ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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お待たせしました。第33話の更新です。
今日はいつものテイストとは異なる感じに仕上げてみました。前半はギャグ要素を詰め込み、後半からホラーテイストになっています。
レイが迷い込んだ場所は、前人未到の領域。2話構成となっていますのでゆっくりとご堪能ください。



第33話:肝試しパニック!迷いの洞窟の使い魔!

黒薔薇町 悪原家

 

「海に行きましょう!!」

 突飛なる発言だった。

 キメラとの戦いから数日。夏の終わりも差し掛かった時期に、はるかはリビングに集まった皆々に語勢良く提案する。

 カイゼルゲシュタルトに覚醒して以来、体調不良も無くなりこれまで毒であったプリキュアの聖なる力を悪魔の体質に適応させる事が出来るようになったリリスは、紅茶を飲む手を一旦止め、はるかに視線を向けた。

「な……なによ急に? どうしたっていうの?」

「ですから、リリスちゃんの快気祝いにみんなで海に行きましょうって言っているんです♪」

「そう言えば、前は旅行計画中にあのザッハが幽霊船を使ってきたし……結局、沖縄にもハワイにも行けなかったわよね」

「思えばここのところ、我々はずっと洗礼教会との戦い漬けで碌に体を休める機会などありませんでしたしね」

 レイの言う通り、七月も八月も戦いの日々だった。

 中学二年の夏休みという最も青春を謳歌すべき時期において立て続けに現れた邪悪なる者の脅威。

 戦いという非日常行事に明け暮れるあまり、ディアブロスプリキュアのメンバーは全くと言っていいほど中学生らしい日常を送る事の幸せを忘れていた。

「そうです、そうです!! リリスちゃんも元気になって、あのキメラもやっつけちゃったことですし、ここらで休息を入れるべきだと思うんですよ!!」

「確かにそれは一理あるかもですわ!」

「うん。気分転換にはうってつけかもしれない」

「もちろん、リリスも賛成よね?」

「しょうがないわね。じゃ、今回くらいあなたの我儘に付き合ってあげるわよ」

 はるかの提案にもっと渋って来ると思われたリリスが、思いのほかあっさりと提案を受け入れてくれた。

 彼女の決定は事実上ディアブロスプリキュア全員の決定を意味していた。よって、今この場で海に行くという提案が可決された。

「やったわ―――!! これで新しく買った水着が無駄にならずに済むわ―――!!」

 日頃からの鬱憤や欲求不満に加え、前回のザッハ出現に伴い沖縄にもハワイにも行けず仕舞いに終わり内心やさぐれていたラプラス。場所は問わずとも、海に行けるという事だけでこんなにも気持ちが舞い上がってしまう。

「ラプラスさん、あんなに喜んで。よほどうれしかったんですね」

「しかし、ひとつ気になる点があるのだが……」

 と、微笑ましくクラレンスがラプラスを見守るその隣で朔夜はやや険し気な表情を浮かべる。

「気になる点って……何が気になるというのだ?」

 レイが訝し気に問いかけると、朔夜は意気揚々とし有頂天になっていたラプラスを見ながら、若干罰の悪そうな顔を浮かべながら口にする。

「確かプリキュアシリーズでは暗黙の了解として、海に行く話では登場人物が水着を着用する事は御法度とされている筈だ。ゆえに水着は持っていけないし、現地で着替えるのも禁止だった様な」

「え? ……えええええええええええええええええええええ!!」

 今、明かされる衝撃の事実にラプラスは声を荒らげずにはいられなかった。

 テレビアニメ・プリキュアシリーズにおいて、「誰よりも、小さな女の子に楽しんでもらう」という考えから海やプールに行く話においても水着姿の絵をほとんど用いず、激しく動くアクションシーンでも、パニエやスパッツなどで下着が見えないよう配慮されている。過去の作品で水着姿やシャワーシーンが描かれたことはあるものの、保護者からは不評だった事からいつしか朔夜の言う〝暗黙の了解〟が出来上がったのだ。

 なお、ショックを受けているのはラプラスばかりではない。

 海に行くと言う事でラプラス同様水着を着ていく事を前提に、朔夜への猛アプローチを考えていたリリスは、自分でも知らなかった暗黙の了解を聞かされ思考能力が停止。力なく跪き落胆する。

「そ……そんな理不尽なルールがあったなんて……せっかくサっ君を悩殺する為の水着を着て行けるチャンスだと思ったのに……」

「リリスさん、ドンマイですよ」

「水着が無くたってチャンスならいくらでも転がってるわよ……多分ね」

 同情したテミスとピットが励ますが、果たして本当にそんなチャンスなどあるのだろうか、とも思った。

「フフフフフフ。皆さん、その点なら心配には及びません」

 そのとき、不敵な笑みを浮かべ、はるかが皆に対し意外な事を口にした。

「朔夜さんの言う情報は少し古いですね。メインテーマが『お姫様』だったプリキュア作品において、素顔のプリキュア四名と協力者さんの水着姿が描かれて以来、公式に水着が解禁されたんです。つまり……私たちは何の躊躇いも無く水着を着ても良いのですッ!!」

「「ほ、ほんとに――!! やったわ――!!」」

 はるかからもたらされた作品の垣根を超えたメタフィクション発言を聞き、リリスとラプラスは狂喜乱舞する。

 ラプラスはもちろん、感情の起伏に貧しいリリスでさえも飛び跳ねるほどの高揚感。絶望のどん底にいた彼女らは一気に天にも昇る心地だった。

 一方、テミスは鼻を高くして胸を張るはるかに恐る恐る聞いてみた。

「ねぇ……すごいとは思うけど、その情報一体どこから仕入れたわけ?」

「ふふふ。それは、営業上の秘密ですよ♪」

 このとき、傍らで見ていたリリスとラプラス以外のメンバーは思い出す。ときどき、天城はるかという少女は悪魔であるリリス以上にとんでもなく悪魔的な言動をするのだという事を。

 

           *

 

異世界 洗礼教会本部

 

「クソっ!!」

 勃然と机や椅子を力いっぱい蹴飛ばし、荒れた様子の悪魔が一人。はぐれ悪魔のカルヴァドスの機嫌は今、最高に悪かった。

「クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!」

 怒りが収まらず、同じ言葉を何度も何度も繰り返し唱え、言いようのない憤懣と憎悪が胸の中に渦巻く。こんな気持ちになるのは初めての事だった。カルヴァドスの怒りのはけ口となった部屋の家具は見るも無残に破壊されていた。

「なんでだ……こんな筈じゃなかったんだ!! プリキュアなんかに、ボクが創ったキメラが敗けるなんてことは絶対に!!」

 心血を注ぎ、入念な準備とともに造り上げたオリジナルのクリーチャー・キメラはカルヴァドスの中でも最高傑作と呼べる代物だった。ゆえに、彼は過信していた。その力を遥かに上回るキュアベリアル、プリキュアの未知なる可能性を。

「他力本願で自分の力だけで勝負を挑まなかった。そいつがおめぇの敗因だな、カルヴァドス」

 そんな彼を嘲笑う者がおもむろに近づいてきた。瞳孔が見開いたカルヴァドスの視線に映った人物――堕天使の王ダスク。その傍らに幹部のラッセルもいた。

「ダスクさん……」

 自分のやつれた姿を目の当たりにして、どこか見下しているような二人の態度にカルヴァドスは思わず舌打ちをし、直ぐに目を背ける。

 一方、ラッセルは荒れに荒れまくったカルヴァドスの部屋の様相に率直な感想を呟く。

「あらいやだ。部屋をこんなに散らかしちゃって。やーね、男のヒステリーって」

「おめぇも人の事言えねーだろうが」

 以前、似たような現場を見た事があるダスクが冷静なツッコミを入れる。やがて、下顎に手を当てながらカルヴァドスの自尊心を木っ端微塵に粉砕したキュアベリアルの新たな力について思案する。

「しっかしカイゼルゲシュタルトねぇ……キュアベリアルが手に入れた力はかつての魔王ヴァンデイン・ベリアルとも匹敵するものだ。いいねぇ……ゾクゾクする」

「ダスク様、戦闘狂もほどほどになさった方がよいのでは?」

 いつもの事ながら目に余るダスクの好戦的な性格を諫めるラッセル。しかし、彼は彼女の制止に耳を貸さそうとしない。

「人の生き方にケチつけんじゃねぇ。男ってのは至極単純な生き物なんだ。どちらが強いか弱いか、生まれながらに備わった戦闘本能を抑えようとしたところで無理がある」

 すると、顔を背けていたカルヴァドスが唐突に声を発し、自信の強さを疑わないダスクを諫める発言をした。

「……ダスクさんが強いのは知っています。でも、あんまり舐めてると貴方もボクみたいに痛い目を見ますよ」

「はっ。俺はおめぇと違ってガキじゃねーんだ。勝負は常に『油断せずに行こう』がモットーさ」

 言うと、ダスクはマントを翻してから踵を返す。

「ついてこいラッセル」

「あら、どちらまで?」

「世界には俺と同じく鬱憤を抱えて燻ってる奴らがごまんといる。そいつらに片っ端から声をかけてみようと思うんだ。対ディアブロスプリキュア戦線を作るのも一興って奴よ」

「ですが、その提案に一体どれだけの者があなたの話に耳を貸すのでしょうか? クリーチャーを当てにするなら望み薄だと思いますけど」

「そんときは片っ端からぶっ潰してやるまでよ。こちとら退屈しのぎにはちょうどいいからな」

 

           ◇

 

八月二十日――

黒薔薇町 海岸通り

 

 そして、迎えた海水浴当日。

 いつものようにレイの運転する車で、ディアブロスプリキュアのメンバーは最寄りの海水浴場へと向かう。

 お盆過ぎという世間的には正に夏の終わり頃。そんな時期に海水浴へ出かける者などそう多くない。

 しかし、この日は真夏である七月後半から八月初旬の平均気温並みで暑さで、海水浴にはおあつらえ向きの気候。リリスたちはは車内で談笑をしながら楽しいひと時を過ごす。

「いい天気で良かったですねリリスちゃん!!」

「そうね。夏の終わりに海水浴とは結構大胆な事を言ってくれたけど、今日は本当によく晴れてるわ」

「気温も真夏並みって言うし……絶好の海日和だ」

「わたしすごく楽しみで、あまり眠れませんでした!」

「ピットったら小学生じゃないんだから」

「とか言いながら、実はテミス様が一番楽しみにしていたんじゃありませんか♪」

「よ、余計な事は言わないでよ」

 後部座席は中学生らしい賑やかな談笑が聞こえる。実に平穏な事だと思いながら、レイはいつもよりも調子が良いのか、ハンドルを握りながら鼻歌を歌っていた。それに気づいたクラレンスは、使い魔モードではるかの腕の中に納まった状態で運転席のレイに話しかける。

「レイさん。ずいぶんご機嫌ですね」

「当然だクラレンス。何しろ、今日が初めてなのだからな。私のマイカーでみんなで旅行をするのは」

「ハヒ? これレンタカーじゃないんですか?」

 いつも近場の安いレンタカー業者から車を借りている事を知っていたはるかは、レイの口から飛び出たマイカーと言う単語を耳にし、素直な驚きを見せる。

 すると、リリスが事の経緯を説明し始めた。

「この前中古車センターに行って買って来たのよ。どうしてもマイカーが欲しいって聞かないから」

「フフフフフフ……憧れのマイカー。やはり男は車に乗ってなんぼですよ。ちなみに、車種はゼレナのブリリアントホワイトパールハイウェイスター。この何者をも寄せ付けない純白の白。GPSボイスナビゲーション付き。マルチAVステーションを搭載したカスタムカー。見よ、この軽やかな足回り。四輪ダブルウィッシュボーンの確かな設置感。適度な重さの車速感応式パワーステアリング。どれをとっても最高じゃないか!」

 と、マイカー自慢をし続けるレイの表情は終始にやけており、皆はそんな彼を見ながら苦笑を浮かべる。

「えっと……なんていうか、レイさんってこういうキャラだったんですね」

「しかしところどころ車の車種と機能が一致しないように思えるんだが……まさか、違法改造とかしてるんじゃないだろうな」

「車検とか通るのかしらねぇ……」

「ていうかこの車、いくらしたわけ?」

 皆いろいろ気になる点はあるが、ラプラスが率直に車の購入費を尋ねると、リリスは思い出すように答えを言う。

「えーっと確か、五十万円くらいまで値切って買ったものだったと思いますけど」

「五十万!? この車そんなに安かったの?」

「インチキ商法に騙されていないかいリリス?」

 と、不安に駆られるテミスと朔夜。二人の反応を見たリリスはくすくすと笑い、「だいじょうぶ。むしろ、インチキしてたのは店側の方だったし。それを厳しく糾弾したから、この車を手に入れることが出来たんだから」と、口にする。

「相変わらず恐ろしい悪魔ですね、リリスちゃんは」

「悪魔で結構。私は生まれてこの方ずっーと悪魔ですから」

 決して悪びれる事のない初志貫徹の悪魔の少女。これこそ悪原リリスであるという事を皆が再認識するとともに、それがとても懐かしく思えてならず、思わずほっと胸をなでおろした瞬間だった。

 

 その後も、一行は目的地に到着するまで会話を弾ませる。レイは自分も仲間に加わろうと、運転をする傍ら積極的に皆の会話に入り込んでくる。

「海水浴と言ったらやはりビーチバレーに、スイカ割り! そして棒倒し!! 楽しい企画がわんさかあって今日は眠れない日になりそうですな!!」

「あらレイ。海水浴の定番に肝試しがある事を忘れていないかしら?」

 悪意に満ちた顔でリリスが一言そう言えば、たちまちレイの額から冷や汗が浮かび上がり、ダラダラと油のように垂れ流す。

 先の幽霊船の回でもお伝えしている事だが、レイは使い魔でありながら怪奇現象の類が大の苦手。想像する事さえ嫌なのだ。

「あはははは……なにをおっしゃっているのですかリリス様……私がいいいい、いつつつつつ肝試しををををを……蔑ろにしたというのですかかかかかかかかかかか……」

「あからさまにビビりまくってるわね。バカみたいよアンタ」

「レイさん、あんまり無理しない方がいいですよ」

「ばばばばばばば、バカを言うな!! 私はいつだって冷静でででででででで……」

 恐怖心が強すぎる所為か、語尾がほとんど震えている。

 このとき、ラプラスにちょっとしたいたずら心が芽生えた。もうちょっとだけレイを怖がらせてやろうと思い、試しに彼の耳元で大きな声を出してみた。

「わっ!!」

「ああぁぁぁああああああああああああああ~~~~~~~!!」

 案の定、レイは声が裏返るほど絶叫した。

 だがこれによって、普段の冷静さを失った彼は悲鳴を上げながら大きくハンドル操作を誤り自動車を暴走させる。

「「「うわああああああああああ!!」」」

 大きく道を外れ右往左往する。

 車内のリリスたちは我を忘れ狂気の沙汰に支配されているレイに振り回され、かつて遊園地でも味わった事のない絶叫体験を海水浴前に体験するのであった。

 

           *

 

黒薔薇海水浴場エリア 黒薔薇あんらくバンガロー

 

 行きの車内で危うく死に直結するかもしれない極限の状況を体験したメンバーは、その後、どうにか無事に現地へ到着。

 はるかとテミス、クラレンスとピットは丘の上に建てられたバンガローから窺える夏の終わりの海という絶景のロケーションを臨み、心地よく肌に当たる潮風という最高のコンディションを満喫していた。

「ん~~~!! 気持ちいいです!!」

「風が心地いいですわー」

「それにこのオーシャンビュー。絶好のロケーションね」

「しかし、さっきのは本当に一瞬でも死ぬかと思いました」

 クラレンスが言うと、はるかたちは挙って後ろの方へ注目する。

 四人の視線の先には、レイとラプラスの二人がリリスと朔夜それぞれの主たちから厳しいお叱りを受け正座をしていた。

「このおバカ使い魔っ!! なんであんたは私やみんなにそう迷惑ばかりかけるのよ!!」

「ラプラスっ!! お前の軽はずみな行動が、オレたち全員の命を脅かしたんだぞ! その事について自覚はあるのか!?」

「だーかーら、あたしは別にそんなつもりじゃなかったのよ!!」

「リリス様、私は何も悪くありません!! すべてはご婦人のイタズラが度を超えていたのです!!」

「何ですって!? アンタねぇ、男のくせに自分の失敗を他人になすりつけるなんてサイテーよ!! 大体前々から思っていたけど、アンタは運転が下手くそなのよ!!」

「な……! お言葉を返すようですが、あんな状態で真面に運転できるドライバーがいるのですか!? 言うなれば、あのときの私は危険ドラッグを使用した時の感覚に近いようなもので……!!」

「シャラァァァ――――――プ!!」

 言い訳がましく互いに自分の非を認めようとしない使い魔たちの不毛なやり取りに、リリスは業を煮やし恫喝。

 恫喝によってレイとラプラスを口を黙らせ委縮させる。直後、殺気立ったオーラをあからさまに放散させながら、リリスは血走った眼で二人を見下ろす。

「まったくもう~アンタたちは揃いも揃って……良いこと、次に私を怒らせるようなことをしたら、二人まとめて消し炭にして上げるわ!! 今日のお昼のバーベキューの材料になってもらうからね!!」

「「す、すみませんでした……」」

 何度こんな目に遭えば気が済むのだろうか。

 内省能力の欠片も無い愚かな使い魔二人に今は亡き神は救いの手を差し伸べてくれるのだろうかと、ピットは内心思いながら苦笑するばかりだった。

 

 ザザッ――。ザザッ――。

 準備を整えたディアブロスプリキュアのメンバーは、待ちに待った海へと狩り出した。

 リリスの快気祝いとキメラを退ける事に成功した祝勝会も兼ねて、メンバーは夏の最後となるこの海で思う存分遊び、羽を伸ばし、思い出を作る。

「じゃじゃーん!! どうですか今年の流行ですよー!!」

 嬉々とした様子のはるかはこの日の為に用意した春色のハイレグ水着を使い魔のクラレンスに見せる。

「とてもお似合いですよはるかさん」

「ありがとうございます!! やっぱり、クラレンスさんはそう言うと思ってました!!」

 クラレンスからのお褒めの言葉を受け、改めて嬉しさで胸がいっぱいのはるかは早速彼の手を引いて海へと走る。

「フフフフフフ。ついにあたしの季節が来たわ」

 と、自信満々に豊満な胸をこれでもかと誇張する大体なハイレグ姿で登場したラプラス。サキュバスの為、日傘とサングラス、強力な日焼け止めクリームを常備すると、レイが立てていたパラソルの下に入る。

「どうよあんた。私のエロい体に興奮してもいいのよ」

「ふん。私はご婦人の様なふしだらな体になど微塵も興味もありません。私が興味があるのはそう……リリス様の!!」

 と、力みがちに声を発しようとした瞬間。レイの後頭部に強烈な衝撃が走る。

 一瞬で気を失う程の拳骨。やったのは言うまでもなくリリスであり、彼女は漆黒のビキニ姿でのぼせ上った使い魔の思考を嗜める。

「まったくあんたって子は……何とんでもない発言しようとしてるのよ! 危うく児童ポルノ指定作品にされて発禁扱いになるところだったじゃない!!」

 砂の中に頭を埋めるように気を失っているレイの言動に冷や汗をかく彼女と、それを横目に見ながら居合わせた純白の水着を着たテミスとピットは苦笑しがちに口を挟む。

「まぁリリス……彼にも悪気があったわけじゃないんだし。せっかくの海なんだから、もっと楽しまないと」

「そうですよ。はるかさんとクラレンスさんみたいに楽しく遊びましょうよ」

 二人は浜辺で恋人気分で水遊びに熱中するはるかとクラレンスを模範として、海水浴を満喫せよとリリスに提言。それを聞いたリリスも、一息ついてから考えを改める。

「……ま。それもそうね。せっかくの海なんだし私も年甲斐に破目を外して……」

 と、言いかけたそのとき。彼女の目が唐突に大きく見開いた。

 彼女の視線の先に現れた人物――モデル並みの体系と引き締まった肉体美を兼ね揃え、リリス好みのメンズ用ハーフパンツに身を包んだ十六夜朔夜。上から羽織った七分袖シャツがアクセントとなり、彼のカッコよさを一層際立たせていた。

 いつもとは異なる朔夜の姿を目の当たりにした瞬間、リリスの心臓の鼓動は急激に高鳴り、興奮のあまり鼻血が出る始末。

 一方、朔夜は持参した料理用具一式が入ったケースを肩に担ぎながら、おもむろにリリスらの元へ歩み寄る。

「すまない。トランクから道具を持ってくるのに時間がかかってしまって……あれ? リリス、どうかしたのかい?」

「ちょっとあなた鼻血出てるわよ!?」

「熱中症ですかリリスさん?」

「なんならあたしの日焼け止めクリーム貸してあげようか?」

 周囲がリリスの体調を本気で気遣う一方、当人はかなり慌てた様子で鼻血を拭い、「なななななんでもないのよ!!」と、取り繕う。

 やがて、朔夜と面と向き合う事を躊躇した彼女は気恥ずかしそうに視線を外す。

(あんなの反則よ……どうしよう~~~、サっ君のあまりのカッコよさに目が焼けそう~~~)

 そう思う彼女のかたわら、朔夜自身もまた、発育のいいリリスの胸元や体つきにやや興奮していた。

(どうしよう……服を着てるときは何ともないのに、水着姿のリリスがこんなにエロいとは思わなかった)

 

 こうして、各々が浜辺へと集まったところでメンバーはこの夏の思い出作りに精一杯遊びつくす。

「いざ……参る!!」

 最初は定番のスイカ割り。目隠しをしたレイが、皆に手本……もといカッコいい自分の姿を披露せんと意気込み金属製のバットを握りしめる。

 燦々と照りつける太陽に身を焦がされぬよう日焼け止めクリームもしっかり塗ったし、この日の為に事前にスイカ割りの練習もしてきた。抜かりはない。後は皆の言葉を頼りに目標のスイカ目掛けて前進する。

「レイさん、もっと右ですよ!」

「違うわよ。実はもっと左よ」

「いえいえ。もっと前ですよレイさん♪」

 ピット、テミス、はるかから向けられるバラバラの指示。レイは直ぐには動けずその場で思考する。

(誰の指示が本当だ?)

「レイさんいいですか、今あなたがいる場所から右前方三十二度、直線距離で五・六メートルです」

「とか言いながら、実は逆方向だったりして!」

 クラレンスが正確な場所を教える傍で、ラプラスが意地悪を言って判断を悩ませる。

(全員の指示が違う……どうすればいい……リリス様は!?)

 レイは益々悩み思考する。彼にとって、一番信用できるのはやはり主であるリリスからの指示だった。彼女の声を拾おうと全神経を左耳の聴覚に集中させる。

 すると、そのリリスは婚約者である朔夜と二人で親密な話をしていた。

「ねぇ……サっ君、この水着どう思う? やっぱりちょっと露出しすぎてないかな?」」

「そんなことはないよ。キミのパーソナルカラーとマッチしているよ。とても魅力的だと思うな」

「サっ君……あ~、私はなんて幸せな悪魔なんだろう♡ こんなにサっ君に愛されている自分が時々怖い……」

「オレだって、キミが気兼ねなくオレに甘えて来てくれる事が何よりの誇りだよ」

「サっ君……♡」

 真昼間からイチャイチャとする二人。お分かりの通り、レイはこれを決して認めようとはしなかった。

 すかさず、スイカから標的を朔夜に変更し一目散に走り出す。

「そーこーだ――っ!! くーたーばーれ――っ!!」

 ――カキン!!

「「うわああああ!!」」

 振りかざした金属バットは朔夜の体すれすれという所で外れた。朔夜とリリスは突如狂気に駆られたレイの攻撃を紙一重で避ける事が出来た。

「あ、危なかった!!」

「サっ君大丈夫!? ちょっとレイ、あんたどういうつもりよ!?」

 折角のイチャイチャタイムを台無しにされたリリスは怒り心頭だ。

 これに対して、「ちっ。外したか……」と小声で呟いたレイは目隠しを外し、悪意を孕んだ笑顔で弁明する。

「いや~リリス様♪ イケメン王子も済まなかったな。ついスイカと間違えてしまった。ははははははは!!」

「海でいちゃつくバカップル目掛けて、迷わずダッシュしたように見えたのは私だけかしらね」

「ははははは。何を言っているんですか、テミス氏? ひどい誤解ですね」

「そうよテミス。レイは飽く迄もスイカを探していただけよ。そうでしょレイ?」

「さすがはリリス様!! 話の分かるお方だ!!」

「さてと、次は私の番ね」

 ちょうど、ここでスイカ割りの順番が一巡した。

 自分の番であると言ってリリスはおもむろに立ち上がり、レイからバットを取り上げようとする。

 だが、肝心のバットはレイの手元から決して離れようとしない。リリスが力を入れるとこれに反発するかのようにレイは握力を強め、バットを手放そうとしない。

「どうしたのよレイ。バットを放しなさい♪」

「リリス様の方こそさっき失敗したばかりではありせんか?」

「一周目が終わったのよ。次は二周目で私の番じゃない♪」

「いえいえ二周目は順番を逆にした方が公平かと……」

 ここでバットを手放せば先ほどの仕返しを受けるのは自明の理。リリスに殴られる事が分かっていてバットを取り上げられたくないレイと、朔夜とのイチャイチャタイムを台無しにされた腹いせにレイを殴りたいと思っているリリス。実にきな臭い展開だ。

 二人のぎくしゃくとしたやり取りを見ているうち、はるかは穏やではなくなっていると感じ、苦笑しながら提案する。

「あの……せっかくのスイカを飛び散らせちゃうのも何ですから、スイカ割りはこの辺でやめにした方が……」

「「大丈夫(です)!! スイカは絶対割らないから(割りませんから)!!」」

 声を揃えリリスとレイが同じ台詞を口にする。

「だとしたら何を割るつもりなのよ、あなた達……」

「こんなきな臭いスイカ割りはごめんですわ」

 

 スイカ割りを楽しんだ(?)後は、お待ちかねのランチタイム。

 リリスが宣告していた通り本日のメニューはバーベキュー。もちろん料理を振る舞うのはディアブロスプリキュアが誇る天才料理少年・十六夜朔夜だ。

 ものの数分で見た目も匂いも超絶絶品なバーベキューが完成。一同、湯気が立つ肉と瑞々しい見た目の野菜の付け合せに目を光らせる。

「ハヒ~!! どれもおいしそうです!!」

「やっぱり朔夜さんが作る料理はいつでもプロ並みですね!!」

「ちがうちがう。プロ並みじゃなくて、プロなのよこの子は!!」

「さぁ頃合いだ。みんなで仲良く食べよう」

「「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」」

 たくさん遊んだ後のバーベキュー。「空腹は最高の調味料」という言葉が示す意味は真の事だった。況して朔夜が作った料理なら食べた時の喜びは何十倍、何百倍とも膨れ上がる。

「ん~~~……相変わらず朔夜君の作った料理は格別ね!!」

「正に美味ですわ!!」

「こんな料理上手な婚約者がいつもそばにいてくれるなんて…私ってやっぱり幸せな悪魔だわ♡」

「ありがとうリリス。キミに喜んでもらえる事が、オレにとって何よりの幸せだ」

 スイカ割りだけでは飽き足らず、二人は手を取り合いまたしても見つめ合う。

 が、直後。

「チェストォォォ―――!!」

 パイのクリームが乗っかった皿が飛んできた。激しい嫉妬に燃えるレイが用意したそれは朔夜の顔面へと向けられるはずだった。

 だが運の悪い事にレイの手元は微妙に狂い、あろう事かリリスの顔にべちゃっと言う音を立てクリーンヒットした。

「あぁぁぁぁ……」

「なんてことを……!!」

「レイさん……」

 一斉に皆の顔が青ざめる。

 まずい事をしてしまった。レイ自身が誰よりもリリスの怖さを知っている。

 後悔して逃げ遅れる訳にはいかない。彼女に捕まらぬうちに逃走を試みるが、悪原リリスという悪魔は自らに屈辱を味あわせた標的を決して逃がさない。

 ガシっと凄まじい握力で腕を握りしめられる。恐る恐るレイが振り返れば、顔面クリーム塗れになりながら、殺気を孕んだ笑みを浮かべるリリスがレイを凝視する。

「レイ……右腕一本♪」

「……右腕一本、痛そうですね……」

「右腕一本以外全部へし折ってあげるから♪ 覚悟はいいかしら……あははははは♪ あははははは♪」

「やだあああああああああああああああああ!! うがあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ――ゴキッ! ボキボキ!

 

 

 

 ――後になって思い返すと、この時の私はどうかしていたとしか思えなかった。

 

           *

 

黒薔薇海水浴場エリア 黒薔薇あんらくバンガロー

 

 

 …………。

 ……れ……ん……

 ……いさ……

 ……れいさん……

 

 ――「レイさん」

 

「はっ!!」

 気が付くと、レイは宿舎にある部屋のソファーで横になっていた。

 彼を気遣って声をかけてくれたのはピットだった。近くには、クラレンスとラプラスの二人も待機している。

 レイはゆっくりと体を起こす。視界に映る見慣れた者たち、そしてここが宿舎の中である事を認識する。

「ここは……私はまだ生きてていいのだな」

「当たり前じゃないの!」

「大丈夫ですかレイさん。お体の方に異常はありませんか?」

 クラレンスに言われると、再度自分の体調を確かめる。どうやら生きている事に加え、どこも異常は無さそうだった。

「よく分からないが……リアルに地獄を見た気がする。我ながら良く生きていたものだ!」

「しかし、リリスさんのお仕置きは凄まじかったですねー」

「まさかあんな事ばかりか、あのようなものまで持ち出すとは!」

「リリスちゃん、昔っから怒らせると手が付けられないからねー」

「でも結果的にはよかった。臨死体験程度で済む罰などまだ軽いものだからな!! はははははは!!」

「世間一般で臨死体験をするような罰を軽いと表現する事は常軌を逸していると思うのですが……」

 全くの正論だ。

 兎に角、悪魔が施すお仕置きとは人間や妖精の感覚からは大きく逸脱しているとともに口や文字等では表現しかねるほどえげつない物だったらしい。

「でも気を付けた方がいいわよ。あんた普段からデリカシーってものが欠片も無いんだから、ちょっとした事がいつだってリリスちゃんを鬼にするんだからね」

「特に、朔夜さんがいる前であのような事をしたら三途の川を彷徨う事になる事は容易に想像がついたハズです」

「わかっているさ……でも……でも……!! わかってても悔しいんだよぉ!!」

 朔夜の様にもっと余裕があって、リリスに頼られる使い魔になりたい。心の底からレイはそう思いながら悔し涙を流すのだった。

 すると、頃合いよく部屋の扉が開き席を外していたリリスたちが戻って来た。

「みんなー!! 注目よ!!」

「今から夏の夜の定番……肝試し大会を開催したいと思います!!」

「これから二人一組でチーム別けをしまーす!! 番号がそのまま肝試しの順番になってますからねー!!」

「ききききききき……肝試し大会……」

 レイにとって、一番やりたくない行事がやってきた。

 肝試し大会をやろうと言い出したのは言うまでもなくリリスだ。昼間あれだけレイにお仕置きをしただけでは飽き足らず、ここに来て彼女は更に嫌がらせの如く彼の最も苦手な事をして精神的に追い詰める気だった。正に悪鬼羅刹の如く。

 だが一方で、リリスは別な目論見としての肝試しを楽しみにしていた。

(肝試しと言えば……これは正にチャンスだわ!!)

 リリスは妄想する。朔夜とペアになった時の事を………。

 

 

 暗がりの中、不安な表情を浮かべる自分。それをリードするのは隣を歩く幼馴染で婚約者の朔夜だ。

『きゃっ!!』

 何かの拍子に驚いて朔夜へ抱き着いたリリスを、優しい朔夜が抱き止める。

『大丈夫だよリリス。オレが付いてる』

『サっ君……うん♡』

 

 

(てへへへ……よーし……絶対ここはサっ君とペアになってみせる!!)

 根っからの悪魔だが、考えている事は年相応の女子。それも今どきの子には珍しい純情無垢な恋愛観の持ち主――言い方を変えれば相当ベタな展開を期待している。

 ロマンチックなやり取りを行い朔夜との愛をより育もうとリリスは強く意気込むと、早速くじ引きでチーム分けをする事に。

 だが、その結果は……あまりにも残酷なものだった。

「理不尽だわぁ!!」

 くじ引きの結果にリリスはショックのあまり泣き崩れる。

 ペア決めの結果……一番手はリリスとはるか、二番手はテミスとラプラス、三番手はピットとクラレンス、そして四番手は朔夜とレイという形に納まった。

「理不尽だわぁ!!」

 大事な事だから二回言う。

 こうなるハズではなかったと嘆き落胆するリリスを、はるかは気の毒だと思いつつ彼女の肩に手を当てる。

 悲しみの涙を浮かべる彼女の目をじっと見据え、はるかは励ましの言葉を投げかける。

「リリスちゃん。月に叢雲花に風。イスカの嘴の食い違い。世の中そう思い通りにはいきません。だから人間いつだって努力と辛抱が必要なんです」

「私は悪魔よっ!! ううう……」

 

 午後二十時過ぎ。

 真っ暗な海岸に集まったディアブロスプリキュアのメンバー。

 肝試し大会の会場は、海岸からさほど距離を置かない入り江に位置する洞窟で行われる。肝試しの簡単なルールについて、はるかの口から説明が行われる。

「いいですか。今からくじ引きで決めた順番で洞窟の中に入ってもらいます。この洞窟は昔から地元の漁師さんが大嵐の時に備えて船を隠しておくための場所だったとの事ですから、危険性はゼロです! 間違っても途中で逃げ出したりしてドロップアウトなんてしちゃ、いけませんよ……ねぇレイさん?」

「ドキ!!」

 不本意ながら肝試しに参加しているレイ。洞窟に入る以前から緊張気味で、ダラダラと脂汗を流している。

 ペア決めによってレイのパートナーになった朔夜は、露骨なまでに体が震え上がっているレイを見れば見るほど憂慮の念を抱く。

「レイ……本当に大丈夫なのかい?」

「べべべべべ別に!! 私はいつだって冷静沈着だし!!」

「全く以て今のあんたには当てはまらない気がするけど」

 ラプラスのツッコミもさること、満を持して肝試し大会がいよいよ始まる。

「では、肝試し大会スタートです!! まずは、はるかとリリスちゃんが行きますね!!」

「万が一の事もあるからね。十分に気を付けるのよ」

「どうかお二人に神のご加護があるように……」

 と、ピットが祈りをささげた直後。リリスの頭部に激しい頭痛が起こる。久しぶりの感覚にリリスは涙目になりながらピットへ振り帰り注意する。

「ちょっとピット!! お願いだから悪魔の私に祈りなんか捧げないで!!」

「す、すみません! ついうっかり」

 ピットの謝罪を受けると、気持ちを改めリリスは懐中電灯のスイッチを入れ――はるかとともに洞窟の中を目指し前進を開始した。残りのメンバーは彼女たちの出発を見守った。

「はるかさん、リリスさん。幸運を祈ります!」

「洞窟の中は暗いから足下には注意するんだよ」

「うん! ありがとうサっ君、すぐに帰ってくるからねー♪」

「いってきまーす!!」

 ゆっくりと二人は洞窟の中へと入って行った。

 リリスたちが出発した直後、レイは懐に手を突っ込むと精神安定剤を取り出し、何錠か一遍に口へと放り込み丸呑みする。

「ぷはーっ……落ち着け。落ち着くんだ」

 湧き上がる恐怖を克服せんと自分なりの努力を行うが、果たしてその努力が実を結ぶ事はあるのだろうか。

 

 開始から数分後。

 洞窟内から懐中電灯の光が一本の筋となって見えてきた。リリスとはるかが無事に戻って来た。

「あ、帰ってきましたわ!」

「おかえりリリスちゃん、はるか。で、どうだったの?」

「ハヒ~。結構スリリングでしたね!」

「案外道幅が狭かったし、コウモリとかもいたんですよ」

「コウモリ……あ~~~……胃がキリキリする、昼間バーベキューを食べすぎたせいだ……」

「さっき飲んだ精神安定剤が過剰だったんだよきっと」

 朔夜がレイの言葉に冷静な指摘を入れる。一番手のリリスたちが戻って来たので、お次はテミス&ラプラスペアの順番だ。

「じゃ、次は私たちですね」

「暗い所あたしだーい好き!! 元々サキュバスだからね」

 テンション高めのラプラスとは裏腹に、レイは早くもげっそりとした顔を浮かべている。

 二人が洞窟の中へと入っていくのを見送った折、クラレンスは自分の隣でレイが奇妙な事をしているのに気が付いた。

 掌に何やら指で文字を書き綴り、それを必死に何度も何度も呑みこんでいる。

「どうされましたか?」

「昔から言うだろう……手のひらに『人』って言う字を書いて呑みこんでいるんだ。恐怖心を克服する為にな!」

「あんたね……それはあがらない時にやる方法でしょうが」

 使用目的さえ間違えるほどにレイの心は乱れている。

 リリスは今更ながら、なぜレイがこんなにも怪奇現象に対し極端な苦手意識を持っているのかが分からなかった。

 

 それから暫くして、テミスとラプラスが戻ってきた。

「ただいまー」

「あ~チョウ楽しかった!! さ、次はクラレンスとピットの番よ」

「うわぁ~……ドキドキしてきたー」

「幽霊なんていないと思いますけど……ちょっとだけ怖いですわ」

 生真面目な使い魔と妖精コンビこと、クラレンスとピットがテミスらと順番を交代して出発する。

「クラレンスにピットも、大丈夫でしょうか?」

「あんたじゃあるまいし二人なら大丈夫よ」

「そうそう。でも、レイのときには出るかもよ~!! きっと出るわよ~~~!!」

「ごごご…ご婦人!! そういうタチの悪い冗談は止めてください!! おしっこちびりそうなんですから……」

「いい大人じゃないか……」

 本当に大人なのかと、朔夜は自分で言いながらも内心真剣に考えた。

 

 肝試し大会が始まって四十五分が過ぎた頃。

「あ! クラレンスさんたちが帰ってきました!!」

 三番手のクラレンス&ピットペアが皆の所へ戻って来た。

 タイムはリリスたちよりも大分遅れがちだったが、それでも二人が途中で逃げ出す事は無かった。

「ふう~。怖かったですね!」

「洞窟の中があんなに静かだとは思いませんでしたー」

「ふたりともお疲れ様。さぁ、いよいよレイと朔夜の番ね」

「ああ。レイ、行こうか」

 朔夜が声をかけた時だった。その異様な姿に思わず目を疑った。

 いつの間にかレイの体にはいくつもの除霊グッズが付加されていた。いずれも悪魔や妖怪退治を生業とする者が好んで付けそうなものばかりだ。

 そうまでして幽霊と接触したくないのかと思いつつ、朔夜は苦笑気味にレイを見る。

「あのさ……何もそこまでしなくてもいいんじゃないかな」

「何を言っているのだイケメン王子!! 私は断じて臆してなどいない!!」

「プライドの高さだけは一丁前なんだから」

 意地でも怖くないと言い張るレイの底知れぬ矜持、もとい陳腐な自尊心。リリスは呆れを通り越してある種尊敬に値するものだと考える。

 という訳で、四番手の朔夜&レイペアはいざ洞窟の中へと向かい前進する。

 ポタ……。ポタ……。

 洞窟の中は暗いだけでなく、非常に湿気に満ちている。

 大抵の事には動じない強い精神力を備えた朔夜が懐中電灯片手に先導する。レイは彼を見失わぬよう彼の足跡を辿って行く。

 ――ビチャッ。

「ひええええ」

 そのとき、洞窟の頭上より冷たい水滴がレイの首筋へと落ちて来た。首筋を走るヒヤッとした感触に驚き震え上がるレイ。反射的に朔夜へと抱き着いた。

 婚約者のリリスに抱き着かれるならともかく、その使い魔、まして男であるレイに抱き着かれる事はどうにも複雑だった。

「レイ……本当に大丈夫かい?」

「は、はぁ!? な、何の事だか……」

「我慢するのは身体に悪い。強がらずにリタイアしたらどうだい?」

「だ、誰が我慢しているって!? 誰がリタイアなどするって!? 貴様にあれこれと指図を受けずとも私はこの肝試しをやり遂げてみせる!!」

 と、宣言した直後。

 ガサガサガサ……コウモリが飛び交う音が聞こえた。

 レイの頭の中で張りつめた糸が切れ、自暴自棄に陥ったリリスの如く近くにある岩場に額を激しく叩きつける。

「うおおおおおおおおお!! 消えろ、消えろ、消えろぉぉぉ――!! 私の中の何かぁぁ――!!」

「や、やめるんだレイ!! さっきから何に怯えているんだ!? ただのコウモリじゃないか」

「私がいつ怯えているというのだ!! よーし分かった!! それじゃこうしよう!! これから一緒に『ド〇〇〇ん』の歌を歌おう!! そうすればこの肝試しも楽しくなるに違いない!!」

「いや……別にオレは」

「とにかくだ!! 前奏の部分は私に任せろ!! イケメン王子はサビのところを歌ってほしい!! いいか、間違っても大〇の〇〇の方だからな!! 水〇わ〇〇じゃないからな!!」

「落ち着くんだ! いくらプリキュアの放送局がテレ朝系列だったとしても、それはやりすぎだ! 怒られるぞ関係者に!!」

 最早肝試しそのものが怖いのではなく、彼らにメタな発言をされる事の方が怖かった。このままではレイは益々暴走し危ない事を口走る。それを止めようとする朔夜も雰囲気に当てられて放送コードギリギリの事をつい口走ってしまうかもしれない。

 何とかしなければ……そう思った時だった。

 洞窟の奥からゴソゴソ、ゴソゴソ、という物音が聞こえ二人はたちまち振り返る。

「なんだ?」

「ま、まさか……」

 心なしか生臭い臭いが漂ってきた。

 言い知らぬ者が徐々にこちらへ近づいてくるような……そんな気配をレイは感じ始める。そして……

「デレレデレレデレレデレレデレレデレレデレレレ♬ デレレデレレデレレデレレデレレデレレデレレレ♬」

 理性が崩壊したスプライト・ドラゴンは、某ネコ型ロボットが主役を務める国民的人気アニメの主題歌の前奏をひとり歌い始める。

「ペペペペペペペペペペペペペペペ♬ チャラララララララララ♬ ドン♬ ドンパパッ♬」

 前奏を経て、一番の歌詞を歌い始めると同時にレイは全速力で洞窟の奥へと向かって走り出した。

「おいレイ!! ひとりで勝手に行くな!! レイ!!」

 精神が制御不能に陥ったレイを朔夜が強く呼び止めるが、今の彼には何を言っても効果なし。今はただ、眼球が剥き出し状態のまま『ド〇〇〇ん』の歌を歌う事だけに全神経を注いでいる。

「ラララララララララ♬ ララララララーラ♬ ラーララララララー♬」

 

 ――ドカーン!!

 

 歌う事に集中するあまり、目の前が全く見えなくなっていた。そのせいでレイは、岩場がある事にも気づかず、激突してしまった。

 顔面からもろにぶつかった。顔は真っ赤に腫れがあがり、付いた傷が痛々しい。仰向けに倒れ気を失いかけるが、レイは何とか意識を保ち復活する。

「あ~~~……私とした事がつい舞い上がってしまった!」

 〝舞い上がる〟の使い方が間違っているが、この際大目に見てやろう。

「って……」

 よく見ると、周りに朔夜の姿はない。

 しかも今立っている場所も洞窟の中とは思えないほど広大な空間。一際暗く淀んだ空気が漂っていて、いつも自分たちが暮らしている世界とは明らかに異質な雰囲気だ。

「ここ………どこ!?」

 

 その頃、予定よりも二人の帰りが遅い事を不思議がっていたリリスたちも妙な胸騒ぎを感じていた。

「朔夜もレイも遅いわねー」

「洞窟の中で何かあったんでしょうか?」

「どうせレイがビビりまくって、サっ君に迷惑かけているのよ」

 すると、洞窟の中からトコトコと歩いてくる音が聞こえてきた。朔夜がたった一人リリスたちの元へ戻って来た。

「朔夜さん!!」

「あなた一人だけ? レイはどうしたの?」

「それが……途中ではぐれてしまって。いくら探しても見つからないんだ」

「何ですって!?」

 どうやら状況が変わったらしい。

 行方不明となったレイを探す為、リリスたちは全員で洞窟の中へと入る事を決めた。

 

 たった一つしかない出入口にも辿り着けず、迷う筈のない洞窟の中を右往左往する使い魔レイ。今彼はどこか分からない場所を一人で彷徨っている。

「なんなんだここは……洞窟の中なのに妙に広いぞ。おまけにさっきから感じるこの違和感はなんだ……もしかして、私はひとり異界へと迷い込んでしまったのか。いやいやいや!! そんな事、あってたまるものか!!」

 ファンタジー小説ではこの手の展開はよくあるし、それが物語の醍醐味となっている。

 しかし、レイはそのような奇妙奇天烈な事が現実にあるはずがないと高をくくる。その考えが実に浅はかだったと気付くのは、そう時間がかかる事ではなかった。

「ん? 灯りが……助かったぞ!!」

 本能的に光を求めていた自分。光の彼方にきっと自分が元いた世界があるに違いない――レイは光に向かって一直線に進む。その先で彼が見たものは……

 

「な……なんだここは!?」

 眼前に広がる広大な土地。

 空は群青色に染まり、空気は靄がかかったようになっている。奇怪な地底世界がそこにはあった。

 どうやら本当に異界の土地に足を踏み入れたのだと、レイは自覚せざるを得なかった。

「まさか本当に……! しかし、地球にこんな凄まじい光景があったなんて!!」

 地球? 本当にそうなのか……。

 だとすればここは未だかつて人類が辿り着いた事のない前人未到の地、魔境と言う事になる。人知れず屹立(きつりつ)する巨大な山脈。荒涼とした大地に蔓延る異様な空気。

 たった一人で訳も分からぬ土地に放り出された気分だった。

 仲間たちと離ればなれになったレイは、途方も無く心細かった。

 早くこんな気味の悪い場所を抜け出して愛すべき主たちの元へ帰りたい。そう思いながら出口を探す事に躍起になっていると……。

「あ、あれは……」

 荒涼とした大地の先に見えてきた巨大な建造物。オベリスクを彷彿とさせる尖塔の周囲には住居と思われる建造物が密集している。どうやらここがこの世界の街のようだ。

「この際なんでもいい……誰でもいいから私の心の支えとなってくれ~~~!!」

 安易にそんな事を口にしていいものなのか。

 だが溺れる者は藁にもすがると言うように、今のレイに贅沢を言っていられるほどの気力は残っていない。

 この人知れない異界にて、レイを待ち受けているものとは果たして……!?

 

 

 

 

 

 

参照・参考文献

編著:東雅夫 『ヴィジュアル版クトゥルー神話FILE』 (学研パブリッシング・2011)




次回予告

リ「レイったら一体どこに行っちゃったのよ?」
は「ハヒ? かくいう私たちも何処か分からない場所に迷い込んでしまったみたいです!!」
ク「異界の大地…異界の住民…そして異界の生物。まさかこんな危険なところにレイさんが!?」
ラ「って、なんか変なの来たわよ!! ひええええええええええええ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『驚異の地底世界!クン=ヤンの怪!』」
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