彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
変態が殺気立っている頃、ガレーラカンパニー本社に集まった職人達も殺気立っていた。なんたって誰も彼もがアイスバーグを尊敬し、棟梁として慕っている。
そんなアイスバーグを殺されかけたのだ。職人達の怒りは凄まじい。
職人達は正門に群がる報道陣に苛立ち、アイスバーグの安危を知りたがる市民達に苛立ち、何も出来ず待つしかない現状に苛立っていた。
尊敬するボスが意識を取り戻さないことに焦燥していたところへ、不意にコンドミニアムのドアが開いた。
意識不明のアイスバーグに付き添っていたカリファが姿を見せ、職長達に告げた。
「アイスバーグさんが意識を取り戻しました」
職長達の歓喜の声は本社から街へ伝播し、市民達がアイスバーグの無事を喜ぶ。市内放送がアクア・ラグナの注意警報を発するも、誰も気に留めないほどに。
意識を取り戻したアイスバーグは見舞う職人達へ語る。
襲撃者を見たと。
仮面を被った大男と黒髪碧眼の長身の女――おそらくニコ・ロビンだと。
『ニコ・ロビン……新興海賊団“麦わらの一味”に加わったっていう賞金首だポッポー』
「たしか、どっかの国でテロを起こして逃げたんじゃなかったか?」
「アラバスタって国だ。王下七武海と組んで国家転覆を図ったらしい。なんだってテロリストがアイスバーグさんを狙ったんだ?」
「ガレーラが政府や海軍の船を造ってるからか? それとも、昨日、船の件でアイスバーグさんが厳しいこと言った腹いせか?」
職長達があーだこーだと話し合っていたが、アイスバーグはまったく違うことを考えていた。
なぜなら、アイスバーグは知っていたからだ。
ニコ・ロビンが、古代兵器プルトンを求めて討伐されたオハラの生き残りであることを。
「大変だぁっ!!」
職長の一人が駆け込んできて叫ぶ。
「昨日、ドックに来た麦わらの海賊とフランキーのアホが喧嘩をおっぱじめやがって、一番ドックに被害が出てるっ!!」
ビキッと青筋を浮かべた職長達はアイスバーグの許を辞し、足早に現地へ向かう。
敬愛するボスを殺そうとしたクソ女の仲間である、麦わらをぶっ潰すために。
そして――
麦わらのルフィと変態フランキーとガレーラ職長達が三つ巴の大乱闘を始め、アイスバーグ暗殺未遂事件が『麦わらの一味によるもの』という風説が流れるに至り、産業都市が総力を挙げて麦わらの一味へ牙を剥く。
街をひっくり返すような大騒ぎを余所に、小麦肌の美女がガレーラカンパニー本社へ向かっていた。
モジャッとした夜色のショートアフロ。眉目秀麗な細面に色の濃いサングラスを掛け、長身をライダーファッションで包んだ美女の姿に「あれ? 今の……?」と幾人かが気づく。
美女は一番ドックの大騒ぎを無視して本社の受付窓口に赴き、不安顔の受付嬢へ告げた。
「元社員のビーが訪ねて来た、とアイスバーグさんか秘書のカリファに取り次いでちょーだい」
○
コンドミニアムの正面玄関前で、2人の美女が再会する。
「お久し振りです、ビーさん」
憂慮を抱きながら気丈に微笑む健気な乙女はカリファ。ガレーラカンパニー社長秘書兼ウォーターセブン市長秘書を偽る世界政府諜報機関の
5年前のカリファはショートヘアの金髪眼鏡美女だったが、今は髪を長く伸ばし、スタイルはさらに艶美なメリハリを得ていた。その色香溢れる長身をビジネスフォーマルとミニスカートと網タイツで包んでる。セクスィー。
「やぁ。カリファ。そっちも元気そうで何より」
朗らかな微笑を返す元ガレーラカンパニー事務職員ビー、に扮する高額賞金首“血浴”のベアトリーゼ。
5年前の変装に合わせ、癖の強い夜色の髪をショートアフロにアレンジし、色の濃いサングラスで両目を覆い隠している。
どちらも、ゾッとするほどに自然体だった。演者を志す者が見たら嫉妬を覚えるほどに、カリファは秘書カリファに、ベアトリーゼは元事務員ビーになり切っている。
もっとも、カリファは内心でデフコン1を発動していたが。
カリファは眼前で微笑む元社員を“血浴”のベアトリーゼだと確信している。オハラの悪魔と“血浴”を取り込んだ麦わらの一味のウォーターセブン入り、ニコ・ロビンの拉致、アイスバーグの暗殺未遂。そこへたまたま“血浴”似の元社員が現れる、などあり得ない。
問題はベアトリーゼがガレーラに現れ、アイスバーグに面会を求めた理由だ。
ひょっとして自分達の
密やかに警戒心を研ぎ澄ますカリファに対し、極めて危険な凶悪犯だろう元先輩社員はカリファの足元から頭の天辺まで見回し、うーむと哲学的に唸る。
「5年前に比べて痩せた? あ、でも尻はデカいまま――」
「無礼者ッ!」
カリファの神速フックがベアトリーゼのリバーを打ち抜く。演技ではなく本能的反射行動であった。
「グェッ!! 相変わらずナイスパンチ……」ベアトリーゼは体をくの字に折りながらサムズアップ。
お約束的挨拶を交わした後、カリファが秘書として告げる。
「せっかく来ていただいたのですが、アイスバーグさんは今安静にされていて」
「殺されかけたらしいね。この島に到着して早々、とんでもねー報せにびっくりしたわ」
しれっと語るベアトリーゼに、白々しいわね、とカリファは思う。5年前はこの自然体の演技にすっかり騙されてしまった。CP9の面目丸潰れだ。
内心の忸怩たる思いを完全に覆い隠しつつ、カリファはベアトリーゼに面会の謝絶を申し出る。
「ええ……そういうわけですから、ビーさん。申し訳ありませんが、日を改めて――」
「カリファ」開いた正面玄関の奥からアイスバーグの声が届く「ビーを入れろ」
「アイスバーグさん。今は安静にしていないと」
スパイとしてではなく秘書として重傷のボスを気遣うも、アイスバーグは意に介さず。
「重傷者相手に長っ尻する気はねえだろう? ビー」
「話が盛り上がったらその限りじゃねーっスね、ボス」図々しく宣うベアトリーゼ。
「ンマー……テメェは変わらねェな。カリファ、席を外してくれるか? ちっとばかりビーと二人で話がしてェ」
その事態を避けたかったのに、とカリファは内心で嘆息しつつ、
「少しだけですよ。お怪我に障りますから。ビーさんもそこを忘れないでくださいね」
両者へしっかり釘を刺し、ベアトリーゼを寝室へ通してその場を辞す。
カリファはその足で仲間達に連絡するべく女子トイレへ向かう。血浴の登場を報せるのだ。
そうそう。しっかり伝えておくれ。デカ尻ちゃん。
密やかに冷笑しつつ、ベアトリーゼは元雇用主を窺う。
ベッドに横たわるアイスバーグの顔色は良くない。大量失血したのだから無理もないが……病院ではなく自宅寝室で点滴に繋がっているだけ。というあたり、この人も大概の頑丈さだ。
サイドボードに置かれたカフスボタンをペットの白鼠が弄っている。かつて、ベアトリーゼが社を去る時に贈ったもの。どうやら今も愛用しているらしい。少しばかり面映ゆい。
「御無沙汰してます、ボス。どうも大変な時にお邪魔してしまって」
ベアトリーゼは詫びながらベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「ンマー……久しぶりだな、ビー。元気そうで何よりだ」
挨拶を済ませるや、アイスバーグはきゅっと表情を引き締め、ベアトリーゼを睨み据えた。部屋が一瞬で緊迫感に支配される。
「……ニコ・ロビンの件で来たのか? 血浴のベアトリーゼ」
「御存じでしたか」
単刀直入に切り込まれたベアトリーゼは少しばかり驚くも、薄い微笑を返してサングラスを外す。
露わになるアンニュイな細面は懸賞金四億弱の女凶徒その人。ただし普及している手配書と瞳の色が異なっていたが、アイスバーグは特に気に掛けない。ふんと鼻を鳴らした。
「七年前、テメェがしれっとウチの就職面接に来た時からな。テメェを雇えば、ニコ・ロビンも姿を現すかと期待したが……一向に現れやしねェし、真面目に働くし、とんだ期待外れだ」
「真面目に働いて期待外れはないでしょ」
くすくすと笑うベアトリーゼ。対照的にアイスバーグの顔は険しさを増す。
「テメェ、いったいどういうつもりでウチに勤めてやがった。俺はてっきり」
「貴方が隠し持つ古代兵器の設計図を狙ってると?」
被せるように告げられた言葉に、アイスバーグは血色の悪い顔を引きつらせた。
「やはり知ってやがったか」
「知ったのはここを辞めてからです。政府の裏仕事をいくつかこなしてるうちに知りました」
ベアトリーゼはしらーっとウソをつく。前世知識で知ってました、と真実を話すより信憑性が高いけども。
「賞金首のテメェが政府と?」
怪訝顔を浮かべたアイスバーグへ、ベアトリーゼは小さく肩を竦めて応じる。
「蛇の道は蛇。裏の世界ではそう違いはありませんから」
「……そうだな」アイスバーグは納得しつつ「それで、今度こそニコ・ロビンと一緒にプルトンを狙ってきたと?」
「まさか」ベアトリーゼは仰々しく仏頂面をこさえて「そんな飾る場所に困りそうな骨董品、私もロビンも興味ありません。これは本心ですよ、ボス」
ベアトリーゼはアイスバーグから視線を外し、窓の外へ顔を向けた。一番ドックの辺りから戦闘騒音が続き、粉塵がもうもうと立ち昇っている。
「今日、ここ訪ねた理由はボスの見舞いと、ロビンの行方を調べるためです」
「そりゃどういう意味だ」
「昨夜、ボスを襲った女は別人です。ロビンじゃありません」
オハラの悪魔の親友にきっぱりと言われ、アイスバーグは強く困惑する。思わず壁に貼られた黒髪碧眼の少女の手配書へ目を泳がせた。
「何だと? だが、俺を撃ったあの女は――」
「ロビンはここへ来ていない。精妙な変装をした別人です。間違いありません」
ベアトリーゼは断じた。ここへ通されるまでに改めて見聞色の覇気でリビングの痕跡を調べ直し、確信した。
現場に残っていたわずかな痕跡。そこから分かることは、ロビンに化けた女はプロだ。容貌的特徴はもちろん香水その他まで本人と揃えている。専門家意識が高い病理学的ナルシスト。アイスバーグを撃った銃の他に、本命の得物も持っている。おそらく遠間系の暗器。
変装と暗器。間違いなくプロの
同行する大男はCP9のブルーノ。ドアドアの実を使った運び屋。
2人の靴跡が残るカーペット。そこに残された微かなカビと苔。わずかに含まれる澱んだ海水の臭い。覚えがある。5年前、アクア・ラグナ後に潜ったこの街の地下区画だ。
ロビンはブルーノのドアドアの実で地下迷宮へ誘い込まれ、捕らえられた。そこからどこに移されたか、だが……余所者の殺し屋が周囲の目を気にせず潜伏出来て、捕らえたロビンを確実に隠し通せる場所は少ない。
「ここへ来る道中に聞きました。ボスが設計図を持っている件。政府に嗅ぎつかれていたそうじゃないですか。多分、ロビンと私が麦わらの一味と共にこの島へ向かうことを知って、実力行使に切り替えたんでしょう」
「政府か……」
苦虫を大量にかみつぶしたような顔を作るアイスバーグ。しかし、重傷を負ってもなお、その明晰な頭脳は微塵も衰えておらず、ベアトリーゼが語った情報と自身の知る情報を擦り合わせ、即座に答えを出す。
「……なるほど。つまりはテメェらも利用されたクチか」
「殺し屋がロビンに化けた辺り、ロビンを捕えることに成功しても、従わせることに失敗した。推測ですが、そう大きく外れてないと思います」
ベアトリーゼの回答を聞き、アイスバーグは大きく嘆息し、沈思黙考を始めた。
一番ドックの方から激しい戦闘騒音が聞こえてくる。どうやらフランキーと麦わらと職長達の争いが激しさを増しているようだ。サイドボードの白鼠が不安げに怯えている。
ひときわ激しい轟音が上がり、窓ガラスはおろか壁や調度品までカタカタと身を震わせた後、アイスバーグはベアトリーゼを真っ直ぐ見据え、質す。
「テメェの目的は、政府からニコ・ロビンを取り戻すことだな?」
「はい」即答するベアトリーゼ。
「なら、ニコ・ロビンを取り戻したら、俺をあの女に会わせろ」
「会わせることは構いませんが……楽しいお茶会へ御招待ってわけじゃなさそうだ」
アイスバーグはベアトリーゼの軽口に付き合わない。
「……ビー。プルトンの設計図が脈々と受け継がれてきたのはな……あまりにも恐ろしい兵器が、その力を暴走させた時、対抗戦力を作り出すためだ」
青白い顔に裂帛の決意を湛え、
「お前の親友はオハラの遺志を――何より奴らの思想を継いでいる。目的のためなら平気で法を踏みにじり、周りがどうなるか想像すらしねェ奴らのな。あの女が生き続ける限り、古代兵器が復活する危険性と、この世界が古代兵器の力によって滅ぼされる可能性が消えねェ」
世界最高の造船技師は蛮姫に向かって不退転の威圧感を放つ。
「俺はプルトンの設計図を受け継いだ者として、あの女を止める責任と義務がある……っ! 恐ろしい未来を防ぐためにゃあ他に手がねェんだ、ビー……っ!」
“血浴”に向かって親友の排除を仄めかすことがどれほど危険なことか、アイスバーグは充分に理解している。眼前の女が親友を守るために、たった一人で海軍大将と古参中将の精鋭部隊へ挑んだ”マーケット”沖事件は、世界経済新聞によって広く報道されていたから。
場合によっては殺されるかもしれないことも承知のうえで、アイスバーグは父同然の師匠から伝えられた“責任”と背負った“使命”に殉じる信念と覚悟を示す。
鬼気迫るアイスバーグの眼光を向けられ、ベアトリーゼはゆっくりと深呼吸した。視界の端で白鼠が身を強張らせていた。
「ボスの危惧は理解できます。ロビンの意思に関わらず、ロビンがポーネグリフを読み解いた結果、古代兵器が復活する可能性。私にこの可能性を否定する言葉はありません」
「そうだ。ニコ・ロビンがプルトンに興味があろうとなかろうと関係ねェ。あの女が生き続けていることが世界を危機に晒してる」
アイスバーグの危機感を杞憂と笑うことはできない。なぜなら、ロビンは事実としてポーネグリフのために王下七武海クロコダイルと手を組み、アラバスタ王国を国家転覆させかけた。
まあ、ロビンらしいと言えば、ロビンらしい『やらかし』だ。
西の海を荒らしながら旅をしていた頃、『やらかす』のは基本的にベアトリーゼの無茶苦茶が原因だったけれど、稀にロビンがやらかすこともあった。
愛する親友が勇み足をしたり、無理無謀へ突っ走る理由は大抵がポーネグリフ絡みだった。
可愛いロビン。君はやっぱりオハラの子だよ。
おかげでボスの説得が難易度激上がりだ。ベアトリーゼは再び控えめな慨嘆をこぼす。
「ここで私がいくらロビンを擁護する言葉を並べても、ボスの危機感を払拭し、説得することは出来ないでしょう。ですが、ロビンはプルトン復活の情報を掴んでも、自ら他人に明かすことは決してない」
「何が言いてェ」
問い質す傑物へ、悪魔の親友は金色の瞳を微かに翳らせる。
「ボスが言うように、ロビンはオハラの、学術的好奇心を満たすためならなりふり構わないっていう、良くも悪くも純粋な学者馬鹿共の後継者だ。彼女にとって学者達は真実の探求に命を捧げた殉死者であり、彼らの名誉を貶めることを何より嫌悪している。オハラ滅亡の口実にされたプルトンは、ロビンにとって恩師や同胞、そして母親の名誉を辱める元凶に他ならない」
修復された右手と交換された左手を組みながら、
「だから、ロビンはプルトンなんか眼中にない。彼女が追いかけ、求めるものは故郷が滅んだ日から変わらない。政府がひた隠しにし続ける歴史の空白期間『失われた100年』。それだけだ。オハラが一切合切を投げ打って探求した謎。その解明こそロビンが自らに課した使命であり、命を懸けてでも叶えたい夢なんです」
壁に貼られた少女の手配書を一瞥し、アンニュイな細面にどこか複雑な感情を滲ませた。
「俺には呪いのようにしか聞こえねェな」
プルトンの設計図を受け継いだ男は、苦りきった顔で吐き捨てる。
「確かに……だけど、ロビンは誓ったんです。決して諦めないと」
ベアトリーゼは物憂げな微笑をアイスバーグへ向けた。
「だから、私もロビンに付き合って世界を敵に回します」
アイスバーグは小麦肌の細面をまじまじと凝視し、満月色の瞳に宿る様々な感情を見て取った。数瞬の絶句。次いで、大きな嘆息。悲壮的な覚悟は拭われ、部屋に満ちていた緊張が薄れていく中、世間知らずの小娘を見るような目を向ける。
「ンマー……テメェは大バカだ、ビー」
父性的な包容力と男性的魅力に満ちた苦笑いを浮かべ、アイスバーグは小言をこぼすように語った。
「テメェは完全に足を洗って、ウチで社員やってりゃよかったんだ。そのうちニコ・ロビンの夢なんざ目じゃねェ、テメェ自身の夢を見っけられただろうよ」
ベアトリーゼは思わず破顔した。
まったく……このナイスミドルを独身のままにしておくなんて、ウォーターセブンの女達はだらしがない。
そして、元社員は尊敬すべき元雇用主へ提案する。とびっきり人の悪い笑みと共に。
「ボス。どうです? 正義を宣う犬ッコロ共に、吠え面を掻かせてやりませんか?」
「首に賞金を懸けられるわけだな、ビー」
アイスバーグは体の痛みを堪えるように口端を歪め、頷く。
「言ってみろ」
Tips
カリファ
原作キャラ。CV:進藤尚美。
CP9の女スパイ。作中でスリーサイズが判明している美女達の中で、一番尻が大きいらしい。
アイスバーグ。
原作キャラ。CV及川いぞう。
多分、作中で屈指の『立派な大人』。
ベアトリーゼ。
悪企み中のダメな大人。