そうしていつしか悪原リリスは、感情の起伏を徐々に失い、反比例する様に抑圧された感情を少しずつ膨張させながら、はけ口の無いまま自分の中で飲み込むしかなかった。
世界を何より憎む少女は、同時に強烈なまでに欲していた。裡で暴れ出し奔流する感情をありのままに受け入れ、渇いた心を満たすとびきりの特効薬――すなわち、大いなる愛を。
「だから私は決めたの。彼女と本当の意味で友になると」
決意の籠もった眼差しを浮かべ、テミスはそう宣言し言葉を紡ぐ。
「リリスに悲しみあれば受け止めよう。喜びがあれば分け与えよう。道を誤れば叱ろう。過ちを犯せば許そう。立つ瀬無き時には私達が拠り所となろう。世界を愛せなくなった悪魔の少女が、もう一度世界を愛せるように」
それを聞き、はるかもテミス同様に心を決める。
「私も同じです。私のすべてを賭けて、リリスちゃんを助けます。親友のピンチを助けられないで何が友達なんですか」
*
東京都 某所 路地裏
「きゃああああ!! た、たすけてぇー!!」
その日の夜中、路地裏 で会社帰りの若い女性を狙ったチンピラによる拐帯及び強制わいせつ行為が行われた。
「騒ぐんじゃねぇよ! ネエちゃん、ちょいとオレらと楽しい 事やろうぜ」
「すぐ近くにホテルがあるからさ、一緒にいこうよ」
「いや!! 放して、放して!!」
悲鳴を上げ助けを求める女性と、それを無理矢理拘束する男たち。そんな彼らの前に現れ、【正義】と言う名の制裁を下すのは……。
「ぐああああああ」
背後から近づく足音に気付いて後ろへ振り返った瞬間、いきなり木刀が飛んで来、強制わいせつを働こうとしたチンピラの顔面を直撃。この一撃が決め手となり、一人がノックアウトした。
「な、なんだ!?」
「おめぇは!」
仲間の一人がやられた事を切っ掛けに、チンピラたちは眼前の敵に恐怖し、声と体を震わせる。
漆黒の衣装に身を包み、素顔を目出し帽 のようなマスクで覆った人物。一目見て彼が噂の人物――ダークナイトであると判断する。
「ダークナイトか、てめぇ!?」
「… …………」
問いかけに対する返答は無かった。代わりに、ダークナイトは手持ちの木刀でチンピラを叩きつけた。
「のあああああああ!!」
あっという間に二人の仲間が撃沈した。
襲われた女性が隙を突いて逃げ出す中、ダークナイトは最後の一人に狙いを定める。残った最後のチンピラは尻餅を突くと、恐怖の余り失禁する。
「ひいいいいいい」
ダークナイトは、恐怖感情に押し殺されそうになっているチンピラの方へゆっくり…… ゆっくりと接近する。
「おいやめろ……やめてくれ……お願いだ、見逃してくれぇー!!」
そんな命乞いも虚しく、ダークナイトは天高く木刀を振り上げると、男目掛けて一気に振り降ろす。
「うわあああああ!!」
「そこまでだよ」
まさに、一瞬の出来事だった。
既の所で のところで木刀が何者かの手により止められた。間一髪で、春人が襲撃現場へ到着し、ダークナイトの凶行を食い止めた。
「ダークナイト。悪いけど君のやってる事は正義でも何でもない。大人しく警察まで同行願おうか?」
辛うじて攻撃を免れたチンピラだったが、緊張の糸が一気に切れた事でその場で気を失った。
一方でダークナイト自身は春人からの拘束から逃れると半歩後ろへ下がり、木刀片手に接近し有無を言わさず春人へと攻撃を繰り出した。
怒涛のように続くダークナイトによる攻撃。しかし春人の目には一太刀一太刀が止まっているかのように見え、無駄のない動きで避けながら反撃の隙を窺う。
「いい腕だね。でも、バスターナイトの太刀筋と比べれば――造作もない」
一瞬の隙を突いてダークナイトの背後へ回り込むと、春人は首筋に手刀を一発落とした。ダークナイトは瞬く間に意識を飛ばされ気絶。地面に倒れ込んだ。
「他愛もない」
「いやまったくだね」
直後、頭上より聞こえた謎の声。
空を見上げた際、春人が目撃したのは――コウモリに酷似した翼を八枚背中から生やした人影。月光に照らされるそれはあどけない表情で春人を見下ろしている。
「やぁやぁ、こんなにも早くダークナイトの足取り……もといボクの居場所を突き止めるとはね。さすがは警視庁公安部特別分室所属の高校生探偵、神林春人だ」
春人が睨むように見つめてくる。
やがて、空中に留まっていた悪魔――カルヴァドスはゆっくりと地上へと降り立ち春人と面と向き合った。
「だけど残念だな。今ここで大事な計画を潰される訳にはいかなくてね……だから悪いんだけど、君にはここでいなくなってもらうよ♪」
言った瞬間、カルヴァドスが右掌から魔力の波動を放った。
春人は後ろに回転しながら波動を避けると、すかさず懐からSK バリアブルバレットを取出し、起動させる。
「実装!!」
〈Set Up. Security Keeper〉
セキュリティキーパーへの変身を完了させ、前方のカルヴァドスへと発砲を開始する。カルヴァドスは飛んでくる銃弾を息をするのと同じくらい容易く避ける。
一旦攻撃の手を止める と、セキュリティキーパーは銃口をカルヴァドスへと向けたままおもむろに問いかける。
「やはり、君がこの事件の黒幕であることは間違いないようだね」
「ご明察。ボクははぐれ悪魔のカルヴァドス。洗礼教会から派遣されてきたんだ」
「はぐれ悪魔?」
「悪魔にも色々種類があってね。ボクの場合は、性格にちょっとした問題を抱えていてさ、他の悪魔たちからもハブられちゃってたんだ。長らく窮屈な冥界の監獄の中で手持無沙汰だったところをさ、ホセアさんがいい話を持ちかけてくれてね。大体三百年ぶりになるのかな……こうして牢の外に出て来られたんだ!!」
「君の身の上話に元より興味はないよ。しかし悪原リリスといい、十六夜朔夜といい、君といい……最近の悪魔はみんな容姿において従来の悪魔像とは大分掛け離れているんだね」
「ハハハハ、何それ? まるで悪魔がみんな怖い顔だって言いたいの? やだな~、もう。人間の勝手な想像を植え付けないで欲しいね。悪魔って言ったって、みんながみんなヤクザみたいな凶悪な顔つきって訳じゃないんだ」
「そうかい。とりあえず事件の全容について君からは詳しく聞かせてもらうよ。そこで寝転がっているダークナイトが何者なのかについてもね」
これを聞き、カルヴァドスは「あれれ~? 君ならもうとっくに正体掴んでると思ってたけどな」と言い、逆に不思議がったのだ。
「別に何てことはないさ。君と同じで〝正義感の強い〟 ただの若者だって話。でもその人、正義感は強いんだけど少々臆病なところがあってさ。だからボクが勇気が持てるおまじないをかけてやったんだ♪」
笑顔でそう答えるカルヴァドスだが、実際は人間の負の感情及びそれに付随した欲望を高める為に教唆を行った。悪魔の囁きによって正義感が過剰になり過ぎた若者は闇夜に暗躍する【ダークナイト】へと変貌した。そして自らの正義に従い、犯罪行為を働く者を容赦なく力によって屈服しようとしている。かつて自分が同じ事をされた事に対するあてつけとばかりに――
「勇気が出るおまじない、ね。随分とタチの悪いものをかけてくれたものだよ」
「君だって探偵で、いずれは警察組織に加わる身だろ? 犯罪者を許しておく必要性なんてないはずだ」
「勘違いも甚だしいね。この世で犯罪者を裁くのは人間そのものの力じゃない。飽く迄も法と言う名のシステムだ。法に基づく断罪こそこの世で唯一正当化される。お門違いも大概にしてほしいものだね」
これ以上の問答は無意味だと判断し、セキュリティキーパーはバリアブルバレットによる攻撃を再開した。
先程と同じく容易く避けるカルヴァドス。セキュリティキーパーはひたすら銃で撃ちまくりながら頭の中で作戦を思案する。
作戦の順序立てを構築しつつ、バレット表面の番号を【1】から【4】へと切り替える。
〈Laser Pulse〉
レーザーパルスによる攻撃もまた、カルヴァドスは息をするのと同じくらい容易く避ける。だがこれはセキュリティキーパーが仕掛ける陽動で、本命はセキュリティキーパー自身がメタルシャフトを携え肉薄してカルヴァドスを叩くと言う算段だ。
電圧を帯びたメタルシャフトが振るわれると、カルヴァドスは咄嗟に 左腕でこれを受け止める。この瞬間もセキュリティキーパーは一切力を緩めようとしない。
「へぇ……。君も見かけによらず熱いね! その熱さに免じて、今日は殺さないでおいてあげるよ」
「君にはたっぷりとお灸を据えて上げる必要がありそうだ」
肉薄した状態から、セキュリティキーパーはカルヴァドスを後ろへと弾き飛ばした。
そして、すかさず右手に持ったバリアブルバレット表面の番号を【4】から【6】へと切り替え変更する。
〈Are you ready?〉
手持ちのメタルシャフトの刀身がとりわけ強く発光する。同時に高密度のエネルギーが蓄えられる。
「ハっ」
セキュリティキーパーはメタルシャフトの刀身から放つエネルギー波でカルヴァドスの身体を拘束する。即座に前方へと走り、カルヴァドスを一刀両断。
――ドカン!!
籠も ったような爆音が鳴り響く。
手応えを感じたセキュリティキーパーだったが、直ぐ後ろの方で嫌な殺気を感じた。
振り返ると、メタルシャフトによる必殺技【コンビクションカッター】の直撃を受けたはずのカルヴァドスが空中に浮かんでいる。セキュリティキーパーは全く無傷の彼に目を奪われた。
「分からないよね。今の攻撃を受けて爆発したはずのお前が、なぜそんなところに立っているんだ……そんな感じの事を思っているだろうね?」
(クリーンヒットしたはずなのに……こいつ)
「対悪魔用に組まれたセキュリティキーパーシステム……その力を百パーセント以上で操る事が出来る並外れた君の戦闘スキル。恐らくこの二つのうちどれか一つでも欠けてもダメだと思う。実に見事な攻撃だったよ」
率直な評価を漏らすとともに、地上に降り立ったカルヴァドスは翼を収める。
「でもお生憎様、ボクには君の攻撃なんて全く通用しない♪」
「貴様……」
「おもしろいものを見せてくれたお礼に、ボクも少しだけ力を見せてあげるよ」
あどけない顔で言うと、カルヴァドスは掌を前に突き出す。
刹那。音よりも早い衝撃波がセキュリティキーパーへ向けられた。
「がっ……!!」
予想だにしなかった衝撃の強さにセキュリティキーパーは防御体勢を構築することも出来ず、数十メートル後ろにあるブロック塀へと激しく叩きつけられた。
肉体へのダメージが大きく、セキュリティキーパーシステムは強制的に春人との融合を解除した。
攻撃を食らい地面に跪く春人。カルヴァドスは彼を嘲笑うと、春人によって気絶させられたダークナイトを担いで空へと舞い上がる。
「さっきも言っておいたけど、今日のところは一先ず止めは刺さないでおくよ。あとそれからこれはボクからの忠告ね。ダークナイトを捕まえようとするのも結構だけど、ボクは君ら人間と違って目先の事ばかりにとら われないんだ」
「どういう……意味だい……」
「いずれ分かるよ。そして分かった時には、地上に再び混沌と言う名の終わりがこの世界に押し寄せる事を意味しているんだ。ふふ。じゃーね♪」
意味深長な言葉を残して、カルヴァドスは春人の前からいなくなった。
「ま……待て… ……」
空へと逃げる悪魔に必死で手を伸ばす。だが、今の春人ではカルヴァドスに届かない。
結局、黒幕も実行犯も取り逃がすという無念の結果だけを味わいながら、春人の意識は薄れていった。
次回予告
レ「未だ目を覚まさぬリリス様。そんな時に限って訪れる緊急事態!!」
ク「はぐれ悪魔のカルヴァドスが、ダークナイトを用いて集めたマイナスエネルギーを使っておぞましい怪物を作り出した!!」
ラ「最恐最悪のクリーチャーが町へと放たれる!! リリスちゃんが欠けたあたしたちで、あんなバケモノをどうにか出来るの!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『狂気の侵略計画!合成クリーチャー・キメラ!』」