注目して欲しいのはテミスの最終変身よりはコヘレトという人間の内面に関してです。なぜそうまでして彼はテミスやプリキュアに反感を抱いているのか、それが今回で明らかになります。
では、本編をお楽しみください。
俺は人間が大嫌いだ。反吐が出るほど大嫌いだ。
人間ほど弱くて、醜くて、卑しい生き物は居ねぇ。だから自分もそんな生き物の一員である事が何よりも耐え難い屈辱だった。
俺はベネズエラの首都カラカスで生まれ育った。
カラカスって所はその治安の悪さじゃ有名な場所だ。世界で最も危険な都市と言われ、日本の東京と比べると人口あたりの殺人発生率は百倍を超えてやがる。
治安の悪さの原因は極度の貧困だ。ベネズエラには約三千二百万人の国民がいるが、その半分以上はその日の食料に困るほどの極限状態。事実、この国じゃ多くの赤ん坊が餓死してる。新生児の二パーセントが死ぬって……ここを地獄と呼ばずに何と呼べと?
もちろん、市営マーケットに行けば食料は買える。だがな、この国の最低賃金は月に六百円だ。これでどうやって生活しろと!? 逆に尋ねてやりたくなる。
だから飢えた連中はゴミを漁ったり……犬などの動物を捕まえて……それ以上俺の口から言わせんなよ。
言っとくが、俺は黒人でもメスティーソでもない。どっちかって言うと白人系統だ。物心ついた頃には俺はこの国のスラム街にいたんだ。笑えるだろう。
そんな底辺の底辺にいた俺だからこそ言える。この人の世は地獄だと――俺たちの様な底辺が生きるにはこの世はあまりにも厳しい。
事実、俺を育ててくれた里親もその仲間も不衛生な環境に耐えきれずにぽっくり逝っちまったり、ギャングと深い繋がりのある腐敗した警察連中に言いがかりを付けられた挙句、牢屋にぶち込まれそのまま帰ってこないってパターンもあったな。
俺は自分の境遇を呪った。同時に、この世界をぶっ壊したいと強く願った。
そんな俺の願いが通じたのか、ある日どこからともなくホセア様が現れ――俺のお先真っ暗な人生に光を与えてくれたんだ。
『力が欲しいなら私と共に来い。汝に世界を変える力を与えてやる』
正直胡散臭かった。だが、こんな掃き溜めの中にいるよりはずっとましだった。この際この人がどんな悪人だろうと構わない。
俺は――――……ようやく、この地獄から抜け出す千載一遇のチャンスを得たんだ。
≡
天界 第七天 居城から西方五キロメートル
城の周りには上級天使達の居住区域が存在する。その居住区域において、今まさに激しい戦闘行為が行われていた。
「でーははははは!!」
「はあああああ!!」
ぶつかり合う善と悪ふたつの魂。
キュアケルビムこと、テミス・フローレンスとはぐれエクソシストのコヘレト――存在自体が相反する者達。両者は激しく火花を散らし合う。
互いに互いを知り尽くしているからこそ下手な動きは出来ない。拮抗する戦況下、二人は距離を取って牽制し合あう。
「あなたって意外と目立ちたがりのようね。テレビじゃ随分な事を言ってくれたじゃない?」
「はっ! 俺様は親切で言ってやったんだぜ。歪んだ人間に明日はねぇから大人しくみんなで死にましょうってな!!」
「最初から歪んでる相手にだけは言われたくないのよ。一括りに人間を見下すあなたのその腐った性根は死なないと直らない様ね。いいわ、私が楽に逝かせてあげるから」
「天使様に昇天させられるってーなら本望だよな。もっとも、俺はおめぇに殺されるのだけはまっぴら御免こうむるがよ」
二人の間には浅からぬ因縁が渦巻いている。
水と油――決して交わる事の無い宿命に彼らは悲嘆など一切していない。むしろ、こうして二人だけで思う存分拳を交える事が出来る機会を切に祈っていたのかもしれない。
今、余計な邪魔立てをする者はいない。誰に文句を言われる事も無い。
ケルビムとコヘレトは長い牽制の末、ほぼ同時に地を蹴り前に向かって走り出すと手持ちの武器を激しくぶつけ合わせた。
――カキンっ!
*
天界 第七天 ヴェルト・シュロス
「こんばんは」
「地獄の底から舞い戻って来たぞ」
窮地に立たされたベリアルたちの前に現れたエレミア、モーセ、サムエルら元・洗礼教会の三大幹部。言わずもがな彼らはコヘレトの手によって葬られた死人――つまり彼らは最早この世に存在すらしていないのだ。
だとすれば、少女たちの目の前で生前と全く同じ姿で立ち尽くす彼らは何者なのか。ここが天界、地上で言う所の天国であるならば彼らの魂は死後ここへ運ばれてきたという事になるか。その信憑性は未だはっきりしない。
兎に角、前触れも無く現れた三大幹部にベリアルたちは呆気にとられている。
するとふうと溜息を吐いてから、最年長者であるエレミアが代表して口を開いた。
「一体何をやっておるのだお前たちは。お前たちがその様では、何の為に我々がここに来たのか意味を為さなくなるではないか?」
「あ……あんたたち、本当に三大幹部なの?!」
「は、ハヒ!? だってあなたたちは全員死んでしまったはずです!」
「何だと? では、今我々の目の前に立っているのは……」
「これは一体どういう事だ?」
激しく困惑していた矢先、聞き覚えのある声がした。
「ワシが答えよう!!」
すると、エレミアたちの前に出て名乗りを上げたのはベルーダだった。
「ニート博士!!」
「よもや、貴殿の仕業か?」
カタルシスが尋ねると、「いかにも!」とベルーダは胸を膨らませながら首肯する。
「状況が状況だけにな。こちらも形振り構ってる暇など無かったのじゃ。不謹慎ながら、無念の思いで散って行ったエレミアたちの魂を一時的ではあるが冥界より呼び戻し、ワシが作成した仮の肉体へと定着させた。つまり、今この場に存在するのは紛れも無く洗礼教会に仕えた元・三大幹部に他ならぬのじゃ」
ベルーダから聞かされた驚愕の事実にメンバーは口を開け絶句する。
死した幹部たちの魂は生前の行いから天界へと導かれること無く冥界へと堕とされ、自らの罪を背負いながら贖罪(しょくざい)の日々を送っていた。
そんなとき、天界でのベリアルたちの戦況が芳しくない事を伺ったベルーダは急遽臨時の対応策として冥府の底で永劫の懺悔の日々を送る彼らの魂を限定的な条件の下に現世へと呼び戻すと、用意した仮の肉体へ定着させると自ら彼らを率いてディアブロスプリキュアの援護へと駆け付けたのだ。
そうして現在に至る彼らを前に、神の密使(アンガロス)とともにベリアルたちを苦しめていた天界守護代の一人がエレミアたちに語気強く物申した。
「貴様ら……! 殉教してもなお教会に仕える身。それも三大幹部という地位でありながら教義に背き、汚れた悪魔なんぞに荷担するつもりか逆賊共ッ!!」
「教義に背いた? ……人聞きの悪いことを言わんで頂きたい」
静かに呟くと、エレミアは周章狼狽する守護代を凛とした瞳で見据え冥府に堕ちて悟った事を口にする。
「洗礼教会の教義とは即ち、【人間の恒久の平和と繁栄】だったはず。確かに、悪魔は人間を罪へと誘い堕落させる悪しき元凶。これを排除せんとする事は教義に適った正義であろう。しかし、その悪魔共々地上の命すべてを無下に滅ぼそうとしている今の教会、そしてそれに荷担しているそなたらの方こそこの世界に破滅をもたらす真の逆賊ではないのか?」
エレミアがそう言えば、続けて左隣に立っていたモーセがこう言う。
「我々三大幹部は本来の洗礼教会の教義を見失い、破壊と殺戮によるテロリズムを撒き散らし暴走する現行の教会勢力を、全力で以って止めるのがその責務。そして歪曲した教義により世界を脅かすそなたたちを止めんとするプリキュアを守るのが、今は亡き神が我々に与えてくれた最後の使命である!!」
「エレミアさん、モーセさん……」
「やつら、本当に三大幹部なんでしょうか?」
かつての三幹部をよく知るベリアルたちからすれば、到底彼らの口からは出そうにない台詞の数々。そのギャップにもまた一層困惑を抱いてしまう。
「死に損ないのゾンビ共が何をぬかすか!! エセ預言者共が、誰のお陰でその権威を授かる事が出来たと思っている! 御神より授かりし恩を仇で返すとは……逆賊にも劣る畜生よ!!」
「畜生で結構。醜く肥え太った豚に尻尾を振り続ける犬よりはマシだ」
不敵な笑みを浮かべながら、三大幹部最年少者であるサムエルがおもむろに前に出る。
「目の前に豚が転がってんなら、食っちまうのがオオカミよ……へへへ」
どこか猟奇的な感情を内包した凶悪そうな瞳で眼前の天使、クリーチャーたちを睨み付ける。
直後、彼らを率いて居城へと乗り込んできたベルーダが「うっほん」と咳払いをし、改めて周りの注意を引きつける。
「という訳でじゃ……御覧の通りこの城は既に我々【ディアブロスプリキュア連合】によって完全に包囲されておる。大人しく武器を捨て投降せんかい!! ……とか言ってみたが嘘じゃからな。一回こういうの言ってみたかっただけじゃからな」
「ベルーダ博士!! こんなときに変な冗談はやめてください!」
「少しは場の空気を読んだらどうなのだ!! だから貴様はいつまでたってもニートなのだ!!」
「いやー、すまんすまんこういう性格じゃからなワシ。見捨てないでくれんかのう?」
良くも悪くも自分のペースを崩さず空気を読まないベルーダの独りよがりな言動を、ウィッチとレイが厳しく糾弾する。二人の叱責を受けたベルーダは軽く受け流しつつ、その視線を満身創痍で虫の息にも等しいベリアルへと向ける。
「それにしてもリリス嬢。今の自分を姿見で見てみたか? とてもじゃないが、そのような姿をこれ以上幼女とその保護者たち、ついでにいるかどうかも分からぬ大きいお友達連中に見せつける訳にはいかんぞ」
「言ってくれるじゃないの……さすがは死兵の手を借りてまで舞い戻って来た今は亡き神の御意志様は言う事が違うわね……」
「二度も言わせんでおくれ。形振り構っていられなくなったと。つまり好き好んでではないのじゃよ。ワシもお主も他の者も、自らの命を永らえる為に、生き残る為に互いに互いを利用するじゃろ。えーっと……こう言うのなんて言うんじゃったかな?」
「大同団結、ですか?」
ベルーダが思い出すよりも先に、ウィッチが代わりに答えを言ってやった。
「おおそれじゃよそれ!! どちらかと言えば呉越同舟じゃろうけど。要するにじゃ、映画版のド〇〇〇んのの〇〇とジャ〇〇ン然り、敵対する者同士も危機を同じくすると利害の一致する上で互いを道具として利用するあれと一緒じゃよ」
「ド〇〇〇んって、そんなブラックな話じゃないと思うけど……」
「まぁつまりはじゃな――」
おもむろに白衣の下に手を突っ込むと、拳銃らしきものを取り出しその銃口をベリアルへ向けた次の瞬間。
ドカン――と、躊躇う事も無くトリガーを引いてベリアル目掛けて銃弾を放った。放たれた銃弾は彼女の右脇下辺りを着弾。レイとウィッチ、カタルシスの三人は驚愕の光景に思わず目を疑った。
「――リリス嬢、お主はもう使えないというわけじゃ」
乾いた口調でそう呟いたベルーダは、銃を捨てる。代わりに懐に忍ばせていた全長三十センチメートルほどの柄だけで構成された刀剣らしきものを取り出し起動。起動と同時に鍔から長さ一メートルほどの尖形状の青い光刃が生成された。
「さて、ゴミをひとつ片付けたところで大掃除と参ろうかのう~」
「き、貴様アアア!!」
レイは激昂する。今の今まで味方であると思っていた男が、三大幹部を引き連れベリアルを助けに来たとばかり思っていた矢先――あろう事かベリアルをゴミと一蹴して凶弾をお見舞い、息の根を止めたのだ。
クリーチャーの猛攻を躱しながら、レイはベルーダの元へと向かう。
「リリスちゃぁ――ん!!」
カタルシスが時間を稼いでいる間、ウィッチとクラレンスでベリアルの元へ接近。すぐさま安否の方を気遣った。
「リリスちゃん!! しっかりしてください!! リリスちゃん!!」
「はるかさん!! 上を!!」
ぐったりとするベリアルの肩を激しく揺さぶり声をかけていたウィッチだったが、唐突にクラレンスが大声を上げ危機を知らせる。
頭上から殺気を感じ取ったウィッチがその事に気付いた直後、凶悪なクリーチャーの一体が槍をウィッチ目掛けて一刺ししようとしていた。
グサッ――という体を貫く音がする。だが、ウィッチは何も痛みを感じない。それどころか、彼女は自身の目を疑った。
「ぐぁ……」
貫かれたのはウィッチを狙ったクリーチャーの身体。攻撃が仕掛けられる寸前、意識を取り戻したベリアルが咄嗟に自身の魔力を硬化させ生み出した紅い槍を使い敵の心臓を射抜いたのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はるかに……手を出さないでよ……!!」
「リリスちゃん!!」
「リリス様!?」
ベルーダを問い詰めんとしていたレイは、復活を遂げたベリアルの無事な姿に驚愕。よく見ると、彼女の右脇下辺りに注射器のようなものが撃ち込まれていた。
「まさか……ニート博士!!」
「応急用じゃが、癒しの効果がある【フェニックスの涙】を溶かし作った血清じゃよ。しばらく痺れはとれないじゃろうが、これで少しは動けるじゃろう」
最初からベルーダはベリアルを治癒するつもりだった。やり方は少々荒っぽい上に一歩間違えればウィッチたちから逆に粛清の対象とされる事を覚悟の上で、彼は敵と味方両方の目を欺きベリアルを救出した。
彼女が復活した姿を見届けると、手持ちの光剣を縦横無尽に振るい襲い掛かる敵と言う敵を軽くあしらい蹴散らしながらベリアルを激励する。
「さっさと立ち上がらんか。お主には果たすべき役目が残っておるじゃろう」
どこか上から目線で語りかける彼の言葉を聞き、ベリアルは息を整えながら鉛のように重くなっていた足をゆっくりと起こし立ち上がる。
「まったく……つくづくタチの悪い性格してるじゃないの……」
「褒め言葉として受け取っておこうかのう」
飄々とした態度を取ったベルーダ。
次の瞬間、地を蹴り勢いずいたベリアルは声高に叫びながら全速力でベルーダへと接近する。
「女の子にこんな醜態さらさせて、ただで済むと思っているの!!」
「悪魔らしくたかりか。望みは?」
尋ねた直後、ベリアルはベルーダの頭を乗り越える。障害となるクリーチャーというクリーチャーを叩き潰し、二階のフロアへと飛び乗った。
「ホセアの魂――」
低い声色でベリアルは今一番強く欲している望みを口にする。
「やれやれ。小悪魔のたかりにしては随分と高くついたものじゃの」
「冗談止してよ。あんなの、クズ同然じゃない」
口元を上げてそう言うベリアルに、ベルーダも同じく口角をつり上げる。
神の密使(アンガロス)のクリーチャー及び天界守護代は協力してベリアルを手に掛けようとしてくる。しかし、ベルーダを始め三大幹部たちがこれを徹底的に排除しベリアルたちをサポートする。
「三大幹部に告げる!! これよりワシら全員の力を結集してあの子悪魔の援護に回るのじゃ。これは偉大なる神のお告げである。何人たりとも上へあげてはならぬ」
「「「心得ました!!」」」
一時であるとは言え、彼らは冥府より神の住む世界とされる天界へと足を踏み入れる事が出来た。その上自分たちを助けてくれたのが神によって産み落とされた意志であるというのなら、信心深い彼らが協力しないはずはない。
「「「平和の騎士よ、生まれよ!! ピースフル!!」」」
ベルーダの命令を素直に聞き入れたエレミア、モーセ、サムエルの三人は妙に張り切った様子で、首に架けられた十字架を堂々と掲げピースフルを召喚――数のハンデを数で補おうとする。
戦況が徐々に好転し始めようとする中、ベリアルは逃走したホセアとアパシーの元へ向かおうとする。
「その身体では無理です」
無茶を押し通してでも行こうとする彼女を制止させたのは、使い魔レイの一言だった。傍らにはウィッチとクラレンス、カタルシスが控えている。
「まぁ、いくら私が言ったところでリリス様は私の言うことなんて聞きやしませんよね……いいですよ、この際諦めます」
「リリスちゃん一人でなんか絶対に行かせません。はるかたちも一緒に行きます!!」
「あとで朔夜さんとテミスさん、春人さんたちも合流しますからね」
「もしもアパシーが襲って来たら、そのときは俺が囮になろう。奴との決着をつけるいい口実だ」
一歩間違えれば犬死だってあり得るかもしれない。そんな無茶で無謀で危険な戦いに向おうとする自分を止めようとはせず、一緒に付いて行こうと言い出す彼らを見て、ベリアルは複雑な気持ちを抱くが、不思議と今までの様に彼らを拒絶する気持ちは湧いてこなかった。
「まったく……あんたたちと来たら、本当に命知らずのバカなんだから」
「「「「あなた(リリスちゃん)(貴殿)にだけは言われたくありません(ない)」」」」
四人の心がシンクロして同じ事を口にする。
聞いた途端、張りつめていたベリアルの表情筋が緩み思わず笑みを浮かべた。
*
同時刻――
居城から西方五キロメートル
「ははははははははは!!」
猟奇的な笑みを浮かべるコヘレトの強烈な一太刀が炸裂する。
「くっ……」
光剣から繰り出される斬撃は周囲にあるもの全てを手当たり次第に破壊する。
そんなハチャメチャな力を振るうコヘレトの攻撃を避けるだけでも手一杯というケルビムは、悔しい事に後手に回らざるを得ない状況。つい苦い顔を浮かべてしまう。
「どうしたァ天使様!! 様子見にしちゃ長げぇんじゃねぇか!? さっさと終わらせてぇだろ!? お互いによ!」
高所よりあからさまな挑発を仕掛けるコヘレト。ケルビムは建物の影に隠れ、この状況とコヘレトの力を冷静に分析する。
(やっぱりそうだわ……コヘレトの奴、前にオファニムリングのデータを使ってフォールダウンモードを作ったって言ってたけど、それを今度は自分の戦いに利用してる。今のアイツの攻撃にはフォールダウンモードの、いや私自身の力が融合されてる……! 厄介だわ……)
戦闘中ずっとコヘレトの力に違和感を持っていたケルビムは、一度戦線から離脱して客観的に分析を行う事で力の本質に気付く事が出来た。彼が使っている力は以前、ケルビムの心の闇を具現化したフォールダウンモードが持っていたものに加え、エクソシストであるコヘレト本来の力を掛け合わせたもの。
つまり、今のコヘレトには光と闇の両方の力が宿っているという事になる。神亡きこの世界では反発する筈の光と闇は完全に切り離すどころか、皮肉にもその力を融合させる事が容易に出来る様になった。悪魔だろうと天使だろうと、人間だろうと――その気になれば誰でも光と闇の力を手に入れ意のままに操る事が出来るのだ。
閑話休題。いずれにせよ、コヘレトが光と闇を融合させている事は間違いない。ケルビムとしても簡単に手を出せない状況だった。
「テミス様、いかがなさいましょう?」
ピットが心配そうに声をかけて来た。すると彼女は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
「アイツが卑怯者だって事は知っていたけど、正直その卑怯も今となっては立派な戦術になるんだから。アイツのそういう所は評価に値するわ」
内心見下していた敵を今となっては評価する。つくづく自分の心はどっちつかずなんだなと、ケルビムは自嘲しながら溜息を吐く。
「ピット。下手な兵法はこの際やめにするわ」
「と、言いますと?」
「よく考えれば、天使の私がどうしてはぐれエクソシストの力を恐れてこそこそしなきゃいけないのって話。おどおど隠れてても埒が明かないなら、正面からぶつかっていくしかないわ」
「テミス様……わかりました! あなたがそれを望むなら、わたしもそれに従います」
「ありがとうピット。こんな我がままな私に付いて来てくれて」
戦う決意を固めると、ケルビムはパートナーであるピットを聖弓の姿へ戻した。
逃げも隠れる事もしないと決めた彼女は、意を決して建物の影から飛び出し待ちぼうけをしていたコヘレトの正面に出た。
ケルビムが姿を現すと、コヘレトの口元が異様なまでに釣り上がる。
「やーっと出て来たか……どうだ? 隠れてる間に何か俺様を倒す超絶ハイパーな作戦は思いついたか?」
「それが全く、思いつかないのよ」
「ハハ! マジかよそれ!! じゃあ無策のまま出て来たって言うのか!? ひょっとしてテミスちゃんってば、本当はバカなんじゃなぇの?」
「アンタのつまらない挑発に乗るつもりはないわ。別に作戦なんて立てなくてもアンタを倒すには問題ない、そう判断したから出て来たのよ」
「けっ。強がり言いやがって……」
右手に持った光剣を水平方向に構え、刀身に光と闇の力を蓄える。
「おらぁ!!」
刹那、光と闇の力を蓄えた斬撃を巨大化させ豪快に放つ。
飛来する特大の衝撃波を辛うじて避け、ケルビムはケルビムアローで反撃する。一度の攻撃で数百と言う数にも及ぶ光の矢をコヘレトは俊敏な動きで避け、左手に構えた銀の拳銃で狙いを定める。
「喰らえっ!!」
銃口から放たれたのは銀の銃弾などではなかった。なんとそれはケルビムが今しがた使ったケルビムアローの光の矢。銃口より飛び出す一筋のエネルギーは瞬時に複数に枝分かれすると、ケルビム目掛けて怒涛の如く襲い掛かる。
自分の技を使われた事に対しケルビムは一瞬動揺を抱いた。だが、それを必死に悟られまいと彼女は平静を装い無数の光の矢を避け切った。
「理解出来たか? 今の俺はお前の技だって使えるんだぜ。正確には、フォールダウンモードから得られたデータを元に俺が改良を加えたものだがな。よーするにだ、俺はお前の全ての能力を手に入れた――……そう言ってるんだぜ!!」
「笑わせないでよ。所詮はオリジナルの模倣。はぐれエクソシストじゃ、本物の天使を超える事なんてできないのよ」
「果たしてそうかな?」
「何が言いたいのコヘレト?」
「言っとくがな……今の俺様はもうてめぇが見下していた〝はぐれエクソシストのコヘレト〟じゃねぇんだよ。プリキュアだけが成長して進化すると思ったら大間違いだぜ」
一つ一つの発言にケルビムは言い知れぬ圧を感じ取った。
やがてコヘレトは身構える彼女を前に、不気味な高笑いを浮かべながら全身に力を入れ始める。
「でぇはははははは!! 見せてやるよ、これが俺が辿り着いた究極の進化だ!!」
ビキビキ……コヘレトの体から不気味な音が上がる。
直後、彼の背中からクリーチャーのものと思わしき禍々しい翼が生えて来た。それに伴い小麦色に近い肌を持つコヘレトのそれが赤褐色系へと変化。か細かった四肢は隆々とした逞しいものへと成長しているが、外見は酷くおぞましい。
瞳孔は不気味なまでに大きく開き、口と顎からは気味の悪い触手が飛び出す。極め付け、右側頭部から紫紺の角が生えて来た。
コヘレトはこの姿を指して【進化】と言っているが、ケルビムからすれば【進化】ではなく【変異】だった。人である事をやめた彼は魂をも悪魔へと売り払い暴挙と憎悪の塊である合成獣――クリーチャーの姿へ成り下がる事に何ら躊躇も抱かなかった。
ケルビムは開いた口が塞がらず呆然自失。やがて固唾を飲んでから開口一番に言った事は、
「コヘレト……あなた、人間をやめたの?」
『人間ヲヤメタ? ハッ……高尚ナ天使様ニシテハ表現ガ陳腐ダナ。俺ハ人間ヲヤメタンジャナイ。人間ヲ超エタンダヨ!!』
「人間を超えたですって!? 今の自分の姿鏡で見てみなさいよ!! そんな姿になってまで、変な強がり言わないでよ!!」
『カァ~~~イチイチ口ウルセーナ!! テメェノソノ上カラ目線ナ態度ガ気ニ食ワネェッテ……言ッテンダロウガ!!』
昂ぶる感情に任せモンスターと成り果てたコヘレトは隆々の左腕を巨大化させるとゴムまりの様に伸ばし、ケルビムを真横から叩いた。
「きゃああああああ!!」
叩かれた際、ケルビムの体に強烈な衝撃が走る。凄まじい力で弾かれた彼女は近くにある住居の屋根瓦へと強く叩きつけられた。
『デハハハハハハハ!! 人間ヲ超エタ俺様ノ力ハドウダ!? コノ姿ダト手加減ッテ奴ガ出来ネェンダ』
他者を甚振る事に躊躇しないのは勿論、その様を楽しむ。正に鬼畜外道のサディスト。歪みに歪んだコヘレトの心に最早人間らしさは垣間見れない。変貌した外見が示す通り、彼は身も心も化け物へと成り下がった。
『ヒャハハハハハ!!』
高笑いを浮かべると、背中に生えてある翼を羽ばたかせ飛翔。高所から標的の姿を捉えたコヘレトは、尾てい骨辺りから生えて来たクリーチャーの尾をケルビム目掛けて振り下ろす。
「ぐああああああ!!」
尻尾はケルビムの肉体に過大な圧力を加えるばかりか、住居の屋根さえ容易に破壊する。ケルビムは尻尾攻撃に乗じて転落という二重の負荷を味わった。
『アハハハハ!! サイコー!! サイコー!! 超絶楽シインデスケドコノ遊ビ!! オラオラドウシタドウシタテミスチャン? 俺様ガアンマリ強スギルモンダカラ手モ足モデマチェンカ~?』
腸が煮えくり返る様な嫌味の数々。ケルビムの苛々はピークに達していたが、何分物理的なダメージが大きすぎる為、相手の嫌味に激昂する余裕も無い。
内臓のいくつかを損傷したが、天使であるという事が幸いした。神の加護が利いているらしく立ち上がる余力は残っていた。
瓦礫を退けると、ケルビムは翼を広げ痛みを堪えながらも飛翔。オファニムモードに変身し、聖槍ジャベリンの切っ先をコヘレトへと突き付ける。
「エデンズ・ジャベリン!」
切っ先より放つ渾身の一撃。
しかし、クリーチャーの屈強な肉体を手に入れた今のコヘレトに小細工は通用しない。直撃を受けてもコヘレトの体は傷一つ付かない。しれっとした顔のままケルビムの事を見つめている。
『今ノデ、終ワリカ?』
「この……バケモノッ!!」
自棄になってはいけないと思いながら、ケルビムは感情を上手く制御出来ぬまま闇雲に攻撃をし続けた。一方、余裕を持てあますコヘレトは彼女が仕掛ける攻撃を躱し嘲笑し続ける。
『ウラアアアアアア!!』
間隙を窺うとすぐさま攻撃に転じる。
ケルビムの手首を掴むと、高所からクリーチャー化したその腕で彼女の体を地面目掛けて叩き落とした。
「ぐああああああああ!!」
またしても後手に回ってしまった。コヘレトは心身ともにケルビムを遥かに凌駕し上回った力を発揮する。
コヘレトによって地へと叩き落とされたケルビムは、クレーターの真ん中で大の字となって倒れ伏す。
『デハハハハハ!! ドウシタテミスチャン? モット俺ト遊ボウゼ』
「こ、コヘレト……」
『アァ? ナンダソノ瞳(め)ハ………テメェコノ期ニ及ンデマダソンナ瞳(め)デ俺ヲ見ヨウッテ言ウノカヨ」
どれだけ叩きつけてもケルビムがコヘレトへと向ける眼(まなこ)は変わらない。瞳に宿るコヘレト自身への怒り、その内側に一貫して秘められた哀れみや切なさと言った感情。彼にとって何よりも気に入らないその事実。
『テメェノソウイウトコロガ気ニ食ワネェッテ言ッテンダロウガ!!』
ゆえにコヘレトは、気に入らないものすべてを破壊しようと躍起になる。
「きゃああああああ!!」
地上に降りたコヘレトはサンドバッグの様にケルビムを徹底的に甚振り尽くす。顔だけは殴らないというプリキュアの基本原則すらも無視し、畜生以上の外道と化した彼はただただ眼前に映る気に入らない存在を容赦なく傷つける。
そうして、ボロ雑巾の如く全身を痛めつけたケルビムを無造作に放り投げる。
『立テヨ天使様ッ!! ソシテ俺様ノ前ニ跪キヤガレ。デナキャ、死ヌマデソノ苦シミヲ味アワセ続ケテヤル!! デハハハハハハハハ!!』
直後、仰向けになって倒れていたケルビムの指がピクッと動いた。
コヘレトがそれを見ると、生々しいまでの傷を負った彼女は重い身体をゆっくりと起き上がらせ、凛とした瞳を向けて言う。
「私は………あなたなんかには媚びない! 何があっても!! たとえこの身が果てる時が来ても!!」
『ホウ? 飽ク迄コノ俺様ニ従ウツモリハネェッテコトカ……イイネェ、ソノ瞳(め)。何ガ何デモ諦メナイッテ感ジガシテ。ホント、マジデムカツクモン持ッテヤガルヨナ……オ前ラプリキュアハヨ!!』
プリキュアという言葉に込められた怨嗟の念。
感情を昂らせたコヘレトはケルビムを再び攻撃しようと突進。
咄嗟に、ジャベリンで応戦しようとしたケルビムだが、コヘレトの持つ圧倒的なパワーに次第に追い詰められていく。
「きゃあああああああああああ」
力によるゴリ押しで勝負してくるコヘレトの猛攻に体が耐えきれず圧倒される。
人形の様に細くてしなやかな四肢には青い痣がいくつもでき、左右対称に整った自慢の美顔もすっかり腫れ上がってしまった。
『ハハハハハハ!! 良イ様良イ様!! 高嶺ノ天使様ヲ嬲ルノハヤッパリ最高ダゼ……フハハハハハハハ!!』
〈テミス様!! 大丈夫ですか!?〉
「大丈夫よ……私はまだ、戦えるわ……!!」
ピットの手前強がりを言ってはいるが実際かなり厳しい状況。体のあちこちから痛い痛いという悲鳴が上がっており、今にも泣き出したいくらいだ。
しかし彼女は声を出して泣き上げるという弱音を決して敵に見せたりせず、天使としての誇りを胸に一貫して悪と戦う姿勢を貫くつもりだった。
体勢を立て直すと、リングホルダーからイブリードリングを取り出すとオファニムリングと交換。聖と魔の力を両方兼ね揃えたキュアケルビムの奥の手――【イブリードモード】へと移行した。
『ハッ! 前ニモ見セタ【フォールダウンモード】ニ勝ッタオメェノ切リ札ッツーワケカ。何ガ聖魔天使ダァ? 名前カラシテ矛盾シテンジャネェカ!!』
鋭い指摘をするとともに、コヘレトは口から豪炎を吐き出した。
クリーチャー化したコヘレトが繰り出す多彩な攻撃にその都度翻弄されながら、ケルビムは切り札としてとっておいたイブリードモードで勝負に出ようと意気込む。
攻撃を回避しながら機を窺い、一瞬の隙を突いて彼女は聖と魔の力を掛け合わせた大技を仕掛ける。
「デモンズ・ジャベリン!!」
エデンズ・ジャベリンの強化版。聖槍ジャベリンの先端から聖なる光の力と対となる闇の力を収束させ、コヘレトの体を一気に貫く。
グサッ――という音が鳴った。ケルビムの渾身の一撃はクリーチャー化したコヘレトの左肩を貫き風穴を空ける。
(やった……!)
手応え十分、そう思った直後。彼女たちは信じられない光景を目の当たりにした。
「〈なっ……〉」
穴の空いた肩から白い煙が上がったと思えば、瞬時にコヘレトの体組織は自己修復を始める。気がつくと、肩に出来た傷はすっかり癒え元の状態に戻ってしまった。
『ヒャハハハハハハ!! 言ッタハズダゼ、俺様ハ人間ヲ超エタ存在ダッテ。テメェ如キノ攻撃ジャ俺様ヲ倒ス事ハデキネェ!!』
「だったら、これを受けてみてからにしなさいよ!!」
小手先では今のコヘレトを倒せない。そう判断した彼女はピットを聖槍の姿から聖魔輪(せいまりん)イブリードチャクラムへと変化させる。直後、イブリードモードでのみ発動できる最強の必殺技で勝負に出る。
「プリキュア・デモンズクレッセント!!」
魂を糧に業火を生みだし円月輪の先から標的が息絶えるまで嬲り続けるイブリードモードの極意。カオスピースフル等を倒す分にはかなりえげつない技だと自負するケルビム。しかし、クリーチャーと化したコヘレトにはむしろちょうどいい。
彼女は何の迷いも躊躇も抱かず、標的であるコヘレトに容赦ない一撃を仕掛ける。
ドドドドドドドド……。ドドドドドドド……。
轟音が鳴り響き、爆炎がゆっくりと晴れる。
煙の中から見えたのは全身ボロボロとなったコヘレト。だが、やはり彼は余裕の笑みを零しながら千切れかけた腕と脚、翼を始めとする全ての組織を瞬時に自己再生していった。ケルビムとピットはこの結果に唖然とした。
「そんな………バカな……」
〈わたしたちの攻撃が全く通じないなんて……〉
『デヘヘヘヘヘヘ!! ドウダ思イ知ッタカ、格ノ違イッテ奴ヲ! 碌ニ力モ無ェクセシテ無様ニ足掻キ続ケルノニハ見飽キタンダヨ!! ソロソロ本当ノ終ワリニシテヤル……」
クリーチャー化した事で口角が人間だった頃よりも大きく開く。コヘレトは口腔内に全エネルギーを圧縮させ、それを一気にケルビム目掛けて放った。
「〈きゃああああああああああああ〉!!」
真正面から高速で撃ち込まれた破壊の閃光。それに呑み込まれたケルビムとピットが受けた衝撃は凄まじいの一言に尽きる。
あまりの威力に強化変身は強制解除され、ピットもまた武器の姿を維持する事さえ出来なくなった。
閃光の直撃を回避できず、ケルビムとピットは満身創痍となって力なく屋根瓦の上に倒れ動けなくなった。
『ヒャハハハハハ!! ヤッタ――!! トウトウクソ天使様ヲブッ倒シタゼ!! ヒャハハハハハハ!!』
コヘレトは底抜けた笑いの後、中空に亜空間と接続する召喚陣を呼び出しその中に手を突っ込んだ。
『アトハ、テメェラヲコイツニ納メレバ』
亜空間から引っ張り出したのはケルビムとピットの屍を共に葬る為に作られた専用の棺だった。
虫の息に近い彼女たちの元へ一歩ずつ近付いていく。
力無くケルビムが顔を上げると、コヘレトはクリーチャー化した右手で彼女の顔を力強く鷲摑みにして強引に持ち上げた。
『終ワリダゼ。キュアケルビム――イヤ、テミス・フローレンス』
「う……」
『人間ヲ超エタ俺様ヲ前ニヨク戦ッタト褒メテヤルゼ! ヨウヤク、俺トテメェノ因縁ニ終止符ヲ打テソウダ』
この時、ケルビムはコヘレトに鷲掴みにされた状態から一筋の涙を流した。
人間である事を捨て身も心も怪物と化した者に完膚なきまでに倒される悔しさ、プリキュアであり天使である自分が眼前の悪党の心ひとつ救えなかったという悔しさ――その両方を抱きながら。
誰がために戦い、誰がために御身を尽くす天使の役目を何ひとつ果たせなかった。ケルビムにとってそれは生きる意味を、希望が潰えた事を意味している。
そんな主人を前に、ピットはパートナーとして彼女の力になる事が出来なかったという歯がゆい気持ちを抱く。同時にその事が何事にも増して悔しかった。
(テミス様……お願いします!! 主よ、どうかテミス様にもう一度戦う力を……テミス様をお助け下さい!!)
唯一出来る事と言えばただひとつ――今は亡き神に向かって祈りを捧げるのみ。
だから彼女は心から祈った。ケルビムの為に、今一度戦う力を授けて欲しい。そう強く一途に願い続けた。
刹那、奇跡は起こった。
今は亡き神はピットの願いを聞き入れると、彼女自身を神々しく輝く光へと変えた。光となったピットはケルビムの身体へと照射された。
『ウ、ウオオオオオオオオ!?』
予想だにしなかった事態にコヘレトは驚愕。ケルビムを包み込む優しい光は、コヘレトの持つ邪悪な力を弾き返した。
『ダアア!!』
彼女に触れているだけで手が爛れてしまうほどの拒絶反応。ケルビムに何が起きたのか把握できないコヘレトはただただ呆然と光に包まれた彼女を見続ける。
「――――受け取ったわ、あなたの気持ち。そうよねピット、私もあなたもこんなところで終わりじゃないわよね」
光を通じてピットの気持ちを汲み取ったケルビム。見る見るうちにコヘレトによって付けられた生々しい傷が癒え、彼女の肉体は神秘の光と神の加護に包まれる。
やがてケルビムの右掌に光が集まり始め新たなリングが形作られた。金色に輝く翼が生えたそれを中指に嵌めると、語気強く宣言する。
「私は、いえ私たちは――――二度と負ける訳にはいかないのよ!!」
『テ、テメェ!!』
「見せてあげるわコヘレト!! 私たちの本気の本気を!!」
ピットの願いによって生み出された新たなリング――【セラフィムリング】を天高く掲げ声高に叫ぶ。
「セラフィムモード!!」
次の瞬間、リングから放たれる黄金色の光が彼女の全身を包み込んだ。
光の中でケルビムは左右対称のレースを伴った純白の衣裳と、天使の翼は黄金に煌めく左右五枚ずつ計十枚へと生え変わり、頭部には天使たる象徴・光輪が出現した。
「キュアケルビム・セラフィムモード」
『バ、バカナ!!』
コヘレトの目の前で起こった奇跡。
奇跡とは奇跡を起こし得る可能性を秘めた者に訪れる神の御心である。今、キュアケルビムはその御心に選ばれ奇跡を体現し新たな段階へと進化した。
セラフィム――それは【熾天使(してんし)】を意味すると同時に、天使の最上級に君臨するものを指している。
常時目映い光を放ちその光によって畏怖を与えてくるケルビム。閉じていた目をおもむろに開け眼前を見据える。コヘレトは瞳越しに伝わる半端の無い圧に本能から来る畏怖を抱き後ずさりしそうになった。
『調子ニ乗ルナヨクソ天使様ガァ!! オ約束ダカ間違イナイパターンダカ知ラネェガ、ソンナ都合イイ様ニサセルト思ッテンノカヨ!!』
ここで負ける訳にはいかない。激昂したコヘレトは口から豪炎を吐きだしケルビム目掛けて攻撃する。
手当たり次第に火炎弾を撃ちまくる。爆炎で彼女の姿が見えなくなるまでに。
しかし、黒煙の中から出て来たのは聖なる光のオーラによって守られた熾天使の無傷な姿だった。
『ココニ来テマサカノ超展開ッ!? ンナノ有リカヨ!!』
直後、セラフィムモードとなったケルビムがおもむろに閉じていた瞳を開く。やがて怯える様にも見えるコヘレトを見定めると、背中に生えた翼を大きく広げ――そこから神々しい輝きを放つ。
「セイクリッド・ブレイザー」
十枚の翼から放たれた光のシャワー。その輝きを浴びた瞬間、クリーチャー化したコヘレトの皮膚を焼き焦がす。
『フギャアアアアアアア!!』
コヘレトは聖なる光に身体を焼かれ想像を絶する苦しみを与えられた。
「終わりにしましょうコヘレト。私とあなたの因縁に――」
断末魔の叫びを聞いたケルビムは静かに呟くと、ケルビムは聖なる光を右手に集め一本の剣を造り出した。
すべての邪悪を断つ破魔の剣――【聖剣フルンティング】。形状としては剣と言うよりも十字架を武器としている方が近いと言っても過言ではない。
装備したフルンティングを垂直に掲げると、右方向から下に向かって時計回りに振り下ろしていく。その動作過程で刀身に聖なる力を蓄え、呼吸を整える。
「プリキュア・セイントフィナーレ!!」
蓄えられた聖なる力を刀身から一気に放つ奥義。地面を伝わって走る斬撃は、コヘレトへ。聖なる光は彼の全身を呑み込んだ。
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
聖なる力は容赦なく邪悪なるその身を焦がしていく。
全身の力を瞬時に殺されると、コヘレトは悍ましい怪物の姿から元の人間の姿へと戻った。この瞬間、長きに渡る天使とはぐれエクソシストの勝負は決した。
勝者となったケルビムは、人の姿へと戻り地に這いつくばっているコヘレトの元へとゆっくりと近づく。
彼の意識が戻るのを待っていると、コヘレトは手をピクッと動かし傷だらけの顔を上げ自分を見下ろすケルビムを見た。
「どうしたよ……さっさとやっちまえよ。あれだけ俺に好き放題やられてきたんだ。とっとと殺した方がスッキリするだろう」
負けたからには生きていても仕方がない。勝者は敗者の屍を乗り越えるべきだと目で訴えかける。
しかし、ケルビムには最初からコヘレトに止めを刺すつもりは無かった。逆に足下の彼を見下ろしながらこう呟いた。
「……確かに私はあなたを恨んでいたのかもしれない。あなたの下衆すぎる性格から来る人間の品格を貶めるような態度にいつもイラついていたわ。でもね……やっぱり憎しみや恨みじゃ誰も救えないし、誰も満たす事なんてできないじゃない。もしもそんな方法で人の心を満たす事が出来たとしても、きっとそんなんじゃ世界はあっという間に壊れてしまう。教会がわざわざ手を下す必要も無く、それこそ人は勝手に自滅の道を歩んでいくわ。私はそんな世界を見たくはない。私が目指す世界の在り方は、憎しみを満たす為ではなくそれを乗り越えた先にある幸せを手に入れる事が出来る世界だから」
天使としてケルビムが抱く理想の世界の在り方。恐らくコレヘトならば真っ向から否定してきそうな理想論だと確信を抱きながら、それでも自らの理想を口にする。
そうして自らの心の内を暴露して間もなく、案の定コヘレトは唇を噛みしめ心底苛立った様子で暴言を吐いたのだ。
「ハっ、ばっかじゃねぇの!! 憎しみを満たす為じゃなくて幸せを手に入れるだぁ!? 結局おめぇらお得意の綺麗ごと並べてやっぱり私たちは正しかったでしょうって言う腹ですかぁ? 人情ごっこですかい、虫唾が走る! てめぇら天使やプリキュア、いや人間がそんなに御大層なもんかよ!! 本能のままにやりたいようにやっちまえよ!! 憎んで泣いて、殺し殺され、のたうち回れよ!! 這いつくばれよ!! 仲良く手ぇ繋いでなんて、てめぇらクソどもにできるわけないだろ!! そうだろテミス、俺の言ってる事なんか間違ってるか!? 何とか言えよ!!」
流暢にケルビムとプリキュア、人間を罵倒・挑発しあわよくば相討ちを狙う言葉を並べ立てるコヘレト。
だがしかし、今のケルビムは既に憎しみの心を捨てていた。ゆえに、彼にどれだけ罵りの言葉をぶつけられても全く動じない。
何も言い返そうとしない眼前のケルビムを前に、コヘレトの精神は落ち着きを保てなくなり、とうとう壊れ始める。
「な……なんでだ……なぁ……なんでだ……なぁ、なぁ、なぁ、なぁ!! なんでなんだ、なんでなんだああああああああああああああ!!」
悲痛な叫びが周囲に響き渡る。そんな彼に、ケルビムが掛けた言葉は実に意外なものだった。
「コヘレト――あなた、私たちに嫉妬しているのよ」
「へっ………?」
「あなたは、自分の精神的な弱さからくる醜さに内心劣等感を抱いていた。叩かれてもへこたれても、道を外れ倒れそうになっても、何度でも立ち上がる。周りが立ちあがらせてくれる。あなたは、そんな私たちプリキュアや人間が心底羨ましいのよ」
ケルビムが見透かしたコヘレトという人物の本質。何らかの原因があって精神が未発達のまま大人となってしまったコヘレトは周りの人間を私利私欲の為に足蹴にしながらも、心の奥底で強烈な羨望を抱いていた。特に、精神の発達レベルで最も上位種に位置するプリキュアや天使という存在に殊更強い反発を抱いていたのも、すべては彼女らへの嫉妬からくる反動だったのだ。
「へへへへ……へへへへへ…へはははははははははは!!」
誰にも気づかれずにいた自身の弱みを、最も憎んでいた天使に見透かされた。コヘレトにとってこれ程の屈辱は無かっただろう。彼の精神は今完全に壊れた。
「屈辱だぜ……こんなボロ雑巾みたいになって、お前らプリキュアに……クソみたいな存在に……いいようにやられて……しかも………よりによって、そのクソの中でもさらにクソみたいなこのガキに……」
もう笑うしかないと思っていたが、次第にそれが悲しみへと変わって行くのにそう時間はかからなかった。
「うわあああああああああああああああああああ!! うわあああああああああああああああああああああああ!!」
空気中に響き渡るコヘレトの慟哭。
なぜ自分は泣いているのか、なぜ自分はこんな風になってしまったのかと、自らの境遇をとことん嘆き悲しむ。
「くそ……くそ……くそ……屈辱だぜ……屈辱だぜ……このコヘレトがお前らプリキュアや人間を羨んでる……このコヘレト様が……このコヘレト様がこんなガキに理解されるなんて……屈辱の極みだよ」
すると、コヘレトは最後の力を振り絞って立ち上がり屋上の端へと歩き出す。
「へへ。この先……その綺麗ごとがどこまで通じるか、精々頑張ることだな!!」
次の瞬間、ケルビムが制止を求めるよりも先にコヘレトはその身を屋上から投げた。
「コヘレトっ!!」
ケルビムの叫びも虚しく、自害という選択肢を選んだコヘレトは人間としての生を終える間際、一筋の涙を流しながら心中呟いた。
(あばよ……クソみたいな天使様……)
バタン――。
屋根から落ちたコヘレトは即座に動かぬ屍となった。
彼の死体を見下ろしながら、ケルビムは悔恨を抱いた苦悶の表情を浮かべ呟いた。
「自ら命を絶つなんて……あなたは……どこまで卑怯者なのよ!」
次回予告
ラプ「ついに迎えた堕天使の王との最終決戦!!」
ラッ「最後に勝つのはダスク様よ!! そして、私たち堕天使がすべてを手に入れるのよ!!」
朔「ダスク、お前ほどの男がなぜ? その理由を知る為にも、オレはここで負ける訳にはいかないんだ!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『漆黒の対決!暗黒騎士、究極変身!!』」