彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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ちょっと長めです

蜂蜜梅さん、フェルミウムさん、金木犀さん、誤字報告ありがとうございます。
作中表現の誤謬を指摘いただき、修正しました(11/11)。


19:女海兵。王女。女賞金首

 ベアトリーゼが18歳、ニコ・ロビンが21歳のこの年、聖地マリージョアのパンゲア城で世界政府加盟国による世界会議(レヴェリー)が催される。

 

 四つの海とグランドライン内のあちこちから各国の王族を乗せた御召船がマリージョアを目指して進んでいた。

 むろん、玉体の行幸であるから船には精鋭の護衛が満載であり、海軍が派遣した護衛艦を伴っていて、各護衛船には相当の手練れ達が配置されていた。

 アラバスタ王国の国王ネフェルタリ・コブラとその御息女を乗せた御召船の護衛艦には、海軍本部中佐に上がったばかりの能力者“黒檻”ヒナが配属されている。

 

「ヒナ中佐。マリージョアに着くまで私の代理を務めてみるかね?」

 護衛艦の老艦長がまだ30に届かない海軍本部中佐“黒檻”ヒナへ提案した。

 

「よろしいのですか?」

 きっちりとした緩みの無い雰囲気の美女が微かに表情を綻ばせた。

 

 ヒナは20代半ば。薄桃色の長髪が似合う凛とした顔立ち。長身を紅いパンツスーツで包み、佐官用白コートを肩に羽織っている。

 士官学校時代も任官後も優等生的な海軍将校であり、優れた能力者であることも手伝い、ヒナは出世の早い方だ(事実、現在20代半ばで本部中佐だ)。

 

 が、オリオリの実を活かした高い捕縛能力を買われ、上層部に戦闘要員と見做されている感が強く、海軍将校の花形――船長/艦長職をまだ経験していない。

 同期の中には大尉や少佐で連絡/通報艦やフリゲートの艦長を務めている者もいるのに……

 優等生のヒナは同期の煙男と違い、上層部へ噛みつくことはないものの、船長職に任じられていない点に関しては『ヒナ不満』とこぼしていた。

 

「今回、君がこの艦の副長に任じられたのは、王族護衛のためだけでなく、私の副長として艦長の立ち居振る舞いなどを学ばせるためだよ」

 老艦長は柔らかく微笑み、ヒナへ言った。

「上は君に期待しているのだ」

 

「……分かりました。艦長代理の件、お受けします。ヒナ感謝」

 あくまで冷静沈着に、だが、美貌を歓喜に和らげながら、ヒナは艦長に敬礼した。

 

 一方。

 アラバスタ王国御召船でも、この航海を楽しんでいる者がいた。

 

「今日も海がキラキラ輝いてるっ! 綺麗っ!!」

 可憐な顔立ちに鮮やかな青玉色の髪を結ったポニーテールがよく映える。可愛い。華奢な体を包む上品なワンピースも大変にお似合いだ。可愛い。

 ネフェルタリ・ビビちゃん(10歳)である。可愛い。

 

「ビビ様ーっ! 危ないですからすぐに降りて―――いえ、迎えを行かせますから大人しくしていてくださいっ!!」

 御転婆王女ビビはいつの間にかメインマストのてっぺんにある檣楼(しょうろう)に登って心底楽しそうに目を輝かせ、彼女の身を案じて護衛隊長のイガラムが顔を蒼くしていた。

「はっはっは。ビビは今日も元気で可愛いなっ!」

「笑っている場合ですか、コブラ様っ!!」

 親バカな国王が娘の心配より娘の笑顔を喜ぶ様に、イガラムは不敬ながらツッコミを入れずにいられない。

 

「あああもうっ! ペルッ!! ビビ様をお迎えに向かえっ!」

「はっ!」

 隊長の命令に護衛隊副官ペルは即応し、両腕を猛禽の翼に変化させて羽ばたかせ、メインマストのてっぺんへ向けて飛び上がった。

 

 非常に希少な動物系悪魔の実トリトリの実『モデル・ファルコン』の能力者であるペルは、王国最強の戦士である。が、この時はまだ二十代半ばの青年。いろいろ経験が足りない。

「ビビ様。そこは危ないですから甲板に降りましょう」

 滑らかに檣楼へ着地したペルが恭しく幼い姫君へ上申する。

 

「ええー……せっかく良い景色が見られるのに……」

 美少女御姫様ビビは拗ねるように唇を尖らせた。可愛い。

「あ」良いこと思いついた、とビビは微笑み「ペルが傍にいれば危なくないわっ! 一緒に景色を楽しみましょう!」

 

「えっ? いえ、そういう訳には」と戸惑うペル。

「ペルが居ても危ないの?」と小首を傾げるビビ。可愛い。

「そんなことはありませんっ!」ペルは力強く「私はいついかなる時もビビ様をお守りしてみせます!」

 

「なら、一緒に景色を見ても大丈夫ねっ!」

 言質を取ったと言わんばかりに悪戯っぽく笑い、ビビは眼下のイガラムへ告げた。

「イガラムッ! ペルが一緒だから危なくないわっ!」

 

「そうです、イガラム隊長っ! 自分が一緒なので大丈夫ですっ!」と本末転倒なことを言ってくる護衛隊副官。

「何を言いくるめられておるんだお前はッ!!」

 イガラムは10歳児に言いくるめられた部下に頭痛を覚え、

「はっはっは。ビビは賢くて可愛いなっ!」

 暢気に高笑いする主君に、思わず頭を抱えた。

「あああああああ」

 

 そんな一連のやり取りを見守っていたもう一人の護衛隊副官のチャカは思う。

 うむ。今日も平和だ。

 

       〇

 

 しかして、何が起きるか分からないのがグランドラインという海だ。

 

 天候や海流の激変。危険な海棲生物の襲来。そして、

「報告ッ!! 10時の方角、距離約4500に海賊船を複数発見ッ!! 視認できた船影は3っ!」

 通信士が檣楼の監視員から報告を受け、老艦長と現在、艦の指揮を任されているヒナへ報告した。

 

「海賊船が3隻。計画的にアラバスタ王国御召船を狙ってきた?」とヒナが眉をひそめた。

「王族の誘拐に成功すれば、多額の身代金と悪名……連中にとっての名声が手に入る。海軍護衛船とやり合う価値があると踏んだようだな」

「つまり、我々をナメているわけですね。ヒナ憤慨」

 美貌を歪めつつ、ヒナは老艦長へ問う。

「指揮権をお返ししますか?」

 

 非常事態だ。艦長職のお勉強をしている場合ではないし、責任問題が生じる可能性もある。老艦長は首肯した。

「そうだな……艦の指揮は私が取ろう。ヒナ中佐は甲板上で待機。接舷戦闘に備えてくれ」

 

「はっ! すぐに! ヒナ出撃」

 ヒナは敬礼をし、足早に甲板へ向かった。

 

 

 

「護衛艦より連絡。海賊はこちらで対処する。避難されたし。以上です」

 伝令の報告に、

「敵は数に優ります。我らも助勢した方が良いのでは?」

 護衛隊副官チャカが上申するも、

 

「無用だ。それは彼らの面目を潰すことになる。信じて任せることも、守られる者の務めだ」

 アラバスタ国王コブラは首を横に振り、通信士へ告げた。

「了解の旨を伝え、儂の名で武運長久を祈ると送れ」

 

「分かりました、すぐにっ!」伝令は敬礼し、すぐさま通信室へ向かっていった。

「ん?」コブラは周囲を見回し「ビビはどうした?」

「え? 今、そこに居られたはず」

 チャカも周囲を見回して小首を傾げた。可憐な姫様の姿はどこにもなく――

 

「ビビ様ーっ! 危ないから降りて下さいっ!!」

 甲板の方からイガラムのバリトンが響いてきた。

 

「……よほど、マストの上がお気に召したようですな」

「うーむ。流石に少し言って聞かせた方が良いかもしれん」

 眉を大きく下げたチャカと、困り顔を浮かべるコブラ。

 

 そして、

「見て、ペルっ! 海賊が来たわっ! しかも3隻も……海軍は1隻だけど大丈夫かしら?」

 メインマストの上で双眼鏡を構えるビビ。可愛い。

 

「護衛艦は精鋭と聞いております。数に劣っていても後れは取らないかと。それに、もしも護衛艦に事あれど、我らが控えております。ビビ様とコブラ様には指一本触れさせません」

 隣に控えるペルが力強く応じた。

 

 ただし、当のビビはペルの忠義より海戦の行方に気を取られていて、

「ねえ、ペル」

 しなやかな手で海戦が始まった方角とは別方向――御召船が進む先を差した。

「あっちにも何か見えるわ」

 

「え?」

 ペルが顔を向けた先、何もない海面がボコボコと大きく泡立ち始め、ずぼっと“そいつ”が海上に顔を見せた。

 

 王国最強の戦士は顔を引きつらせ、怖いもの知らずの御転婆姫も顔を蒼くする。

「―――海王類ッ!!」

 

 海の王と畏れられる種族の巨大海棲生物は蛇のように長い首を海面に突き出し、御召船へ向けて牙を剥いてみせた。

 

      〇

 

『御召船近傍に海王類が出現っ!!』

「何? 不味いな」

 監視員からの報告に老艦長が顔を強張らせた。

 

 海賊共はともかく、海王類は撃退も討伐も簡単にはいかない。

 こういうことが無いよう、護衛船や御召船は船底に海王類をやり過ごせる海楼石を敷き詰めてあったのだが……グランドライン内で万全はあり得ない。

 

「予定変更。最大船速で船首回頭。海賊共を無視して御召船の救援に向かえ」

「海賊達に背を向けることになりますが」と艦付き参謀。

「艦尾砲で白燐弾を打ち込め。マストと上甲板を焼き払えば奴らの船足は止められる」

 老艦長は命令を発した。

「御召船をマリージョアまで無事にお連れする。それが最優先にして最重要任務だ。甲板で待機中のヒナ中佐に伝えろ。場合によっては海王類の相手をしてもらうと」

 

 艦長の命令は速やかに実行された。

 頑健な船体が軋むほどの急回頭が行われ、護衛艦が御召船の許へ急行していく。

 

 これを好機と見た3隻の海賊船が数をかさに着て追撃を試みる、も、護衛船の船尾に搭載した艦砲から白燐弾が撃ち込まれ、たちまち船足を鈍らせた。

 

 ワンピース世界のこの時代、白燐弾は煙幕弾や信号弾として採用/配備されていたが、現場では白燐の焼夷効果を応用し、焼夷弾として用いていた。

 むろん、木造帆船といえども白燐弾程度では炎上したりしない。が、マストの帆や索具は確実に焼損するし、甲板上の人間もただでは済まない。

 

 事実、白燐弾を浴びた海賊船は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 なにせ人体に付着した白燐は骨まで焼くし、水を掛けても消えない。白燐自体が燃え尽きるまで体を焼かれる激痛にのたうち回るしかない。白燐弾の俗称――ウィリーピート『ぎゃあぎゃあ騒ぐ』の由来が如何に悪意的か分かろう。

 

「流石にあれは惨い。ヒナ同情」

 ヒナは白煙に包まれた海賊船から届く苦悶と苦痛の絶叫に眉をひそめる。

 

「俺らを倒して王族を誘拐しようっていう図々しい連中です。いい気味ですよ」

 傍らにいた海兵が冷酷に鼻を鳴らし、ヒナへ問う。

「中佐殿、海王類が相手です。海賊よりずっとヤベェですよ。大丈夫ですか?」

 

「人間相手よりは苦労するだろうけれど」

 紙巻き煙草をくわえ、ヒナはライターで火を点して紫煙をくゆらせた。

「御召船を守ってみせる。ヒナ決意」

 覚悟と決意で固められたその横顔は、誰もが息を呑むほどに美しい。

 

      〇

 

 その海王類は頭だけでも御召船よりデカかった。

 アリゲーターガーみたいな面を御召船へ向け、船の上方から大口を開けて襲い掛かる。

 

 御召船は海王類から逃れようと急回頭を始めた。マストの先端に居たビビとペルは強烈な遠心力の荷重に晒された。

「きゃああっ!?」

「ビビ様ッ!」

 恐怖からその場に屈みこむビビ。咄嗟にペルは獣化して翼を広げ、脚でビビを優しく掴み、空へ退避した。

 

「パパッ! 皆っ!」

 御召船に向けて発せられるビビの悲痛な声に、ペルも歯噛みする。主君と上官、同僚、同胞達の身を案じるが、もはやできることは何もない。

 

 と、御召船に迫った海王類の横っ面に爆炎の華が咲き、周囲に大きな水柱が立ち並ぶ。

 護衛艦が牽制射撃を加えたようだ。海王類の図体が破格とはいえ、初弾から命中させた手腕にペルも舌を巻く。

 

 横っ面を引っ叩かれ、海王類は咄嗟に身を捩って食事から回避に切り替える。野生動物は第一に生存本能を優先する。些細とはいえ異常事態があれば、まず退いて状況確認を行う。

 海王類の真っ赤な瞳が自身へ向かって迷うことなく突っ込んでくる――ちっぽけな何かを捉えた。

 

 このちっぽけな何かの正体は海王類には分からないが……こんなちっぽけな存在に食事を邪魔されたことに強く苛立つ。

 海王類は標的を御召船から護衛艦へ変えた。恐ろしげな牙の並ぶ口を全開にし、巨躯を半ば海上に出して護衛艦へ飛び掛かる。

 

『号令に合わせて面舵半分ッ!! 奴の鼻先で回避するッ! ヒナ中佐、頼むぞっ!』

「了解しましたっ! ヒナ交戦っ!!」

 伝声管から響く老艦長の声に応じ、ヒナはオリオリの実の能力を発動。両腕から漆黒の檻格子が船外へはみ出るほど長々と展張し、

「わたくしの身体を通り過ぎる全てのものは……禁縛(ロック)されるっ!」

 

 海王類の大顎(あぎと)が護衛艦へ迫り、

『面舵半分っ! 今っ!!』

 護衛艦が急速回頭して海王類の牙をぎりぎりで避けていく、刹那。

 

袷羽檻(あわせばおり)っ!」

 ヒナの両腕から伸びていた漆黒の檻格子が鞭のようにしなり、海王類の巨大な首元に漆黒の檻が絡みつき、鉄環の如く締め上げた。

 

 その凄まじい締め付けトルクによって分厚い海王類の頑健な鱗殻が砕け、皮膚が裂け、脂肪と筋肉が潰れ、頸椎部が割れ、喉がひしゃげる。

 

 オリオリの実は肉体を黒檻に変化させ、能力者が触れたものを黒檻で捕縛する能力であるが……殺害が出来ない能力ではない。一般的な手錠でさえ締め付けトルクを誤れば捕縛者の手首をへし折ったり、鬱血させて壊死や心不全を起こすのだから。

 

 頸椎部を圧迫骨折され、喉を潰された海王類は血反吐を噴き出した。それでも、海の王と称される生物は即死しない。海面を血に染めながら狂おしく巨躯を捩り、御召船へ向かって突っ込んでいく。

 

「ヒナ不覚っ!」

 こうなってはヒナにも護衛艦にも打つ手はない。仮に命を刈り取れても、砲弾を雨霰と浴びせても、慣性の法則が圧倒的な質量を御召船に衝突させてしまう。

 

 万事休す。

 誰もがこれから生じる惨事を想像し、顔を強張らせ、身を凍り付かせた刹那。

 黒檻が巻き付いた海王類の頸椎部がブクリと膨らみ、

 

 

 

 どかんっ!

 

 

 

 頸椎部から鮮烈な爆発が発生し、海王類の頭が半ば千切れかける。頭部が千切れかけたことで重心と慣性の荷重が移り、体躯の軌道が変化した。

 

 海王類の巨躯が御召船の手前で着水。莫大な水量の水柱が昇り、大きな波紋で御召船と護衛艦を激しく揺らした。巻き上げられた大量の海水が周辺一帯へ雨のようにざあざあと降り注ぎ、虹が掛かる。

 

 大きく波打つ海面に横たわる海王類。流れ出る大量の血が海面を赤く染めていく。

 

 大量の海水を浴びたヒナは脱力感と護衛対象が危機を脱した安堵から、大きく息を吐きつつも、海王類の不可解な最期に首を傾げる。

「……何が起きたの? ヒナ疑問」

 

 ヒナが海王類を倒したと誤解し、海兵達が歓声を上げるも、

『諸君、喜ぶのはまだ早いぞ。海賊共は諦めておらんようだ。再度回頭し、バカ共を叩きのめす。戦闘態勢を立て直せ』

 応ッ!!

 老艦長の命令に、海王類撃破で士気を挙げた海兵達が頼もしく応じた。

 

 海賊退治に意識を注いでいた海軍は気づいていなかった。

 本来、真っ先に歓声を上げるべき御召船から喝采が上がらず、どこか困惑した雰囲気が漂っていることに。

 

 そして、上空に退避していた10歳の王女はヒナの疑問の答えを知っていた。

「ペル……今の見た?」

「はい、ビビ様。私も見ました」

 

 いつの間にかペルの背中に移っていたビビは、眼下の大怪獣退治劇を鳥瞰で観戦し、目撃した。

 

 海王類の首が爆発し、御召船の手前に着水する瞬間。

 首に開いた大穴から小さな影が飛び出し、御召船の甲板に降り立ったところを。

 その小さな影の唐突な登場に、御召船が驚き困惑していることを。

 甲板上で護衛隊の将兵達が対処と反応に窮していることを。

 

「ペル、甲板に降りて」

 ビビの願いに、ペルは困り顔を浮かべた。

 

「危険です、ビビ様。イガラム隊長やチャカが対処してからの方が」

「ペル。お願いっ! 凄く気になるの」

 真剣な顔で頼み込んでくる王女殿下へ否と応じるには、ペルはまだ若かった。姫の願いを叶えることを優先して思考し、判断してしまう。

「着艦後は私の前に出ないでください。約束ですよ」

 

「うんっ! 約束するわっ!」

 花のような笑顔を浮かべるビビに、小さく微苦笑しつつ、ペルは甲板へ向けて降りていく。

 

 

 

 で。

 

 

 

「うわぁ」

 甲板に降り立ち、ペルの陰から“それ”を見たビビは、護衛隊の兵士達やペルと同様にドン引きした。

 

      〇

 

 話を幾日か前に戻そう。

 

 前提として、ワンピース世界に地球世界の常識は通じない。

 たとえば、海賊王の船医だったこともある老灯台守は、ピノキオよろしく超巨大鯨の胃の中にワンマンリゾートを作っちゃったり。太陽のように笑う少年は大ウワバミに飲まれた際、体内を洞窟と勘違いして大冒険しちゃったり。

 

 ベアトリーゼもそんなワンピース世界の現実を体験した。

 嵐によって海中に没した後、海王類にごっくんと一飲みにされ、ぎりぎりで溺死を免れた。もっとも、海王類の胃袋は完全な暗闇の世界であり、食われた大魚や海獣や船舶の残骸が浮かぶ胃酸の海であり、化物染みた寄生虫の巣窟であり、修羅場慣れしたベアトリーゼをして耐え難いほどの悪臭に満ちた空間であり、海王類が大きく動く度に攪拌されるミキサーだった。

 

 目を覚ました時、ベアトリーゼが地獄に落ちたのかと勘違いしても無理はない。

 見聞色の覇気で自分が海王類の胃袋の中にいると知った時、ベアトリーゼの胸中に到来した感情は表現が難しい。

 

「そりゃ、私は控えめに言っても地獄行きの人生を送ってきたよ? だけど、因果応報にしても報いが過剰じゃないかな……」

 嘆きながらも、そこは砂漠ドクトカゲよりしぶとい女。早々に脱出計画を練り始める。

 

 しかし――

 プラズマ溶解炉を使えば、この胃袋から腹に焼き穴を開けて体外に脱出できるだろう。が、その後は海水に力を奪われて溺死だ。

超音波でこの化物に催眠を掛けてみるか? ……駄目だ。この化物に効く周波数や催眠暗示を掛ける方法を調べている間に胃酸で溶かされちまう。

 どうする? どうする? どうする? どうやってここから脱出する?

 

 考えれど考えれど、答えは見つからない。

 それに、考えてばかりもいられなかった。

 

 海王類が大きく動く度、胃の中は大地震に襲われたように荒れ狂う。食われた魚類や海獣などの死体が胃酸に融解されて独特の悪臭が生じ、気を抜けば嘔吐してしまう。挙句は人間大サイズの寄生虫が襲ってくる始末。

 

 眠っている間に溶かされたり、寄生虫に食われたりしないよう、船舶の残骸と死臭漂う大型海獣の身体で作った寝袋にくるまって寝る外なく(もっとも、まともに眠れるわけもなかったが)。

 手持ちの水と食糧が尽きた後は、胃袋の中にある魚や海獣の死体、倒した寄生虫を食うしかなかった。

 

 シャレにならないほど過酷な状況。故郷を地獄の底だと思っていたが、ここは故郷より酷かった。さしものベアトリーゼも泣きが入るほどに。

 ぶっちゃけ発狂していないことが奇跡というか、発狂しないこと自体がある種の人格的異常性を証明しているというか。

 

 そして、ベアトリーゼはいよいよ進退窮まり、腹を括った。

「……もういい。もう殺そう。コイツを殺そう。コイツをぶっ殺して、浮袋を脱出シェルター代わりにして海面に脱出する。その後は出たとこ勝負だ」

 

 で、だ。

 

 大博奕に出ようした時、見聞色の覇気で海王類が海面近くまで上昇していくことを把握。しかも周囲に船が居る!

「ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 言語能力を明後日へ投げ捨て、ベアトリーゼは覚悟ガンギマリの血走った目つきで体に浮き輪を巻き付け、残された体力を絞り出して燃焼プラズマを作り出そうとしたその矢先。

 

 海王類が大暴れし、ベアトリーゼは胃袋の中で揉みくちゃにされ、血反吐と一緒に食道へ向けて押し流された。

「ああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 逆流の中で体に巻いた浮き輪が剥ぎ取られ、このままでは海面に落ちた瞬間、水没するという恐怖に、ベアトリーゼのしぶとさが発揮された。

本能的に展開された見聞色の覇気が、海王類の頸部損傷と御召船の位置を捕捉。今生でも上から数えた方が良いほどの超集中力を発揮した。

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 腰に巻いていたナイフと拳銃を血反吐へ突っ込み、血液と胃酸の電子へ超高速振動を与え、強引な電気分解モドキを実行。たんぱく質が焼ける悪臭と塩素の臭いに嘔吐しつつ、爆発的に生じた水素と酸素を迷うことなく静電気で、どかん!

 

 武装色の覇気をまとって限界まで肉体を強化してもなお、脳を揺さぶり、内臓をひっくり返し、骨の髄まで振るわせる高圧衝撃波が、ヒナの黒檻で脆くなった海王類の首を吹き飛ばし、血肉諸共にベアトリーゼを体外へ噴出。

 ベアトリーゼは残った最後の体力を絞り出して姿勢を制御し、御召船の甲板へ落下した。

 

 甲板に着地後、ベアトリーゼは顔面から突っ伏すように崩れ落ち、意識を失う間際に思う。

 海王類なんて大嫌い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 およそ人間が表現できるどんな臭いよりも酷い悪臭を漂わせ、でろでろの血反吐に塗れてゾンビよりヒデェ有様の女を前に、ネフェリタリ・ビビちゃんは鼻を摘まみながら呟く。

「何があれば、こんなことになるの?」

 姫の疑問に答えられる者はいなかった。




Tips

黒檻のヒナ
 原作キャラ。艦長になれないうんぬんはオリ設定。
 個人の戦闘能力が階級に直結するワンピース世界海軍の組織序列を考慮すると、単に捕縛できる能力とは思えない。
 口調再現の二字熟語が地味に大変。

ネフェルタリ・ビビ。
 原作キャラ。アラバスタ王国王家の一人娘。
 現在は10歳。
 10歳児の表現がこんなに難しいとは思わなかった。

ネフェルタリ・コブラ、イガラム、ペル、チャカ。
 いずれも原作キャラ。いずれも再現が難しい……
 
海王類。
 ワンピース世界で生物ヒエラルヒー最上位者。
 脅威度はピンキリっぽい。

ゲロ塗れ。
『砂ぼうず』オマージュ。
 小泉太湖は第一部ではウンコ塗れになり、第二部では汚物に塗れた。

『ああああああああああっ!!』
 書いていてシリアスサムのカミカゼを思い出した。

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