彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
時計の針を“神”エネルがゴーイングメリー号を訪問する前まで戻す。
島外を目指し、ゴーイングメリー号は
操舵も操帆もしなくて良いので、ナミもサンジもウソップも、オブザーバーのガン・フォールも愛馬?ピエールも手隙である。
ビビりのウソップは森のあちこちから聞こえてくる戦闘騒音に怯えまくっていたが、武闘派のサンジは平然としていたし、ナミも開き直り気味で不安を見せない。
というわけで、少年少女は島外に出るまでの暇潰しがてら、ガン・フォールに話を聞いていた。
このスカイピアという空島の歴史について。
「概ねベアトリーゼから聞いた通りね。正確にはゲリラ達から聞いた話だけど」
ナミの感想に、ガン・フォールは大きく頷く。
「そうだ。彼らの言葉は正しい。このアッパーヤードは400年前に青海からやってきた時、我らの父祖がシャンディアの民から奪い取ったものなのだ。私欲からな。それを天から与えられた恵みと騙り、自らの罪を正当化したのだ。今では疑問に思う者すらいない」
ガン・フォールはチョッパーが用意していった薬を服用し、フッと息を吐いて言葉を続ける。
「昨晩、お主達の仲間に語ったが……この空島を成す島雲は作物を成長させても、生み出しはしない。ゆえに、この空島では
「空の民にとっちゃあ、この島そのものが巨大なオタカラなのか」
ウソップが大樹と巨木が居並ぶ周囲の光景を眺めながら呟けば。
「少し違う。空島で生きる全ての者にとって、だ」
かつてスカイピアの指導者だった老人は、懺悔するように言葉を編んでいく。
「空の民にとっても、シャンディアの民にとっても、大地は空で生きていくために不可欠なものなのだ……特に、シャンディアの先祖は空島の環境をろくに知らぬまま、故郷を追われて生きていかねばならなくなった。彼らの味わってきた艱難辛苦には言葉もない……」
「なるほどな」サンジは渋面を作り「ゲリラが400年も戦い続ける訳だ」
どういうこと? と目で問いかけてきた航海士と狙撃手へ、コックは懐から煙草の箱を取り出しながら。
「土が無けりゃあ生み出さない。つまり作物を増やすことが難しい。食い物の穀物や野菜、医薬品になる薬草、植物由来の色々なもんの生産量に限りがあるってことは、常に飢餓や疫病、諸々の不足に悩まされてきたはずだ。故郷を奪われた屈辱に加えて困窮に苦しめられてんだ。400年前から今の今まで」
くわえた煙草に火を点し、サンジは大きく紫煙を吐いた。煙草の味がやけに苦く感じる。
「しかも、自分達にそんな目に遭わせてる奴らが、すぐ傍でのうのうと豊かに暮らしてる。そりゃ武器を
「先祖代々の恨みと今現在の憎しみ、か……」
復讐と報復に覚えがあるナミは可憐な面持ちを悲しげに歪め、ゆっくりと深呼吸してから、空の騎士へ尋ねた。
「それで、今の神……エネルだっけ? そいつは何者なの?」
エネル。その名を聞いたガン・フォールの顔つきが変わり、憤りが滲む。
「6年前、エネルはどこぞの空島から兵を率いてスカイピアに攻撃を仕掛け、アッパーヤードを奪取した。敗れた吾輩はスカイピアを追われ、神隊の部下達は囚われて何やら労働を強制されていると聞く」
皮肉だな。サンジは口に出さず思う。ゲリラからこの島を奪い取った連中の子孫が、別の空島の奴らにこの島を奪われたのか。
「シャンディアの民にとっては、神が吾輩からエネルに代わっても状況は変わらぬ。いや、吾輩の時より戦いはより激しく厳しいものになった」
ガン・フォールは長い白髭を撫でながら、眉間に皺を刻む。
「エネルは武に長けているだけではない。あやつは人心を支配し、操っておる」
「恐怖統治ってやつか」と不安顔のウソップ。
「ふむ……エネルのやり口は恐怖より性質が悪い」
苦虫を山ほど噛み潰したような目つきで、ガン・フォールは少年少女へ語って聞かせる。
「お主達のように“外”からやってきた者達を犯罪者に仕立て上げ、裁きに至るまでをスカイピアの民によって導かせる。これによって民は罪の意識を抱く。己の行いに罪を覚え、悔いを抱く時。人は最も弱くなる。エネルは民を罪悪感で縛り、巧妙に支配しておるのだ」
神の如くな。と締められた話に、ナミは蜜柑色の前髪を掻き上げて仰々しくぼやく。
「エンジェルビーチに着いたばかりの時は楽園に見えたのに……かつての黄金郷もとんでもないところへ来ちゃったもんね」
「おお……それだ」
ナミのぼやきに空の騎士は食いつき、不思議そうに青海人達へ尋ねた。
「お主達が昨夜から延々口にしておる、そのオーゴンとはなんだ?」
しかし、会話は続かない。突如として、先代の“神”ガン・フォールの許へ、当代の“神”エネルが現れたから。
「静かにしていろ、青海人。お前達に用はない」
エネルは一瞬で生意気なサンジを雷撃で倒し、喚き散らすウソップを鬱陶しそうに感電させて黙らせた。
ナミはエネルの不興を買わぬよう、震えながら口元を押さえた。エネルとガン・フォールの問答を聞きつつ、慄きながらも明晰な頭脳で眼前の“神”を分析する。
なに、こいつ。今何をしたの?
失神昏倒したサンジとウソップは酷い熱傷を負い、髪や肌が焦げた臭いを漂わせていた。ナミは2人がやられた時の鮮烈な閃光と、2人の熱傷にシダ状紋様があることに気付く。
……まさか、雷? 雷の能力者? ウソでしょ、雷なんて無敵じゃないっ!?
「さて、これで話ができるな。ガン・フォール」
ヤハハハと嗤うエネル。
「エネル……ッ! 貴様、いったい何を考えている……っ!」
敵意を隠さないガン・フォールへ、エネルはおどけるように肩を竦めた。
「この島での用が済んだのでな。別れを告げに来たのだよ」
そう語るエネルの言葉で、当代の“神”と先代の“神”のやり取りが始まる。部外者のナミには会話の内容がほとんど分からない。
ただ――
こいつ、なんなの?
ナミはエネルの異質さに気づき、不気味なものを覚える。
大地がない空島では貴金属や希土類がほとんど手に入らない。たまにノックアップストリームで運び込まれる海底の土砂や沈没船の残骸、稀に訪れる青海人から入手するしかない(その割にウェイバーなどを構成する金属部品や金属製生活道具の製造技術があるようだが……)。そのため、空の民は金属の知識に疎い。事実、ガン・フォールは黄金の価値どころか金という金属自体を知らなかった。
しかし、エネルは黄金を知っており、価値まで理解していた。しかも、黄金遺跡のことも歴史的概要を把握しているようだ。
それに、よくよく見れば、空の民は皆、背中に小さな羽を生やしているのに、エネルにはない。羽の代わりに四連太鼓を生やしている。
いったい……何者なの?
ナミがエネルを気味悪がっている間に、ガン・フォールとエネルの問答に幕が引かれた。
「……貴様が去るというなら、吾輩の部下達は、神隊の皆は解放するのかっ!」
ガン・フォールが吠えるように問えば、エネルはヤハハハと高笑いした後、
「さてな。それは神のみぞ知る、だ」
己の身体を雷光と変え、一瞬で消え去った。
「待て、エネル……っ!」
虚空に向かって怒鳴るガン・フォール。ナミはただただ圧倒されていた。
「あれが、スカイピアの“神”……っ!」
○
ワイパーと大立ち回りを繰り広げていたルフィが、超巨大ウワバミ君に丸呑みされ。
チョッパーに敗れた神官ゲダツが青海へ落ちていき(自爆ともいう)。
ナミがクリマタクトと衝撃貝で丸っこい風船双子(神官サトリの弟達)をぶっ飛ばし。
エネルが暇潰しがてらにシャンディア戦士達を狩り始めた。
アッパーヤードを巡る戦いが激しさを増していく中、島外の白い海上で少女が立ち往生していた。
「どうしよう、どうしよう……」
シャンディアの少女アイサは生まれながらに心網(見聞色の覇気)を扱える。ただ、幼さゆえか、心網を制する術を知らぬためか、アイサはただ一方的に知覚してしまっていた。
アッパーヤードで行われている激戦を。
シャンディアの戦士達が次々と斃れていく様を。よく知る者達から流される血を。よく知る者達が横たわる姿を。彼らの怒号を。彼らの断末魔を。彼らの怒りを。彼らの恐怖を。
戦場の凄惨な光景と戦士達の生々しい感情を否応なしに知覚してしまったアイサは、『自分も何かしなくちゃ』という幼い義務感と使命感に突き動かされ、ウェイバーを持ち出して村を飛び出していた。
そんなアイサの心情を嘲笑うかのように、あるいは、焦燥に駆られた憐れな幼子を危険から遠ざけるかのように、ウェイバーは故障して動かなくなってしまった。
「動いてっ! お願いだから、動いてっ!」
アイサは躍起になってウェイバーの機関部を叩く。しかし、ウェイバーは応えない。
どうしよう、このまま皆死んじゃう……っ! ラキも、ワイパーも、カマキリも、皆……っ!
目頭が熱くなり、涙腺が飽和して大粒の雫が溢れ出そうになった、矢先。
喧しいラッパの音色が聞こえてきた。
「え、なに……?」
戸惑うアイサを余所に、水平線の先から悪趣味な外装の大型ウェイバーがラッパを掻き鳴らし、白い水飛沫を跳ね上げてかっ飛んでくる。
場違いな騒々しさとあまりにけったいな姿に、アイサの涙も引っ込む。
「えぇ……ほんとに何あれ」
かくて、アイサは出会う。
自分と同じように、
○
アッパーヤードのそこかしこで死闘と激戦が繰り広げられ、麦わらの一味と神官達が大暴れし、神を名乗る男が跳梁する中、美女2人はマイペースにフィールドワークを続けていた。
遺跡――緑と島雲に食われたかつての街並みを見回しながら、ベアトリーゼはしみじみと呟く。
「こりゃ相当に大きな街だったんだな。都市外縁部でこれだけの遺跡や遺構があるんだから」
「興味深いわ。元々存在した遺跡を利用して建物が作られてる。それに……古い方の遺跡は空へ吹き飛ばされた時の衝撃や、風化や植物の浸食で壊れたわけじゃない。見て、ビーゼ」
遺跡を丁寧に見分していたロビンは、荒事に長けた親友へ石造りの基礎部分を指差す。
「石材が変色してるわ。多分、高熱で焼かれた跡よ。例のシャンドラが滅んだ時のものでしょうね。黄金都市を築くほど繁栄した国家が滅ぶほど大きな戦いがあった。おそらく800年前に」
ベアトリーゼはロビンの推論に同意の首肯を返し、
「……私も気になっていることがあるんだ」
横髪を弄りながら言葉を続ける。
「空島の連中……空の民もシャンディアの民も背中に小さな羽が生えてるでしょ? 私は両者の混血化が原因かと思ったけど、話を聞く限りそうじゃない。シャンディアは空へ飛ばされる以前から羽があったようだ」
ロビンはハッと碧眼を大きくした。
「何らかの理由から同一起源の民族が空と地上に分け隔てられた?」
「空島はスカイピア以外にもあるらしい。でも、ガン・フォール翁の話が事実なら、空島の環境は生命の起源足りえない。なら、どこかから移り住んだと考える方が妥当だ。問題はどこか、という話になるけれど……そこは謎だね」
親友の指摘を聞き、ロビンは息を飲む。
かつてオハラには世界中の書籍――情報や記録が集積されていた。しかし、空島と地上の交流が極めて乏しかったこともあり、空島に関わる書籍は皆無に等しかった。
つまり、空島にまつわる多くのことが未調査、未検証、未確認のままなのだ。
空の民は世界の外にある大きな謎なのかもしれない。もしかしたら、空白の100年に並ぶほどの。
「面白い。凄く面白いわ。こんな楽しいの、何年振りかしら」
次々と現れる未知と謎。親友とアカデミックな会話をしながらの冒険。ロビンは神秘的な美貌を溌溂と輝かせていた。
○
エネルを追い、ガン・フォールが愛馬?ピエールに跨って出撃していく。
メリー号に残されたナミは途方に暮れる。
なんたってドンパチ真っ只中のアッパーヤードを進む中、野郎2人がエネルによって重傷で失神しており、動ける者はナミだけ。さっきの色物兄弟みたく襲われたら……
膝を抱えて泣きべそを掻きたい気分だが、ナミはここで悲嘆にくれたりしない。
海賊専門の泥棒猫をやってきた根性とアーロン一味抹殺を実行したメンタル的タフネスは伊達じゃないのだ。
「とりあえず、こいつらの手当てをしないと……ああ、もう! チョッパーが居てくれたら」
ナミが白目を剥いてるサンジとウソップを手当てしようとした、刹那。
「ひぃっ!? な、なに!? なになにっ!?」
怯えた猫みたく飛び上がり、ナミは慌てて失神中の2人を盾にして身を隠す。と。
ラッパを掻き鳴らしながら、悪趣味な大型ウェイバーがやってくる。ナミが警戒心全開でドキドキしているところへ、
「ナミさーん! へそーっ!」
悪趣味な大型ウェイバーの後席で空の民の美少女が手を振っていた。
「え? コニス? パガヤさん? なんでここに……」
ハンドルを握るジェットヘルの髭男はパガヤ。後席に座って手を振る金髪お下げの美少女はコニス。どういうわけか、パガヤは背中にバズーカらしき武器まで背負っている。
事情が分からないナミがきょとんとしている間に、パガヤが180度スピンターンを決めてメリー号に接舷。コニスとパガヤ父子に加え、見慣れぬ小さい子がメリー号へ乗り込んできた。
「ちょっと、この子誰よ?」依然、困惑中のナミが問う。
「ああ、その子はアイサと言って――」
「近づくな、青海人っ! やっつけてやる! あたいはシャンディアの戦士だっ!」
係留ロープを繋いでいたパガヤの説明を遮り、アイサとかいうゲリラの少女が何かのダイヤルを構えて威嚇してきた。
シャンディアの戦士達と青海の海賊が戦う様を心網で知覚していたアイサは、青海人のナミを敵だと思っているらしい。
が、アイサの素性もここにいる背景事情も知らぬナミは、小生意気な少女に意地悪心が刺激された。エネルと遭遇や色物双子と戦闘、仲間二人が重傷で、孤立状態だったから、余裕がなかったのかもしれない。
ともかく、ナミはチビッ子ゲリラの前に屈みこみ、意地悪な顔で空の騎士に借りた衝撃貝仕込みの小手を装着した左手を翳す。
「だからなんなの? わたしとやんの? インパクトするわよ」
ナミが9歳児相手に大人げない対応をしていると、
「まぁ、大変っ!? お二人が丸焦げっ!」コニスはサンジとウソップの有様にビックリ仰天。
「と、とにかく今は進路を変更してください」パガヤが雲の川を示しながら「
それから、とパガヤが自身の大型ウェイバーから小型ウェイバーを担いでメリー号に持ち込む。
「貴方達から預かったウェイバーです。修理が終わったのでお持ちしました」
修理というより、リファインカスタムと言うべきか。
一人乗り用の船体部はより流線型にスマートで。ハンドル部分は船首に移設し、島雲上でも走行できるよう前輪を装着。シンプルな小型丸目ライト。フロントフォークはスプリングショック付き。機関部も搭載した貝(ダイヤル)をより効率的に稼働できるよう新調されている。
「持ってきてくれたのっ?! ありがとうっ!」
喜ぶナミへ、ウェイバー技術者のパガヤが興味深そうに船体後部へ搭載された機関部を見た。
「それにしても、このウェイバーは只物ではありませんでした」
「え?」
橙色の瞳を瞬かせるナミに、パガヤは面白いものを見たと言いたげにニッコリ。
「とても強力な
再び目をパチクリさせるナミ。楽しげなパガヤ、警戒したままのアイサ。そんな三人にコニスがやや怒り気味に声を張る。
「皆さん、何をしてるんですかっ! 早く手を貸してくださいっ! お二人の手当てを急がないと!」
叱声を浴び、三人は慌ててサンジとウソップの手当てを始めた。
○
迷宮染みた大樹の森。その太い枝の上。
「ヤハハハ……時間切れだ、カマキリ」
シャンドラの戦士カマキリを相手に“遊んで”いた神エネルは、飽きたと言わんばかりにその悪魔の実の力を発動させた。
「100万ボルト、
ゴロゴロの実の力を用い、エネルはカマキリに向けて雷撃を放つ。
高電圧高電流の雷電が放出され、鮮烈な雷光が木々の影を払拭し、空気が焼け爆ぜる音色が轟き、一瞬で全身が電撃傷で丸焦げになったカマキリが、枝から転がり落ちていく。
「……んん?」
カマキリを嘲笑っていたエネルは、シャンディア戦士や神兵達が感電する様を心網で知覚。苦い顔で舌打ちする。
「いかん。電気が雲の川を伝ってしまったか。今の放電で20人ばかり斃れたな。マヌケ共めが」
まぁ、いいか。とエネルは冷笑を浮かべる。このゲームは“選別”が目的。マヌケなど元より不要だ。それに、2時間が経過してまだ20人以上残っている。少しばかり選別のペースが遅いようだが……それも問題ない。
「ふむ。じっくりと追い込んでいくとするか」
エネルは哄笑しながら自らの体を雷に変え、有言実行に移った。
「……どうしよう。絶対、大変なことになる」
メリー号の後甲板に立つナミは、端正な顔を真っ青にしている。
ナミの視線の先。
雲の川の白い水面に、感電したトビウオライダーが腹を見せるように浮いていた。
Tips
神エネル
ゲームの主催者。参加者に天敵と強敵がいることをまだ知らない。
ナミ
二年後の新世界編では『子供は絶対に守るウーマン』となっていたが、この頃は子供相手にも意外とシビア。
コニス・パガヤ父子
ワンピースは二親が揃った家庭が少数派。
パガヤのウェイバー
船体は紫。内装はワインレッド。日章旗モドキにラッパ。完全に珍走団仕様。
ベアトリーゼの推察。
原作でも真実は不明らしい。