彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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14:冴えたアイデア

「八輪咲き――クラッチッ!」

 ロビンのハナハナの実が猛威を振るう。ボキボキと骨が砕ける音色とバチンバチンと腱が断裂する音色が奏でられ、賞金稼ぎ達が絶叫しながら崩れ落ち、激痛にのたうち回る。

 

 それでも頸椎をへし折られて殺されなかっただけマシかもしれない。

 あるいは、ロビンに倒されて幸運だったかもしれない。

 

 ベアトリーゼの相手をしてしまった者達は、もっと悲惨だったから。

周波衝拳(ヘルツェアハオエン)ッ!」

 

 武装色の覇気をまとい、覇気と周波数振動を秘めた黒拳はあらゆるものを破壊し、破砕する。

 分厚いコンクリ壁だろうと、鍛えられた筋肉質な人体だろうと、お構いなしに。

 飛散する瓦礫片が散弾のように賞金稼ぎ達を薙ぎ払い、黒拳の直撃を浴びた賞金稼ぎが爆散して血肉をまき散らす。

 色気を漂わせる物憂い顔を湛え、ベアトリーゼは容赦なく躊躇なく命を破砕し、周囲を鮮血で真っ赤に染め上げていく。

 

 その凄惨な光景に荒事慣れした賞金稼ぎ達すら怯え竦む。

「ば、ばけもんだぁっ!」「5千万ベリーの強さじゃあねえぞっ!」「海軍の奴ら適当な賞金つけやがってっ!」「割に合わねえっ! 逃げろぉっ!!」

 

 逃げ出していく賞金稼ぎの背中を見送り、ベアトリーゼは革製の長手袋を軽く振るって血を払い落とす。

「とりあえず“第一陣”は撃退したね」

 

「第一陣?」とロビンが訝る。

「賞金稼ぎ共の数が多すぎるし、数のわりに雑魚ばかりだ。きっと誰かが旗を振ってるんだよ。こういう場合、バカアホマヌケの物量でこっちを疲弊させてから、腕の立つ本命を当ててくる」

 故郷での経験談から状況を類推するベアトリーゼ。

 

「つまり、私達を狙った狩りね」

 ロビンは繊細な美貌を強張らせた。

「なら、旗振り役は……サイファー・ポール辺りかしら」

 

「多分ね」ベアトリーゼはさらりと認め「自前の諜報員じゃなくて賞金稼ぎ共を踊らせてる辺り、性格が悪い。きっと陰険で友達のいない奴だよ」

 悪態をこぼしつつ、ベアトリーゼは思案する。

 

 こちらを探っていた連中はある程度捕捉していたけれど、まさかこれほど大勢動員していたとは。完全に想定を覆された。

 相手は陰険なクソ野郎だけど、手際が良い。このまま島を脱出しても、海上で網を張っている可能性が高い。海軍、それも本部将官クラスを用意しているかもしれない。

 戦闘力に自信はあるけれど、逃げ場のない海上で本部将官クラスの手練れと戦って、必ず勝てるとは言い切れない。

 

 ――不味いな。詰み掛けてる。

 

「ビーゼ? どうしたの?」

 鋭敏なロビンはベアトリーゼの微細な変化を見逃さない。

 

 ベアトリーゼはいつものアンニュイ顔に柔らかな微笑を湛えた。

「ロビン。出会った時に約束したよね。ロビンが諦めない限り、守り続けるって」

 

「? ビーゼ?」

「ロビンが世界の脅威であり続ける限り、私はロビンを守り続ける。私は常々、世界政府や海軍に吠え面を掻かせたいと思ってるからね」

 

 ロビンは顔を蒼くして相棒を凝視する。

 小麦肌の秀麗な顔に浮かぶ優しい笑みは、故郷で死に別れた巨人の親友に酷似していて。だから、ロビンはベアトリーゼがこれから何をしようとしているのか、即座に察することが出来て。

「ダメよ。絶対にダメ」

 

 ロビンは顔を強張らせ、恐怖を吐き出すように言った。

「一緒に脱出するの。これまでそうしてきたでしょう。私達なら出来るわ。だから」

 

「諦めてなんかないよ、ロビン。私は荒野でドブネズミみたいな人生を送ってきたけど、諦めた事だけは無いんだ」

 ベアトリーゼは失うことへ怯えている親友をあやすように、

「私はロビンを必ず守るし、私自身も必ず生き延びる。だから、私達がこの島を脱出するにあたって一番確実な手段を採るんだよ」

 繊細な美貌を歪めているロビンの頬に手を添えて優しく、励ますように告げる。

「大丈夫。上手く行くよ」

 

      〇

 

「いくらか想定外の海賊共が“狩り”に加わっているようですが」

「かまわん。賞金稼ぎ達ではなく、海賊がニコ・ロビンを確保してもいいし、ベアトリーゼを殺してもいい。いずれにせよ、あの2人がマーケットに留まれなくなった時点で、狩りは半ば成功している」

“ジョージ”は数本目の煙草をくわえ、火を点す。

「後は海軍の責任だ。成功しようと失敗しようと関係ない」

 

 紫煙をくゆらせる上司を横目に、諜報員は思う。

 この人は性格が悪い。

 

      〇

 

 安宿の一室が爆散し、大量の粉塵が立ち昇り、瓦礫が通りに降り注ぐ。

 加えて、安宿内に突入した賞金稼ぎ達が肉塊となって通りに落ちてきて、血肉をまき散らす。

 

「きゃああああああああっ!」「血浴の仕業かっ! あのメスガキャアッ!」

 通行人達の悲鳴と安宿を包囲する賞金稼ぎ達の怒号が轟く中、乙女が屋上に姿を見せた。

 

 小麦色肌のアンニュイな美貌。癖の強い夜色のミディアム。気だるげな相貌に宿る暗紫色の瞳はどこまでも冷たい。

 しなやかな長身を暗橙色の皮革製タイトジャケットとスリムパンツを包み、メタル入りのニーブーツとロンググローブ。鈍色の短外套をまとい、背中にバックパックを担いでいた。

 暗緑色の外套を羽織り、フードを目深に被った長身の女性を抱きかかえている。

 

「ベアトリーゼだっ! ニコ・ロビンも一緒だぞっ!」と賞金稼ぎが屋上を指して怒鳴った。

 

 直後。

 ベアトリーゼの足元が爆発し、安宿の屋上を半ば崩落させながら、乙女達が一気に飛び去って行く。

 

「飛びやがったっ!」「港に向かってるぞっ!!」「追えっ! 逃がすなっ!!」

 賞金稼ぎ達が大騒ぎしながら、飛び去っていったベアトリーゼ達を追いかけていく。

 

 殺気だった喧騒の最中、粉塵漂う安宿の裏手から、長髪の眼鏡美人が密やかに立ち去っていった。

 

      〇

 

 戦闘機や対地攻撃機の超低空飛行を地表追随飛行(ナップ・オブ・ジ・アース)という。

 ジェット機が主流の現在は地上数十メートルを飛ぶことを言うが、第二次大戦時代の日本海軍航空隊は翼端が波頭に触れるほど低く飛んだそうな。

 

 ベアトリーゼはマーケットの市街上空を低く低く飛び抜けていく。数百メートルごとに建物の屋上を蹴りつけて運動エネルギーを補充し、港湾部を目指して一直線に飛び進む。

 

 海軍体術“六式”の移動術“剃”や“月歩”を用い、ベアトリーゼ同様に空を駆けてくる者達が数人いた。サイファー・ポールの諜報員――ではなく元海軍の賞金稼ぎと言ったところだろう。六式を扱える辺り、腕利きと見做して間違いあるまい。

 

「鬼さんこちら」

 ベアトリーゼは独りごちるように呟き、港へ向けて空を駆けていく。

 

“本気”で飛べば、連中を振り切ることも不可能ではない。武装色を足にまとったうえで、能力をフルパワーで地面なり海面なりを蹴りつければ、数百メートルどころか数キロ先まで高速飛行が可能なのだから。

 

 しかし、それでは意味がない。追いかけてきてもらわねば。

 

 自分とロビンがマーケットから脱したと認識してもらわねば。

 

 マストが居並ぶ港湾部が見えてきた。港に出入りする船舶の群れが見えてきた。

 海上方面に絞って、ありったりの見聞色の覇気を駆使して捜索探査し――

 

 ベアトリーゼはやはりと納得しつつも、心底忌々しげに舌打ちした。

「徹底してるな。なんて性格の悪い奴だ」

 

 こちらの見聞色の覇気が届くぎりぎりに海軍本部艦隊が展開していた。

 大型主力艦4隻、艦隊の猟犬である快速フリゲート4隻。

 

 まったく、小娘2人に大掛かりなことだね。

 でも、()()()()()

 

      〇

 

「ベアトリーゼとニコ・ロビンが賞金稼ぎ達の追跡を振り切り、出港中の民間貨物船に着艦を確認。そのまま乗っ取ったようです」

 甲板の舳先。つるの直属部下である女性将校が告げた。見聞色の覇気の扱いに長けた彼女は艦隊の目だ。

 海軍中将“大参謀”つるの直属部隊は選び抜かれた女性将兵で固められている。

 

「ベアトリーゼが食べた悪魔の実は一体何なんだい? 打撃に凶悪な破壊力を付与させ、何らかの精神失調をもたらし、挙句は高速飛翔まで可能にする。そんな悪魔の実、聞いたことがないよ」

 不機嫌顔のつるが誰へともなく問う。

 

「飛翔に関しては六式のようなものなのでは?」

 部下の一人が自身の想像を口にする。

「その割にゃあ空を蹴る動作がないことが気になるね」とクザンが横から口を挟む。

 

「……海軍本部科学班の分析では、あり得る可能性としてプルプルの実ではないか、と」

 別の部下が報告した。

 

「プルプルの実? それはたしか……触れたものを振るわせるだけの“ハズレ”の実じゃあなかったかい?」

「おそらく、今までの能力者がプルプルの実を本当の意味で使いこなせてなかったんだろう」

 クザンがつるの疑問へ推察を口にした。

「悪魔の実は使い方の教科書があるわけじゃない。能力者自身が能力の理解を深め、使いこなさない限り、本当の力を発揮しない」

 

「たしかに」

 自身もウォシュウォシュの実の能力者だけに、つるはクザンの見解に納得し、そして顔つきを強張らせた。

「覚醒している、そう見做した方が良いね」

 

「こりゃあ厄介だ。ただでさえあの歳で異常なほど戦い馴れた覇気使いだってのに、覚醒した能力者なんて。5000万どころじゃない。5億でも安すぎる」

 クザンは溜息を吐いて正義の二文字が入った白い将官コートを羽織り直す。

「おつるさん、どう来ると思う?」

 

「あの船を人質に、なんて真似はしないよ。ニコ・ロビンは海軍に人質戦術は無駄だと思っているからね」

 

“本気”になった海軍がどこまで冷酷に残酷に非道になるか、ニコ・ロビンは骨身に学んでいるだろう。

 その気になれば、自身とベアトリーゼを倒すために民間船の乗員を躊躇なく犠牲にする、と。

 

 むろん、つるはそんな無体な真似を考えてもいない。が、つるがそういう手を取らないことを、ニコ・ロビンもベアトリーゼも知らない。

 

 となれば、

「あの船を無事に逃がすため、こっちにベアトリーゼが攻め込んでくる」

 お前も分かっているだろう? と言いたげに険しい目線を寄こす大参謀に、青雉は頷き、次いで表情を硬くする。

「こんなこと言いたかぁないけど……犠牲無しじゃあ済まないよ、おつるさん」

 

「センゴクの奴、とんだ貧乏くじを押し付けてくれたもんだ」

 つるは腹立たしそうに吐き捨てつつ、腕を組んで仁王立ちする。

「総員戦闘用意っ! 敵を小娘と思うんじゃないよっ! 腹を括りなっ!」

 

 応ッ!

 

 艦隊将兵が意気軒昂に応じ――

 そして、民間貨物船の船首先で巨大な水柱が上がり、血浴の異名を持つ乙女がたった一人で海軍艦隊へ向かって飛翔してきた。

 

      〇

 

 海面に足が触れる瞬間、超高速大気振動で生じた静電気と摩擦熱が海面を水蒸気爆発させ、ベアトリーゼをロケットのように飛翔させる。

 

 亜音速に達しながらも覇気によって守られた体は、些かも傷つくことなく艦隊に到達し、

弾丸(ゲショス)(シュラーク)ッ!!」

 身体ごと飛び込むような超加速パンチがフリゲート艦の横っ腹を撃ち抜く。

 

 その破滅的衝撃に高速飛散した船体木材が死のシャワーと化して水兵達の身体を貫き、引き裂く。衝撃が船全体に伝播して甲板や船体がたわみ、竜骨や肋骨が歪み、水圧に負けた水面下部位が破断。挙句は吹き飛んだ砲弾や炸薬が衝撃波に殉爆し――

 フリゲートの一隻が爆発横転し轟沈。乗船している水兵達諸共に海中へ没していく。

 

 一瞬で一隻が撃沈され、さしものつるも呆気にとられ、クザンも目を瞬かせていた。

 

「こりゃあ……参ったな」

 クザンは顔を険しくしたまま、艦隊司令官であるつるへ問う。

「この辺一帯の海面を凍らせて、ニコ・ロビンの乗る船も押さえちまおうか」

 

 階級が上であろうとこの作戦の指揮権はつるにある。クザンは判断を委ねた。

 

 つるは心底うざったそうに吐き捨てた。

「戦術的にはそれが正解だけど、ダメだ。この海域を氷結しちまうとマーケットの商売に問題が生じる。世界政府が出しゃばってくる政治的問題になる」

 

「……良いのかい、おつるさん」

「同情するんじゃないよ、ヒヨッコ。良いも悪いもない。()()()()()()()

 

 サカズキやガープならマーケットのことなど無視して討伐を優先するだろう。だが、その判断が許されないから、両者はマーケットはおろか近海へ赴くことすら禁じられているわけで、この作戦につるが選ばれた理由なのだ。

 

 たとえ、結果として部下の犠牲が増そうとも、戦術的正否より政治的是非の冷徹な判断をくだせるから。

『清らかなる正義』を掲げながらも、つるは紛れもなく世界の清濁を知る老練の女将軍だった。

 

「まずは艦隊総員でベアトリーゼを押し潰す。それからニコ・ロビンを乗せた船を追っても遅くない。それに」

 つるは眉目を吊り上げた。

「確信したよ。たとえニコ・ロビンを捕り逃してでも、あの娘はここで倒しておくべきだ」

「……同感だ。一撃でフリゲートを沈めるような小娘を放置したら、将来どうなるか分かったもんじゃあない」

 

「なんとも剣呑な評価を頂いているようだから、その評価に合わせて忠告するよ」

 上空から第二マストの先端に降り立ったベアトリーゼがつるやクザン達を見下ろしながら、

「とっととこの海域から失せろ。じゃないと」

 アンニュイ顔に残忍な微笑を湛えた。

「皆殺しにしちゃうぞぉ」

 




Tips
おつるさんの部下。
 原作では容姿だけ描写されていたが、名前も能力も紹介されてないので扱い方が分からない。

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