彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
アラバスタ編のラストのため詰め込んでしまい、文字数多め。
これでも1万字から切り詰めたんや。勘弁したって。
「いやぁ~~~~~~よく寝た~~~~~~っ!」
日暮れ時。ルフィが三日ぶりに目を覚まし、野武士のように高笑いを響かせ。
「腹減ったぁ~~~~~~あああっ!? 帽子ッ!! 俺の麦わら帽子はぁッ!?」
「目ェ覚ました途端、元気全開だな」
サンジは紫煙を吹かしながら、微苦笑をこぼす。
「帽子ならそこだ。王宮傍に落ちてたのを兵士が拾ってくれてたぞ」とウソップがサイドボードを示す。
「はい、ルフィさん」
ベッドの傍らに座るビビが、柔らかな笑顔と共に麦わら帽子を差し出す。
「おお、ビビ。ありがとう」礼と共に麦わら帽子を被り、ルフィは安堵する。
「よかった。ルフィさんが元気になって」ビビも胸をなでおろす。
「? 俺は元気だぞ?」と小首を傾げるルフィ。
「あんた、怪我とか熱とか凄かったのよ。チョッパーとビビが付きっきりで看病してたんだから!」
ナミがルフィにツッコミを入れる。ちなみに、ナミも看病を手伝ったが、そんなことはわざわざ言わない。さらに言っておくと、美少女達に看病されるルフィにサンジがガチで嫉妬した。
コブラ王の厚意で譲ってもらった気象学やグランドライン関係の書籍を整理しながら、ナミはチョッパーとビビに改めて礼を言うルフィへ、続けた。
「人外染みたあんたが三日も起きなくて、流石に少し心配したわ」
「三日っ!? 俺、三日も寝てたのか……」ルフィは目を真ん丸にし、額を押さえて「なんてこった……っ! 15食も食い損ねたっ!!」
「珍しく計算が早え。しかも1日5食計算だ」狙撃手は呆れ顔を禁じ得ない。
「たしかにそれぐらい食うな」一味の胃袋を預かるコックが頷いた。
「おぅ、ルフィ。目ェ覚めたか」
一味に貸与された大部屋に、ゾロが帰ってきた。
「あっ! ゾロっ! 包帯はどーしたんだよっ!? さてはお前、またトレーニングしてきたなっ!? 傷がきちんと塞がるまで運動は控えろって言ってんだろっ!」
小さな船医が小言を並べるも、
「大丈夫だ、チョッパー。傷は開かなかったからよ。もう治ったんじゃねーか?」副船長はしれっと答えた。
「全然治ってねェよコノヤローッ! 医者の言うこと聞けよっ!」
チョッパーが喚き、ルフィは用意されていた果物を一瞬で平らげ。
「全然足りねえ……っ! 15食分を取り返さねえと……っ!」
「ああっ!? ルフィ、果物全部食うなよっ! 俺も食おうと思ってたのにっ!」
「テメェ、ルフィッ! ナミさんとビビちゃんに、フルーツ盛り合わせを出せなくなっただろうがっ!」
「暴れんなバカ共ッ!!」
ウソップとサンジがルフィに食って掛かり、ナミの怒声が響く。
そんな騒々しい一味を、ビビが心から嬉しそうに眺めていると、
「ん? ”あいつ”はいねェのか?」
狙撃手とコックにとっちめられながら、ルフィが尋ねる。
”あいつ”が誰を指しているか察したナミは、小さく肩を竦めた。
「ベアトリーゼなら、戦いの後に姿を消したわ」
争乱後に姿を消した女野蛮人に、ナミはしかめ面を作り、ビビは表情を曇らせる。
今日の午前中、ナミは時間を見つけてビビと共に、アラワサゴ紛争で保護した女子供達へ会いに行っていた。
かつてナミが保護し、ビビに託した戦災難民の子供達は、首都アルバーナの王立孤児院に預けられ、娘達も孤児院の職員として雇われていた。幸い、此度の争乱で過去のトラウマに苦しんでいるということもなく、子供達も娘達もナミとビビを笑顔で歓迎した。
そして、彼ら彼女らから聞いた。
先頃にベアトリーゼが密やかに訪れたらしく、どうやって調達したのか大金が寄付され、不格好なガラス細工が贈られていたという。ガラス細工はアラバスタ守護神の隼とジャッカルとあったけれど、どう見ても太ったハトと不細工なパグ犬だった。
私達のとこにも顔を出せっつの。と内心で不満を覚えつつ、ナミは言った。
「今頃は、ニコ・ロビンを連れてこの国を離れてるわよ」
「そっか~……シャンクスのこととかウタのこととか、いろいろ聞きたかったんだけどなぁ」
ルフィは残念そうに眉を下げた。ユバで会った時は状況が状況だったから、話を聞く機会が無かった。
「私、お礼もしてないのに……」とビビも切なげに嘆息をこぼす。
「またどっかで逢えるだろ。俺がエースに逢えたみたいによ」
太陽のように笑うルフィにつられ、ナミとビビも釣られて笑顔を作る。
「まったく楽観的なんだから……でも、そうね。私もアラバスタで逢えると思ってなかったし。またどこかで逢えるかも」
「そうね。きっとまた逢える」
ナミの言葉に全面的同意をして、ビビは胸元に下げた“御守り”を愛おしそうに撫でた。
○
この夜、王宮の大食堂で催された宴は、後々まで語り草になるほど騒がしく賑やかで……誰も彼もが涙をこぼすほど大笑いした。
この夜、宮殿大浴場で大国アラバスタの王が歳若き海賊達へ深々と頭を下げ、深甚の感謝を述べたことは、王国護衛隊長しか知らない。
この夜。麦わらの一味は静かに王宮から立ち去った。
王女は私室ではなく、あえて一味の去った大部屋のベッドを使い、夜の静謐さを噛みしめていた。
麦わらの一味と過ごした時間はたった数日のことだったけれど、こんな静かな夜は随分と久し振りに感じる。
盗み食いを企てる船長と狙撃手と船医。彼らを容赦なく蹴り飛ばすコック。夜な夜な鍛錬を始める剣士。寝ぼけて枕を投げたりする航海士。
……もう、誰もいない。
ビビは静寂の中で数刻前のことを振り返る。
・
・・
・・・
一味が抜け出す算段をしているところへ掛かってきた、電伝虫の念話通信。
誰だと出てみれば、捕縛を逃れて捜索追跡されているボン・クレーだ。
曰く――海軍によってアラバスタ王国の全港は監視され、この島の全体が海域封鎖されているという。メリー号が海軍に押収されそうだったから『友達』として、『善意で』移動させたそうな。だから、一緒に協力してこの島から脱出しましょ。サンドラ大河上流で待ってるわん。
まとめれば、そんな内容だ。
王と国軍に化けてナノハナを襲ったボン・クレーとその部下達は、逃亡中の最高幹部ニコ・ロビン同様に王国中から強烈に憎悪されている。ある意味、麦わらの一味よりはるかに厳しい状況にあった。麦わらの一味と協力して脱出というのは、理に適っているというか、他に手がないというか。
「……信用できるか?」と不安顔のウソップ。
「この場合は信じる信じないは関係ねェさ。船を取られてる以上、行くしかねェ。罠ならブチのめすだけだ」とサンジ。
「ボンちゃんは友達だ」ルフィは腕を組んで「ハチだって信じるもんのために昔の仲間と戦ったし、“あいつ”も友達と敵味方に分かれたこと気にしてなかったぞ。ボンちゃんを信じて良いだろ」
「ハチもベアトリーゼも、特殊な例だと思うけど……サンジ君の言う通り、行くしかないわね」とナミ。
「決まりだな。さっさと支度しよう」ゾロが皆に支度を促す。
一味が準備を始める中、ビビは御守りを撫でながら、誰へともなく。
「私はどうしたら……」
全員が顔を見合わせ、ナミが真っ先に口を開く。妹を気遣う姉のような顔つきで。
「12時間の猶予を上げる。もしも……私達と旅を続けたいなら、明日の昼、東海岸に来なさい。海賊として歓迎するわ」
「ビビちゃん。君はこの国の王女で、この国のために頑張ってきた。だから、俺達は勧誘までだ。決断はビビちゃんに委ねるよ」
サンジがビビの胸中を
「来いよビビッ! 絶対来いよっ! やっぱ今、一緒に来いっ!」
「ナミとサンジの気遣いがパァじゃねェかっ!」「もう行くぞ、ルフィッ!」
ウソップとチョッパーが喚くルフィを連行していく。
「なんでだよっ! ビビに来てほしくねえのかよっ!」
「そういうことじゃねえ。ビビが決めることだ。いいからさっさと来い!」
ギャーギャー喚くルフィの連行にゾロが加わり、一味は王宮を去っていった。
・・・
・・
・
去り際まで騒々しく賑々しい一行を見送り、ビビは思案する。
全てを棄て、彼らと共に旅をするか。それはきっと想像できないほど楽しい。
今や紐帯で結ばれた彼らと別れるか。それはきっとすごく寂しい。
だけど、王女として務めを果たしていくなら……彼らと道を分かつしかない。
ビビは答えを出せないまま、目を閉じた。
御守りを握りしめながら。
○
急遽、ビビの立志式を催す理由は偏に政治である。
アラバスタを襲った国難が去ったとはいえ、傷はとても深い。であるからこそ、再起と復興の嚆矢として、ビビの立志式を催すことになった。
本来は14歳の時に行うはずだったし、何より、今や王国におけるビビの人気は絶大の一言だ。
100万余の反乱軍を止め、英雄を演じてこの国を滅ぼそうとした巨悪を告発し、内戦の危機から国を救った。また、紅い
アラバスタ国民は、この荒唐無稽な話を信じた。
我ら自慢の姫様だ。偉業と逸話は多くても困らない。今や国を挙げて『砂漠の聖女』と謳うほどだ。
そんな我らが姫の立志式である。
早朝から、王国中の人々が首都に集まっていた。
国の東西南北から老いも若きも、男も女も。誰も彼もが王家と姫様に敬意を示すべく式典に相応しく着飾り、窮乏に喘ぐ難民達すら能う限りの一張羅に身を包んでいる。
王国中に報せるべく、ありったけの電伝虫と拡声器が用意されており、広場に据えられた放送機材の前で人だかりが出来ていた。
そして、太陽が昼の高さに昇り――
○
サンドラ大河河口部。ナノハナ沖。
海賊の駆る“羊船”と犯罪者の乗る“あひる船”は、8隻の軍艦に包囲され、ボッコボコにされていた。
2隻を包囲する艦隊の指揮官、海軍本部大佐“黒檻”ヒナは自身が能力者であるが故、能力者の限界を正しく理解している。
能力者は総じて近接戦に長け、白兵戦で猛威を振るう。しかし、海上では? 海上でまともに戦える能力者はさほど多くない。であるなら、海軍が海軍たる長所を以て戦えばよい。
全周包囲しながらも付かず離れずの完璧な艦隊運動。各艦の完璧な同時斉射による飽和攻撃。通常砲撃が能力者や強者に防がれると分かるや否や、砲弾の信管を時限信管に切り替えて目標上空で炸裂させたり、迎撃の難しい海面反跳砲撃に切り替えたりして殴り続ける。
こうなると、麦わらの一味は手も足も出ない。なんたって船は武装した遊覧船に過ぎず、最低限を割るほど人数不足で、しかも海戦のド素人だから。
能力者としての力を発揮できず、ルフィが歯噛みして吠えた。
「ちくしょーっ!! 白兵戦なら負けねぇのに! かかってこいよコノヤローッ!」
怒声を聞いたヒナは全艦へ告げる。
「まだ余裕があるようね。もっと痛めつけて弱らせなさい」
四方八方から砲弾が降り注ぎ、“羊船”と“あひる船”が肉を削ぎ落されるように損傷していく。
ウソップが水飛沫を浴びながら必死に直した舷側が、即座に再び破壊される。飛散した木片を浴び、あちこち傷だらけ。
ブチッ! ウソップは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「……これ以上、メリーを壊すんじゃねぇ――っ!」
愛船をボッコボコにされ、小心者の狙撃手が恐怖と怯懦を忘れるほど激昂。照準合わせも装薬調整も、そもそも狙いすら合わせず、怒りに任せて闇雲に艦載砲――遊覧船の護身用の旧式砲をぶっ放す。
天文学的確率の出来事――一言でいうと、奇跡が起きた。
包囲南側の一隻に砲弾が命中。予備弾薬が大誘爆を起こして横倒しになり、僚船を巻き込んで転覆していく。
「すっげぇッ!! やったな、ウソップッ!!」「鼻ちゃん、やーるじゃないのよーぅ!!」
まさかの結果に唖然とする狙撃手を、船長とオカマが手放しで称賛した。
「ウソップはヤベェ」「ルフィとは別方向に何を“起こす”か分からねェよな」
ゾロが呟き、サンジがしみじみと頷く。
包囲に穴が開いた。常識で言えば、即座にその穴から脱出すべきだ。
しかし、傷だらけの“羊船”は東へ向かって進み続ける。
戸惑うオカマ拳法家へ、麦わらの小僧が太陽のように笑いながら言った。
「仲間を迎えに行くんだ」
「ダチの……ため……ッ!?」
その時、ベンサムに電流走る。
「……ここで逃げるは、オカマに非ずっ!!」
ボン・クレーは大喝を放ち、部下達へ熱情を込めて言葉を刻む。
「命賭けてダチを迎えにいくダチを……見捨てて、オメェら……明日食う飯がウメェかよっ!!」
ボン・クレーも部下もバロックワークスに身を置き、ナノハナを襲った実行犯。紛れもなく悪党である。同時に、彼らは悪党の世界に生きるがゆえに、友情と義理人情へ背を向けぬ矜持を掲げていた。愚かである。愚かであるが……だからこそ、他人様に後ろ指を差される生き方をしながらも、胸を張って死んで行けるのだ。
頭目の熱情に染まった部下達と、呆気にとられる麦わらの一味に、ボン・クレーは滂沱の涙を流しながら、語りかけた。
「野郎ども、および麦ちゃんチーム。よぉーくお聞きっ!」
麾下の2隻を沈められ、ヒナは美貌を強く歪めていた。無理もない。戦力の4分の1を失ったのだ。大損害と言っていい。
「“あひる船”が南進を開始っ!」と観測員が叫ぶ。「羊船は進路そのままっ!」
ヒナは自身の双眼鏡を使って確認する。
大佐へ至るまでに武装色の覇気をいくらか修得していたが、見聞色の覇気はあまり身についていない。本人の向き不向きもあるし、艦隊指揮官は多忙な役職だ。練度維持はともかく修行の時間なんて中々捻出できない。
双眼鏡で見る限り、“羊船”は空っぽで、麦わらの一味も“あひる船”に移乗しているようだ。なるほど。足の遅いキャラックを棄て、あの下品なパドルシップに集合した、ということか。
ヒナは美声を張った。
「全艦、“あひる船”を追跡っ! 各艦は本艦の強襲接舷戦闘を援護せよっ!」
そして――ヒナの艦隊が“あひる船”を取り囲んで接舷すると、麦わら一味に変装したオカマ軍団が完全武装で待ち構えていた。
やられた、とヒナが振り返れば。“羊船”が風と潮の流れを完璧に掴み、常識離れした速度で離脱していく。
ヒナが屈辱に美貌を強張らせているところへ、
「まーぁ、あちし達に騙されても恥ずかしく思う必要は無いわよーぅ。なーんたって、あちし達は変装のエキスパートだものーっ!」
ボン・クレーがくるくると独楽のように回りながら、ヘラヘラと笑う。
「――――」
ヒナは眉目を吊り上げながらコートを脱ぎ棄て、両手に黒い皮手袋を装着する。ヒナだけではない。全ての海兵が静かに激憤しながら武器を構える。
それは、ボン・クレーとて同じこと。煽りをやめてオカマ拳法の構えを取り、部下達も一斉に武器を構えた。
「あちし達のダチを追わせはしねェ……かかって、こいやっ!!」
「総員突撃っ!」
ボン・クレーとヒナの激突が始まる。
「ありがとぉ~~~~~~っ!! ボンちゃん達のこと、忘れねぇからな――――っ!!」
去っていく“羊船”から、麦わらの一味が力いっぱい感謝の言葉を叫んだ。
○
太陽が真上に昇り、立志式が始まった。
王宮のバルコニーに瀟洒な白と桃のドレスに身を包んだ影が姿を見せる。
首都が揺れるほどの大歓声の中、我らの姫が語り始めた。
『少しだけ……冒険をしました』
『それは暗い海を渡る“絶望”を探す旅でした』
麦わらの一味が哨戒中の海軍監視船と出くわすが、強引に突撃。砲弾を掻い潜りながら距離を詰めたなら。
人外三匹が即座に軍船へ飛び移り、海兵達を千切っては投げ千切っては投げ。
しまいにゃ勢い余って監視船を沈めてしまった。
ルフィが叫ぶ。
「急げっ! 約束の時間に遅れちまうぞっ!」
『国を離れて見る海はとても大きく。そこにあるのは信じ難く力強い島々。見たこともない生物。夢と違わぬ風景。伝聞でしか知らない異なる文化』
王女は、幼子へ読み聞かせをするように語り掛けてくる。
『波の奏でる音色は、時に静かに。小さな悩みを包み込むように優しく流れ。時に激しく。弱い気持ちを引き裂くように笑います』
設置されたスピーカーの前で、人々は王女が見聞きしたであろう旅の光景を想像する。
『暗い暗い嵐の中。私は魔女さんに出会いました』
ユバの町。トトはスピーカーから流れる王女の言葉を聞き、皆に言う。私も魔女に会ったと。
『悪い魔女だと名乗っていたけれど……魔女さんは私に魔法を掛け、導いてくれました』
周りは冗談だと思って笑った。
『魔女さんが導いてくれた先で、一隻の小さな船に出会いました』
コブラは愛娘の声に耳を預けながら、カップを口に運ぶ。その顔は柔らかな笑みを湛えていた。
『闇の中で惑う私に、船はこう言います。「お前にあの光が見えないのか?」』
『闇にあって決して進路を失わないその不思議な船は、踊るように大きな波も強い逆風も越えて……指を差して私に教えてくれる。『みろ、光があった』と』
黒髪碧眼の美女が、子電伝虫から流れる王女の言葉を聞いていた。
『魔法を掛けてくれた魔女さん。光を教えてくれた小さな船』
おめでとう。御姫様。私に出来なかったことを、貴女は成し遂げた。
『歴史はやがて、これを幻と呼ぶけれど、私にはそれだけが真実。そして――』
不意に放送が途絶えた。
式典会場だけでなく、首都は大騒ぎだった。
王女を遠くからでも一目見ようと首都へ参じたというのに、バルコニーに現れたのが、女装した護衛隊長だったのだから。
ビビ様はどこだーっ! 本物の王女様を見せろーっ! ザッケンナコラーッ! スッゾコラーッ!
サツバツとした空気になり始めた式典会場に、冷汗を流しつつ、イガラムはこの場に居ない王女の心中を想う。
アラバスタ王国東海岸を緩やかに進むボッロボロのメリー号。
船長と船医が舷側に立ち、迎えを待つ友達を探して目を皿のようにしている。
「……ビビ、いねぇな」寂しげな船医。
「絶対にいるっ!」唇を尖らせて船長が叫ぶ。
「気持ちは分かるが……諦めろ」
「放送はアルバーナの式典会場からだろ? ビビちゃんは来ねェと決めたんだ」
ゾロもサンジも、ビビの背負うものの大きさを理解している。この結末も予想していた。
「そんなことねぇっ!」だが、ルフィは認めない。「降りて探しに行こうっ! 絶対に来てるからっ!」
やけに頑ななルフィに、ゾロとサンジもどう説得したものかと困り顔。
「おいっ! 海軍の追手が来たぞっ!」と後甲板からウソップが叫ぶ。
「ここまでよ、ルフィ」
美貌を曇らせたナミが、ルフィの肩に手を置いて諭す。
「約束の時間は過ぎたわ。これ以上は待てない。あのオカマ達の献身も無駄になる……もう行きましょう」
「むぎぎぎぎ……」
ルフィが歯噛みして唸ったその時。
『みんなぁっ!!』
再びアラバスタ全土に王女の声が届く。
「ビビだぁっ!」「おい! メリーを海岸に寄せろっ! 早くっ!!」「ウソップッ! 舵をお願いっ! チョッパー、サンジくんっ! 操帆急いでっ!!」「おうっ!!」「海軍が来てんぞっ!?」「邪魔するならぶっ潰すだけだっ!! それよりビビだっ! 迎えに行くぞっ!」
海岸に現れたドレス姿のビビに、麦わらの一味は大興奮してギャーギャーと大騒ぎ。
そんな彼らの様子を瞬きする間も惜しむように見つめながら、ビビはカルーの背に乗せた電伝虫を使って、気持ちを告げる。
『お別れを言いに来ました!』
冷や水をぶっかけられたように、唖然と固まる麦わら一味。
『私……皆と一緒には行けません。今まで本当にありがとう。冒険はまだしたいけど、私はやっぱり……この国を愛してるから!!』
ビビは込み上がってくる様々な感情を堪えきれず涙を溢れさせながら、かけがえのない仲間達へ別れの言葉を告げる。
『だから、行けません!!』
『私はここに残るけれど……いつかまた、会えたらっ!』
たった数日、共に旅をしただけ。けれど、一生変わらない絆を結んだ仲間達へ、ビビは大粒の涙をぼろぼろと流しながら、叫ぶ。
『もう一度仲間と呼んでくれますかっ!?!』
追手の海軍が近いから、麦わらの一味は返事が出来なかった。海軍に王女が海賊とつながっているなんて知られたら、不幸しか生まない。
だから。
麦わらの一味は全員が後甲板に並び立ち、一斉に左腕を掲げた。
アラバスタに入国する直前、ボン・クレーの変装能力への対策手段として、一味の全員が左腕に記した印をビビへ示す。
これから何があっても、仲間である証を。
「出航~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
船長の号令と共に、麦わら髑髏の旗が強く大きくはためく。
ビビは涙に濡れた顔に、16年の人生で最も美しい笑みを浮かべ、ゴーイングメリー号が水平線に姿を消すまで見送り続ける。
愛おしい仲間達が海の彼方へ姿を消し、ビビが故郷へ帰ろうとしたその時。白い小さな影がビビの手元へ真っ直ぐ飛んできた。
鳥かと思ったそれは紙飛行機で。翼には『Dear Princess Vivi』。
ビビが目をパチクリさせながら周囲を見回す。紙飛行機が届けられそうなところに人影はない。困惑しながら紙飛行機を開く。ビビと麦わら一味の集合絵。短い手紙。差出人の名は―――
「ベアトリーゼさん……っ!」
驚いて再び周囲を見回すも、やはり人影は見つからない。小さな落胆を覚えながらも手紙に目を通す。
立志式の祝いの言葉に始まり。謝罪の言葉が並ぶ。挨拶もせず去ること。数々の”無礼”。アラバスタに仇なした親友を引き渡さぬこと。そして……。
『私の”魔法”に些少でも満足いただけたなら、幸いです。 貴女の友の悪い魔女より』
ああ……。ビビは手紙と絵を大切に大事に抱きしめた。止んでいた涙が再び溢れ出す。
「ありがとう、ベアトリーゼさん……っ!」
Tips
ヒナの黒檻艦隊。
原作では得体のしれない巨大槍をぶっ放してたけど、本作では通常砲弾。
純粋な海戦の技量で麦わら一味を追い詰めた。
別れ。
原作アラバスタ編の終わり方は本当に美しいから、本作主人公を噛ませなかった。
噛ませなかった分、裏でわちゃわちゃやってる。
全面カット。
事件後の描写は全てカット。
王国の防諜体制と司直の捜査能力が大幅に強化されて、御上も民衆も血眼になってバロックワークス残党狩りをした。
コブラの恩赦が下るまで、コーザを始めとする反乱軍主要幹部は拘留。
残党狩りで捕まったバロックワークス関係者が悲惨な目に遭った。
ウィスキーピークの連中が元バロックワークスだった事実を全力で隠蔽した。
――という内容。
長かったアラバスタ編、終了。