彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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書き溜めが尽きたので少し間隔が開きます。ご了承ください。

nullpointさん、13121さん、青黄 紅さん、誤字報告ありがとうございます。


21:ビビちゃんと悪い魔女

 拝啓、ニコ・ロビン様。

 不本意な別れから少し経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 私は今、屈強な兵士達に囲まれています。

 

「……まさか保護した老婆が死んだはずの凶悪犯だったとはな」

 椅子に腰かけ、腕組みした護衛隊長イガラムはベッドで上体を起こしている小麦色肌の乙女を睨み据えた。

「血浴のベアトリーゼ」

 

 素性がバレてますな。

 

 左手で乱れたままの髪を弄りつつ、ベアトリーゼはイガラムへ言った。

「死んだことになっているなら、私は一般人になったと言えるのでは?」

 

「そんなわけあるかっ! 生存が確認されれば、再手配されるわっ!」とイガラムが真っ当なツッコミを入れる。

 

「それはまあ、たしかに」

 ベアトリーゼはいくらか頬がコケているアンニュイ顔に微苦笑を湛える。トカゲ汁を食し、ようやっと衰弱から回復して意識が覚醒していた。まあ、未だ万全には程遠いけれど。

「一つ確認したいのですが……私のことは海軍に通報しました?」

 

「まだだ」とイガラムが油断なく応じる。

 

「それは良かった。私としては、そのまま通報なさらないことをお勧めします。アラバスタ国王陛下の御名誉にも関わりますし」

「国王様の名誉とはどういう意味だ」

 どこかからかうように口端を和らげるベアトリーゼ。対照的にイガラムは顔を険しくした。

 

「私の保護を決定し、身柄を海軍に引き渡さなかったのは、おそらく国王陛下の御決定があってのこと。つまり国王陛下は存じ上げなかったとはいえ、凶悪犯を保護してしまったのです。これを政府やニュース・クーにでも知られたらどうなると? 世界経済新聞辺りなら面白おかしくあることないこと書き連ね、陛下を物笑いの種にしますよ」

 滔々と説くように語り、ベアトリーゼは柔らかく告げた。

「かといって、今更私をこっそり処分し、死体を海に棄てて事を隠蔽する、というのも叶わない。貴方達では私を殺せないから」

 

「病み上がり風情が調子に――」

 チャカが佩いた剣を抜きかけた刹那。

 

 ベアトリーゼの暗紫色の双眸から絶対零度の無情動な殺意が発せられ、護衛隊の面々を捉えた。

 覇王色の覇気のような強者のもたらす暴圧ではなく、本能的な恐怖感を刺激する冷たい圧力。

 

 護衛隊の面々は全身から冷たい脂汗を発し、否応なく理解させられる。ベッドで上体を起こしている病み上がりの女は、いつでも自分達を一方的に殺せる存在なのだと。

 

「きゃっ!」とドアの向こう、廊下から可愛らしい悲鳴が上がり、ベアトリーゼは殺気を解いて護衛隊の面々も我に返った。

 

「無礼をお詫びしますが、これは貴方達に短慮な強行案を思いとどまって頂くため。私とて命の恩人を害し、後味の悪い思いはしたくないのです。ご理解を」

 ベアトリーゼはイガラムへ詫び、次いでドアへ顔を向けた。

「もし。そこに居られる御令嬢様は、アラバスタ王国至尊の御血筋に連なる方ではありませんか? 卑賎な我が身なれど、御尊顔を拝謁する栄を賜れますでしょうか?」

 

 下手な宮仕えなどより余程貴顕との接し方を心得ているようなベアトリーゼの言葉使いに、イガラムは驚きを隠せず、まじまじとベアトリーゼを見つめる。

 

 がちゃり、とドアが開き、青髪の美しい可憐な少女がおずおずと姿を見せた。先ほどベアトリーゼが発した殺気にまだおっかなびっくりしているようだ。

 

 ベアトリーゼはここ数年、ロビン以外に見せたことのない優しい微笑みを少女へ向け、恭しく一礼した。

「寝台の上から許しも得ず、名乗る無礼をお許しください。私はベアトリーゼ、家名を持たぬ卑賎の咎人でございます」

 

 少女はイガラムやチャカをちらりと窺った後、小さく深呼吸し、そのやんごとなき生まれに相応しい態度で応えた。

「私はアラバスタ王国ネフェルタリ家、国王コブラの娘にして王女のビビ。我が名、我が顔を見知りおく誉れを許す」

 

 一片の瑕疵の無い見事な振舞いに、イガラムは感涙しそうになり、チャカやペルなど護衛隊士達は『この方こそ我らが姫』と誇らしさに顔を上気していた。

 

「御尊顔を拝謁賜り、恐悦至極です。ビビ王女殿下」

 ベアトリーゼは胸に手を当て、大きく頭を垂れた。

 

        〇

 

「貴顕への礼儀作法を知る凶悪犯か。どこぞの上流階級の出自なのか?」

「資料で分かる限りですと、西の海でも屈指の蛮地の出だとありました。どこであれほどの礼法を身につけたのか。口の利き方がなっとらん者達に見倣わせたいくらいです」

 イガラムは主君へ答え、溜息を吐いた。

「情けない話ですが、あの娘には私はもちろんチャカやペルでも勝てません」

 

「病み上がりの小娘だぞ?」と片眉を上げるコブラ。

「新聞で報じられたことが事実なら、海軍本部大将と本部中将の精鋭部隊と単騎で渡り合える小娘です。そして、おそらくは……」

 青い顔をしたイガラムが言い澱む。

 

「例の護送船が海難事故に遭った件は、あの娘の仕業か」とコブラはこめかみを撫でた。

「はい」イガラムはうっすらと冷や汗を滲ませ「海兵と囚人を合わせ、百数十名を死なせ、いえ、殺しています。対峙して確信しました。あの娘はそういうことが出来ます。躊躇も逡巡もせず、必要なら、という理由でいくらでも他人を害せる手合いです」

 

「とんだ凶悪犯を拾ってしまったな」コブラは自嘲的に笑い「私は人を見る目が無かったか」

 

「……如何いたしますか? あの娘が指摘した通り、海軍に通報すれば国王様の名に傷がつくやも」

「私の名に傷がつく程度で凶悪犯を再び世に放つ危険を防げるなら、安いものだ。どこかで誰かが犠牲になるより、私が笑われる方が良い」

 コブラが快活に告げる。

 

 も、イガラムの顔が苦渋に歪む。

「臣としては国王様が誰かに笑われることは耐え難く、ましてやワポルのような俗物共に嘲笑われるかと思うと、はらわたが煮えくり返ります」

 ビビ様を叩きやがってあのクソ野郎。機会があれば真っ二つにしてやりたい。と心の中で呪詛を吐く。

 

 イガラムの忠君振りに、コブラは柔らかく目を細めた後、真顔を作る。

「言っておいてなんだがな、通報はせん」

 

「? というと?」

 戸惑うイガラムに、コブラは王らしい、重責を担う者の顔で応えた。

「海軍本部の誇る最高戦力と伍して渡り合う娘が暴れれば、この船でどうなる? 世界会議のためにこの船は我が国でも重要な人材が数多く乗船しているし、無辜の者も多い。彼らを失う訳にはいかん。何より、私だけでなくビビにまで万一があれば、ネフェルタリの血が絶えてしまう」

 

 息を呑むイガラムから目線を切り、

「ゆえに、私は凶悪犯を世に放つ悪徳を犯す」

 コブラは船窓の先に広がる海を窺う。

「イガラム。一つを頼まれてくれ。密やかにな」

 

      〇

 

 国王と護衛隊長がシリアスなやり取りを交わしていた頃――

 御転婆姫は周囲の目を盗んで凶悪犯の許へ遊びに行っていた。まさに怖いもの知らず。

 

「ベアトリーゼはどんなところから来たの?」「どんな旅をしてきたの?」「どうして海王類の中から飛び出してきたの?」

 赤ずきんちゃんの如き質問攻め。これにはビビの警護のために同道しているペルも苦笑い。

 

 ビビの質問攻めに難儀しつつ、ベアトリーゼは思案を巡らせる。

 まさか乗り込んだ船がアラバスタ王国の御召船だったとは。

 

 なんとも気不味いものがある。

 原作知識は大穴だらけであるが、ベアトリーゼは原作アラバスタ編を大まかに覚えていた。

 

 眼前で質問しまくっている可憐な御姫様と彼女の祖国が、数年後に砂怪人の謀略によって辛酸を舐めることになることを、ベアトリーゼは覚えている。

 

 命の恩人達が苦境に陥ることを知りながら放置することは些か気が引けるし、わざわざトカゲ汁まで作ってくれた心優しいビビちゃんが悲しみ苦しむことを看過することは、少々良心が痛む。

 

 しかし、彼らに砂怪人の魔の手が及ばないと、アラバスタでロビンと再会できる確証が失われてしまう。

 

 ぶっちゃけ、アラバスタ動乱も砂怪人の企みも“どうでも良い”が、アラバスタの動乱と砂怪人は、ロビンが麦わら一味に加わる大事な出来事。

 

 ロビンと麦わら一味の出会いを損なう訳にはいかない。

 麦わら一味はロビンにとって無二の仲間になる。麦わら一味に加わることで、ロビンの悲願――失われた100年の真実を知ることが叶う。

 

 何より、麦わら一味は『世界の敵』となる者達。彼らが活躍することで政府と海軍がどれほど煮え湯を飲まされるか……今から想像するだけでも胸がすく。

 

 ロビンの幸福と夢の成就、そして私の“楽しみ”のためにも、アラバスタ編は原作通りの展開を迎えることが望ましい。

 

 まあ、これ以上深入りすることはなさそうだけど。

 ベアトリーゼは厳重化した警備と監視を横目にしつつ、思う。

 どうもアラバスタ王国の皆さんが私をこのまま乗せてくれそうにないなぁ。

 

 害されたり海軍に突き出されたりすることはないようだが、十中八九アラバスタへ到着する前に『出てけ』と言われるだろう。そして、その要請を断る術はない。

 

 原作の展開とロビンのことを考慮すれば、彼らを害せない。抗えない以上、素直に逃げるしかないだろう。

 いやはや……ロビンとの再会の道程は遠いですなぁ。

 

「どうかしたの?」とビビが心配そうに「大丈夫?」

「いえ、少しぼんやりしただけです、ビビ様」とベアトリーゼは意識を内面から戻す。

 

「様は付けなくてもいいのに」

「王女様の御尊名をお呼びする栄だけで身に余ります。ご容赦を」

 ベアトリーゼは愛らしい姫君に微苦笑を返す。

「ビビ様には大変な御恩があります。不敬な真似は出来ません」

 

「それはトカゲ汁のこと? 私は燻製を見つけてきただけよ?」

 きょとんとするビビに、ベアトリーゼは自嘲的に、されど誇りをもって答える。

「私は飲食の恩は忘れません。故あれば騙すことも裏切ることも躊躇しませんけれど、一飲みの泥水、一欠片のかびたパンであろうと、それで命を繋いだなら私は決してその恩を忘れない」

 

 あの乾ききった修羅の地で生き抜いてきたベアトリーゼにとって、『食』の価値はそれほどに重かった。

 

 ふむ。深い関わり合いを避けるにしても、ビビちゃんの優しさと懐かしい味に対する御礼はして然るべきだな。

 

「ビビ様。改めて私などのために骨を折って下さったことに、深甚の感謝を。そして、受けた御恩にはとても足りませんが、一つ贈り物をしたいと思います」

「贈り物?」

 ベアトリーゼは左手で右手首に巻かれた鉄製の手錠を突く。

 

 ぱきん、と鉄製の手錠が飴細工のように砕けた。ペルが目を丸くし、護衛隊が慌てて武器を抜いて構える。

 

「ビビ様、お下がりくださいっ!」

 自身の体を姫君の盾としながら、ペルがベアトリーゼを睨む。

 

「暴れたりしませんよ」

 小さく微笑し、ベアトリーゼは砕けた手錠の欠片を両手に包み、

「久しぶりだから上手くできるかな」

 以前、ロビンの前で披露した時は熱管理に失敗してスラグ化してしまった。

 

 武装色の覇気をまとった黒い両手の間で静電気を発生させ、小さな燃焼プラズマに変化。電磁波で包んだ小さなプラズマ溶解炉の中で、手錠の欠片を瞬く間に融解させていく。

 

 ベアトリーゼはプラズマを慎重に操作し、融解した鉄を8の字状の小さな捻じれ環――俗にいうメビウスの輪に変化させた。

 成形を終えると、プラズマを消散させ、武装色の覇気をまとった手で小さなメビウスの輪を握り、『あちち』と呻きながら冷ましていく。

 

 さながら魔法のような光景に誰もが呆気にとられていた。ビビも「すごい……」と讃嘆をこぼしている。

 

「ベアトリーゼは魔法使いなの?」とビビ。10歳の少女は悪魔の実の能力者なんて無粋な表現より、夢のある存在を求めているのだ。

 

「私はどちらかといえば、魔女の類でしょう。しかも悪い魔女です」

 くすりと喉を鈴のように鳴らし、ベアトリーゼはある程度冷めたことを確認し、小さなメビウスの輪をビビに向かって差し出す。

手遊(てすさ)びのつまらぬものですが、御厚情の御礼にビビ様へ贈らせていただきます」

 

「ペル。貰って良いよね?」

 ビビが懇願するように上目遣いでペルを見上げれば、

「……危険はないな?」

 ペルは悪い魔女を睨み質し、ベアトリーゼの首肯を受けて溜息を吐いた。

 

 溜息を許可と見做し、ビビはペルの前に出てベアトリーゼから小さなメビウスの輪を受け取る。まだ温かい。鉄なのに銀のように輝いていて、鉄特有の金属臭もしなかった。

 

「ありがとう、ベアトリーゼ。大切にするね」

 大輪の向日葵みたく笑うビビに釣られ、ベアトリーゼも微笑んでしまう。

 

 と、部屋にイガラムが入ってきた。ビビが居たことに眉根を寄せ、咎めるようにペルを睨む。睨まれたペルは首を竦めるしかない。

 

「ビビ様。ここには来てならぬと申し上げたでしょう。お前達もお止めせんか」

 イガラムはビビと警備の隊士へ小言をこぼしつつ、有無を言わせぬ強い口調で。

「この者と大事な話がありますゆえ、ビビ様は御退室ください」

 

「わかったわ……」

 ビビは唇を尖らせ、渋々と出入り口へ向かう。

「ベアトリーゼ。また来るね」

 

「ここへは来てはなりませんぞっ!」とイガラム。

 聞こえなーい、とビビは逃げて行った。

 

「誠に可憐で利発な姫君でいらっしゃる。少々御転婆ですけれど、将来は素晴らしい女王になられるでしょうね」

 当然だ、とイガラムは誇らしげにベアトリーゼへ応じつつ、本題に入った。

「国王様が貴女の処遇を御決断した」

 

「伺いましょう」

 ベアトリーゼは居住まいを正した。

 

      〇

 

 翌日、ビビは至極当然のようにベアトリーゼの部屋に向かう。

 まだまだ尋ねたいこと聞きたいことがたくさんあった。何より――

 ビビはベアトリーゼとお友達になりたかった。

 

「え……」

 しかし、客室にベアトリーゼは居なかった。

 影も形もなく。ベッドの上に一枚の置手紙があるだけ。

 

『お世話になりました。御恩の礼はいずれ宝払いで。ベアトリーゼ』

 

「ベアトリーゼ、いなくなっちゃった……」

 ビビが哀しげに、寂しげに手紙を握りしめれば。裏面にも何か書いてあった。

 

『追伸。ビビ様へ。急に居なくなる不義理をお許しください。悪い魔女はいつまでも一処(ひとところ)に留まれないのです。どうかお元気で。貴女の友ベアトリーゼより』

 

「悪い魔女でも良いからもっと一緒にいたかったのに……」

 しょんぼりするビビに、同道していたペルが慰めるように提案した。

「ビビ様。彼女から貰った鉄環をお守りにしてはどうでしょう?」

 

「これをお守りに?」

 ビビはポケットから小さなメビウスの輪を取り出して見つめる。

「御伽噺では魔女の贈り物には魔法が掛かっているものです。ビビ様を御守りする魔法が掛かっているかも」とペル。

 

「悪い魔女の魔法でも? 呪われない?」

 ちょっぴり不安そうなビビに、ペルは控えめに口端を和らげた。

「手紙にはビビ様を友と書いてるでしょう? 悪い魔女でも友達を呪ったりしませんよ。大丈夫です」

 

「……そうだね。うん。御守りにする!」

 ビビは鉄製のメビウスの輪を翳して嬉しそうに呟いた。

 

 精製と成形の過程で5N級の高純度鉄と化したこのメビウスの輪は、鉄製でありながら錆びることが無く、まだ幼かったビビは魔法が掛かっていると信じるようになった。

 ビビはこのメビウスの輪に飾り紐を通し、お守りのネックレスにして身につけるようになり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年後、アラバスタを襲った動乱の最中、ビビへ本当に加護をもたらす。




Tips
8の字メビウスの輪。
 循環。再生。無限の象徴。ベアトリーゼの能力で作れるか、という疑問は演出ということで御了承ください。

5N級
99.999パーセントの意味。高純度鉄は極めて錆びにくい。
分子や原子の振動とプラズマによる再融解で作れるとは思えないが、演出ということで御了承ください。

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