ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

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今回はちょっとテーマが重いかもしれません。
はるかを主役にする回でこんなに重くなったのは初めてです。
いつもとは少しテイストと思考を変えてみました。楽しんで頂ければ幸いです。

※これは第4章の中に新たに挿入した書き下ろし新作となります。


第39話:ありがとう、はるかちゃん!ある少女の数奇な生涯

天界 第七天 元・見えざる神の手居城

 

 天界上層部として長きにわたりその権力をほしいままにした『見えざる神の手』が、ホセアの計略によって瓦解して数か月。

 空白の座となった居城には、空きとなった七つの支柱。その中央には円形の台の上に僅かに浮かぶ巨大な水晶の塊。中に封じられた存在は、かつて見えざる神の手によって生きながら死に体とされた世界の楔(くさび)――オルディネスと称する父なる神だ。今、この畏敬のものへ静かに向き合う人物がひとり居た。

「我らが父……オルディネスよ」

 洗礼教会大司祭にして、見えざる神の手を陥れた張本人・ホセアだ。彼は水晶の中で眠り続けるこの世界の神に侮蔑の念を込めて語り掛ける。

「この期に及んで話すことも逃げることすら叶わぬ不全の神よ。その気になれば果てしなく長き屈辱を、今この場で終わらせることは出来る――――だが」

 淡々とした口調でホセアは独り言ちる。オルディネスはホセアのどのような呼びかけにも決してその口を開かない。それを調子の上で、ホセアは続けた。

「そなたには見届ける義務がある。我らが創る新たな未来を。世界の行く末をその盲(めし)いた御眼(おんめ)でな」

 言うと、踵を返しホセアはおもむろに居城から出る為に歩き出す。

「近いうちに訪れる終焉。それはすなわち、そなたが見据えた最も忌むべきエントロピーが解き放たれる瞬間なのである」

 

           *

 

黒薔薇町 天城家

 

「これがですねー、はるかとリリスちゃんの小学校時代の写真です」

 とある日の昼下がり――はるかは部屋の模様替えの際に引っ張り出したアルバムをクラレンスに見せていた。中を改めると、小学校に入学したてのはるかとリリスが多く写った写真が何十枚と出てきた。

「お二人とも可愛らしいですねー」

 今よりもずっとあどけない主人とその親友を指して率直な感想を漏らすクラレンスに、はるかは「えへへ♪」と破顔一笑した。

「あの頃は、リリスちゃんも今よりも素直なところがたくさんあったんですよー。それが今となっては、どうしてあんなにひねくれてしまったのでしょうか」

「そうなんですか? 私は今のリリスさんしか知りませんから、よくわかりません」

「いいんですよクラレンスさん。世の中には知らない方がい い事もきっとあるんです」

 昔を思い出せば出すほど、はるかは当時と今のリリスとのギャップを感じてしまう中、ページをめくりさらに昔にさかのぼる。

「あ、この写真のはるかさんは小学校以前のものでしょうか?」

「懐かしい ですねー。たしか幼稚園くらいのときに撮ったものです!」

 二人が目にしたのは、はるかが三歳から六歳くらいの間に撮られた写真。小学校へ入学する以前のものであり、リリスとの交友関係は一切なかった時代だ。

「たしか、はるかさんがリリスさんと出会ったのは小学校の一年生のときですよね? それ以前はどのような方々と交流があったんですか?」

「そうですね……はるかの記憶で一番仲が良かったのは……あぁ、いましたいました! この子です!」

 ページをめくりながら、はるかは小学校入学以前に最も仲の良かった友人を見つけ出し、クラレンスへ教えた。

 写真を見れば、当時はロングヘアーだったはるかの隣にさくらんぼの髪飾りを付け、紫色を基調としたツインテールの愛らしい女の子が写っていた。

「この子はですね、森京香(もりきょうか)ちゃん。幼稚園を卒業するときに、引っ越しちゃったんですが……あの頃は毎日二人で遊んでいたんですよ」

「確かに、仲睦ましそうですね。こうして見返せば、お二人が一緒の写真が多い気がします」

 クラレンスがページをパラパラとめくれば、目で把握できるほどに森京香とはるかが一緒になった写真が大半を占めている事が確認できた。

「そうそう、思い出しました! 京香ちゃんの家はですね、熱心な宗教家だったんです。えーっと……名前はなんて言ってたんでしたっけ? 『エデンの証人』とかなんとか……」

「っ! エデンの証人……ですか?」

 はるかの口から名前が飛び出すや否や、クラレンスは若干の驚きを抱くとともに若干眉を顰めた。

「はるかはその辺のことについて詳しくはないのですが、クラレンスさんはご存知ですか?」

「えぇまぁ。ただ……あまりいい噂は聞きませんね」

「ハヒ?」

 どこか奥歯に物が挟まったような言い方をするクラレンス。歯切れの悪そうな態度にはるかが疑問符を浮かべた時だった。

 ブブブブ……ブブブブ……

 不意に入った着信。はるかは自分のスマートフォンを手に取り、着信の主『悪原リリス』からの呼び出しに答える。

「もしもし? リリスちゃんですか?」

『カオスピースフルが現れたわ。直ぐに来て』

「了解です!」

 プリキュアとしての使命を果たす時が来た。はるかは直ちに支度を済ませ、クラレンスを連れて出動する。

「行きますよねー、クラレンスさん!」

「はい!」

 

           *

 

東京都 大田区 蒲田駅近郊

 

『カオスピースフル!!』

 出現したカオスピースフルで阿鼻叫喚に包まれる駅周辺。

 頭部に二本の角を持つ四足歩行型のカオスピースフルは逃げ惑う人々を見定め、口から光線を放つ。

 この光線に被弾した直後、町の人間たちは石の姿へと変わる。このシンプルだが凶悪な能力を持つ【ラピスカオスピースフル】を操るはぐれエクソシスト――コヘレトは上空より高みの見物を洒落込むのだ。

「ハハハハハッ!! 洗礼教会の、カオスピースフルの力に恐れ慄け愚民ども!! 泣け、叫べ、命乞いをしやがれ!!」

「そこまでよぉ、コヘレト!」

 恐怖感情を煽る言葉を声高らかに唱えていた時だった。コヘレト目掛けて、上空から純白に輝く光の矢が無数に飛来する。

 敵意に気づいたコヘレトが回避すると、攻撃の主――キュアケルビムを始め、ベリアル、ウィッチ、バスターナイト、セキュリティキーパーらディアブロスプリキュアのメンバーが一堂に会する。

「ディアブロスプリキュア……ようこそと歓迎してやろうじゃないか。本日のメインディッシュはカオスピースフルによる石化光線となります。どうか最後までお楽しみください……ってな!!」

『カオスピースフル!!』

 人を食った態度でわざとらしく慇懃無礼な言葉遣いを披露するとともに、瞳孔を思い切り見開くコヘレト。それを合図にラピスカオスピースフルはベリアルらに目掛け石化光線を放つ。

「ディアブロスプリキュア、散開!!」

 ベリアルの号令で一箇所に集まっていたメンバーが四方へと散る。

 やがて、各々が自らのポジションを確保するとともにラピスカオスピースフルへの一斉攻撃が開始された。

「ベリアルスラッシャー!」

「ホーリーアロー!」

『ブレス・オブ・サンダー!』

 上空の左右からベリアルとケルビム、ドラゴン形態のレイが得意の遠距離攻撃を仕掛けて牽制する。

 その隙にウィッチとセキュリティキーパーが鈍重な敵の背後へ回り込み、強めの火力で攻め立てる。

「ファイアーマジック!」

「レーザーパルス」

 魔法の火炎、科学の生み出す光子レーザーがラピスカオスピースフルの皮膚を焼き尽くす。

『カオスゥゥゥゥ!!』

 着弾時、想像を絶する痛みに絶叫。ラピスカオスピースフルは重い図体を引きずって 辛うじて後ろへ振り返ると、ウィッチ達へ怒りの石化光線を放とうとする。

「バースティングスラッシュ」

 刹那、スタイル・クリムゾンデュークとなりラプラスとの合体で飛翔能力を得たバスターナイトによる鋭い一撃がヒット。灼熱の炎を纏った斬撃は一度ならず、二度、三度と縦横無尽に空中転換しながら仕掛けられる。

『カ……カオスゥゥゥゥ!!』

 最早視界では真面に捉え れない攻撃に為す術もなく傷つけられるラピスカオスピースフルはバスターナイトのサンドバッグと化す。

「ヤロウぉ!! せっかくの余興を台無しにするんじゃねぇ!!」

 思い通りに事が運ばず苛々を募らせたコヘレトは、銀の銃と光剣を携えバスターナイト目掛けて斬りかかる。

 咄嗟に空中で足を止め、バスターナイトは左腕に装備したブレイズ・ドラゴンを模したガントレットで光剣を受け止める。

 コヘレトは光剣を握る力を強めるとともに、バスターナイトへの敵愾心を露に狂気に満ちた表情で切迫する。

「ハハっ!! そう真面目に生きるなよ、人生面白おかしくやろうぜイケメン王子様よぉ!!」

「生憎だが、オレはお前みたいなクズの考えに同調するつもりはない」

 

『カオスピースフル!!』

 バスターナイトの猛攻を凌ぎ切り、フラストレーションを高めたラピスカオスピースフル 。より明瞭に戦意を露にするとディアブロスプリキュアを一掃せんと口から石化光線を乱発する。

 ケルビムは飛来する石化光線を中空で華麗に躱しながら、リングホルダーにストックしていた強化変身リングをひとつ手に取る。

 手にしたのは、黒ケルビム との戦いを経て手にした聖魔融合の力を有した第三の変身リング【イブリードリング】である。

「聖魔融合ッ!!」

 二対一体の特殊な形状を持つリングを嵌めた右腕を天高く翳した瞬間、ケルビムは天使と悪魔の力を兼ね揃えた聖魔天使【イブリードモード】へと変身を遂げる。

「イブリードチャクラム!!」

 天使と悪魔それぞれの能力が付加された円月輪を両手に装備すると、ケルビムは身体を高速回転させ、それが生み出す遠心力と相まって刀身から聖と魔の波動を鋭い切れ味を浴びた斬撃を放つ。

『カオスゥゥゥゥッッッ!!』

 白と黒を帯びた、相反する二つの力が交互に飛んで来る。元々動きが緩慢であるラピスカオスピースフルには回避する事など不可能――ケルビムが繰り出す大技【エキセントリック・インパクト】の威力は絶大だった。

「すごいです、テミスさん!」

「あれが聖と魔の力を兼ね揃えた彼女の新しい力か……」

 天使でありながら悪魔の力をも行使するケルビムの力。それを間近で目の当たりにしたディアブロスプリキュアのメンバーは、驚愕と畏怖の念を同時に抱く。

「テメェ!! 天使のクセして悪魔の力とかマジでふざけんじゃねぇぞ!! この不信人ヤロウがぁ!!」

 とりわけケルビムへ憎悪と敵愾心を強く持つコヘレトは彼女が手にした力に脅威を感じ、焦燥と怒りを滲ませながら銀の銃弾を乱射する。

「コヘレト、そのセリフ……あなたにだけは言われたくないわっ!」

 飛来する銃弾をバリアでガードしながら攻撃の機会を伺うケルビム。やがて、僅かな隙を突いて一気に間合いを詰めたケルビムは、ラピスカオスピースフルにとどめの一撃を加える。

「プリキュア・デモンズクレッセント!!」

 ――ドンッ。

『あんびり~ばぼ~~~♪』

 フォールダウンモードをも圧倒する イブリードモードの必殺技がさく裂。ラピスカオスピースフルは力のすべてを失い、浄化された。

 石化されていた街の人々は石化の元凶が取り除かれた事で元に戻り、全員が歓喜の声をあげた。

「チクショウ……!! 次会う時までにはその鼻をへし折ってやるからな……!!」

 呆気ない幕引きにコヘレトは敗戦の思いを引きずるとともにディアブロスプリキュアへの再戦での勝利を宣言し、帰還した。

 コヘレトが去った後、ケルビムとウィッチによる街の修復作業が早急に行われた。

 その後、戦いを終えたリリス達は今回のMVP的な立場であるテミスの労をねぎらった。

「やりましたな、テミス氏」

「お見事でした!」

「大したものね。根っからの天使であるあなたが、悪魔の力を御し切れるとは」

 リリスからの素直な称賛の声が上がる。それを聞いたテミスは、意外そうな顔を浮かべたが直ぐに破顔一笑した。

「ありがとう。それにしても、教会の破壊活動も日に日に凶悪化しているわ」

「世界バプテスマ計画……破壊による世界の浄化という彼らの気が触れた理念は、明らかに僕達人類への宣戦布告だ。そのような暴挙は到底見過ごす事は出来ない。テロリズムは何としても僕達で止めなければならない」

 そう言うと、春人はふと昔のことを思い出す。幼い頃、自分の身内に起きた悲劇――その悲劇を思い出すたび、彼は拳を固く握りしめ誓うのだ。二度とテロリズムという惨劇でこの世から尊い命が奪われる事があってはならないのだと。

「ん?」

 そのとき、不意にはるかは背後から視線の様なものを感じとった。しかし、振り返っても人はおろか周囲には誰も居ない。

「はるか?」

「どうかしたのかい?」

 彼女の不審な行動を見ていたリリスと朔夜が怪訝そうに声をかける。

「いえ、誰かいたような気がしたんですが……」

「誰も居ないわよ。気の所為じゃないの?」

(気のせい? 確かに誰かがはるかを見ていたような……)

 リリスほどではないが、はるかは人の視線や気配に敏感だった。プリキュア活動をする様になってからはその感覚がより一層研ぎ澄まされていた。その彼女やリリスですら気が付かない得体の知れない何かが、近くに潜んでいる。少なくとも、はるかはそんな風に感じながら誰も居ない方へ視線を向け続けた。

「事後処理は僕らが行うから、君らは帰路に就いて平気だよ」

 と、春人は応援部隊が到着するのを見計らって年長者として、居残る事を宣言。リリス達の帰宅を促した。

「あ、そう! じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら。ねー朔夜、今日の夕ご飯ステーキが食べたいわー。特製 ステーキ作ってー」

「急に言われても困る。大体今日の夕飯は五目御飯と決めていたんだ」

 他愛もない話をしながら、各々帰路に就き 始める中、はるかは未だに先ほどの事が気になっており、なかなか帰ろうとしない。

「行くわよ、はるか」

「はるかさん、早く帰りましょう」

 見かねたリリスとクラレンスに声を掛けられると、はるかもようやく踵を返し帰路に就こうと歩き出す。

(何だったんでしょう……あの視線……どこか懐かしくも感じたんですが……)

 釈然としない様子の彼女は終始もやもやとした気持ちを抱えたまま、ひとまず現場を後にする。

 このとき、はるかが気になった視線の正体は確かにいた。そして程なく――視線の主は誰にも気づかれない所で密かに活動を開始した。

 

 ラピスカオスピースフルとの戦闘から数時間後――テミスはピットに留守番をさせて、夕方食材の買い出しへ向かった。

「買い忘れはないわね……」

 買い出しを終え、何事も無く帰宅をしようとしていた時だった。

  歩いていると、前触れもなく突然辺りから霧が立ち込め、彼女の周囲をすっぽりと包み込んでしまった。

「なに、この霧?」

 天気予報には全く告知の無かった濃霧。明らかに自然現象で起こったものではないと悟った彼女は、眉を顰め警戒心を露にする。

 すると、霧が立ち込める周囲に自分以外の気配が前方からゆっくりと近づいてくるのが分かった。

 人らしき影が見え、一歩また一歩と接近する。

 思わず身構えるテミス。彼女の元へ近づいてきた人影は、霧にその存在を隠しながら目線だけはしっかりとテミスへと合わせると、低い声で呼びかけてきた。

「……あなた……あなたの心には……悪魔が憑りついています……」

「な、なんなの?」

 言い知れぬ者の存在と対峙したテミスは額から冷や汗を流す。

「……このままでは……楽園への扉は開かれません……でもだいじょうぶ……私があなたを救済する……あなたから悪魔を追い出してあげる……」

 不気味な間で抽象的かつ不明瞭な言葉を唱えるとともに、声の主はテミスとの距離を一気に縮め――そして。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 次の瞬間、濃い霧の中で絹を裂くようなテミスの甲高い悲鳴が響き渡った。

 

           ◇

 

黒薔薇町 フローレンス家

 

 あくる日。突然ピットから呼び出しを受けたリリス達は詳しい事情を知らぬままテミスの家に集まった。

「テミスの様子がおかしいですって?」

「夕飯の買い出しから帰ってきてから、ずっとお部屋に閉じこもったまま……呼びかけに答えてくれないんです」

 テミスの部屋へ向かう傍ら、ピットはリリス達にテミスの身に起きた事を具に説明する。確かに、本日テミスは学校を休んでおり、LINEでの呼びかけも既読にすらなっていなかった。

「どこか具合でも悪いんですか?」

 怪訝そうに尋ねるはるかにピットは「とにかく、一度お会いになってください」と、論より証拠を見せようとした。

 やがて、主の部屋に到着したピットは、おもむろに扉を軽くコンコンと叩いた。

「テミス様、入りますよ」

 ピットの呼びかけにすら返答がない。ますます不振がるリリス達は部屋の戸が開くなり中にいる彼女の様子を確かめる。すると、当人は頭から毛布を被り体育座りしたまま背を向けていた 。

「テミス様、リリスさん達がお見えですよ」

「…… 」

 ピットが再度声をかけるが、相変わらず返事がない。それどころか振り向こうともしない。こんなテミスを見るのは初めてだった。

「なにやらテミス氏の様子がおかしいですな」

「抑うつ状態って奴かしら?」

 誰が見ても彼女の態度は明らかにおかしい 。完全なる上の空で覇気が感じられないその様は普段の彼女からは想像もつかない。

 昨日彼女の身に何が起こったのかと誰もが思案していると、不意にテミスがぶつぶつと小さな声で何かを唱えているのが分かった。

 まるで呪詛の様にも聞こえるそれはリリス達の耳にも微かに聞こえて来た。

「えっと……何かさっきからぶつぶつ言っていますけど……」

「とうとう壊れちゃった?」

 ラプラスが冗談半分に口にする一方、テミスが何を唱えているのか耳をそばだてると、段々と彼女が言っている事が聞き取れるようになってきた。

「……ピ〇〇ュウ カ○○ュー ヤ○○ン ピ○○ン コ○○ク ○○ッタ ズ○○トギャ○○プ サン○○ス ○○クラゲ……パウ○○ カ○○ラ タ〇タ〇 ○○ガラフ○○ダネ……○○ボ ○○ブイ ウ○○ン エレ○○ ○○ゴン ○○卜 サイ○○ ジュ○○ ポ○○ン ○○グダ ○○ドリオ ○○ガー ドガ○○ ル○○ュラ ニ○○ス ○○ワーズ ○○イハナ」

「こ、これは……!」

「なに、何なのよ一体!?」

 リリスが恐る恐る尋ねると、レイは息を呑んでから確信した様子で答える。

「伝説の……『ポ〇〇ン言えるかな?』の歌詞を口ずさんでおりますぞっ!!」

 聞いた瞬間、「は?」という言葉とともに居合わせた者全員が呆気にとられた。何より、レイがその歌を知っていたという事実に何だか気まずさを覚えた。

「レイさん……お詳しいのですね」

「というかただのオタクでしょうが」

 彼の自尊心をなるべく傷つけないようにとはるかは配慮ある言葉をかけるのに対し、リリスは容赦ない罵倒を浴びせた。

 いずれせよ、何故今になってそんな歌を口ずさんでいるのか、一体いつテミスがそれを知ったのか――気になる事は山ほどあるが、まずは今の彼女の心境を知る必要があった。リリスは意を決してテミスの元へ近づき声をかける。

「テミス、ちょっとテミスってば」

 耳元でリリスが呼びかけた直後、延々とモンスター名を口にしていたテミスが一旦口を止め、リリスの方へ振り向くと――

「あ。コダック」

 振り向き様に、リリスを見るなり そう口にした。

「誰がコダックよ! 誰がっ!!」

 ようやく反応したと思えば、不本意極まりない呼称で自分を見てきたテミスに憤りを覚えずにはいられなかった。

 リリスは業腹な気持ちになりつつも何とか怒りを抑え込み、気を取り直してテミスに問い質す。

「あなた……一体全体どうしちゃったのよ? 何かトラウマを抱えるような怖いものにでも遭った?」

 問われた直後、テミスはふと昨日の出来事を思い出す。

 鮮明に浮かび上がる悪しき記憶。自らが体験した想像を絶する恐怖。それを思い出した瞬間、テミスの表情はたちまち歪み――抑え込もうとしていたトラウマが再び表面化。防衛本能から再び先ほどの歌を口ずさむ。

「……コ○○ン ○○スト イ○○ク ヒト○○ ラッ○○ ○○タ オ○○リル コ○○ レア○○ル プ○○ン ゼニ○○ ○○ロゾ ト○○ント ファ○○ー ○○スター フ○○ィン ○○バー ストラ○○……!!」

「テミスさん!?」

「だいじょうぶか?」

 大丈夫ではないのは火を見るよりも明らかだ。こうなってしまったからには最早リリス達の呼びかけには当分答えないだろう。

「リリス様、これはかなりの重症ですぞ。また日を改めた方がよいかと」

 レイの判断は賢明だった。リリスは溜息を吐くと冷静に状況を分析し、一旦出直すことを決めた。

「……仕方ないわね。こんなテミス、正直見たくは無かったんだけど。真面に会話が出来ない以上、これ以上長居は無用だわ」

 

 テミスの家を後にした一行は、帰路へ向かう途中、彼女が発症した謎の症状について話し合う。

「テミスさん、まるで別人の様になっていましたけど……あれって何かの病気なんでしょうか?」

「そうね……症状から見ると、たぶん一種のPTSDじゃないかしら」

「PTSDって?」

 リリスが発した言葉自体の意味を問いかけるラプラスに、隣を歩く朔夜が端的な説明した。

「『心的外傷後ストレス障害』の事だよ。第一次世界大戦以降、戦場において〝シェル・ショック〟と呼ばれた障害が激増した。その後の研究で、このストレス反応は戦場のみならず、帰還後の兵士たちにも重篤な後遺症を残す事が判明した。やがて、戦争ストレスを始め、強い精神的苦痛や障害によって患う心身症をPTSDと括るようになったんだ」

「ということは……昨日、テミスさんは何らかの原因で強いストレス障害を抱えてしまい、PTSDを発症してしまったというわけですね?」

 顎に手を当てながらクラレンスが今までの話の流れから状況を整理し、推理した。

「だが、普段気丈な彼女がどんなストレスを抱えると言うのだ? まさかストリーキングにでも遭遇した訳じゃあるまいし」

「確かにそれはある意味トラウマになりそうね……」

 あくまでもレイの想像だけで終わってほしいと、リリスは心の底から希(こいねが)う。

 

 その後、リリス達と別れた後――はるかとクラレンスは商店街を通って真っすぐ家路へと就こうとしていた。

「はるかさん、テミスさんのPTSDが早く良くなるように私たちで何か手作りの贈り物をしませんか?」

「いいですね! ちょうど家にクッキーの材料がありますから、帰ったらさっそく作りましょう!!」

 と、話が盛り上がっていた時だった。注意力が散漫になったはるかは横から歩いてきた人物と衝突した。

「「きゃあ!」」

 ぶつかった衝撃で転倒しそうになったはるかを咄嗟にクラレンスが受け止める。

「だいじょうぶですか、はるかさん!?」

「はい……ありがとうございますクラレンスさん」

 クラレンスに感謝するとともに、彼女は直ぐにぶつかった相手の事を気遣った。相手は自分と同い年くらいの少女で、尻もちを突いていた。

「あの、立てますか? すみませんよそ見してましたね……」

「いえ。いいんです。私こそ不注意で……あれ?」

「ハヒ?」

 互いに声を掛け合ったとき、二人はきょとんとした顔で見つめ合う。やがて、ぶつかった相手の方から恐る恐るはるかに声をかけた。

「もしかして、はるかちゃん?」

 問いかける相手にはるかは見覚えがあった。十年前、毎日の様に同じ時間を過ごした友との記憶が蘇る。今よりもあどけなかった容姿だが確かにその面影を残していた。ツインテールに縛った紫に色づく艶やかな髪――はるかの脳裏に一人の少女の名前が浮かび上がる。

「そういうあなたは……京香ちゃんですか!?」

「やっぱりそうだ!」

「ハヒー! 久しぶりですね京香ちゃん!」

 思いがけない事が目の前で起こった。はるかがぶつかった相手は、小学校入学前に黒薔薇町から引っ越した幼稚園時代の親友――森京香だった。思いがけない出来事に狂喜乱舞する二人は、興奮鳴りやまぬ様子で再会を祝した。

 一方、蚊帳の外に置かれたクラレンスは少々困惑しながら、手を取り合い嬉々とした声をあげる二人を見合いながら恐る恐る尋ねる。

「あの……失礼ですが、はるかさんのお知り合いの方でしょうか?」

「クラレンスさん、この前見せたアルバムの子ですよ!」

「え!? この人が……!」

 記憶に新しいアルバム写真に載っていた幼いはるかと一緒に映っていた少女の事を思い出すクラレンス。吃驚する彼を見ながら、森京香は破顔一笑する。

「初めまして。森京香と申します――――どうぞお見知りおきを」

 

           *

 

黒薔薇町 喫茶ノワール

 

 再会を祝し、はるかは京香を連れて行きつけの喫茶店へと移動した。カフェテラスではるかと京香はクラレンスを交えて昔話に花を咲かせる。

「十年振りですねー、京香ちゃん。いつ黒薔薇町に戻ってきたんですか?」

「一昨日よ。パパとママの仕事の都合で日本全国を行脚してたんだけど、やっぱりこの町が一番落ち着くなぁ」

「京香さん、はるかさんとは幼稚園の頃の親友だったとお伺いしていますが……小さい頃のはるかさんはどんな感じでしたか?」

「く、クラレンスさん! そういうことはあんまり聞いてほしくないんですけど……」

 純粋な好奇心から京香に当時のはるかの事を尋ねるクラレンスだが、はるかからすればたまったものじゃない。一歩間違えれば、自分ですら忘れていた恥ずかしい思い出までも掘り起こされそうで怖かった。

 内心ドキドキしながら京香からの返事を待っていると、京香はにこにこと笑いながらクラレンスの問いに答える。

「そうだなー、今とほとんど変わらなかったですね。明るくて、優しくて、ときどき天然で。ほんと女の私から見てもかわいかったなー。あぁ、今もそうだけどね」

「京香ちゃん……人前で恥ずかしいですよー……」

 褒められている事は間違いないのだが、どうにも気恥ずかしい。はるかはすっかり赤面すると体をもじもじとさせて委縮する。

「フフフ。あ、そうそう。はるかちゃん、覚えてない? 昔さ、幼稚園の頃に二人でタイムカプセル埋めたでしょ?」

「あ、はい! もちろん覚えてます!! 懐かしいですねー、当時流行っていたグッズとか未来の自分に宛てた手紙なんかを一緒にいれましたよね?」

「でね。せっかくだからさ、今度一緒に掘りに行こうよ。たしか、くろばら公園の木の下に埋めたはずだから」

「はいッ! 是非とも行きましょう!」

 微笑ましい少女たちの会話を横で聞く傍ら、クラレンスは微笑を浮かべてから、もう一つ思い出したように京香に質問する。

「そういえば、これもはるかさんから伺ったのですが……京香さんのご自宅は『エデンの証人』だと?」

「あ、はい。そうなんですよ。私はいわゆる二世信者でして、両親の仕事というのも専ら布教活動なんです。小学校に上がってからは私もよく付き合わされて。あぁ、そうだ……よかったらこれどうぞ」

 そう言うと京香は、鞄にしまっていたあるものを取り出し二人へ手渡す。はるかたちが受け取ったのは京香が布教用に配布してる『エデンの証人』に関するパンフレットだった。

 受け取ったはるかは早速中身をパラパラとめくり、簡単に文面に目を通すと、おもむろに疑問に思った点を聞いた。

「えーっと京香ちゃん……この『新宇宙訳聖書(しんうちゅうやくせいしょ)』と言うのは何ですか?」

「簡単に言うと、私たちエデンの証人が信じる経典のこと。そこには私たちが信じるべき教えが書いていて、最終的な私たちの目的はいずれ来る世界の終末に備えて 全ての人々が救われる為に人々を楽園へと導くことなの」

「ハヒー 、なんだか壮大なお話ですね。はるかにはイマイチぴんと来ないですねー」

「しかしながら京香さん、こういっては何ですが……エデンの証人について巷ではあまりいい噂を聞きませんね。私もカトリックを信奉する身ですが、この世界の終末 に関しては些か懐疑的です」

 パンフレットに書かれた内容に胡散臭さを抱いたクラレンスが何の気なく発したその言葉は京香の表情を忽ち曇らせた。とても悲しそうに眼を細め、今にも双眸から涙が決壊しそうな彼女を見るなり、はるかはクラレンスを窘める。

「クラレンスさん! ダメですよ、そんなこと言っちゃ!」

「あぁ! も、申し訳ございません! 私の失言です。あなたに不快な思いをさせてしまいました」

 深く頭を垂らし反省の意を表すクラレンス。しばらくして、京香は取り繕った笑みを浮かべてから返事を返す。

「いいんです……仕方がないことなんです。これまで全国を回ってきましたが、どこへ行っても人々の反応は等しく冷たかった。嫌な顔や否定的な反応をされるのにはもう慣れっこだから。それでも、私は一人でも多くの人に世界の真実を伝えてあげたいと思ってる」

「京香ちゃん……」

「ごめんねはるかちゃん。せっかくの再会の席でこんな辛気臭い話しちゃって」

「いいえ! 京香ちゃんは何も悪くありません。はるかの方こそ、あんまり知らなくてごめんなさい」

「元はと言えば私の短慮でした。この度は本当に申し訳ありません」

 はるかとクラレンスは自らの無知を恥じ、二人そろって京香へと謝罪した。

 これは京香としても予想外の出来事だった。当惑しながらも、内心感じる温かい気持ちを自覚した彼女は平謝りする二人に呼びかける。

「二人とも頭を上げて。私は幸せだよ。あなたたちのような優しい人がエデンの証人(私たち)について理解と共感を示してくれて。できることなら、二人みたいな人がもっとこの世界にいてくれたらいいのに――――」

 心の底から京香はそう願うとともに、いずれ必ず実現して見せるという強い決意を抱くのだった。

 

 その日の夜。コンビニ帰り、ラプラスは帰宅がてらに缶チューハイを空けて晩酌を堪能する。

「ぷっは~~~。さっすが味とコスパ最強のヨントリーね! さーて、早く帰って冷蔵庫で冷やしてるキュウリ漬けをつまみにドラマでも観よう~っと」

 と、そのとき。能天気に歩いていたラプラスの周囲から唐突に濃い目の霧が立ち込める。その霧はテミスを誘った時と同様のものだった。

「なに? なんで急に霧が出てきたわけ?」

 まるで意味が分からないとばかりにラプラスは困惑する。

 やがて、霧の中からゆっくりと人らしき影が一歩ずつラプラスの元へと近づき歩み寄ってきた。

 人影は得体の知れないものへの恐怖を抱え、立ち尽くすラプラスに視線を合わせるや――おもむろに言葉を投げかける。

「……あなた……あなたの心に……悪魔が憑りついています……」

「は、はぁ? 誰なのよあんた!?」

「……このままでは……楽園への扉は開かれません……でも安心して……私があなたを救済する……あなたから邪悪な悪魔を追い出してあげる……」

 ラプラスにとっては意味不明な言葉でしかなかった。だが、声の主は彼女の心情などまるでお構いなくその距離をぐっと縮めていき、そして――

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 テミス同様にラプラスに想像を絶するほどの恐怖感情を植え付けるのだった。

 

           ◇

 

黒薔薇町 十六夜家

 

 翌日、朔夜から呼び出しを受けたリリス達が十六夜家を訪れると、そこには信じ難い光景が広がっていた。

「こ……これは一体……」

「信じられません……!」

「あのぐうたらで、わがままで、破天荒なご婦人が……家事をこなしているだと!?」

 まるで夢を見ているような思いに駆られる。ラプラスが率先して家の家事をかたっぱしからこなしていた。普段の彼女を知る者からすれば常軌を逸しており、主である朔夜に至っては貧血を起こす始末だった。

 何がどうなっているかリリスは困惑しがちに朔夜に説明を求める。

「サっ君……これはどういうことなの?」

「昨日コンビニから帰宅してからどうにも様子がおかしかったんだが、今朝起きたらオレよりも先に朝食を作り、しかも掃除や洗濯もこなしていた」

 鼻歌を歌い、楽しそうに掃除機をかけるその姿は一見すると理想的な専業主婦の姿に思えてならない。だが、リリス達からすればそれは本当の意味でのラプラスとはかけ離れた別の生き物のように思えてならなかった。

「ラプラスさん、何か悪いものでも食べたんでしょうか?」

「それとも我々が見ている光景自体が既に夢なんでしょうか?」

 すると、クラレンスの発言を受けて試しにリリスは隣に立っていたはるかの頬を強めに抓ってみた。

「イタタタタタタタ!! って、何するんですかリリスちゃん!?」

 当然夢ではない為、はるかは本気で痛がり声を荒らげる。

「……どうやら夢じゃない様ね」

「そういうのは自分ので確かめてくださいよ!!」

「しかし、テミス氏の事と言い……ご婦人の事と言い……我々の身の回りで何が起こっているというのだ? これも教会の策略なのか……」

 と、そのとき。掃除を終えたラプラスがニコニコとした表情で朔夜へと話しかけてきた。

「サー君。今晩のお夕飯のおかずなんだけど、トルティーヤなんてどうかしら? 私が腕に縒りをかけて作っちゃうわよー♪」

 聞いた瞬間、朔夜ばかりかその場に居合わせた全員がぞっとした。

 今迄に聞いたことのない朔夜への呼称の仕方もそうだが、まるで息子に手料理を振るうのを生きがいとする普通のお母さんの如く振る舞いをするラプラスに全員身の毛もよだつ思いに駆られた。

 

 数時間後、十六夜家を後にしたはるかとクラレンスはテミスとラプラスの変貌ぶりに未だ心の整理が出来ていない中、今後どう接していくべきか真剣に悩んでいた。

「クラレンスさん……本当にどうしましょうか?」

「たしかに、あの変わりようは異常かもしれませんが……それでも私たちの仲間である事に変わりありません」

「そうですよね……クラレンスさんの言う通りです。どんなに変わってしまっても、テミスさんはテミスさん。ラプラスさんはラプラスさんです。いつも通りに接していればいいですよね!」

 今まで数々の苦難を乗り越え、固い絆を結んできた仲間である事実に変わりはない。彼女たちが元に戻るまで信じて待つ事もまた必要であると、はるかとクラレンスは悟った。

「よろしくお願いしまーす。どうか、パンフレットだけでもいかがですか……」

 すると、前方を歩いていた二人の目につい最近見たばかりの人物の姿が映る。エデンの証人として布教活動にいそしむ森京香が街頭で一人立ち尽くし、道行く人に声をかけていた。

「「京香ちゃん(さん)!」」

 二人が同時に声を発すると、京香もまたはるかたちの存在に気づき、声をかけた。

「あら、はるかちゃん。クラレンスさん。こんにちは」

 おもむろに歩み寄ってきたはるか達に京香は破顔一笑する。

「京香ちゃん、ここでパンフレット配ってたんですか?」

「ええ。でも見ての通り全然もらってくれなくて……」

 自重した笑みを浮かべながら、山積みの段ボールに入った大量のパンフレットに目を配る。

「でも、私はくじけないわ。一人でも多くの人が楽園へ向かえるように努力するの。あ、そうだ! はるかちゃん、ちょっとすぐそこまで付き合ってもらえないかな?」

「はい、もちろんいいですけど……急にどうしたんですか?」

「どうしても二人きりで話したい事があるの。だから悪いんだけど、クラレンスさんには席を外してもらえませんか?」

 

 同じ頃、リリスはベルーダの元で所用を済ませてからレイが運転するレンタカーで移動していた。

「リリス様。ニート博士は今回の一件についてなんと?」

「情報が足りないから何とも言えないみたいだけど……彼曰く、地球規模でのエントロピーの増大が関係しているんじゃないかって」

「エントロピーの増大、ですか?」

 エントロピー、日常会話で使う事のない単語である事は間違いなかった。それが果たしてどのような結果をもたらすのか理解し難い中、ふと窓の外を覗いたとき――リリスの目にはるかの姿が飛び込んだ。

「はるか? それにあの子は……」

 親友であるはるかが見知らぬ少女と 一緒に歩いていた。いつも一緒にいるはずのクラレンスがいないのもそうだが、リリスは本能的に彼女の隣を歩いていた見知らぬ少女――森京香という存在に違和感を抱いた。

(なに……この感じ……すごく嫌な予感がする……はるかの身が危ないような……!)

 それは本能から来るシグナルだった。研ぎ澄まされたリリスの神経がはるかの身の危険を察知するや、即座に行動に移す。

「レイ! 直ぐにUターンして、裏路地に入りなさい!」

「裏路地、ですか!? しかし、そんなところに一体何が――」

「いいから早くしなさい!! このままだとはるかの身が危ないのよ!!」

 

           *

 

黒薔薇町郊外 工場跡地

 

 二人きりで話がしたいという京香たっての希望で人気のない場所へとやってきたはるかだが、何だか様子がおかしいと事に気づき始めた。

「あの……京香ちゃん、こんな場所で何の話があるんですか?」

 おもむろに尋ねるはるか。すると、京香は先ほどまでとは異なる雰囲気を醸し出しながらゆっくりと声を発した。

「はるかちゃん……私、知ってるんだ」

「ハヒ? 何をですか?」

「私が引っ越した後にさ、はるかちゃん……悪魔の女の子と仲良くなったでしょ?」

「っ!!」

 唐突に自分とリリスの交友関係に触れて来たと思えば、京香はリリスが人間ではない事にも鋭く言及。はるかは何故京香がその事実を知っているのかと言う恐怖に駆られながら、彼女の言葉を聞き続ける。

「知ってる、はるかちゃん……エデンの証人ではね、スポーツをしたり国歌 や校歌を歌ったりすることは禁止なの。あと恋愛もご法度。どうしてだか分かる?  スポーツは競争ごとだし、国歌 や校歌を歌うのは偶像崇拝に当たる行為なの。そして、恋愛も同じ……その根本にあるのは悪魔の誘惑。私たちは楽園に行く為に、あらゆる悪魔の誘惑から避ける必要があるの」

 先ほどにも増して不気味で恐ろしい雰囲気を纏いながら、京香ははるかの目を見ながら淡々と宗教上の戒律を伝え続ける。

「京香……ちゃん……あなたは……」

「はるかちゃん……私は悲しいよ。あなたの様な善良な人が悪魔の子と仲良くなるなんて……でも安心して……あなたの心に潜んだ悪魔は……この私が追い出してあげるから……」

 刹那、辺り一帯に濃い霧が立ち込める。同時に京香の身体からピキピキという不気味な音が聞こえた。やがてその物音とともにはるかの目の前で京香は凶悪な姿へと変貌を遂げる。

 全身がパープルカラーで異様に細い腕と鋭利な爪を持つ四本足の魔物。外観の禍々しさはクリーチャーの特徴を捉えていながら、身体のどこにもそれを決定づける獣の数字「666」の刻印が施されていない。

「京香ちゃん……どうして……」

 目の前で起こっている出来事に思考が停止するはるか。

 驚愕と恐怖によって全身の筋肉が硬直し、その場から足を動かす事が出来ない彼女に向かって、悍(おぞ)ましき魔物が牙を剥く。

『悪魔ノ手先ヨ ……消エロォォォオオオ』

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

「はるかぁぁ!」

 魔物がはるかへ飛び掛かった瞬間、間一髪のところでリリスが割り込み敵の攻撃から紙一重ではるかを護った。

「リリスちゃん!」

「何とか間に合ったようね。怪我はない、はるか?」

「はるかは大丈夫ですが……京香ちゃんが……!」

 そう言いながら、再び魔物の姿へ変わり果てた森京香の方へ目を向ける。

『悪魔ヨ……ワタシガ葬リ去ル……』

 最早人間であったとは微塵も感じさせない姿。ゆえに見ていて実に痛々しいものがあった。はるかは目の前の現実から思わず目を背けたくなった。

 すると、そんなはるかの肩を強く握りしめながら、リリスは彼女と面と向き合い活を入れる。

「現実を直視しなさい! ああなってしまった理由は私にもわからない。でも、ここで戦わないといけないの。あなたが彼女の親友だというのなら、あなたが彼女を救わないで どうするの!? プリキュアであるあなたが!」

「!」

 聞いた瞬間、リリスの言葉ではるかは目を見開いた。同時に自分が何者であるかという事を思い出した。

「そうでした……はるかはプリキュアです。京香ちゃんの親友であるとともに、はるかは……この世界を救うために戦っているんです」

 森京香の友人であるとともに、世界を守る為に戦う伝説の戦士――それを再認識するとともに、はるかは戦いへの決意を固め、凛とした眼差しで目の前の敵と向き合う。

「リリス様ぁー、お待たせしましたー!」

「はるかさーん、だいじょうぶですか!?」

 ここでクラレンスを呼びに行っていたレイが二人と合流した。それと同時にはるかはリリスに声をかける。

「いきますよ、リリスちゃん!」

「ええ」

 

「ダークネスパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!!」

「独善滅ぼす暗黒の力! キュアベリアル!」

「紅に染まる明星の魔女! キュアウィッチ!」

 結成当時の事をふと思い出しながら、ベリアルとウィッチは久しぶりの二人同時変身を果たし、二人だけの口上を済ます。

「偽りの善幸を根絶やし!」

「邪な悪行を断罪する黒き力!」

「我ら、悪魔と魔女のコラボレーション!!」

「「『ディアブロスプリキュア』!!」」

 

『消エロォォ!! 悪魔ガァァ!!』

 ドスの利いた声をあげた途端、魔物は顎が外れるほど大きく開かれた口から紅色の破壊光線を放つ。

「「キャアアアアアアアアアア」」

「「ぐあああああああ」」

 あまりにも桁違いな威力だった。破壊光線が放たれた射線の地面は大きく抉れ、ベリアル達はたった一撃でありながら満身創痍と化す。

「こ、こんなバカな事が……この力は異常よ……!」

『悪魔ハ一匹残ラズ根絶ヤス!!』

 すると、魔物は咆哮を上げた直後に鋭い爪をまるで鞭の様に細く長く伸ばし、倒れたベリアルとレイの身体を拘束する。

「しまっ……きゃあああああああああ!」

「うわああああああああ!」

「リリスちゃん!」

「レイさん!」

 拘束されたベリアルとレイ。身動きを奪われた二人を見ながら、魔物は徐々に力を入れながら彼らへの負荷を強くしていく。

「「ぐあああああああああああああ」」

「京香ちゃん、やめてください! 京香ちゃん!!」

 涙ながらに訴えかけるウィッチだが、そのとき――魔物化する前の森京香の声がウィッチの頭に直接響いてきた。

(あなたがいけないのよ、はるかちゃん。あなたが悪魔なんかと仲良くなんかするから……)

 まるで悪魔と仲良くしている自分を責め立てるような言葉だった。

 確かに、キュアベリアルは悪魔である。それは今さら逃れようがない事実だ。しかしだからと言って慙愧の念を抱くかと言うとそうではない。ウィッチはあのとき――ひとりぼっちだった少女に声をかけた事を今でも後悔はしていないし、こうして彼女とプリキュア活動をしている事を今では誇りにすら思っている。だからこそ、嘗ての親友が今の親友を傷つける行為を看過する事は出来なかった。

「もう……やめてください!!」

 ウィッチは声を荒らげると、ヴァルキリアリングを装備し、ヴァルキリアモードへと変身。クラレンスは魔宝剣ヴァルキリアソードとなって彼女の手の中に収まる。

「はる……か……」

 声を発する事すらままならないベリアル。段々と視界がぼやける中、魔物に対し剣を突き付けるウィッチの姿を辛うじて捉える。

(どうして……はるかちゃんは私の邪魔をするの? 私は自分の理念に従っているだけなのに、どうしてわかってくれないの!?)

 再びウィッチの脳裏に直接聞こえてくる京香の声。彼女の心の訴えかけに、ウィッチは一度目をつむると、静かに自分の考えを口にした。

「――……京香ちゃんの理念はとても素晴らしい事だとは思います。でもその為に、はるかの大切な友だちを傷つけるのを容認する事はできません!」

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 ウィッチの言葉を聞いた直後に発せられた魔物の咆哮は一際胸が張り裂けそうな、悲哀を感じられた。

 怒り狂った魔物が繰り出す破壊光線。その乱射を掻い潜り、ウィッチは高速移動で懐へと飛び込み、拘束されたベリアルとレイを手持ちの剣で救い出す。

「はああああああ」

 二人を救い出すことに成功した後、直ちにウィッチは魔物との激しい接近戦を展開。魔物は傷つくことすら恐れず懸命に立ち向かうワルキューレの騎士の気迫に怖れを成しながら、必死の抵抗を続ける。

 一方のウィッチもまた、魔物と剣を交えるたびに内心では複雑な感情が渦巻いてくる。なぜ自分は戦っているのか……。なぜ親友である筈の相手を傷つけるような事をしなくてはならないのか……。

 考えれば考えるだけ、彼女の心は強く締め付けられる。気が付くと、ウィッチの双眸からは止め処ない涙が溢れていた。

(どうして……どうしてこうなっちゃったんですか……本当は京香ちゃんと戦いたくなんかないのに……)

 戦いたくない。だが、戦わないと自分の身が危うくなるばかりか、ベリアル達ですら守ることが出来ない。如何ともしがたいジレンマに苦しみながら剣を振るい続けるウィッチだが、次第にその勢いに陰りが見え始めた。

 そして、彼女は不意に剣を振るうのをやめた。いや――これ以上戦う事がつらくなったのだ。攻撃の手をやめたウィッチは小刻みに体を震わせながら、切実な思いを口にする。

「……んで……なんでこんな悲しい事になっちゃったんですか……なんで私は京香ちゃんと戦っているんですか!?」

 昂る感情。少女は嘆く――嘗ての親友が人外の魔物と化し、その魔物と繰り広げる命のやり取りがあまりにも辛く、苦しかった。

 ベリアルはレイの治療を受ける傍ら、あまりにも背負い難い重荷をたった一人で背負ってしまった少女の苦しみを理解する。伝説の戦士と言えど、まだ十四歳の少女にはあまりにも酷な話だった。

「京香ちゃん、もうはるかは戦いたくなんかありません!! こんな悲しいだけの戦いなんてはるかは望んでいません!!」

 しかし、そんなウィッチの思いとは裏腹に魔物は未だ闘争心を消しておらず、執拗にウィッチとの雌雄を決する事に拘泥した。

『ワタシヲ殺スカ、ワタシガソナタヲ殺スカ……勝負ハ一瞬……決着ヲ付ケル!』

 そう言うと、あろうことか魔物はウィッチを直接狙わず――治癒途中であるベリアルの方へと接近していった。

「リリス様!!」

「そんな!!」

 咄嗟の出来事にベリアルもレイも即座に対処が出来ない。万事休す――そう思った時だった。

 魔物の鋭い牙と爪が向けられた瞬間、目の前に高速移動してきたウィッチ。その手に持った剣の切っ先が魔物の心臓へと突き立てられた。

「ダメですぅぅぅぅ!! 」

 

 グサ―― 。

 突き立てられたヴァルキリアセイバーの切っ先が魔物の左胸を貫通。

 ウィッチは自身が下した行動に驚愕し、言葉を無くす。ベリアルとレイもその一部始終を目撃し沈黙した。

 しばらくして、立ち込めていた霧が晴れると同時に雨が降り始めた。身体に当たる冷たい雨粒に打たれながら、胸元を貫かれ、沈黙していた魔物が弱々しい声を発した。

『…………はるかちゃん……ありがとう……』

「……えっ」

 紛れも無くそれは京香の声だった。そのうえ、彼女は自らの胸を貫いたウィッチの行動に感謝の意を表した。この事にウィッチは酷く驚いた。

 やがて、京香はほとんど上がらなくなった腕を必死に伸ばすと、ウィッチの背中におもむろに手を乗せた。

『……はるかちゃん……ひどい目に遭わせてごめんなさい……本当はね……私には理念らしい理念なんてなかった……ぜんぶ……両親や周りに押し付けられただけだった……私は今の今まで自分で何かを決めた事なんてなかった……いえ、それをしようともしなかった……』

「……き……京香ちゃん……私は……」

 剣の柄の部分に生々しい血だまりが出来る。ウィッチの手が小刻みに震える中、京香は残り少ない命の炎を燃やして、言葉を発し続ける。

『でも……きょう……ようやく私は自分で自分の運命を決める事ができた……はるかちゃん、あなたのお陰でね』

「京香ちゃん……」

 なぜ、自分が感謝されるのだろう。なぜ、こんなにも満足そうなのだろう。まるで意味が分からない。

 しばらくして、魔物化した京香の肉体が粒子崩壊を始める。茫然自失のウィッチに、京香は消滅間際に満面の笑みを浮かべる。

『最後の最後 であなたに会えて、救ってもらえて良かった……ありがとう……わたしの大切なともだち……私の心は安心して……あなたに預けて行け……る…… 』

 それが、京香が親友へと伝えた最後の言葉だった。メッセージを伝えた直後、彼女の肉体と精神は完全に消滅し、粒子となって天へと昇って行った。

 

           ◇

 

黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館

 

 森京香の消滅後、テミスとラプラスの身に起きた症状はすっかり消え、元通りの性格へと戻った。その理由についてリリスがベルーダに尋ねると、事の真相について彼は衝撃の事実とともに推測した。

「調べたところ、森京香は一年前に交通事故で他界していた」

「え」

 耳を疑う様な話だった。先日はるかとクラレンスが出会った彼女は既に亡くなっていたという事実を簡単に受け入れるはずもなかった。ベルーダは彼女が亡くなった経緯についてリリスに説明した。

「……事故当初、トラックと衝突し重傷を負った彼女は直ぐに病院へ搬送された。医師の診断に基づき、すぐにでも輸血を行えば助かる可能性は大いにあった。だが、彼女の両親がそれを拒んだ」

「輸血を拒んだ? どういう事なのそれ?」

「彼女の両親がエデンの証人だった事が理由じゃ。エデンの証人では、神より授かった肉体に他人の血を入れる行為は厳禁とされておる。過去に同じような事案が起きて、遺族に無断で輸血を行った医師が訴えられ最高裁まで争われたという判例もあるくらいじゃ。戒律は命よりも尊い……少なくとも、そう考えている信者は多数おる。ワシには到底理解できぬ話じゃがな」

「だとしたら、私やはるかが出会ったあの少女は何だって言うの? まさか幽霊とかっていうんじゃないでしょうね!?」

 合理主義である彼女からすればあまりにも荒唐無稽な話だった。死んだ人間の魂がこの世に未練を残して生き返ったなど、決してあってはならない事だ。

「……あれはおそらく、彼女の霊魂が周囲のエントロピーを蓄積させた事で変貌した姿なんじゃろう。エントロピーはクリーチャーのエネルギー源じゃ。厳密には彼女はクリーチャーとは言えんが、それに類推する存在……〝イミテーション〟 とでも呼称するか。とにかく、エントロピーの増大は時として生物の肉体をも作り変えてしまうのじゃ」

「信じられないわ! 死者の魂がこの世に留まり続けた事も、それが私の大切な親友を襲ったという事もね!」

「イミテーション……森京香には生前から確固たる理念があったのじゃろう。悪魔を決して許さない。それが彼女の意志とは無関係に長年刷り込まれたものであっても」

「理念ですって? ふざけるんじゃないわよって言いたくなるわ。自身の理念の為に他人の倫理を侵したら、それはもう理念なんかじゃない。ただの独り善がりって言うのよ」

 きっぱりとそう断言すると、リリスは到底納得できない結果に背を向けるように、踵を返してベルーダの元を後にした。

 

           *

 

黒薔薇町 くろばら公園

 

 本当ならば京香と一緒に来るはずだった公園に一人で向かい、はるかは彼女と掘り起こす予定だったタイムカプセルを掘り起こす。

 木の下に埋められたアルミ製の箱。土を払って中に入っていた物を確かめる。

 中には京香との思い出の品が入っていた。幼稚園時代に一緒に作った折り紙やビーズアート、当時お気に入りだったキーホルダーなど。その中で、彼女が見つけ出したのは京香が残した手紙だった。

 花柄の便箋には拙いながらも一生懸命に綴った文字でこう書かれていた。

『わたしのしょうらいのゆめは、だいすきなはるかちゃんといっしょにかみさまのくににいくことです』

「京香ちゃん……」

 手紙を読み終えた時、はるかは再びあの時の光景を思い出す。魔物と化した京香が死に際に自分に言い残した言葉を――

 

 

『最後の最後 であなたに会えて、救ってもらえて良かった』

『私の心は安心して……あなたにあずけて行け……る…… 』

 

「うぅぅぅぅ……」

 気が付いたとき、はるかは手紙を抱えながら止めどない涙を流していた。そして胸中自分が犯した罪の重さに苦しんだ。

(違う。違う、私はお礼を言われるようなことは何ひとつしてない。本当は京香ちゃんと戦うのが恐ろしかった。ただ 救いたかった。なのに私は……私が救ったのは他でもない、私自身だ。醜い……醜い)

 既に親友が死んでいたなどと言う事実を知らなくても、自らの剣で親友の命を奪ったという事実は決して拭えない。

 自責の念に捕らわれるはるかに、クラレンスが後ろからそっと声をかける。

「はるかさん……」

「クラレンスさん、私にプリキュアの資格などありません。友達一人救えなかった私には人を救う事なんて出来ません」

 良心の呵責からそのように訴えかけるはるか。そんな主の言葉を聞いた後、クラレンスはおもむろに後ろから優しく抱擁する。

「あなたのしたことは間違ってなんていません。現に私はあなたのその優しさに救われたんです」

「うぅぅぅううう……」

「人は二度死ぬといいます。一度目は肉体が滅びたとき。二度目は人から忘れられたとき。はるかさん……彼女はあなたに心を預けたと言った。あなたが彼女の事を忘れない限り、彼女はずっと生き続けます。それは、とても幸せな最期だと私は思います」

「うああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 




次回予告

テ「またまたあいつがやってくる!! 人の心を蝕む死神のようなあいつが!!」
は「テレビ局を襲撃した根源破滅教団とは!? そして、その教祖と春人さんの因縁とは何か……!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『破滅の交響曲(シンフォニー)!悪魔の種、芽吹く時!』」
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