彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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23:シップライト・セクレタリー・バーキーパー。スパイ。

 世界政府の密命を帯びた諜報員達がウォーターセブンに潜入したこの年。

 

 東の海のシロップ村で、長っ鼻の少年が村のチビ達を集めて『ウソップ海賊団』を結成していた。

 

 グランドラインのドラム島では、一人の偉大な男が命を散らし、心優しい青鼻のトナカイが魔女の弟子になった。

 

 グランドラインの魔の三角海域で、一人の生ける骸骨が怪人影男に影を奪われ、剣豪ゾンビに敗北していた。

 

 とまあ、世界はこんな調子で回っている。

 

 さて。

 借家の台所で厚切りベーコンと卵を焼きながら、ベアトリーゼはガレーラカンパニーに潜り込んできたスパイ達の対処を考える。

 

 うろ覚えとはいえ原作知識――サイファー・ポールの面々からすれば、自分達に一切の落ち度がないのに素性や任務内容が割れている理不尽――を持つアドバンテージは大きい。

 加えて、ベアトリーゼは覇気使いにも悟られぬほど細微に見聞色の覇気を使える。覗き見と盗み聞きはネズミの十八番。政府の犬なんぞに後れは取らない。

 探り合いでも、殴り合いでも。

 

 原作の流れがぶち狂うかもしれないけど……今のうちにぶっ殺しておくか。

 ……いやいや、それはいくら何でも脳筋すぎる。デキる女として浅慮は控えよう。

 蛮族的思考に走りかけるも、臆病なほど慎重な部分が押し留める。

 

 厚切りベーコンと卵を焼き終え、薄切りトマトと千切りレタスと共に皿へ盛りつけていく。温めたライ麦パンにバターとジャムを塗り、ラストに紅茶を淹れてミルクをたっぷり注ぐ。

 

 朝飯をもしゃもしゃと食べながら、ベアトリーゼは今後の身の振りを考え続けた。

 奴らが大人しくしているなら放置。仕掛けてくるなら返り討ち。メキシカン・スタイルでエニエスロビーに配達してやろう。

 その後は……とりあえず海列車で行ける所へ逃げて、交易船に潜り込んで高飛び。どこへ行くかは乗り込んだ船次第。

 

「……行き当たりばったりか。ロビンが居てくれたらなぁ」

 一年も顔を合わせていない親友を想いつつ、ベアトリーゼは食事を済ませて身支度を始める。

 今日は胸元の曲線を強調するタイトなTシャツとホットパンツ。足元はスニーカー。

 

 問題は髪だ。確かにベアトリーゼの髪は癖が強いものの、自然にアフロになるほどでは無い。毎朝毎朝、アフロチックになるようヘアセットしなくてはならなかった。

 

 これが実に面倒臭い。

 ベアトリーゼは思う。

 一年前の私は何を考えてこんな髪型にしちゃったんだろう……

 

      ○

 

 ウォーターセブン某所。

 

「……あの女は本当に血浴のベアトリーゼなんか? 一年前に死亡認定されとるぞ」

 長鼻の影が首を傾げる。

 

「死体は見つかっていない。護送船『ベッチモ』の沈没時の状況は完全に不明だ。ベアトリーゼが生き延びていた可能性を否定できない」

 角みたいな髪型の大きな影が滔々と言葉を編む。

 

「髪と肌の色、背丈と体形は情報と同じね。ただし、サングラスで目を確認できないし、髪型は大きく変わっていて、服装の嗜好も手配書のものと大分異なっている。顔を合わせた印象では資料にあった人柄とも一致しない。変装と演技なら頑張っているわね」

 細身の女性的な影が語った。

 

「ベアトリーゼのことはどうでも良い。重要な点はあの女が居るなら、傍にニコ・ロビンも居る可能性が高いことだ」

 肩に鳩を乗せた影が冷淡に言った。

 

 うーむ、と長鼻の影は唸る。

「それらしい女が傍に居る、といった話は無いようじゃが……」

 

「ベアトリーゼを確保すれば分かることだ」と肩に鳩の影。

 

「待て。この街に潜入したばかりだ。我々の本命はあくまで古代兵器の設計図。ニコ・ロビンは完全に想定外だ。()()()()長官の判断と指示を仰いだ方が良い」

 角みたいな髪型の影が提案し、

「そうね。彼女が本当にベアトリーゼだと確定したわけでも無いし、仮に本物なら海軍大将と中将の精鋭部隊と単独で戦える女よ。簡単に捕らえられる相手じゃない。慎重に動いた方が良いわ」

 女性的な影も同意する。

 

「ワシは仕掛けても構わんが……あの女がベアトリーゼと確証を得てからでも良いと思う。勘違いで無実の市民を傷つけてはCP9の名折れじゃ。それに、仕掛けるなら仕掛けるで、潜入偽装(カバー)が剝げることに備えておくべきじゃろう」

 長鼻の影は肩に鳩の影へ言った。

「相手はモノノケ女じゃ。身バレを気にしながら戦えるほど易い相手じゃなかろう」

 

「我々の身元が発覚すれば……本命の任務が不味いことになる」と角みたいな髪型の影。

 肩に鳩を乗せた影は沈黙し、室内に静寂が満ちる。

 

 そして――

 肩に鳩の影は告げる。無機質な声で。しかし、どこか不満そうに。

「分かった。本来の任務と並行して女の身元を探る。カリファ。お前のカバーはアイスバーグの新人秘書だ。仕事を教わる(てい)で近づけばいい。友人関係になって探れ」

 

 水を向けられた女性の影――カリファは怪訝そうに眼鏡の位置を直す。

「あら。貴方達が彼女と親密になるという手もあるんじゃない? ハニートラップは基本でしょう? ルッチ、お手並み拝見させていただける?」

 

 カリファがからかうように切り返せば、肩に鳩を乗せた影――ロブ・ルッチが微かに渋い顔を作った。

「……俺はしゃべらない男というカバーを被っている。(ハットリ)を使って口説けとでも?」

 

「絵面的に凄く面白そうじゃな」

「ジャブラ辺りが知ったら死ぬまで弄り続けるだろうな……」

 長鼻の影――カクは腕を組んで唸り、角みたいな髪型の影――ブルーノは顎を撫でながら唸る。2人ともどこか楽しそう。

 

「それで」カリファはルッチへ顔を向け「彼女の調査のこと、長官には?」

「真偽が判明してからでええじゃろ」とカク。

「同感だ。件の女子社員がベアトリーゼと確定したら知らせればいい」とブルーノ。

「現段階で報告しても、余計な真似をするだけだ。後回しで良い」とルッチ。

 

 三者三様の言い回しだが、上司を蔑ろにしていることに変わりはない。もちろん、エリートである彼らは『報連相』の重要性を正しく理解している。しかし、相手が度し難い無能では『報連相』しても悪い結果しか出ない、とも認識していた。

 そして、彼らの認識は正しい。

 

「予期せぬ事態だが、失敗は許されないことを改めて胆に銘じておけ」

 ロブ・ルッチは全員を見回して告げた。

「全ては正義のために」

 

       ○

 

 かくて、スパイ達は諜報活動を始め――

 

 某日。

 新人船大工の偽装を被るカクとルッチは、調査対象の女子事務員に叱られていた。

「お前ら新人のくせ、揃って提出書類の締め切り破ってんじゃねェよ」

 

「すまんのう。でも、先輩らが期日を多少過ぎても大丈夫と言うておったんじゃぞ?」

 頬を掻きながら釈明するカク。

『そうだ。パウリーやタイルトンが遅れても平気だって言ってたぞ、ポッポー』

肩に乗せた鳩の腹話術で応じるルッチ。

 

「締め切り破りまで習うんじゃねェよ」

 ビーは銃声みたいな舌打ちをし、アフロ染みた夜色の髪を掻く。

「今回はケツ蹴りを勘弁してやっけど、次からは容赦しねェぞ。締め切りを守れ」

 

 サングラス越しにぎろりと睨まれ、カクは肩を竦め、ルッチ(と鳩のハットリ)は降参したように小さく手を挙げた。

「蹴られちゃかなわん。今後は締め切りを守るわい」

『悪かったよ、ビーポッポー』

 

「ビーポッポーってお前……なんか新たなキャラクターが生まれそうになってるじゃねェか」

 嫌そうに小麦肌の細面を歪め、ビーはしっしっと追い払うように手を振る。

「ほれ、仕事に戻れ。怪我すんなよ」

 

 事務所を追い出され、カクは声を潜めて呟く。

「どう思う?」

『あれが演技なら完全に溶け込んでいるな、ポッポー』と腹話術で応じるルッチ。

 

 はすっぱな言葉遣いや態度、すぐに手を出す気の強さと荒さ。ズボラそうな印象を受けるが、仕事は丁寧でミスがほとんどない。しかも手早く定時までに片付ける。優秀と言えよう。

 

「それにしても」カクは眉を下げて「ビーポッポーってなんじゃビーポッポーって。不意打ちはやめてくれ。吹き出すところじゃった」

『俺のカバーに合わせた演技だ』

 心なしかルッチの横顔は得意げだった。

 

 

 

 一方。

 

 

 

 卓越した才人アイスバーグの傍に潜入し、秘書として人となりを観察しているカリファは、思う。思わざるを得ない。

 こんな人が上司だったらなぁ、と。

 

 有能で優秀で仕事の出来はいつも最高。部下の扱いが上手く、気配りも欠かさない。明確なビジョンを持ち、カリスマ性にも富んでいる。少々荒い言葉遣いや時折見せる稚戯染みた無節操さも慣れてしまえば可愛いもの。

 

 エニエスロビーのCP9司令長官室でふんぞり返っているバカアホマヌケでドジの四重苦男が脳裏をよぎり、カリファは思う。思わざるを得ない。

 アイスバーグが上司だったら良かったのになあ、と。

 

 そして、カリファはもう一つの役割――同じ女子社員として調査対象のビーに近づき……

 

 

 

「あたしの奢りだ。存分に食ってくれ」

「あ、ありがとう。御馳走になるわ、ビーさん」

 カリファは若干顔を引きつらせながら微笑む。

 

 卓の上に乗った料理はスペシャルパワーランチ。体が資本の職人向けに大きな皿の上に山盛りのタンパク質と脂と炭水化物。食事という名の燃料である。

 しかも飲み物はビール。午後も仕事なのにビールだ。

 

 太る。絶対に太る。太ってしまう。

 カリファはカウンター内の店主を睨む。貴様なぜこんなメニューを作ったと忌々しげに。

 

 理不尽な怒りをぶつけられた酒場の店主――ブルーノはさっと目を背けた。

 中心街で酒場の店主に化けたブルーノは、律儀に店を繁盛させるべく客寄せの目玉にスペシャルパワーランチを考案した。おかげでドカ食いしたいガテン系の客で賑わっている。

 

 ビーは食前酒代わりにビールを呷ってから、

「そろそろアクア・ラグナが近いから、しっかり食っておいた方がいい」

「アクア・ラグナ……たしか、毎年生じる高潮でしたか?」

 カリファが確認するように問えば、こくりと首肯する。

「そ。下町の辺りはごそっと水没しちまうような奴な。で、その後始末で島全体がてんやわんやの大騒ぎになる。そんでもって、ウォーターセブンは今やガレーラカンパニーの企業城下町みたいなもんだ。当然、ウチのボスは大騒ぎの中心に担ぎ出される」

 

「……アイスバーグさんの秘書である私も多忙になると」

 カリファの正解に、ビーはにやりと笑う。

「今からしっかり食って体力をつけておかないと大変だぜ、カリファ」

 

「そうですね。いただきます」

 カリファは内心で溜息を吐きつつ、山盛りのガテン系飯を食べ始める。腹立たしいことに美味かった。

 

 2人が毒にも薬にもならない会話を交わしながら食事を進めていく。

 皿の上の料理をほとんど平らげ、ビーはビールジョッキを手に片眉を上げた。その目線は壁の一角へ向けられている。

 

「この店は悪趣味な“ポスター”を並べてンなぁ」

 ビー目線の先には多くの指名手配書が貼られていた。四皇や大物海賊を筆頭に高額賞金首が並んでいる。

「どいつもこいつも汚ェ面の不細工だし……“赤髪”みたいなイケメンがもっと増えねェもんかね」

 

「あら。ああいうのがタイプなんですか?」とカリファ。

「タイプってわけじゃあねェけど、周りと比べるとさぁ……たとえば、ほら、あそこの2億。自分があの出っ歯デブとハグして、キスして、愛を囁くところを想像してみ?」

 カリファは想像した。想像してしまった。想像して、心理的ダメージを受けた。食事の手を止め、げんなり顔を浮かべる。

「……食欲が無くなりました」

「だろう?」けらけらと笑うビー。

 

 大きく息を吐き、カリファは手配書の群れへ顔を向け、

「それにしても……あんな小さな子でも指名手配になるんですね」

 むさくるしい野郎共の写真に混じる幼女の写真を示す。

 

『悪魔の子』ニコ・ロビン。アライブ・オンリー:7900万ベリー。

 

 相手の反応を探る誘い水。

 カリファはビーの様子を注視した。眼鏡の奥からビーの一挙手一投足を観察し、表情筋のささやかな動きも見逃すまいと集中している。

 

「あの歳であの金額だ。よほどのクソガキなんだろーよ」

 が、ビーは極々自然体のままだった。鼻を鳴らしてからビールを呷って笑う。

「手配されてから10年以上か? ガキの身でよくまあ逃げおおせたもんだ。確かに『悪魔の子』だわな。おっかねーわ」

 

「仲間がいたのかもしれませんね」とカリファ。

「まあ、普通に考えりゃあそうだろうな。今頃は海賊団でも結成してるかもしれねェ」

「海賊団、ですか?」

 予期せぬ言葉にカリファは密かに警戒のレベルを一つ上げた。カウンター内で作業しながら聞き耳を立てているブルーノも、ビーの言葉に意識を集中させている。

 

「ガキの時分から10年以上も政府や海軍を向こうに回してるアバズレだぞ? 悪党共からすりゃあ充分にワルの偶像(ドンナ)になれるだろうさ」

 ビーはカリファへ悪戯っぽく微笑み、けらけらと笑う。

「いずれ、ガレーラカンパニー(うち)へ船を買いに来たりしてな!」

 

「そんな日が来るかもしれませんね」

 作り笑いを返しながら、カリファはビーの回答をどう判断すべきか頭を悩ませた。

 

「しかし……」ビーはカリファの手元を見て「意外と健啖なんだな」

「え?」

 カリファが自身の手元へ目線を落とせば、スペシャルパワーランチをほとんど食べ終えていた。思いの外、食べ進めていたらしい。

 

「や。丁度良かった。女一人じゃあ入り難い店がいくつかあって、どうしたもんかと頭を捻ってんだが……」

 サングラスの奥でビーの双眸が妖しく輝く。

「これからは心置きなく入れそうだ」

 

「え?」

 カリファは困惑する。何かとてつもなく嫌な予感がしていた。

「え?」

 

 

 

 

 

 数日後――

「なんじゃ、えらく疲れた顔して」

 ウォーターセブン某所に集結したスパイ達は、くたびれ顔の女スパイを訝しげに窺う。

 

「……近づいたら妙に気に入られてしまって」

 カリファは沈鬱な面持ちで呻くように言った。

「食べ歩きに連れ回されて、ここ数日だけで3キロも増えた……増えちゃったわ……」

 

「たかが体重くらいで――」

 ルッチは仕舞いまで口に出来なかった。カリファから海王類も逃げ出しそうな目で睨まれたために。

 

「ともかく、この数日で分かったことは、彼女の周囲にニコ・ロビンらしき影はない。誰かと連絡を取り合っている様子もない。ただ意地でも人前でサングラスを取らないわね。さりげなく聞いてみたけど、『貫き通してこそのファッション』とかよく分からない返しをされたわ……」

 カリファは少々疲れ気味に語る。

「あと、秘書(わたし)の仕事と彼女は意外に接点が少ない。アイスバーグはフットワークが軽くて、気まぐれなところがあるせいもあって、勤務中は接触の機会がそう多くないの。やっぱりハニートラップも仕掛けてみたら? カクはどう?」

 

「人食い鬼と懇ろになるなんぞ絶対に嫌じゃ」とカクが真顔で拒否。「ブルーノが口説けばええじゃろ」

「却下だ」とブルーノもそっぽを向く。

 

「貴方達、重要任務に対して選り好みを持ち込み過ぎよ」とカリファは苛立たしげに男共を睨む。

 

 ルッチは場の雰囲気が集中力を欠いたことに小さく鼻息をついた。

「……分かった。ブルーノ。お前の“能力”で近いうちにあの女の部屋を調べろ。それで確証が得られないようなら、女の件はしばらく静観し、本命へ注力する」

 

「なんぞあったのか?」

 カクがルッチに問えば、

「出入り業者と職長達のやり取りを耳にした」

 ルッチは淡々と続ける。

「来年の次期市長選にアイスバーグを推薦立候補させようという動きがある。まだ本人にも打診されておらず、アイスバーグ自身の考えも分からないがな」

 

「それはまた……色々難儀なことになりそうだな」とブルーノ。

「だが、好機でもある」

 眉間に微かな皺を刻み、ルッチは言った。

「選挙は一種の騒動だ。何かしらの隙も生まれるだろう。逆にこの選挙の間を逃せば……この潜入任務が長引く可能性が出てくる」

 

      ○

 

 某日の昼下がり。

 ブルーノは自らの持つ悪魔の実の能力『ドアドアの実』の力を用い、ビーことベアトリーゼが借りているアパートの部屋に侵入した。

 

 壁に触れさえすれば、どんな所にも――大気中にすらも、人体にさえも、ドアを創り出すことが出来る空間操作能力。ドアドアの実の前では固く閉ざした扉も意味をなさない。

 

 一人暮らしの女性の部屋に侵入し、ブルーノはまず室内を見回し、“覚える”。

 どこに何がどのように置かれているか、何一つも見落とさぬようにしっかり記憶していく。

 

 変哲の無い1LDK。整理整頓が行き届いている、というよりは殺風景の一歩手前か。女性的な可愛い置物などの類は一切ないし、調度品や生活用品も実用第一といった感じだ。

 

 一通り室内を観察し、記憶した後。ブルーノは部屋の捜索を始める。

 

 本棚――安売りの小説が数冊。他は、海列車の路線各島嶼の食通ガイドばかり。

 全ての本のページを手早く流して何か挟んで隠していないか、何か書き込まれていないか確認するが、特になし。本棚の裏にも特になし。全て元通りに戻す。

 

 続いて、箪笥とクローゼットの中を確認。さして多くない化粧品を調べ、全ての衣服を広げ、手早くポケットや襟裏まで調べていく。下着だって構わず調べる。ブラジャーとショーツも一つ一つ調べていく。もちろん無心で。箪笥とクローゼットの裏も調べるが、やはり何もない。

 

 窓際のサイドボードにはスケッチブック数冊、絵具と色鉛筆。

「……絵を描くのか」

 意外そうに呟きつつ、ブルーノはスケッチブックのページを開く。この中にニコ・ロビンの似顔絵ややり取りが描かれていれば、と思う。

 

 しかし……スケッチブックの中に描かれていたものは、ウォーターセブンやガレーラカンパニー、海列車や諸都市の風景画。ガレーラカンパニーや市井の人々のスケッチ、練習らしき静物や人体のデッサン。ニコ・ロビンはどこにも描かれていないし、メッセージのやり取りらしきものもない。

 

 ブルーノはスケッチブックを元の位置に戻し、ぽつりと呟く。

「ヘタウマ……といったところか」

 

 正直、自分の方が上手い(凄腕諜報員はターゲットの似顔絵や作戦地域の写景図くらい完璧に描けねばならぬ、ならぬのだ)。

 

 その後、ブルーノはベッドそのものやベッド下、キッチン、浴室、洗面所、トイレの隅々まで調べていく。

 

 人は思いもよらぬ場所に隠し物をするものだ。

 金庫はフェイクで冷蔵庫の中に権利書を隠していたり。浴室の壁の中に機密ファイルを隠していたり。便所の床下に横領金を貯め込んでいたり。

 

 ところが、この部屋には怪しい物もやましい物もなく、ビーをベアトリーゼと確定する材料も、ニコ・ロビンと関わりを示す物も、何一つなかった。

 

「似た別人なのか……?」

 全てを記憶した通りに元へ戻してから、ブルーノは能力を用いて部屋を出ていく。

 

 

 

 ブルーノの報告を以って、スパイ達は女子事務員ビーに対する調査を中断。

 来年行われる市長選に合わせ、アイスバーグが保有する“だろう”古代兵器の設計図を発見/確保する計画を練っていった。

 

 

 彼らのプランが成就しないことを、この世で一人だけ知っている。




Tips

ブルーノ
 原作キャラ。
 この時、26歳。原作登場時は30歳だったのかと驚いた。
 既にドアドアの実の能力者ということにしてある。

ハットリ
 ロブ・ルッチの愛鳩。主の腹話術へ完璧に合わせた動きをする天才鳩。

バカアホマヌケでドジの四重苦男。
 スパンダム。割と人気キャラであるが、作中の言動と行動はカスの一言。

古代兵器の設計図。
 この時点では確かにアイスバーグが所有している。


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