本当は1話完結で終わらせたかったんですが、思った以上に長くなったので2話に分けました。したがってサブタイトルも変更し、本来のサブ雷トルの話は後編にしました。
それでは、どうぞ楽しんで読んでいただければと思います。
第35話:コヘレトの復讐!戦慄のフォールダウンモード!
異世界 洗礼教会本部
世界転覆を目論む異界の宗教結社。その構成員にして、最も卑劣で卑怯な男と呼ばれる者がいた。
はぐれエクソシスト・コヘレト――彼以上に性根の腐った人間はいない。
「へへへへへ……ようやく完成したぜ」
自室に籠った彼は数か月前からあるモノの製造に力を注いでいた。そしてついに今日、それが完成した。
不敵な笑みを浮かべると、コヘレトは眼前で怪しげな雰囲気を醸し出す発光体を見つめる。光を発するモノの正体は薄紅色の液体で満たされた透明なカプセルだった。
そんなコヘレトの元に、ある種彼以上に猟奇的で気の触れた者が声をかけてきた。
「コヘレトさん、なにひとりキモイ顔でトチ狂ってるんですか?」
実に失礼極まりない呼びかけの仕方だった。不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらコヘレトが振り返ると、少年の如くあどけない顔を持ちながら腹のうちは真っ黒に染まったはぐれ悪魔――カルヴァドスが歩み寄って来た。
「ちっ……お前に言われると無性に勘に触るんだよな。俺よりトチ狂ってるくせしてよ!」
「いやだなー。ボクはいつだって正気ですよ♪ 周りがそう思わないだけでね。それにしても、これどうしたんですか?」
軽くいなしたカルヴァドスは、コヘレトの目の前にあるカプセルの事が気になりおもむろに尋ねる。するとコヘレトの口元は歪み、薄気味悪い笑みを浮かべ答える。
「へへへへへ。キュアケルビム――テミス・フローレンスをブッ倒す為の秘策さ。すべては俺の計画通りに事が運んでやがる」
「そう言えば彼女も以前は教会に与していたんですよね?」
「ああ。高慢で偉そうな奴だったぜ。だが所詮はプリキュアだ。ハナから俺たちと利害が一致するとは思っていなかったさ。あいつには返しても返しきれねぇほどの恨みがある。その恨みをこれから何万倍にして返させてもらうのさ!! この……とっておきを使ってな!!」
透明なカプセルの中で薄紅色の液体に浸されたものを凝視しながら狂気の目を剥くコヘレト。カプセルの中にいるのは、テミスと瓜二つの姿を持った人間らしき存在だった――……
*
黒薔薇町 くろばら公園
夏が終わり、秋の肌寒さが到来する九月初頭の夜。
ディアブロスプリキュアの後援者である正体不明の科学者ベルーダは、ある者に呼ばれて公園へ来ていた。
深夜一時を回っている夜更けに公園を訪れると、そこには白を基調とした私服に身を包んだテミスが待っていた。
「テミスちゃん。こんな夜更けにワシを呼び出してどうした?」
「ごめんなさいベルーダ博士。別に大した用事ではないんですが……」
言うと、テミスは微笑しながら突然プリキュアの姿へと変身した。変身と同時に、左腰に携えたケルビムアローに酷似した武器を手にし、ベルーダの方へと矢を向ける。
「なぬ?」
思わずそう口にしたベルーダ。次の瞬間、ケルビムは囁くように言い放つ。
「さようなら――……」
――バシュン。
◇
黒薔薇町 フローレンス家
明くる日。リビングで朝食を摂っていると、唐突にテミスがピットに言ってきた。
「ねぇピット……ちょっと相談してもいいかしら?」
「どうかなさいましたか?」
食事の手を止め、テミスは眉間に皺を寄せながら胸中で渦巻く複雑な思いを口にする。
「昨日……夢を見たんだけどね」
「夢、ですか?」
「それも、ものすごく恐ろしい悪夢だった」
脳裏に浮かぶ悪夢に彼女は脂汗をかく。
かつて見た事がないような夢であり、決して現実にはあってはならないもの。それは彼女がディアブロスプリキュアのメンバーを手に掛けるという極めて残酷な内容だった。彼女曰く、夢の中でテミスが手に掛けたリリスたちは、地面に倒れピクリとも動かなくなったという。
「……嫌にリアルだったわ。夢でよかった……いや、夢でもこんなのは嫌よ!!」
「テミス様……」
「確かに私は元・洗礼教会の戦士。リリスたちと敵対してきたことは紛れもない事実。でも、私はようやく気付いたのよ。自分にとって何が正しくてそうでないのか、本当に自分が守りたいものが何なのか。だから、みんなをこの手に掛けるなんて事は想像もしたくないんだけど……」
テミスは今でも罪の意識に駆られる事がある。自分のしてきたことが間違いだったと気づき、その間違いを戒め後悔をバネに今に繋げようとする彼女だが、やはり完全には割り切れていない。
ピットは生真面目で責任感の強い主人の気持ちが痛いほど分かる。長年彼女のパートナーとして仕えて来たからこそ、誰よりもテミスの胸の内を知っている。
今の自分がしてあげられることを必死に考え、考えた末にピットはテミスの心が少しでも晴れるようにと励ましの言葉を掛ける事にした。
「テミス様は『明晰夢』というのをご存知ですか?」
「めいせきむ? 夢を見ながら、自分でこれは『夢』だなって自覚しているもののこと?」
「はい。自分で夢だと理解していれば、その夢の内容を思い通りに変化できるとされています。悪夢の場合は自分の望む幸福な内容に変える事も」
ピットは破顔一笑し、テミスの心情を汲み取る。やがて、彼女を勇気づける言葉を一つ一つ選びながら言葉を紡ぐ。
「――大丈夫ですわ。テミス様がリリスさんたちに手を掛けるなどと言う可能性は、万に一つもあり得ません。なぜなら、テミス様はもうディアブロスプリキュアの立派なメンバーで、何よりも世界の平和を守る伝説の戦士に違いないのですから!!」
「ピット……そうよね。ありがとう」
心細いとき、気持ちが不安定なとき、いつでもピットが側で支えてくれた事にテミスは改めて感謝の意を抱く。彼女に励まされた事でほんの少しだけ気持ちが楽になった。
「さぁ、早く朝食を済ませてしまいませんと学校に遅刻してしまいますわ!」
「ええ」
登校途中、テミスは思考に耽っていた。きっかけは、ピットが言った何気ない一言からだった。
(伝説の戦士か……確かに、プリキュアとして選ばれた事に間違いはない。でも、私は本当にそれだけの価値があるのかしら。天界にいるときは、上級天使から礼讃(らいさん)される事はよくあったけど。本当のところはよくわからないのよね)
生まれてこの方、テミス・フローレンスが懊悩(おうのう)し続ける事がある。それは、この世界における「愛」の真実についてその答えを未だ見いだせていないという事だった。
天使でありながら、「愛」を感受することが出来ず、また明確な「愛」を理解できぬまま十数年という月日が経過した。誰よりも「愛」を理解しようと人の何倍も努力を重ね、天使らしく常に高潔であろうと己を律し、その心を奮い立たせてきた。そして、あらゆる邪悪から「愛」を守る為に誰よりも気高くあろうとし続けてきた。
しかし、そうした努力も空しく彼女の中で「愛」というものの正体が何なのかを理解するには遠く及ばず、煩悶とし続ける日々の中で次第にテミスはそんな自分自身に嫌気が差し始めていた。
(本当の「愛」を理解できない私は……プリキュアである以前に、天使ですらないんじゃないかしら)
こんな自分がなぜ、天使なのか。「愛」を理解できぬ自分がなぜ「愛」の戦士と称されるプリキュアとして選ばれたのか。それがずっと胸につかえ続けていたそのとき――不意にある光景が彼女の眼に止まった。
それはどこにでもいる普通の親子だった。小さな子供が母親と手を繋ぎ、仲睦ましそうにしている様はとても微笑ましい。だが直後、彼女の胸がチクリとなった。
ふと思い出した。天界にいた時、テミスは家族同士であのような経験をしたことが無かった。考えてみれば、両親と呼べる上級天使が自分に対して人並以上の「愛」を与えてくれた経験が有ったのかと甚だ疑問に感じていた。
(私は……私は一体……なんなのよ……)
天使でもプリキュアでもなり切れない、自分自身というアイデンティティーに疑心暗鬼しながら、テミスは未だ答えの見つからない「愛」について思考を繰り返す。
*
私立シュヴァルツ学園 二年C組
夏休みが明けて数日が経っての登校。テミスがいつも通りに自分のクラスへ行くと、様子が違っていた。何やら生徒たちが喧騒としていた。そしてしきりにある話題について話をしているのが耳に入った。
「おい聞いたかよ。この近くで通り魔だってよ」 「襲われたのって例のお化け館に住んでるっつう変態科学者なんだろ?」 「血まみれだったんだってー!!」 「怖いねー。犯人まだ捕まってないんでしょ?」 「あたし襲われたらやだなー」
何やらただ事ではない事は暗に伝わってきた。
「みなさん、おはようございます」
テミスは怪訝そうにしながらも自席へと向かい、生徒たちにいつも通りの笑顔を振舞いつつ、内心穏やかではなかった。
(朝から不穏な空気ね。いったい何があったというのかしら? 通り魔とか言ってたけど……)
「あ、テミス」
「テミスさん!!」
そのとき、テミスが登校してきたことに気づき、難しい表情を浮かべるリリスと切羽詰った感じのはるかがテミスの元へ歩み寄ってきた。
「おはよう。二人ともどうしたのよ? 何か事件でもあったの?」
教室の雰囲気がいつもと違う為、事情を知らないテミスは率直に二人に尋ねる。すると、リリスとはるかは顔を見合わせてから衝撃の事実を語る。
「ゆうべ、ベルーダ博士が何者かに襲われたのよ」
「今朝がた公園近くを通りかかった近所のおじいさんが、かなりの重傷を負った姿の博士を発見したんです!!」
「な、なんですって!?」
突然の報告を受け、テミスは思わず目を剥いた。
そんな彼女の驚く姿を秘かに、コヘレトは学校の外から窺い悪意ある笑みを浮かべる。
「第一段階は成功のようだな。さぁーて……ここからが本当の地獄の始まりだぜ。へへへへへへへへへへ」
*
黒薔薇町 黒薔薇総合クリニック
放課後、全員でベルーダの見舞いへと向かった。
全身に酷い傷を負ったベルーダは意識を失った状態でベッドに横たわっている。こんなになるまで一体誰にやられたのかと、リリスたちはベルーダのありさまを見ながら真剣に考える。
「ねぇ。彼の容態はどうなの?」
隣に立ちつくす朔夜にテミスが率直な疑問を問いかける。朔夜は「医者曰く傷自体は酷かったが、幸い命に別状はないようだ」と、端的に回答した。
「よかったですー!!」
「でも、誰がこんな酷い事を?」
安堵し胸をなでおろすはるかの横でクラレンスが訝しむ。
「それにしてもニート博士が襲われるとはな……通り魔なのか、はては物取りか、怨恨か。どちらにしてもとんだ物好きもいた者です」
「確かに物好きよねー」
ベルーダがかわいそうだと本気で思っているのだろうか……レイとラプラスから出た言葉は実に冷淡で非情なものだった。
「レイさん、ラプラスさんもそんなひどい事言っちゃダメですよ! 少しは被害者の立場も考えてみてください!」
見かねたピットが二人を諫めるために厳しいコメントをした。
「とにかく、博士の意識が戻れば何があったか分かるわ」
リリスの言う事はもっともだった。全員はベルーダの早期回復を祈り、今日のところはひとまず病院を後にする事にした。
その帰宅途中、テミスはふと脳裏に思い浮かべる。今朝がた見たあの悪夢の内容と今回ベルーダの身に起きた凄惨な事態を――……。
(まさか……そんな、偶然よね)
あれは性質の悪い夢であると、自分自身に言い聞かせる。だがどうにも単なる夢でないのではないかと言う思いが拭えない。
リリスたちが挙ってテミスの方を見ると、若干生気の籠っていない彼女を心配した。
「テミスさん。どうかしましたか?」
「あなた大丈夫、顔色悪いんじゃないの?」
「え。そ、そうかしら……」
「具合が悪いなら早いところ家に帰って休んだ方がいい。季節の変わり目は体調も乱れがちだからな」
「サっ君の言う通りよ。慈愛がモットーの天使様なら、当然〝自分を愛する〟っていう感情も持っているはずよね?」
「皆さん、テミス様の事を気遣ってくれていますわ。ここは言う通りにしませんか?」
「……―――ありがとう。そうね、ちょっと疲れているのかもしれないわ。それじゃ、お言葉に甘えて先にお暇させてもらうわ」
「また明日学校で会いましょうね!!」
微笑したテミスは、ピットを伴い皆と別れる。はるかが元気溌剌に彼女の事を見送ると、テミスは一瞬振り向き、破顔一笑した。
帰路へと向かう途中。テミスの体調を気遣ってピットが鞄の中から話しかけてきた。
「テミス様。疲労が溜まっているのでしたら、やはりここは疲労回復メニューが一番ですわ!! 今日のお夕飯は豚肉を使った料理を作りましょう!!」
「……」
ひとり張り切るピットの傍ら、テミスはどうにも夢の事が気になって仕方がない。
(あの夢は……本当にただの夢なのかしら? 天使の……プリキュアの勘が何か警告を発している気がする)
「テミス様?」
ピットが気に掛けるも、テミスはどうにも気が気でない。
そんな腑に落ちない彼女の事を、秘かに物影から窺う者がいた。コヘレトか、あるいはまた別の誰かか。歪んだ口元から「へへへ……」、という声が漏れた。
◇
ベルーダが重傷を負って病院に運び込まれてまる三日が経過した日のこと。仮初の平穏はある力の干渉によって、静かに崩れ始めるのだった。
≡
黒薔薇町 国道沿い横断歩道
「はぁ……困ったねぇ」
ここに一人の老婆がいた。老婆は大荷物を背負って向こう側へ渡ろうと思っている。
だが生憎と信号機はなかなか青に変わってくれそうにない。おまけに今の時間は交通量が多く、歩行者用信号もすぐに点滅してしまう。その為ぐずぐずしていると赤に変わって最悪道路の真ん中に取り残されてしまうかもしれない。途方に暮れていたそんなとき――。
「お困りですか?」
一人の少女が優しく声をかけてくれた。
老婆に話しかけて来たのはテミス・フローレンス。どういう訳か彼女は今、本来の姿――キュアケルビムとなっている。
「おばあさん。ここは私に任せてください」
「え?」
何をどうするつもりなのかと思っていた時、老婆の気持ちに応える為にキュアケルビムが取った行動は……
「えいっ!!」
何とも破天荒極まりないものだった。
ケルビムが信号機目掛けて光線を放つと、今まで青かったものが赤へと変わる。突然の事態にドライバーは驚き、急ブレーキをかけるも勢いを止められず正面衝突。後続車、更には横から走ってくる車も次々と玉突き事故を起こす始末だ。
老婆は年甲斐も無く度胆を抜いた。驚きのあまりうっかり入れ歯が零れ落ちそうになってしまった。
騒然とする現場。クラクションの音と怒声がひっきりなしに飛び交う中、ケルビムは呆気にとられる老婆を連れて歩道を渡る。
「さぁおばあさん。これで安心して渡れますよ」
「ちょ、ちょっとやりすぎじゃないのかいあんた!?」
「これくらい問題ありませんよ」
*
同時刻――
黒薔薇町 黒薔薇駅前通り
「はぁ~~~……今月もまた厳しいかぁ」
所変わって、人間に扮したレイはひとり自分の財布の中身を凝視し、頭を抱えていた。
彼の金欠は深刻だった。がま口の財布に入っているのは小銭がたったの六十円。それ以外はすべて何らかのクーポン券とレシートだけ。
「はぁ……自分で言うのもなんだが悲惨以外の言葉が浮かばん。それもこれも、元はと言えばご婦人が己の欲望を一切抑えようとせず、私に何かとたかってくるからだ!! これは今一度イケメン王子に断固抗議をしなくてはならないな!!」
飽く迄自分ではなく他人に落ち度があると考える辺りは、いかにも彼らしい。実際のところレイの言う事もあながち間違いではなかった。
「レイ、どうかしたの?」
すると周りから声を掛けられた。呼びかけたのはテミスだった。
「これはテミス氏。奇遇ですな」
「ちょっとそこまで通りかかったものだから。財布なんか取り出して、どうしたの?」
「いやはや……今月も赤字でして。お恥ずかしい限りです」
後頭部を掻きながらテミスにそう話した矢先。ぐう~~~っという、分かりやすい腹の音が鳴り響く。これにはレイも思わず紅潮する。
「あはははは……今の私は無一文同然。真面な食事を摂れる余裕すらありません……」
深く肩を落とし項垂れるレイ。それを聞いたテミスは「家に帰れば何かしらの食べ物はあるでしょ? 日曜日なんだしリリスに作ってもらえないの?」と怪訝そうに尋ねる。
「今日は生憎とリリス様は外出なさっています。しかもよりによってあのイケメン王子と水族館デートだとか……この前みたく邪魔したら消し炭にすると言われ、仕方なくこうして一人寂しくお金も無いのに街をうろうろと……とほほ……」
いつもの事ながら、貧乏くじばかりを引いている彼の事がかわいそうに思えた。だからテミスはレイのささやかな願いを叶えてやろうと思い至った。
「うふふ。昼食ぐらい私がおごってあげるわよ」
「え……本当ですかそれは!?」
「ええ」
「ウソではないのですよね!?」
「ウソなんかつかないわよ」
満面の笑みを浮かべそう答える彼女の態度を見た瞬間、感極まったレイの双眸から滝の如く涙が零れ落ちる。
(さすがは天使だぁ~~~!! 地獄で仏ならぬ、地獄で天使とはまさにこの事!! 世の中悪い事ばかりではないなぁ!!)
「じゃあ、ちょっと待っててくれるかしら?」
そう言うとテミスは、レイの側を離れ建物の陰へと隠れた。何をするのかと思えば、テミスは何故かキュアケルビムへの姿と変身した。やがてそのまま翼を広げ飛んで行った。
「はて……なぜプリキュアに変身する必要が? それに、あの姿でどこへ行くつもりなのだ?」
レイは何のつもりでプリキュアに変身したのかもしれないケルビムの事を目で追いながらその進路を見定める。
不思議に思っていると、宙を移動するケルビムの視線に見えて来たのは黒薔薇町内で最も規模の大きい銀行だった。
次の瞬間。満面の笑みを浮かべるケルビムは突然狂気に走った。
――バリンッ!!
あろう事か、銀行の正面玄関目掛けてケルビムは波動を放ち、扉を豪快に破壊した。
「な……!! テミス氏!?」
意想外な事態にレイは開いた口が塞がらなかった。あのケルビムがこのような暴挙に走るなど、今まで想像すら及ばなかったからだ。
銀行を襲撃したプリキュア――キュアケルビムの行動に誰もが驚かされる中、更に人々を驚愕させる行動に彼女は走る。行内にあったATMを破壊すると、その中からストックされてあった多量の札束を奪い無造作に袋へと詰め始めた。
これにはレイも黙っていられず、ケルビムの凶行を止めようと制止を求める。
「テミス氏、何をしているのですか!? 天使でありプリキュアともあろうお方が白昼堂々銀行強盗など!!」
「だって、お腹を空かしているあなたに少しでも美味しい物を食べてもらいたくて。その為にはお金が必要でしょ?」
「いやいやそう言う問題じゃなくて!!」
やる事が極端だ、なんて言う話では済ませられない。今している事は紛れも無く犯罪行為であるとレイは彼女に伝えたかったが、本人は全く歯牙にもかけず盗んだお金を次々へ袋に詰め続けた。
フォンフォンフォンフォンフォン……
しばらくして、銀行から発信された緊急信号を元に警察車両がどっと駆けつけた。パトカーから警官隊が降りて来、銀行内のキュアケルビムへ強く呼びかける。
「動くなっ!!」
「警察だっ!! 大人しくしろっ!!」
キュアケルビム最大のピンチ…かと思われたが、ケルビムは集まった警官隊を嘲笑うように僅かな隙間を縫って飛んで行き、行内から逃走した。
ひとり現場に取り残されたレイは、飛んで行ってしまったケルビムの事を見つめながら、ただただと呆気にとられる。
「テミス氏、どうして……こんな!?」
*
黒薔薇町 フローレンス家
銀行強盗事件から数時間後。テミス・フローレンスはピットとともに自宅の大掃除をしていた。
彼女たちが自宅としているこの家は、元はと言えば今は亡き天界の上層機関・見えざる神の手によって支給された邸宅で、敷地は二百二十坪の豪邸だった。二人暮らしをするには些か広すぎるという欠点を抱えていた。
その為、日曜日や祝日などを利用してはこうして家の中の大掃除をするのが日課となっていた。
「ふぅー。そろそろ一息入れましょうか?」
「そうですね」
――ピンポーン。
休憩を入れようと提案した矢先、インターフォンが鳴ったので、テミスは一旦掃除機を停止させる。
「はーい、今行きまーす!」
玄関の鍵を開錠し扉を開く。するとそこには、神林春人ら警視庁公安部特別分室所属の捜査関係者が一堂に会していた。
「神林春人? それに公安部の捜査官まで……どうかしたの、私に何か用事?」
彼らが自宅の住所を知っている事は薄々気づいていたが、直接家を尋ねられた事は今まで無かった。思い当たる節が無い彼女は不思議そうに尋ねる。
春人は極めて厳しい表情を浮かべながら、おもむろに懐に手を入れる。そして取り出したる一枚の紙をおもむろに広げ、テミスへと突き付けた。
「え!?」
中身を見た瞬間、テミスは目を見開いた。それは裁判所が発行した【テミス・フローレンス】という人物を逮捕する事を明確に示した逮捕令状だった。
「テミス・フローレンス――本日午前十一時三十二分、黒薔薇中央銀行にて強盗行為を働いたとして、君の身柄を拘束させてもらうよ」
「な…何ですって!?」
春人は訳も分からず困惑する彼女の手を掴むと、おもむろに手錠を嵌めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私がいつ銀行強盗なんて……!?」
「シラを切るつもりかい? 天使でありプリキュアでもあろう者が、随分と落魄れたものだよ。僕としては非常にがっかりだ」
「だから私は知らないって!! ちょっとピット来て、助けてよー!!」
「テミス様っ!!」
慌ててピットが駆けつけるが、春人と捜査関係者は半ば強引にテミスをパトカーへ乗せると、そのまま家を後にしてしまった。
「テミス様っ――!! テミス様っ――!!」
ピットの叫び声も虚しく、テミスを乗せたパトカーはどんどん遠くへ行ってしまい、やがて完全に姿が見えなくなってしまった。
「よっしゃよっしゃ。第二段階も成功だぜ!!」
テミスが逮捕されるという瞬間を、このときコヘレトは物影からこっそりと窺いながら嬉々として笑みを浮かべる。
「テミス・フローレンス……この俺に一生消えねー屈辱を与えた事を死ぬ寸前まで後悔しやがれってんだ!! へへへへへへへへへ!!」
*
『速報です。世間のヒーローとして人々に認知されてきたプリキュアの一人、キュアケルビム氏が本日黒薔薇町管内で銀行強盗を働いたとして、本日正午ごろ、警視庁公安部特別分室の捜査関係者によって身柄を拘束されました』
その日の夕方、日本におけるメディアの中心的放送局「日本コミュニティーブロードキャスティング」、通称「NCB」によってプリキュアの逮捕劇と言う前代未聞の事件が日本全土に報道され、世間を震撼させた。
この報道をきっかけに、全国のテレビ・ラジオ・インターネットを介して瞬く間に事件は伝播され、SNSのトレンドも「#キュアケルビム逮捕」と一位を獲得した。
≡
警視庁本部 留置施設
「出しなさいっ!! ここから出しなさいよぉ!!」
月明かりしか届かない牢獄の中で、テミスは身の潔白を訴え叫び続ける。
「ふざけるのも大概にしなさいよ!! 私は冤罪よ、何もやってないわ!! 銀行強盗なんて誰がしたって言うのよ!! リリス、はるか、朔夜君、ピット、レイ、クラレンス、ラプラスさん!! 私を信じてよぉー!!」
仲間の名前を呼び続けるも、誰からも返事が返ってこない。返ってくるはずがない。
そんな彼女の様子を別所にあるモニターで見つめながら、リリスたちは愕然とした表情を浮かべていた。
「信じられないわ。あのテミスが、銀行強盗を働くなんて……」
「はるかだって信じられません!!」
『私は何も悪くない!! その時間、私はピットと一緒に家の大掃除をしていたの!! 物理的に考えても不可能だってぐらい分かるでしょ!! 出してよ!! 出してぇ!!』
「もうやめてくださいテミス様!! 見ているこっちの方がどうかしてしまいそうです……」
無実を訴えながらも誰にも理解されないテミスの心情を察しながら、ピットは今にも胸が張り裂けそうな思いだった。
「しかし、何があったというのだ?」
「まさかこんな事になるとはのう……」
誰もが疑問に感じていたそのとき――松葉杖を突きながら歩いてきたのは、三日振りに意識が戻ってそのまま病院をこっそり抜け出してきたベルーダだった。
「ベルーダ博士!?」
「目が覚めたんですね!!」
目覚めたベルーダを見てほっとするのも束の間、彼自身は松葉杖を突きながら「予想外の事が起きておる」と言って近づいてくる。
「まさか、ワシを襲うだけでは飽き足らず……銀行強盗までするとは驚きじゃ」
聞いた瞬間、リリスたちは驚愕のあまり耳を疑った。
「何ですって? それじゃああなたを襲った犯人って……!!」
嫌な予感がした。リリスを始め誰もが答えを聞きたくないと思っていると、ベルーダは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「非常に言いづらい事ではあるが……間違いない、テミスちゃんじゃよ」
「そ、そんな……ウソです!! ウソですよそんなのぉ!!」
ピットはベルーダの言う事を信じられず、認めたくなかった。自分が知る限り最も模範的な天使と言えるはずのテミスが、闇討ちや銀行強盗を働くはずがないと。無論、それはリリスたちも同じである。
「ワシの言っている事を法螺(ほら)だと思うのも無理はない。じゃが、あのときワシが受けた傷からはキュアケルビムの魔力残滓が感知された」
「ついでに、銀行の監視カメラが捕えた映像を確かめてみたけど……紛れも無くあれはキュアケルビムだった。残念ながらこれが現実だよ。テミス・フローレンスが、一連の事件の犯人だ」
追い打ちを掛けるように春人の淡々とした見解がピットの心に突き刺さる。やがて、彼女の精神はとうとう限界に達した。
「う……うわああああああああああああああああああ!!」
ショックがあまりに大き過ぎた。ピットは頭を抱え生まれて初めてとも言える大きな声をあげて発狂する。
リリスたちが心配を寄せる中、ピットはモニター越しのテミスを見ながら悲嘆に泣き叫ぶ。
「どうしてですか……どうしてこうなってしまったのですか、テミス様ぁぁ!!」
午後九時過ぎ。
テミスは自らの不遇を呪いながら、暗い檻の中でひとり意気消沈としていた。
「どうして……どうしてこんな事になってしまったの……私が何をしたっていうのよ。どうして私が逮捕されないといけないのよ」
無実の罪で捕われる事がこれほどまでに苦痛なものとは知らなかった。精神的に追い詰められていたそのとき、今の彼女の状況を嘲笑う者が不意に現れた。
「いや~~~。実に惨めなものですね~~~。テミス・フローレンスちゃん」
「っ!!」
気が付くと、牢の中に憎き者の姿があった。かつて洗礼教会に与していたとき、何かと因縁深かった男――コヘレトだ。
「は~~~い。おひさしぶり~~~!!」
「コヘレト……!! どうしてあなたがここにいるのよ!?」
「へへへへへ。いや~~~気に入ってくれたかな、俺からのサプライズプレゼントは?」
「サプライズプレゼント? まさか、これは全部あなたの仕業なの!?」
「Exactly!! このコヘレト様を幾度となく虚仮にしてきたお前の罪は途轍もなく重いのでーす。だー・かー・ら!! お前にはとびきりの絶望を味あわせて死んでもらいたいわけよ」
一言語るごとにひしひしと伝わる怒り、憎しみ、恨みの数々。テミスを見つめるコヘレトの目は完全に瞳孔が開いていた。
「よくもこんな目に……あんただけは絶対に許さないっ!!」
そんな彼の卑劣な罠に嵌まったテミス自身もコヘレトへの怒りから、思わず感情が高ぶり声を荒らげる。
身を乗り出す彼女を目の当たりにしながら、コヘレトは挑発的な笑みとともに尊大な態度を取り続ける。
「はっ。逮捕された分際でイキってんじゃねーよ。だったらなんだ? 今この場で俺と戦うか? でもリングを奪われた状態じゃ、プリキュアに変身するなんてできねーだろ」
「う……」
コヘレトの言う通り、今のテミスはプリキュアになるための手段――すなわち変身リングをすべて没収されている。これでは満足に戦う事などできる訳がない。
「ああ、そういやリングって言えばよ……前にてめぇに渡したオファニムリングから得たデータは、有効に使わせてもらったぜ!!」
「データですって!?」
思いがけない言葉に驚く彼女。コヘレトは吃驚する彼女の表情を見ながら、汚い笑顔で秘密裏に進めていた計画を暴露する。
「へへへへ……俺が何の考えも無くあんなものを親切で渡すとでも思ったのか? 甘い甘いあまーい!! いちご牛乳にあんこを投入するくらい甘いぜ。あのオファニムリングにはな、お前の戦闘データを克明に記録し、それを俺んところに運んでくれる仕掛けが施されてたんだよ。そうとも知らずお前は戦いがあるたびにあれを使ってさ……お陰でお前の戦闘データは精密に分析させてもらった。そしてこの日の為に制作していたアレを満を持して使わせてもらった」
「アレ……ですって?」
何を差しての【アレ】なのか、テミスには皆目見当がつかない。
コヘレトは口元を歪ませると、「いい頃合いだ。お前にも見せてやるよ」と言って、パチンと指を鳴らした。
直後。亜空間を介して今の黒薔薇町の様子が映し出された。そして満月をバックにするプリキュアらしき人影を見るや、テミスは驚愕する。
「こ……これは……!!」
同時刻――
レイが運転する車で家路へと向かっていたリリスたち。このときも、彼女たちはテミスの事が気がかりだった。
「テミスさん、どうなってしまうんでしょうか?」
「正式な裁判はこれからだと思うけど、あの映像を証拠として提出されれば勝ち目はほとんどないわ」
「あぁ。最悪の場合、女子少年院に送られるだろう」
「テミス様……」
なぜこんな目に遭ってしまったのかと、ピットは涙を流しひたすら悲しみに暮れる。
彼女だけではない。リリスも、はるかも、朔夜も、そして使い魔たちも大切な仲間がこのような事になるとは夢にも思っていなかった。
「ん? うおおおおおおお!!」
キイィィィィィィィィィ!!
唐突にそれは起こった。レイが何かを見た拍子に驚き、急ブレーキを踏んだのだ。何事かと思い前を見ると、リリスたちはレイが何を見て驚愕したのかが瞬時に分かった。
前方には、留置所で捕われているはずのテミスがキュアケルビムの姿となって、目の前に立ち尽くしていたのだ。
「ハヒ!? あれは……!!」
「テミス!!」
「どうしてあの子が!?」
「まさかテミス様、脱獄してきたんじゃ……!!」
ただならぬ状況だと思っていた矢先。彼女は不敵な笑みを浮かべ、同時にリリスたちの車目掛けて光の矢を放ち攻撃を行った。
「危ないっ!!」
――ドカン!!
攻撃の直前、リリスたちは全員車から飛び降りた。空になった車はケルビムの攻撃を受けた途端に爆発。木っ端微塵に吹き飛んだ。
「あぁぁあ!! 私のゼレナがぁ!! 車検だってまだあるのにぃぃ!!」
「喚かないの!! あとで新しいの買えば済む話じゃないの!!」
購入したばかりのマイカーを無残にされたショックに声をあげるレイを一喝。
九死に一生を得たリリスたちは、何の躊躇いも無く自分たちを攻撃してきたキュアケルビムらしからぬただならぬ雰囲気を醸し出す目の前の少女を注視する。
「テミス……いや違う。あなた、テミスじゃないわね!?」
「――ふふふふ。その通りよ」
リリスからの指摘を受けると、キュアケルビムの姿をした少女は怪しげな笑みを浮かべる。
すると、キュアケルビムのトレードマークと言える純白のプリキュア衣裳が部分的に黒へと変わり始める。それに伴い真っ白だった天使の羽も濡れたカラスの羽の如く漆黒へと染まっていった。
現れたのは、テミスと瓜二つの顔を持つ全くの別人だった。
「あなたは……!」
「何者なの!?」
周りが尋ねると、「ふふふ……」と笑いながらテミス似の少女は答える。
「私は――【キュアケルビム・フォールダウンモード】」
「フォールダウン……?」
「文字通り【堕天使】と言う意味だよ」
はるかの疑問に答えた瞬間、勘のいい朔夜は気が付いた。
「っ! そうか……一連の事件はお前の仕業か?」
「じゃあこいつがテミスのニセモノだって事!?」
「ニセモノじゃないわ。私とテミスは完全なる同一体。もっとも、私はあの子の影の部分を司っているんだけど」
「影?」
「【心の闇】とでも言えばいいのかしら。私はテミスの最も惨めな死……つまり天使であるあの子の地位を貶め、ディアブロスプリキュアの仲間を自らが手にかけたと思わせ、深く絶望し憔悴しきったところを私が討つ……」
「なんだって!?」
「とても正気の沙汰とは思えません!」
「どうしてそんな酷いことをするのよ!?」
周りからの非難に対するフォールダウンモード、黒ケルビムの返答はと言うと……
「嫌いなのよ……テミスの事が」
「嫌い? それだけの理由で、ですか!?」
些か信じられない言い分だと、はるかは聞いた瞬間思った。
「ふふふ……理由なんか無いわ。私は彼女が嫌いなの。だから彼女の全てを否定し、彼女に最も屈辱的な死を与える。それが、私がこの世に存在する意味だから」
自らの存在意義について説いた黒ケルビム。漆黒に染まった六枚の翼を広げると、天高く浮上し、リリスたちを歪んだ笑みで見下ろした。
「手始めに今からこの町と、あなたたちを滅茶苦茶に壊してあげる!!」
「そうはさせないわ!!」
「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
「バスター・チェンジ」
「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」
「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」
「影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を斬る。暗黒騎士バスターナイト」
「偽りの善幸を根絶やし!」
「邪な悪行を断罪する黒き力!」
「我ら、悪魔と魔女、暗黒騎士のコラボレーション!!」
「「「『ディアブロスプリキュア』!!」」」
破壊行為を明確に宣言した黒ケルビムの暴走を止めるべく、テミスを除くディアブロメンバーも空へと舞い上がる。
「この町は壊させないわよ!!」
「あなたがテミスさんを嫌いでも、はるかたちはテミスさんが大好きなんです!! だから、あなたの好きにはさせません!!」
「ふふふ……私に勝てるかしら?」
「勝つさ。お前は所詮彼女が過去に犯した罪であり亡霊だ!」
「強気な発言だこと。だったら思い知らせてあげるわ。あなた達が亡霊と称する私の力がどれほどのものなのかを……」
おもむろに黒ケルビムは六枚の黒い翼を広げ、両腕を交差させる。すると彼女の周りに目で見て分かるほどに濃い邪悪なオーラが集まって来た。
刹那。黒ケルビムは集まった暗黒のオーラを衝撃波としてベリアルたちへと放った。
「「「「「「「うわああああああああ」」」」」」」
これまで体感した事がないような圧が突風の如く目の前から押し寄せる。圧倒的とも言える闇のオーラに、ベリアルたちは思わず後ずさる。
「な、何ていう闇のオーラ……まるでザッハみたい!」
「あるいはそれ以上に禍々しい」
「ハヒ……! これがテミスさんの心の闇が生み出した力なんですか!?」
「ふふふ。どうしたの? 仲間の亡霊如きに何を手こずっているというの? それとも、テミスの顔を持つ私に攻撃できないなんていう甘い戯言を吐くつもり?」
「できるわよ!! あんたは、テミスじゃない!!」
と、強気な発言をしたベリアルはウィッチとバスターナイトとタイミングを見計らい、三人同時攻撃を仕掛ける。
「ベリアルスラッシャー!!」
「ブリザードスピア!!」
「ダークネススラッシュ!!」
ドドン…。ドカーン。ドーン。
攻撃は見事に決まった。しかし、攻撃が決まったから相手を倒せたという証明にはならない。なぜなら、黒ケルビムは消滅はおろか傷一つ負っていなかったからだ。
「な…なんですって!?」
「ウソですよね!!」
「無傷だと……」
「驚くことは無いでしょう。あなたたちの技はどれもこれもすべて知り尽くしてるんだから」
「どういう意味ですか!?」
「最初に言ったはずよ。私はテミスの影。私はテミスであり、テミスは私でもある。あなたたちとの思い出も、友情も、技もすべてが私の経験として存在している。ゆえに、あなたたちの技は私には通用しない」
途端、黒ケルビムの姿が消失した。
どこへ消えたかを目で追うよりも前に、黒ケルビムがウィッチの正面にまで接近していた。
「はっ!!」
「まずはあなたから――……」
「はるか逃げて!!」
「慈悲を込めて与えてあげるわ。パラダイスロスト!!」
ダダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダダ……。
「きゃああああああああああ〈うわああああああああああああ〉」
連続パンチの猛ラッシュがウィッチと、キュアウィッチロッドと融合したクラレンスに激しいダメージを与える。黒ケルビムはラッシュの後に彼女の体を空中から地面目掛けて踵落としで蹴り飛ばした。
ドカーン――という地響きが鳴り響く。陥没した地面の上、ウィッチと杖から分離したクラレンスが満身創痍となって気を失っている。
「「はるか!!」」
『『「クラレンス(さん)!!」』』
非情に痛ましい光景だった。亜空間モニターを通して、テミスは自らの影であるもう一人の自分が仲間を傷付ける様を見て、激しく胸が痛むのを感じた。
「はるか……クラレンス……!!」
「へへへへへ。へへへへへへ。いやぁ~~~素晴らしい!! 最高のショーだと思わないか!! このセリフ、どっかのアニメ映画で見て覚えたんだぜ!!」
「コヘレト……あなたっ!!」
「怒ってどうなるよ? どうせお前にはどうする事もできねぇんだ。ここで大人しく指を咥えて見てる事だな。大事な大事なお仲間がよ、お前自身が生み出した心の闇によって根絶やしにされる様をな!!」
これこそがコヘレトのやりたかった事だった。テミスにとって最も屈辱的かつ効果的な方法を用いて彼女を死地へと追い詰める――その為に彼は用意周到に今日の作戦の為の準備を行って来た。
コヘレトがその場から居なくなった後、テミスは途方に暮れ項垂れる。
「私には……どうする事も出来ないって言うの……」
仲間がピンチだと言うのに、プリキュアの力を奪われた自分はどうする事も出来ない。コヘレトの言う通り指を咥えて待つしかないのか……半ば諦めかけてしまったそのとき。
カチャン……。
「!?」
金属音らしき物音が聞こえたと思い、辺りを見渡すと鉄格子の隙間から何かが転がって来るのが見えた。
転がって来るものを拾い上げると、テミスは目を見開いた。
「これは……」
それは逮捕時に没収されたはずのケルビムリングとオファニムリング。一体誰がこんな事を……そう思っている間にもリリスたちの身に危険が及んでいるかもしれない。
一旦思考する事をやめ、テミスは手元に戻って来たケルビムリングを指に嵌め、天に向かって手を翳す。
「シャイニングパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」
神々しい白に輝く指輪を掲げたテミスの周りを、同じ色のオーラが包み込む。オーラの中で、金髪のロングヘアーはポニーテールへと変わり、汚れひとつ無い純白の戦闘衣服に身を包む。
変身が完了すると、テミスは背中に生えてある聖なる天使の象徴――白銀の翼を目一杯に広げ、閉じていた目を開くと大きく右手を下から上に動かした。
「不浄を焼き払う聖なる光! キュアケルビム!」
「……待っててみんな、直ぐに助けに行くから!!」
キュアケルビムへの変身が完了すると、彼女は聖なる魔法陣を足下に出現させ、仲間が居る場所へと直接ジャンプした。
彼女が牢から居なくなったのを確認すると、物影から春人が出てきた。
リングをさり気無く彼女へ返したのは彼である。不器用ながらに春人もディアブロスプリキュアのメンバーを気に掛けていた。
「さて、問題はここからだ。あの厄介な堕天使をどうにかできるのは他でもない君自身だ。自らの心の闇に打ち勝たなければ、君とディアブロスプリキュアに本当の明日はやってこない。それを重々承知して欲しいね――テミス・フローレンス」
次回予告
朔「いよいよ始まるテミスと影テミスの一騎打ち!! だが、やはりあいつは強い!!」
テ「私自身が生み出した心の闇……それがあなたの正体だって言うなら、私がすべて浄化してみせる!!」
ピ「テミス様が負けるはずがありません!! 必ず闇に打ち勝ってみせます!! なぜなら、あの方は伝説のプリキュア――キュアミカエルの子孫なのですから!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『テミス、闇との激闘!聖魔天使誕生!』」