彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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ちょっと短めです。


20:ビビちゃんと謎の老婆

「信じ難い話ですが、この女性はあの海王類の体内から飛び出してきたようなのです」

「……ヒナ驚愕」

 

 海王類を討伐し、護衛艦が海賊を蹴散らした後、御召船の被害確認のために本部中佐ヒナが移乗してきて、

「御覧の通りで事情聴取も出来ん有様でしてな。名前すら分からん」

 護衛隊長イガラムは目線をヒナからベッド上で昏睡状態の女性へ目を向けた。

 

 御召船の客室。そのベッドに横たわる女性は、色素の落ちた紺色っぽい髪に小麦色の萎れた肌をした――“老婆”にしか見えない。

 よぼよぼの皺くちゃお婆ちゃんを前に、ヒナは腕組みして唸る。

 

 優等生な将校であるヒナは、グランドライン内の主要な海賊や指名手配犯を把握しているが、こんな老婆は覚えがない。

 直近で生じた近海の海難事故は護送船ベッチモくらいだが、あの船に海兵にも囚人にも老婆はいなかったはず。

 

「うーむ……ヒナ困惑」

「こちらも困惑していますよ」

 イガラムは昏睡状態の女性が甲板に落ちてきた時のことを思い出し、溜息をこぼした。

「なにせ凄まじく汚く、凄まじく臭かった。近づこうにも、臭気で目が開けていられないほど痛くなるわ、気が遠くなるほどの吐き気を催すわ……本当に大変でした。彼女の身を清潔にする際の人選は、決死隊を選抜するような悲壮感が漂いましたよ」

 

 そう、女性は本当に汚く臭かった。アラバスタ王国の精鋭達すら近寄れぬほどに。動物系悪魔の実イヌイヌの実モデル・ジャッカルの能力者であるチャカなどは、その優れた嗅覚が仇となり、悪臭によって体調を崩したほどだ。

 

「御苦労様です。ヒナ同情」と表情を崩しつつ「所持品の類は?」

 

「身元を示す物も貴重品の類もなかったし、被服類は疫病が発生しかねんと判断して海へ投棄処分済みだ。もう本当に臭くて臭くてな……」

 イガラムは疲れた溜息をこぼし、

「海王類を撃破した貢献者かもしれんし、単に居合わせた遭難者かもしれん。いずれにせよ、現状は不審者の可能性もあるので拘束してあります」

 老婆の右手首とベッドのフレームを繋ぐ手錠を一瞥した。

 

「正しい判断かと」

 ヒナはアラバスタ王国人達の判断と措置を肯定し、思案する。

 

 海上遭難者の救助と保護は海軍の主要任務の一つだ。護衛対象の御召船が保護したこの身元不明者――状況的には不審者でもある――を引き取ることは、救助保護と護衛対象の安全確保に適う。

「この女性は我々の護衛艦で保護しようと思いますが、」

 

「それが筋だと思います。ただ、ですな」

 イガラムは自慢の巻き毛を弄りつつ、少々困り顔で続ける。

「国王様は、救助保護したのだから仕舞いまで面倒を見る、と。少なくとも療養を終えるまではアラバスタ王国で保護すると仰せです」

 

「それは」と眉根を寄せるヒナへ、

「待たれよ。貴官の言いたいことがおそらく正しい。私も護衛として同意します」

 ヒナの言葉を遮り、イガラムはどこか誇らしげに告げた。

「然れども、アラバスタでは、砂漠で迷い人を救ったならオアシスまで共に歩むべし、という。国王様がアラバスタ人の矜持に従い、この女性を保護するとお決めになったのであれば、我らも否やはない」

 

「個人としては素晴らしい人倫意識だと思います。ですが、海軍軍人として、迷い人が悪党である可能性を危惧せぬわけにはいきません」とヒナが指摘する。

 

「まさに。しかし、我らは疑うより信じることを尊ぶ。どうか我らの矜持と国王様の意向を尊重して頂きたい」

 一礼するイガラム。

 

 国王の信頼深い護衛隊長に頭を下げられては、これ以上食い下がれない。ヒナは小さく鼻息をつき、首肯した。

「……わかりました。ただし、警戒は怠らぬよう願います。ヒナ心配」

 

「貴官の心遣いに感謝する。忠告も心に留め置くと約束しましょう」

 イガラムはどこか安堵したように頷き、告げた。

「ところで、国王様と王女様が先ほどの貴官らの活躍を讃え、艦長殿と貴官を茶会に御招待したいとおっしゃっている。時間を作って貰えるだろうか」

 

「艦長と相談してみなければわかりませんが、都合がつくよう調整してみます」

「是非お願いする」イガラムは警備の部下に「ここは任せるぞ」

「はっ!」

 警備の護衛隊士を残し、イガラムとヒナが客室を出ていく。

 

 かくして、海軍本部中佐“黒檻”ヒナは老婆の素性に気づかなかった。

 優等生で情報通で教養豊かなヒナも、まさか18歳の乙女が衰弱して老婆のような姿に成り果てているなど、想像できなかった。

 

 まぁ非常に稀有な事態だから、無理もない。

 人は壮絶な超過労と激烈な超ストレスに掛かると、普通は死ぬ。

 が、死なずに済んだ場合、衰弱から老いたような姿になるケースがある。

 いわゆる『心労で老け込む』という現象の極端な在り方だ。

 

 この急激な肉体の老化現象は、不可逆的なこともあれば、飯食って寝てれば回復することもある。

 血浴のベアトリーゼという女がどちらかは、言うまでもなかろう。

 

     〇

 

 海王類の体内から飛び出してきたゾンビモドキの悪臭老婆が着艦し、誰も彼もが困惑と戸惑いを湛えていた中、国王コブラが真っ先に決断を下し、命じた。

「この者が何者であれ、とにかく体を洗って清潔にしてやれ。汚すぎるし臭すぎる」

 

 拾ってきた野良猫の扱いである。が、人間の出来たコブラだからこその判断でもあった。

 ワンピース世界の一般的な王侯なら『この汚物をさっさと海へ捨てろ』と言い出してもおかしくなかった。

 そして、アラバスタ王国の可憐な御転婆姫はこの“野良猫”に興味津々だった。

 

「あの人、目が覚めた?」「あの人、起きた?」「あの人、気が付いた?」等々頻繁に昏睡同然に眠りこける老婆の様子を見に来る。

 

 先に触れたように、老婆が安置された客室には護衛隊の警備が置かれ、老婆の右手は鉄製の手錠でベッドに括りつけられていた。不審者だからね、仕方ないね。

 

 

 そうして御召船が聖地マリージョア近海に至った頃。

 

 

 ビビが父と朝食を取っているところにイガラムがやってきて告げた。

「コブラ様。あの女性が目を覚ましました」

 

「! あの人、起きたのっ!?」

 ビビが喜色を浮かべて席を立とうとするも、

「まだ食事中だぞ、ビビ」

 コブラが厳しい声音で叱る。親バカで娘に激アマな親父であるが、躾は押さえるべき点をしっかり押さえていた。当然だろう。彼の大事な愛娘はいずれアラバスタの女王となるのだから。

 

「ごめんなさい、パパ」しゅんと俯くビビ。

 とはいえ、朝食の場に些か気まずい雰囲気が漂う。

 

「んんっ! マーマーッ!」とイガラムが突然発声練習を始め「ビビ様。あの女性に興味がおありなのは分かりますが、素性が定かでない者とお会いさせるわけにはいきませんぞ」

「堅いこと言うな。ビビはしょっちゅう街に繰り出して大冒険してるだろうが」

 イガラムが常識的な見解を告げたのに、なぜかコブラが逆ネジをぶっ込む。

「なんで貴方がそういうこと言うんですかっ!?」とイガラムもツッコミを堪えられない。

 

 叱られて俯いていたビビは父と護衛隊長のやり取りに機嫌を直し、にっこり微笑む。そのうえで尋ねる。

「イガラムが一緒でもダメ? チャカやペルが一緒なら良い?」

 

「……分かりました。私が御一緒なら」

「やったぁ!」

 花のように笑うビビに、イガラムも釣られて微笑み、コブラも優しい笑みを浮かべて思う。

 ビビは世界一可愛い。

 

 マナー正しく朝食を終え、ビビはイガラムを伴って客室へ足を運ぶ。好奇心で小さな胸がはち切れんばかりにワクワクしていた。聞きたいこと尋ねたいことが次から次に浮かんできて、お話することが楽しみで仕方なかった――

 

 のだけれども。

 

「○×▽~◎~※※◇~〇□~」

 ベッドで上体を起こしていた老婆は、焦点の合わぬ暗紫色の瞳で虚空を見つめながらブツブツと謎の言語を呟いていた。

 

 一言でいって、怖い。ビビは即座にイガラムの陰に隠れたし、イガラムもドン引きした。警備の護衛隊士は半ベソを掻いている。

 

 平気そうにしているのは国王一行に帯同していた侍医と御召船付船医、セクシー看護婦だけだ。

 

「お、御婆さんは大丈夫なの?」

 ビビがおずおずと医者達に尋ねる。

 

「体力はちっと回復したようですが」「精神的疲労はまだ回復してないようですな」「とりあえず栄養剤を打っておきましょう」

 侍医と船医とセクシー看護婦が『あるあるよくある』と言い、老婆へ処置を進めていく。

 

「××~●▽~※◎※~~◇◆~ヴッ!」

 注射を打たれた瞬間、老婆は白目を剥いてぱたりとベッドに倒れ込んだ。

 

「!? 死んじゃったのっ!? お婆さん、死んじゃったのっ!?」

 ショッキングな光景にビビが驚愕し、目尻に涙を浮かべる。

 

「大丈夫です」「寝ただけです」「多分」

 侍医と船医とセクシー看護婦が『あるあるよくある』と言い、イガラムは内心で『こいつらヤブじゃなかろうな』と疑った。

 

      〇

 

 ビビちゃんは昏睡する老婆の観察日記をつけ始める。

 

 A月B日。

 海王類のお腹から飛び出してきたおばあさんが、やっと起きた。

お話しできるかと思ったけど、不気味な言葉をブツブツつぶやいていて怖かった。お話しできなくて残念。

 

 

 A月C日。

 お医者さん達が二本目の注射を打った。おばあさんはまた白目をむいてたおれた。お医者さん達は『あるあるよくある』と言ってたけど、本当にあの注射、効いてるのかしら? 

 

 

 A月D日。

 明日、マリージョアに行くための港に到着するらしい。

 世界会議が開かれるお城は雲より高いところにあるってパパが言っていた。早くおばあさんとお話してみたいけれど、お城にも早く行ってみたい。楽しみなことが多くてうれしい。

 

 

 A月E日。

 おばあさんはまだ起きないけれど、私とパパは船を降りて一緒にポンベアという変わった乗り物で物すごく高い壁を昇った。ペルが飛ぶ高さより高いところは初めて。景色がすごくきれいだった! 

 

 赤い土の大陸の頂上に着くと、トラベレーターという地面が動く歩道ですごく大きなお城に向かった。どうやって動いているのかしら。

 社交の間というきれいな中庭で、いろんな国の人達にごあいさつした。ちょっと疲れた。

 

 レヴェリーは一週間続くそうだけど、私は三日目で先にお船に戻ることになった。パパはイガラム達と港を観光していなさいと言ってくれた。

 

 天竜人様が暮らしている国の港だから、見たことも聞いたこともない物がたくさんあって楽しみ。

 

 

 

 A月G日。

 お船に戻ったら、おばあさんのかみの毛がくすんだ紺色から夜色になってた! あと、気のせいかしら。おばあさんの顔のしわが減っていた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A月H日。

 おばあさんが起きた! 不気味な言葉も使わなくなってた! お医者さん達すごいっ!

 でも、まだ体調が悪いみたい。ずっとぼんやりしていてお話は出来なかった。残念。

 お医者さん達の説明だと、もっと元気にならないとご飯が食べられないらしい。早くご飯が食べられるようになると良いな。

 

 

 A月I日。

 おばあさんが「トカゲ汁……八つ目トカゲの……八つ目トカゲのトカゲ汁が食べたい」とつぶやいていた。

 

 八つ目トカゲって何? 目が八つもあるトカゲってこと? すごい、そんなトカゲは見たこと無い。

 

 トカゲなんて食べられるの? とイガラム達に聞いたら、アラバスタでも砂漠の奥地で狩りをして生活している者達は食べていると教えてくれた。

 

 コックさん達に聞いたら、お船の厨房にトカゲはないと言われた。おばあさんに食べさせてあげたかったのに。

 

 

 A月J日。

 イガラム達と港町を観光している時、いろんなお店を回ってみた。

 目は八つ無かったけど、トカゲの燻製も見つけた! おばあさんに食べさせてあげよう。

 元気になってくれると良いな。

 

 

 A月K日。

 今日でレヴェリーも終わり。パパを出迎えに港へ行ったら、ドラム王国の王様に意地悪された。あの人嫌い!

 

 アラバスタに向けて出発するけど、帰り道のごえいはヒナさんじゃないらしい。

 

 おばあさんのためにコックさん達へトカゲ汁を作ってとお願いしたら、誰も作ったことなくて困っていた。でも、ごえい隊の兵士さんに砂漠の奥地出身の人がいて作ってくれることになった。

 おばあさん、喜んでくれるかな。

 

 

 A月L日。

 おばあさんにトカゲ汁を出したら、ものすごい勢いで完食して眠っちゃった。

 元気になると良いなぁ。

 

 

 A月M日。

 おばあさんがお姉さんになってたっ!

 トカゲ汁すごいっ!!

 

 チャカが怖い顔で古い新聞と手配書を持ってきて、パパとイガラムと何か難しい話をしている。

 私はお姉さんと会うことを禁止されちゃった。どうしてなのかしら? 

 




Tips

老化現象
 砂ぼうずオマージュ。
 ただ、精神的高ストレス体験で老化する描写は砂ぼうず以外にもある。
 たとえば、攻殻機動隊SACの13話『≠テロリスト』とか。

聖地マリージョア
 原作における謎多き地の一つ。天竜人とか言う白痴化したロクデナシの巣窟。
 世界線が違えば、ネフェルタリ家もここの住人となっており、ビビも『~あます』とか言っていたかもしれない。

燻製八つ目トカゲ/トカゲ汁
 砂ぼうずオマージュ
 衰弱した小泉太湖を回復させた一品。
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