彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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NoSTRa!さん、ちくわぶさん、誤字報告ありがとうございます。

アラバスタ編が長引きすぎなので、巻きのため文字数多めです。御容赦を。


118:アルバーナ決戦~新たなるアラバスタ~

 背と肩から多腕を生やし、それぞれの手にナイフと水筒を握らせたロビンは、水筒を傾けてナイフを濡らす。

 

「腕を増やしたところで、俺を捉えられると思うな」

 クロコダイルは自らの体をさらさらと砂に崩し、地下廟内を塵旋風で満たす。

 

「広大な砂漠では手も足も出なかったでしょうね。でも、この狭い閉鎖空間なら」

 ロビンはコブラ王を引っ掴んで部屋の中央にあるポーネグリフの上へ飛び乗り、

八十輪咲(オチエンタフルール)ッ! 四本樹(クワトロマーノ)ッ!」

 部屋の左右両壁に生やした腕を束ね、巨大な腕を形成。その巨大な手の指先は天井に届きそうだ。

 

「フラーテンッ!!」

 多腕の持つ数本の水筒を宙に投げると同時に、ロビンは部屋の中央――自身の立つポーネグリフ目掛け、二本の巨腕による平手を一気に放つ。

 巨大な手のひらが部屋を満たす塵旋風も宙にあった水筒もまとめて押し潰す。

 砂塵と水飛沫が派手に飛び散る中、ロビンは舞うように振り返り、多腕の握る濡れたナイフを振るう。

 

 部屋を満たすほどの平手から逃れられる場所は、ポーネグリフの上だけ。そして、クロコダイルの性格なら、間違いなく背後に位置取り、回避と同時に攻撃を仕掛けてくる。

 

 読みは正しかった。

 多腕の握る濡れたナイフ達が、身体を形作り始めているクロコダイルを捉え。

 

 硬い金属音が響き、鮮やかな火花が躍った。

 

「手口と読みは悪くなかったぜ、ミス・オールサンデー」

 魔人の冷笑がロビンの耳朶を打つ。

 切っ先の狙いを胴体部に集中させすぎたために、クロコダイルは金属製の義手一本で複数の刃を防ぐことに成功していた。

「―――くっ」千載一遇の機を逃し、端正な美貌を歪めるロビン。

 

 クロコダイルは膂力で強引に多腕を弾き飛ばし、体勢を崩したロビンをどすり。

 

 部屋を満たす巨腕とロビンから伸びる多腕が花吹雪のように散り、ロビンは悲鳴の代わりに大量の血を吐いた。握られていたナイフ達がポーネグリフ上に落ちる。

 

「狙いを散らすべきだったな。首、胴、手足の動脈、同時に狙われたら流石の俺も防ぎきれなかった」

 嘲りながらクロコダイルは義手を振るい、ロビンをポーネグリフの上から床へ投げ捨てた。

 

 刹那。

 大きく重たい音が轟き、地下廟全体が強く震動し始めた。軋みたわむ不吉な音色が徐々に強くなり、部屋の全て――天井、壁、柱、床に亀裂が走り、ぱらぱらと目地が剥がれ落ちてくる。

 

 気づけば、コブラがポーネグリフ上から降り、壁際にへたり込んでいた。傍らには小さな石柱が転がっている。

「――何をした」

 

「大したことはしていない。この地下廟は小さな柱を一本抜くだけで、崩壊させられるだけだ」

 コブラは諦念ではなく信念で死を覚悟した人間特有の凄みを湛え、告げた。

「ネフェルタリ家第12代国王の名において、貴様のような邪悪はここで断つ」

 

「つくづくマヌケな王だな、テメェはよ」

 クロコダイルはコブラの覚悟をせせら笑う。

「俺の砂の能力を忘れたか? テメェのしたことは何の意味もねェ。いや、莫大な砂がお前とミス・オールサンデーを呑み込んで始末してくれるな」

 地下廟崩壊の唸りに嘲笑を重ねていたところへ、

 

「ワ~~~~~~~~~~~~ニィ~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 麦わらのルフィが飛び込んできた。

 魔人と王が驚愕して闖入者を見据える。

 

「……何度殺されりゃあ気が済むんだ、テメェはッ!?」

 クロコダイルの怒号を聞きつつ、ルフィは崩壊が進む地下廟と“ビビの父ちゃん”を一瞥し、巨大な石ころの傍らに倒れる“意地悪女”を見てから、答える。

「お前から取り返すまでだ」

 

「あ?」クロコダイルは怪訝そうに「取り返す? 俺がお前から何を奪った?」

「国だよ。この国だ」

 ルフィが無情動に応えれば、クロコダイルはカチンと来て眉目を吊り上げる。

「ふざけてんのか? 俺の国盗りを台無しにしたのはテメェらだろうがっ!」

 

「俺達がこの島に来た時には、もうとっくになかったぞ……っ! あいつの国なんてっ!」

 罵声を浴びたルフィは水色髪の少女が涙を流す元凶へ怒鳴り返した。

「ここが本当にあいつの国って言うなら、もっと、もっと笑ってられるはずだっ!!」

 

「意味の分からねェことを……っ! 水を持たねェテメェに何が出来――」

 クロコダイルの言葉を遮るように、ルフィの拳が魔人の腹を痛打し、苦痛と驚愕に歪む横っ面を殴り飛ばす。

 

 覇気っ!? いや違う。砂塵化を妨げられた。このガキ、まさか。

 ルフィはクロコダイルの推察を肯定するように、血塗れの拳を掲げる。

「血でも砂は固まるだろ」

 

 よくよく見れば、ルフィは全身傷だらけでそこかしこから血が流れ、ぽたりぽたりと滴っている。

 

 このクソガキ。

 大いに不本意だが。認めざるを得ない。

 クロコダイルは左の義手を操作し、鉤の覆いを外す。新たに顔を見せた鉤は禍々しい液体に濡れていた。

「毒針だ」

 

「そうか」ルフィは全く動じずに受け入れる。

 だろうな、とクロコダイルは内心で舌打ちする。このガキは海賊の決闘の流儀を分かっている。卑怯もへったくれもない。生き残った方が勝者だと。

「ここはじきに崩壊する。わざわざ相手をしなくてもテメェは死ぬが、気が変わった。認めよう。テメェは目障りな“敵”だ。ここで決着(ケリ)をつけてやる」

 

 死闘が始まった。

 

 血塗れの超人と傷だらけの魔人が崩壊していく地下廟で激闘を繰り広げる。

 長時間の拘束で衰弱したコブラと、重傷を負ったロビンは、戦いを傍観することしか出来ない。

 

 クロコダイルは毒鉤の左義手を振るい、全てを飲み干す右手を繰り出すが、ルフィを捉えられない。

 ゴムの伸縮と弾性を用い、崩落中の地下廟を自在に機動し、予測不能の攻撃と回避をやってのける。

 何より、クロコダイルの砂塵化を妨げるほどの出血を、武器として利用する精神性。

 覚悟や決意なんて言葉では、とても説明がつかない。

 

 イカレたガキだ。本気で死を恐れてねェ。

 忌々しさを覚えるクロコダイルは、自身が薄く笑っていることに気付かない。

 

 王下七武海でも秘密犯罪結社の首領でもなく、ただ一人の海賊として決闘を行うなど、いつ以来か。

 血が沸き立つほどの昂揚。体が燃え上がりそうなほどの昂奮。それでいて集中力と思考力は冷たく冴え渡っている。

 眼前の敵を倒す。そのことだけに心身が収斂されている感覚に、クロコダイルの口端が無意識に歪む。獰猛に。狂猛に。

 

 地下廟の崩壊が進むに比例し、超人と魔人の死闘も激しさを増していく。

 ルフィの変則かつ不可解な動きに慣れてきたのか、クロコダイルの攻撃がルフィに迫り始める。

 右手に捉えられれば、干殺し。左義手に捉えられたら、毒殺。ルフィは紙一重で必殺をかわし、一撃、一撃とクロコダイルへ叩き込む。

 しかし、倒れない。王下七武海の肩書は、“サー”の尊号は伊達ではない。

 

 左義手の毒鉤がルフィの肩口を削ぎ、ルフィの右踵がクロコダイルの顔を蹴り抜く。

 両者の間に距離が生まれる。クロコダイルが身を起こしながら薄く笑った。

「三度目の負けだ、麦わら。テメェがどれほどしぶとくても、この毒は耐えきれねェ」

 

「お前は分かってねェ」

 毒に冒されたと知っても、ルフィは平然と戦い続ける。その動きに、拳に、死への恐怖も動揺も一切ない。負傷も消耗も疲労も全てを無視し、全力を絞り出して戦い続ける。

 

 むしろ、勝利を確信したせいか、クロコダイルの方にこそ動きに陰りが見えた。

「分かってねェのはテメェだ。麦わら。テメェはもうじき毒で死ぬ。そもそも、万が一にもテメェが勝ったところで、この地下廟の下敷きだ。もう詰んでんだよ、お前は」

 

 クロコダイルの言葉を証明するように、サソリの神経毒が超人の肉体を蝕み始めた。ルフィの動きが急速に鈍くなっていく。

 だが、毒によって体が鈍く重くなろうとも、ルフィの戦意と闘志は微塵も衰えない。

 

「理解に苦しむぜ、麦わら」

 本心から出た言葉だった。クロコダイルは血達磨のルフィをまじまじと見つめる。

「テメェにゃテメェの目的があるんだろう? そのためにグランドラインに来たんだろう? それをたかだか数日つるんだ小娘のために投げ出すってのか? テメェだけでなく手下の命まで懸けるってのか?」

 

 肩で大きく息をしながら、ルフィはポーネグリフの傍らに倒れる“意地悪女”を一瞥し、

「……そこの意地悪女。お前がやったんだろ。自分の仲間を……お前は分かってねえ。だからそんなことが出来るんだ」

 これまで共に過ごしてきた仲間を思い浮かべながら言葉を編む。

「ビビはよ……弱っちぃから、人のためにまず自分の命を懸けちまうんだよ……“あいつ”に厳しいこと言われて腹を括っても、変わらねェ……放っておいたら、お前らに殺されちまう……っ!」

 

「そこまで分かってて、マヌケな小娘のために命を張るってのか」

 呆れ果てた魔人へ、超人が一喝する。

「それが仲間だろうがっ!!」

 

 猛々しく啖呵を切り、ゴムの超人は再び拳を振るう。

 しかし、ルフィが壮烈な覚悟や信念を備えようとも、出血が止まるわけではない。毒を無効化できるわけではない。

 ルフィが地下廟の床へ崩れ落ちる。

 

 崩落の轟音を掻き消すように、魔人が勝利の哄笑を響かせた。

 

     〇

 

 砂色の薄闇の中で繰り広げられた恐怖劇(グラン・ギニョル)が、ついに終幕を迎える。

 

 ビビ。麦わらの一味。チャカやペルを含めた国王軍。コーザが引きつれてきた反乱軍(彼らは武器を収め、白旗を何本も掲げている)。それに、たしぎの海兵部隊。

 王宮前広場に集まった全員が、残酷な見世物に唖然慄然愕然としている。

 

 血泥に彩られ、肉片と肉塊が飾られた広場の中心。返り血で真っ赤に濡れた主演の蛮姫が大きく息を吐き、疲れ顔で助演者を見つめた。

 醜悪な無貌の怪物は一方的に幾度も幾度も肉体を損壊され、致命傷を与えられ、身体の再構成を強制された結果。その体躯は今や三メートルほどまでに小さく貧相に衰弱しており、もはや憐れですらある。

 

「まったく惨めなナマモノだな。お前の気色悪さに観客の皆さんがドン引きしちゃってるよ」

 お前の所業にドン引きしてんだよっ!

 広場に居る全員が声なきツッコミを入れる。

 

 そんな周囲の無言のツッコミに気付くことなく、ベアトリーゼはもう抵抗することも出来ない怪物を容赦なく蹴り飛ばし、半ば広場に埋まっている特大砲弾へ叩きつけると、落ちていた国王軍の長柄や刀剣類を投げつけ、弾殻へ縫い付けるように串刺しにしていく。

 

「さてと……これから消し飛ばす、わけですが」

 ベアトリーゼは磔になった無貌の怪物へ歩み寄り、一枚のコズミン鱗で出来た無貌を引っ掴み、無理やり引き剥がした。あまりの激痛に阿鼻叫喚する怪物をしげしげと見つめ、『ここかな』と呟くや否や口腔へ右手を突っ込み、強引に奥へ押し込んでいく。

 

 よもやの蛮行にドン引きの周囲。流石にもう見ていられないと思ったのか、ナミとビビが意を決して止めに入ろうと広場へ踏み出した。

 その矢先。ベアトリーゼが口腔の奥から細長い奇妙な電伝虫を引きずり出す。S・I・Qと血統因子操作で人為的に造られた寄生型の変種電伝虫だ。

 

「どこの誰だか知らねーが……延々と覗き見してんじゃねーぞ、クソヤロー」

 ベアトリーゼは奇怪な電伝虫へ向かって吐き捨てる。

『ピロピロピロ……気づいていたか』と笑う相手。

 

 直感的に悟る。この野郎が化物の製造責任者だ。

「シキんトコの奴か。邪魔臭いナマモノを送り込んできやがって」

 

『こちらとしては実に素晴らしい知見とデータを得られたよ。特に君だ』

 既に腹を立てているベアトリーゼを、更に苛立たせるように語る相手。

 

「あ?」

『交戦中、君の血統因子情報を得られた……いや。実に興味深い』

 ピロピロと笑う相手が、感に堪えぬというように呟く。

『標本でしか見たことがなかったよ。ヒューロンの血統因子なんてね』

 

「……ヒューロン?」

 聞き慣れぬ言葉に訝るベアトリーゼ。そんな蛮姫をからかうように、相手は言った。

『知らないのか。ピーロピロピロ……君がシキの大親分の傘下に加わるなら、教えてやってもいいぞ』

 

「もっと良い方法がある」

 ベアトリーゼは宿主から剥がされ、急速に衰弱していく変種の電伝虫へ告げる。

「お前んとこに乗り込んで、洗いざらい吐かせてやる。楽しみに待ってろ」

 

『ナイスジョーク』

 通話が切れると同時に電伝虫は息絶え、ぐずぐずと身を崩していく。

 電伝虫の死体を血泥に投げ捨て、ベアトリーゼはシュマグの奥で暗紫色の眉目を吊り上げた。

 

「舐め腐りやがって……私のマシンをぶっ壊して、クソ邪魔臭い奴を寄こした挙句、意味深な謎ネタだぁ? 鶏ジジイ、とことん舐め腐りやがって……っ!」

 広場の全ての者が思わず仰け反るほどおどろおどろしい殺気を漂わせ、疲労限界で血走った眼を無貌の怪物へ向けた。

 

 額に青筋を浮かべ、ベアトリーゼは両手で特大砲弾を掴み、武装色の覇気を絞り出して肩口まで漆黒に塗り潰す。

 

「ふん、がぁああああああああああああああっ!!!」

 女性として許されない表情を浮かべて特大砲弾を持ちあげ、砲丸投げの要領でぐるんぐるんと回り始め。自身の膂力に回転の遠心力を加え、運動エネルギーが限界値に達した瞬間、直上に向かって投擲。

「おんどりゃあ――――――――――――――――っ!!」

 

 磔にされた無貌の怪物が相対風圧でひしゃげるほどの速度で、特大砲弾は天高く上昇していく。

 そして、ベアトリーゼが磔のために突き刺した刀剣類と、砲弾内に浸透させた振動波が衝突。炸薬内にバチッと高電圧静電気を発生させ。

 大爆発(デス・スター)

 

     〇

 

 崩落とは異なる強い振動が地下廟を揺さぶり、クロコダイルは時計塔から砲撃が行われたと認識する。

 役立たず共もようやくまともに仕事をしたか。国王軍30万全てが死んだわけじゃあるまいが、数千数万でも十分だ。崩壊した首都と大量の死傷者。これに国王とニコ・ロビンの消息不明が加われば、この国と世界政府と海軍は対応に追われ、自分の追跡に手が回らないはずだ。

 再起までの時間を稼げる。

 

 クロコダイルは倒れ伏している麦わらのルフィに向き直り、

「テメェのしぶとさは折り紙付きだからな。今回はきっちり心臓を抉りだしてやる」

 トドメを刺すべく踏み出した、瞬間。

 

 ルフィが立ち上がった。出血と疲労と毒で顔は土気色。四肢はおろか体全体が震えている。それでも、双眸は闘志に満ち溢れ、太陽のように強く激しく輝いていた。

 

 クロコダイルをして戦慄を抑えられない。

 なんで立てる。その出血で。毒が回った体で。

 なんなんだ、このガキは。

 

「毒なんかで死んだりしねえ。お前なんかに……負けたりしねぇッ!」

 ルフィは血塗れの拳を強く固く握りしめ、咆哮をあげる。

「俺は海賊王になる男だっ!」

 

「――昨日今日、グランドラインに入ったガキが……この海のレベルも知らねェで、ほざきやがる」

 クロコダイルは決意する。このガキはここで殺す。絶対に。

「くだらねェ夢を見ながら、くたばりやがれっ!」

 

 砂の魔人が残る全ての体力と気力を注ぎこみ、無数の砂刃を放つ。

砂漠の金剛宝刀(デザート・ラ・スパーダ)ッ!」

 

「ゴムゴムのぉ、ストームッ!!」

 対するルフィも全身全霊を込めた鉄拳の嵐を繰り出す。後のことなんか何一つ考えていない。精魂全てを絞り出して鋼鉄すら両断する砂刃を殴り砕き、魔人へ拳を叩きつける。雄叫びを上げながら、心肺が悲鳴を上げ、筋肉が焼きつきそうになっても、限界を迎えるその瞬間まで全力で殴り続ける。

 

「うおおおおおおおおおあああああああああああああっ!!」

 繰り出された最後の拳は漆黒に染まり、クロコダイルの意識を完全に断った。挙句、衝撃が地下廟の天井から地表まで打ち貫き、失神した魔人を瓦礫諸共に空高くへふっ飛ばす。

 崩れゆく地下廟の天井から覗く空は、砂色の闇が払われていた。

 

「――信じられん」

 コブラは感嘆を漏らし、限界を迎えて大の字に倒れたルフィの下へ歩み寄り、告げる。

「感謝する」

 

「いいよ」

 ルフィはニカッと無邪気に笑った。まるで太陽みたいに。

 

        〇

 

 大爆発の衝撃波に誰も彼もが地に伏して、音圧の暴虐に苦悶しつつ顔を挙げれば。

 砂色の闇は消え去り、仄かに雲がかかった青灰色の空が広がっていて。

 

 ぽたり。

 

 ビビの頬を何かが触れた。

「え?」

 頬に手を触れ、確認したビビは一瞬、“それ”が何か理解できなかった。

 

「……雨だ」

 ペルが、チャカが、周囲の将兵達が、コーザが、反乱軍の兵士達が、広場の全ての人々が、首都の内外に居る全ての者が、アラバスタ王国の全民衆が、茫然と空を見上げる。

 三年振りの雨。王国を二分し、同胞同士で相討つほどに求めた雨が、今、降り注ぐ。

 

 アラバスタのあらゆる人々が表に飛び出し、歓喜の声を上げながら雨を浴びる。これまで雨を奪っていた元凶を知る将兵と、自らの過ちを知る反乱軍を除いて。

 彼らはこの雨を素直に喜べない。まだ戦いは終わっていないから。取り返しがつかない罪を犯してしまったから。

 

 砂混じりの雨を浴びながら、ビビは広場を見回す。

 怪物の血肉と大量の血泥が雨に洗われつつある広場に、蛮姫の姿はない。

「……ベアトリーゼさんは、どこ?」

 

「何か落ちてくるぞ」

 いち早く立ち直ったゾロとサンジ、ペルがごく自然にビビとナミを守るように一歩前へ出る。

 

 そして、広場の真ん中に落ちてきた影は、アラバスタを苦しめた元凶。

 完全に意識を失った重傷の“サー”・クロコダイル。

 

「……勝ったんだ」

 ウソップの呟きが起爆剤となった。

 

「あいつが勝ったんだっ!」

 麦わらの一味が喝采を上げ、彼らの喝采に勝利を認識した国王軍と反乱軍も大歓声を上げる。

 ようやっと歓喜の声が首都を震わせる中、ビビは胸元の御守りを握りしめながら、周囲を見回して探し続ける。

 御守りの加護をもたらしてくれた悪い魔女の姿を。

 

 しかし、その姿はどこにもなく。

 それに、気づけば。

 麦わらの一味もまた、姿を消していた。

 

     〇

 

 雨が降り注ぐ王宮前広場。

 首都内の国王軍と首都外から駆けつけた反乱軍でごった返している。

 そして、歓喜の時は終わり、憤怒と復讐心の怒号に満ちていた。

 

 彼らの怒りが向いている先は、負傷兵だらけの海兵部隊で、彼らが捕縛したクロコダイルを始めとするバロックワークス幹部達だ。

 

「そいつらを引き渡せっ!!」「今頃、しゃしゃり出てきてどういうつもりだっ!」「旱魃で死んだ奴らの仇だっ!」「吊るせっ!」「首を刎ねろっ!!」「なまぬるいっ! 焼き殺せっ!」

 

 海賊の逮捕権は海軍が優先される。だから、海軍は世界政府加盟国に乗り込んで海賊を捕えることが出来る。常ならば、民衆は文句など言わない。

 

 だが、此度の件は事が大きすぎた。クロコダイル率いるバロックワークスの陰謀により、アラバスタ王国1000万人全てが、直接的間接的な被害を負った。経済損失はもちろん人的被害も凄まじい。

 

 その元凶と一味を前にして、怒りを爆発させない奴は、聖人か人格異常者くらいだろう。

 

「落ち着いてくださいッ! お願いですっ! 落ち着いてくださいッ!」

 たしぎも部下達も怪我を押して、喉が張り裂けんばかりに叫び続ける。

 正義を背負う彼らは、被害者達から加害者を守るため、罵声を浴びせられても、殴られても、汚物を投げつけられても、耐え堪え、言葉で訴え続ける。

 

 ビビやペル、チャカ、コーザも冷静になるよう呼び掛けるが、一度燃え上がった復讐と報復の炎はそう易々と消えない。

 

「鎮まれぃっ!」

 

 広場の端から端まで届く大喝が轟き、誰もが何事かと振り返り――

「……国王様だ」「コブラ様だ」「陛下っ!」「国王様だっ!!」

 

 死んだはずの護衛隊長イガラムを伴い、傷だらけの国王が広場に姿を現した。

 

 全てのアラバスタ人が即座に王のため、道を開けた。

 王の無事に、国王軍の将兵は歓喜と達成感を覚え。傷ついた王の姿に、反乱軍の将兵は罪悪感と後ろめたさを抱き。

 

「パパッ!!」

 ビビは父の許へ駆け寄り、抱きついた。

 王女ではなく娘として、無事に戻ってきた父を抱擁し、安堵と歓喜の涙を滲ませる。

 

 コブラは父として娘を抱きしめ返した後、王として周りを見回す。可能な限り、一人一人と目を合わせていく。

 

 チャカ。ペル。コーザ。国王軍の将兵。反乱軍の将兵。駆けつけてきた首都の民や難民達。

 

「怒りは当然。悔やみも当然。悲しみもやり切れぬ思いも当然。最悪は避けられても、失ったものはあまりに大きく、得たものはない」

 

 王の言葉は静かだった。雨音に紛れてしまいそうなほどに。

 広場に集まった者達は誰もが呼吸すら忘れ、王の言葉に意識を集中させる。

 

「だが、これは前進である。今日今この時に至るまで、各々が何を想い、どう決断し、何をしたか。過去を無きものになど誰にもできはしない。この争いと災いの上に立て。そのうえで」

 

 王は再び民を見回し、大声で叫ぶ。

「生きてみせよっ! アラバスタ王国よっ!!」

 




Tips
ロビンVSクロコダイル
 ロビンさん:砂に化けられたら手足も出ない……
       せや、部屋いっぱいの手を作って水ごと押し潰したろ!
 女野蛮人の悪影響。
巨腕形成からの平手潰し:フラーテン以外は原作技。フラーテンは英語で『ぺしゃんこにする』の意。
 
ルフィVSクロコダイル。
 決着。原作と違いを入れたかったけど、無理だった。

ベアトリーゼ。
 オリ主。
 野蛮人振りを発揮し、周囲をドン引きさせる。いつも通り。

ザパン。
 元ネタは銃夢。
 最後の最後までベアトリーゼに名前も素性も知られることなく、人間として扱われることすらなく、木っ端微塵に吹き飛ばされた。
 元ネタの最期より悲惨かもしれない。

ピロピロおじさん。
 劇場版キャラのドクター・インディゴ。
 口調が難しすぎる。再現に失敗している。済まない。本当に済まない。

ヒューロン。
 元ネタは『砂ぼうず』の世界観要素。元々は『ハルク病』と呼ばれていたが……
 詳細は後々。

王の演説
 内容は独自のものにしようと思ったけど、後のロビンとの会話や世界会議編を考えると、原作伏線っぽいので、ほぼそのまま。
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