彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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お待たせしました。今回は長め。短くまとめられず、ごめんよ。

佐藤東沙さん、烏瑠さん、龍華樹さん、みえるさん、誤字報告ありがとうございます。


275:海賊大祭――デルタ島の激戦

「オタカラを確保しやしたぜっ! キャプテン・バギーッ!」

「船に積みきれるか分からないくらいでさぁっ!!」

 有能で優秀な脱獄組はこのどさくさに紛れて見事に“任務”をやり遂げていた。海賊大祭の賭けや商売で生じた莫大な売上金や運営資金を満載した荷車やら何やらを見せ、得意げに叫ぶ。彼らの顔は主に褒めてもらいたいワンコそっくりだ。

 

「よくやったっ! 大急ぎで積み込みなっ!!」アルビダは命令を飛ばし「後はズラかるだけだけど……問題は沖の艦隊だね。どうする、バギーっ!?」

 

 船首に立ち、円形湖とメイン会場を睨みながら微動にしないバギーへ、アルビダは美貌を歪めて怒鳴る。

「バギーッ! 聞いてんのかいっ!?」

 

「うるせェ」

「何を言って……」

 戸惑うアルビダの言葉を遮るように、バギーは眉間と鼻の頭に深い皺を刻み、がなる。

「考え事してんだっ! だぁまってろっ!!」

 

 激戦が繰り広げられる円形湖。そこにいるだろう旧知の超・戦士。

 気に入らない。

 ――まるで見境無しのケダモノじゃねえか。その“みっともねェ”様はなんだ。あんたはそんな男じゃなかっただろ……っ!

 

 血浴の激甚な殺気が漂うメイン会場。あそこにはシャンクスの娘が居る。

 シャンクスの娘を見捨てて逃げ出す? 知らなかったとはいえ、マリンフォードでロジャー船長の忘れ形見を死なせちまったんだぞ。挙句にアイツの娘まで見捨てちまって、俺ぁ胸張ってロジャー海賊団だったことを名乗れんのか?

 

 バギーの猛烈な不機嫌顔は解れない。

 

     ○

 

 様々なフラグメントが浮遊する虚無的な世界。

 岩塊の欠片の上に立つ卑劣なる悪漢。その傍ら。歌姫が圧倒的な歌唱力で呪歌を放っていた。

 

 が、世界を惨劇へ導くその呪歌がウタワールドに囚われた人々に届くことはない。

 心魂(ソウル)がこもったギターサウンドが鳴り響き、呪歌を祓い消していた。

 黄泉から帰ってきた漢“ソウルキング”ブルックは船舶の残骸に立ち、自身の持つ全ての知識と技術と経験、音楽に対する自身の信念と思想を込め、心と魂の思うままに即興の曲を奏でている。

 

 それは、ロックであり、メタルであり、ジャズであり、クラシックであり、シーシャンティであり、ソウルであり、リズム&ブルースであり――

 

 それは、聞く者の心に響く演奏であり、聴く者の魂に轟く音色であり、見る者の感情を震わせる奏楽であり、観る者の琴線を揺さぶる音曲であり――

 

 それは、呪歌を唱える歌姫へ立ち向かう決闘(対バン)に他ならない。

 

 一呼吸も休むことなく演奏し続けるブルックに余裕はない。

 肌無き髑髏の表面を何処からか湧いた汗が伝い、衣装に濡れ染みを広げ、自慢のアフロを湿らせる。筋肉など無いはずなのに、ネックのフィンガーボードを踊る左手の指がつりそうだった。ピックを握って弦を掻き鳴らし続ける右の指や手首に存在しないはずの腱が痛む。

 

 それでも、ブルックは全力で演奏し続ける。わずかでも手を抜こうものなら、わずかでも演奏を鈍らせようものなら、わずかでも音色を翳らせようものなら、歌姫の妖唱に呑み込まれ、自身もこの異界に連れ込まれた人々も呪歌に憑かれてしまうから。

 

「そんなことは、絶対に、させられません……っ!!」

 世界一の歌姫になることを夢見て直向きに頑張る少女に、歌で世界を呪わせるなど、一人の漢として絶対に許せない。

 音楽や歌で人々を操り、この世界を血みどろの戦禍で覆い尽くそうなどという邪悪な試みを成させるわけにはいかない。一人の音楽家として、そんな凶行は絶対に防がなくてはならない。

 

 歌や音楽は心を明るく照らし、魂を救うものだ。

 ルンバー海賊団が誇り高く笑いながら最期を迎えられたのは、音楽のおかげ。

 独りぼっちで霧の中を長く長く彷徨っても発狂せずにいられたのは、愛する仲間達の遺した歌のおかげ。

 歌や音楽という希望のおかげで、今の自分がある。

 

 なればこそ、ブルックは身魂の全てを注ぎ、鮫型エレキギターを弾き続ける。

 悪漢の汚らわしい企みを破り、歌姫を救い、世界を護るべく、持てる全てを注いで演奏を続け、世界を破滅へ導く歌唱を防ぎ続ける。

 

 ウタワールドに呑み込まれた大群衆はソウルキングが奏でる魂のサウンドに圧倒され、魅入り、咳一つこぼせない。

「な、なぜだ……っ!? ここは歌姫が絶対支配する仮想世界だぞっ!? なぜ抗えるっ!?」

 ブエナ・フェスタは愕然としていた。最初こそ『無駄な足掻きを』とニヤニヤ嗤っていたものの、アフロ骸骨男が歌姫の呪歌を妨げ続ける様に顔が強張り、笑みが消え、今や焦燥を覚えて冷汗を流していた。

「なんなんだっ!? いったいどうなってやがるっ!?」

 

 フェスタの疑問は観衆達も抱いている謎だった。天竜人も政府関係者も軍人も諜報員も海賊も賞金稼ぎも闇の帝王も革命軍も秘密結社も、訳が分からない。

 

「なぜあの骸骨男は歌姫に抗える? なぜあの歌を防いで我らを護れるんだ?」

 ビスクドールのような姿にされたシャーロット・スムージーが、魂を燃やすように演奏し続けるソウルキングをまじまじと見つめ、誰へともなく問う。

 

「なんだぁ? ビッグマムんとこのおじょーちゃんは怪物ババアに音楽を習わせてもらえなかったかぁ?」

 マシュマロマンみたいな二頭身の姿にされた百獣海賊団“大看板”クイーンが煽る。

 

「音楽?」

 イラッと眉根を寄せたビスクドール・スムージーへ、マシュマロマン・クイーンがしたり顔で語る。

「仮にも歌姫を名乗るシンガーが真正面から対バン挑まれて、応えねェわけねェだろ。自我を奪われてようが関係ねェ。こいつぁ尊厳や矜持ってもんだからなァ。フン! 赤髪の娘め。根性見せやがるぜ……っ!」

 

 クイーンはブルックとウタの対バンを睨み、サングラスで覆われた双眸をぎらりと光らせる。

「だぁがっ! 百獣海賊団最高のパフォーマーであるこの俺様を蚊帳の外に置いて、盛り上がってることは許せねェッ!」

「は?」スムージーの眉間に深い皺が刻まれた。このデブは何を言っているのか。

 

 困惑するビスクドールを無視し、マシュマロマンがマスコット化した部下達を集め、対バンに殴り込みをかける。

「おいっ! おいおいおいっ! いくぞ、おいっ!!」

 

 ズムズムズムズムッ♪ ズムズムズムズムッ♪

 クイーン専属の青髪ダンスマンと赤髪ダンスガールがマシュマロマンの左右に別れてダンスを始め、部下達がボイスパーカッションとヒューマンビートボックスと手拍子を鳴らし、

「痩せちまったらモテすぎるから♪ あえて痩せないタイプの♬ 『FUNK!!』丸く見えるが筋肉だから♪ 歌って踊れるタイプの♬ 『FUNK!!』」

 見た目に似合わぬ美声(イケボ)で軽妙なリリックを紡ぎ、マシュマロマンなクイーンはお決まりのポーズを取りながら、アフロ骸骨と紅白髪の小娘へ宣戦布告した。

「刮★目☆しくされ、ゴミクズ共ォ――――ッ!! クイーン様の参上だぁっ!!」

 

 ブルックは演奏を止めることなくファンシーでファンキーな乱入者に微笑み、

「盛り上がってきましたねぇ……っ!」

 操られたままの歌姫へ、告げる。

「さぁもっとアゲていきますよっ! ついてこれますかっ! お嬢さんっ!!」

 

 (タャマスィー)がこもったギターサウンドを一層激しく掻き鳴らし、自身自慢のヒットナンバー『新世界』を演奏し、自らも歌い始める。一度だけでなく二度。二度だけでなく三度。四度目になると、囚われの人々も人形化された者達も『新世界』を口ずさみ始めた。

 

 そして、5度目の演奏。

 ソウルキングを中心に誰も彼もが『新世界』を歌う。

 

 海賊達が。海兵達が。サイファーポールも賞金稼ぎも悪党も。天竜人も王族も貴族も。闇の帝王も革命軍も秘密結社も。スムージーもモルガンズもル・フェルドも、黒衣の淑女もマーケットの古狸も、アフロ骸骨の演奏に合わせて覚えたばかりの歌を口ずさむ。しまいにはクイーンまで悔しそうにしながら『新世界』を歌いつつ、踊り出す。

 

 大勢が歌と音楽で完全な一体感を共有するそれは、まさしく熱狂的で。

 予期せぬ光景に祭り屋は言葉もなく、口にくわえていた葉巻を落とす。

 ただ一人、熱狂の輪に加われぬ歌姫の目から、涙がこぼれた。

 

      ○

 

「クソがぁ……っ!」

 ユースタス・“キャプテン”・キッドは膝をつき、血と戦塵が混じった赤黒い痰を吐き捨てた。

 

 相棒の“殺戮武人”キラーも、バジル・ホーキンスも“海鳴り”スクラッチメン・アプーもグロッキー状態。百獣海賊団とビッグマム海賊団の海賊達やシードル・ギルドを始めとする賞金稼ぎ達も壊滅状態。

 

 ちなみに、プラズマ爆発で“血浴”のベアトリーゼがこの島に居ると分かった瞬間、カポネ・“ギャング”・ベッジは即座にこの場からズラかった。

 というのも、ベッジは西の海出身であり、かつては5大ファミリーの一角を担っていた。自身の縄張りや傘下組織を“血浴”と“悪魔の子”に手酷く荒らされた経験がある。そりゃズラかるわな。

 

 鉄船カタパルト号と合体し、鉄巨人と化したダグラス・バレットは半死半生の超新星達に興味を失い、先ほどメイン会場上空でプラズマ爆発を生じさせた存在に関心を向けている。

「なんだよ、居るじゃねェか、とんでもなく強ェのがよぉ」

 沖に展開した海軍からの砲撃が止まったことも気になっていたが……バレットは無視し、メイン会場へ向かって歩き出す。

 

「テメッ! どこ行きやがるッ! 俺の心臓はまだ止まってねェぞコノヤローッ!」

 自身を無視して去っていく鉄巨人の背に向け、キッドが意気軒昂に吠える。もっとも、その足は生まれたての子鹿みたくガックガク。

 

「狂犬だな」「イカレてるぜ」

 負傷と疲弊でもはや立ち上がれないホーキンスとアプーは、実力差を思い知らされてもなお、戦意と闘志が微塵も翳らないキッドに呆れ顔を向けた。

 

「キッド、これ以上は――」

「ここまでコケにされて終われるかっ!」

 相棒キラーの言葉を蹴り飛ばすように遮り、キッドは断固たる意志で闘争の継続を決意する。否。継続どころか疲弊した頭で必死に策を講じていた。

 ジキジキの実でデカい拳をこさえて殴っても通じねェ。漠然と覇気を巡らせた攻撃は効かねェ。鋼鉄の塊をぶち抜けるくらい力と覇気を一点に集中させた攻撃じゃなきゃああのバケモンには届かねェ。どうやる。どうする。

 

 キッドが焦燥を覚えながら必死に頭を捻っていた時。

 沖から再び遠雷染みた砲声が響き、大気を引き裂く甲高い音色が幾重にも連なり、円形湖へ向かってくる。

 

 海賊や賞金稼ぎとして火器を操る者達は否が応にも理解してしまう。

 砲撃。それも円形湖を目標とした集中効力射。全てを砕き、焼き尽くす鉄と炸薬の豪雨。

 

「クソ海軍がぁっ!!」

 誰が叫んだか分からない。もしかしたら全員が叫んだのかも。

 とにかく誰も彼もがこれから起きる地獄絵図に足掻く。キッドとアプーは能力を用いて砲弾の雨を迎え撃つ。キラーとホーキンスは地面を裂き抉って急造の掩体壕を作り、退避する。動ける海賊達や賞金稼ぎ達も生き延びようと必死に藻掻く。動けない者達は祈るか、嘆くか、罵るか、泣いた。

 

 そして、円形湖を鉄風雷火が満たす。

 鉄巨人へ砲弾が次々と直撃し、鋼鉄の体躯は瞬く間にへこみ、歪み、抉られ、割れ、砕けていく。だが、鉄巨人の中枢に身を置くバレットは焦りも恐れもしない。

 

 バレットは凶相を大きく歪め、嗤う。

「カハハハハハハハッ! そうこなくっちゃなぁッ!」

 

 砲弾の雨が発する轟音があらゆる音を呑み込み、掻き消す。悲鳴も断末魔も怒号も命乞いも、肉体を破砕する音色も命を吹き飛ばす音色も、何もかも爆発音で塗り潰す。

 

 円形湖に集中効力射が行われている間に、討伐任務艦隊の各艦から陸戦隊がデルタ島に上陸し、ウタウタの実で意識を失って倒れている海賊達を片っ端から拘束し、一般人を保護し、各港で拿捕した海賊船や徴発した貨物船へ積み込み、島外へ脱出させていく。

 

 もっとも、数が数だ。陸戦隊の手だけでは遅々として進まない。畢竟、移送は救助すべき一般人と確保すべき重犯罪者が優先され、木っ端海賊や小悪党は後回し――クズ共は巻き添え被害で死んでも因果応報――という扱いになる。

 

 そんな中、装甲汽帆船が外輪をぶん回して中央水路を駆け上がっていく。

 汽帆船の甲板は『正義』の二文字を背負わぬ将兵で満たされていた。将校も兵士もジャンパースーツに戦闘装具を装着し、金魚鉢みたいな野暮ったいヘルメットを被っている。武器はカートリッジ式弾薬の銃器に擲弾筒やバズーカ砲なども備えていた。

 まあ……主戦場らしき円形湖にいる、見上げるほど大きな鉄巨人に通じるとは思えないが。

 

「マジであんなのと戦わせられんのかよ」「艦砲を食らってもピンピンしてる相手に、こんな豆鉄砲でどうしろってんだか」「俺達は囮さ。本命は“特別コマンド”だ」

 ぶつくさ言う兵士達。彼らの言葉通り、六式使いや覇気使いの精鋭達はエッグヘッド製の強力な新型爆薬や海楼石製武具を与えられ、鉄巨人と化したダグラス・バレットへ切り込み攻撃を命じられていた。まさしく消耗品扱い。

 

 軍法会議を経て評価戦隊に放り込まれたコビーとヘルメッポは、『ガープの弟子』という評価ゆえに有無を言わさず“特別コマンド”へ組み込まれている。消耗品部隊で『優秀』や『有能』であることは、必ずしも良いこととは限らない。

 

 コビーとヘルメッポはヘルメットの中で真っ青な顔をしており、緊張と不安と恐怖で今にも失神しそうだった。

「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。せいぜい死ぬだけだって」

 女性の先輩兵士が慰めにならない言葉と共に笑いかけた。コビーはいっそう強く震え上がり、ヘルメッポは思わず嘔吐しかける。

 

「総員傾注ッ!! 戦隊長よりお言葉がある!」

 年かさの戦隊最先任下士官がヤケクソ気味に吠え、

「メイン会場突入部隊は何をおいても歌姫ウタの身柄を確保しろ! 外見は紅白髪の少女だ! 攻撃及び加害行為は厳禁! この命令に背く奴は現場判断でその場で撃ち殺せ!! この任務は一切の損害を問わん! 貴様らが全滅してでも歌姫をしょっ引けっ!」

 顔が引きつりまくった戦隊指揮官が将兵へ命令をがなる。

「支援隊はこのまま船で円形湖に突撃せよ! 本作戦の最大脅威ダグラス・バレットを牽制し、歌姫ウタの身柄を確保する時間を稼げっ!! 如何なる犠牲を払ってもバレットをメイン会場に近づけさせるなっ!!」

 

 全滅してでも任務を完遂しろ、というわけだ。あまりにも酷い命令だが、将兵から反発の声はない。ただ諦観と達観に満ちた溜息や鼻息がこぼれるだけだ。

 

「メイン会場まで10秒っ!!」

 汽帆船の水兵が怒鳴り、青い顔の戦隊指揮官が喚き散らす。

「総員、作戦開始に備えよっ!! 我らに神の御加護をっ!!」

 

 神なんざクソ食らえだ。誰かの悪態がコビーの耳に届く。コビーは反射的に発言者を探す。しかし、皆顔を覆い隠す金魚鉢頭だから分からない。

 直後、汽帆船がメイン会場の護岸に到着。将校や下士官の号令の下、ワンピース世界らしい破格の身体能力を持つ兵士達が平然と甲板から陸へ飛び降りていく。

 

 将兵が下船中、突然、船首や舷側の新型艦載砲や最新兵器の機関砲が歌い始めた。砲弾を円形湖方面へ矢継ぎ早に叩き込む。

 よくよく見れば、鉄巨人が戦塵と爆煙を傲然と掻き分け、砲弾を浴びながらもメイン会場へ向けて進撃を始めていた。戦闘狂のダグラス・バレットがメイン会場に凶悪犯“血浴”のベアトリーゼがいることに気付いたのだろう。

 

「傍迷惑なクソ女めっ!」

 戦隊長の罵倒は討伐任務部隊の総意だった。

 

     ○

 

 ずうんずうん、と鉄巨人が地面や水面を揺さぶりながら、メイン会場へ近づいてくる。

 まるで怪獣映画だが、ベアトリーゼは視界にすら入れない。バッキバキに青筋を浮かべながら、無言で一撃必殺の暴力を振るう。ダマスカスブレードが大地を抉り、漆黒の拳打が瓦礫を吹き飛ばす。然して、その攻撃が肥満体ピエロを捉えることはなく。

 

「ヒョ、ヒョホホホッ!! 死は究極の笑いバネッ! とはいえ、ミーはまだまだ死ぬ気はないバネーッ!!」

 人喰い道化は催眠状態で茫洋としているウタを抱え、冷汗をまき散らしながら必死に逃げ回る。祭り屋の計画が完了するまで、何としても歌姫の催眠状態を維持する必要がある。

 

「ウタちゃーん、アレをやるバネーッ!」

 モロネヴの言葉に催眠状態のウタが機械的に反応し、昏倒中の観客達を操った。自我をウタワールドに囚われている者達がゾンビのようにベアトリーゼへ押し寄せる。

 

 ビキッとさらに青筋を増やし、ベアトリーゼはスイッチを入れた。海賊やゴロツキと思しき観衆は容赦なく撫で斬りにし、一般人らしき者は死なない程度に吹き飛ばして無力化する。

 

 いよいよ血みどろとなった鬼ごっこへ、金魚鉢みたいなヘルメットを被る海兵部隊が強襲してきた。

 

「縄を掛けろっ!」「網だ網っ! 対能力者用のワイヤーネットを使えっ!!」「“血浴”を歌姫から引き離せっ!」「邪魔な奴は撃ち殺しちまえ! どうせ海のクズ共だ!」

 金魚鉢軍団の将校や下士官が絶え間なく怒声を飛ばし、兵士達は命じられるままにゾンビのように操られている観客達を容赦なく撃ち倒しながらウタを抱える道化を追い回し、ベアトリーゼに向けて発砲し、流れ弾がさらに観客達を射貫く。目と鼻の先の水路では軍船が迫りくる鉄巨人へ鉄と炸薬を叩きつけている。

 もう何もかも滅茶苦茶だった。

 

「―――――邪魔だっ!!」

 既に激怒中のベアトリーゼは躊躇なく評価戦隊の金魚鉢頭達をぶち殺す。飛び交う縄や網を切り裂き、銃弾をかわし、ダマスカスブレードで兵士をぶった切り、武装色の覇気で塗り固めた拳打足蹴で下士官を叩っ殺し、高周波を込めた振動攻撃で将校を木端微塵に吹き飛ばす。

 あまりにも圧倒的な暴力に評価戦隊の兵士達が後ずされば、美貌を返り血に染めた蛮姫が金眼を獣のようにぎらつかせて吠えた。

「テメェらに用はねェんだッ!! すっこんでろっ!!」

 

 蛮姫の怒号を掻き消すように、ひときわ激しい轟音がつんざく。鉄巨人が振り下ろした巨拳が長大な水柱を立ち昇らせていた。

 寸前で攻撃を回避した評価戦隊の汽帆船が高波に弄ばれながらも全火力を鉄巨人に浴びせ続けている。不屈の敢闘精神というべきか自暴自棄というべきか。巻き上げられた大量の汽水が土砂降りの豪雨となって降り注ぐ中、激しく揺れる甲板から“特別コマンド”が飛び出す。

 

「総員突撃! 関節を狙」

 特別コマンドの指揮官は最後まで命令を告げられなかった。振り回された巨拳の直撃を浴び、周囲にいた部下共々肉片となって水面へばら撒かれる。

 当然の帰結だ。鉄巨人からしたら生身で迫る人間など小虫に等しい。

 

 少なくない兵士が指揮官と同様に鉄巨人の拳や腕によって肉体を砕かれ、命と血肉を散らす。巨拳や巨腕が振り回される際に生じる突風や衝撃波に呑まれ、水路や岸壁に落ちていく。運が悪いものは梱包爆薬が誤爆して跡形もなく吹き飛んだ。

 

 それでも、特別コマンドの兵士達は火に飛び込む羽虫のように、鉄巨人へ飛び掛かっていく。他に選択肢はない。逃げ出せば後で処刑されるだけだ。少なくとも戦死すれば、軍籍が回復し、家族に戦死広報が届く。

 

 コビーもヘルメッポも他の将兵も、自身を奮い立たせる雄叫びはおろか、恐怖を感情に出す余裕すらなく、ヘルメットの中で涙一滴こぼせず、小便を漏らすこともできない。

 ひたすらに六式の体術“月歩”や“剃”、高等技術の“剃刀”を用いて宙を飛び、水面を駆け、とにかく鉄巨人へ肉薄。その関節基部へエッグヘッド製の高性能梱包爆薬を設置するしかなかった。

 

 月歩で宙を駆けるヘルメッポの眼前を巨拳が突き抜け、先輩の女性兵士が拳風を浴びて落ちていく。ヘルメット越しに目が合う感覚。ヘルメッポが咄嗟に手を伸ばすが、女性兵士の指先がカスッただけで掴めない。女性兵士は荒れ狂う水面に呑まれ、二度と浮かんでこなかった。

 

「ヘルメッポさんっ!!」

 慄然としているところをコビーに胸倉を掴まれ、ヘルメッポは引きずられるままに鉄巨人の右膝へ飛びつく。

 

 背中に担いでいた高性能爆薬を膝関節の基部へ粘着剤で設置。遅延信管の安全縄を引き抜き、点火。2人は喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

「「ファイア・イン・ザ・ホールッ!!」」

 意味は『爆発するぞ』。

 

 そして―――

 

 どっかぁーん!!

 

      ○

 

 右膝をもがれた鉄巨人が水路に倒れ込み、高波がメイン会場に怒涛の勢いで流れ込む。金魚鉢頭の兵士達やゾンビ状態の観衆が波に呑まれ、流され。

 海に嫌われている能力者のベアトリーゼは一旦の退避を余儀なくされ。

 歌姫を抱える人食い道化が哄笑しながら、勝利を確信し。

 

 特別コマンドが倒れ伏した鉄巨人――その中に潜むバレットをぶち殺そうと殺到する中、

「カハハハ……ッ! やってくれるじゃねェか。能力者でも覇気遣いでもない奴に転がされるとは思ってなかったぜ」

 バレットは狂猛な笑みを浮かべていた。

「こっからは本気だ。簡単にくたばってくれるなよ」

 ガシャガシャの実の覚醒能力がついに発揮され、“鬼”が真の姿を露わにする。

 

 

 ウタワールドの中では“ソウルキング”ブルックと仮想空間に囚われた人々が共に歌う『新世界』が七度目のループへ入り、呪歌を唱える歌姫がついに圧倒されだした時。

 

 ――サビシイ。カナシイ。ネタマしい。ダレか。誰か。誰か私と一緒に。私と一緒に歌って。

 自我を奪われている歌姫の本能的な願いに応え、周囲に何処からか現れた楽譜が浮かぶ。

 

「な、なんだこりゃあ。いったい何が――おいっ! お前、何やってやがる!?」

 フェスタがウタを掴もうと手を伸ばした刹那。

 

 ――失せよ、下郎。

「なぁっ!?」

 楽譜から黒い稲妻が放たれ、フェスタをウタワールドから掻き消す。

 

 ――我、汝の願いに応えたり。我が歌を共に奏で歌わん。

 歌姫は呪歌を止め、新たな歌を唱え始めた。

 滅びの歌を。

 

 

 その歌唱は現実世界でも行われ、

「ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ」

「な、何バネッ!? 何が起きてるバネッ!?」

 突如、漆黒の波動に包まれたウタに弾き飛ばされ、モロネヴが愕然とする一方、

「この中二病臭ェ歌は……クソッ! ふざけんなっ!!」

 ベアトリーゼは返り血に濡れる麗貌をこれ以上ないほど歪めて罵った。

 

 忘我の歌姫が歌うそれは魔王の召喚歌トットムジカ。

 歌の魔王、再来。




Tips

”ソウルキング”ブルック。
 原作主役の一人。アフロ骸骨。
 ネタ的には怪作『デトロイトメタルシティ』よりアニメ『課長王子』寄り。

クイーン
 原作キャラ。百獣海賊団の最高幹部”大看板”の一人。通称”疫災”。原作では愉快なギャグキャラっぷりを発揮して人気を博した。作中で描かれなかった設定がいろいろとある模様。
 なお、彼の歌は楽曲コードを載せてない。問題があったら教えて欲しい。

 CVは超一流声優の高橋広樹。アニメゲーム吹き替え、ラジオに舞台にナレーションと様々な場所で活躍し、主役脇役ちょい役問わず出演作が豊富。
 個人的には吹き替えでよく耳にする印象。

ウタ。
 劇場版キャラ。ただし、拙作ではオリチャーを生きている。
 トットムジカ召喚までの流れがちょっと強引だとは思うが、これ以上グダグダと引っ張るよりはいいかなって。

ダグラス・バレット
 劇場版キャラ。ただし、劇場版と違ってブエナ・フェスタと組んでいない。
 いよいよ超大型モードに入る。
 余談だが、劇場版前作のゴールドもラスボスが超大型化していたため、『前作と同じじゃん』と不評だったそうな。

コビー&ヘルメッポ
 原作キャラ。優秀なせいで酷い目に遭っている。

ベアトリーゼ
 あああああああああああああ!!
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