彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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ミタさんさん、ファンアートをありがとうございます。

みえるさん、佐藤東沙さん、烏瑠さん、誤字報告ありがとうございます。


277:海賊大祭――めぐり合い海

 ダイナ岩が炸裂したキノコ雲の下、轟音と莫大な粉塵を立ち昇らせながら倒壊する鬼神。

 

 鬼神の残骸の中から、鉄巨人が軋み擦れる耳障りな金属音を奏でながら、藻掻くように姿を見せた。

 そこに円形湖の戦いで見せた勇壮な姿はなく、今にもバラバラに分解しそうなほど損壊し、損傷し、損耗していた。誰の目にもようやっと動いている。

 

「く……っ! いったい何がどうなって」

 さしものダグラス・バレットも理解が追いつかない。島を沈めるほどの威力を込めた一撃が防がれたどころか右腕ごと半身を削り飛ばされ、状況を把握しきれないところへ強烈な大爆発を食らった。

 人生の半分を少年兵として戦場で育ち、海賊として戦ってきたバレットをして、自分の身に起きたことが分からない。

 

 いや、どうでもいい。

 まだ戦える。これより大事なことは何もない。そして、倒すべき敵はそこにいる。

 

 ぎろりと目を向けた先、割れた陶器のように崩壊していくバケモノ。そのトンガリ帽子の天辺で茫洋と歌を口ずさんでいる紅白髪の小娘が見えた。精魂絞り尽くした真っ青な顔。脂汗で衣装が肌に貼りついている。

 戦士としての直感が告げる。“あれ”が化物の(コア)だと。“あれ”をぶち殺せば化物は殺せると。“あれ”を潰せば勝利だと。

 

 バレットは兵士の冷酷さを発揮して即座に鉄巨人の巨大な右拳を振り上げ、躊躇なく少女に向けて振り下ろす。

 

「特製マギー玉ッ!!」

 正確に肘関節が破壊され、歌姫を殴り潰さんとした右拳が下腕部ごと宙を舞う。

 

「!?」

 バレットは鉄巨人の中で驚愕に目を剥き、即座に狙撃者を睨みつける。

 

 顔を引きつらせた赤っ鼻の道化が小岩の上に立っていて、アホ面の野郎2人と美肌美女に背中や首を引っ掴まれていた。どうやら制止を振り切ってこちらを攻撃したらしい。

 

 マヌケ共に邪魔され、バレットは額に青筋を浮かべるも、同時に記憶がチリついた。

 

 40年余の人生。血みどろの戦場と孤独な監獄が大半を占めるダグラス・バレットの人生において、太陽のように輝き、温かく、決して色褪せない記憶。

 

 豪快で剛毅で無茶苦茶でクソ強かった男。今なおバレットの心の中で大きな存在感を放つ漢。

 ゴール・D・ロジャー。

 後に海賊王と呼ばれた男。奴の強さに憧れた。奴の力に惹かれた。奴の強さの理由が知りたくて奴の船に乗り、奴に挑み続け、少年兵時代に決して叶わなかった仲間達と馬鹿笑いする日々を過ごした。

 

 そんなロジャーの船に乗っていた2人のガキ。人懐っこい赤髪のガキ。お調子者な赤鼻のガキ。愛想のない自分がつっけんどんに振る舞っても、笑顔を向けてきた2人。

 

「……まさか、バギーか?」

 記憶の中の姿と全然違うため、バレットが訝りながら問えば。

 

「そうだっ! ロジャー船長の下で見習いをやってたバギーだっ! 忘れたとは言わせねェぞっ!!」

 バギーがアルビダとカバジ&モージを引っぺがしながら叫ぶ。

 

 バレットは鉄巨人の中からまじまじと赤鼻の道化を見る。

「……獄中の20年を実感したぜ。あのガキがすっかりおっさんになってやがる」

 

 毒気を抜かれたように呟くバレット。このまま無難に会話が成り立つか、とバギーが期待した矢先。

 

 鉄巨人から獰猛な殺気がまき散らされる。

「バギー。テメェ、どういうつもりで俺の戦いの邪魔をした? 返答次第じゃあ、永遠の別れになるぜ」

 

 本気の殺意をぶつけてくるバレットに、『こういう人だった』とバギーは顔を引きつらせつつ、肚に力を込めて吠えた。

「その小娘はシャンクスの娘だっ!! 俺達の仲間のガキなんだよっ! だから、殺すなっ!!」

 

 想像の外だったのだろう。バレットは思わず呆気にとられる。

「シャンクスの娘? ……本当に時の流れってもんを思い知らされるな。見習いだったガキがこんなデケェ子供を持つ親になってやがる」

 

 ちらりとウタを窺って独り言ち、くくっと喉を鳴らす。

「そういやぁ……シャンクスは今、四皇の一人だったか。強くなったんだろうなぁ」

 声に獣の気配が混じる。戦うことしか知らない獣の気配が。強くなること以外に関心がない獣の気配が。

「娘を殺されたらアイツは怒り狂うだろうなぁ。本気で俺を殺しにかかるだろうなぁ。全力で戦えるだろうなぁ。カハハハ……っ!」

 

「あんた……何言ってんだ……何言ってんだよ……っ!!」

 バギーは耳を疑う。眉目を吊り上げ、額に青筋を走らせた。

「ムショでイカレたのかテメェッ!」

“鬼の跡目”と呼ばれ、冥王シルバーズ・レイリーに伍すると謳われた男を、真正面から罵倒する。

 

「仲間の娘だぞっ! 同じ船に乗って、同じ飯食って、一緒に馬鹿話して、一緒にロジャー船長の下で冒険した仲間の、シャンクスの子供だぞっ!! いや、それだけじゃねえっ! 見境無しに滅茶苦茶にしちまいやがってっ! クズ共はともかく、カタギまで巻き込んで何考えてやがるっ!! あんた、どうしちまったんだっ!? 昔とまるで別人じゃねえかっ!!」

 一息でまくし立て、肩を上下させながらバギーが鉄巨人を睨み上げた。

 

 背後でモージ&カバジは『えらいこっちゃ』と口元に手を当てて慄き、アルビダはごくりと生唾を呑み込み、脱獄囚の部下達は『すげェ……あのダグラス・バレットに説教垂れてるっ! 流石はバギー船長!!』と尊敬の熱視線を注ぐ。

 

「デケェ口叩くようなったもんだな、バギー。いや、テメェは昔も口だけは達者だったか。実力の方はシャンクスと比べるまでもなかったが」

 バレットはぎろりと睥睨し、顔を軋ませるバギーに鼻を鳴らす。

「どうしちまっただぁ? どうもこうも俺は元々“こう”だ。ロジャーに出会う前も出会ってからも別れてからもムショにぶち込まれても、何一つ変わっちゃいねェ」

 

 ガラクタ同然の鉄巨人が不愉快な金属音を上げながら、左拳を掲げて固く握り込む。

「最強。その頂に至ること以外、何もいらねェ。何も望まねェ。気に入らねェなら……力づくで止めてみろッ!」

 戦闘狂の鬼が戦意と殺意を爆発させる。鉄巨人がバギー目がけて鉄拳を振り下ろす。

 

「バ、バラバラ緊急脱出ぅ――――っ!?」

 バギーは悲鳴を上げつつ、バラバラの実の力で全身を細かく分割飛散。地面に残っていた両足を両手に抱え、鉄拳を回避した。

 

「カハハハッ! テメェに似合いの小賢しい能力だなッ!!」

「うるせェっ!! 当たらなきゃあどうってことねェんだよっ!」

 嘲り笑うバレットへ、バギーは冷汗塗れの顔で喚くように言い返す。

 

「面白れェ」バレットは暴力的に笑い「どこまで避けられるか試してやるぜ、バギーッ!!」

「ぎゃーっ!? そんなチャレンジをするんじゃねえよ、人でなしっ!!」

 バギーが悲鳴混じりに喚き散らした、直後。

 

 半ば崩壊しかけた魔王が最後の力を振り絞るように体躯を起こした。崩れ落ち、何本も歯が抜けた口から破壊光線を放つ。

 

 バギーに気を取られていた鉄巨人は咄嗟に反応できず、破壊光線が直撃する。

 

 轟音。爆炎。

 破砕された金属片が飛び散る。破壊光線の直撃を食らい、鉄巨人が倒れ伏す。再びの轟音。大地が揺れ、粉塵が巻き上がる。

 

 同じく倒れ込んでいく魔王。粒子へ崩壊していく体躯。帽子の天辺から意識を失った歌姫が投げ出される。

 

「ヒョホホホーッ!! 今度こそ歌姫ゲットだバネーッ!!」

 粉塵の中から飛び出す肥満体の道化。人食い道化ヒンメル・モロネヴが哄笑しながら落下中のウタへ飛び掛かり、

「バラバラ砲ッ!!」

 その驕った横っ面をバギーの右拳が打ち抜く。

 

「ぶべらっ!?」

「キャラが被ってんだよコノヤローッ!! 失せやがれアホッタレッ!」

 鼻血をブーッと吹き出しながら落ちていく人食い道化へ罵倒を浴びせ、バギーは左腕を飛ばし、落下中の歌姫を掴み抱えた。

「ったくよォッ!! 親子揃って俺の手を焼かせやがる!」

 

     ○

 

 歌姫ウタが失神昏倒したことで、ウタウタの実の能力が解除され、ウタワールドに囚われていた人々の自我が現実の肉体へ還っていく。

 エレキギターが奏でる『ビンクスの酒』が彼らを見送る。

 

「終始振り回されたが……まあ、得難い体験ではあった」

 シャーロット・スムージーは疲れた息を吐き、ソウルキングを一瞥し、ビッグマム海賊団の面々と共に消えていく。

 

「アフロ骸骨っ! 次はこのクイーン様がテメーのステージを分捕ってやるから、覚悟しとけやっ!!」

“大看板”クイーンはソウルキングへ捨て台詞を浴びせ、百獣海賊団の面々と共に消えていく。

 

 天竜人が。役人達が。海兵達が。海賊達が。スパイ達が、賞金稼ぎ達が、闇の帝王達が、加盟国の王侯貴顕達が、革命軍が、秘密結社が、普通の人々がウタワールドから粒子となって消えていく。

 

 デルタ島からウタワールドに連れ込まれた者達には、現実世界で起きた戦闘に巻き込まれて実体の命を落とした者達が少なからずいたが、『ビンクスの酒』を口ずさみながら去っていく彼らの顔に恨みも憎しみも無かった。

 

 最後の一人を見送り、ブルックは演奏を止める。次は自分の番なのだろう。身体がほろほろと空間に溶けていく。同様に宙を浮かぶ様々なフラグメントが消えていく。

 ふと、消えゆく仮想世界のどこかから悲しそうな気配を感じた。寂しげで悲しげで切ない気配を。

 

 ブルックは髑髏の口元を柔らかく緩め、ギターをじゃかじゃかと奏で歌う。

 

「When you try your best, but you don't succeed When you get what you want, but not what you need When you feel so tired, but you can't sleep Stuck in reverse」

 麦わらの一味入りして少し経った夜。夜番中のベアトリーゼが口ずさんでいた唄。

 

 善良でお人好しな麦わらの一味の中で、“悪”寄りの人物。その人となりをしっかりと把握する前に別れてしまったが……不思議な女性(ひと)だと思う。

 

「And the tears come streaming down your face When you lose something you can't replace When you love someone, but it goes to waste Could it be worse?」

 

 話を聞いた限り、学びを得られる境遇や環境で生まれ育ったわけではないのに、高度な学識を備え、文化的教養も豊富。何やら複雑な出自らしいけれど……

 

「Tears stream down your face I promise you I will learn from my mistakes Tears stream down your face and I」

 

 まあ、細かいことはどうでも良い。彼女が口ずさんでいたこの歌は、とてもいい曲だった。それが重要。

 

「Lights will guide you home And ignite your bones And I will try to fix you」

 歌い終え、ブルックは胸に手を当てて丁寧に一礼。

 

 身体が粒子となって消えていき、ウタワールドから現実へ引き戻される間際。ブルックは確かに聞いた、ような気がする。

 ありがとう、と。

 

     ○

 

 損壊したカタパルト号の側壁を殴り割り、傷だらけのダグラス・バレットが表へ姿を現す。

 赤黒い痰を吐き捨て、目元を覆う血を拭い落す。

 

 ――あんた、どうしちまったんだっ!? 昔とまるで別人じゃねえかっ!

 負傷と疲労と苦痛と消耗で集中力に切れ目が生じたのか、脳裏にバギーの言葉がよぎる。

 

 ――昔、か。

 人生の半分を海底監獄の最深部で過ごした。残る半分は少年兵として戦場で過ごし、祖国故郷を自らの手で滅ぼした後は、海を彷徨った。ロジャー海賊団に身を置いた時間など、わずかに過ぎない。

 それでも、ロジャーとの出会いは、ロジャー海賊団で過ごした日々は――

 

 どんっ。

 

 回顧を遮るように、左脇腹へ鈍い衝撃が走った。

 金属の冷たさと鋭い痛みを覚える。太い首を巡らせて左斜め後ろを見れば、額に古傷のある血塗れの大男が刃をバレットの脇腹へ深々と埋めていた。

 

「誰だ、テメェ……ッ!?」バレットが額を青筋で満たして睨めば。

「しぃいいねええええああああばれっとおぉおおおおお!!」

 賞金稼ぎ集団シードル・ギルドの頭目シードルが恨みと狂気を込めて睨み返し、刃を捻り込んで抉る。

 

 苛立たしげに眉根を寄せ、バレットは太い左腕を回してシードルの頭を掴み、シードルの顔面へ右拳を叩き込む。何度も何度も何度も。

「だから、テメェは、誰だよっ!」

 ごっ! ごんっ! ごんっ!! ごしゃっ!! ぐちゃっっ!!!!

 顔面が陥没して動かなくなったシードルを棄てたところへ、四方八方から気配が生じた。

 

 見聞色の覇気を放つまでもない。

 立ち直った海軍評価戦隊の残兵達がバレットを半包囲していた。誰も彼もが少なからず負傷し、血を流していたが、痛みを忘れるほどの闘志と戦意を滾らせている。

 

 ――そうだな。これこそが俺の望み。俺の在り方。此処が俺の居場所だ。

「……カハハハハハッ!」

 バレットは吐血で朱に濡れた歯を剥き、正義を背負わぬ海兵達へ向けて叫ぶ。

「どうした!? ビビッてねェでさっさと掛かってこいっ!!」

 

 瞬間、評価戦隊が雄叫びを上げて突撃した。

 鬼の権化みたいなバレットも負傷と疲労が重なり、もはや覇王色の覇気で大勢の有象無象を鎧袖一触に薙ぎ払うことは叶わない。

 ゆえに、ただただひたすらに、殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

 地獄の大監獄の底で20年に渡って鍛え抜いた肉体を武器に、眼前の敵へ固く握りしめた拳を叩きつけ、肉を潰し、骨を砕く。殴殺した死体を盾に銃撃を防ぎ、迫る海兵を殴る。撲殺した死体を振り回して人垣を薙ぎ倒し、殴る。積み重ねられる死傷者を踏みつけ、殴る。

 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。

 

 そこら中から襲い掛かる弾幕は防ぎきれず、身体のあちこちを穿ち貫かれる。

 十重二十重に振るわれる軍刀や銃剣の剣林槍衾を防ぎきれず、身体のあちこちを切り裂かれる。

 勇壮な肉体に刻まれていく切創、刺創、裂創、銃創、擦過傷と挫傷に火傷。屈強な体躯を削がれ、抉られ。だが、バレットは止まらない。身体をどれだけ傷つけられても、戦意は損なわれず、闘志は翳らず、がむしゃらに殴り。殴り。殴り。殴り。殴り続ける。

 

 自身と海兵の血で髪も顔も体も腕も拳も脚も真紅に染め上げながら戦い続ける。

 頭の中が真っ白になるまで一心不乱に戦い続ける。

 

 無我の境地に至って戦い続ける“鬼”の心中に残った感情はただ一つ。

 歓喜。

 幼子が身体を動かすことを楽しみ喜ぶような純粋無垢な、歓喜。

 

 このまま永遠に戦い続けられたら、どれほど幸せだろうか。

「カハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 からりとした笑い声を上げるダグラス・バレットの眼前へ、桃色髪の歳若い海兵が立ち塞がる。生意気に徒手空拳で挑む気らしい。

 

「もう止めてくださいっ! これ以上誰も傷つけないで下さいっ! 投降してくださいっ!!」

 若い海兵はバレットの放つ圧力に身体を震わせながらも、気丈に吠えた。

 

 が、その真摯な訴えはバレットにとって、闘争の喜びに水を差されたに過ぎず。不快感を隠さない。

「海軍も質が落ちたな。こんな甘ったれを最前線に寄越すとは」

 

 バレットはペッと血痰を吐き捨て、血塗れの拳を若い海兵へ突きつける。

「御託は要らねェっ!! 俺を止めてェなら力づくでやるんだなっ!!」

 

 若い海兵は歯を食いしばり、自身を鼓舞するように吠えながらバレットへ突撃した。

 

      ○

 

 疲労と消耗で真っ直ぐ立つことも出来ず、ベアトリーゼは瓦礫の上にへたり込む。

「はー……疲れた。腹減った。シャワー浴びたい。清潔なベッドで寝たい。ロビンの胸に顔を埋めたい」

 

 ぐちぐちとぼやきながら夜色の髪を掻く。ダイナ岩の高温爆風を浴びてチリチリになった髪から砂利や灰塵やら焦げた髪の切れ端やらがパラパラと落ちる。例によって着衣はボロボロのデロデロ。

 

 海から砲声が届き、ベアトリーゼはアンニュイ顔を面倒臭そうにしかめ、精魂を振り絞り見聞色の覇気を広域展開。

 沖の海軍が再上陸を始めたようだ。意識を取り戻した数万の観衆が海軍から逃れようと慌てふためく様は、水を浴びせられた蜂の巣みたい。一斉に逃亡して艦隊の包囲を飽和させて破ろうと、海のクズ共が自然に結託する様は何とも言えない気分を抱く。

 

 銃声のような舌打ちがこぼれた。

 ウタを弄んだデブピエロが小型高速船で上手いこと島から脱出していた。

 あの豚。殺し損ねたな。まぁいい。いずれどこかで殺す。必ず殺す。

 

「……“あいつら”はあんなところで何やってんだ?」

 見聞色の覇気を展開した満月色の瞳には、デルタ島の地下洞窟が映っていた。

 

      ○

 

「上は決着がついたか。鬼の跡目と呼ばれた男も焼きが回ったな」

 デルタ島地下洞窟の深部。幾つかのカンテラが照らす秘密基地的空間に、幾人かの影が生じていた。

 

 上等な着衣をまとった義手の男は海賊というより、裏社会(ブラックカラー)の大物に見える。傍らに控える厳めしい男も黒い背広姿で、こちらも海賊より裏社会の荒事師といった気配が強い。

 

 義手の男――元王下七武海“サー”・クロコダイルは酒瓶を傾けて真鍮グラスにダブダブと注ぎ、瓶を向かいの木箱へ腰かける相手へ向けた。

 

「いえ、結構よ」

 狐を思わせる仮面(コロンビーナ)で顔の上半分を覆った白装束の貴婦人は、首を横に小さく振る。背後には黒い目出し帽を被った三人の逞しい男達が控えており、クロコダイルに最大限の警戒を払っていた。

 

 クロコダイルの足元には鎖で拘束されたアフロ頭の爺様が転がっている。

 

 ブエナ・フェスタ。海賊大祭の主宰者であり、このバカ騒ぎの元凶。

 フェスタは人格崩壊したかのように茫然自失状態へ陥っており、急激に老け込んでいた。黒々としていた髪は白髪に化け、顔は精気が抜けたかのように皺くちゃになり、皮膚が垂れている。蚊の羽音みたいな声で繰り言を呟いていた。

 

 クロコダイルはちらりとフェスタを一瞥し、グラスを傾ける。安いシングルモルト。

「この出し殻をお前らに譲ることはやぶさかじゃねぇ」

「そのおバカさんの身柄がどうしても欲しい、というわけではないの。貴方が確実に処分してくれるなら、喜んで譲るわ」

 

 白い貴婦人が優雅な口調で語れば、クロコダイルは爬虫類染みた目を細めた。

「ほう? ただの暗殺仕事にわざわざCP0が出張ってきたと?」

「海賊王の遺品なんて物騒なものを持ち出されたら、政府は動かざるを得ないわ」

「処刑から20年も経つってのに、テメェらはいまだにロジャーが怖えのか」

「ええ。死んでいてもロジャーは貴方よりとっても怖いわ」

 

 クロコダイルと仮面の美女は喉を鳴らして小さく笑う。もちろん、互いの目はまったく笑っていない。

 砲声が響き始め、天井の岩盤が震えた。どうやら海軍の艦隊と島から脱出を図るバカアホマヌケ共のドンパチが始まったらしい。

 

 酒の肴代わりに葉巻を燻らせ、クロコダイルは鼻息をつく。

「……良いだろう。妥当な“対価”を提案する」

「伺いましょう」白い貴婦人は艶やかな唇の端を和らげた。

 

 クロコダイルは手札を切る。

「“抗う者達”。奴らのネタを寄越せ」

 

「……どういうつもり?」

 仮面の奥で碧眼を鋭く細める貴婦人。

 

「奴らにはちぃっと貸しがあるんでな」クロコダイルは牙を覗かせるように冷笑し「利子込みで取り立ててェんだよ。元王下七武海が目障りな秘密結社と潰し合うシナリオはテメらにも好都合だろう?」

 

 人喰い鰐の見透かした言い草に、白い貴婦人は唇をへの字に曲げた。




Tips

バギー
 原作キャラ。元ロジャー海賊団の見習い。運悪くラフテル行きに同行できなかった。
 劇場版『スタンピード』ではバレットと旧知という設定のくせに、作中内で一切接触しない。

 本作のバギーは『元ロジャー海賊団の一員』を誇りにしているため、戦闘狂の暴力バカと化したバレットに物申した。シャンクスの娘も救った。オタカラもゲット。

ダグラス・バレット
 劇場版キャラ。フィルム・スタンピードのボスキャラ。
 元ロジャー海賊団だったが、ラフテル行き前に船を降りた。
 金獅子シキと同様、ロジャーに脳を焼かれた人。


ブルック
 原作主役キャラ。
 本作デルタ島編の真のMVP。一人だけ原作チャートを外れてるから、多少はね?

 作中で歌った歌。
 コールドプレイのフィックス・ユー。
 ベアトリーゼが口ずさんでいたものを聞いて覚えた、という設定。

ベアトリーゼ。
 今回は特に何もしなかった。へろへろになってる。


クロコダイルとステューシー
 原作キャラ。
 地上が大騒ぎしていた間に、地下でブエナ・フェスタを狙って暗躍していた。

ブエナ・フェスタ。
 劇場版キャラ。
 人生最後の大勝負が大失敗に終わり、ショックで急速に老化が進み、廃人状態。
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