彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
メリー号の副砲が放った砲弾が幾度か敵艦を捉えるが、砲弾はいずれも敵艦の装甲に撥ね返され、明後日の方角へ飛んでいく。一発も有効弾にならない。
高い火力に加え、頑強な防御性能。敵船の強さを改めて思い知らされ、麦わらの一味は顔を大きく強張らせる。
「ちくしょーっ! 当たってるのにっ!」
チョッパーに背負われたルフィが、モコモコ帽子に体を預けながら悔しげに唸り、敵船に向かって吠えた。
「砲弾を撥ね返すなんて、ずっけェぞっ!!」
「お前がいつもやってることじゃねーか」汗と煤煙に塗れたゾロが言う。こんな時でもツッコミを欠かさない。律儀か。
「アーゥッ! もう資材がねェぞっ!! 手の施しようがねえっ!!」
フランキーが船内から飛び出して怒鳴る。超絶凄腕の船大工も補修資材が無ければどうにもならない。
「敵が近づいてくるぞっ!」
敵艦がメリー号の左舷側へ進んでくる様に、ルフィを背負ったチョッパーが悲鳴を上げる。
「仕留めに来たな」ベアトリーゼは目を細め「主砲だけでなく副砲も含めた斉射をやる気だ」
向こうは狙いは船尾へ回り込む行きがけに斉射を浴びせ、帆船の絶対的弱点である船尾からのトドメの一撃だろう。
「そんな砲撃をされたら、皆バラバラの細切れになっちゃうわね」
「怖ェこと言うなよぉっ!」
ロビンが淡々と呟き、チョッパーが涙目で抗議する。可愛い。
「でも、これはチャンスだ」ベアトリーゼは接近してくる敵船を見つめて「副砲の射程まで近づいてくるなら、こっちも露天砲郭を狙える」
「狙うのは動力機関じゃねェのか?」顔が煤塗れのウソップ。
「足を止めても主砲が生きていれば、攻撃される。今のメリー号の有様じゃ主砲の射程外に逃げる前に砲撃に捕まる。だから、砲郭を潰す。向こうも最新鋭の艦を沈める危険を冒してまで戦闘を継続しない、はずだ」
問題は、とベアトリーゼは言葉を紡ぐ。
「向こうの斉射を浴びながらの攻撃になる。上手くいっても相討ちになるかもしれない。それに、舷側の副砲ではなく、船首の主砲じゃないと威力が足りない」
蛮姫の提示した条件はかなり厳しかった。メリー号は既に満身創痍だし、反航戦の最中に急回頭して船首を向けることは、操船として非常に難しい。
「やろう」
だが、ルフィは迷うことなくベアトリーゼの案を採る。
「俺達ならやれる」
「だな」ゾロが頭に黒布を巻き「敵の砲弾は俺が斬り落とす。メリーは沈めさせねェ」
「……相手が舷側に来た時、急回頭して船首の主砲を向ける必要があるわね。タイミングと操船の指示は私に任せて。皆、しっかり応えてよ」
汗と潮水でずぶ濡れのナミが続き、他の面々も同意の首肯を返す。
コーラ不足でリーゼントがへたり気味のフランキーが、渋い顔を作る。
「船の状態を考えっと、急回頭はちとリスキーだぜ。船体にどんな影響が出るか、俺様でも読み切れねェ」
「どの途、あの船を倒せなきゃ沈められるんだ。危険でもやるしかないさ」
ヘロヘロのベアトリーゼがチムニーの手を借り、なんとか立ち上がった。
「ウソップ君。ちょっとばかり一緒に仕事をしようじゃないか」
「言葉に不穏な響きがあるな……」
にんまりとチャシャ猫のように笑う蛮姫に、長っ鼻はぶるりと身を震わせた。
頼もしい仲間達にルフィは心底嬉しそうに頷き、チョッパーのモコモコ帽子を叩く。
「チョッパー。俺を“特等席”に連れてってくれ」
「メリーの頭に? そんなとこ行ってどーすんだ?」
つぶらな瞳で問うチョッパーへ、ルフィは太陽のように笑う。
「皆であの船をやっつけるところを、一番良い場所で見てェんだ」
○
晴天の大海原。
海賊船ゴーイングメリー号と海軍試験艦スッター・モンダーは互いに相手へ向かって真っ直ぐ突き進む。さながら騎兵の決闘のように。
スッター・モンダーが片舷斉射の支度を満了する。上甲板左舷副砲5門、露天砲郭左舷側主砲2門。計7門の戦場の女神達が合唱の時を待つ。
メリー号の船首飾――羊頭の上で、船長の“麦わら”のルフィが堂々と胡坐を掻いている。意気軒高な笑顔は仲間達への絶対の信頼と勝利を確信している証。
両船の相対距離がぐんぐんと詰まっていく。
両船のクルー達は“その時”に備える。
興奮、不安、昂揚、恐怖、闘志、怯懦、勇気、込み上がる様々な感情。顔を伝い、着衣を濡らす汗。緊張で喉が渇き、息苦しい。
相対距離が1000メートルを切り、500メートルを過ぎ、100メートルを切った。甲板上の相手の姿がはっきり見える。
時、満ち足り。
両船の舷側間合いは約2000メートル弱。艦砲にとっては『肉薄距離』だ。
試験艦スッター・モンダーが片舷斉射を小さな海賊船へ浴びせる、その機先。
ゴーイングメリー号から突如、錨が投げ落とされた。オレンジ髪の美少女航海士が後船楼の手すりから身を乗り出しながら、大声を張って指示を飛ばす。
水色髪の大男と人獣化したトナカイが大急ぎでサブマストの三角帆を操作し。
黒髪碧眼の美女がメインマスト周りに無数の腕を生やして主帆を操り。
金髪グル眉が後船楼の船室内で操舵レバーを思いっきり引いた。
ジュゴン染みた婆ちゃんとプリティな幼女と猫の鳴き声を出す兎が、中央甲板からクルー達を応援する。
船首飾に陣取る未来の海賊王は決して振り返らない。否。振り返る必要などない。仲間達が成し遂げると“知っているから”。
錨が海底をがっちりと掴み、思いっきり広げられた帆はマストが折れんばかりに風を受け、中央舵がもげそうになりながら波を切る。
そして、ゴーイングメリー号は試験艦の海兵達の常識を根底から覆す挙動を見せた。
さながらタイヤを滑らせてコーナーを曲がっていくレースカーのように、ゴーイングメリー号は転覆寸前まで船体を傾げ、水面を激烈に横滑りしながら船首をスッター・モンダーへ向けていく。
余りにも急激な横滑り運動はメリーの小さな体に強烈な負荷をもたらし、激烈な負担を与えた。
船体全体が激しく歪み、釘やビスが弾けるように抜け飛ぶ。元より傷んでいた竜骨と肋骨からベキベキと破滅的な悲鳴が奏でられた。内殻の木材がメキメキと繊維の破断する音色を響かせる。荷重で捻じれた外板がめくれ上がっていく。
被弾した後甲板のケツや男部屋周辺の破孔部から亀裂が広がる。メインマストもサブマストも遠心力と風圧の荷重に苦悶する。
メリー号の重量と運動エネルギーの負荷を一身に受ける太い錨縄がビンッ! と音を立てて限界まで張りつめ、ミチミチと繊維が破断していき、キャプスタンが根っこから引っこ抜けそうになる。
キャラベルが海上に悲壮な絶叫を広げ、豪快な航走波音を轟かせる中、驚天動地の超急回頭を目の当たりにし、愕然と動揺していたスッター・モンダーが我に返る。
艦長が砲撃命令を発し、砲術班長が怒号を上げ、各砲長が怒声を飛ばし、片舷斉射が放たれた。
『肉薄距離』から放たれた主副7門の一斉射。
戦場の女神達の峻烈な合唱が海面につんざき、蒼穹まで響き渡らせる。
迎え撃つは前甲板に立つ“海賊狩り”ロロノア・ゾロ。飛ぶ斬撃を放って副砲弾3発を両断し、迫る高速の主砲弾2発へ直接斬り掛かる。
長砲身ライフル砲から撃ち出された2発の高初速徹甲弾と三刀流の技“虎狩り”が激突。
恐ろしい激突音と衝撃波が両船を震わせ、2発の主砲弾がぶった切られて明後日の方向に弾かれていく。
が、ゾロもまた良業物“雪走”をへし折られながら吹き飛ばされ、舷側の転落防止柵に叩きつけられた。
ゾロの迎撃から逃れた副砲弾2発が、急回頭中のメリー号に命中する。
一発は三角帆を貫いてサブマストを砕き折り、操帆していたフランキーとチョッパーが揃って両足を空へ上げるようにひっくり返った。
もう一発は後船楼船室を直撃し、室内に船体や調度品の木片を高速飛散させながら貫通した。
室内で舵を取っていたサンジは、全身のあちこちを木片に裂かれ、あるいは木片が突き刺さるも、決して操舵レバーを手放さない。それどころか、皆で囲んだ食卓が壊された様を一瞥し、一層強く握り直す。
被弾衝撃により、ナミの華奢な身体が後船楼から中央甲板に投げ出された。ナミが頭から叩きつけられそうになった瞬間、ココロ婆ちゃんとチムニーとゴンベがナミをダイビングキャッチ。
三角帆を失い、メリー号の回頭速度が大幅に低下。スッター・モンダーがメリー号の眼前を悠々と進み、船首主砲の射界から去っていく。
――間に合わねェ。
誰かが心底悔しげに呟いた通り、物理学的には間違いなく、メリー号の急回頭は間に合わず、主砲発射の機を失うはずだった。
「がんばれ、メリーッ!! お前ならやれるっ!!」
ルフィが羊頭に向かって叫ぶ。
直後。
まるでルフィの激励に応えるべくメリー号が自ら身を捩り捻ったように、船体が大きく滑り、スッター・モンダーの船体を主砲の射界に収めていく。
「仕留めろ、ウソップ」
ベアトリーゼは筋疲労で震える手をウソップの背に合わせ、体力気力を最後の一滴まで振り絞り、見聞色の覇気を駆使。狙撃手の目に見聞色の視界を与える。
自身の視覚に肉眼で捉えている以外の情報が浮かび上がり、ウソップは一瞬眩暈を覚えたが、砲撃に必要な全ての情報――敵の位置。速度。波の揺れ。風向風速。温度湿度。メリーの動き。何より、主砲が敵を捉えるだろうタイミングを得た。
ウソップは砲台の仰俯角操作ハンドルを1度単位で調整し、急回頭を終えて船首主砲の真正面にスッター・モンダーを捉えた瞬間。
「俺達のメリーを散々痛めつけやがってっ! くらいやがれっ!」
握りしめた主砲の撃発縄を思いきり引く。
「いっけぇ―――――――――――――――――――っ!!」
羊頭の上からルフィが思いっきり吠え、メリー号の船首主砲が雄叫びを上げた。
砲身が耐えられるギリギリまで装薬を詰め込んだ主砲から、砲弾が猛烈な勢いでぶっ放される。
真っ赤に焼けた主砲弾は風切り音を曳きながら、ウソップが狙った通りの弾道を描き、スッター・モンダーの露天砲郭の防護壁を貫通。砲郭内の予備弾薬置き場に命中した。
長砲身ライフル砲4門分の予備弾薬が大爆発する。砲郭内に生じた巨大な火球と強烈な熱圧衝撃波は火砲と全将兵を吹き飛ばし、砲郭甲板下の設備や甲板上の艤装を大破させた。
ここまでは麦わらの一味の狙撃手ウソップのワザマエ。
そして、ここからが麦わらの一味最大の意外性男ウソップが生み出すミラクルだ。
露天砲郭で発生した大爆発の炎熱と衝撃波は大部分が上方へ抜けたが、一部が指揮所を襲い、艦長以下試験艦幹部達を死傷させていた。
試験艦の指揮権を持つ者達が全滅し、済し崩し的に最上位者となった技術将校が悲鳴のように叫ぶ。
「衛生兵っ!! 甲板の消火急げっ! いや、まずはこの場から全力で離脱だっ!! 急げっ! 最大船速だっ!! この場から一分一秒でも早く逃げ……転進っ! そう転進だっ!! 転進しろぉ―――――――――――――――――っ!!」
彼にとって重要なのはニコ・ロビンの確保でも、凶悪犯達の捕縛/討伐でもなく、技術試験艦スッター・モンダーを無事に連れ帰ることだった。
スッター・モンダーは技術将校の命令に従い、黒煙を曳きながらヨタヨタとメリー号から逃げていく。
もちろん、麦わらの一味は追撃しないし、出来ない。メリー号も一味も、もう限界だった。
ナミは中央甲板に女の子座りし、緊張が解けた反動か、ぽけーっと放心状態で海を見つめている。
フランキーは後船楼の階段に腰を下ろし、ズタボロになった船体をゆっくりと見回し、「
ドクトル・チョッパーはまだ休めなかった。ロビンのハナハナの手を借りて砲弾にふっ飛ばされたゾロと高速飛散した木片を浴びたサンジを並べ、せっせと傷の手当てを進める。
で、治療を受ける当人達はぶつくさと文句を言い合っていた。
「テメーが砲弾を全部落とさねーせいでこの様だ。マリモ」
「テメェのヘボ操舵のせいで全部斬り落とせなかったんだ、グル眉」
ズタボロでも、両翼はまだまだ元気だ。
前船楼からウソ……スナイパーマンが、限界を迎えたベアトリーゼを背負って出てくる。ベアトリーゼをロビンに渡した後、主帆の麦わら髑髏を見上げ、自身の成し遂げた一発を噛みしめる。
ロビンはナミの隣に腰を下ろした。ごく自然にベアトリーゼを膝枕し、髪を撫でながらグロッキーな親友へ優しい声を掛ける。
「ところで……どうしてこんな酷い格好してるの?」
玲瓏な美声にお説教の気配を嗅ぎ取り、ベアトリーゼは即座に気を失った振りをした。
強敵に勝利したとは思えぬ有様を見回し、んがががと楽しげに高笑いするココロ婆さん。激戦を制した海賊達を褒めるチムニーとゴンベ。
ルフィは黒煙を吐きながら水平線の彼方へ逃げていく敵船を見送り、死闘を終えたメリー号の羊頭を優しく、愛おしげに撫でた。
「やったな、メリー」
ひとしきり羊頭を撫でた後、ルフィは振り返って皆へ向けて、高々と宣言する。
「この喧嘩、俺達の勝ちだぁっ!!!」
船長の勝利宣言に麦わらの一味は歓喜の感情を爆発させた。
大喝采が海の静寂を蹴り飛ばし、水面を大きく震わせる。
傷だらけのゴーイングメリー号が海原を進む。
誇らしげに。嬉しそうに。
そして、どこか寂しげに。
Tips
投錨ドリフト。
映画『バトルシップ』のクライマックスで戦艦ミズーリが見せた超急回頭。
旧日本海軍の船が米軍の空襲を受けた際、錨を使った急回頭で爆撃を回避したのが元ネタとかなんとか。
雪走
ゾロがローグタウンで入手した良業物。
原作では、ためらいの橋の戦いで海軍の能力者に折られた。
本作では、高速徹甲弾を打ち落とす際に折れた。理由は後々。
ゴーイングメリー号。
勝利の立役者。しかし、その代価は高くついた。