彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
「腹減ったなぁ……」「お前らのせいでな」
狙撃手が嘆き、コックが毒づく。
「……肉」「食い物を見るような目を向けんなっ!」「くえーっ!」
涎を垂らしながら熱視線を向けてくる船長に、トナカイとカルガモが悲鳴を上げた。
「酒が飲みてェ……」「偶の禁酒は健康に良いらしいわよ」
副船長がぼやき、航海士が皮肉を吐く。
「あと少し、あと少しで着くから」
空腹でギスギスしている麦わらの一味を、王女が励ます。
アラバスタまであと少し。
〇
サンディ島某所。
砂より岩が多い海岸にテントを立てて夜を明かし、ベアトリーゼとチレンは電伝虫を相手に、今後の身の振り方を相談していた。
『ドクター・チレン。いろいろ言いたいことがあるだろうけれど、こちらとしても貴女を保護したその日のうちに、ブラックサイトが襲撃されるなんて想定外なの』
電伝虫から優美な調子の玲瓏な声が届く。
その美声に、チレンは直感的に思う。胡散臭い女。
本件の
『それにしても……進化促進剤を投与された怪物、ね。確認するけれど、ベアトリーゼ。ロッキー島でその怪物を殺した。これは間違いない?』
「真っ二つにしたよ」ベアトリーゼがさらりと応じる。
『そう……』
電伝虫の向こうで紙面が幾枚かめくられる音が聞こえた後、貴婦人が告げた。
『でも、当局の通信を傍受した内容によれば、死体は発見されてないわ。大量の血痕が残っていただけ。それと、得体のしれない怪物が海へ這っていく姿を目撃した、という証言がいくつかあるわね』
「死んでなかったのか。面倒臭ェ奴」ベアトリーゼがアンニュイ顔をげんなりさせ。
「……あの怪物はまだ私達を追ってると?」チレンが細面を青くした。
『そう考えるべきね』
ステューシーは他人事のようにあっさりと言い放ち、言葉を編んでいく。
『海軍を迎えにやるわ。幸いアラバスタ近海には優秀な部隊がいるし、勝手に動いている猟犬もいるようだから』
「その海軍部隊はシキと戦えるの?」チレンが不安げに尋ねれば。
『白骨海域でベアトリーゼが散々痛めつけたから大丈夫よ。シキは慎重で用心深い男だもの。傷が癒えるまで、島船の修理が終わるまで、自身が動くことはないわ。傘下の海賊達なら、海軍で十分対処できる』
淡々と語り、ステューシーはベアトリーゼに水を向ける。
『もちろん、この案はベアトリーゼが怪物を始末することが前提だけれど。どうかしら?』
ベアトリーゼはあのビックリドッキリ
とはいえ、政府と海軍のためにタダ働きなんぞ絶対に嫌だ。
「トビウオライダーの修理。事が済んだら預けるから直して。あと潜水装備も壊れたから、またちょうだい」
『欲張りさんね』
ステューシーは“おねだり”を了承するように、艶めかしく喉を鳴らした。
『ドクター・チレン。苦労を掛けると思うけれど、仔細は彼女に任せて。それが貴女のためよ』
「分かった……けど」チレンは疲れ顔で了承し「私の“値段”はトビウオライダーの修理費と潜水装備一式分なの?」
ベアトリーゼは暗紫色の目をパチクリさせ、電伝虫の向こうでステューシーも碧眼を瞬かせ、2人は揃って笑った。
ベアトリーゼは体を伸ばして、艶っぽい呻き声をこぼす。
「話はまとまったね。とりあえず海岸沿いに南下して、サンドラ大河の河口辺りにあるっていう港町へ向かおう。物資の補給が必要だし、いろいろ情報も仕入れたい」
それに、とベアトリーゼは胸中で続ける。
アラバスタ最大の港町なら、ロビンに情報が伝われば接触があるはず。主人公様御一行とも接近遭遇できるかもしれない。化物のオマケ付きになる可能性もあるが……
「ま、その時はその時だ」
〇
秘密犯罪会社バロックワークスの実務トップであるミス・オールサンデーが組織した情報網は、アラバスタ王国の諜報機関より深く潜み、耳目と手が遠くまで届く。ましてや、現在はクロコダイル肝入りの国盗り計画が佳境に入っている。情報網の活動に抜かりはない。
当然、昨夜未明に起きたロッキー島の騒ぎとて、しっかり把握している。
怪物と怪しげな女の2人組の情報も。
その女の2人組が、トビウオライダーで港町ナノハナへ向かっていることも。
報告を受け取ったミス・オールサンデーは大賭博場レイン・ディナーズの支配人室から余人を下がらせ、秘密犯罪会社最高幹部の仮面を外し、ニコ・ロビンとして大きく、とても大きく深呼吸した。
「ようやく来たのね、ビーゼ」
万感の思いが込められた吐露だった。
今すぐにでも会いに行きたい。クロコダイルの陰謀も、アラバスタ王家に秘められた歴史も、何もかも放り出して、親友の許へ駆けつけたい。
しかし、ロビンの卓越した知性と卓抜した理性が浅慮な振る舞いを制す。
ビーゼの情報は間違いなくクロコダイルも手に入れている。あのワニの人間不信はある意味で病的だ。私の行動を監視しているに違いない。それに私とビーゼの友人関係は広く知られているから、私がビーゼの情報を得て動かなければ、不審を抱くだろう。
今この瞬間も、ビーゼの情報を入手した私がどう動くかジッと窺っているはず。
「これまで通り正直が一番ね」
ロビンは即断した。
クロコダイルは
であるから、クロコダイルに対して最善の護身は正直であること。そして、彼の下す判断に従順であること。異を訴えるならば、利得ある対案を出すこと。
ロビンは素早く『物語』を作り始める。
自身がビーゼと直接顔を合わせる必要性、それによってクロコダイルが(バロックワークスが、ではない)得られる利益等々。クロコダイルを納得させる材料を揃え、抜けや穴が無いようしっかりあつらえる。
自己暗示を掛けるように作り上げた物語を口腔内で幾度か繰り返した後、ロビンは電伝虫へたおやかな手を伸ばし、番号を入力した。
「ミスター・ゼロ。時間を少しいいかしら。提案したいことがあるの」
『悪魔の子』は、絶対に成功させなければならない交渉を始めた。
〇
グランドライン内有数の大国アラバスタ王国の玄関口だけあって、港町ナノハナは大きく、また大いに栄え、賑わっていた。
港には多くの船が泊まっており、大勢の水夫や港湾労働者が行き交い、大量の物資が取り扱われている。内戦中の国の港とは思えぬ盛況振りだ。
港から離れた海岸に上陸し、ベアトリーゼとチレンはツギハギトビウオを隠してから、港町ナノハナへ足を踏み入れた。
2人はまず服飾店に赴いてアラバスタの気候や環境に合った着衣を買い、次いで、あれこれと雑貨を調達し、宿に部屋を取って荷物を置いた後、大衆食堂へ。
ベアトリーゼは三人前の飯を注文し、チレンは呆れ顔を浮かべる。
「本当によく食べるわよね。それって能力者だから?」
「私は生まれ育ちがろくでもなくてね。美味いものを食べる機会に我慢しないことにしてる」
二枚目のラムステーキをパクつきながら語り、ベアトリーゼは自嘲的に語る。
「たしか西の海の出、だったわね」
「そ。乾ききった荒野ばかりの土地でね。住んでる連中は白骨海域のイカレポンチ共より酷い」
「どんな地獄よ……」
チレンはげんなりしつつ、かつてドクトル・リベットが抱いた疑問を覚える。
「そんな酷いところで生まれ育って、どうやって高等学問を修めたの?」
「内緒」
ベアトリーゼは悪戯っぽく嘯き、三枚目のステーキに手を伸ばした。
食事を終え、食後の御茶とデザートを楽しんでいるところへ、ウェイターがやってきた。
「御歓談中失礼します。お客様にこちらをお渡しするよう頼まれました」
盆に載せられた簡素な封筒を受け取りつつ、ベアトリーゼは尋ねる。差出人は既に確信しているけれど、確認しておく必要があった。
「封筒を持ってきた相手は?」
「遣いの子供でした」
「そう。ありがとう。御苦労様」
一礼して去っていくウェイターから視線を切り、ベアトリーゼは封筒を開く。
「例の担当者から?」チレンが関心を向けてくる。当然だろう。
「いや、違う」
ベアトリーゼは封筒に収まっていた手紙を開く。手紙はタイプライターで時間と場所が記載され、手書きで『私はまだ諦めてないわ』。懐かしい筆跡にアンニュイ顔が和らぐ。
「親友からさ」
流石はロビン。手際と段取りがスマートだ。
〇
夜を迎え、繁華街や主要通りは昼間とは方向性の異なる賑わいを見せていた。住宅地の辺りは穏やかで夕餉の香りが漂う。日中の暑気が嘘のように消えており、肌寒さすら覚える。
ベアトリーゼは宿にチレンを残し、手紙に記載されていた場所へ向かっていく。
すらりとした長身を砂漠用の着衣……首にシュマグを巻き、長袖シャツとワークパンツを着こみ、足元は膝下まである脚絆付きブーツで包んでいた。
足取りは、どこか逸っている。
“マーケット”で別れた時、ベアトリーゼは18歳で、ロビンは21歳だった。あれから7年。一緒に旅した時間より、別れていた時間の方が長い。
私の大事な友達。話したいことがたくさんある。聞いて欲しいことがたくさんある。
ベアトリーゼは足早に夜の街路を進んで、ちんまりしたバーに着く。周囲にこちらを窺う影はない。見聞色の覇気に掛かるのは、店内に待つたった一人だけ。
扉を開き、店内へ。
カウンターのスツールに腰かける親友は、記憶の中の姿――十代の面影があった21の頃に比べ、一層美しくなっていた。繊細で神秘的な細面に肩口で整えられた黒髪。彫像のように整った長身。幼さの抜けた成熟した大人の艶気。そして、おっぱいが大きくなってる。
振り返った親友は記憶にあるどんな笑顔よりも嬉しそうで、早くも青い瞳を潤ませていた。
「久し振り」
ベアトリーゼがどこか照れ臭そうに言えば、親友はスツールから降り立って万感を噛みしめるようにゆっくりと歩み寄り、
「会いたかった。ずっと会いたかったわ。ビーゼ」
ニコ・ロビンはベアトリーゼを強く強く抱擁した。声なき嗚咽がこぼれる。
「遅くなってごめんね」ベアトリーゼもロビンを抱き返す。
2人の美女はしばしの間、言葉を交わすことも惜しむように抱きしめ合った。
そして――
2人は肩を寄せ合うようにカウンターに付き、祝い酒がロビンの手でグラスに注がれる。琥珀色の酒に浸る球形の氷がパキパキと鳴いた。
「再会を祝して」
乾杯。ロビンとベアトリーゼは揃ってグラスを口に運ぶ。蒸留酒の酒精を味わい、2人揃ってフッと息を吐き、互いの顔を見合わせ、くすりと笑い合う。
ロビンはベアトリーゼに妹を慈しむような眼差しを向け、ほっそりとした手を伸ばして小麦肌の頬を撫で、癖の強い夜色の髪に手櫛を入れた。
ベアトリーゼは懐かしさを覚えつつ、猫が主人へ甘えるようにロビンへ身を任す。
「少し荒れてるわね」ロビンは眉を下げ「貴女は肌も髪も綺麗なんだから、ケアをサボっちゃダメよ」
「ここ数日、色々あってね」死にかけたりとか。
「いろいろあったのはここ数日だけじゃないでしょう?」
蒸留酒で唇を湿らせ、ロビンは親友の暗紫色の瞳を見つめる。
「貴女の7年を聞かせて、ビーゼ」
ロビンのリクエストに、ベアトリーゼは微苦笑した。
「一晩で話しきれるかなぁ」
「時間ならこれからいくらでも取れるわ」
もう何処へも行かせないとも聞こえる台詞。碧い瞳が微かに鋭さを宿す。
「それとも、宿に残してきたあの女性の方が優先?」
「彼女は請負仕事だよ。鬱陶しい鶏冠ジジイと揉めててね」
「? 鶏冠……なに?」目を瞬かせるロビン。
「後で説明するよ」ベアトリーゼは口端を和らげ、ロビンの青い目を覗き込む。「ロビンも今は“忙しい”でしょ?」
暗紫色の瞳に見つめられ、ロビンは小さく息を吐く。
「やっぱり知ってるのね。私が今何をしているか」
「まぁね」
ベアトリーゼはグラスを半分ほど空け、言った。誰も知らないはずの秘密を。
「バロックワークス。クロコダイルと組んで、平和だったこの国に随分と阿漕なことしたみたいだね」
「……軽蔑する?」どこか怯えるように問うロビン。
「まさか」
蛮姫は罪深き考古学者へあっけらかんと言い放つ。
「約束したじゃないか。世界が否定しても、私はロビンを肯定する。ロビン自身が自分のことを恥じても、行いに悔いても、私は全てを容れる。全てを赦す。ロビンが諦めない限り、私は常にロビンの味方だよ」
ロビンは嬉しそうに、悲しそうにも見える切なげな表情を作った。
「複雑な気分。ビーゼに受け入れられて安心した一方で、否定して欲しかった気もしてる。こんな酷いことはやめろって止めて欲しかった気もするの」
ベアトリーゼはロビンを抱き寄せ、艶やかな黒髪をゆっくり撫でる。
「世間や周りがどう見ようと、ロビンは悲願を叶えるために罪を犯す覚悟があるだけで、根っこは高貴で美しい心を持った善人だもの。良心が痛まない訳ない。私はそんなロビンの友達であることが誇らしいよ」
親友の思いやりと優しさに、ロビンは目頭が熱くなった。目元を擦って微笑む。
「まったく……悪い女ね、ビーゼ」
「それは佳い女ってことだね」
ふふんと得意げに応じ、ベアトリーゼはぼやく。
「とはいえ、厄介なことになったもんだね。身の振り方が難しい」
「……アラバスタ王女のことね」ベアトリーゼから身を放し、ロビンは不安そうに尋ねる。「ビーゼは、どうするの?」
「そうだねぇ……」
ベアトリーゼはグラスを干し、お代わりを注ぎながら思案顔を作った。
「ビビ様には恩がある。とても大きな恩だ。私は故あれば、裏切りもするけれど、ビビ様の御恩に仇を返すような真似はしたくない」
作ったお代わりをごくりと飲み、
「でも、ロビンとした約束にも背きたくないんだよなぁ。私はロビンの番犬だ。7年もお勤めを放棄しちゃったけど、約束を反故にする気は一切ない」
どうしよう。と小首を傾げた後、ベアトリーゼは不安顔のロビンに提案した。
「そうだね。こういうのはどう? 私がビビ様に協力してバロックワークスをぶっ潰して、褒美にアラバスタ王家の隠すポーネグリフを転写させてもらう。その写しを持ってロビンとトンズラする。ロビンだってポーネグリフの記述さえ分かれば、ワニ野郎にもこの国にも用はないでしょ?」
ロビンは難しい顔つきで検討する。ベアトリーゼの提案は自分と王女の願いが両立する。この国は救われるし、自分も目的が叶う。クロコダイル? 検討に値しない。元より信義も仁義も成立していないのだから。
しかし……
「いくら貴女でも、この国の状況は手遅れじゃない?」
「うん。無理だね」ベアトリーゼはあっさり認めた。
アラバスタ王国は既に燃えている。生半な方法では消火も鎮火も出来ない。
ベアトリーゼがクロコダイルやバロックワークスの主要幹部を倒しても、単に悪党が悪党を潰したに過ぎないし、悪名高き『悪魔の子』がバロックワークスの内情を暴露しても情報の信頼性に疑念が付きまとう。
「この状況を覆すほどの大きな物語がないとね。私にそんな物語は紡げない」
グラスを両手で包み持ち、ベアトリーゼは蒸留酒の中に浸かる氷を見つめながら呟き、
「? ビーゼ?」
物憂げな顔を上げ、訝っているロビンへ尋ねた。
「私の“遺言”を覚えてる?」
「……忘れるわけがないわ」
ロビンは一日だって忘れたことはない。
スケッチブックに書かれたメッセージ。必ず心から信じられる人達と出会えると告げていた。だから夢と願いと信念を決して諦めるなと。必ず希望が訪れると。
師の生き様。母の祈りと願い。大きな親友の激励と応援。大切な想い出と同じく、ロビンはベアトリーゼの言葉を胸に抱いてきた。
「残念ながら、まだ心から信じられる人達には出会えてないけれど」
クロコダイルは信じるという言葉から最も遠い相手だ。
「大丈夫。ロビンなら、必ず出会える。いや」
ベアトリーゼは真摯な面持ちで告げる。大きな物語の主演者の一人であるニコ・ロビンに。
「案外、もう出会ってるかもね」
「? それはどういう」
予言染みた物言いに戸惑うロビンを余所に、ベアトリーゼは言葉を編み続ける。静かに淡々と。
「私はロビンを決して裏切らないと誓っているけれど、これから話すことは、ロビンが判断して欲しい。私をこれからも友とするか。ここで縁を断つか」
「な」ロビンは大きく狼狽え「待って。待って、ビーゼ。何を言ってるの?」
「ロビン」
動揺と困惑に染まった碧眼を真っ直ぐ見つめ、ベアトリーゼは告解した。
「私は今、世界政府の秘密工作員と手を組んでる」
ニコ・ロビンは凍りついた。
心がベアトリーゼの言葉を認めることを拒絶している。
魂がベアトリーゼの発言を容れることを拒否している。
この無慈悲な世界で、唯一手放しで信じられる親友が、自分の仇敵の走狗と手を組んだという告白を、感情が受け入れられない。
明晰な頭脳が痺れ、思考がなぜどうしてと疑問で埋め尽くされる。
それでも、理性がロビンを奮い立たせ、声を絞り出させた。
「……お願い。説明して」
「もちろん」
ベアトリーゼは懐から一冊の古い手帳を取り出した。
「全てはこれから始まった」
かくて蛮姫は歴史の探索者に語らん。
自らを竜と驕る者達が西の海に築いた残酷な箱庭と、憐れなる実験動物達の物語を。
この世界の詠われぬ者達の歴史を。
Tips
麦わらの一味。
空きっ腹は心が荒む。
ニコ・ロビン
原作主要キャラ。
ついに親友と再会するも、爆弾をぶっ込まれる。
ベアトリーゼ。
オリ主。
親友に隠し事をしたくないので、爆弾をぶっ込んだ。