ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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前回の続きです。
テミスと影テミスの本格的なバトルと言う事ですが・・・やはり戦闘描写は難しいですね。漫画で表現するのはともかく、自分の下手な文章力ではどうにも表現が単調になってしまいがちです。
とにかく一生懸命書きましたので、最後まで楽しんでください。


第36話:テミス、闇との激闘!聖魔天使誕生!

 これは、そんなに昔じゃないお話。

 

 遥か天空の彼方に存在する場所に『天界』と呼ばれる空間がありました。地上の人間達は俗に『天国』と呼び、古くから死ぬまでの間に人としての善行を積み重ねる事でこの国に到達できると信じ込まれておりました。

 そして、その天界には『天使』と呼ばれる種族がおりました。

 この種族に生まれた者は皆聡明であり、人間を上回る力が使えます。

 彼らは気の遠くなるほどの古い時代――物事の変化が極めて緩やかだった世界に初めてその姿を現したとされており、昔は星の数ほど多くの天使が存在していました。

 ところが、その後に大きな戦争を経験しました。戦争の結果、今では純粋な天使と呼ばれる者たちは雀の涙ほどにまで減ってしまいました。

 

 そんな希少な天使達の間に一人の女の子が生まれました。

 悪魔同様に出生率の極めて低い天使は、生まれたばかりの女の子に大いに期待を寄せました。動けるようになったらどんな力を振るうのだろうか。話せるようになったらどんな言霊を唱えるのだろうか。

 

 それから時が流れ、女の子は愛らしく成長し歩けるようになりました。やがて文字の読み書きが出来るようになった頃、女の子にある変化が訪れました。

 女の子は、かつてこの世界を邪悪な存在から救ったとされる伝説の戦士『プリキュア』の力に目覚めたのです。

 この事に天使達は大いに胸を躍らせました。女の子の両親は我が子を誇らしく思うとともに、周りの天使と同様にその子の力に大いに期待しました。

 しかし、その一方で女の子は周りから向けられる期待が好きではありませんでした。同時に幼いながらも聡明である彼女は気づいていたのです。彼らにとっての興味関心がいつだって自分自身ではない事を。

 天使達が期待を寄せたのは、『プリキュア』としての己の力だけであり、女の子自身への期待でもなければ興味でもありませんでした。そればかりか、彼らは強大とも言える『プリキュア』の力を持つ女の子を巡って密かに対立していたのです。

 女の子が生を受けた時から、天使達には若い世代がおらず女の子と近い年齢の子は誰もいません。

 女の子は誰かと遊びたかったのですが、誰かと話したかったのですが、誰も女の子とは話してくれません。

 彼らにとって感興(かんきょう)をもよおす事は女の子が持つ『プリキュア』としての力のみ。そして次第に、女の子の両親ですら彼女を一人の娘としてではなく、別の何かとして扱うようになっていきました。

 

 成長を重ねるごとに女の子の中の『プリキュア』の力は大きくなっていきました。それは同時に彼女の力を取り合う天使たちの争いをより激化させるきっかけとなりました。

 時折女の子は名前も顔もよく知らない天使の前に呼び出され、いろいろと話しかけられますが、それは単なる『質問』であって、『お話』ではなく――そしてやっぱり周りは女の子の力以外に関心を向けません。

 天使の皆が自分へと向けてくる態度を見て、女の子はとても心が締め付けられました。

 そして、ずっとひとりでした。

 でも、女の子は周りのみんなが大好きでした。たとえ自分自身を愛してくれなくても、自分自身に関心を持ってくれなくても、周りの人たちを嫌いになることはありません。

 生まれつき何事も器用にこなすことが出来た彼女は、両親や周りの皆を喜ばせようと色んな事に挑戦しました。もちろん、『プリキュア』の力についても熱心に勉強し、自分なりにその力を使いこなそうと努力しました。

 その努力の甲斐もあり、十歳になった頃には既に彼女は基本的な『プリキュア』の力を完全に制御するまでに力を身につけました。

 女の子はいつも笑顔を絶やしませんでした。誰も話を聞いてくれなくても、誰も頭をなでてくれなくても、気丈に振る舞い、皆の為に微笑みました。元気を与え続けました。それが天使として、プリキュアとして生まれた使命であると信じて。

 

 でも、本当は――

 

 

 

 

 

 

 ………さみしい。

 

           ≡

 

黒薔薇町 上空

 

「フィルストゲシュタルト!!」

 フィルストリングの力で風のエレメントを強化した姿・フィルストゲシュタルトとなったキュアベリアル。専用武器『レイボウガン』を装備すると、眼前に待ち受ける相手――黒ケルビムに照準を合わせる。

「イーグルショット!!」

 圧縮した風の塊が放たれる。黒ケルビムは不敵に笑いながら、高速で飛んでくる弾丸を右へ左へと的確に避ける。ベリアルは自棄にならぬよう自制心を働かせながら、イーグルショットの乱れ撃ちを行い、黒ケルビムを誘導する。

 そして、敵がある一定の範囲に達するや彼女は大声で「サっ君!!」と名を叫ぶ。

「ストリクト・タイフーン!!」

 ベリアルの呼びかけを受けたバスターナイトは、バスターソードの剣先から暗黒の竜巻を発生させ、射程範囲に入った黒ケルビムを竜巻の中へ封じ込める。ベリアルの狙いは最初から敵の動きを封じる事にあった。

「今だ――レイ、ラプラス!!」

 上手く黒ケルビムを封じ込める事が出来たバスターナイトが声高に呼びかける。合図を受けたレイとラプラスは、黒ケルビムの前後から必殺技を仕掛ける。

『ブレス・オブ・サンダー!!』

『ウィンド・オブ・ペイン!!』

 戦闘形態であるレイとラプラスの同時攻撃が飛来する。しかし、黒ケルビムは動じるどころか逆に不敵な笑みを浮かべ続ける。

「無駄よ。あなたたちの技はすべて飽きる程に見ているんだから」

 そう言うと、バスターナイトが仕掛けたストリクト・タイフーンごと、レイの雷砲弾、ラプラスの突風を自らの闇のオーラで弾き飛ばした。

「「「「あ!!」」」」

 思わずそんな声を漏らすベリアルたち。

 これが大きな隙を生む結果となった。黒ケルビムは口元を歪めた直後、超高速でベリアルたちの懐へ移動し順に拳打のラッシュを叩き込む。

「パラダイスロスト!!」

 ダダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダダ……。

「「「「ぐぁああああああああああああ!!」」」」

「リリスちゃん! 朔夜さん!」

「レイさん! ラプラスさん!」

 一度黒ケルビムの技を食らっていたキュアウィッチとクラレンスは、地上でピットの治療を受けながら悲痛な叫びを上げる。

 猛烈な打撃のラッシュを食らったベリアルたちの肉体は瞬く間に満身創痍となり、意識が混濁した状態で浮遊している。

 最早虫の息同然の彼女たちに更なる力の差を見せつけようと、黒ケルビムは一旦空高く舞い上がる。

 眼下のベリアルたちを見据えると、そこから魔の光球を放ち立体魔法陣を作り出して封じ込める。

「エンド・オブ・セラフ――――」

 ドドドドドドドドーン!!

「「「「ぐあああああああああああああああああ!!」」」」

 立体魔法陣がガラスの如く砕け散る。

 刹那、大ダメージを受けたベリアルたちが力なく地上へと落下し、道路の真ん中に叩きつけられる。

「ふふ。他愛もない」

 ゆっくりと地上へと舞い降りる堕天使。圧倒的な力を前に深く傷ついたベリアルたちを、黒ケルビムはあからさまに見下した。

「亡霊に勝つと大口叩いていた割には、呆気ないものね」

「つ、強い……強すぎる……」

「まったく歯が……立ちません!!」

「テミスの心の闇が生み出したもう一人のテミス……キュアケルビム・フォールダウンモード……恐るべき力だ!」

 立ち上がる事もままならないベリアルたちを見定め、黒ケルビムは止めを促そうと手の平に暗黒球を浮かべる。

「ディアブロスプリキュア――この場で、私が引導を渡してあげるわ!」

 絶体絶命の窮地。為す術も無くこのままテミスの影によって屠り去られるのかと誰もが思った直後――……

 

「そのセリフ、そっくりそのまま返してあげるわよ」

 黒ケルビムの背後から声がした。

 刹那、後ろから聖なる光の波動が飛来した。黒ケルビムがそれを避けると、攻撃を仕掛けた人物に対し猟奇的なまでの笑みを向けた。

 穢れひとつない純白の衣裳に身を包み、月光に映える透き通るような色を持つ金色のポニーテールに、二枚の白翼を持つ天使――テミス・フローレンスこと、キュアケルビムが満を持して参上した。

「テミス様っ!!」

「ようやく本物のご登場ね」

「そのようですな」

「どうやら春人の奴が一役買ったらしいな……」

 留置所から抜け出したケルビムは、仲間のピンチに颯爽と駆けつけてくれた。

 ピットと使い魔たちもひとまず安堵する中、現れたケルビムを前に黒ケルビムは歪んだ笑みを浮かべる。

「ふふふ……来たわね、もう一人の私。この世界に二人のキュアケルビムは要らない。私はあなたの全てを否定し、今ここで抹殺する」

「お生憎。滅びるのはそっちの方よ。来なさい、ピット!!」

「はいっ――!!」

 主の一声を受け意気のある返事をしたピットは、ケルビムの元へ飛んで行くと【聖弓ケルビムアロー】へと変身し、彼女の手中へと収まった。

「妖精の力を借りるような軟弱な天使に、この私は倒せないわよ」

 本物を前に露骨なまでの挑発を行った黒ケルビムは、腰に携行していたケルビムアローに酷似した武器【魔弓(まきゅう)ヘルヴィム】を装備する。

 光と闇を司る二人のキュアケルビムは互いを見合い、数十秒の静寂を経て正面から激突。己の存在意義を賭けた運命の勝負が始まった。

「はあああああああああああああ」

「やあああああああああああああ」

 空中で幾度となくぶつかり白と黒の二つの光球。光と闇同士による熾烈な戦い。ベリアルたちは地上から固唾を飲んで静観する。

 ガキン、ガガガガ――。弓の両端に付いた刃を使って、両者は鍔迫り合いの接戦を繰り広げる。

「あなたっ……!! よくも私に成りすませて好き放題してくれたわね!!」

「成りすました? 冗談は止してよ。私はあなたの影。〝私〟は〝テミス・フローレンス〟自身なのよ!!」

 ドォーン……!!

 強い口調で言い、黒ケルビムは勢いよくヘルヴィムを振るいケルビムを弾き飛ばした。その際の衝撃で、ケルビムは近くにあったビルの屋上へ激しく叩きつけられる。

「……テミス。光と闇は表裏一体。強い光は闇を生むの。強すぎる光によってあなたの中の闇が浮き彫りになった。その結果私が生まれた」

 粉塵舞い上がるビルの屋上まで降りてくると、黒ケルビムは険しい表情を浮かべるケルビムに対し淡々とした口調で語りかける。

「一つの肉体を共有するものはその主従が変わる事で姿を変える。生が支配するうちは肉に覆われ、死が支配すれば骨になる。あなたが光を希求すればするほど、その心の闇は強くなる。あなたが私という存在――心の闇を抹消しようと思えば思うほど、私の力は増大するの。つまり、私を倒す事は永劫叶わないのよ!」

 実体がテミス自身の影である事を根拠に、倒す事そのものが不可能であり馬鹿げているのだと主張する黒ケルビム。そんな彼女の言い分に、ケルビムは傷ついた体を起こしてから毅然とした態度で反論する。

「……それでも、私はあなたの好きにはさせない。あなたが私の闇だというのなら、私はその闇を……自らの過ちを背負って生きていくつもりよ」

「あなたが心の闇を受け入れるですって? ムリに決まってる」

「出来るわ!」

「なら、証明してみなさいよ」

 パチン――と、フィンガースナップをした黒ケルビム。直後、それに伴い周りから漆黒の闇が現れ、二人の姿を覆い隠した。

「あれは……」

「テミスさんが!」

「闇に包まれた……」

 戦いの様子を見守っていたベリアルたちは、闇に包まれたケルビムを憂慮する。

 そして、暗黒空間に入ったケルビムは再度黒ケルビムと対峙。闇を司る黒ケルビムにとって、この空間は正に自分にとって本来の力を全て解放することが出来る絶好のフィールドである。ゆえにその表情には些少の動揺も見られない。

「……これなら余計な邪魔も入らず心置きなく白黒つけられるわ。感謝しなさい」

「……何でもいいわ。私はあなたを必ず倒す」

 闘志を燃やす二人のキュアケルビム。

 闇と光のオーラを全身から放出させると、肉体を球体状の膜で包み込む。対を為す二つの力は、こうして再び激しい衝突を繰り広げるのだ。

 

「プリキュア・ラスオブデスポート!!」

「〈バーニング・ツインバースト〉!!」

「〈ダークナイトドライブ〉!!」

 ケルビムを封じ込めた闇の結界を破壊する為、一斉攻撃を仕掛けるベリアルたち。

 しかし、何度結界を壊そうとするが――堅牢なそれはベリアルたちの攻撃を悉く跳ね返し罅(ひび)一つ入らない。

「ダメですっ!! まるでビクともしません!!」

「オレたちの干渉は決して許さないという事か」

「あるいは、これがテミスに課せられた試練なのかも」

 

「まぁ――俺さまとしてはどっちでもいいんだけどなっ!!」

 

 声を聞いた瞬間、ベリアルたちは怖気が走ったような感覚に陥った。

 声がした方にハッと振り返ると、いつの間にか洗礼教会所属のはぐれエクソシスト――コヘレトが中空に立ち尽くし、ベリアルたちを不敵な笑みで見下ろしていた。

「へへへ。てめーらの相手は俺がしてやるよ」

「コヘレトっ!!」

「やっぱりあなたが絡んでいたんですね!」

「貴様という男は――どこまでもやり口があまりに卑劣で醜いんだ」

「ハーハハハハハハ!! 卑劣で結構ぉ!! 正義の味方なんて御免被るぜ。悪党は悪党らしく卑怯で醜くないとなぁ。じゃねぇと正義のヒーローが魅力的に見えねぇだろ?」

 彼は自覚していた。自分が正義の味方ではなく徹底した『悪』であるという事を。故に悪党である事を誇りに思い、それに関連した独自の哲学を持っていた。

「つーわけで!! 悪党らしいやり方で最後まで押し通させてもらうぜ!!」

 声高に叫んだ次の瞬間、コヘレトの背後に亜空間が出現し彼が呼び寄せた大量のカオスピースフルがベリアルたちの前に姿を現した。

『『『カオスピースフル!!』』』

「てめぇら悪魔どもは、あん中でもうじきくたばる天使ちゃんと一緒に俺さまが冥界に送ってやるよ!! へはははははははははぁっ!!」

 狂気染みた笑みを浮かべるコヘレトを睨みながら、ベリアルたちは額に汗を浮かべた。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 暗黒空間で光と闇の存在による激しい戦いが続いていた。

「はっ。はっ。はっ……ぐ…ッ…」

 現在、光であるキュアケルビムの方が押され気味であり、聖弓を手にしたままところどころ傷ついた身体を前に倒し、息切れを起こしている。

 一方、アドバンテージを得ている闇の黒ケルビムは容易に傷つきやすいケルビムを見ているうち、哀れみの感情が込み上げてきた。

「……ほんとに、つくづく救えないわよね」

「……なんですって?」

「……私はあなたの影。だからあなたの事は何でも知ってる。そう……あなたが天使のくせに、本当は酷く傲慢な性格だって事。そして、誰からも愛されていなかった事もね」

「――――……っ」

 自分でも目を背けていた不都合な事実を敢えて突き付けられた。平静を装った顔をしながらも、ケルビムの心は周章狼狽している。

「……大戦以来、長らく次世代に恵まれなかった天使達の間に数百年ぶりとなる待望の天使が生まれた。それがあなただった――何不自由なく育ち、祖先であるキュアミカエルと同じ聖なる光の戦士【プリキュア】として選ばれた。その後あなたは地上世界の平和と安全、そして己自身が最も希求する『愛』を奪う諸悪の根源が古より対立し続ける悪魔であると考え、これを討つ為に洗礼教会と結託した。違う?」

「………」

 黒ケルビムの言い分に鏡である自分からの肯定の返事はない。代わりに否定もしない。これを見て、肯定の意味と捉えた黒ケルビムはうすら笑みを浮かべ呟いた。

「あなたは闇を恐れるあまり、光に囚われ過ぎた。それが大きな間違いであるなど気付くはずもなかった」

 そう言うと一旦話を区切り、黒ケルビムは魔弓を放つ。ケルビムは傷ついた体でこれ以上ダメージを蓄積させぬよう兎に角避ける事に専念した。

「……疑いなんかなかった。自分のやる事に間違いなんてあるはずがない。だって自分は天使。何が正しくてそうでないのか見極める瞳(め)を持っているという自信があった。更に状況を好転させるにはどうすればいいのかと言う智慧もある。世界を救うのに、私以上の者はいないとね――」

「勝手な事を言わないで!! 私がいつ、そんな傲慢な事を言ったというの!?」

 心の乱れがピークに達したケルビムは、怒りに我を任せて闇雲に攻めまくる。が、黒ケルビムには容易く攻撃を見切り、全て躱されてしまう。

 焦燥が彼女の顔に現れる様を嘲笑しながら、黒ケルビムは更なる教唆で彼女の動揺を誘う。

「……天使はこの世の正義の象徴であり光である。対する悪魔はこの世の邪悪の象徴であり闇である。そして愚かな人間たちは悪魔の誘惑に乗せられやすい。だから自分が正しい方向へ導く必要がある。そんな風にあなたは心の中で思っていたんでしょ?」

「違うっ! 私はそんな事――」

「ふふふふ。だけど実際この目で見た悪魔の姿は、昔から聞き伝えられている邪悪なイメージとは程遠い普通の少女だった。そればかりか自分と似た匂いを感じとってしまった。どちらも『愛』に飢え、また『愛』を求めていた。やがていつしか戦いの中であなたの中で同族意識などと言う要らぬ情が生まれ、とうとう最もこの世で忌み嫌っていたはずの悪魔と友達になってしまう体たらく振り。いえ、あなたに最初から悪魔殺しなんて出来るはずがなかった。なぜなら天使であるあなたにとって、この世に生きるすべての命が愛おしくて仕方ない。それは悪魔とて同じこと。この世で自由に生きるすべての命を守りたい。だけどその為に同じ生き物である悪魔を犠牲にする事をどうしても快く思えなかった。愛を失いそれを取り戻そうとする様は見ていて実に辛いものだった。自らの正義と教会が掲げる正義……二律背反に苦しみながら、あなたが最終的にとった行動はそう――――……教会を裏切るという選択だった」

「その選択が間違っていたとでも言うの?!」

「わからないの? じゃあ教えてあげる」

 ケルビムと距離を大きく取ったと思えば、黒ケルビムは瞬時に彼女との距離を詰め懐へ潜り込むと、ぞっとする彼女の耳元で囁いた。

「……――あなたは本当は誰の事も愛せないし守れない、ただの自己陶酔者だってね」

「……――そんなこと」

 だがどうしてだろう。自分の影に指摘されると、全くの嘘だという気持ちを持つ事が出来ない。心に僅かな亀裂が走る感覚を覚えた。

「あれもこれも守りたい、だけどそんなのはあなた個人の欲望よ。何よりもあなたが大切にしているのは人間でも悪魔でも、況してやディアブロスプリキュアの仲間ですらない。いつだって一番は自分だから。プリキュアとして戦う事は利他的な使命感なんかじゃない。プリキュアである自分の英雄的な姿を自分よりも愚かな人間たちを鏡代わりにしてそれを自分を愛してくれなかった天使達に見せる事がすべて。とどのつまり、あなたは他の誰でもない、自分自身の欲望――己という存在意義、承認欲求を満たす為に戦っているエゴイストに他ならないのよ!」

「ふ……ふざけないでよぉ!!」

 感情が高ぶり激昂する。黒ケルビムの狙い通りに事が運ぶ。

「今だってそう。いつだって、あなたは他人の為ではなく自分の為に戦って来た。だからこの私に勝つことなんて出来ない。そんな利己的な心を持った天使が誰かを幸せにする事など出来るはずがない。今のあなたは、いえ最初から天使ですらないわ!!」

 次の瞬間、心の動揺から隙だらけとなっているケルビムの懐目掛けてダイブし、彼女の胸ぐらを掴むと、加速の勢いに乗せてから空間の壁へと投げ飛ばした。

「きゃああああああああっ!!」

 ――ドカン!!

 心の闇に打ち勝つという事は決して容易ではない。今のケルビムにとって、フォールダウンモードを屈服させる事は至難の業なのかもしれない。

「……私は洗礼教会の偉大なる意志に基づき、この世界に永遠の楽園を作る。その為には、この淀み腐った世界を一度すべて破壊する必要がある。あなたとそのお友達も一度死ぬ事にはなるけど心配しないで。新しい世界で永遠の幸せを与えてあげる」

「そうはさせないわ……」

 これ以上自分の闇を、悪の権化を野放しにしておく訳にはいかない。

 幾度となく踏みにじられた心を気高く強く持ち、ケルビムはコヘレト経由で譲渡された強化変身アイテム【オファニムリング】を装備する。

「オファニムモード!!」

 ケルビムは強化形態【オファニムモード】への変身を完了させる。これに伴い、聖弓ケルビムアローは聖槍ジャベリンへと姿を変える。

「莫迦ね。あなたの進化は即ち私の進化でもあるのよ――」

 闇のオーラが解き放たれると、黒ケルビムの衣裳もケルビムのオファニムモードに合わせて変わっていく。手持ちの武器も聖槍ジャベリンと酷似した【魔槍(まそう)ジェノサイド】へと変わり、それを装備する。

 両者同じ姿となると、互いの槍と槍をぶつけ合い肉薄。切迫感溢れる接近戦を始めた。

 ガン……。ガッ……。ガンッ……。

 距離を詰めては離れ、また距離を詰めては離れる。それを繰り返す二人だが、やはりケルビムの方が若干焦りがちのようだった。

 ガン……。

 五度目の迫り合いとなると、焦りからくる苛立ちから表情筋が強張っているケルビムに黒ケルビムは口元をつり上げ言う。

「そうカリカリしないでよ! 楽しくやりましょう!!」

「……黙りなさいっ!」

 黒ケルビムをガッと弾き飛ばしたケルビムは狙いを定め、ジャベリンの先端から聖なる光束を放つ。

「エデンズ・ジャベリン!!」

 聖なる光を以って彼女の存在ごと、自身の心の闇を浄化しようという魂胆だ。

 しかし、黒ケルビムは飛来する光束を前に目を細めると、左手を横なぎに振るう。途端、バチンという音を立て光束が掻き消された。

(! か、片手で――……!)

 よもや渾身の一撃が片手で弾かれるとは思いもしなかった。

 驚愕のあまり油断が生じたケルビムへ黒ケルビムは瞬時に接近。魔槍ジェノサイドを聖槍ジャベリンと擦り合わせながら、ジェノサイドの先端に青黒い炎を纏う。

「――ダークネスヘルスフィア」

「っ!!」

 ズドン――という大爆発が暗黒空間で発生。至近距離からの攻撃を受けたケルビムの体を、巨大な黒い火球がまるまる包み込んだ。

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町 地上

 

『『『カオスピースフル!!』』』

「ははははははははは!!」

 カオスピースフルが立ち塞がり、コヘレトが攻撃する。

 ケルビムが欠け、疲労回復もままならないディアブロスプリキュアのメンバーは、敵の圧倒的な数の前に苦戦を強いられる。

「くっ……。まったく清々しいくらいのクズね」

「はるかは生まれてこの方、あんなに心の歪んだ人を見た事がありません! ある意味かわいそうだと思います!!」

〈はるかさん。コヘレトを哀れむ感情は持たない方がいいです。あの男に、哀れみを抱く事すら馬鹿げています〉

 クラレンスの忠告ももっともだ。コヘレトの様な奴は、最早同情する価値も無いと、内心彼自身も諦めていた。

「へへへへ。さぁどうするどうする? 早くしねーとこの町も、テミスちゃんも守れないまま犬死する羽目になるぜ!!」

 コヘレトの言葉にベリアルたちは口籠る。八方塞りの中、何をどうすべきかを逡巡していたそのとき――……

 

「犬死って言葉の意味、君は間違って使ってるよ」

 誰かからそのような指摘を受け、コヘレトが思わず「あっ?」と、イラついた様子で声を漏らした次の瞬間――。

 何処からか弾丸が飛んできて、カオスピースフルともども攻撃を受けた。

「のああああああ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 襲撃者は暗闇の中から静かに姿を現した。

 燃える炎を彷彿とさせる赤々としたボディースーツを纏い、複眼部分には英語で『SK』というロゴが刻まれたディアブロスプリキュアの協力者――神林春人だ。

「春人っ!!」

「来てくれたんですね、春人さん!!」

 応援として駆けつけた頼もしい味方を目の当たりにしたバスターナイトとウィッチが笑みを浮かべ呼びかける。セキュリティキーパーはヘルメット越しに「当然だよ」と即答する。

「この町でテロリスト風情に、好き勝手にさせる訳にはいかないからね」

「言ってくれるじゃねぇかね……ガギがよぉ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 セキュリティキーパーの見下した言い方が気に入らなかった。コヘレトは、カオスピースフルで一斉に襲わせる。しかし――

 ダダダダダダ……。ダダダダダダ……。

『『『カオスピースフル!!』』』

 攻撃される直前、カオスピースフルは大火力の弾丸をその身に受けた。

 セキュリティキーパーの身を守ったのは対キメラ戦で初投入された警視庁公安部特別分室が誇る強火力武器【SKアヴェンジャー】だった。しかもその周りには、武装した公安部の捜査官たちも大勢控えていた。

「増援は僕だけじゃないよ。たった今から、君たちは警視庁公安部特別分室――〝洗礼教会対策課〟が制圧する」

「せ、洗礼教会対策課だぁ!? ふざけんな、ちょっと前までプリキュア対策課と名乗って来たくせによ!!」

 聞き間違いではないかと思ったコヘレトは、額に青筋を立てるとともに昂る感情を包み隠さず怒鳴り散らす。一方、セキュリティキーパーは冷静に敵の怒声を受け止めるとともにおもむろに言葉を紡ぐ。

「――確かに、以前はそうだった。でもそれが間違いであるという認識を持てた今は違う。人は誰でも過ちを犯す。時には取り返しのつかない事もしてしまう。だから過去を無かった事にするなんて出来ない。すべては自分なんだ。良い事も悪い事も含めてね。そして人は間違いを間違いのまま放置するだけでなく、その間違いを正して前に進む事も出来る――――それがすなわち進化であり成長するという事なんだ」

「ちっ。哲学めいた事を言い振りやがって……人間風情が俺たちに歯向かう事の恐ろしさを教えてやるぜ!!」

『『『カオスピースフル!!』』』

 警察組織に牙を剥く異界のテロリスト集団。相手がテロリストである以上、洗礼教会対策課の捜査官は一切の妥協も見せず、制圧する事に全力を注ぐ。

「これより洗礼教会対策課は、全身全霊を以ってディアブロスプリキュアを援護する。各員戦闘準備!」

「「「了解っ!!」」」

 〝プリキュア対策課〟から〝洗礼教会対策課〟という風に名前を変えた事に対しベリアルたちが若干呆気にとられていると、それを見たセキュリティキーパーは淡々と言い放つ。

「何をボーっとしているんだい? 君たちがしっかり戦ってくれないとこっちも困るんだけど」

 聞くと、ベリアルは我に返ってから口元を緩めて言う。

「あなた……結構良い人になったわね」

「心外だね。僕は元から善良だよ」

 乾いた口調で答えると、セキュリティキーパーはSKバリアブルバレットとSKメタルシャフトを両手に携え、コヘレトらの元へと突っ込んでいった。

「リリスちゃん!!」

「春人たちの厚意に答えよう、リリス」

「――ええ!」

 この機を逃す訳にはいかない。公に警察組織がディアブロスプリキュアの味方になってくれた事で勇気づけられたベリアルたちは、ケルビムの救出も兼ねてここで一気に教会勢力の制圧に乗り出そうと思った。

「カイゼルゲシュタルト!!」

「ヴァルキリアフォーム!!」

「スタイル・クリムゾンデューク!!」

 三人は現時点における最強形態へと変身。持てる力のすべてを使って、洗礼教会の魔の手から警察とともにこの町を守り抜こうと誓い戦う事を受け入れる。

「「「はあああああああああああ!!」」」

 

           *

 

同時刻――

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 ディアブロスプリキュアと教会勢力との戦いが大詰めを迎えようとしていた頃、暗黒空間内部で繰り広げられる光と闇の戦い――。

 ようやく爆発が収まった。多量の黒煙が辺り一帯に広がる中、煙の中から人影が徐々に露になる。

 紛れも無くそれはキュアケルビムであった。至近距離から黒ケルビムの放った技を受けた彼女の衣裳は酷くボロボロで、息も絶え絶えになりながら辛うじて意識を保ち立っている事が不思議なくらいだ。

 疲弊し脆弱な姿となった彼女を、黒ケルビムは正面に立って嘲笑う。

「……実力の違いが分かったはずよ。あなたに私を倒す事は不可能よ」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 だがそれでもケルビムは諦める事など出来なかった。

 傷ついた体に鞭を打ち、黒ケルビム目掛けて突進。そんな単調な攻撃を見越して、黒ケルビムは瞬時に間合いを詰める。

「っ!」

 視界が突然暗くなった。次の瞬間、黒ケルビムは彼女の顔面を鷲掴むと力いっぱい振りかぶってから放り投げた。

「きゃああああああああああ!!」

 盛大な衝突音とともに暗黒空間の壁に激しく体を打ちつけたケルビムの元へ、黒ケルビムはゆっくりと近づいて行く。

「……全くあなたって呆れるくらい傲慢で強情なんだから。それじゃ悪魔を笑えないわよ」

「はっ……はっ……はっ……」

 ふうと溜息を吐くと、黒ケルビムは魔槍を肩に乗せてからおもむろに問いかける。

「……テミス。なぜあなたは、生まれ故郷である天界を捨ててこの地上の世界に下りてきたの?」

「……何ですって……?」

「この期に及んでシラを切るのはよしてほしいわ。本当は最初から分かってたんでしょ? どれだけ自分が周りを好いた所で、天使の誰もが、血を分けた実の両親ですらも自分の事を本当に愛していなかった事をあなたは識(し)っていた。あなたはそんな事実を認められなくて、受け入れなくて、それ故に天界から逃げるように地上へ下りたんじゃない?」

 ケルビムは重い表情で思わず黙りこくる。それを見た黒ケルビムが大きく口角をつり上げ、大げさな身振り手振りで声高に叫びあげる。

「……愚か。実に愚かね。どれだけ努力し他人の為に尽くそうとも! どれだけ周囲に笑顔を振りまき続けようとも! 決して満たされなかったあなたのその心! 本当の愛を知らぬままの未成熟なその心はとても脆くて御しやすい! やがて、その渇きは次第に大きくなっていき、心にぽっかりと孔を開けてしまった。ホセア様はあなたのそんな心の隙を突いて甘い言葉で近づいてきたのよ」

 聞いた瞬間、ケルビムは目を見開くとともに身に覚えのある事をハッと思い出す。

 

           ≒

 

さかのぼること、半年前――

異世界 洗礼教会本部

 

「キュアケルビム。お主こそが天界を統べる者として相応しいのに、なぜ天使たちはお主を認めん?」

「………」

 ケルビムは俯いたまま立ち尽くしている。

 そんな彼女を前に、ホセアはここがケルビムの身も心も洗礼教会に堕とす格好の機会だと判断。蜘蛛が獲物を捕食するが如く、確実に相手の心を絡め捕るように――深く静かに告げた。

「それはお主を怖れているからだ」

 下を向いたままのケルビムの表情はホセアからは見て取れない。

「かつての争いにより大きく力を削がれた天界勢力は、再びその権威を示すために大いなる力を欲していた」

 静まる礼拝堂にコツコツと靴音を響かせ歩きながら、ホセアはまるでケルビムの人生をその目で見てきたかのように言葉を紡ぐ。

「悠久の時を経て、ようやく生まれた待望の赤子は彼らの望む力を備えており、当初こそは大いに喜んだ。しかし、日に日に増していく途方もない力に、もし間違ってこの矛先が自分たちに向けられるのではないかと考える者が現れ始めた」

 ケルビムは息を呑んでホセアの言葉を聞き続ける。

「大きすぎる期待は反面、恐怖すらも抱え込み、次第に彼らは決して機嫌を損ねてはならない神の化身でも崇めるように其方に接した。其方の自由意志はまるで介在する余地すら与えられなかった」

 礼拝堂を一周して再びケルビムの前に止まる。

「少女が欲していたのは信仰でも畏れでもなかったというのに」

 ホセアはゆっくりとケルビムに向き直ると優しく、紳士のように、俯く彼女の手を取る。

 突然のことであったがケルビムは驚かなかった。むしろそうされることを欲していたとさえ感じた。

 やがて、俯いていた顔を静かにあげ、ホセアの目を見据える。

「キュアケルビムよ。私とともに世界に均衡をもたらそう。それこそがプリキュアであり、天使であるお主の務めだ」

「大司祭ホセア様――」

 目を見開きホセアを凝視するケルビム。そのつぶらな瞳は彼に救いを依存する信者と同じく心の安寧を希求するものだった。

 彼女の心が完全に自分の手の中に堕ちたと確信すると、悪魔が人を教唆するときの如く微笑を浮かべたホセアはケルビムに果たすべき使命を語る。

「世界を巡るのだ。そしてまずは均衡を乱す者。強過ぎる闇。この世に蔓延る諸悪の根源――悪魔を討つのだ」

 そして最後に、一歩を踏み出させる為の一言を告げる。

「さすれば、汝が欲するものが手に入るであろう」

 この一言が、『愛』を求める彼女の心を突き動かす原動力となった。

 その一歩が奈落へと落ちる一歩とも知らずに。

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

 ドンッ――。

 

 刹那、魔槍ジェノサイドの先端が黒く光ると、黒味を帯びた束がケルビムの体を勢いよく貫いた。

 ケルビムは体を貫かれた感触に絶句。腹部から白い煙が上がる状況を前に、とうとう武器を握る力すら入らなくなった。

「……私はあなたを決して認めないわ、テミス。キュアベリアルや他のみんなはどうだか知らないけど、私は自分よりも脆弱な存在の影としていつまでも支配されるのは耐えられない。あなたの方が私よりも弱いなら、あなたを倒して――」

 瞬時に間合いを詰めると、黒ケルビムはジェノサイドの先端を動けない彼女の首元へと突き付け、口元を歪め言う。

「私が〝本当のあなた〟になる」

(力が入らない……こんなところで、私は斃されるの? 私は……真実の愛を知らぬまま己の闇にすら打ち勝つことすらできない………違う……私はまだ……終わってない。こんなところで……死ねない!!)

 心の中で強く思った直後、彼女の意識は一時的に別の場所へ飛んだ。

 

           *

 

 ―――……ス。

 ―――……ミス。

 ―――……テミス。

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 誰かに名前を呼ばれた気がした。

 意識が覚醒したとき、ケルビムの前には殺風景ながらも先ほどまで黒ケルビムと戦っていた暗黒空間とは異なる真っ白な空間の中にいた。

「…どこなの? …ここ………?」

「こっちよ」

 透き通っていながら何処か冷めた様な声が傍から聞こえてきた。見ると、自分と対を為す存在が目の前に立っていた。

「ようやく目が覚めたのね。テミス」

「! リリス、どうして……!?」

 驚くべき事にそこにいたのは悪原リリス、もといキュアベリアル――今まさに、暗黒空間の外で自分を救出せんと戦いを続けている筈の彼女だった。

 なぜ彼女がこんな場所にいるのかとケルビムは心中穏やかではなかった。するとベリアルはそんな彼女を見かね、嘆息をしてから言い放つ。

「……あんたさ、いい加減素直になりなさいよ」

「え……?」

 会って一分も経たないうちに何を言い出すのかと、内心率直に思いながら眼前のベリアルの言葉を黙って聞いていた。

「正直ね……私もずっと……どうすればいいか分からなかったの。両親を亡くして一人残された私が、誰からも愛され、愛を与えるあなたにどう接していいのか、どこまで踏み込んでいいのか」

「……そう、だったの」

「でもね……テミスの心の闇を理解した今だからこそ……こうして忌憚なく話をするチャンスだと思ったの。だから……言わせてもらうわ」

 やがて、ベリアルは難しい表情を浮かべながら一つ一つ言葉を丁寧に頭の中で選びながら、ケルビムに対し言葉を発した。

「淋しいんでしょ? 苦しいんでしょ? 両親や他の天使たちから愛されぬまま育った自分が今を生きている事が。その愛を知る為に戦い続ける事が。私が言えた義理じゃないけど……心が淋しい時ぐらい、大丈夫なんて片意地張ってないで、ちゃんと淋しいとか苦しいとか一言くらい言いなさいよ!」

「リリス……」

 思いがけない言葉だった。叱咤する彼女の瞳から伝わるのは本音を言えない自身への怒りだけでなく、友として、仲間として思いやる彼女自身の優しさだった。

 胸打たれ返す言葉すら出てこないケルビムをまじまじと見つめながら、ベリアルは怒りからどこか寂しさを醸した表情で語り続ける。

「淋しい時に……淋しいって言えない天使なんて……そんなの天使でも何でもないわ! そんな天使に人を導ける力なんて毛頭ないわよ」

 何も言えなかった。ベリアルの言葉は全て的確に的を射ていた。天使としての面目も何もかも丸つぶれだとケルビムは内心自虐する。

 すると、再びベリアルがケルビムを見ながらおもむろに言葉を呟いた。

「あなた、前にはるかにこう言ったそうね。――〝私と本当の友になる〟んだって。正気の沙汰じゃないわよ。天使が悪魔と友達になるなんて。でも、テミスがそう言うならそれも悪くないかもって思うの」

一瞬「え……?」という言葉がケルビムの口から漏れ出た。ベリアルの方を見れば、彼女は今までにないくらい穏やかで優しい顔つきで自分を見つめている。

呆気にとられるケルビムだったが、ベリアルは目の前の友に微笑みかけるとともに決意の表れを言葉として紡いでいく。

「キメラが現れた時、はるかやサっ君たちと一緒にテミスが私のために戦ってくれたから、今の私はここにいる。だからあなたが前に進めなくなった時は、私がテミスを背負ってでも進んであげる。今も、これから先もあなたが死ぬまでずっとね」

ケルビムに微笑みかけると、ベリアルはそっと目の前に彼女に手を差し出す。そんな彼女の優しい言動に、ケルビムの心は感極まり、一筋の涙を流すとともに理解する。

(そっか……そういう事だったんだ。私はずっと「愛」は与えるものだとばかり思っていたけど、そうじゃないんだ。それはただの高慢な思い込みだった)

心の中で独白しながら、差し出された親友の手をおもむろに取る。今までに感じた事のない安堵と満足感がベリアルの手から全身へと伝わっていく。

(主よ。愚かな私をお許しください。私はようやく理解致しました。あなたの説かれた「愛」の意味を。リリスが私に対してそうであるように、ただ目の前の相手に関心を示す行為……それこそが、本当の「愛」なんです――――)

 長いあいだ問い続けてきた難題への『解(こたえ)』を見出した刻(とき)、彼女の意識は強制的に元の場所へと戻される。

 

           *

 

黒薔薇町上空 暗黒空間

 

 ―――ガシッ。

「!!」

 突然の出来事だった。

 黒ケルビムが持つ魔槍ジェノサイドを、半ば意識の無かったケルビムがいきなり掴みかかって来たのだ。

 ケルビムにとって思考を超えたもの――即ち、潜在意識の裡(うち)に求めていた真実の「愛」を見つけ出したとき、彼女の瞳に宿るのは戦意。

 吃驚し言葉を失くす黒ケルビムを見据えると、ケルビムは魔槍の先端から闇のエネルギーを吸収し、それを小さな形へと凝縮させていく。

 その時、ケルビムの手の中にある物が現れた。紛れも無くそれは新たな強化変身用の指輪だった。特筆すべきは中指に付ける天使の翼をあしらった長めの形状であり、そこから鎖が伸びて小指にも悪魔の翼を模した小型のリングが付随しているというものだった。

「……あなたの言う通り、私には善の面もあるし、悪の面もある。口で言うきれいごとも、それとは裏腹に心で思ってる黒いところも両方本当なんだ。だからそれを認めない限り未来なんてやってこない」

 茫然自失と化す黒ケルビムが立ち尽くす中、覚醒したケルビムは新たに誕生した二つの変身リングを見つめながら、おもむろに独白する。

「光と闇……天使と悪魔……二つの力を持ってこの世界を導く。そして、私自身の未来を切り開く」

 決意の籠った瞳で宣言した直後、ケルビムは右手中指に天使の力を司るリングを、小指部分に悪魔の力を司る小さなリングを装着。そして、一旦目をつむってから腹の底から声高に張り上げる。

「聖魔融合!!」

 刹那、白と紅色の突風を巻き上げながらケルビムの姿が変わり始める。それまで四枚だった翼が六枚へと生え変わり、重厚な青銅色だった装甲は紅白がバランスよく配色された衣装へと変化。白一色だった背中の翼は左半分だけ悪魔の翼へと生え変わった。

 

「キュアケルビム・イブリードモード」

 

 光と闇の中で足掻き、暗中模索の末に真実の愛を見出した事で到達した新たなる境地。キュアケルビムは今、ここに光と闇の力を兼ね揃えた唯一無二の存在――【聖魔天使(せいまてんし)】として覚醒した。

 ケルビムは呆気にとられ言葉を失くす黒ケルビムから吸収した闇の力と光の力を掛け合わせ、新たな武具を生成する。

 片や天使の翼を持ち、片や悪魔の翼を持つ聖魔融合の円月輪【聖魔輪(せいまりん)イブリードチャクラム】。両手に装備した彼女は、武器を失った無防備の黒ケルビムに狙いを定め、とどめの一撃を放つ。

 

「――――プリキュア・デモンズクレッセント!!」

 

 自らの魂を糧に業火を生みだし円月輪の先から標的が息絶えるまでなぶり続ける究極の召喚技を至近距離から炸裂する。

 猛烈かつ苛烈なる一撃を受け、黒ケルビムは暗黒空間の端の方まで吹っ飛ばされた。

 この攻撃が決定打となった。黒ケルビムの体は既に虫の息の状態。最後の最後でケルビムに破れてしまった事を悔しがる。

「――――………ふふっ…聖魔融合か……まさか反発する二つの力を掛け合わせるとは……恐れ入ったわ……」

 黒ケルビムへと近づく聖魔天使と化したキュアケルビム。内側に潜めていた心の内を解放し、光と闇の均衡を得た事で全てを受け入れる事が出来た。その証拠に背中に生えた六枚の翼、そのうち左半分が悪魔のものと化している。

 かつて、バスターナイトが言っていた言葉がある。〝この世界に存在するのは白と黒だけではない〟と――。

 光の力だけでは敵わない相手に立ち向かう為に、キュアケルビムは心の闇を受け入れた。そして、彼女はこれまでにない進化を遂げた。キュアベリアルがそうであるように、彼女もまた柔軟に力を適応させたのだ。

 極限状態を経て新たな自分へと変身したケルビムを前に、内心満足気な様子の黒ケルビム。やがて、役目を終えた己の肉体を粒子に還元させながら静かに最期を迎えようとする。

「……仕方ないわね。私を倒したんですもの……今回はあなたを認めてあげる……だけど忘れないで。私はあなたの影。あなたに少しでも隙があれば、私はいつでもあなたを落としてあげるんだから……次に私が現れるまで……せいぜい死なないよう気をつけなさい!!」

 呪詛のように言い残すと、黒ケルビムの肉体はすべて粒子となって完全に消滅した。

 

           *

 

同時刻―――

黒薔薇町 地上

 

 暗黒空間における二人のテミスによる闘争に決着が付いた頃。外界の戦いにも、決着が着こうとしていた。

「プリキュア・ジャッジメント・フィニッシュ!!」

 ――ドンッ。

『『『あんびり~ばぼ~~~♪』』』

 キュアウィッチ・ヴァルキリアフォームが仕掛ける必殺技により、カオスピースフルが一度に大量浄化される。

 これにあやかろうと、バスターナイトとラプラスも数に勝る彼らを圧倒的な力でもって畳み掛けるのだ。

『ナスティノイズ!!』

『『『カオス~~~!!』』』

 白コウモリ態ラプラスの発する超音波は、敵を撹乱するだけでなくその動きを封じ込める事が出来る。鼓膜に伝わる不快極まりない音は、カオスピースフルの精神を著しく消耗させる。

 絶好の攻撃のチャンスが生まれた。バスターナイトはセキュリティキーパーとともに、勝負に出た。

「ブレイジング・ストーム!!」

「ふん!!」

 ―――ドンッ。

『『『あんびり~ばぼ~~~♪』』』

 ブレイジング・ストームとSKメタルシャフトが繰り出す悪を断罪する刃――【コンビクションカッター】のコンボが決まり、大量の敵を浄化させる。

「残るはあんただけになったわね、コヘレト」

『ただで帰れると思うなよ』

「くっ……」

 形勢が逆転した。いつしか呼び出したカオスピースフルのほとんどが浄化され、真面に戦える戦力はコヘレト一人だけとなった。

 翼を羽ばたかせ巨体を起こすと、レイはコヘレト目掛けて突進する。

『ライトニング・タックル!!』

「ぐああああああああああああ」

 電撃を纏ったタックルが決まると、コヘレトの全身は麻痺を起こして動きが鈍くなる。ベリアルは動けないコヘレトに狙いを定め、右手から紅色に輝く巨大な爪を出現させる。

「触れるものすべてを滅ぼす力よ――――ファントムネイル!!」

「やべっ……!!」

 殺される!! 内心そう思って覚悟を決めそうになった瞬間。

 バリン――っ。という亜空間が割れる音がすると、唐突に顔も見えぬほど全面をフードで覆い隠した人物が現れ、ベリアルのファントムネイルによる一撃を素手の一振りで掻き消した。

「え!!」

「……アパシー……!」

 コヘレトの窮地を救ったのは、元・見えざる神の手配下の暗殺組織【神の密使(アンガロス)】の首領であるクリーチャー・アパシーだった。

「……プリーストの命だ。戻るぞ」

「そうはさせないわよ!!」

 ここで取り逃がす訳には行かなかった。

 ベリアルは不意に現れたアパシーと、コヘレト共々全てを滅ぼす力を解放――文字通り必殺の一撃を繰り出した。

「プリキュア・セブン・デッドリー・サイン!!」

 七つの大罪を司る超高熱の光球が飛んで行く。アパシーはコヘレトを脇に抱えると、フード越しに光球を見据え、目を見開いた。

 瞬間、見えない壁が作り出されベリアルの必殺技を塞き止める。その隙にアパシーはコヘレトを連れて亜空間の中へと消えて行った。

「やったんですか!?」

「いいえ。すんでのところで逃げられたわ。それにしても、あいつ……カイゼルゲシュタルトの必殺技をあんなに容易く……」

 取り逃がした事もそうだが、何よりも悔しかったのはアパシーの未知数の力。悪魔の力を完全に解き放つキュアベリアル最強の力・カイゼルゲシュタルトの必殺技を前にアパシーは怪しげな呪術で防いだのだ。

(あいつは一体……何者なの?!)

 得体の知れない未知なる敵の力に、ベリアルは戦慄を覚えた。

 

 バキ……バキ……バリン!!

 空中から聞こえてきた暗黒空間が破れる際の音。

 頭上を見上げると、暗黒空間で黒ケルビムとの激闘に制したテミス――キュアケルビムが聖魔輪イブリードチャクラムを携え浮いていた。

「テミス!!」

「テミスさん!!」

 生きていてよかったと、一先ず安堵するベリアルたち。

 しかし直後、彼女は意識を失い体を倒し、そのまま地面に向かって加速しながら勢いよく落下を始めた。

「あっ!!」

 ベリアルはすぐさま墜落してくる彼女の方へと飛んで行き、地上のアスファルトに激突する前にこれを受け止めた。

 

 こうして闇との戦いに無事決着がつけられた。

 変身が解除され、道路上に横たわるテミスをリリスらが固唾を飲んで見守る。

「う……」

 やがて彼女の意識が回復し、おもむろに重い目蓋を開いた。

「……みんな」

「気が付きました! 良かったです~!」

「テミス様!!」

「大丈夫か?!」

「ええ……かなり危なかったけど、どうにかね……」

 ふと、テミスは自分を受け止めてくれた悪魔の親友の顔を見上げる。

 気が付くと、リリスの顔を見ながら彼女は相貌に雫を溜め――か細い声で呟いた。

「……ありがとう……」

 聞いた直後、リリスは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、直ぐに顔つきを柔らかくしてから疲弊したテミスの労をねぎらう。

 

「……感謝される理由はよくわからないけど、お疲れ様――とだけ言っておこうかしら」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「待ちに待ったビッグイベント・ハロウィン!!」
リ「せっかくのハロウィンだし、悪魔の翼は普通に出しててもバレないかしらね」
テ「そんなハロウィンに集まる子どもたちの夢を吸い取る魔女が現れた!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『ハロウィンの夜に!守り抜け、子どもたちの夢!』」
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