みなさん、毎日暑くて寝苦しいですけど・・・無理せずゆっくり休みましょう。
黒薔薇町郊外 ベルーダ邸
ハイプリエステスフォームの力で、はるかがアパシーを退けた数時間後。
教会を出奔し自由の身となったカタルシスを伴い、ディアブロスプリキュアメンバー全員は後援者のベルーダの研究所へ集まった。
今日はこれから重大な話し合いが行われようとしている。
場の雰囲気がどこか重々しく、リリスたちの顔に微塵も笑顔はない。ここに集まる直前、レイ自身が発した言葉が直接の原因となっている。
鳩時計に似せた気味の悪い掛け時計が午後四時を知らせる。
なかなか口を切ろうとしない皆を見かねると、朔夜自ら文字通り口火を切ってレイへ言葉を投げかける。
「……話してもらおうか。さっき言った言葉の意味を。オレたちにも解る様に」
「レイ、あんたどうかしてるのよ。あんたが私の使い魔じゃないなんて……そんな馬鹿な話ある訳ないじゃない!」
朔夜に触発されてようやくリリスも口を開いた。その言葉はレイへと向けられる怒号であり、同時に悲しみの籠ったものだった。
が、レイはそんな彼女の言葉を聞くとより一層悔しそうな顔を浮かべる。挙句に血が滲むほどに強く握りしめた拳を床へと叩きつけ、感情的に声を荒らげる。
「ですが私にはわからないのです!! 私がリリス様といつどこで出会い、どのような経緯で使い魔として契約を交わしたのか、そもそも私自身が何者かすら!? もしも知っているのなら、どうか教えてください!! リリス様っ!!」
「リリスちゃん、知ってるならレイさんに教えてあげましょう!」
「ええいいわよ! 教えてあげるわよ!! あんたは――」
最初でこそ強い口調だったリリス。
「って、言いたいところなんだけど……」
しかし途端に自信を失ったが如く顔を伏せがちに呟いた。
「リリス?」
「まさか、リリスさんも知らないんですか!?」
レイはおろか、リリスですら分からないという驚愕の事実が白日のものとなった。
彼女の思考は軽いパニックを起こしている。何とか冷静になろうと意識掛けながら頭を抱え、必死でレイとの記憶を手繰り寄せる。
しかし残念な事に、いくら記憶という記憶、思い出という引き出しをひとつひとつ整理しても【使い魔レイ】との出会いと契約の経緯がまるで思い出せない。いや、思い出せないのではない。最初からそんな記憶など無かったかの様に――彼女の頭の中からごっそりと抜け落ちている。
「おかしいわね……レイとはずっと昔から一緒だったはずなのに……なんで……なんで何も思い出せないのよ!? あれ、いつだっけ……この子と契約したのって!?」
いつも冷静沈着な彼女の人前では滅多に見せない本気の焦燥。
当然だ、自分にとって最も近しいはずの家族の記憶が無いという事実――それだけでもリリスを冷静でいられなくする理由としては十分すぎる理由だった。
頭を抱えたまま周章狼狽し思考の迷路に陥るリリスを皆が心配の眼差しで見守る傍ら、とうとうベルーダが溜息をついた末に口を開いた。
「やれやれ……初めからリリス嬢とレイとの間に契約など存在しない。契約を交わしている、そう思い込んでいただけの事じゃ」
「どういう意味なんだ? それがレイが疑似生命体であると言った事と深く関係しているというのか!?」
「無論じゃ」と、朔夜の問いかけに頷いた。
「じゃああんたは知っているのよね。レイが誰の手で造られたのかも!?」
「誰の手も何もない。というか、ここまで来てまだわからぬのか」
周りの鈍さ加減にベルーダは呆れ果ててしまった。
これ以上隠す必要性も無くなったとベルーダは述懐すると、メンバー全員に真実を打ち明ける。
「よいか諸君、何を隠そうレイを造ったのは――――このワシじゃ!!」
「な……!!」
「ハヒ!?」
「ウソでしょう!」
「な……なんですとおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
誰よりもこの事実に驚愕したのは他でもない。ベルーダの被造物者たるレイはショックのあまり語尾を長く伸ばした。
*
異世界 洗礼教会本部
裏切り者のカタルシスを粛清するどころか、ハイプリエステスフォームの力を手にしたはるかの攻撃を受けてたアパシーは、手負いの帰還を余儀なくされた。
「無様なこった!!」
真っ先に罵倒したのはコヘレトだった。彼を発端にしてダスクやラッセル、さらにはカルヴァドスまでもが誹謗中傷あるいは哀れみの言葉を向けてくる。
「焼きが回ったな。神の密使(アンガロス)の頭目……それも『吸血殺し』ともあろうクリーチャーが、人間の小娘如きに後れを取るとは」
「おまけに腕のいい部下にさえ見限られてしまったなんて……笑い話にしたって出来が悪すぎるわ」
「アパシーさんもとんだ災難でしたね♪」
「…………」
皆に散々非難の的にされながらも、アパシーは沈黙を保ち傷の手当てを進める。
やがて、フード越しに彼は周りに呟いた。
「カタルシスはまだ死んでいない。部下の犯した失態を拭うのが我が務め……」
大威力の魔法砲撃を食らった直後に亜空間へと逃れたから大事には至らなかった。傷自体もとりたてて任務に支障が出るものでもなかったから、アパシーは早急にカタルシス抹殺のため再度地上へ赴こうとする。
「またプリキュア共に返り討ちに遭うんじゃねぇのか?」
そう小馬鹿にしたように尋ねるコヘレト。アパシーは低い声で問いに答える。
「二度同じ手は食わぬ。神の密使(アンガロス)の威信にかけて裏切り者は必ず粛清する――」
「待つが良い、アパシー」
役目を果たすため再度地上へ向かおうとする寸前、アパシーは現在仕えている主に声を掛けられた。
振り返ると、所用を済ませ教会へと帰還したホセアが威厳のある声で呼び止めた。彼に呼び止められるや、アパシーは慌てて恭しく膝を折りたたみ眼前の主へと首を垂れる。
「プリースト……お帰りなさいませ」
「うむ。アパシーよ、仕事熱心なのは結構な事だ。だがお主にはそのような些末な事よりも重大な役割があるはずだ」
そう言いながら、ホセアは中央通路を一歩ずつ踏みしめながらアパシーを窘める。
「お言葉はごもっともです。しかし私は」
いつもならばホセアの言う事に反対意見など唱えないアパシーが、今日に限っては難色を示す態度を取った。この反応にダスクは物珍しく興味深そうな様子で不敵な笑みを浮かべる。それとともに、プリキュアとの接触が彼の中に本来ある筈の無い「自我」が目覚めつつある事を想起させた。
ホセアもダスクと同じことを考えていた。だが、彼の場合はダスクの様に楽観的な捉え方ではなく、むしろ深刻な問題として扱い顔にこそそれを出さないものの良くない兆候である事を述懐する。
「アパシーよ。プリキュアと言えど所詮は人間。お主ほどの手練れがカタルシスと同じ道を歩む事は罷りならん。くれぐれも自らの存在意義をはき違えてはならぬ」
誤った道へ進む前にアパシーの思考に軌道修正をかけたホセアの言葉が重くのしかかった。アパシーは今一度冷静になり、本来為すべき事を失念し一時の感情に左右されたかのようなリスキーな行動を無意識のうちにしていた事を猛省する。
「……申し訳ありませんでしたプリースト、以後謹んでお勤めいたします」
「分かってくれて何よりだ。いずれにせよ、裏切り者のカタルシスともどもプリキュアを殲滅する機会はそう遠くないうちにやってくる。今は黙してこの場を受け入れよ」
「はい、承知しました」
如何なる事があってもアパシーはホセアへの恭順の姿勢を崩さない。たとえ主の言葉が自らの意志に反するものであったとしても彼は主の決めた方針に従う。それが神の密使(アンガロス)の頭目を務める彼の義務であり、生き方そのものなのだ。
ホセアはこの場に集まってる幹部たちを見渡してから、おもむろに口を開いた。
「さて……戻ってきて早々だが皆に重要な話がある」
「話? 何か進展でもあったのか?」
ダスクが怪訝そうに尋ねるや、ホセアは首肯し錫杖を地に突いた。
「喜ぶがいい。今しがたカオス・エンペラー・ドラゴンの意思を聞く事が出来るようになったのだ」
「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思ですって?」
言葉の意味がイマイチ分かりかねるラッセルが眉を潜めながら不審がる。
すると、ホセアは口元を若干つり上げてから全身よりどす黒い色をした霧状のガスをもくもくと噴き出した。
噴き出したものを見て、それが強大なる闇のオーラだとダスクは直感する。すると同時に額からは尋常でない量の汗が湧き出した。いまだかつて、彼は自分以上にこれほど禍々しく巨大な闇の力を感じたことはなかったのだ。
皆がオーラを見ながら呆然と立ち尽くす一方、ホセアの体から立ち上ったオーラは見る見るうちに形を成していき、やがて巨大な竜の姿を模した黒い塊となってホセアの背後へと浮かんだ。
「これは……!!」
「まさか、カオス・エンペラー・ドラゴンの意思ってホセアさんの体の中に!?」
驚くメンバーを前に、邪悪なる竜の意思――カオス・エンペラー・ドラゴンは仮初の肉体で彼らに畏怖を覚えさせると、ホセアを媒介に彼を操り片言の言葉で語り出す。
『我ハスベテヲ破壊シ滅ボスモノ……人間界ト天界、堕天使界、冥界、ソノスベテニ混沌ト破滅ヲモタラスハ我ガ本望』
(こいつがカオス・エンペラー・ドラゴンなのかよ……おいおいまだちゃんとした姿すら見えてねぇってのに、なんでこんなに冷や汗が出るんだ!?)
尋常じゃない冷や汗を流すコヘレト。彼もまた目の前の邪気に対して内心根源的な恐怖を抱いており、手のひらからは脂汗が滲み出っ放しだ。
カオス・エンペラー・ドラゴンの意思は、今の心境を赤裸々に独白する。
『地上ノ些末ナ命デモ構ワヌ。我ヲエントロピーデ満タセ……ソシテ我ニ今一度世界ヲ壊サセロ』
「仰せのままに――」
その言葉のみ、ホセアの意思が直接答えた。
邪悪なる竜の意思は仮の肉体を崩すと霧状のガスとなって、再びホセアの体の中へと戻ってしまった。
「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思は実に謙虚な姿勢を示してくれた。だが我々がそれに甘んじるのは努々あってはならぬ事だ」
黙示録の竜の器となったホセアは、この事実に未だ困惑がちな目の前の幹部たちを叱咤激励すべく、カンっ――と、錫杖を突く。
直後、メンバーを前に語気強く宣言した。
「カオス・エンペラー・ドラゴンの意思の下、これより一時間を以って――我ら洗礼教会は全世界へと向けて総攻撃を仕掛ける」
聞いた瞬間、それまで引きつりがちだった全員の表情が一変。狂気に駆られたが如く口元を釣り上げた。
*
同時刻――
黒薔薇町郊外 ベルーダ邸
「い、今なんて……!?」
「貴殿がこの者を造っただと?」
居合わせたカタルシスでさえ驚愕する話だった。彼は唖然とした表情のレイを指さしながら恐る恐る尋ねると、ベルーダはうむと言い首肯する。
「私がニート博士によって造られた疑似生命体だというのか……大ぼらもここまで突飛だと滑稽であるな!! ははははははは!!」
いつものようにたちの悪い冗談だと思ったレイは、冷や汗を浮かべながら強がりを見せ平静を保とうとする。
「本当に大ぼらだと思っているのかい?」
そんな彼に水を差したのは春人だった。
メンバーでもっとも状況整理能力に長け、落ち着きを保つ彼は二の足を踏んでいるレイにプレッシャーを与えつつ、ベルーダから核心的な答えを得ようとする
「……仮にあなたの言っている事が本当ならひとつ尋ねたい。何の目的で『レイ』と言う名の疑似生命体を造り、使い魔と偽ってまで悪原リリスの元に置いたのか?」
「言わずもがな、リリス嬢を守る為じゃよ。すべては一年前のあの日から始まったと言っても過言ではない――」
ベルーダは目をつむるとともに、脳内で鮮明に記録されている一年前の出来事を振り返り語り出した。
≒
さかのぼる事、一年前――
黒薔薇町郊外 ベルーダ邸
季節は三月の事だった。東京都内は季節外れの豪雨に見舞われた。数分間隔で轟く雷鳴。一時間に降り注ぐ雨量はその月としては異例の百九十ミリメートル越えを迎えた。
けたたましい雨音が響き渡る中、今宵行われようとしていたのは、恐らく歴史上初めてとなる大手術。手術を受ける者――悪原リリスは手術台の上に横たわりその時を待つ。
やがて、手術室の扉が開くと手術着に身を包んだ執刀医、もといベルーダは台の上から自分を見据える彼女に声をかける。
「怖がらなくてよいぞ」
「別に。怖くなんかないわ」
気を遣ったベルーダの呼びかけに、リリスは素っ気ない返事をした。
可愛げのない発言。やれやれという言葉がうっかり口から出そうになったが、ベルーダは内心不安であろう彼女に対し懇ろに付き合った。
「もう少しの辛抱じゃぞ。次に目を開けた時、お主は新しい自分を知る事になる」
「新しい自分……悪魔である私が聖なる加護を受けた存在、プリキュアに本当になれるのかしら?」
「なれる。ワシがそうさせてみせる。何より大切なのはお主の気持ちじゃ。ワシとて不安は拭えん。これは前代未聞の手術じゃ。じゃが、あの時のお主の訴えかけは確かにワシの胸に響いた」
「………」
悪原リリスがどのような手段でベルーダという表舞台に隠れた裏側の存在を知ったのかは分からない。だが、最早正攻法では彼女の切実な願いを叶えることは出来なかったのだ。
彼女の悲願――デーモンパージと呼ばれる惨劇によって同族の悪魔と故郷を滅ぼされた。それを実行した組織・洗礼教会を討つ為に、彼女は力を欲した。彼らと戦う為の絶対的な力。すなわち、弱点である聖なる光の力を駆使する敵に真っ向から挑みかかっても屈せず、且つ世界を変える存在・プリキュアの力を手に入れる為に。
これから行われる施術は、悪魔であるリリスの肉体がプリキュアの力を受け容れられる様にする為の改造、言わば『適合手術』である。ベルーダは麻酔の準備をする傍ら、リリスに語り掛ける。
「改めて説明するまでも無いが、たとえ手術が成功してもプリキュアの力を使い続ければお主の寿命は確実に削られ、待っているのは破滅じゃ。そのリスクを覚悟し、どのような生き方をするかはお主の自由。お主自身の未来を決めるのはリリス嬢――ただ一人だけじゃ」
「私が、決める……」
そう口にした直後、一際大きな雷鳴が轟いた。
一瞬の沈黙が場の空気を支配した。やがて、リリスは覚悟を決めた顔でベルーダに自分の確固たる意志を伝えた。
「私は自分の決めた生き方を貫くわ。だからお願いベルーダ博士、私にプリキュアの力を――」
「わかった」
凛とした眼差しで見つめる少女の願いを無碍にしたくなかった。彼女の決意を聞き入れたベルーダは、おもむろに麻酔針をリリスの腕へ打ち込んだ。
……………………
………………
…………
……
≒
「リリスちゃん、適合手術なんて受けてたんですか?」
「ええ。そうしないとプリキュアの力が手に入らなかったのよ」
聞き及んでいない事実に衝撃を受ける面々。リリスは淡々と事実を話した。
「ですが以前、ベルーダ博士は私たちに言ってませんでしたか? ベリアルリングの力でリリスさんはプリキュアに変身することが出来るようになったと」
すかさずピットが当初の話と異なる点を言及した。当然そのような質問を向けられる事を事前に予想し得る事が出来たベルーダは素早く返答した。
「厳密に言えばあれだけではダメなのじゃ。ゲームソフトだけあってもハードが無ければ遊べん様に、そもそも悪魔であるリリス嬢にはプリキュアに必要な『素質』が決定的に欠落していた。適合手術はそれを補う為に必要じゃった」
「プリキュアの素質って……一体何なんですか?」
怪訝そうにテミスがおもむろに尋ねると、ベルーダは彼女から提示された疑問を別の質問で切り返した。
「では逆に尋ねよう。そもそもお主はプリキュアがどのようにして生まれるのか、またその正体について考えた事はあるか?」
逆質問されたテミスは困惑しながら思考を逡巡させる。彼女が答えを導きやすくする為、ベルーダは敢えてヒントを与える様に語り続ける。
「かつて見えざる神の手は自らの野望の為に神を亡き者にした、というのは以前コヘレトから聞かされておるだろう。じゃが神もただでは死ななかった。遠くない未来、三大勢力すらも太刀打ち出来ない危機が世界に差し迫った時、大いなる災いを退け秩序を取り戻す者達を生み出す必要があった。その為には自身の力の一部を宿らせる『器』が必要じゃった。そして、その器として選ばれた一人がキュアミカエルじゃよ」
この話を最後まで聞いた直後、テミスはようやく気付いた。恐る恐る、導き出した答えを確かめる為、ベルーダに半信半疑で問いかける。
「まさか……プリキュアとは主の欠片を受け継いだ者、ですか?」
何故、人間や天使がプリキュアに変身できるのか。
テミスはその理由を、魂に混ざり込んだ何かにあると予測していた。
世界を変質させながら周囲の願いを叶える者、それがすなわちプリキュアだ。
神の欠片がその力の根源であるとすれば、その力を最も色濃く受け継ぐ天使と神が自らを象って造った人間が器となるのはおかしくはないだろう。
そして、生前生後いずれかに神の欠片が混ざり込んだ魂を、感知能力に長けたクリーチャーが脅威として捉え優先的に襲う事も、逆に天城はるかのように、魂の奥底で眠っていた神の因子が、敵の襲撃に合わせて防衛本能で開花したというケースもあるのではないだろうか。
その推測が正しいかどうかは解らないが、テミスの言葉に、ベルーダは不敵な笑みを浮かべる。
「そこまで解っているなら上出来じゃよ。ワシはリリス嬢の身体に疑似的な神の欠片を埋め込む手術を施した。そしてベリアルリングを与えてやった。じゃが実のところ……ワシは心配が拭えなかった。悪魔であるリリス嬢がいつかプリキュアの力を暴走させ、この世界に禍をもたらすやもしれぬと。そこでワシはリリス嬢が手に入れたプリキュアの力と、その心が暴走せぬよう常に側で見守り、時として力をセーブする役割を持った【安全装置】を造る事にした。それがお主じゃ!!」
ベルーダは、レイを指さしながら周りに強く言い放った。
「【レイ】と言う名前はワシがつけた。使い魔でも妖精でもない疑似生命……【虚構】の存在と言う意味からのう。ワシはベリアルリングと並行してレイを作り、作って直ぐにリリス嬢の側に置いてやった。周りに不審がられぬ様レイにはあらかじめリリス嬢の記憶を軸に、彼女と親しい者たちにもレイと言う存在がさも昔から居たかのような嘘の記憶を挟み込む仕掛けを施しておいた」
これを聞いた途端、全員が理解する。
「だから、はるかたちもレイさんに何の疑問も抱かなかったんですか!!」
「つまりレイは、リリスがプリキュアの力を手に入れた頃に造られたのか……」
自分たちの記憶に挟み込まれたレイという記憶と存在――はるかも朔夜も、リリスと親しいがゆえにレイがあたかも彼女と昔からずっと一緒に居たものとばかり思い接していた。だから彼に違和感を抱く事もなかった。
だが実際にレイがリリスの元に居た時期は、彼女がベリアルリングを手にした僅か一年という期間。そして、レイ自身も初めて自分とリリスの記憶のズレがある事に気づかされた。十六夜朔夜を初めて目の当たりにした時、彼がリリスの婚約者である事を知らなかったのは、レイがリリスと数年来の付き合いではない――すなわち、昔から居た訳ではないという証拠だった。
「だとしても、なんでそんなマネ!? 大体、ベルーダ博士の方こそどこの何者なのよ!?」
問題をすり替える訳ではないが、聞かずにはいられなかった。リリスはベルーダと言う存在そのものについて、鋭くメスを突き付ける。
「前々から怪しいとは思っていたのよ。私たちでさえあまり知らない冥界や堕天使界の事を熟知していたり、プリキュアの力を制御するリングを作れたり、あと……秘密裏に警察組織と結託してたって話じゃない!!」
「おやおやそこまで知られていたとはのう~。誰かさんのリークかのう~」
春人の方を見ながらベルーダは不敵な笑みを浮かべる。これに対して春人は「ふん」と、鼻で笑い沈黙を貫いた。
「確かに、ワシは大河内財団という架空の財閥組織のトップを装い警察庁の極秘組織である『ゼロ』の連中と接触を図り、春人をロンドンから呼び寄せ公安部のオブザーバーとして参加させるよう仕向け敢えてリリス嬢との接触を焚きつけた。だがそれだけでないぞ。この世界で広く御伽噺として伝わっているプリキュアの話……あれはワシが直々に広めたものじゃ」
驚きの事実に全員が耳を疑った。唖然とする周囲を見ながら、ベルーダは更に言葉を続けた。
「まぁワシにとって重要な事は、たったひとつだけじゃ。各時代・次元においてプリキュアの資質を持った者に力を与え、世界を正しい方向に導く手助けをする……それが、このワシの務め!」
「は、ハヒ?」
「あなた、一体何を言って……」
「天地開闢以来――ワシは人間界、天界と堕天使界、そして冥界のすべてを見守ってきた。とりわけ神はこの地上の成り行きを憂慮していた。ゆえに地上世界を正しい方向へ導くべく、先に述べた通り神は自らの力の欠片を受け継ぐ器をあらゆる生命の主導者に見据え、この地を治めんとした。そしてほんの一握りしかいない欠片の所有者……すなわち【プリキュア】を選任する役割を担うべく、神は動けない自らの意志の一部を分離させ、地上へと遣わしたのじゃ」
「神の意志ですって?」
「左様。ワシは世界中を飛び回り、その時代に最も相応しい者たちをプリキュアとして選びそれを見守ってきた。しかしあれはさすがに悲しかったのう……ジャンヌ・ダルク、当時の世相は厳しくてな、フランスの危機を救ったプリキュアがまさか魔女裁判に掛けられ火炙りにされるなどとは到底予想がつかなかったわい」
「ジャンヌ・ダルクって……彼女もプリキュアだったの!?」
「ベルーダ博士……あなた一体いくつなの? そんな大昔からプリキュアをずっと選び続けて来たっていうの?!」
「ということはあんたは……神様そのものだって言うの?」
驚愕を飛び越え仰天するメンバー。ベルーダはいつもみたいに飄々と答える。
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。ワシはただ、自らに与えられた役目を忠実に果たそうとしているだけじゃよ」
彼曰く、自らを審神者(さにわ)として聖なる存在であるプリキュアを歴史の主導者として選出する事こそ至上の使命であると。未だ信じ難いリリス達は彼の言葉がどこまでが嘘で本当か全くわからなかった。
*
天界 第三天
テミス・フローレンスの故郷である天界は、いつも通りの平和な時が流れ多くの天使たちは悠久なる時の中に身を浸していた。
だが、安寧の時間は突如として現れた侵略者の手によって終わりを告げる。
『『『カオスピースフル!!』』』
「きゃああああああああ!!」
「逃げるんだぁ――!!」
天界上空に出現した巨大な亜空間。そこを通り抜けて現れた混沌という言葉を象徴する凶悪で邪悪な怪物たち。
カオスピースフルは天界へと降り立つや、かの地を徹底的に蹂躙せんと破壊活動を開始。戦う力をほとんど持たない一般の天使たちは死の恐怖に怯えながら逃げ惑うしかない。
文字通り天界は混沌、カオスの名の元に破壊される。
カオスピースフルの大軍を先導するのは堕天使界切っての若き王ダスク。そして彼の部下で紅一点のラッセル。
彼らが目指すのは天界・第七天――天界の中枢機関にして、かつてアパシーの手により鏖殺(おうさつ)された見えざる神の手の天使たちが居城を築きし場所。
しかし、そんな敵の侵略を易々と許すほど天界の警備も甘くはない。地上に警察という名の治安維持組織があるように、天界には天界独自の防衛組織が存在する。
第七天を急ぐダスクとラッセルの前方から、足並みを揃える純白の防護服に身を包んだ者たちが立ち塞がった。手には剣と盾を持ち、腰には銃や弓矢が携行されている。
「おいでなすったか」
「あれが天界の武装集団……【天界守護代(てんかいしゅごだい)】ですわ」
天界守護代。
天界の全治安を維持するため結成された武装集団。天使の中から選ばれた武術と魔術に長けた者たちが第一天から第七天に至るまでの警護を担い、主として天界へと侵入してきた賊軍の討伐を行うのだ。
「堕天使どもめ。招かれもせぬのにこの天界に立ち入るとは……洗礼教会と結託して余程血迷ったと見える。ここは貴様ら不届き者が足を踏み入れていい場所ではない。早急に立ち去るが良い!!」
威勢のいい声でダスクらへ警告する若き警備隊長。横に並び立つ部下たちは鋭い視線を向けるとともに、いつでも攻撃できると言わんばかりに右足を前に出している。
「ダスク様……いかがしますか?」
些か二の足を踏むラッセルがどうすべきか問うと、ダスクが取った行動は単純にしてひとつだった。彼は何ら躊躇うこともせず天界守護代の方へと向かって歩き出したのだ。
一歩、また一歩とその歩は確実に近づいていく。
やがて警備隊長の真横を通り過ぎるところまで接近した次の瞬間。彼の部下たちが一斉にダスクの周りを取り囲んだ。
「はっ……俺を殺せるかな?」
挑発気味にそう口にしたダスクへ、天使たちが一斉に剣を突き立ててきた。
しかし、彼らの剣が届くことはなかった。彼らの目に映るのは闇のオーラに守られたダスクの無傷な姿のみ。
「ば、馬鹿な……我らの剣が全く届いていないだと……!」
怯えた様に後退りながら、天界守護代の一人である若い天使が呟いた。
彼の言葉を聞き、ダスクは呆れたように首を振る。
「お前らさ……俺が誰だかわかってるのかよ。仮にも俺は堕天使の王だぜ。雑兵如きが王の首を獲れると思ったら大間違いだぜ」
言うと、ダスクの体を保護していた闇のオーラが四方八方へと拡散。拡散した闇は周囲を取り囲んでいた守護代の体を吹き飛ばし、瞬く間に戦闘不能とした。
「やれやれ。こんなもんなのかよ守護代ってヤツは。これなら地上の警察どもの方がまだ骨のある連中に見える」
手応えの感じられない戦いに、次第にダスクの興は冷めていった。
「ラッセル、あとお前がやっていいぞ」
「かしこまりました――」
大役を任された事でラッセルの心は一気に高揚する。
ダスクの代わりに前に出た彼女は、尻込みする守護代たちを妖艶なる笑みで見つめてから、コウモリのような暗黒の飛翔物を無数に放ち攻撃する。
「ダークネスウェーブ!!」
「「「「ぐああああああああああ」」」」
放たれた飛翔物に襲われた天使たちの体は焼き尽くされ灰と化す。
ダスクとラッセルが持つ闇の力に圧倒される天使たち。天界守護代という名もまるで名折れ――彼らは堕天使による一方的なまでの侵略を受けるばかりだった。
*
同時刻――
堕天使界 中心部 市街地
一方、ダスクが本来統治していた堕天使界でははぐれエクソシストのコヘレト、同じくはぐれ悪魔のカルヴァドス――狂気という言葉をそのまま具現化したコンビによる徹底的な破壊行為を受けていた。
『『『カオスピースフル!!』』』
堕天使達の多くは悪魔同様数こそ全盛期の半分以下にまで減少したが、彼らなりの努力によって辛うじて種の存続を守り細々と暮らしていた。だが、彼らの平穏をある日突然奪わんとする敵が現れた。
ダスクやラッセルの様に争いを好まない堕天使が多く暮らす市街地へと放たれたカオスピースフルの大群。彼らは異次元からの侵略者の脅威に晒される。
「ハーッハハハ!! 畏れろ!! 喚け!! そして絶望しろ!! ハハハハハ!!」
清々しいまでの外道にして鬼畜。
コヘレトの毒気と狂気を内包した笑みを横目で見ながら、カルヴァドスは称賛の拍手を送る。
「いや~コヘレトさん、いい芝居っぷりですね!」
「馬鹿かっ!! 芝居でやってねーよ!!」
「でも、ダスクさんも思い切った事を言いましたよね。自分の故郷を更地に変えるなんて正気の沙汰じゃない。でもホントの事を言えば……ボク、こういう機会をずーっと待ち望んでいたんですよね♪」
「おうとも。だ、か、ら……今日は徹底的に暴れてやろうぜ!!」
『『『カオスピースフル!!』』』
前代未聞の出来事に統制を失いパニックに陥る堕天使達。異界の宗教結社の攻撃によって、彼らは大打撃を受ける。
次第にそこに住まう生き物の恐怖、憎悪、狂気などの感情における負の側面から生まれ出でるエネルギー、即ちエントロピーが急速に集まり始める。
そうして集まったエントロピーは、NCBビル占拠事件以来出現した虚空の穴――次元の狭間へと吸い込まれていくのである。
*
同時刻――
黒薔薇町郊外 ベルーダ邸
「ちょ、ちょっと待ってよ!! おかしいじゃない!! あんたが神様の意志そのものだって言うなら……なんであたしたちのピンチに手助けしなかったのよ!? 警察と裏で手を組んでいたんなら、衝突する前に仲裁に入ってくれればよかったんじゃないの!?」
怒涛の様にラプラスがこれまでの疑念を一気に口にする。
彼女としてもまだ理解が及ばない所が多々あるのだ。話の流れの中で神の意志だの何だのと説明されて直ぐに納得しろとは随分手前勝手で乱暴な言い分だなと思い、その仕返しとばかりにベルーダへと問い詰める。
「ワシの役目はさっきも言うたとおり、その時代に最も必要とされる者をプリキュアに選出しそれを見守る事――ただそれだけじゃよ。警察と繋がっていたのはリリス嬢の今後の活動において必要不可欠な要素だと思ったからに過ぎん。両勢力の争いを止めるのはワシの仕事ではない。大体、ワシが仲裁に入らずともお主たちは自力で解決したじゃろ?」
「そ、それはそうだけど……だけどどうしてそこまでリリスちゃんにこだわるわけ!?」
「少しは察してくれ。ワシの見立てに狂いがない限り、リリス嬢こそが、今の時代に最も必要とされるプリキュアじゃと言うておるのじゃ」
「私が……!?」
それを聞いて益々リリスは訝し気な顔を浮かべた。
そもそも一体どんな基準でベルーダはプリキュアを選出しているのか。
どうして聖なる者をプリキュアにするはずの立場が悪魔である自分を選んだのか。どうして自分が今の時代に最も必要なプリキュアだと言い切れるのか。その根拠は果たして何か。ベルーダはその答えをゆっくり語り出す。
「有史以来最も混迷する現代において、普通の人間をプリキュアに選出したところでこの地を治める事は極めて困難じゃ。ワシはあらゆる時代、あらゆる宇宙、次元に存在する『プリキュア』の活躍を見てきた。だがしかし、ワシのお眼鏡に叶う者は一人としていなかった。価値観の多様化と秩序の崩壊によって単純な正義と悪の二元論が最早罷り通らなくなってしまった。そんなある時じゃ……ワシの目の前にこれまで誕生させてきたどのプリキュアとも大きく異なる少女が現れた。怒り、悲しみ、復讐心……じゃがそれだけではない。負の感情に支配され、愛の戦士であるプリキュアから最も遠い存在でありながら、ワシはこの娘に強い興味を持った。人生の最深部にある『闇』という荷をそのかぼそき体と心で背負いこむ少女。ゆえに辿り着いた。世界の真理に。本当の愛に。これまでのプリキュアにはなく、リリス嬢だけが持っていたもの……それが『闇』。その『闇』こそ新たなる時代を切り開くのに必要な力じゃった」
「闇が必要……? でも、プリキュアは本来〝光の使者〟の筈? まるで真逆じゃないですか?」
当然の疑問を抱くテミスだったが、彼女の常識的な思考にベルーダは待ったをかける。
「その逆じゃよテミスちゃん。この世にあるのは光だけではない。光と闇は常に表裏一体。どちらを選ぶかは別として、切り離すことなど出来ない。そしてまた、明るい光の中にいる者ほど、率先して人生の闇に目を向けていなければ、永久にその視野は『狭い』ままじゃ。むしろ、人生の最深部にある闇を見た者にしか辿り着けない境地、成し得ない事がある。そういう者こそ今を生きるプリキュアであるべきなのじゃ」
ホイットマン曰く、「寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る」。シェイクスピア曰く、「傷の疼きを感じたことのない者だけが、他人の傷痕を見てあざ笑う」と。
ベルーダは表面的で単純なものの見方をするのではなく、極めて深い見地を持っていた。そうして熟考した末に彼が選んだプリキュアは、これまでの常識から逸脱した存在――悪魔という答えだった。
「無論、先ほども言うたように心配も拭えなかった。人間や天使をプリキュアに選ぶならともかく、聖なる存在とは真逆の存在……悪魔を選ぶのは些か勇気がいる事じゃった。罷り間違えば人類の敵になるかも知れなかった」
ベルーダがそう言った途端、レイはハッとした表情となった。
「だから私なのか!! 私をリリス様の側に置いたのは、どちらに転がるか分からない悪魔のリリス様を正しい方向に導く為に!!」
「その通り!! そして見事にリリス嬢、お主はワシの想像を遥かに超えた力を手に入れ、高みへと上り詰めた。ワシが与えた力だけに頼らず、戦いの中で純粋な悪魔の力を宿したプリキュアに進化したんじゃ。グラーフゲシュタルトからグロスヘルツォークゲシュタルトまでの力はあらかじめレイとリンクするよう作っておった。しかしカイゼルゲシュタルトは紛れも無く、リリス嬢が自らの力だけで生み出したもの。疑似生命体のレイがその力に対応していなかったのは至極当然の事じゃ」
「そうだったんだ……」
「理解できたか? 理解できたのならそれでいい」
おもむろに腰を上げ立ち上がるベルーダ。
すると、リリスたちを前にそれまでどこか飄々としていた雰囲気から一変、真剣な顔立ちとなり低い声で呟く。
「であればじゃ、お主たちは早急に洗礼教会の成そうとしている事を止めねばならんぞ」
「急に顔と声色がマジになったわねあんた……」
「そう言えば洗礼教会は、一体何をしようとしているんでしょうか?」
「【世界バプテスマ計画】の成就だ」
疑問に思ったピットの問いに、カタルシスが答えを口にした。
「ハヒ? バプ……なんですか?」
「【破壊に基づく世界の洗礼】……それが今の教会の掲げるドグマなのだ。ホセアは各勢力の危険因子と結託する事でこの地上を、いや天界から冥界に至るすべての世界を消し去ろうとしている。そしてその為に必要としているのが、カオス・エンペラー・ドラゴンの力なのだ」
「カオス・エンペラー・ドラゴン、だと!?」
「なーんか厨二臭いネーミングね」
大仰とした敵の名を聞いた朔夜が言い知れぬ脅威を抱く一方、ラプラスは違うベクトルで捉え率直に痛々しいと感じた。そんな周りの反応を伺ったベルーダがおもむろに問いかける。
「リリス嬢たちは黙示録の獣の一体である【赤い竜】について知っておるかのう?」
「新約聖書に出てくるドラゴンの事ですね。確か大天使ミカエルと死闘を繰り広げたとか……」
知識の引き出しを開けた春人がそう口にした直後、リリスを筆頭に他のメンバーはある重大な事実に気づいた。
「まさか、キュアミカエルが次元の狭間に封じたドラゴンってそいつの事なの!?」
「左様。奴らはそれを復活させようと目論んでいる。カオス・エンペラー・ドラゴンの力は絶大じゃ。もしも復活などすれば、この世は間違いなく滅び去る。ホセアはこの世界に存在する何もかもを滅ぼそうとしているのじゃよ」
「何もかも滅ぼすって……何の為に!? そんな事してどうするつもりなのよ、あの男は!? 大体『洗礼教会』ってほんとのところ何なの!?」
今さらながらテミスはホセアの野望もさること、洗礼教会という組織の存在意義にすら疑問を呈する。全てを破壊する事に執心するなど正気の沙汰とは思えない。そんな彼女の素朴な疑問にベルーダは重々しい表情で真実を語ってくれた。
「――『洗礼教会』というのは、古代ローマに存在したキリスト教一派のうち、ニケーア公会議によって異端とされた者たちが組織した秘密結社の名前じゃ。当初は地下墓所(カタコンベ)を拠点に細々と活動を行っていたが、そこにホセアが接触した事で状況は変わった。実質奴が主導者として君臨するようになると、教会は迫害を理由に表世界では生きられない信者を始め、逸れ者のエクソシストや科学者を抱き込み勢力を拡大していった」
「ニケーア公会議? 仮に第一回が開かれた三二五年のものと仮定しても、今から千七百年も前の話ですよ!?」
「ハヒ! ということはホセアさんベルーダ博士と同じでおいくつなんですか!? 同じ人間とは思えません!」
クラレンスの発言を聞いたはるかが吃驚した声色で口にした直後。
「人間じゃないわよ」
きっぱり、リリスははるかや周りの者達に人間でない事を主張。すかさずその正体を暴露した。
「あいつの正体は――【ホムンクルス】よ」
「ホムンクルスだと? 錬金術によって作り出される人造生命体だと言うのか!?」
「本人から直接聞いたのですか、リリス様!?」
些か信じ難い話に疑問を呈する朔夜。隣に座っていたレイはホセアの正体を看破したリリスに事の詳細を知った経緯を求める。
しばらくして、レイから問われたリリスは脳内にイメージを思い浮かべる。幻想空間の中でホセアと会う直前、彼女が偶然にも見つけてしまったあの狂気の研究を――
「偶然見てしまったのよ。培養液に浸った赤ん坊擬きが大量にストックされていた。奴は自分で一万年もその研究をしてきたと嘯いてたわ」
「ハヒ! 一万年ですか……!」
「これで合点がいったよ。ホセアはホムンクルスとして活動するとともに、いずれは訪れる肉体の寿命を克服する為、クローン技術を用いた。そうして一万年にも渡って生き永らえることが出来た」
「でもその完成度は明らかに現代のものとは異なる。人工的に一卵性双生児のコピーを作り出すクローン技術の上位互換、それこそ生前の記憶を完璧に転写した完全なるコピー人間製造法よ」
『御名答』
春人の推理に補足する形でリリスが推測を口にした次の瞬間――それは起こった。
唐突に皆の意識が幻想空間へ誘われ、視界に映るのは広大で無限に膨張し続ける宇宙空間。呆気に取られていると、リリス達の目の前にホセアが現れた。
『さすがだ。魔王の娘よ。どうやら私の秘密に気が付いたようだな』
「ホセア!」
敵愾心を露にするリリス。他の面々も最大級の警戒をする一方、ホセアは終始伺い知れない表情で常に余裕を醸し出すとともに語り出す。
『察しの通りだ。私は見えざる神の手によって造られ、遥かな太古この地上へ降り立った。そしてテロメアの短縮と言うクローンの技術的欠陥すら克服する事に成功した。見るがいい、私の一万年の記憶を――』
すると、ホセアは特殊な力でリリス達に自身の記憶の断片を視覚化させ、それをスライドショーの様に超高速で再生した。
『見給え。宇宙の神秘なる力に目覚め、不死を得た私。自らを生み、自らを育んだ私。永遠とも呼べる時の流れの中で、私は星の数ほどの賢者達と会い史上最高の叡智を得るに至った。そして次第に人間の世界に干渉する楽しみを覚えた。そう――私は気の向くままに、新たなる智慧と、発明を、欲望を、憎しみを、飢餓を、戦争を与えてやった』
宇宙と言う名のバックグラウンドに映し出される映像は地球一万年の記憶そのもの。全てホセアが実際に目で見て、体験し、聞き及んだ事を具に表している。人類史の誕生に始まり、文明の進化と荒廃、大災害の発生、戦争の勃発――ホセアはそうした歴史を神の代弁者の如く俯瞰し観察し、干渉を繰り返した。
あまりにも膨大な記憶。その断片だけとはいえ、これほど濃密な記憶を短時間のうちに見せられればリリス達も言葉を失う。ある種ホセアと同じ立ち位置的にいる筈のベルーダでさえ、茫然自失と化す。
『歴史は私の絶えざる干渉によって作られたのだ。解ったか、君たちという存在も私の干渉無しには存在しえなかった』
と、ホセアが豪語した直後――リリスは鼻で笑ってから彼の物言いに疑問を呈した。
「大言壮語も甚だしいわね。私がこの世に生まれたのもあんたのお陰だとでも言うの?」
『君は単に不確定性の生んだ空集合に過ぎない。ゆえに私の計算を大きく狂わした。だがそれもまた一興。何故君のような特別な資質を持たない、神の恩恵すら得られない悪魔がプリキュアになれたのか。私はとても興味がある』
「相変わらずふざけた男ね! あんたの神様気取りの御高説なんて噴飯物(ふんぱんもの)よ!」
『ならば何もかも終わりにしよう。キュアベリアル――私はこの醜く血塗られた世界を全て破壊し、究極の虚無による平和を実現させる』
その言葉を最後にホセアの姿は眩い光の彼方へと消え、リリス達の意識は宇宙空間から元居たベルーダの研究室へと戻っていた。
「い……今のは……」
「幻覚? 夢だったの?」
「ホセアめ……何をしでかすつもりじゃ」
夢か、現か、どちらともし難い不可思議な体験をした面々は鳩が豆鉄砲を食った顔を浮かべながら先ほどの出来事を思い返すばかり。
このまま何も起こらない事を暗に祈っていたリリス。
だが、彼女の願いは淡くも――そして残酷に打ち砕かれる事となった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。刹那、強い縦揺れの震動が部屋中へ伝わり出した。
「ハヒ! 地震です!」
「これは……! 相当デカいぞ!」
部屋の天井の一部が崩れ落ち、古くなった壁が剥がれ落ちる。かつて経験した事のない大型の地震が発生した。
そしてついに、建物自体が大きく傾き始めた。このままでは命に危険がある――そう判断したベルーダは早々に全員に退避命令を出す。
「崩れるぞ!! 脇目も振らず走れ!!」
矢も楯もたまらず居合わせた全員はベルーダの屋敷を全速力で飛び出す。間一髪のところでリリス達は屋敷を脱出するに成功。同時に、ベルーダの屋敷は骨組みが壊れた事で雪崩の様に跡形もなく倒壊した。
あまりにも呆気ない事態に思わず面くらうリリス達。当のベルーダは然程気にしていない様子だった。
「ニート博士の家が……」
「元々ボロでしたけど、ほんとに瓦礫の山になってしまうなんて」
プルルル……。プルルル……。
そこへ春人のスマートフォン宛に電話が鳴った。発信主は父・敬三だった。
虫の知らせがした。春人はこのような状況でかかってくる電話が経験則として良い知らせだとは思えなかった。内心不安に思いながら、父からの電話に答える。
「もしもし父さん……………なんだって!?」
春人の予感は的中した。地震が発生した直後、町に異変が起こったのだ。
実は、自然災害と思われた地震は周りを混乱させる為の言わば囮だった。本命は異次元ゲートを通して大量に投入されるカオスピースフルの大群と幾百のクリーチャー、そしてホセアに懐柔された凶悪なシンパによる総攻撃だった。
「皆の者、これは地球を憂う者達の聖なる戦いだ。洗礼教会のドグマに、地球をキレイナセカイに」
『『『カオスピースフル!!』』』
現場指揮官らしきシンパの言葉を合図に、大量に放たれた殺戮兵器が牙を剥く。
ひとつの結社による作用により、世界は混迷の時代から急速に終末へと向けてその巨大な歯車を回し始めた。
「――――侵攻、完了だ」
ホセアは護衛を担うアパシーとともに天界、堕天使界、そして人間界より無数のエントロピーが集まって行く様を見守っていた。
「すべてはこの日の為にあった。分断された世界への同時進行。それにより各界から集められる憎悪、怒り、哀しみ、恐怖、虚無……それらによって構成される濃密なエントロピーを糧として次元の狭間に眠りしカオス・エンペラー・ドラゴンを蘇らせる。これこそ一万年に渡る私の悲願なのだ」
「プリースト、ひとつお聞かせください」
不意に、アパシーがホセアへと問いかける。
「カオス・エンペラー・ドラゴンを復活させ、世界を更地に変えた暁には……あなたは何を求めるのですか?」
「何を求めるかだと?」
アパシーが言った言葉をおもむろに復唱する。
直後、ホセアは背中越しに間を空けてからアパシーからの問いに答える。
「――――何も求めぬ」
「……………」
返ってきた答えを聞いて、アパシーは驚く事もなければ嬉しがる事も無い。まして怒りを抱く事さえも。ただ沈黙を以って主の言葉をそのまま受け入れる。
「存在そのものが無である事こそが、私にとっての至高の喜び。欲望や憎しみ、哀しみの血で汚れる事のない世界……私が見たいのはそういう〝キレイナセカイ〟なのだ」
果たしてそれはキレイと呼べるのだろうか。常人の感覚からは理解し難いホセアの至高の世界の在り方は、言ってしまえば虚無に近いものだとアパシーは考える。だがどうしてだろう、その虚無に彼は異常なまでの共感を覚えた。
アパシーもまた、虚無というものへ強烈なまでの羨望が宿っている。【無関心】を意味するその名には虚無思想が色濃く反映されている。この世界や全ての物に価値や意味を見出せず、虚しくも何も無い。故に、無限の虚心を埋める〝何か〟をホセア、そしてアパシーもまた求め続けている。
やがて錫杖を床に一突きし、ホセアは教会の外へと歩き始める。それに随行する形でアパシーも彼の後ろを歩く。
「ここはもう用済みだ。アパシーよ、私とともに歩み見届けるのだ。世界の終わる瞬間(とき)を」
「かしこまりました――」
次回予告
春「世界の終わりが急速に近づく」
テ「それを阻止する為、洗礼教会との決戦の覚悟を決めた私たち」
朔「行く手に立ち塞がるカオスピースフルの大群、操られた天界守護代、ダスクたちの猛攻まで!!」
は「そして天界の居城で私たちを待ち受けていたのは……!?」
リ「ディアブロスプリキュア! 『天界大決戦!デーモンパージの真実』」