最終章「黙示録獣復活編」では、これまでに散りばめて来た伏線の改修を行うとともに敵組織の真の目的が明朗となります。
そして、今回と次回でははるかの最強強化形態が披露されますのでご期待ください。
異世界 洗礼教会本部
世界バプテスマ計画の成就――これを推し進めんとするホセアと、彼の元に集まった五人の同志。
コヘレト、ダスク、ラッセル、カルヴァドス、アパシーが見守る中、ホセアはステンドグラスに描かれた父なる神を人の姿に模った画を凝視し、やがておもむろに口を開き語り始めた。
「……父なる神、主はこの世に万物を創造した。主は唯一絶対の存在でありながら、弱者には愛と慈しみを与えた。その結果、弱者たる者――すなわち人間は蛆虫の如くこの世に蔓延(はびこ)り、彼(か)の恩恵すらも忘れ、しまいには『神は死んだ』などという傲慢な言葉さえも宣(のたま)った」
「たしか、フリードリヒ・ニーチェ……とか言う哲学者が言ったんだったな。そのセリフ」
ダスクがうろ覚えの知識を引き出し、ホセアの言葉に便乗する。
後ろへと振り返り、ホセアは改めて同志達を見つめると、軽く錫杖を小突いた。
「地上を人間共の好きにさせる事は極めて危険である。このままではエントロピーの増大は避けられない。そう判断した故に、天使達は自らが育んできた人間を律するべくより直接的な介入を始めた。当然それを快く思わなかったのが堕天使と悪魔だ。思惑は違えど、三大勢力は如何にして人間を取りこむかに躍起になった。その結果、三大勢力は激しく衝突し滅ぼし合った。挙句、今では人間に依存しなければ存続自体が危ういという皮肉を抱え得るに至った……これがかつて勃発した大戦の真相である」
「つまり元々は人間の暴走を止めようとして、逆に自分たちが戦争する羽目になって数を減らしちゃったわけね」
「要するにただのバカ丸出しって事っすね!!」
「ボクが言うのもなんですが、哀れなものですねー」
人間を取り込もうとした事で戦争が起こり、いたずらに数だけを減らしてしまった悪魔と天使、堕天使の三大勢力。やがてそれぞれの種は人間という自分達よりも劣る存在に頼らなければ種の存続すら危うくなった。これを皮肉と言わずとして何と言うのかと、カルヴァドスは思った。
「三大勢力の力が弱まったのは戦争だけが直接の原因ではない。その最中、次元の彼方より現れた一匹のドラゴンがいた。それがカオス・エンペラー・ドラゴン――すべての生態系を超越した神にも等しい力を持つとされた存在である」
新約聖書の中で唯一預言書的性格を持つ書『ヨハネの黙示録』。その十二章及び十三章に記される【黙示録の獣】――その記述にはこう描写されている。
〝また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた〟
決して空想の産物などではなかった。確かに人々はその目で見た事を克明に記録していた。天の彼方より現れた魁偉(かいい)なる獣。それこそが世界を震撼させ、三大勢力の戦争すら中断させた史上最恐最悪なる存在――カオス・エンペラー・ドラゴンであった事を。
「カオス・エンペラー・ドラゴン復活の暁には天界、地上世界、冥界を始めとするあらゆる世界から光が途絶え滅びる事になるだろう。生きとし生けるすべての命を破壊の洗礼によって浄化する。それこそが【世界バプテスマ計画】の神髄。カオス・エンペラー・ドラゴン復活には未だエントロピーが十分に満ち足りておらぬ」
「ではプリースト、我が配下に復活に必要なエントロピーを集めさせましょう……」
ホセアの野望を叶える為、フードを目深にかぶり、顔を隠したクリーチャー・アパシーが静かに唱える。
すると、ギギギ……。という音を立てて礼拝堂へと続く扉が開かれ、何者かがおもむろに入って来た。
現れたのは教会直属の暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】の首領であるアパシーの命を受けた彼の部下だった。
クリーチャーとして生まれながらの巨躯、それ故に裡に秘めたる怪力は神の密使(アンガロス)随一。巌(いわお)の様なごつごつとした身体と、手には大地や炎、電気、磁力などのエネルギーを操る身の丈ほどのグレイブ【ティターン】を装備している。
アパシーは歩み寄ってきた部下をフード越しに見つめ、静かに端的な命令を発する。
「伝説の巨人カブラカンの末裔たるクリーチャー・カタルシス……カオス・エンペラー・ドラゴン復活の為に、速やかに人間界へ赴きエントロピーを献上せよ」
「御意。このカタルシス、参る――」
力の籠った骨太い声を発すると、持っていたグレイブの柄頭で地面を叩いた。その際、足下には大きな亀裂が走った。
*
黒薔薇町 悪原家
十二月二十二日の正午過ぎ。
春人を除くディアブロスプリキュアのメンバーは学校が休みである事から、リリス宅へ一堂に会し、談笑を交えながらの昼食を摂っていた。無論、今回も朔夜自慢のフルコースがテーブルに並ぶ。
「あん……ん~~~このパエリアも美味しいです!」
口に含んだ瞬間幸福感に満ち溢れるはるかは、率直な感想を漏らすとともに淡いピンク色の幸せオーラを発する。
「どれをとっても一級品なサっ君の料理。あぁどうしよう、美味しいからつい食べ過ぎちゃってこのままだと私太っちゃう!」
「大丈夫だよリリス。太りにくいように食材を厳選している。それにちょっと太っても、オレはリリスを嫌いにならないよ」
「もう~~~サっ君のイジワル! でも……うれしい?」
「よかったわね、リリス。私はもう特別何もツッコまないから安心しなさい」
惚気具合も相変わらずだ。当初こんなやりとりを見る度に呆れの感情が湧いていたテミスも、今では平然と受け流せるようにまでなっていた。いや、これはある種の防衛本能なのかもしれないが。
「まぁ何でもいいけどさ。とにかく早く食べなきゃ冷めちゃうわよ!」
色気よりも食い気と言わんばかりに、ラプラスは並べられた料理を次から次へと口へと運んで行く。女性の振る舞いとしてはあまり好ましく無い貪る様な食い気を見て、当然困惑する者や不快に感じる者がいた。クラレンスと朔夜である。
「あのラプラスさん、何もそんなにがっつく必要はないかと思うんですが……」
「お前にはもう少し気品というものを持ってもらいたいものだな、ラプラス。少しはリリスやテミスを見習え」
「何言ってるのよ朔夜、あたしだって持ってるわよ気品のひとつやふたつ! そうでしょうレイ?」
「…………」
ラプラスから質問を振られたにも関わらず、レイからの返事は無かった。それどころか、彼は周りからの声にも一切反応しないし、折角の料理すらほとんど手を付けず沈黙を貫いている。
「レイ?」
「どうしたのよ、ぼーっとして」
「え……。ああ、いえ。なんでもありません。ごちそうさまです」
リリスから声をかけられた事で我に返ったレイ。そして、彼女や周りに気を遣うかの如く自分は先に食事を終え、皿を片付ける。終わると彼はその足で家の外へと向かったのだった。
「どうしたのかしたらあいつ?」
「何か思い詰めた感じにも見えましたけど……」
「大したことじゃないわよ。気にせず食事を続けましょう」
と、リリスは言うが内心実は不安だった。
根源破滅教団との戦いの後から、レイの様子がおかしかったのは熟知しているし、何かにつけてリリスの事を避けているのも気がかりだった。
彼の身に何があったのかはわからないが、リリスにはまるでレイが自分から離れどこか遠くへと行ってしまうかのような――そんな不安がずっと拭えなかった。
一方で、リリスたちを避けるかの様に家を出たレイはというと――
「…………」
深刻そうな表情を浮かべながら、誰も通っていない路地をひとり歩きながら思考する。根源破滅教団によってNCBビルがジャックされたあのとき、戦いの最中カルヴァドスが言って来た言葉の意味について。
――『ボクには視えるんだよ、主とそのパートナーとの【契約の糸】が。君とリリスちゃんにはそれがない』
――『契約自体が存在しない以上、君は使い魔でもなんでもないんだ』
――『そんなに理由を知りたかったら、あのベルーダって人に聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃない?』
(もしあの言葉が本当だとしたら……私はどこの何者なのだ? リリス様の使い魔でないのなら、私はどこから来てどこへ向かえばいい)
自問自答するが、自分では答えを見つけられそうにない。
思い悩んだ末に彼は決意する。そして、彼はその足取りである場所へ向かうのだった。
*
東京都 千代田区 とある雑居ビル
世間がクリスマスモード一色に染まりつつある中、大抵の人間は来る十二月二十五日を待ちわびている今日この頃――警視庁公安部特別分室に所属する現職の警察官及びオブザーバーである神林春人は重要な会合に出席していた。
「これまで続けてきた地道な調査活動と後援者の情報提供によって、テロ組織【洗礼教会】の組織的輪郭がようやく明らかとなってきた。先日のNCB占拠事件では我が息子である春人とディアブロスプリキュアの活躍によって死刑囚・若王子素十九とそのシンパによる凶行を最小限に食い止めることが出来た」
「さすがは春人君。やはり君はこの国の最後の砦だ」
周りの大人たちは一様に春人の働きを正当に評価し称賛の声をかける。これに対し、春人は謙遜しながら率直な言葉を述べる。
「今回の一件は僕だけの力では解決する事は出来ませんでした。あのとき、キュアウィッチ……天城はるかという最も人の心の機微に聡い少女が傍にいなければ、僕はいまごろ敵の術中に落ちていた事でしょう」
若王子への復讐心に駆られ、冷静な判断能力を欠いた事で敵の罠に陥り、最悪自滅する可能性すらあった今回の事件。それを解決できたのは春人個人の力だけではなく、他でもない仲間の協力――現場に居合わせていた天城はるかの存在を決して蔑ろにする事など出来るはずがない。ディアブロスプリキュアと接触する以前、迷宮入りの難事件の数々をたった一人で解決してきたかつての春人であれば、このような考えに至らなかっただろう。もっと傲慢で独りよがりな一面が垣間見えたに違いない。そんな彼を変えたのは紛れも無くプリキュアと言う名の少女達に他ならないのである。
息子の心境の変化を間近で感じるとともに、著しい精神の成長を遂げた春人を敬三は誇らしげに感じ口元を緩める。
やがて、軽く咳払いをしてから議事の進行継続を周りに告げる。
「さて、話を元に戻そう。どうやら我々が思っている以上に洗礼教会とはタチが悪い秘密結社である事が分かった。彼らは彼らの言う『平和』の実現の為には手段を選ばない。何しろ、彼奴等(きゃつら)に賛同しているシンパがシンパだからな」
そう言うと、敬三は部屋のカーテンを全て閉めてから中央のスクリーンにある映像を公開する。
映し出されたのは上層組織である【ゼロ】から提供された極秘資料。過去半年間に渡る調査の末に発覚した洗礼教会に与するテロリストの一覧が網羅されたブラックリスト。リストの面子を見た瞬間、居合わせたメンバーは驚愕の表情を浮かべる。
驚きかえるメンバーを見据えた敬三は、今一度咳払いをしてから真剣な眼差しで説明を行う。
「洗礼教会の理念に賛同した極左暴力集団に始まり、海外を拠点に秘密に活動する旧日本赤軍や権力者といった連中からたくさんの情報や送金、そして技術供与まで受けて洗礼教会は近年急速に成長を遂げてきた。悪は成長するとさらに強力な悪を呼び込む。洗礼教会の場合、それは強大な権力者。不採用に終わった防衛企業、そして危険な脳科学者と言った具合にな」
「まさにテロリストの巣窟ですね。なぜこれほど危険な連中が今まで情報に出てこなかったんでしょうか?」
「しかもこの情報を見る限り、洗礼教会が持っている装備は我々警察組織が持っている最新鋭を軽く凌駕しています!」
「過剰な制圧活動で公安からマークされていた者……ロシア経由で朝鮮半島に武器を横流ししていた者……まるで、テロリストの見本市の如く全ての危険分子が洗礼教会に結集しているかのようだ」
かつてこのような事態を誰が想定しただろうか。日本警察の中で国家の治安維持に関わる筈の公安ですらつい最近まで全くノーマークだった宗教結社が持つ異常な組織力、軍事力に戦慄を抱く。
一方、実際にリリスたちと前線に出て教会が放つ刺客と幾度となく戦ってきた春人もまた表向き平静を装っていたが、内心自分の見立て以上に危険なテロ集団と化している洗礼教会への分析を見誤っていた事に怒りを感じていた。
「諸君、我が対策課の後援者にして最大の後ろ盾である大河内財団会長こと……ベルーダ氏より伺った情報によると、我々が最も警戒すべき人物が一人いる。それがこの男だ」
周りに呼びかけた敬三はパソコンを操作し、スクリーンに最重要人物の顔写真を大きく公開した。
全員が固唾を飲んで凝視する人物――アルバと呼ばれるカトリック教会に見られる聖職者特有の祭服という出で立ちに身を包んだ壮年の男だった。
「名をホセア。洗礼教会の大司祭を務めるこの男こそ、すべての巨悪の根源だ。だがこの男の素性は未だ謎に包まれている。その中で確実に分かっているのは二つだけ。奴が活動資金を募る為に『サクラメント・ファンド』なる架空の財団を組織し、鉄鋼・造船・運輸と世界経済の三分の一を牛耳っているという事。そして――――」
言いながら、敬三は再び映像を切り替えある資料を提示する。資料映像を見た瞬間、居合わせたメンバー全員が目を疑った。
「こ、こんなバカな……」
「あり得ない!」
「父さん、何かの冗談ではないんだよね?」
春人も本気で諧謔(かいぎゃく)であってほしいと願いたかった。だが、敬三が見せたリアクションは実に渋い表情で言い淀むというものだった。
「私も信じ難いとは思う。だが、事実だ……」
まるで悪い夢でも見ているかの様に、敬三は自らが提示した情報を今一度目で見返してみた。スクリーンには過去地球上で描かれたあらゆる時代の絵画や壁画などの情報がランダムに映し出されていた。その中で特筆すべきは、紀元前にまで遡った古代エジプトの壁画から数百年前のヨーロッパの風景画に至るまで共通して一人の人物が映し出されているという事実。絵のタッチなどによって多少の差異はあるものの、紛れも無くホセアという男がしっかりと描かれていた。
メンバー全員が異様なものを目撃し言葉すら失う中、敬三は意を決して彼らに説明を加える。
「……少なくともホセアという男は、古代エジプト時代から今に至るまで悠久の時を生き続けている!」
*
同時刻――
黒薔薇町 中心部
ゴゴゴーン!!
平穏な日常を打ち破るが如く、天空より降り注ぐ霹靂(へきれき)。
亜空間より地上へと降り立ったのは、クリーチャー随一の巨躯と怪力を秘めたアパシーの部下、カタルシスだ。
「怪物だぁー!!」
「きゃああああああああ!!」
カタルシスの姿に人々はおぞましさを覚え、戦慄き悲鳴を上げる。
無事地上へ降り立ったカタルシスは、身の丈ほどのグレイブ【ティターン】を持ちながら逃げ惑う者、息を潜める人々に力強く宣言する。
「我が名はクリーチャー、カタルシス! 洗礼教会の命により、これより地上世界における洗礼の執行を開始する」
そう言うと、天上目掛けてティターンの切っ先を突き付けるように掲げた。
直後、切っ先より放たれた目映い閃光は空を駆けながら街中の電気と言う電気を次々と奪い去っていく。それに伴い、閃光は奪った電気エネルギーを蓄積させながら巨大な光球の姿へと変わり始めた。
「待ちなさい!」
そのとき。街の異変を察知したベリアルたちと、対策課からセキュリティキーパーが現場へ駆けつける。
「そこまでよ!!」
「クリーチャー! 性懲りも無く何をするつもりだ?」
「……――光球が地上の電気を食らう。雷(いかずち)の力が溜まった時、光球は地上へと落ち、そのすべてを滅ぼすだろう」
「何ですって!?」
怖気も走る話にハッとした表情を浮かべるベリアルたち。これまでのクリーチャーのような狂気に駆られた虐殺行動より、ずっと効率的であり性質が悪い話だ。
やがて、カタルシスの頭上に浮かんでいた光球は次の電気エネルギーを求めて自らの意志でその場を離れて行った。
「安心しろ。事は一瞬。痛みも何も感じない」
「ふざけたこと言ってるんじゃないわよ!」
「洗礼教会の好きになどさせはしない!」
正義感を秘めた目でカタルシスに投げかけた朔夜は、バスターシールドからバスターソードを引き抜き、真っ先に斬りかかった。
「でやあああああああ」
カキン――。目の前から振るわれた剣を見るなり、カタルシスは左手を突き出した際に目に見えないバリアを発生させ剣閃を弾いた。攻撃を防御された朔夜は、バリアの反動もあって後退する。
「歯向かうのならば、止むを得ん――」
覚悟を決め、カタルシスはティターンを水平方向に構え――地面を強く蹴って前に出る。
「でやああああああ」
刹那。グレイブによる鋭い攻撃がベリアルたち全員の体へと向けられた。
「「「「「ぐあああああ」」」」」
凄まじい一撃だった。ただの斬撃に加え、刃先には電気エネルギーが帯びていた。瞬く間に大ダメージを受けたベリアルたちはその場から吹っ飛ばされると地面に激しく体を打ちつけられた。
「いたたた……」
「な、なんなのあの強力な攻撃は!?」
「無益な殺生は好きではない――――邪魔をするな」
低い声でそう口にすると、カタルシスはディアブロスプリキュアの前から忽然と姿を消してしまった。
「ハヒ? 殺生は嫌い? あのクリーチャーさん……」
「何が無益は殺生は好きじゃないだ?!」
「クリーチャーのくせに、嘘ばかりついてるんじゃないわよ!」
どこか違和感を抱くウィッチだったが、直後にクラレンスが怖い顔を浮かべながら立ち上がりカタルシスの言動に怒りを露にする。これに触発されたラプラスも自らの怒りをぶちまけた。
「でも、あのクリーチャー……一体どこへ行っちゃったんでしょう!?」
「光球が落ちる前に奴を止めないと!」
「みんな、手分けしてあのカタルシスって奴を捜すわよ!」
そう思ってカタルシスを探しに出ようとした時だった。
「ところで……君の使い魔が居ないんじゃないのかい? 悪原リリス」
「え」
セキュリティキーパーからそのような指摘を受け周りを見渡すベリアル。すると、いつも隣にいて当たり前だったレイの姿がどこにもないという事実に、彼女は今更ながら気づかされた。
「あっ!! 誰かひとりいないと思ったら……レイの奴は何やってんのよ!?」
*
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
時同じくして、謎の天才科学者ベルーダは四六時中研究室に籠ったまま世界各地で次々と起こる異常事態について黙々と情報収集していた。
「極地でしか見られない筈のオーロラがヨーロッパの各地で発生……千年余り活動の予兆すらなかった休火山が突然の噴火……そして、エルニーニョとラニーニャ現象が短いスパンで交互に繰り返されておる。紛れも無くこれは嘗てないほどにエントロピーが増大している事の裏付けじゃ」
嘗てない地球規模での異変に険しい表情を浮かべるとともに彼は自宅のベランダから身を乗り出す。じっと虚空を見つめる傍ら、彼はひとり憂慮する。
(地上にすら、禍々しい空気が流れ込んできている。地上界だけではない。天界、冥界、すべてが共鳴し合い黙示録の獣――カオス・エンペラー・ドラゴンの復活に震え戦いている……)
ちょうどそのとき、カタルシスの放った例の光球が偶然ベルーダの家の近くを通りかかった。しかし、彼はその事に対し何の反応も示さない。そればかりか、まるで無関心と言わんばかりに自らの思考だけに意識が傾いている。
(ホセア……主の為そうとしているのがアレを蘇らせる事なのだとすれば、それは正気の沙汰ではないぞ)
「ニート博士!!」
すると、不意に声をかけられた。ベランダの下を覗き込めばレイの姿が見えた。
どこか決意の様なものが籠った表情をこちらへと向けている。レイはベルーダ邸の敷居をまたぐと家主の断りなく中へと入ってきた。
ベランダ越しに天を仰ぎ見るばかりのベルーダを些か不審がちに思ったが、この際気に留めない事にした。
ベランダへとやってくると、レイはベルーダを背中越しに真剣な眼差しで凝視する。対するベルーダは嘆息してから背中越しに話しかける。
「……上がっても良い、と言った覚えはないのじゃがな。このままでは不法侵入になるのう~。いくら気心知れた関係とは言え、基本的な礼節ぐらいは弁えてほしいものじゃな」
「あなたに大事な話がある――――」
軽い冗談にすら歯牙にもかけないレイの言動に違和感を覚えた。おもむろに振り返ったベルーダへレイは意を決して尋ねる。
「私は…………私はどこの何者なのだ?」
*
黒薔薇町 黒薔薇高台
カタルシスは静かに時を待っていた。放たれた光球が極限まで電気エネルギーを蓄え、街を一瞬のうちに焦土と化すその瞬間を。
彼はいたずらに生き物を甚振り、苦しめせる性分ではなかった。ゆえに彼は光球が戻ってくる時まで丘の上から街を見下ろす事で時間を過ごす。
「クゥ~ン……」
すると、カタルシスの元へ一匹の子犬が近付いて来た。
「ん?」
尻尾を振りながら何かを求めて近づいてくる柴犬の子供。カタルシスがそれに興味を持ったのを、偶然にもキュアウィッチロッドに跨って空から彼を捜索していたウィッチが発見した。
「あ、いました!!」
早速皆に連絡を入れようと思ったが、
「…………」
なんだか気になって仕方ない。そこで一旦連絡するのを止めると、危険を承知で彼女はひとりでカタルシスの元へ接近する。
「お前……いったい何者だ? 一体何が目的なんだ?」
近付いて来た子犬とじゃれ合うクリーチャー。子犬はカタルシスの手をひたすら舐め続け、その行為に対し何を意図しての行動なのかが分からない彼はただただ戸惑うばかり。
「その子は子犬って言うんですよ」
背後から声をかけて来たのははるかだった。彼女は変身を解いた状態で恐れなくカタルシスへと近づいてくる。
「おまえは……プリキュアか!」
変身していなくても本能的に彼女がプリキュアであると悟った。思わず警戒心を抱くカタルシスだったが、それとは対照的にはるかは破顔一笑する。
「多分その子はですね、ん~~~と……おなかが空いてるんじゃないでしょうか!!」
言うと彼女はポケットの中を漁り始め、色々探し回ったのち、お目当ての物を見つけた。
「あ、ありました!」
はるかの手にはキャンディが握られていた。キャンディを手に子犬へと近付くと、彼女は子犬へと食べさせる。
「はいどうぞ♪ 子犬さん」
はるかがくれたキャンディを、子犬は匂いを嗅いだ直後美味しそうに食べ始めた。その子犬の姿を見て、カタルシスも合点がいった。
「そうか。栄養を補給したかったのか……」
「かわいいですね~~~♪」
子犬を抱き上げるはるか。すると彼女は持っている子犬をカタルシスへと手渡す。
「はい、どうぞ!」
「え、俺に……!?」
はるかの突拍子もない行動に思わず振り回されるカタルシス。困惑気味にはるかから渡された子犬をその手で抱きかかえてみた瞬間、
「あたたかい……」
子犬の体全体から伝わる熱がカタルシスの手から全身へと駆け巡る。
「それはそうですよ。だって生きてるんですから!」
「生きてる……」
「カタルシスさん、でしたっけ?」
はるかは立ち上がり、先入観の無い心でカタルシスを見る。
「あなたは洗礼教会のお仲間みたいですけど、実はいい人じゃないですか? 殺生は嫌いとか言ってましたし」
「何をバカな……俺はクリーチャーだぞ!」
「でもですね、動物好きに悪い人はいないと言いますし……」
一旦カタルシスに背を向けてから「それに……」と付け加え、はるかは再び振り返る。
「あなたは命の大切さを知っている、そうですよね?」
「命の……大切さ……?」
その言葉に大きな戸惑いを抱いた。
神ならざる者によって作られたクリーチャーであるカタルシスにとって「生きること」や「命」と言うのは、どこかピンとこない概念だった。
彼を見かねたはるかは笑みを浮かべてから、おもむろに手を差し伸べる。
「私は天城はるかって言います! よろしくです!」
「……その手は何だ?」
「握手ですよ、知らないんですか? 握手をすると、おともだちになれるんです! さ、カタルシスさんも手を出してください!」
ますますはるかのペースに乗せられている気がした。だが、不思議と断る気持ちも湧いてこなかった。それほどまでにクリーチャーでありながら純粋な存在であるカタルシスははるかの行為を無碍にせず、戸惑い気味に彼女が差し出した手に倣い自らも手を差し出そうとした。
「はるかさんっ!!」
しかし、突如として状況は一変する。
「貴様っ……はるかさんに何をした!!」
はるかの使い魔であるクラレンスが、カタルシスと一緒にいる彼女を見つけると、反射的に主を守ろうとカタルシスへ飛び蹴りを仕掛けたのだ。
「ぐあああ」
「カタルシスさん!」
傷つくカタルシスと目を疑うはるか。子犬は、驚いてその場から逃げてしまった。
*
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
「突然来て何を言い出すかと思えば……お主は火炎龍と双璧を成す蒼雷龍〝スプライト・ドラゴン〟の一体で、リリス嬢の使い魔じゃろ?」
ベルーダと面と向き合い自分の存在についてレイは問いかける。普段の彼とは明らかに雰囲気が異なる。
曇りなき眼でこちらを凝視する目の前の存在に、ベルーダは思わず尻込みしそうになり、つい嘘をついた。
「……あのはぐれ悪魔が言っていたのだ。私とリリス様には存在する筈の契約の糸がないと。言われた後、私は改めて気づいたのだ。私はいつリリス様と使い魔との契約を交わしたのか。あの方と初めて出会ったのはどんな時だったのか……クラレンスやご婦人、ピットが持っているはずの出会いの記憶が私には一切欠けている事に!!」
悲痛そうな顔を浮かべ言い続ける。聞いてる側のベルーダの顔が徐々に渋くなる中、レイは勢い良く迫り問い詰める。
「教えてくれニート博士!! 私とリリス様の関係を!! それを知っているのは、お主だけとカルヴァドスは言っていた!! 頼む!! 教えてくれ!!」
答えを知りたがるレイの必死の懇願にベルーダの取った行動は……――
*
同時刻――
黒薔薇町 黒薔薇高台
「クリーチャー……よくもはるかさんに!!」
はるかとカタルシスの前に現れたクラレンス。
強い怒りに満ちた形相を浮かべカタルシスを睨みつけるその様は、パートナーであるはるかを守るための防衛意識からくるものばかりではない。はるかと親しげに接している体を装うカタルシス個人への嫉妬心が混じっていた。
「クラレンスさん、違うんです!!」
自分に手を挙げたと勘違いするクラレンスを言い聞かせようとするはるか。しかし、彼女の言葉を無視して再び彼はカタルシスへ攻撃しようと前に出る。
カタルシスは防御姿勢を取るためティターンを構える。
「やめてください!!」
しかしそのとき、咄嗟にはるかがカタルシスを庇うようにクラレンスの前方に立ち塞がった。これにはクラレンス、カタルシス両者が困惑した。
「な、何のつもりですかはるかさん!?」
「おまえ……」
「クラレンスさんの誤解なんです、カタルシスさんは悪い人じゃありません!! だから攻撃を止めてください!!」
「しかし!! そいつはクリーチャーですよ!! この世界に混乱をもたらしている洗礼教会の刺客なんですよ!!」
「カタルシスさんとは分かり合えます! 勝手に決めつけないでください!!」
「いい加減にしてくださいはるかさん! どうか目を覚ましてください!! クリーチャーと分かり合えるはずがありません!!」
ここまで主張が食い違うとは思わなかったから、クラレンスも意地になって柄にもなく大声で目の前の主人を怒鳴りつける。
それでも尚はるかは一歩も引こうとする姿勢を崩さない。
「く……すみませんはるかさん、これはあなたの為なんです!」
そう言うとクラレンスは止む無く、力づくではるかを退かしてカタルシスへと攻撃を仕掛ける。
「クラレンスさん!!」
「うおおおおおおおおお!!」
「もう!! やめてって言ってるじゃないですか!!」
堪忍袋の緒が切れた。はるかは咄嗟にウィッチリングでキュアウィッチへと変身。クラレンスに対して魔法をかけた。
ツルっ――。
「うわあああ!!」
ドテン――!! 何もないところでクラレンスは足元を滑らせ盛大にひっくり返った。
「いてて……はるか……さん……!?」
まさか自分に魔法をかけてまでカタルシスを守るとは思いもしなかった。彼女の取った行動にクラレンスは開いた口が塞がらない。
そんな彼の前に立ち塞がるウィッチは肩で息をしながら、後ろのカタルシスへ言葉を投げかける。
「カタルシスさん! 悪い人じゃないってことを証明してください!」
「え」
「ですから、今すぐ破壊活動をやめてください!」
「何を!? 俺は洗礼教会のクリーチャー! そんな事をすれば俺は……!」
「そんなの関係ありません! だって、あなたは命の大切さを知っているじゃないですか!?」
「はるか……」
「死んじゃうんですよ……みんな死んじゃうんですよ。さっきのあの子犬さんだって……だからお願いです!!」
必死になって自らの熱い思いをぶつけ破壊活動の停止を希(こいねが)う少女の姿にカタルシスは口籠る。
躊躇するカタルシスを見かね、ウィッチの口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。
「だったら……先ずは私からやってください!」
「「な……!!」」
耳を疑う一言だった。聞いていたクラレンスとカタルシスは挙って目を見開いた。
「同じことですよね? そうですよね!?」
「それは……」
「やめてくださいはるかさん!! あなたがそんなことをする必要は……!!」
「クラレンスさんは黙っててください!!」
決して死の恐怖から逃げようとせず、異形の存在たるクリーチャーと面と向き合い説得を試みるウィッチ。その気丈にして先入観なくものを見る姿に、カタルシスの心はどよめいた。
言われてほどなく、ティターンをおもむろにウィッチの首筋へ持っていく。それに伴って、彼方より電気エネルギーを蓄えたあの光球が飛んできた。
覚悟のこもった瞳を浮かべるウィッチ。今こうして殺されるかもしれないという瀬戸際でありながら、彼女は毅然とした態度を取り続ける。
「洗礼執行――!!」
唱えると同時に武器を天高く掲げた。クラレンスが慌てて飛び出しカタルシスの凶行を止めに入ろうとした瞬間。
「解除っ!!」
刃先から放たれたエネルギー光波は頭上に浮かぶ光球へと当たり、瞬く間に消滅させた。クラレンスは唖然としながらカタルシスの行動に度肝を抜く。
「なに!? 本当に洗礼の執行を止めただと!?」
「カタルシスさん!」
カタルシスは天城はるかという少女の願いを聞き入れた。
彼女の見立てに狂いはなかった。攻撃を中止してくれた事、クリーチャーと心を通わせ分かり合う事が出来た――この二つの事実がこの上もなく嬉しかった。
ウィッチは満面の笑みを浮かべながらクラレンスの方へ振り返る。
「ほらクラレンスさん、やっぱりわかってくれましたよ!!」
「はるかさん……」
先入観を持たない彼女の行為が、カタルシスを改心させた。
クラレンスはパートナーでありながら先入観を持つがゆえに臆病となり、最後まで彼女を信じて上げられなかった。それだけじゃない。自分よりも巨躯で力も強いカタルシスという存在と親しくするウィッチを見て、本能的に彼女を盗られてしまうのではないかという嫉妬が、クラレンスの冷静な判断力を著しく鈍らせた。
その事をクラレンスは心の底から悔しく思った。
やがて、再び変身を解きカタルシスと打ち解け合うはるかに向かってクラレンスは自らの行動を猛省しながら土下座をする。
「はるかさん……本当に申し訳ございません!!」
「ハヒ!? クラレンスさん?」
「私としたことが……はるかさん、使い魔としてあなたを最後まで信じて上げられずそのクリーチャーに手を挙げてしまうという失態!! どうかお許しください!!」
今更懺悔をしたところで遅いのかもしれない。だが謝らずにはいられない。なぜなら自分はパートナーとの信頼を壊しかねない事をしてしまったのだから。
「クラレンスさん、頭を上げてください――」
地面に頭をこすりつけ必死で許しを請うていると、不意にはるかが優しく声をかけてきた。
慌てて顔を上げると、目の前の主人はいつも通りの優しい瞳でクラレンスを見つめ、かつ彼の頭を愛おしそうに撫でてきたのだ。
「もういいんですよ。分かってもらえれば」
「はるかさん……ありがとうございます!!」
最初からはるかはクラレンスを許すつもりだった。その慈愛溢れる行動にクラレンスの心は救われ、心に沸いた邪念はたちまち洗い流されていった。
(人間と使い魔の信頼関係……そうか、なぜ今まで気づかなかった。この世界にはこんなにも純粋で価値あるものがあるのだ)
二人の関係性を見ることで、カタルシスはこの世の中の価値を知る。
それまで世界どころか自分の存在にすら価値を見出せなかったクリーチャーは、天城はるかとその使い魔クラレンスの存在を目の当たりにしたことで、ようやくこの世の中で最も大切な価値とは何かを理解することが出来たのだ。
ドドドーン!
「ぐおおおおお!!」
唐突に、頭上から炎の矢がゲリラ豪雨の如く降ってきた。
カタルシスの全身は瞬く間に豪炎に包まれ勢いよく焼かれると、反射的にその場から走り出す。
「カタルシスさん!!」
「どこへ行くんだ!?」
穏やかでない事態に困惑しながら、はるかとクラレンスは直ぐに彼を追いかける。
「ううう……」
噴水が整備された近場の公園まで走ってくると、水辺を転げ回りながら全身を焼き焦がす炎をどうにかして消火する。
やがて、火傷を負ったカタルシスの前に現れたのは――今の彼が最も警戒すべき最強の刺客だった。
「血迷ったか? 我らが為すべき使命を失念し、脆弱なるこの地上の……プリキュア如きに焚きつけられ、己が目的を見失ったか。カタルシス……」
「アパシー……!」
謎多き洗礼教会の幹部にして、クリーチャーのみで構成された暗殺部隊【神の密使(アンガロス)】の頭目。彼は教会と神の密使(アンガロス)という組織を裏切り、あまつさえ泥を塗ったカタルシスを粛清する為、自ら地上へと降り立った。
隠された素顔からひしひしと伝わる殺意。カタルシスは思わず息を呑む。
対峙する二体のクリーチャー。ちょうどそこへ、はるかとクラレンスが到着する。
「カタルシスさん!!」
「あいつは……」
ただならぬ緊張が走る現場。
部下を抹殺しに現れたアパシーを前に、標的者となったカタルシスは自らの思いの丈をぶつける。
「俺には、俺にはこの世界は壊せない! やるべきことが見つかった……」
「やるべき事だと?」
「俺たちクリーチャーに個は無い。ただ命令に従い、神とその代行者に従属し続ける事こそが本懐。ずっとそう思っていた……だが俺はほんの少し、ほんの少しだがプリキュアの少女との触れ合いの中で分かった気がする」
言うと、カタルシスは持っているティターンを地面に叩きつけ、眼前のアパシーに対し語気強く宣言する。
「俺は守りたい!! この世界の生き物、そのすべての命を!! だから俺は神の密使(アンガロス)を……洗礼教会から離脱する!!」
「カタルシスさん……」
予想外の展開だった。だが同時にこの上もなく嬉しかった。近くで聞いていたはるかは感極まり涙を浮かべる。
「我らと袂を分かつ、そう言う事か……」
自ら教会を離脱するという意志を示したカタルシスの言葉を聞き、アパシーは取り立てて動揺することも怒りを表すこともしない。代わりに、右手に光の剣を携えカタルシスへと突きつける。元々彼を殺すつもりでいたアパシーにとって、今この瞬間を以って正当な大義名分が成立した。
「ならば話は早い。裏切り者は我が手で、粛清する――」
言うと、カタルシス目がけてアパシーが前に出た。
「カタルシスさん!!」
矢も楯もたまらず、はるかの心は今まさに最高潮に昂った。
「いきますよ、クラレンスさん!!」
「はい!!」
気が付くと、はるかとクラレンスは心の赴くままその場から飛び出していた。その後すぐさま、ウィッチリングとヴァルキリアリングを右中指に装着する。
「ウィッチクラフトパワー!! プリキュア、ブラッドチャージ!! からのヴァルキリアフォーム!!」
はるかがヴァルキリアフォームへと変身した途端、クラレンスは魔宝剣ヴァルキリアセイバーとなって彼女の右手に収まる。
ウィッチは即座にカタルシスの援護へ回った。
「はあああああ!!」
アパシーの凶刃を受け止め、反撃を試みる。しかし、アパシーはウィッチの攻撃を軽くいなしていく。
「邪魔だ……」
声を荒げることなく、アパシーは機械的なまでに目の前の障害物を排除する。
「きゃあああああ」
「はるか!!」
自分を守る為に傷ついた彼女の姿を見たカタルシスの心は震え上がった。
湧き上がるどうしようもない怒り――その矛先は必然的にアパシーへと向けられる。
「ふおおおおおおおおおおおお!!」
かつての上司に牙を剥いたカタルシス。
神の密使(アンガロス)の頭目を務めるアパシーの実力はクリーチャー随一。そんな相手に一対一で戦いを挑む事はほぼ自殺行為に等しい。それを重々承知の上で、カタルシスはアパシーと熾烈な戦いを繰り広げる。
「知っているはずだ。貴様では私には勝てぬ……」
「それでも、俺は死なない!」
「ならば貴様の命を以って、カオス・エンペラー・ドラゴン復活の礎となるがいい」
淡々と語り掛けるとともに、アパシーの冷酷無比な攻撃はなおも続けられる。
「カタルシスさん!!」
どうにかカタルシスを助けたいウィッチは、傷ついた体に鞭を打ち彼の援護へと回る。
ちょうどそのとき、事態を察知したリリスたちが現場へ駆けつけた。
「はるか!? それに……」
「何がどうなってるの?」
「クリーチャーが二体、しかも仲間同士で戦ってる!? 仲間割れか?」
「僕らが来る前に何があったんだ?」
事情を知らぬリリスたちを無視して、二体のクリーチャーと一人のプリキュアによる戦いは激しく続いた。
だが、アパシーとキュアウィッチの実力の差は極めて大きい。中距離戦においてイドラとも互角に渡り合った攻撃が全く通じない。そればかりか、逆にいなされ返り討ちに遭うのが関の山。
強さの質が異なるのだ。キュアウィッチは本来仲間の支援魔法を得意とするバックスメインの戦法が主だ。本人の性格も相まって積極的に前に出て戦う事も無ければ、相手を殺傷するという意志など皆無に等しい。
対するアパシーは冷酷無比なまでの戦闘のプロフェッショナル。私情を介在させずに行うその戦いは正に暗殺者の鑑と言っていい。ウィッチの様に相手を傷つけるという行為自体に恐怖や躊躇といった感情は持ち合わせていない。これが二人の間に存在する根本的とも言える大きな壁である。
「きゃあああああ!!」
イドラと同じクリーチャーとは思えない強さに終始圧倒され、ウィッチは相棒であるクラレンスともども満身創痍となり、リリスたちの前まで転がり込む。
「大丈夫ですか!?」
「しっかりしなさいよ!」
「なんとかしませんと……!」
ピットやラプラスに気遣われながら、ウィッチは焦燥の色を見せ始める。このままではカタルシスが斃されるのも時間の問題であると。
「ふん」
「ぐあああああああ」
ディアブロスプリキュアの総攻撃でさえ一度は退けたカタルシスだが、相手が悪すぎた。神の密使(アンガロス)が誇る最強のクリーチャーの前では手も足も出ない。追い詰められた彼をアパシーがフード越しに見据える。
「終わりだ……己が下した愚かな判断を死をもって贖(あがな)うがいい」
静かに淡泊に告げた直後、右手に持った光剣をおもむろに振り上げ、止めの一撃を放つ体勢へ移行した。
「そうはさせません!! クラレンスさん、力を貸してください!!」
〈了解です!〉
何とかカタルシスを救いたい。そう強く願った後、ウィッチは痛みで悲鳴を上げている体に鞭打つとともにクラレンスに呼びかける。
彼女は魔宝剣ヴァルキリアセイバーを手にしたまま、全身の魔力を剣先に集中させてから大声で唱える。
「キュアウィッチ・マジックワールド!」
刹那、アパシーの目の前で己の予定調和を狂わせる出来事が起こった。
唐突に目の前の空間がうねったと思えば、自分が立っている足元がトランポリンの様に弾み始め、自分の体を勢いよく弾き出そうとした。
「これは?」
突然の事態に反応が遅れてしまい、アパシーの体は魔法効果によって得られたバネの力によって弾かれ、その身を吹き飛ばされた。
間一髪のところでアパシーを退けることに成功したウィッチは、意表を突かれ呆然とするカタルシスの元へと駆け寄った。
「カタルシスさん、私と行きましょう!」
「はるか!!」
吃驚するカタルシスの手を握りしめ、傷ついた彼とともにウィッチはリリスたちの事すら目に入れず一目散に走り出した。
「ちょっと、はるか!」
「一体どこへ行くんだ!?」
立て続けに変化する状況に戸惑いを抱くリリスたち。自分達の制止を振り切って走り出したウィッチの後ろ姿を見つめながら、今後の動き方を話し合う。
「あぁ~もう! わけわかんないんだけど!」
「誰か状況を説明してくれないかい? あまりにも話が飛躍しすぎて僕でさえついていけないよ」
「私だってついていけてないわよ。でも困ったわね……状況を知りたくても、肝心の当事者があれじゃどうすることもできないわ」
「とにかく、今は一刻も早くはるか達を追いかけないと」
理由は後で聞けばいい。今はアパシーよりも先にウィッチとカタルシスへ追いつくのが先決である――そう判断したリリスたちは急いで追跡を開始する。
*
黒薔薇町郊外 ベルーダの洋館
「……何…………だと……」
キュアウィッチとカタルシスによる奇妙な逃走劇が今まさに繰り広げられていた頃、ベルーダの元を訪れたレイは自らの正体を聞かされ絶句した。
全身の力が抜け、両膝を突いたままただただ項垂れるばかりのレイ。そんな彼を上から見下ろしながらベルーダは哀れみとも軽蔑とも異なる如何ともしがたい表情を向け続ける。
「……なんじゃそのリアクションは? そんな絶妙に間を空けた台詞回しをされても、先ほど話した事実は覆らんぞ。それとも何か? ワシが久保師匠のファンだと錯覚していたのか?」
「はは……ははははははははは…………ハハハハハハハハハハハハハハハハ!! ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
気が付くと、レイは笑っていた。嗤っていた。張り詰めていた糸が切れた様に、胸に抱えていた蟠りが無くなった途端――笑うことしか出来なくなっていた。
それはさながら壊れた玩具の人形のように思えた。ベルーダは彼の心情を察しつつも敢えて余計な言葉は使わずじっと見つめていた。
しばらくして、レイがピタリと笑いを止めた。直後、自嘲した笑みを向けながら口を開いた。
「……やれやれ。こんなにも貴様に対して腹の立つことはない。〝事実は覆らない〟だと? それを示す明確な根拠が果たしてどこにあるというのだ? いや、たとえ有ったとしても断じてそのような事実を受け入れられるはずもない……あってはならぬことなのだ! だとしたら、私は何者なんだ?! なぁ、教えてくれニート博士っ!!」
昂り続けるレイの感情は最高潮に達した。ベルーダの胸倉を思い切り掴みかかり、力のある限り大声で彼は問う。
「私は……私は一体誰なんだぁぁぁああああああああ!!」
次回予告
ク「クリーチャー・カタルシスとともに逃亡を続ける私たち」
ピ「そのはるかさん達を追っている途中、リリスが出会ったのは意外な人物とは?」
は「カタルシスさん、あなたは何が遭っても私が必ず……!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『あなたを護ります!煌めくハイプリエステスフォーム!!』」