ディアブロスプリキュア!   作:重要大事

48 / 50
ついにここまで辿り着けました。
サブタイトルにもある通り、今回で教会勢力との対決に決着がつくようになっています。これを乗り越えた先にある最強のラスボス・・・リリスたちは世界存亡の危機にどう立ち向かうのか、書いてる自分にもわかりません。
ひとまず幹部達とのラストバトルを締めくくるお話を読んで頂ければと思います。


第48話:洗礼教会散る!そして……!!

 ホセアの中で最も古い記憶――それは今から一万年という気の遠くなるほど前にまで遡る。

 

「我らが求める優れた指導者に統治された世界……それを実現するには、我らが手によって選ばれた優れた導き手が必要である」

地上世界でいう人間の赤子程度の大きさを持った肉塊が幾つも並んだ試験管の中に浮いている。その内の一つが薄らと目を開く。液体とガラスによって歪められた視界の先で、幾人かの天使が話をしている。

「地上世界では猿どもに文明が起こり始めている様だ。放置しておけば豊かな水と緑に包まれた美しい地上世界も、やがて滅びの道を辿るやもしれん」

「我らが神の手により地上世界と同時に創造した一組の人間の末裔か? 楽園に住まわせたが禁断の果実を口にした事で追放したとか。楽園を追われた事で精神を保てず獣になったと思っていたが」

「下手な知恵がついて欲望のままに行動を起こし、この素晴らしき天界から堕落した堕天使どもや、私利私欲のままに生きる忌々しい悪魔どもの様に育っては敵わん」

 天使たちがざわめく。すると、彼らの輪の中から一人が試験管に近づき、手のひらを愛おしそうに撫でつける。

「このような進化も想定の内。ゆえに世界を正しく導く為に用意したのがコレではないか。我らが創造したこの最高傑作に一任しようではないか」

 

「期待しておるぞ、『救済の予言者(サルヴェイション・プロフェット)』――貴様にはホセアという名を与えよう」

 

 七人の上級天使達からなる一団はのちに『見えざる神の手』と名乗り始めた。彼らはその叡智を結集させる事によって、のちに地上世界で錬金術と呼ばれる高尚な術の概念を編み出し、それを完全な形で再現した。

 やがて創造された人工生命体(ホムンクルス)は意思が宿ったと同時に、開発コードネームと共にホセアという名と地上世界の救済という大任を得た。その役目は進化した類人猿――ヒトが正しき導きによって文化を間違った方向に発展させる事を未然に防ぎ、天界への忠誠を誓わせる事である。

 ホセアは見えざる神の手から授かった使命を真摯に果たそうとした。

 ある時は未曾有の災害を預言して備えを用意させ、人々と共に困難を乗り越えた。またある時は神から賜った戒めを人々に授けて、殺人の愚かさや愛することの尊さを広めた。

 数多の手を使い、人々に天界を崇拝する心をホセアは伝えてきた。その一方で教えに従わず、私欲のままに罪を犯す人間もいた。ホセアは心を痛めながらそうした人間たちを排除した。

 

 長い月日が流れたある日、見えざる神の手から呼び出しがかかった。

「ホセアよ。地上世界の救済の任務、あまり芳しくないようだが……」

 七人の偉大なる上級天使達がホセアを取り囲むようにして座している。その表情は良いものではない。

「お前はよく働いている。だがしかし、絶え間なく続く地上世界でのいざこざは少々見るに耐えん」

「地上世界の管理は我らが責務。他の世界への見せしめのためにも決して失敗してはならないのだ。解るな?」

「我らの顔に泥を塗ってくれるなよ」

「はっ……必ずや世界に完全なる秩序と平和を齎して御覧に入れます」

 中央で膝を突き恭しく頭を下げるホセアは弁解の余地もなかった。彼らの期待を裏切らぬという誓いを立て、忠誠の意を静かに示した。

 

 広間を離れ地上世界へ戻る道すがら、ホセアは独り言のように呟いていた。

「はじめは自然に身を委ね、自然と共に生きていた人間たち……不便を見つけてはそれを便利に変える為、知恵を絞って発明を繰り返してきた。だが、その進化の果てに何が待っていた」

 ホセアは人類の誕生と同時に意思を宿し、使命を授かり、共に歩んできた。ホセアが人間たちに注いできた愛情は言葉で言い表せるものではない。

「生活範囲が広がれば領地争いが始まるのは必至。私は隣人愛を説いて共に生きる道を授け、協力しあう生き方を広めてきた。しかし、皆が手を取り合う一方で、必ず反発する者が現れる」

 かつて人間たちは自然と共生していた。畑を耕しできた作物を自然の恵みとして神に奉り、隣人に分け与えていた。だが、いつしかその手に握った鍬は斧や剣へと変わり、作物は隣人を殺して奪う世界が広まりつつあった。

 大きくなりすぎた世界はやがて新たな衝突を生み、さらに多くの血が流れる。神に捧げられる祈りは相手を呪い、滅びを願う言葉ばかり。この繰り返される過ちをホセアは延々と見続けてきた。

「私は……こんなにも人間を愛して神からの愛情を注いでいるのに、人間は与えられることがまるで当たり前かのように振る舞う。あまつさえ都合の良いときばかり神に頼り、うまくいかなければそれを神のせいにすることだってあった」

 ――ソウダ。ドンナニ心身ヲ削ッテ尽クシテモ、奴ラハ思イ通リニナッテクレナイ。

「それに創造主たちもだ……気にしているのは面子ばかり。真に世界の救済を心から望んでいるか疑わしい」

 ――奴ラノ心ニアルノハ己ラガ頂点ニ君臨スル為ノ傲慢ナル欲望。ソノ為ニ父ナル神スラソノ手デ封ジタ。

「人間も、天使も、悪魔も、世界を我が物顔で蹂躙していル……あア、憎イ、憎い、憎イ……奴らコそ世界救済の妨ゲ……こノ世界ヲ救済スる為ニ本当に必要なこと、そレハ……」

 ――コノ世界ノ全テヲ無ニ還シ、平穏ナル「永遠ノ楽園」ヲ築クコト!!

「そウダ、腐ッた果実ハ楽園から追放セネばナラヌ……ダガ、既に腐敗シタコノ世界ハ手遅れダ……ナラバ、絶対的な破壊にヨって全テの世界をキレイにしヨウ!!」

 ホセアの身体に電撃が走った。悟りの境地に至った彼はまるで新たな生を受けた様だった。生まれたての赤子の如く震え、ギョロギョロと開いた目からは誕生の喜びか、あるいはホセアの最後の良心が砕けた悲哀か、血涙が流れ落ちる。口元は不自然に歪み、黒より深い闇色の吐息が漏れ出し、全身を包み込んだ。

『ククク……馴染ム、馴染ムゾ、コノ器ハ』

 長い時間の果てに憎しみの心に染まったホセアの人工生命体としての器は、暗黒の心を宿すのに最適化されてしまっていた。

『忌マワシキ神ノ封印、ソシテ憎キ光ノ使者キュアミカエルノ喪失……ココマデ闇ヲ増幅サセルノニ随分ト時ヲ有シタ』

 かつてキュアミカエルとの戦いの際、封印の直前に魂の一部を切り離し、ストックされていたホムンクルスの肉塊へ憑依させていた事で、復活の機会を窺っていたモノがいた。

 名を【カオス・エンペラー・ドラゴン】――……終焉の使者が、再び世界の終末に向けて蠢動を開始した瞬間だった。

 

           ≡

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス最上部

 

「プリースト、こちらになります……」

「ふむ」

 天界各地で繰り広げられる激闘。

 戦いの最中、アパシーと共に行方を晦ませていたすべての元凶たる者――ホセア。彼は今、占拠したヴェルト・シュロスの最上階にいた。

 城の最上階にはカオス・エンペラー・ドラゴンが封印された次元の狭間へと続く一番近い道が存在している。ホセアはディアブロスプリキュアと他の幹部たちが戦いに没頭している間に次元の狭間へと向かい、カオス・エンペラー・ドラゴンの本格的な復活を促すつもりだった。

「お急ぎください。どうやら風向きが変わり始めたようです……」

「そのようだな」

 既にこの時点で、コヘレトとダスクが斃されている。彼らの死についてホセアたちは直接目で見なくても感覚だけ分かっていたし、彼らが斃される事も大方予想がついていた。取り立てて動揺する事でもなければ偲ぶべき死でもない。何故なら自分たちは所詮合従連衡によって結びついただけのただのエゴイストであるという自覚を持っていたからだ。

「それでは、いよいよ最後の仕上げに取り掛かるとしよう」

 刹那、ホセアは身体を不気味に発光させた。それに伴い彼の身体が宙へと浮き上昇を始めた。ホセアは城の天蓋を突き破るのではなく通り抜けていった。

 見る見る上昇を続けると、やがて発光するホセアの体は次元の狭間へと続く亀裂へと吸い込まれていった。

 ホセアが次元の狭間への侵入に成功するのを見届けたアパシーは、踵を返すと静かに歩き出し下の階へ戻り始めた。

 神の密使(アンガロス)の首領として、彼には果たすべき役割が残っている。

 この地に現れた異分子のすべてを排除し、ホセアと教会の悲願たるカオス・エンペラー・ドラゴンを必ずやこの地に復活させる事。

 それが、無関心な――心無きクリーチャーとしての自分が持つ唯一無二の欲望であると信じて。

 

           *

 

同時刻――

ヴェルト・シュロス 中間地点

 

 少しずつ、それでいて確実に事態が終局へと向かいつつある中――ホセアを追って居城の頂きを目指し前進を続けるベリアルとウィッチ、レイ、クラレンス、カタルシスの五人。

 尖塔の最上部へと続く長い長い螺旋階段をひたすら走って上り続ける。無論、ただ上っていくだけでは終わらない。

『『『カオスピースフル!!』』』

 行く手を遮ろうと何処からともなく現れるカオスピースフルたち。

 彼らとの戦闘に時間を割いてはいられないベリアルは、カイゼルゲシュタルトへと変身。隣を走るウィッチもまたハイプリエステスリングを使って最強形態ハイプリエステスフォームとなった。

 闇と光を司る二人のプリキュアは、声を掛け合うことなくそれぞれの考えを見通し立てていた。

 そして頃合いよく彼女たちは襲い掛かるカオスピースフルたちの大群目掛け攻撃を仕掛ける。

「パンデモニウムロスト!!」

「ディバインブレイズ!!」

 闇のエネルギーを一斉解放し、全てを焼き尽すベリアルの超高熱爆破攻撃。それに便乗して闇と対を為す光のエネルギーを炎エネルギーへと変換し邪悪なる敵を一掃するウィッチの大技。その二つが絶妙な力加減で混ざり合い、威力を殺し合うこと無く一つの業火へと変わった。

『『『カオ……!!』』』

 眼前より猛烈な勢いで迫る業火はカオスピースフルたちを飲み込んだ。

 断末魔の悲鳴さえも掻き消してしまうほど強力な攻撃だった。レイは一瞬目の前で何が起こったのか分からなかった。

「な……んと……一瞬で敵を殲滅した……!?」

 ようやく状況を理解したとき、カオスピースフルたちの姿はおろか影も形も残っていなかった。ベリアルとウィッチのコンビネーション技が彼らを完全に燃やし尽くしたのだ。

 その後も立ち塞がる敵と言う敵を容赦なく倒し、愚直なまでにベリアルは上へ上へと目指していく。そこに待つ世界及び人生最大にして、最悪の仇敵をこの手で討つ為に――。

「もう中間地点は越えたわ!! あと少しで、最上階よ!!」

「早くしませんとカオス・エンペラー・ドラゴンが本当に復活して、すべての世界はジ・エンドです!!」

「断じてそんな事は許さないぞ、ホセア!!」

 最初はベリアルの私的な復讐から始まった。デーモンパージによって大切な家族を奪われた少女は十年にも渡って恨みを持ち続け、その復讐の機会をじっと狙っていた。

 それが今ではどうか。復讐目的で始めた戦いの中でかけがえのない仲間が出来、守るべきものが出来た。

 家族を奪われた哀しみ、憎しみを乗り越える事は容易では無い。だがそれだけが目的だった少女の中に芽生えた「プリキュアとしての使命感」――今それが彼女の身体を突き動かす力となっていた。

 すべての明日とそこから続く未来を守る為に、人生の仇敵を倒す事は天界を始め地上世界と冥界、堕天使界――すべての世界を守る事と同義である。志を高く持って階段を上り続けていたそのとき。

「リリス、はるか――」

 唐突にカタルシスが後ろから呼び掛けてきた。

 何事かと思い振り返り彼の方を見ると、グレイブを握りしめたカタルシスが仁王立ちを決め込んでいる。そんな彼の行動をベリアルたちが不思議に感じ怪訝そうに見つめる。

 やがて、カタルシスの口から思いがけない言葉が飛び出した。

「俺は――……」

 

           *

 

天界 第七天 居城から北方七キロメートル

 

 パキン――。

 紅月が照らす地表。その上で繰り広げられているセキュリティキーパーとはぐれ悪魔による戦闘行為。

 長らく均衡を保っていたが、ここに来て劣勢を強いられたセキュリティキーパーは対近接戦闘武器である【SKメタルシャフト】をカルヴァドスによって折られてしまった。

 武器を破壊されたセキュリティキーパーは無言のままカルヴァドスとの距離を置く。一方でカルヴァドスはアドバンテージを獲得した事でやや浮足立っている。

「あらら……折れちゃったね」

「……ふん」

 指摘を受けると、セキュリティキーパーは使い物にならなくなった武器を即座に放棄する。これで今の彼が使える装備はSKバリアブルリボルバーと少数の追加装備だけとなった。

「相手がボクじゃなければ折れる事はなかったかもね。ああそうだ、気付いてるかどうかしらないけど……君って同じ世代や童顔の相手に斬りかかる際、咄嗟に身を後ろに引く癖があるんだよね」

「………」

「急所を狙ったつもりでもギリギリのところで相手の致命傷を回避している。朔夜君が君と戦った時、死なずに済んだのはそういう人間的な甘さから来る悪い癖があったからだ」

 はぐれ悪魔カルヴァドスの真に恐ろしいところは、悪魔的なまでに鋭い洞察力の高さだった。彼の場合はただ徒に周りを傷付けるのではない。より効率的に大量の標的を陥れる事が彼なりの美学でもあった。だからこそ彼は標的とした相手をよく観察し、その隙を徹底的に突いてくる。

 神林春人、セキュリティキーパーという標的を洞察し続けた結果、カルヴァドスが発見した彼の恐らく最大の弱点――ありとあらゆる面で人間離れした能力を持ちながら、相手によっては徹頭徹尾非情に徹し切れず逆に自分の力を自分で抑制し威力を殺してしまっている。その場合とは子供、もしくは童顔の相手だった。

 十六夜朔夜との戦闘では、悪魔であると同時に十四歳の少年の彼を殺すことに脳が躊躇いを覚えてしまった。ゆえにセキュリティキーパーの脳は無意識に防衛本能の一種として朔夜の急所をわざと外したのである。

 カルヴァドスの場合も同様に、童顔であるゆえに彼を殺すことに無意識に反応してしまっている。急所を狙ったつもりが紙一重で避けられてしまうのも、『子供を傷つけたくはない』というセキュリティキーパーなりの正義感がブレーキをかけている為だ。

 今、この戦いにおいてその正義感が却ってセキュリティキーパーの足枷となっている。何とも皮肉極まりない話だろうか。

「君さ、状況分かってるの? 相手が誰であれここは戦場だよ。戦場じゃその甘さが命取りになることは君が一番よく知ってるハズだよ。本気で勝ち星を獲りにいくんなら、ボクを殺す気じゃないとダメだって」

「君の指図は受けないよ」

「忠告はしといたさ。あとは君次第って事で……」

 一歩、また一歩近づきながら徐々に加速をつける。カルヴァドスは手の中の魔戦斧アドラメレクを掲げると、セキュリティキーパーの頭目掛けて豪快に振り下ろした。

 一振り瞬殺の攻撃を避けると、セキュリティキーパーはアサルトバースシステムに搭載されているマルチユニットを作動させる。

「アサルトバースシステム――飛行ユニット・起動」

〈Flying Floater Take Off〉

 電子音声が発せられた瞬間、背部にある飛行ユニットが起動。ジェット噴射によってセキュリティキーパーは空中を一定時間だが飛行可能となった。

「とうとう人間は自力で空まで飛べるようになったんだね。だけど、空を飛べるのは人間の専売特許じゃない」

 セキュリティキーパーの飛行に対抗するが如く、カルヴァドスもまた背中に折りたたんでいた悪魔の翼を広げ中高く飛翔。

 これで二人は同じ土俵で戦う事となった。実戦投入は初めてとなる飛行ユニットの体幹バランス制御を、セキュリティキーパーは戦いの中でいち早くマスターする。SKバリアブルリボルバーを装備し、カルヴァドスへと急速接近する。

「銃っていうのは剣じゃないんだよ。無暗に突っ込んでくるべきじゃない」

 武器の正しい使い方をレクチャーしながら、カルヴァドスは無策であるかの様に突っ込んでくるセキュリティキーパー目掛けて魔戦斧を一振り。強烈な斬撃を飛ばした。

「ほおおおおおおおおおおお」

 真正面から飛んでくる斬撃に向かって、セキュリティキーパーはチャージしたバリアブルリボルバーのエネルギーを躊躇なくぶつける。

 ドドン――と、強いエネルギー同士がぶつかり合う事で威力は掻き消される。結果としてセキュリティキーパーが傷を負うことは無かった。

 そうして僅かに生まれた間隙を突く為にセキュリティキーパーはジェット噴射の出力を最大にして接近。瞬く間にカルヴァドスの魔戦斧が間近に迫った。

「もう逃がさないよ」

 ダダダダダダダダ……。

 至近距離から銃弾を放った事でカルヴァドスの主力武器である魔戦斧アドラメレクは刃が使い物にならないほど破壊された。あまつさえ運の良い事に、刃を破壊する際に弾かれた流れ弾のいくつかがカルヴァドスの翼を貫通していた。

 これによってカルヴァドスは空中での姿勢制御能力を失った。武器と共に飛行能力をも奪われたはぐれ悪魔は、仕方なく屋根の上へと降り立った。

 形勢は逆転。カルヴァドスからアドバンテージを奪還したセキュリティキーパーは屋根の上へと降りると、リボルバーの銃口を彼に向けたまま降伏を促すかの様に目で訴える。

 こうした状況下、破壊された魔戦斧の取っ手を暫し見つめるカルヴァドス。やがて、眼前のセキュリティキーパーの方を見るやなぜか不敵な笑みを浮かべたのだ。

「……やるね。良いじゃない、随分と捨て身な戦法だったよ」

「捨て身のつもりは無いよ」

「そりゃそうだよね! 君はただ全力で戦ってるだけだもんね」

 武器が使い物にならなくなり、飛ぶ力さえ失いながらもカルヴァドスはまるで悔しがる素振りすら見せない。

 一体どこから勝機、自信が湧いてくるのかとさえ思うセキュリティキーパーを余所に、カルヴァドスは不意に懐へと手を突っ込んだ。

 すると彼は、隠し持っていた手投げナイフを数本取出し手裏剣の要領で投擲してきた。

「ちっ……」

 ダダダダダダダダ……。

 闇夜に紛れ四方八方から飛んでくる無数のナイフは、さながら変幻自在に動き回る生き物であるかのよう。

 直ぐにセキュリティキーパーは暗視システムを作動させ、予測の利かない動きで飛んでくるすべての標的を悉く撃ち落とす。

 ダダダダダダダダ……。ダダダダダダダダ……。

 粗方のナイフはほとんど撃ち落とした、かに思えた次の瞬間。

 グサっ――と、セキュリティキーパーの背後から伝わってくる痛烈なる感触。これにはセキュリティキーパーも思わず苦悶の顔となった。

「うっ!!」

 深く突き刺さったナイフをセキュリティキーパーは痛みを堪え無理に取り出す。

「どうだい、ボクの最上級のフェイントは? 陽動って言うのはこうやって仕掛けるといいんだよ」

 背後には膝を突いて息を上げるセキュリティキーパーを嘲笑うはぐれ悪魔がいた。セキュリティキーパーが飛んでいるナイフに注意を向けがちになっている間、カルヴァドスは周囲の景色に同化して彼の背後を取ったのだ。

「やれやれ。目に視える標的ばっかりに気を取られ過ぎちゃダメだって。敵は本能寺にあり――ていう先人のことわざが示す通り、本当の敵はナイフだけじゃないんだよ♪」

「くっ……」

 苦痛に耐えながら、セキュリティキーパーは後退しカルヴァドスとの距離を置く。

「は、は、は、は、は、は」

 背中に走る激痛に悶え意識が飛びそうになりながらも持ち前の精神力で必死に耐え忍ぶ。強靭な戦闘力に加えてメンタルをも明らかに常人を逸している。そんな彼を見て、益々陥れてやりたいという悪しき欲望がカルヴァドスの中で湧き上がる。

「屈辱かい? 正義も信念も持たない、狂気だけのはぐれ悪魔にここまで弄ばれるのはさ?」

「黙れ……」

 無理を押し通すつもりで、リボルバーの銃口を向け弾丸を発射する。

 しかし今のセキュリティキーパーのそれは命中精度が著しく低下してしまっている。ゆえに回避する事は容易い。カルヴァドスは口角をつり上げ飛来する弾と言う弾を軽々と躱し続けた。

「それっ!!」

 やがて彼は周囲の木々に念を送ると、木の蔓(つる)を無数に寄せ集めセキュリティキーパーの脚を拘束する。蔓は次第に体全体へと及び、あっという間に彼の体を締め上げる。

「ぐうう……くそっ……離せ……!!」

「これで身動きは取れなくなった。それじゃまぁここらでひとつ、はぐれ悪魔なりの嗜虐ショーを見せてあげるとしようか」

 狂気染みた笑みを浮かべそう言い放つカルヴァドスの手にはいつの間にかカットラスが握られている。蔓が身体に巻き付いて身動きの取れないセキュリティキーパーを前に、カルヴァドスはカットラスを振るい甚振り始めた。。

「ぐわあ……あああ……あああああ!!」

 拷問と呼ぶにはあまりに惨い仕打ちだった。

 完全にこれはカルヴァドス自身が己が欲望を満たすが為に行われる、言わば自己満足の行為。一瞬のうちに殺すのではなく、相手を徹底的に嬲りじわじわと弱らせ殺すというところがはぐれ悪魔流。外道の極みである。

 特殊スーツの装甲が破壊されセキュリティキーパーを消耗させるだけ消耗させると、カルヴァドスは蔓からセキュリティキーパーの身体を解放。解放された途端、セキュリティキーパーは力なくその場に倒れ伏した。

 理不尽に痛めつけられ多大なダメージを負ったセキュリティキーパーは、苦しそうに這いつくばりながらカルヴァドスを仰ぎ見、心底悔しそうに睨み付ける。

「そう悔しがることも無いさ。痛みも苦しみも慟哭も、すべては一瞬の間に起こる些末な現象にすぎないんだから」

「………」

「どうだい? 理解できてきたかな? どう足掻いたって君はボクに勝つ事なんかできやしない、って」

 勝負は付いた、と言われている様にセキュリティキーパーには聞こえた。

 彼の中で戦いはまだ終わってなどいない。カルヴァドスがどんな虚言妄言を口にしようと関係ない。ここで戦う事を止め敗北を受け入れる訳にはいかない。そう言わんばかりに、満身創痍な状態からセキュリティキーパーは意思の力だけで這い上がり、落ちていたバリアブルリボルバーを右手で拾い上げる。

「まだやるつもり? ボク、諦めが悪い性格はあまり好きじゃないんだけど」

「何度も言わせるなよ……君に指図されるつもりはないんだ」

「ま、別にいいけどさ。でもそんな状態でどうやって戦うつもりなんだい? 第一、君にはボクを殺せない。同じ悪魔である朔夜君を殺せなかった君に、ボクを殺せるはずがないんだからね」

 カルヴァドスに何を言われようと、セキュリティキーパーはそれを無視して一歩、また一歩と前に出る。

「やれやれ……バカは死ななきゃ直らないって、あれ本当みたいだね。存外春人君も向こう見ずに突っ走るところがあるからな」

 よたよたと近寄ってくるセキュリティキーパーの右手を掴み、カルヴァドスは攻撃の手を封じ込める。

「これで君の攻撃の手はすべて封じたよ。これじゃどうあっても銃は使えない。君の負けだよ――セキュリティキーパー」

「……」

「さすがに言葉も出ないかな? まぁ、もしこの状態で形勢を覆す手があるとしよう。もしそういう手立てを持っているなら是非とも見せて欲しいものだよ。春人君、そんな手があったら君は真っ先にボクをどうしたい――――――」

 問われたセキュリティキーパーは無言のまま、カルヴァドスの胸付近に左手を添える。

 

 ドン――。

 一瞬の出来事だった。セキュリティキーパーの左手から膨大なエネルギーが放たれたと思えば、無防備だったカルヴァドスの胸を完全に貫通した。

「………………な……」

 予想外の展開にカルヴァドスは言葉を失い、目を見開いた。

 貫かれた箇所から噴き出す大量の血液。それを圧迫しながら抑えるが、いくら抑えた所で血の流出は止まらない。

 カルヴァドスは額から今まで出した事のない量の汗を流しながら、セキュリティキーパーの行動の真意を理解する。

「……そうか……右手の銃はボクを欺くためのブラフ、本命はがら空きと見せかけて特殊スーツを動かす全エネルギーを一点に集約させた左手からの掌打……敵は本能寺にあり……早速皮肉を皮肉で返して来たね……」

 ギリギリの状況で辛くも勝利をその手に掴んだセキュリティキーパーは、カルヴァドスからゆっくり離れる。

「……君に……そんな戦い方ができるなんてね……」

 立っている力すら失われていき、とうとうカルヴァドスは膝を突いた。

 自分と同じで無計画なギャンブルよりも計算し尽くされた戦術を取るセキュリティキーパーからすれば、先ほどの攻撃は明らかに常軌を逸した手法だ。

 すると、感覚のほとんどない左手を見ながらセキュリティキーパーは静かに呟いた。

「……戦(いくさ)って言うのは、鍛錬ののちに万全の姿勢で臨むものとばかり思っていたよ。だけど今日初めて戦いの中で刹那の狂気に身を浸す愉しみを知った。ありがとう、はぐれ悪魔。君との戦い愉しかったよ」

 そう言った途端、眼前で膝を突いていたカルヴァドスがゆっくりと体を前に倒した。セキュリティキーパーは虫の息である彼を見ながら感謝の念を抱いた。

 狂気の権化であるカルヴァドスを同じ狂気を以って制したセキュリティキーパー。満身創痍の体を引きずりながら静かにその場を立ち去ろうとする。

「……冷たいな」

 不意に、死に際のカルヴァドスが呟いた。

 おもむろに振り返ったセキュリティキーパーは、か細い声で話しかけるカルヴァドスの言葉に耳を傾ける。

「……ボクは……君の恩人だろう……? こんな事をして……心は痛まないのかい……?」

 この問いかけに対し、セキュリティキーパーは背を向けた状態で答える。

「……君は確かに僕の恩人だよ。感謝はしている……だけど君はディアブロスプリキュアの、そして人類すべての敵だよ。だったら僕は君が誰の恩人だろうと殺すに些少の躊躇いも無いよ」

 キッパリと言い切ったセキュリティキーパーは、今度こそカルヴァドスの下を離れベリアルたちとの合流の為にヴェルト・シュロスへと向かった。

 命の炎が燃え尽きる寸前。自嘲した笑みを浮かべるカルヴァドスは、感覚のない拳を握りしめ悔しそうに呟いた。

「……ちぇっ。なんてつまんない終わり方だよ」

 

           *

 

天界 第七天 ヴェルト・シュロス

 

 第七天での戦闘開始から間もなく一時間が経過しようとしていた。

 この短い時間に主だった幹部たちは悉く破れ去り、残ったのはアパシーただ独りだけとなった。

 アパシーは仲間の死を悼まないし、そのつもりもない。すべての事象は皆等しく虚無であるという考えが生来染みついている彼にとって、死ぬ事すらも単なる自然現象のひとつだった。

 とは言え、仲間たちがこうも立て続けに倒されると戦況はプリキュア側に傾き始めるのは必至。何よりこのままでは洗礼教会という組織としての機能を果たせなくなる。

 今、アパシーは部下らと共に城の展望台当たりから眼下の大地を見下ろしている。その際彼らの目に焼き付いたのはエレミアたち三幹部を引き連れてこの地に現れたベルーダだった。彼らが援軍として駆けつけたことも一因して、急速に天界の秩序は取り戻されようとしている。

「ベルーダ……今は亡き神の意志……何もかもが貴様の思い通りになると思わぬ事だ」

 乾いた声で呟くアパシーの背後には、フーデッドコートを目深に被った神の密使(アンガロス)のクリーチャーたち総勢百名が控えている。これから彼らを率いてベルーダたちを迎え討とうとしていた。

「キュアベリアルたちは?」

「はい、別働隊を何名か遣わせましたが手こずっております……」

「ふん……まぁいい。プリキュアなど後でどうにでもなる。我らが早急に討たなければならん相手は――神の意志・ベルーダ」

 右手に光剣を携えると、アパシーは刀身に反射する釣り目を凝視する。

「ベルーダを殺す。さすればこの戦も一気に終息へと向い、我らの勝利は確実なものとなる。コヘレトたちの死も努々無駄に終わらずに済む事だろう」

「ほぉ……随分と貴様はプリキュアの事を軽く見ているのだな」

 声を聞いた瞬間、アパシーはハッとした表情となった。というのも、彼はその声をこれまで幾度となく聞いた覚えがあったからだ。

 まさかと思い後ろを振り返ってみると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 いつの間にかたった一人を除いた九十九名の部下たちが嬲り殺しに遭った様子で血塗れとなって倒れている。彼らを息の無い死骸へと変えたのは他でもなく、たった一人この場に生き残った大柄なクリーチャー。

 ゆっくりと覆いかぶさっていたフードが脱げ、アパシーの瞳に映って来た者――それこそ元・神の密使(アンガロス)メンバーの一人にして自分に次ぐ実力者。クリーチャー、カブラカンのカタルシスである。

「吸血鬼と人間のハーフ――ダンピール。またの名を吸血殺し。アパシー、貴様の唯一の弱点は比類なき強さゆえのその慢心だ」

 乾いた声でそう指摘した直後、所持していたグレイブ・ティターンの刀身部分でアパシーの顔面を思い切り強打――彼を力いっぱい弾き飛ばした。

 ドカーン!!

 カタルシスの怪力によってアパシーは派手に城壁へと叩きつけられる。

 ついに始まったカタルシスとアパシーによる戦闘の様子を、ベリアルたちは別所から秘かに見守っていた。

「始まったわね」

「カタルシスさん……どうか御無事で!!」

 一番にカタルシスの身の上を憂慮するウィッチ。彼が必ず勝利し自分たちの元へと帰って来ることを切に祈るとともに、今はベリアルたちと城の最上部を目指し続ける。

 

「き……貴様……」

 壁に叩きつけられたアパシー。額からは派手に血が噴き出す。

 急襲に若干困惑しながら、アパシーは眼前に立ち尽くし覚悟を持った眼差しを向けてくるかつての同士を見つめる。

「死に損ないめが。よもや、プリキュア共に与した挙句に再び我が前に舞い戻ろうとは……なにゆえ抗うか。なにゆえ咆えるか。あのとき、おとなしく我が手によって滅ぼされその瞳(め)を閉じておれば何も失わずに済むものを。それをお前は……戦場に立つか、カタルシス!」

 アパシーからの詰問にも一切の無反応。ただ黙したままカタルシスは眼前の敵をじっと見つめ続ける。

「最早何もかも遅い。どれだけ足掻こうと、お前たちの元へは何も戻らん。世界も、仲間も、愛する者さえも……」

 ティターンの持ち手に力を込め直し、カタルシスはアパシーとの間合いを取りながら横に動き牽制。アパシーも同様の動きを取ってくる。

「失いしものを求め戦場を彷徨いし幽鬼めが……お前のあるべきところはここではない。己が贖罪の業火に灼かれ冥府へ帰るがいい、鬼めが!!」

 刹那、銀色に輝くダーツを取り出したアパシーはカタルシス目掛けて放った。

 前方から飛来する高速物体をグレイブで軽々と弾き、今度はカタルシスがグレイブを振り回しながらその切っ先に電撃を蓄え突進する。

「でりゃあああああああああああああ」

 電気を帯びた切っ先をアパシーへと一気に振り下ろす。

 身の軽いアパシーは鈍重なその一撃を後退によって回避。城壁を蹴って助走をつけると、再び前に出る。

 両手に光剣を作り出しカタルシスへと猛接近する。軽快な動きでカタルシスを翻弄するが、カタルシスも負けじとティターンで対抗する。

「ほおおおおおおおおおおおおおお!!」

 パキンっ――という音を立て光剣が粉砕される。カタルシスの思いがけぬ力にアパシーは目を見開いた。

「でいやあああああああ!!」

 束の間生まれた隙を突いて、カタルシスはアパシーを殴り飛ばす。

 再び城壁へと激突したアパシーは身体に走る痛みを堪えつつ、粉塵の中で立ち尽くすカタルシスを凝視。するとかつての頭目を前にカタルシスが言って来た。

「冥府へ帰れだと? 悪いが、俺は既に神の密使(アンガロス)を抜けた身……貴様の命令に従う義理は無い。俺は、俺自身の為に戦う」

 カタルシスの頭上に浮かぶ光球から降り注ぐ雷。降り注ぐ雷霆(らいてい)という雷霆を、アパシーは身体を回転させながら躱し距離を広く置く。

(笑わず……。これがベルーダの目論み通りだとするのなら、確かに滑稽なものだ)

 心中呟くと、懐に隠し持っていた切り札を取り出した。

 それは血を彷彿とさせる紅い模様があしらわれた二丁の自動式連発拳銃。速射性に加え高い命中精度を誇るその弾丸の砲口初速は四百メートル毎秒と、ロシア製の拳銃として知られるトカレフTT―33に匹敵する。飛び道具ゆえに遠距離からの攻撃が可能な為、半端な間合いはこの銃の前では意味を成さなくなる。

 バンバン……。バンバン……。

 銃口から放たれる一撃必殺の弾丸。

 目にも止まらぬ速さで撃ち込まれる弾と言う弾。

 カタルシスは飛来する凶弾を己が直感によって察知し、巨体とは思えぬ俊敏さで右へ左へ縦横無尽に移動する。

「動く的には当てられないという考え方か……」

 バンバン……。バンバン……。

 いくら素早く動こうとも直感だけに頼った反応では銃弾の全てを受け流す事など到底不可能。アパシーはマガジン装填不要なこの武器の特性を最大限に生かして淡々と銃を撃ち続ける。そうする事でカタルシスの自滅を図る。

「己自身の為に戦うか。『個』すら持たぬクリーチャーとは思えぬセリフだ……貴様は人間に感化され過ぎた。そして、それが故に貴様はここで……散る!」

 バンバン…。バンバン…。

「はあああああああああああああ」

 だがその直後、アパシーの言葉を真っ向から否定する様にカタルシスは自ら凶弾の嵐へと飛び込んできた。

「な……」

「でりゃああああああああああああ」

 相手の懐に飛び込んだと思えば空中へと高く飛び上がり、強烈な踵落としを仕掛ける。

 カタルシスの仕掛けた攻撃を防ごうとした際にアパシーの足下が大きく陥没。それによりアパシー自身も多大な負荷を被った。

「バカな……! あれだけの弾をどうやって躱したというのだ?」

「躱してなどいない。最初から全て食らうつもりで、覚悟を決めたからな」

 カタルシスの体をよく見る事でその言葉の意味を理解する。彼の体には弾丸で貫かれた跡がいくつもあり、傷口からは生々しい緑色の血が噴き出している。にもかかわらず、カタルシスは平然とした様子で立ち尽くしているのだ。

「貴様の言う通りだ、アパシー。俺は人間に感化された。だからこそ俺は巡り合えた。『個』を持たぬはずのクリーチャーに『個』を宿らせてくれたかけがえのない者たちと」

「カタルシス……」

「分かるかアパシー。今の俺は、もう昔の俺じゃない」

「貴様っ!」

 思わず怒りを露わにしたその直後、カタルシスの斬撃が飛んできた。直撃を受けたアパシーは、屋根瓦に体を叩きつけながら勢いよく転がり落ちていく。

 アパシーに向かって飛んで行くカタルシス。

 刹那、土煙に乗じてアパシーがカタルシスの右肩に掌底を打ち込んだ。

「ぐっ……」

 掌底を打ち込まれた際に右肩を砕かれた。持っていたティターンを手放し、反動で後ろへと体を逸らす。その間にアパシーが煙の中から姿を現し迫って来た。

「神ならざる者の手により作られたクリーチャーに、『個』など必要ない!」

 カタルシスに接近すると、今度は後ろに倒れそうになった彼の左脚に掌底を打ち込んだ。これにより、カタルシスの左脚から血が噴き出した。

 負けじとカタルシスは動かなくなった右腕の代わりに左腕を使ってティターンを持ち直し、アパシーの左肩を貫いた。

 一進一退の攻防。両者は鬼面で向き合い対峙する。

 するとこの状態から、アパシーは両足を組んでカタルシスの体に巻きつき屋根瓦へと激しく叩きつけた――と思えば、そのままカタルシスを高所から突き落とす。

 空中に身を投げ出されながらカタルシスは辛うじて反撃する。しかしアパシーは屋根の上から落とされると咄嗟に銀のダーツを投げて、カタルシスの動きを封じ込める。

「ぐああわああ……」

 手の感覚が薄れ、持っていたティターンを手放してしまった。

「終わりだ、カタルシス!!」

 光剣を携え、アパシーは空中で助走を付けると急速に接近する。

 今、この瞬間もカタルシスは落下運動をし続ける。朦朧とする意識の中で、彼は心中呟いた。

(何ひとつ終わってなどいない……何ひとつ失ってなどいない……俺の体はまだ動く……俺の手はまだ届く……)

 グレイブに手が届きそうになる中、カタルシスはアパシーとの決戦に赴く前の出来事を思い出す。

 

           ≒

 

さかのぼる事、数十分前――

ヴェルト・シュロス 中間地点

 

「俺はここに残る。お前たちは先にホセアの元へ急げ」

「え?」

「カタルシスさん、何を仰るつもりですか!?」

 決戦に臨む前、ベリアルたちと行動を共にしていたカタルシスは自らが囮となってアパシーを引きつける役を買って出た。困惑し動揺を隠し切れないウィッチを前に、彼は申し訳なさそうに呟いた。

「すまないはるか。俺にはやるべきことがある。アパシーとケリをつけてくる」

「たった一人で行くつもりか!? 無謀すぎる!!」

「レイさんの言う通りだ!! あのクリーチャーは、リリスさんを一方的に傷つけた凶悪な相手なんだぞ……!!」

 レイとクラレンスが声高に叫び警告するも、カタルシスはティターンの柄頭を地面に突いてから「そんな事は百も承知っ!」と語気強く返した。

「同じ暗殺部隊の中で、奴と互角以上に渡り合えるのはこの俺だけだ。これ以上、お前たちに辛い思いをさせない為にも俺自身の手で奴を葬り去る。それが、神の密使(アンガロス)として身を置き、咎を犯してきた俺自身の贖罪だ」

 言うと、カタルシスはベリアルたちに背を向け一人立ち去ろうとする。

「カタルシスさん!!」

 そこに待ったをかけたのはウィッチだった。カタルシスを呼び止めると、彼に近付き震える声で言って来た。

「ひとつだけ……ひとつだけ……約束してくれませんか? どんなに酷い事をされても、どんなに苦しい状況になっても、忘れないでください。あなたは決して一人ではない事を。いつだって私たちと繋がってる事を!!」

「はるか……」

「はるかたちとカタルシスさんはこれから、もっともっと楽しい思い出を作っていくんですから。だから、絶対に帰って来て下さい!!」

 涙ながらにそう強く目で訴えかけるウィッチは、己の小指を突き立てカタルシスの前に出す。

「はるか……それはなんだ?」

 以前に握手を求めて来た時と同様に、彼女の行動の意味が分からないカタルシスは困惑しがちに問い質す。

「指切りげんまんです! ウソをついたら、針千本の上に拳骨一万回です! さぁ、カタルシスさんも指を出してください!!」

 強い語気で言われると、ウィッチの物よりずっと大きくてゴツゴツとした自分の小指を突き立てる。彼が小指を出すと、ウィッチは自分の小指を絡ませ大きな声で唱える。

「ゆびきりげんまん! ウソついたらはりせんぼんの~ます! 指切った!!」

 こうして指切りという何よりも固い心中立て、誓いを交わす事が出来た。ウィッチはカタルシスに満面の笑みを浮かべ一言。

「約束ですよ――――」

 

 ……………………

 ………………

 …………

 ……

 

           ≒

 

 悪の道から抜け出す切っ掛けをくれ、クリーチャーである自分をありのままに受け入れたくれた一人の少女と交わした契り。

 それを思い出したカタルシスは、微かに動く右手の小指を突き立てる。

「ああ……約束は守るぞ!」

 アパシーが異変に気付いた瞬間、自由落下をしていたカタルシスは底力を発揮し空中を漂う自分の武器を手に取り。

「はるかぁぁぁぁぁぁ!!」

 と、周りの空気が震えるほどの大声で約束を交わした少女の名を叫んだ。

 全身全霊の力でカタルシスはグレイブ・ティターンを振るい、アパシーも同時に光剣を振るった。

 パキン――と、両者の武器は激しくぶつかり合った際にほぼ一緒のタイミングで折れた。

 空中で動く両者。カタルシスは浮遊する折れたティターンの先端部分を手に取り、アパシーは右足先に仕掛けられた隠し剣でカタルシスの左腕を貫いた。

 完全にカタルシスの腕を封じると、アパシーは今度こそ彼に止めを促す。

「冥府へ堕ちるがいい、カタルシス!!」

 全魔力を右掌に集約させると、カタルシスの胸部へ最強の掌底を食らわした。

 全身を駆け巡る破壊の波動。屈強な肉体を持つカタルシスも思わず吐血するほど強烈な一撃だった。

 しかし、これを受けてもなおカタルシスの意識は飛ばない。喰らった直後、アパシーの右腕をぐっと掴み不敵な笑みで言ってきた。

「悪いが……先約を思い出した。予約はもう取っておいたから、先に冥府で待っていてくれ」

 その言葉の意味を理解すると同時にアパシーは瞳孔を開いた。ちょうど自分たちが落下する真下、カタルシスのグレイブの先端が刃を上にした状態で突き刺さっていたのだ。

 あの一瞬の間に、カタルシスは折れたティターンの刃の部分を屋根瓦目掛けて投げていた。すべてはこの場でアパシーを完全に葬り去る為の罠――不覚にも戦いの中で冷静さを欠き熱くなり過ぎた彼はこれに気付くのが遅くなってしまった。

「――――さらばだ、アパシー」

「貴様あああああああああああああああ」

 

 ドドーン!!

 落下の瞬間、凄まじい衝撃と共に土煙が上がった。

 屋根瓦に激しく叩きつけられたカタルシスは屋根の端部分まで弾き飛ばされた。

 命懸けの攻撃の甲斐あって、最恐のクリーチャー・アパシーは自らの心臓をグレイブに貫かれた事で絶命。正真正銘の動かぬ屍となった。

 命辛辛ではあったが、どうにかアパシーを葬り去り勝利を収めたカタルシス。すべての力を使い切った彼はほとんど動けない状態と化す。

 仰向けのままじっと虚空を見つめていると思えば、おもむろに右手を前に持っていき、突き立てた小指を見る。

「やれやれ……約束など、気安くするものでは……ないな」

 このとき、カタルシスの心はこれまで味わった事がないくらい穏やかなものだった。心が穏やかだからその表情も今までにないくらい清々しいものだった。

 

           *

 

同時刻――

ヴェルト・シュロス 最上部

 

 天界での戦いにひとつの終止符が打たれた。

 このとき、ベリアルとウィッチ、レイ、クラレンスの四人はホセアが居ると思われる居城の最上階へと到達した。

「ここです!!」

 立ち塞がるは五メートルにも及ぶ巨大な扉。これを開けるのは一筋縄ではいかないと思ったレイだったが、

 ドーン!!

 ベリアルはカイゼルゲシュタルトの持つ絶大な力で扉を破壊。易々とその侵入に成功する。

「ホセアっ!! 出て来なさい!! 隠れたって無駄なのよ!!」

 殺風景でだだっ広い部屋の中央まで行くと、ベリアルは大声で怒鳴り散らす。

 しかしホセアらしき人影はまるでない。隈なく部屋の中を捜索するが、彼の姿はどこに見当たらない。当然だ、この時既にホセアは城の中には居なかったのだから。

「ハヒ……まるでもぬけの殻って感じです!」

「あの男、どこへ消えてしまったのか?!」

 と、そのとき――

「リリス様っ!! あれを!!」

 レイが何かを発見し、頭上の天蓋を指さした。

 すると、遥か頭上において不気味な物体が空間に生じた亀裂――次元の狭間からゆっくりと姿を現した。

「ハヒ!! あれは……」

「なんなのよ、一体!?」

 譬えるなら太陽か、あるいは月か――特大の球体状の物体が次元の狭間から顔を出しゆっくりと下降をし始める。

 この巨大な物体を見ていたのはベリアルたちだけではない。各地で戦っていたすべての者が目撃し、驚愕と畏怖を抱いた。

「まさか……!!」

「なんだよあのデカさは……ふざけすぎだろ!!」

「ベルーダ殿、あれは!?」

 三大幹部も度肝を抜く中、エレミアが恐る恐るベルーダへと尋ねる。その問いに対し、ベルーダは今まで見せた事のない渋顔で語り始める。

「遥かなる昔――異次元の彼方より突如姿を現し、世界を破滅寸前へと追い込んだ邪悪なる存在。大天使にして世界で初めてプリキュアとなったキュアミカエルがその魂と引き替えに次元の狭間へ封じ込めた伝説の魔獣。その魔獣が蘇るとき、世界はラグナロク――すなわち『終末』を迎えるという」

 満を持してこの世に出現した存在を前に、ベルーダは固唾を飲む。

「あれこそ、混沌と破壊を司る最恐最悪の黙示録の獣――――カオス・エンペラー・ドラゴンなのじゃ!!」

 ベルーダがそう叫んだとき、天蓋越しにそれを目の当たりにしていたベリアルもまた、がっと目を見開き唖然としていた。

「……カオス・エンペラー・ドラゴン………!!」

 

 

 

 

 

 




次回予告

は「洗礼教会の主要幹部をようやく倒した矢先、とうとうこの世界に現れてしまった最凶最悪のドラゴン!!」
テ「世界の明日を守る為に攻撃を開始する悪魔、天使、人間等からなるプリキュア連合軍!」
朔「だが、奴にはビクともしない。それどころか、その姿を変え始めた!!」
リ「ディアブロスプリキュア! 『戦えプリキュア連合軍!復活のカオス・エンペラー・ドラゴン!!』」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。