彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
Nullpointさんが御指摘くださった16話の誤字報告ですが、暗喩表現を意図したものですので、誤字ではありません。分かり辛くてスイマセン。
この世界の神たる天竜人が一人、下界に行幸した。
大抵の場合、下界を訪ねた天竜人達が向かう先は聖地マリージョアにほど近いシャボンディ諸島で、主にヒューマンショップなる奴隷商だった。この世界の神は下卑た嗜好をお持ちだ。
ただし、この日、下界へ降りてきた天竜人が向かった先は、ヒューマンショップでもシャボンディ諸島でもなく、海軍本部であるマリンフォードだった。
マリンフォードに入港した豪華船舶から降りてきた神は、膨らませた風船から手足が生えたような姿の肥え太った醜男だったが、目つきは異様に鋭く薄気味悪い。
そんな醜悪な肥満体の天竜人が大柄な奴隷達の担ぐ神輿に乗り、護衛の兵士や奴隷の美女達を従えて進む様は、邪神の山車行列みたいだ。
このぶくぶく太った豚、もとい天竜人の男はフランマリオン家の当主であり、天竜人の中でも屈指の愚物、失敬。傲岸不遜極まるチャルロス聖すら、遠慮がちになるほど尊大で不気味な男として知られていた。
神の訪問に際し、海軍本部は手透きの兵士が全て動員され、閲兵式典の如く整列していた。むろん、出迎えた将兵達の中に大の天竜人嫌いで知られる“英雄”ガープや癖の強い“青雉”クザンなどの姿はない。
もっとも、歓迎を受けているフランマリオンの当主は、居並ぶ海兵達に目線一つくれることなく神輿の上でふんぞり返り、傍らで扇を振る美女奴隷の尻を撫でている。
フランマリオンの急な訪問により、抱えている仕事を投げて出迎えることになったセンゴク元帥は『レヴェリーの準備でクソ忙しいのに』と内心で毒づきつつも、フランマリオンへ恭しく一礼した。
「ようこそお越しくださいました、フランマリオン聖」
フランマリオンはセンゴクの挨拶に自ら返事せず、黒服の侍従へぶくぶくと肥えた手を振る。絵に描いたような傲慢さ。
「挨拶など無用。さっさとアレの許へ案内せよ、と聖様の御言葉です」
侍従がセンゴクへ告げる。フランマリオン自身は傍らで扇子を振るう奴隷の美女の尻を撫で続けていた。これ以上ないほどの驕慢さ。
「では、ご案内させていただきます」
クソ豚野郎め、と心の中で罵倒しつつも、礼を失することなくセンゴクはフランマリオンを海軍本部施設の一角――マーケットから移送されてきた眠り姫の棺が保管されている区画へ案内する。
そして、黒檀製の瀟洒な棺を前にし、フランマリオンは再び手を振った。
「棺を開けよ」と侍従が代わりに命じた。
警備の海兵達は戸惑いつつも、センゴクの目配せに応じて棺の蓋を開ける。
傷んだ剣を抱いて眠る、死蠟化した天竜人の乙女。
フランマリオンは神輿から降り立ち、肥え太った体を揺らすように歩き、棺の中で眠る先祖の骸へ手を伸ばし――閉じられた右瞼をこじ開けた。
死者を冒涜するような振舞いに海兵達や奴隷達が眉をひそめるも、フランマリオンは気にすることなくこじ開けた屍の右目をねっとりと覗き込み、
「ぐふふふ……どうやら血統因子は採取できそうだえ」
卑しい笑い声を漏らして踵を返した。
神輿に座り直し、フランマリオンは汚れた指を奴隷の美女に舐めさせながら、センゴクへ“自ら”告げる。
「コレをさっさとわちきの船へ運ぶえ」
「は。すぐに手配します」とセンゴクは応じた。用が済んだらさっさと帰れ、と心の中で吐き捨てる。
が、センゴクの願いに反して、フランマリオンは薄気味悪い双眸で海軍元帥をねめつけた。
「時に、“箱庭”の者を捕らえたと聞いたえ」
「は?」予期せぬ問いにセンゴクは目を瞬かせ「確かに、“あの島”の出身者である犯罪者を捕縛しましたが」
奴隷にしたいとか言い出すのではあるまいな、とセンゴクが訝りつつ答えると、
「目と髪は何色だえ?」
「は?」センゴクは再び目を瞬かせた。明確に困惑を覚える。
「聖は何色かとお尋ねです、元帥閣下。御答えを」と侍従が促す。
「失礼しました。報告では髪が夜色、瞳は暗紫色と聞いております」
センゴクが戸惑いながら告げれば、
「ぐふっ! ぐふふふふふっ! ぐふふふふっぅうっ!」
豚が嗤う。心底楽しげに。
聞く者の神経を逆撫でする不愉快な嗤い声だった。天竜人は神を自称しているが、このデブは神は神でも邪神の類で間違いなかろう。
「愉快だえ。実に愉快だえ。ヴィンデの血がまだ残っていたえ。まったくしぶといえ。ぐふふふふっ!」
ヴィンデ? 海軍元帥としてこの世界の秘密を数多く知るセンゴクも覚えのない言葉。
フランマリオンはひとしきり笑った後、センゴクへぎょろりと鋭い目を向けた。
「箱庭の者は処刑してはならんえ」
「は?」センゴクは三度目を瞬かせる。意図が理解できない。「処罰の裁定はまだ下されておりませんが……」
「処刑で無ければ、終身刑でも拷問刑でも構わんえ。とにかく生かしておくえ」
醜悪な天竜人の要求にセンゴクは怪訝そうに顔をしかめた。眼前の豚が何を考え、何を企んでいるのか、さっぱり分からない。
「聖、よろしければお考えを伺えますでしょうか?」
しかし、
「元帥閣下」フランマリオンの侍従が無機質にセンゴクへ「聖の、神たる天竜人様の御命令です」
「―――承りました。そのように手配します」
センゴクは不満を覚えながらも、了承した。釈放しろと言われるよりマシだ、と自身を慰める。
クザンとつるが苦労して、多くの海軍将兵が血を流して捕らえた凶悪犯を
海軍の頂点に立つ男が中間管理職的心情を抱いていると、
「よろしいえ、よろしいえ」
邪神同然のデブがニタニタと笑みを湛え、言った。
「今日はとても気分が良いから、此度の件に関わった者達へ褒美を取らすえ」
「は?」幾度目かとなる瞬きをするセンゴク。振り回されっぱなしである。
「後ほど、聖より恩賞が下賜されます。感謝して拝受なさりませ」と侍従。
「今日は実に良い気分だえ。ぐふふふ」
豚はそう嗤いながら、呆気にとられるセンゴクを無視して去っていった。
「なんなのだ、いったい……」
残されたセンゴクの戸惑いを解ける者はいない。
〇
「む」
「おや」
海軍本部の廊下で、2人の海軍大将がばったり出くわす。
片や徹底した正義を背負うマグマ怪人。
片やだらけた正義を背負う氷怪人。
2人は元より気が合わずお世辞にも仲良しとは言えない関係だったが、オハラの一件以来、両者の間には大きな隔意が存在している。
とはいえ、2人は不仲であっても、戦友の絆があった。
海軍大将“赤犬”サカズキはクザンの左腕に巻かれたギプスを一瞥し、ともすれば皮肉にも聞こえる調子で言った。
「小娘にやられたそうじゃのぅ。ダラケすぎとるから不覚をとるんじゃ。これを機に立ち居振る舞いを改めぇや」
「お気遣い傷み入るよ。おかげで仕事をサボっても怒られねェ」
海軍大将“青雉”クザンは左腕のギプスを撫でつつ、飄々と切り返す。
ふん、と鼻息をついてサカズキがクザンの脇を通り抜けていく、と。
「そうだ、サカズキ」クザンがサカズキを呼び止め「ちっと聞きてェことがあるんだが」
「なんじゃ」
片眉を上げて怪訝そうに応じるサカズキ。
「高等理工学って分かる? 具体的には力学的現象の物理学って奴なんだけど」
クザンの言葉にサカズキは眉間に深い皺を刻み、帽子の鍔を掴んで被り直した。
「……しっかり療養せえ。頭の怪我は後が怖いけェのう」
普段よりいくらか優しい声音だった。
去っていくサカズキを見送り、クザンは眉を下げて呟く。
「頭は怪我してねェよ」
〇
「血浴のベアトリーゼをインペルダウンに収監すること自体に異論はないよ。私としてもあの小娘には檻の中で内省する時間が必要だと思ってたからね」
海軍本部の元帥執務室。
つるは旧友の上官と顔を合わせ、苦労して捕らえた小娘の処断について話をしていた。
「だけど、その処断は天竜人の意向だとは聞いたよ。いったいどういうことなんだい」
「わしにもよく分からんのだ。フランマリオンの当主が突然言い出してな。五老星やサイファー・ポールにもそれとなく探りを入れてみたが、さっぱり分からん」
センゴクは詫びるように答えた。
「科学班の要請も一蹴されたよ。ベアトリーゼの扱いは完全に確定した。動かせん」
プルプルの実の能力者に関する戦闘詳報と報告書が海軍本部科学班に届いた時、彼らは当然のようにベアトリーゼの身柄を要求した。
あれこれと理屈と理由を並べていたが要するに――
調べさせろ。弄り回させろ。実験させろ。解剖させろ。
というわけだ。
『500年先を行く天才』ドクター・ベガパンクはプルプルの実だけでなく、ベアトリーゼの科学的知見にも好奇心と興味を抱いていた。
人間のドクズことシーザー・クラウンはベアトリーゼが戦闘で発揮した破壊と殺戮に強い関心を寄せていた。
他の科学者達にしても『ハズレと見做されていた悪魔の実の秘められた真価』を暴く研究を熱望し、切望し、渇望していた。そのためにベアトリーゼを解体解剖しても良いと思うくらいに。
“ジョージ”が『人間のクズ共』と評したが、謂れなき誹謗中傷ではないのである。
もっとも、彼らが天竜人フランマリオンの意向を覆すことは出来なかったけれど。
「全ては天竜人の胸一つ、か」
つるは苦り切った顔で吐き捨てた。
「……まったく、あの小娘の言い草に同意したくなるよ」
世界政府と海軍の在り方が気に入らないから八つ当たりするために世界の敵になる、と宣った小娘が脳裏をよぎる。
センゴクもどこか砂を噛んだような顔でつるに尋ねた。
「おつるちゃん。“ヴィンデ”という単語に覚えはあるか?」
「ヴィンデ?」つるは怪訝そうに「いや、聞いたことがないね。なんなんだい?」
「分からん」センゴクは頭を振り「フランマリオンが口にしていた言葉だ。それが此度の処断に深く関係しているようだ。おそらくフランマリオン家の歴史に関係する言葉だと思うんだが……」
「歴史に詳しい連中は私らが滅ぼしちまったね」とつるが皮肉たっぷりに言った。
センゴクはこほんと咳払いした後、本部中将の上官である元帥として言葉を編む。
「……ベアトリーゼの移送は別の者に委ねる。おつるちゃんと艦隊はレヴェリーの開催に合わせて作戦予備ということにする。戦力回復と休養に努めてくれ」
「そうさせてもらうよ」つるは溜息混じりに頷く。
「それとな」
「まだ何かあるのかい」不景気な話はもう聞きたくない、と言いたげな顔のつる。
センゴクはおもむろに口を開き、
「フランマリオンから此度の件に関しておつるちゃんと部下達に褒美が出るそうだ」
「は?」
不満を忘れて呆気にとられたつるを見て、微苦笑をこぼした。
〇
海軍本部マリンフォードは悪さした海兵をぶち込む懲罰房などを備えているが、基本的に捕縛した悪党をぶち込む留置場や収容所の類はない。捕縛した悪党はマリンフォードまで連れ帰る前に監獄船やエニエスロビー行きの護送船へ引き渡されるためだ。
ただし、ベアトリーゼは例外的にマリンフォードまで連行されていた。これはベアトリーゼを捕らえた本部中将“大参謀”つるがフランマリオンの眠り姫を移送する任務も負っていたからで、そちらを優先した結果、ベアトリーゼもマリンフォードまで連行されたわけだ。
で、現在。
ベアトリーゼは悪さした海兵達と同様に懲罰房という名の独房にぶち込まれている。
四畳半ほどの狭い部屋には小汚い便器しかなく、眠る時は薄っぺらのかび臭い毛布にくるまって床に寝転がるしかない。鋼鉄製格子付きの小さな明かり取り窓があるだけ。分厚い鋼鉄製ドアには看守用覗き穴と餌用の小型差し入れ口があるが、看守が収容者と言葉を交わすことは、決してない。
この懲罰房において最大の罰は狭さでも不便さでも惨めさでもなく、孤独にある。
社会性動物である人間は他者との交流と外部の情報を完全に遮断されると、あっという間に精神が壊れていく。真の引きこもりボッチは狂人一直線なのだ。
もっとも、故郷で光も音もない洞窟内をたった一人で彷徨った経験すらあるベアトリーゼにとっては、絶対的な孤独であろうと『三食寝具付き』が確定している時点で屁でもなかったが。
ベアトリーゼは折り畳んだ毛布を枕に寝転がり、海楼石製のごつい手錠と足錠は装着されたまま思案する。
――インペルダウン行き、かぁ。
海楼石によって能力を封じられ、身体能力を大きく制限されていても、ベアトリーゼは少しばかり見聞色の覇気を使うことが出来ていた。
おかげで看守達の雑談などから自分がカームベルト内にある大監獄インペルダウンに移送されるらしいことを掴んだ。
ベアトリーゼは夜色の髪を弄りながら思案を続ける。
裁判無しで監獄送りかぁ。まぁ私は非加盟国出身の人権無き蛮族で凶悪犯だし、拷問されたり輪姦されたりしないだけマシと思うかなぁ……
原作知識が曖昧でよく分からんけど、インペルダウンってたしかADXフローレンスみたいな最重警備刑務所だっけ? それとも南米の刑務所みたいな悪党の箱庭みたいなとこ?
何にせよ……
「到着前に移送船から脱走して適当な島か航行中の船へ逃げ込む、がベストか」
それからロビンが砂怪人と組んで潜伏してる砂漠の……アラバスタだっけ? そこへ行けば、ロビンと会えるはず。その後の身の振り方はロビンと相談すれば良い。
ベアトリーゼは穴だらけの原作知識を掘り返してプランを考える。
なんせ他にやることがない。
そして、数日後。
ベアトリーゼの身柄は囚人護送船に引き渡されることになった。
軍艦でインペルダウンまで運ばれる訳じゃないらしい。まぁグランドライン内で賞金5000万ベリー程度の“小物”の扱いはこんなものなのだろう。
懲罰房から出され、ベアトリーゼは武装した海兵達に港まで連れられて行く。足錠が擦れて足首がチクチクする。
と、ベアトリーゼは視線を感じ、首を巡らせた。
海軍大将“青雉”クザンが官舎の窓辺からこちらを見ていた。
ふむ。
少し考えてから、ベアトリーゼは足を止めてクザンへ向き直り、わざとらしく投げキッス。
クザンは心底嫌そう、かつ仰々しいほどに顔を大きく歪めた。
嫌がらせは成功したらしい。善き哉。
「何をしている!? さっさと歩けっ!」
護送役の女性海兵に尻を蹴飛ばされ、ベアトリーゼはクザンから目線を切り、足錠をガチャガチャと鳴らしながら港へ向かって歩き出す。
港に到着すれば、停泊していた護送船『ベッチモ』は中型の外輪式気帆船で、囚人の奪回を試みるアホンダラに対するためか、相応の重武装が施してあった。
ふむ。ふむふむ。
この規模の単艦なら、海兵の乗員は数十人。収容区画に100人ちょいってところかな。
自分の護送船を観察しながらタラップを登り、船内へ進む。
収容区画は独房と共同房に分かれていて、共同房は鋼鉄製格子のある一般的な牢屋。独房の方は懲罰房のような完全隔離仕様。
どうやら自分は独房行きらしい。
共同房にぶち込まれている小汚いチンパンジー達は大抵が海賊の野郎共で、囚人服姿とはいえ見目麗しいベアトリーゼを目にすると、途端に騒ぎ出した。ピューピューと口笛を吹き、囃し立てる。
「可愛い子ちゃんじゃねえかっ!」「こっち来いよ、楽しませてやるぜっ!」「おっぱい見せろっ!」「おほおおおおおおっ!」「おい、ここでマス掻きすんなっ!」
看守が眉目を吊り上げてガンガンと警棒で格子を殴り、
「騒ぐな、クズ共っ! すぐに黙らんと飯抜きにするぞっ!!」
移送役の海兵達へ八つ当たりするように怒鳴った。
「クズ共が喧しくてかなわんっ! さっさと檻にぶち込めっ!」
海兵達は看守の剣幕に気圧され、ベアトリーゼの両脇を持って独房まで引きずっていく。
「ここがお前の豚箱だっ!!」
ゴミ袋のように独房へ投げ込まれ、ベアトリーゼが小汚い床に転がっている間に、ガシャンと分厚い扉が閉ざされた。
「やれやれ……ぞんざいな扱いだなぁ」
ベアトリーゼがぼやいているうちに船が動き出す。
かくて血浴のベアトリーゼは地獄の大砦インペルダウンへ向けて送り出された。
彼女が自由になる日はもう、永遠に訪れない。
はずだった。
Tips
フランマリオン聖
オリキャラ。天竜人。何やらヒロインの秘められた素性を知っている御様子。
元ネタは銃夢:火星戦記に登場する設定、18大公の一人フランマリオン公ズィルバー家。
ヴィンデ
オリ要素。あからさまな伏線。
元ネタは銃夢:火星戦記に登場する設定、フランマリオン公に仕えた3兵団の一つヴィンデ兵団。なお3兵団は謀反を起こしてフランマリオン公家没落を招いたらしい。
サカズキ
原作キャラ。海軍大将で赤犬と呼ばれる菅原〇太。マグマの能力者。