異世界 洗礼教会本部
カタルシスの謀反を知り、粛清の為に人間界へと出向いた神の密使首領のアパシーが教会を発ってから小一時間あまり。いつもならば既に仕事を終えて帰還している筈の彼がなかなか戻ってこない事をダスク達は不思議がっていた。
「アパシーの奴、遅いわねー。もうとっくの昔に仕事を片付けていてもいい頃だと思うのだけど」
「あいつがプリキュア如きに後れを取るとは到底思えねーんだがな。ただ世の中、何が起こるか分からないのも事実だ」
「どうしますホセア様? 俺かカルヴァドスで様子を見に行きましょうか?」
気を利かせてコヘレトが問いかけると、ホセアは「その必要は無い」と一言述べてから、おもむろに踵を返して礼拝堂の外へ歩き始めた。
皆が不思議に思う中、ホセアは歩みを決して止めることなく歩きざまに言い放つ。
「私が留守の間の番を任せる」
「まさか……ホセアさんが直接行くんじゃ?」
「どういう風の吹き回し? 何が狙いなの?」
普段滅多な事で外の世界へ出向くことのない彼が直々に動くという事が稀有であり、何かしらの意図が隠れている事は明白。ゆえにカルヴァドスやラッセルも気になって尋ねてしまう。
「――これは飽く迄も私の個人的な用事だ。だがそれゆえ、誰にも邪魔立てされるわけにはいかぬ」
外出の理由までは口外しなかった。ホセアは錫杖を突きながら礼拝堂を後にし、皆の前から立ち去った。
彼がいなくなった後、腑に落ちない様子のラッセルは率直な思いを上司であるダスクへと漏らした。
「あの男、ほんと何考えているのか分からないですわ。今さらだけど……なんであんな男の下に付こうなんて思ったんですか?」
「別に下に付いたつもりはねーよ。それに俺は奴の思想には共感しても、思考にまでは興味はねぇ。いいじゃねーか。単独行動のひとつやふたつ、許してやろうぜ。それこそ神様と同じく寛大な心でな」
ホセアが内心何を考え、何をしたいか等と言う事は重要ではない。ダスクにとって重要なのは世界バプテスマ計画の成就――ただそれだけであり、それ以外の事で同志である彼の行動を制約するつもりはなかった。
*
「クリーチャー」に〝個〟は無い。
神ならざるモノによって生み出された「クリーチャー」は〝独立独歩の存在ゆえ誰かの命令で動かない〟とされる。
だが、その解釈は正確には誤りだ。
「クリーチャー」は己という存在を秘匿する為、永いあいだ外界との接触を避け続けてきた。だが、永遠にそれを続ける事は現実的に不可能だった。
ふとしたきっかけで、好むと好まざるとに関わらず「クリーチャー」は世界との接触を余儀なくされた。そうするうちに「クリーチャー」同士もまた接触を行う機会が生まれ、そこで初めて己という〝個〟を認識するに至った。
だが、そうして〝個を確立できたクリーチャー〟は厳密には〝クリーチャー〟ではない。神ならざるモノが望んだのはクリーチャーに個を与える事ではないからだ。
クリーチャーが生み出されたのは他でもない。神ならざるモノが果たせなかった大いなる使命を代行できる手駒が必要だった――それ以上でもそれ以下でもない。
俺はこれまでこの世に生を受けてから、己自身の事について深く考えるなど一度も無かった。ただ言われるがまま主である見えざる神の手や大司祭殿の命令に従い、機械的に実行する。その生き方に疑問を持つなど考えもしなかった。
ゆえに他人を傷つけるという行為自体にも何も感じた事はなかった。障害となるものは相手に関係なく全て排除する。そうしなければ、主の意向が果たされない。
すなわち、我々の存在意義を自ら否定する事になりかねない。
少なくとも、今まではそれが常に正しいと感じて来た。否、正しいとか正しくないとかではない。クリーチャーである以上そのような意見を持つ事さえ許されない、そう思って生きて来た。
だが、それは間違いであった。俺はようやくその事実に気が付いた。
天城はるか。あの少女と出会い触れ合うことで――――
≡
黒薔薇町 森林地帯
アパシーの追撃から逃れるべく、ウィッチとクラレンスは負傷したカタルシスとともに森林地帯へと移動した。
大木の影に隠れ、ウィッチは魔法でカタルシスの治癒を行う。かたわらクラレンスがアパシーの姿が無い事を入念に確認する。
「どうやら追っては無い様です。ここまでくれば、ひとまず一安心かと……」
「カタルシスさん、大丈夫ですか?」
「ああ……問題ない」
ウィッチの治癒能力もあり、完全では無いにしろかなりのところまで回復することが出来た。
漸く一息吐けると安堵したウィッチは一度変身を解除。やがて大きく息を吐いてから、改めてアパシーの規格外な実力に脅威を抱く。
「それにしても、あのクリーチャー。とてつもなく強かったです。私の力が全く通じませんでした」
「はるかさん……申し訳ありません、私の力不足です」
互いに力不足を嘆く中、はるかとクラレンスを気遣ったカタルシスが語り掛ける。
「お前たちが悔やむことはない。アパシーは俺ですら真面にやって敵うかどうかという相手だ。そんなバケモノ相手に奮戦し、こうして俺を匿ってくれるはるかは本当に強い」
と言うカタルシスの率直な意見を聞き、どこかバツが悪い様子ではるかは自らの非力さを自虐する。
「強くなんかありません……はるかは、弱いです。いつだってそうです。私はここ一番と言うときに大切なものを守れなかった。京香ちゃんのときだって……」
思い起こされる一か月前の出来事。かつての親友であった森京香がクリーチャー擬きであるイミテーションと化した際、はるかは今の親友のリリスやその使い魔であるレイを助ける為とはいえ、彼女に手をかけた。その記憶が今も鮮明に頭の中に残っている。
悲痛な表情を浮かべ体を縮こませるはるかの姿にクラレンスは胸を締め付けられ、彼女を励まそうと必死だった。
「はるかさん……あれは仕方なかったんです! ああでもしなければリリスさんを助ける事は出来なかった。不可抗力だったんですよ!」
「でも! だからって、あんなことしていい理由にはなりません! 友達を助ける為に別の友達の命を犠牲にするなんて……私が弱かったから京香ちゃんは死んだんです!」
はるかは森京香と再会した時点で彼女が死んでいたという事実をリリスやベルーダからは聞かされていない。だが、たとえ聞かされていたとしても彼女の中の気持ちは変わらない。
〝人の命を殺める〟という罪を犯した自分が確かにいる。それが天城はるかの心を締め付け、重荷を背負わせている。
「はるか……」
カタルシスは出会った時には見せなかった心の闇を曝け出し、子ウサギの様に弱々しく項垂れるはるかを凝視する。
やがて、無意識にゴツゴツとした右手ではるかの頬に手を当てると、彼女の双眸から零れる涙をぬぐっていた。
「……っ!」
はるかがハッと我に返り、カタルシスの方へ振り向くなり彼は一言呟く。
「もう泣くな。詳しい事情は分からん。だからはるかの気持ちのすべてを受け止める事は出来ない。ただ、はるかが泣いていると俺も心が痛い……そんな気がする」
「カタルシスさん……」
人の感情に共感を示すクリーチャーなど今までいなかった。はるかの見立て通り、カタルシスとはそういう意味でも他とは異なる存在だった。
やがて、カタルシスの言葉ではるかは気が楽になる事が出来た。涙を拭うと、優しくしてくれた彼の顔を見つめながらゴツゴツとした手を強い力で握りしめる。
「――……ありがとうございます。ここから先は何が何でもはるかの命に替えてでもあなたを護ります。それがプリキュアとして、私が果たすべき使命ですから」
*
同時刻――
黒薔薇町 くろばら公園
カタルシスとともに姿を消したはるかとクラレンスを捜索していたリリス達。連絡を試みようと何度も彼女に電話するが、一向に連絡が付かない。
スマホから聞こえて来た『おかけになった電話は電波が届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』という電子音声にリリスは溜息を吐き、途方に暮れる。
「どうだった?」
「ダメ。電話にも出ないわ」
「あたしが送ったLINEも既読にすらなってないしね」
一切の連絡手段を絶ち、仲間からの支援を求めないはるか。彼女らしからぬ行動にリリスたちは頭を抱える。
「もう~、はるかったら……何処にいるのよ? 生意気にも魔法で探知妨害までかけちゃってるし……自分一人でどうにかできると思ってるの?」
「はるかさんもそうですが、レイさんもどこにいるんでしょうか?」
そう言うと、ピットは未だ姿を現さないでいるレイの事が気がかりになった。
「ったく! こんなときにアイツまでなんなの!? こういう時に何時もいる奴がいないと調子狂うじゃないのよ!」
「ラプラス、少し落ち着け。心配しなくてもレイなら大丈夫だ」
「別に心配なんてしてないし。あいつなんて居ても居なくてもそれこそどっちでもいいし!」
「やめろ! それ以上言うなよ。リリスの前だぞ」
ラプラスの不用意な発言に朔夜は厳しく糾弾した。我に返り横を見ると、リリスの表情がどことなく暗い感じに思えた。
流石に空気を読むべきだったとラプラスは反省し、即座にリリスに頭を垂れるとともに先ほどのレイに対する罵詈雑言を謝罪した。
「ごめんなさいリリスちゃん。別に深い意味はなくて……」
「いいんですラプラスさん。私は気にしてませんから」
悪気がなかった事くらいリリスは気付いていたし、ラプラスがそう思ってしまうのも無理はないと感じていた。だから、寛大な心で猛省するラプラスの言葉を受け止めそれ以上何も責めない事にした。
「とにかく、もう一度よく捜しましょう」
「虱潰しに町内を調べるのは時間と労力の無駄遣いに思えるけどね」
「でも、他に探す方法なんて……」
と、その時。リリスはふとした妙案を思いつき皆に提案する。
「そうだわ。あのクリーチャー……あいつの行く先を追えばいいんだわ!」
「たしか、アパシーって奴の事?」
「なるほど。敵の目的は仲間だったクリーチャーの抹殺。あいつの魔力を追えば、はるか達の元に辿り着ける!」
「それしか方法はない様だね」
リリスの提案に皆賛成の意向を示した。
「なら急ぐわよ。ぐずぐずしてたらあいつに二人とも――」
そう思った直後、思わぬ事態に見舞われた。
刹那――何の予兆も無く、リリス達の足元が突然真っ二つに裂け始めた。
「「「「「「うあああああああああ」」」」」」
大きく割れた地面の底へと重力に従い真っ逆さまに落下。暗黒に支配された地の底へ向かって六人はどこまで落ち続けていった。
*
真っ暗だった視界が徐々に光を取り戻していった。目が醒めると、リリスは見知らぬ地の天井、いや天窓を眺めていた。
「ここは……?」
白を基調とした西洋風の建造物と思しき場所に自分だけがいた。一緒に地割れに巻き込まれたテミス達の姿が見受けられない。
リリスは状況を整理する為、ひとまず建物の外へ出る事にした。コツコツという足音がしじまな空間に響き渡る。
しばらくして、外へ通じるアーチ形の出入り口を潜ると――リリスの目の前に不思議な空間が広がっていた。複雑に入り組んだ階段とギリシア風とヨーロッパ風の建築物が幾重にも連なり構築された街並みが存在した。その幻想的な景色にリリスは目を奪われそうになったが、どこか気味が悪いとも思った。
「なんなのここ……ギリシア風とヨーロッパ風の折衷……いや、どちらかと言えばヘレニズム調に近いかしら」
地球の文化圏については一通り網羅していた。リリスは本で得た知識から今見ている形式――それを織り成す造形物が東方遠征でヨーロッパの歴史に名を残すアレクサンドロス大王が統治していた時代に見られた「ヘレニズム文化」の影響を受けたものばかりであると推測する。
ひとまず、リリスはこの摩訶不思議な空間を散策するべく歩み出す。歩きながら、一緒にこの空間へ誘われた筈の朔夜たちの行方を探る。
「サっ君ー! テミスー! ラプラスさーん! みんなどこなのー?」
大声で辺り一帯に呼びかける。が、お目当ての相手からの返事はない。山彦の様に自分の発した声だけが遅れて後から返ってくるのみ。
すると、そのとき――リリスの前に奇妙な物陰が見えてきた。建物の中で人の様な姿をした何かが自転車の車輪の様な物を動かしながら走り回っていたのだ。
「ねぇ、ちょっと!」
すぐさま動き回る人物を追いかけるリリス。だがそのとき、建物の中に入った彼女を思いがけない相手が待ち受けていた。
『カオスピースフル!』
「なっ……」
唐突にカオスピースフルが現れた。驚愕し目を見開くリリス目掛けて、カオスピースフルが振り上げたモーニングスターを振り下ろす。
辛うじてモーニングスターの一撃を躱す事に成功した。リリスはすぐさま背中から悪魔の翼を生やし、カオスピースフルからの逃亡を図る。
『カオース!!』
敵前逃亡を決め込むリリスに業を煮やしたカオスピースフルがモーニングスター片手に追跡を開始する。リリスは極力エネルギーの消費を抑えるため、敢えて変身せず逃げる事だけに全神経を注ぐ事にした。
幾重にも張り巡る迷路の如く建物と建物の間を滑空する悪魔。それを執拗に追いかけるカオスピースフル。
数十分に及ぶ逃走劇の末、どうにかカオスピースフルを撒く事に成功した。リリスは敵が完全に自分を見失ったところを物陰で見届けると、安堵の溜息をもらす。
「ったく……なんなのよ」
思うところはたくさんあるが、今はとにかく仲間たちと合流し、この訳の分からない場所から一秒でも早く脱出するのが先決だ。賢明な判断でリリスは再び仲間達を捜索すべく移動を開始する。
移動を続けてからしばらくして、リリスは天を貫かんとばかりに高く聳える一際巨大な建造物に目が行った。やがて自然と彼女の足はその建物へと向かっていた。
程なく建物の中へ入る事が出来た。中を改めると、様々な精密機器で埋め尽くされた研究所の様な場所である事が分かった。
誰かに見つからない様に細心の注意を払うとともに興味本位で奥へ奥へと歩を進める。そして、ついに彼女は見てはいけないものを見てしまった。
「これって……」
想像を絶する光景にリリスは目を丸くする。保存用のカプセルがいくつも並び、中には特殊な薬品に浸った赤子の様なものが保管されていた。おぞましい狂気の沙汰を垣間見た気がしてならない彼女だったが、ふとそのとき――建物の外から音が聞こえて来た。
リリスの耳に入ってくるその音はハープを奏でる際に聞こえるものだった。何故そんな音色が聞こえて来たのか。不思議に思いながら、リリスは踵を返し研究所を後にするとハープの音色の方へ足を運ぶ。
外へ出ると、目の前に来たときは無かった筈の階段が出来ていた。階段は天高く向かって延びており、階段を上った先にはガゼボと呼ばれる西洋風東屋があった。
ガゼボから聞こえてくるハープの音色はまるでリリスを誘導するかの様だった。リリスは敵の罠だと内心感じつつも、恐る恐る階段を一歩ずつ上っていく。
やがて、全ての階段を上り切った先に待ち受けていたのは――ハープを奏でながらリリスに背を向ける男性だった。
リリスが到着したのと同時に男性はハープの演奏を停止。おもむろに閉ざされた口を開き語り掛ける。
「……何かお探しかね?」
「あなたがここの主催者かしら? このおかしな催し物について意見があるんだけど」
「残念ながら、君の意見は求めていないのだよ。悪原リリス……いや、キュアベリアルと言った方が良いか?」
自分の正体を看破する男の言葉にリリスの眉はピクっと動く。
「あなた……何者なの?」
その問いかけに男はおもむろに振り返る。そして不敵な笑みとともに、リリスに自らの名を告げる。
「私の名はホセア。洗礼教会の大司祭をしている」
*
黒薔薇町 森林地帯
リリスとホセアによる歴史的接触が今まさに行われている頃、はるかはクラレンスと一緒にカタルシスを連れて森の奥へと移動し続ける。
道中、クラレンスが追っ手のアパシーを警戒し後方に気を配る中、はるかは隣を歩くカタルシスの巨躯を見上げながら感心していた。
「それにしてもカタルシスさんって、ほんとに大きい体ですよねー」
「デカいのが俺の取り柄だからな」
どこか仲睦まじい光景に思えた。遠目から見守るクラレンスは、内心複雑な気持ちでいっぱいだった。
すると、不意にはるかがクラレンスの方へ振り返り彼の表情が強張っている事を不思議がった。
「クラレンスさん、どうかしたんですか? そんな怖い顔して」
「え……。あぁいえ、なんでもありませんよ」
「変なクラレンスさん」
無意識のうちに怖い顔になっていたクラレンスははるかに指摘されると、いつものように微笑を浮かべその場を取り繕った。
(何を考えているんだ私は……。この期に及んで、カタルシスがはるかさんを手にかけるなどある筈がないというのに。だが、胸の奥から沸き上がるこの気持ちは)
移動を続ける傍ら、クラレンスは胸の奥に閊えたカタルシスへの僅かな疑念と羨望、そして彼に対する自身の邪な感情に心揺らいでいた。
(認めたくない。だが、屈強な肉体を持ち、圧倒的な力を持つカタルシスに私は嫉妬している。なんて卑しいんだ)
非力な自分を呪い、自分に無い力を持つ者への強烈な憧憬。かつてクラレンスの中で湧きあがった事の無い感情だった。彼がこのような気持ちを抱くに至ったのは他でもない。パートナーであり、命の恩人でもあるはるかを純粋に護りたいと強く思うがゆえ。大切な女性(ひと)を傍で護りたいという一種の男心だった。
リリスに対して朔夜が抱く感情が今になってはっきりと分かった気がした。クラレンスもまた心の底からはるかの事を愛していたのだと。
「うわあああああ」
そのとき、考え事をしていたクラレンスは足元に生えていた木の枝に蹴躓き、盛大に転倒した。
「クラレンスさん! 大丈夫ですか!?」
慌ててはるかがクラレンスの元へ駆け寄る。クラレンスは転倒した際に顔面を思い切り水溜りへ付けていた。顔中を濡らしながら、心配そうに自分の事を見つめるはるかに謝罪する。
「いたたた……申し訳ありません、はるかさん」
「あちゃ~。きれいなお顔がびしょ濡れですよ。これで拭いてあげますね」
すかさずポケットにしまっていたハンカチを取り出したはるかは、クラレンスの顔を丁寧に拭いてあげた。
これにはクラレンスも思わず嬉し恥ずかしくなり、両頬を淡いピンクに染める。
「はるかさん……ありがとうございます」
「いえいえ。これぐらいいいんです」
不思議と先ほどまで抱いていた嫌な気持ちがクラレンスの心から消えていた。自然とはるかと一緒にいると笑顔になり、はるかもまたクラレンスに釣られて笑みを浮かべる。
そんな二人の様子を見ていたカタルシスはおもむろに近づき、率直な事を口にする。
「本当に仲が良いんだな。ふたりは」
「当然ですよ。はるかとクラレンスさんはパートナーですから! ですよね、クラレンスさん」
「はい! そのとおりです」
「そうか。いいものだな……パートナーとは」
今まで気付かなかった尊い感情に気付くことが出来た。それでだけでも、カタルシスははるかとクラレンスに出会えた価値は大きいと思った。
しかし、次の瞬間。カタルシスさんは異変を察知し目を見開いた。
刹那――頭上より金色を帯びた光の槍が雨の如くはるか達の元へと降り注ぐ。
突然の奇襲に驚愕する三人。しばらくすると、カタルシスを追って来たアパシーが森の中へと降りて来た。
「裏切者カタルシス。この俺から逃れられると思うなよ」
「アパシーっ!」
「大人しくその命を捧げるのだ」
執拗にカタルシスの命を奪おうとするアパシーの手には彼を仕留める為に用意された光剣が握りしめられている。
「そうはさせません! プリキュア、ブラッドチャージ!」
はるかが変身を遂げる直前、アパシーの右掌から放たれる無数の光弾。
瞬時にヴァルキリアフォームへとなったウィッチと後方のカタルシスはそれぞれの武器で怒涛の如く襲い掛かる攻撃を何とか捌こうとするが、その数と威力に圧倒される。
「なんて数の攻撃なんですか!?」
〈これではキリがありません!〉
「ふん」
直後、鋭い一撃がウィッチの手元へと向かった。
「きゃあああああ」
攻撃を受けた際、魔宝剣ヴァルキリアセイバーに変身していたクラレンスを手放してしまった。また、当たり所が悪くクラレンス自身も変身を強制的に解除された。
アパシーは間隙を突いて上空に光弾を打ち上げると、その光弾から標的を串刺しにして処刑する光の槍をクラレンス目掛けて放つ。
敵の攻撃に身構え怯んで動けないクラレンス。だがそのとき、巨大な物陰が彼に向けられる攻撃を庇った。
「ぐっは……」
声を聴いた瞬間、クラレンスとウィッチは驚愕した。アパシーの攻撃を受けたのは本来自分達が守るべき筈のカタルシスだった。
「カタルシスさんっ!」
傷つくカタルシスを見て、ウィッチが悲痛な叫びをあげる。カタルシスは満身創痍となるや両膝を突き、信じられない光景を目の当たりにして声を失うクラレンスを気遣いながら肩で息をする。
「カタルシスが……私を……庇った!?」
「愚かな。弱者を守る為に自ら的になるとは」
カタルシスの行為を愚かであると一蹴したアパシー。ウィッチがその言葉に発憤する中、彼は淡々とした様子で聞き手に光剣を握りしめる。
「止めだ」
「させるかぁぁ!」
斬りかかる直前、クラレンスが勢いよく飛び出した。アパシー目掛けて体当たりを仕掛け、何とかカタルシスを守ろうと躍起になる。
「雑魚は退いてろ」
しかし、彼の行動を不快に感じたアパシーは容赦なくクラレンスを退ける。
「クラレンスさん!」
カタルシスだけでなくクラレンスをも手にかける敵の凶行を何としてでも食い止めたい。そう思ったウィッチは「あなたの好きにはさせません!」と口にした瞬間、咄嗟に魔法を発動させ辺り一帯に土煙を巻き上げた。
土煙によって視界を奪われたアパシー。煙が晴れた時、先ほどまでいたはずのウィッチ達がカタルシスを連れて再び姿を消していた。
「くっ。この俺が二度も取り逃がすとは」
一度ならず二度の失敗。任務遂行を絶対とするアパシーの自尊心をどこまでも傷つけるキュアウィッチという存在に嘗てない憤りを抱き始めていた。
*
同時刻――
謎の幻想空間 天空のガゼボ
「あんたが……!」
思いがけない人物との出遭いに終始唖然とする。
ホセア――テミスから幾度となく聞いている洗礼教会の実質上のトップにして、十年に渡り追い続けてきた復讐の権化とも言うべき存在。その様な相手がこの場にて悪魔であるリリスとの接触を試みるという異例の事態。
未だ彼女の心は受けた衝撃の大きさゆえに整理が付いていない。そんな彼女を目の当たりにしながら、ホセアは彼女に自らの目的を告げる。
「ここに君を招いたのは他でもない。君と言う悪魔のことについて個人的に知りたいと思ったのだ。結果には満足している。君は実におもしろい悪魔だ。そして私の知る限り史上最凶最低最悪のプリキュアだ」
淡々と罵倒された瞬間、リリスは我に返り込み上げる怒りの感情を曝け出す。
「ふざけないでちょうだい! 人を実験用のモルモットみたいな感覚で見るんじゃないわよ! だいたい、他の皆はどこへやったのよ? サっ君やテミス達に何かしたんじゃないでしょうね!?」
「安心し給え。彼らに危害を加えるつもりはない。皆別の場所で待機させている――元より私の目的は飽く迄も君個人との対話だ」
「対話ですって? 一方的にこんなお化け屋敷みたいな場所に連れ込んでおいた身が寝言言ってるんじゃないわよ」
「ふむ……気に入ってもらえなかったか」
「敵のアジトで心安らげる者がいると思うの? あんなホルマリン漬けの趣味の悪い研究してる奴の場所でなんか特にね」
そう言いながら、リリスは先ほど実際に目撃した不気味な研究の事を話題に挙げてホセアの思想や言動と言ったものを厳しく糾弾する。
すると、ホセアもまた言い分があるらしくリリスによって悪趣味と一蹴された研究について弁明した。
「あれは『神の実験』だ。私はあれを一万年も続けてきたのだよ」
「あんた……人を馬鹿にするのもいい加減にしときなさいよ!」
あまりにも常識を欠いた発言にリリスは怒りを通り越して呆れさえも覚え始めた。しかしホセアは相も変わらず不敵な笑みを浮かべ、別の質問をしてきた。
「世界の終わりについて考えた事があるかね? 私は予言しよう。あと数日もしないうちに世界は滅びる」
「藪から棒に今度は何? 世界終末論? あんたってつくづく頭のネジが外れてるのね。悲しいわ。敵のボスがここまで重篤なパラノイアだったなんて……世界が終わるですって? 終わってるのはあんたの頭の方でしょうが」
痛烈なまでにホセアの言動を非難するリリス。ホセアはあらかじめこう言われるだろうと思っていたから、大して気に留めていない。逆にリリスに背中を向けて哀れみを込めて言葉を返す。
「残念だよ。君のその超常識的発想がね」
「御託はお腹いっぱいよ。とっとと此処から出しなさい!」
と、いい加減しびれを切らしたリリスは亜空間に拘束し続けるホセアに詰め寄ろうとした直後、ホセアはそれを軽くいなしてからガゼボから離れ中空に足を止めた。
「え!?」
思わず呆気にとられるリリス。ホセアは中空に浮かび持論を述べながら、彼女に問い質す。
「キュアベリアル。神の死とともに世界は分裂した。それによって長きに渡って保たれていた停滞の時が終わりを遂げた。これが何を意味するか解かるか?」
「それがどうしたというのよ!?」
「解らぬか? すなわち道が閉ざされたのだよ。恐怖無き世界への道が。人間界も、天界も、堕天使界も、そして冥界も一つの形に収まるべきだ。生と死は混じり合い一つになるべきだったのだ。さすれば、生と死は形を失わず、命あるすべてのものはこれから先も死の恐怖に怯える事はなくなるのだ。永遠に」
「回りくどいわね。結局あんたは何がしたい訳? 世界を壊したいの? それとも融合したいの?」
端的な回答を求めるリリスの苛立ちでさえも軽くいなすと、ホセアは冷笑してからその答えを口にする。
「空間・虚無。それはとどのつまり、神の意識に他ならない。私が目指す世界とはそういうものなのだよ」
言った瞬間、眩い光とともにリリスの視界からホセアと彼によって形作られた幻想空間が徐々に消滅――最終的に再び彼女の意識は現実の世界へと戻っていった。
*
黒薔薇町 黒薔薇高台
…………。
……リ……ス……。
……リリ……。
……リリス……。
――「リリス……リリス!」
「ん……」
目を覚ました時、リリスのことを心配している様子の朔夜やテミス達が目の前にいた。ホセアの言う通り彼は仲間たちに一切の危害を加えていなかった。
リリスは重い体を朔夜の助けを受けながらゆっくりと起こす。
「みんな……」
「良かった。無事みたいだね」
「大丈夫?」
辺りを見渡すと、そこは当初の公園とは異なる黒薔薇町を一望できる高台の上だった。ホセアは自分だけを亜空間へ誘った際、他のメンバーをこの場所へ転移させていた。
「あいつは? ホセアはどこ?」
「ホセアですって!?」
「まさか、洗礼教会のトップと会っていたと言うのかい?」
知らぬ間にホセアと接触していたリリスの発言に吃驚する朔夜達。リリスは数分前にリアルタイムで交わしたと思われる彼との対話を思い出す。
「どういう理由かは知らないけど、私に接触してきたことは間違いないわ。世界の終わりについてどうとか……厨二発言連発よ」
「そうか。その話は後々しよう。それより、はるか達の足取りがつかめたんだ。急ごう」
「うん……」
ホセアの事も気になるが、今ははるか達の方が最優先である。気持ちを切り変えると、リリスは早速仲間たちとともに親友の元へ急いだ。
*
同時刻――
黒薔薇町 森林地帯
咄嗟の機転でアパシーから逃れる事に成功したはるかは、クラレンスと傷ついたカタルシスを伴い森の奥を逃げ続けていた。
「カタルシスさん! しっかりしてください!」
「う……」
立っている事さえままならないカタルシスはその場に膝を突く。
その時、クラレンスは怪訝そうに先ほどカタルシスが自分に対して行った行動について問い正す。
「何故だ? なぜ私を庇ったんだ!?」
クラレンスには理解できなかった。仮にもクリーチャーである筈のカタルシスが、あの状況で弱い自分の事を守る必要が有ったのか。
「俺も……二人を真似てみたいと思った」
問われたカタルシスは乱れた呼吸を少しずつ整えながら、ゆっくりとそう口にする。彼の口から出た言葉を聞いた瞬間、はるかとクラレンスは目を見開いた。
「俺も……誰かを守りたい、誰かを支えてみたい……そう思ったんだ」
何と殊勝な心意気だろう。カタルシスの行為は正しくクラレンスが最も尊敬すべき神が人間に求めた行いのひとつ「献身」というものに他ならなかった。
こんな事がクリーチャーに出来るはずがない。クラレンスの中のカタルシスという存在は最早クリーチャーではなく、それを遥かに上回る高尚な存在へ昇華していた。
しばらくして、クラレンスは重い口を開くと認識を改めたカタルシスへ言葉を紡ぐ。
「私は……貴様がクリーチャーでありながら善良な心を持つ者だというくらいとっくに気づいていた。クリーチャーだからと言って、くだらない意地を張っていた自分が恥ずかしい。私こそ真の愚か者だ」
クリーチャーだからという偏見が視野と了見を狭めていたのだとクラレンスは気付いた。彼は潔く目の前のカタルシスへ深々と首を垂れる。
「本当に申し訳ありませんでした! カタルシス、あなたは私とはるかさんが責任をもって必ず護ってみせます! 今度は私にもあなたを支えさせてほしい。いや、支えさせてください!」
「クラレンスさん……」
ようやく本当の意味でクラレンスがカタルシスを認めてくれた。はるかはその事が何よりも嬉しく涙ぐんでしまう。
「はるかさん、やはりあなたは凄い方だ。私も心を決めました。一緒にこの危機を乗り切りましょう。カタルシスを私たちで支えましょう」
「はい! もちろんです! はるかはクラレンスさんと一緒にカタルシスさんを支えます。何が何でも護ります!」
「ありがとう……はるか、クラレンス」
二人の言葉を聞いたカタルシスは心が浄化される様だった。おもむろに立ち上がると、クラレンスに対しゴツゴツとした手を差し出した。
一瞬、きょとんとするクラレンスだったがカタルシスは不思議そうに尋ねる。
「知らないのか? 握手をすると友達になれるんだ」
それははるかが彼に教えた事だった。まさかクリーチャーからその様な言葉をもらうとは夢にも思っていなかったクラレンスだが、直ぐに笑みを浮かべ、彼の差し出した手を握り返した。
「もちろん、知っているとも!」
二人の友情が育まれた瞬間だった。これに触発されたはるかも嬉々として自分の手を二人の手の上に重ね合わせた。
「はるかもですよ!」
二度の逃亡を許し、気持ち的に若干の焦りを抱くアパシーは確実に敵を仕留めるべく空からの捜索を行っていた。
「カタルシスめ……どこへ消えた?」
と、そのとき。森の中を疾走する人影を捉えた。アパシーが目視で確認すると紛れも無くそれはヴァルキリアフォームとなって走り回るキュアウィッチだった。
「そこだ」
狙いを定め、アパシーはウィッチに光弾を放つ。
「きゃあああ」
着弾した瞬間、悲鳴を発したウィッチの体が蜃気楼の様に消失した。アパシーの奇襲を予期したカタルシスが前もって策を練り、ウィッチがそれに備えたのだ。
幻影だと知ったアパシーは本物のウィッチと彼女と行動を共にしているカタルシスを再び探す。すると、草陰に隠れていたウィッチ達が飛び出した。彼女と一緒に標的のカタルシスもいた。
「逃さんぞ」
逃げる標的を注意深く見定め、アパシーは光弾の乱れ撃ちを放つ。
相手に反撃する余裕などなかった。ウィッチもカタルシスも疲労困憊している為、これ以上敵にかかずらうメリットなど何処にも無い。
「その手負いの身で逃れられるか」
しかし、一度殺すと決めた以上アパシーにも暗殺者としての意地がある。容赦ない攻撃を繰り返し続けウィッチとカタルシスの体力を消耗させていった。
「「〈きゃああああ(ぐあああああ)〉」」
ついに、アパシーの牙が三人を捕らえた。最後の光弾による一撃を受けたウィッチとクラレンスは変身が解かれその場に転がった。
「二人とも!」
カタルシスが二人の身を案じていると、最恐の狩人たるクリーチャーがおもむろに歩み寄ってきた。
「ずいぶん手こずらせてくれた。だが、ここまでだ」
「くっ……」
最早逃げる事も隠れる事も出来ない。こうなった以上、カタルシスは覚悟を決めて二人を護ろうとする。
身の丈ほどの巨大なグレイブ『ティターン』の切っ先をアパシーに向け、カタルシスは決意の籠った瞳で口にする。
「この二人には指一本触れさせん! うおおおおおおおおお!」
ボロボロの体で実力では圧倒的に上であるアパシーにカタルシスは果敢に立ち向かう。その勇猛さはさながら弱者の為に巨悪に立ち向かう英雄の様だった。
しかし、カタルシスの奮闘も空しくアパシーとの差は歴然。手負いの身である彼を容赦ない攻撃でアパシーが痛めつけていく。
「ぐあああああ……ぐっ」
「一思いに殺してほしいか。だが、そうはいかん。貴様は俺の矜持を踏みにじった。その罪は重い。貴様には死の間際の苦痛を徹底的に叩き込んでやる」
キュアウィッチの妨害によって初回の任務達成率百パーセントだったアパシーの自尊心が崩壊した。そればかりか自我に目覚め、反旗を翻したカタルシスという存在が何よりも許し難く、気に食わなかった。
「がああああ! ぐああああ!」
次第にアパシーの力の前に追い詰められ、カタルシスの体には夥しい数の切り傷が生じていった。
「カタルシスさん……!!」
変身が解けたはるかは満身創痍の体に鞭打つと、生傷だらけとなったカタルシスの元へ近づく。
「大丈夫ですか!?」
「いけない……はるかは下がっているんだ!!」
無防備のはるかを死なせる訳にはいかない。彼女の身を案じ離れる様懇願するが、アパシーはカタルシス諸共裏切りの元凶たるはるかも等しく殺そうと、非情な剣を突き付ける。
「終わりだ……プリキュアとともに永遠の眠りに就かせてやる」
「カタルシスさんにこれ以上、指一本触れさせません!!」
変身が解けた状態にも関わらず、はるかは一歩たりとも退くことはしない。
それどころか、両手を広げ毅然とした態度でカタルシスを最後まで庇おうとする。
ちょうどその時、アパシーの魔力を追って現場へと駆け付けたリリス達が到着。だが着いた時には絶体絶命という窮地だった。
「はるかっ!!」
「マズいわ! このままだと……!」
リリス達の心配を余所に、フード越しに何の感情も籠っていない瞳ではるかを見るや、アパシーはおもむろに光剣を掲げ――そして一気に振り降ろす。
「逃げなさい、はるかっ!!」
リリスは思わず叫んだ。
はるかも死を覚悟して目を瞑った。
――バシュン!!
だが攻撃の直前、彼女は何者かによって弾かれ難を逃れた。代わりに、彼女を庇ってアパシーの凶刃を受けた者がいた。
カタルシスだった。
「ぐああああああ……」
衝撃的な光景だった。
はるかと、気を取り戻したクラレンスは我が目を疑いながらカタルシスが無残にも倒れ行く様を凝視する。
「……プリキュアを庇い自らの手で引導を渡すか。実に愚かな」
カタルシスの取った行動を、アパシーは冷たく愚かと一蹴した。
「カタルシスさん!!」
「カタルシス!!」
はるかとクラレンスは、凶刃に倒れたカタルシスの元へ近づき安否を気遣う。
「しっかりしてください!! 死んじゃダメです!! カタルシスさん!!」
「無事か……はるか……?」
「どうしてですか!? どうして……」
ぽろぽろと双眸から零れ落ちる涙。
カタルシスははるかが流す涙をゴツゴツとした手で拭いながら静かに言ってきた。
「お前と出会えたお陰で、俺は生まれて初めて意味のある命が何なのかを知る事が出来た。お前とクラレンスに会えて良かった……」
「カタルシスさん……」
直後、カタルシスは生まれて初めての笑顔をはるかへと向け、
「ありが……とう…………」
一人の少女に心からの謝辞を口にしたが最後、カタルシスは力尽きおもむろに目を閉じた。
はるかの瞳に動かなくなったカタルシスの姿が反映する。
「いや……カタルシスさん……イヤアアアアアアアアアアア!!」
ポタン――。
はるかの涙が地に落ちた時、クラレンスの額が眩くも神々しく輝いた。
「くうううう……うおおおおおおおおお!!」
「クラレンスの額が!?」
突然の事に目を奪われるリリスたち。
やがて、苦痛にあえぎながらクラレンスが額から生み出したのは新たなリングだった。
中空に高く放り出されたリング。咄嗟にリリスがそれをキャッチする。
「はるか、受け取りなさい!!」
すぐさまはるかへと投擲する。
リリスの手から投擲された新たなリングを受け取ったはるかは、それを強く握りしめながらおもむろに立ち上がる。
「カタルシスさん……はるかはまだ諦めません。絶対に、私があなたを護ってみせます!!」
そう固く誓い、受け取ったリング――【ハイプリエステスリング】を中指へと嵌め声高に唱える。
「ハイプリエステスフォーム!!」
神々しい光がリングから放出される。
全身を包み込んだ光ははるかに最強の力を与える。
オレンジの下地とその上から青いローブ、そして『カロッタ』と呼ばれる円形帽子を被ったタロットカードに登場する女教皇を模した衣装に身を包み、手にはクラレンスが変身した【魔奉錫杖(まほうしゃくじょう)ハイプリエステスワンド】が握られる。
「キュアウッチ・ハイプリエステスフォーム」
神々しく煌めく姿と彼女から滲み出す絶対的な存在感に、リリスたちは挙って目を奪われる。あのアパシーでさえ、素顔こそ隠しているが本能的な畏怖を抱き額から汗を流しているほどだ。
最強の力を手に入れたウィッチは、力を手に入れるきっかけをもたらしたかけがえのない存在を一瞥。やがて、錫杖を力強く握りしめてからアパシーを前に凛とした声で語りかける。
「クリーチャー・アパシー……この世界を混乱させる洗礼教会に与し、あまつさえ私の大切なお友達であるカタルシスさんを傷つけた。その罪の大きさを知りなさい」
「我々クリーチャーに命など元よりありはしない。下らぬ情を持ったがゆえに、その者は死んだ。俺は教会の意思に反する不穏分子を速やかに排除した、それだけのことだ……」
〈罪を悔いるつもりはないのだな?〉
クラレンスからの問いかけにも応じず、アパシーは光の剣を携えウィッチの元へ突っ込んでくる。
一度目を閉じてから、ウィッチは目を開くと同時にハイプリエステスワンドを天高く掲げ、聖なる魔法を発動する。
「セイントイニシエーション」
錫杖の先から輪っか状に形成された聖なる力の波動が拡散。アパシーは波動の直撃を受けると魔法の効果によって全身が硬直、動けなくなる。
「ぐ……体が……」
「今よはるかっ!! そいつにあなたの思いをぶつけなさい!!」
「はい!!」
リリスの言葉に触発され、ウィッチは自らの思いの丈全てをアパシーへとぶつけようと、ハイプリエステスワンドの先端に魔力のすべてを圧縮・ブーストさせる。
最大値まで魔力を増強させると、動けないアパシーへと狙いを定め、超強力な魔法エネルギー砲を豪快に放つ。
「プリキュア・アルティメイト・フィニッシュ!!」
ドドドーン!! ドドドドドーン!!
「ぐ……ぐああああああああああああああああ」
特大の砲撃はアパシーをまるまる飲み込んだ。直撃を回避出来なかったアパシーの悲痛な叫び声が鳴り響く。
攻撃が止み、土煙が徐々に晴れていくと、現場に残っていたのは常時アパシーが身に纏っているコートの切れ端だった。
どうにかアパシーを退ける事は出来た。だがその代償はあまりに大きなものだった。
「カタルシスさん……ううう」
自分を庇って事切れたカタルシスの前で跪き、ウィッチは動かない彼の前で悲しみの涙を流しながら、何気なく心臓付近に手を当てた。
クン……。クン……。
「は!!」
まさかとは思いつつ、今度は手でなく耳のほうを近づけ注意深く音を拾おうとする。すると……
ドクン……。ドクン……。
確信することが出来た。カタルシスは辛うじて生きているということを――
「まだ生きてます!! カタルシスさんは死んでません!!」
「本当ですか!?」
「すぐにベルーダ博士のところへ運びましょう!!」
「ワシならここじゃ」
すると、頃合いを見計らったようにベルーダが現れた。隣にはレイの姿もあった。
「博士!! レイも!!」
「ちょっとレイ、あんたこんな大事なときに何処へ行ってたのよ!?」
「…………」
何の連絡も寄越さず今の今まで単独行動をとっていたレイをリリスは厳しく糾弾するも、何故かレイは無表情を決め込んでいる。
その間にベルーダはカタルシスの容態を観察。その結果分かったことを、はるかへと報告する。
「うむ。この程度なら、今のはるかちゃんの魔法でも治せるわい」
「本当ですか!?」
「ワシはウソは言わん主義じゃ」
彼の言葉を信用し、ウィッチは早速治癒魔法を施す事にした。
ハイプリエステスフォームという力を手に入れたことで、彼女の魔法精度は極めて向上していた。治癒魔法が施されると、たちまち傷ついたカタルシスの体が癒されていった。
しばらくして、体が癒えたカタルシスがおもむろに閉じていた目をゆっくりと開けた。
「うう……俺は……」
「カタルシスさん!!」
彼が意識を取り戻したことで感極まったはるかは、カタルシスへと抱き着いた。
「よかった……よかったです……カタルシスさん!!」
「はるか……俺の方こそ、ありがとう」
熱く抱擁を交わす人間とクリーチャー。たとえ種の違いこそあれ、心と心が通じ合うことはできる事をリリスは改めて認識する。かつて自分がそうだった事を思い返しながら――
そんな中で、朔夜はレイへと近づき気になっていた事を尋ねる。
「ドクターベルーダのところへ行っていた様だが、何の為にだ?」
「るせーよ……」
「え?」
「るっせーだっつってんだろう!!」
突如としてレイは粗暴な口調で声を荒らげた。
あまりに突拍子もなく予想外の展開に、リリスたちは愕然とした。
「人の気持ちも知らないで……貴様に私の苦しみが理解できるのか!!」
「な……何を言っているんだ?」
「ちょっとレイ、あんたどうかしてるわよ!?」
「どうかしてる? どうかしてるのはそっちではないですかリリス様!! なぜこんな半端者な私を今の今まで使い魔だと偽り、傍に置いてきたのですか!!」
「ちょ……どういう意味よそれ!?」
「どうやらあなたご自身も知らぬようだ。じゃあここでハッキリと教えてあげますよ……私が本当は使い魔でも何でもない、ただの疑似生命体であるとね!!」
「え!!」
「ハヒ!?」
「な……!」
「ですって……?」
「……っ!」
次回予告
テ「まさかレイがリリスの本当の使い魔じゃなかったなんて……」
は「それどころか、疑似生命体と言うのは一体なんなんでしょう?!」
朔「今明かされるレイとベルーダ博士の秘密……二人の間にある意外な事実とは!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『明かされる秘密!終わりの始まり!』」