彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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大変お待たせしました。


みえるさん、烏瑠さん、佐藤東沙さん、誤字報告ありがとうございました。


279:海賊大祭――閉会

 夕日に焼かれた空が赤々と燃えている。

 

 暴力と破壊に凌辱され尽くしたデルタ島から、多様な船舶が絶え間なく離島していく。

 四皇“赤髪”の来島により、海軍の討伐任務艦隊が島の包囲を解いて海域から撤収。海賊大祭の観客達はこの好機を逃さず続々と島を離れていた。

 

 ユースタス・“キャプテン”・キッドやバジル・ホーキンスなど超新星――後に最悪の世代と呼ばれる海賊達は誰一人欠けることなく、島を後にする。死闘を生き延びた賞金稼ぎ達の半数の者達は何も得られずに終わってしょんぼり。もう半数は高額賞金首の身柄や“文字通りの意味で”首を手に入れてほくほく。大損して島を逃げ出す羽目になった闇社会の者達はダグラス・バレットに向けて呪詛を吐き、ブエナ・フェスタをぶち殺す決意を抱く。

 

 そして、バカ騒ぎを終わらせた四皇“赤髪”シャンクスが、仲間達共に瓦礫と廃墟だらけの港町へ赴けば。

 

「シャーンクスッ! この間のマリンフォードといい、今回といい、派手に俺の手を煩わせやがってっ!!」

 荒廃しきった港町の広場にバギーの怒声が響き渡った。グランドライン“新世界”の超大物海賊に対し、無礼非礼どころか喧嘩を売っているかのような物言い。

 このバカ、とアルビダとカバジ&モージ、ギャルディーノは顔を引きつらせる。いくら旧知の仲だからって。今の“赤髪”は娘のことで気が立っているに違いないのだ。もしも怒らせたら――

 バギー一味の誰も彼もがハラハラドキドキしている中。

 

「よぉ、バギー」

 シャンクスはどこまでも気さくで親しげだった。

「娘が世話になった。ありがとう。恩に着る」

 それどころか、頭を軽く下げて感謝の言葉を口にした。白ひげ、ビッグマム、カイドウと肩を並べた四皇“赤髪”シャンクスが、だ。

 

「―――」

 海賊王の下で兄弟同然に育った間柄だ。バギーはシャンクスが本気で感謝していることが分かる。顔が真っ赤に染まる。元から赤い鼻なんか今にも輝きだしそう。

 バギーは照れ臭くてそっぽを向き、かぁっ! と喉を鳴らして気恥ずかしさを吐き出す。

「む、昔の誼って奴だっ! いちいち礼なんか言うんじゃねえよバカヤローッ!」

 

 いい歳して思春期の少年みたいな反応を返す兄弟分に、シャンクスは機嫌を良くした。

「マリンフォードの時は立て込んでてあまり話せなかったろう。どうだ? 一杯やらないか?」

 

「ば、バッキャロゥッ! 俺がテメェに恨みがあンのを忘れて、馴れ馴れしく誘うんじゃねェや! さっさと娘ンとこへ行きやがれっ!!」

 瓦礫と廃墟だらけの港町の中で比較的姿を保っている建物を指差し、バギーは踵を返した。不安と憂慮と焦燥を浮かべるアルビダやギャルディーノや元々のバギー一味の面々と、教祖を崇敬する信徒みたいな眼差しを向けてくるインペルダウン脱獄囚組の面々へ喝を飛ばした。

「テメェら、いつまでアホ面晒してやがるっ! さっさと船に乗りやがれっ!! ド派手に出航するぞっ!!」

 仲間達を引きつれ、肩で風を切るように意気揚々と広場から去っていく。

 

 シャンクスは遠ざかる古き友の背へ声を掛けた。

「元気でな、バギーッ! またどこかの海で会おう!」

 赤鼻の道化は振り返ることなく、いなせに右手を挙げて応えるのみ。

「あばよっ!!」

 

 まるで舞台上の千両役者みたいなその振舞いは多くの目に触れており――

 海賊大祭後に更新された手配書にて、バギーの懸賞金額は大きく上昇。さらに二つ名も改められた。

 

 その名も“千両道化”バギー。

 デルタ島海賊大祭事件以降、バギーの名は巷に大きく広がっていくことになり……後に海軍と世界政府の目に留まることとなる。

 

 バギーはまだ知らない。

 自分の人生にこれから怒涛の荒波が襲い掛かることを、まだ知らない。

 今はただ、シャンクスに感謝された事実と、強奪に成功した大金の重みに喜びを噛みしめ、大きな充足感を堪能していた。

 

     ○

 

 瓦礫と廃墟だらけの港町。その広場の外れに比較的被害の少ない建物があった。

 何かの店だったらしい。地面に落ちた看板を見るに酒場のようで、武器を手にした海賊達とバンドメンが『寄らば斬る』と我が子を守る母熊みたいな殺気を漂わせていた。

 

 彼らは四皇“赤髪”シャンクスと仲間達の姿を目に留めるや、海軍が感嘆をこぼしそうなほど見事に背筋を伸ばして敬意を示し、同時に深く深く俯いた。

 

 歌姫を預かるレッドディーバ号の航海士や甲板長、バンドリーダーが一歩前に出て深く頭を垂れた。足元にぼちゃんぼちゃんと大粒の水滴を落とす。

「大頭……すんませんっ! 本当に、本当にすんませんっ!! 俺らぁお嬢を御守りできませんでした……っ! どんな処罰も」

 

「それ以上は言うな。この島の惨状を見れば、お前達がどれほど大変な目に遭ったか、よく分かる」

 シャンクスが労わるようにバンドリーダーの肩へ手を置き、酒場のドアを目線で示す。

「ウタは目を覚ましてるのか?」

 

「いえ、まだ……」バンドリーダーは涙でびしょびしょの顔を横に振り「姐さん達が付き添ってます」

「そうか」

 小さく頷き、シャンクスは副船長ベン・ベックマンへ目配せ。信頼する片腕から首肯を受け取り、一人で店内へ。

 

 ランプの柔らかな灯りが照らす店内に、椅子とテーブルで作られたベッドに愛娘が眠り姫のように横たわっていた。毛布代わりのブランケットが覆いきれない手足は随分と汚れていたが、顔や手は綺麗に拭われ、紅白の髪も丁寧に梳かれている。

 

 ウタの傍らに控えていた三人の女護衛は、シャンクスの姿を認めるやその場に跪き、深々と頭を垂れた。護衛頭が代表して表のバンドリーダーと同様、謝罪の言上を発する。

「申し訳ありませんっ!! お嬢を預けてくだった大頭の信頼に、応えられませんでしたっ!」

 護衛頭と2人の護衛は血が飛散するほど強く額を床に打ちつけた。

 

「よせ」シャンクスは鋭い声で三人を制し、次いで面持ちを和らげて「三人とも顔を上げて立て。さあ、早く。ほら立った立った」

 

 尊敬する大頭に促され、護衛頭達はおずおずと立ち上がる。後悔と痛悔と慙愧と忸怩に満ち満ちた三人の顔は、額から伝う血と両目から溢れる涙でぐしゃぐしゃだった。

 

 シャンクスは護衛頭の肩に右手を置き、三人としっかり目を合わせてから、言葉を編む。

「お前達がこれまで俺の信頼に応えなかったことは一度もない。俺の期待を裏切ったこともない。それは“これからも”だ」

 

 労わりの言葉を掛けられ、護衛頭はついに嗚咽を漏らし、ヤンキー女と埒外女は『おおがじらぁあっ!』と涙に加えて鼻水まで流しながらシャンクスに抱き着き、

 

「うわっ!? よせよせよせっ! 鼻水をつけるなっ!! よせって!」

 シャンクスが隻腕でなんとか2人を押し退けようと悪戦苦闘する。

 

 その喧噪に「ぅん……」急造ベッドの上に寝かされていた歌姫が目を醒ます。

 

「お嬢」護衛頭がすかさず駆け寄り「具合は如何ですか? どこか痛いところや苦しいところは?」

 ウタは護衛頭に支えられながら上体を起こす。まだ意識がはっきりしないのか、ぼんやりとしたまま、幼子のように舌足らずな調子で答える。

「いたいとこないよ……のど、かわいた」

 

 ヤンキー女と埒外女が即座にカウンターを飛び越え、棚から次々と酒瓶を取り出して山ほど抱え、護衛頭に怒声を浴びる。

「まずは水だろうが、バカ共ッ!」

 酒はダメなのか、とシャンクスが心の中で思う。

 

 2人は慌てて酒瓶をカウンターに置き、大急ぎでそれぞれの両手に大ジョッキを持って水を汲み、疾風のような勢いでウタの許へ。

 ウタは水で満タンの大ジョッキを重そうに両手で持ち、クピクピと少しずつ舐めるように喉へ流していく。

 

 渇きを癒したことで意識がはっきりしたのか、紫水晶色の瞳に活力が帰ってきて――

「あ」

 父に気づく。

 

「やぁ、ウタ」シャンクスが慈しむように柔らかく微笑みかければ。

 ウタの瞳がたちまち潤み始め、涙腺からぷくりと雫が滲みだし、ぽろりとこぼれて頬を伝う。最初の一滴が流れてしまえば、もう止まらない。

 

「シャンクス……シャンクスゥッ!!」

 ウタは急造ベッドから飛び掛かるようにシャンクスへ抱き着き、人目をはばかることなくわんわんと大泣きする。シャンクスは何も言わず、ただウタの頭を撫でたり、あやすように背中をぽんぽんと優しく叩いたりした。

 護衛頭はシャンクスに小さく一礼し、ヤンキー女と埒外女を連れて店外に出る。酒場は父と娘だけになった。

 

 どれほど泣いたのか、分からない。とにかくウタは泣きに泣き、泣き倒した。シャンクスは娘の涙と鼻水と涎でびしょびしょになった着衣に思わず微苦笑した。

「ウタがこんなに泣いたのは……チビだった頃にカサゴの棘が刺さった時以来かな?」

 

 エレジアで再会した時とは言わず、シャンクスが笑いかければ、ウタは泣き腫らした目をきゅっと吊り上げる。ピコッと紅白のウサミミ髪が立つ。

「あのカサゴ釣ったの、シャンクスでしょ!! メダカみたいに小っちゃいのっ!」

「棘があるから触るなって言ったのに、ウタが聞かなかったんじゃないか」

「だって可愛かったんだもんっ!!」

 父娘が少しの間、まったく場違いな思い出話を交わした。

 

 そうして、ウタは落ち着きを取り戻し、椅子に腰かける。ウサミミ髪をへなへなと萎れさせながら、酷く疲れた吐息をこぼす。19歳という花咲く乙女には不似合いの疲れ切った嘆息。

「私……魔王を抑えきれなかった。あの日以来、一度も暴れさせなかったのに……」

 

「……そうか」

 シャンクスは慰めも励ましも労わりも、肯定も否定もせず。

 カウンター内を覗き込み、割れていないグラスを二つ手に取る。フッと息を吹きかけてほこりを払い、護衛達がカウンターに置いていったシングルモルトの瓶を手に取り、片手で器用に蓋を外す。トクトクと指1本分注ぎ、グラスの一つをウタへ渡した。

 

「……こんな時にお酒なの?」

「まぁ飲め」

 ジト目を向けてきた愛娘に、父は口端を和らげて自身もグラスを持った。戸惑いと遠慮を浮かべる娘のグラスと軽く打ち合わせ、強い酒精の酒を一息で干す。

 

 シャンクスから目で飲むように促され、ウタは眉間に深い皺を刻みつつも、父に倣って酒精の強い酒を飲み干す。火のような飲み味に思わず咳き込む。

 

 ウタがむせる様子に悪戯小僧のような顔をしつつ、シャンクスは再び酒を注ぐ。自身は指二本分で、ウタの分は指一本分。

「この島で催されたイベントが“臭い”という話は耳にしていたんだ」

 手の中でグラスを揺らしながら、言った。

「そのことを知ったうえで、俺は静観することにした。ウタにとって良い経験になると思ってな」

 

「良い経験? どういう、意味?」

 ウタの美貌が怪訝に歪み、怒りが滲む。この島で起きた大惨劇が良い経験と?

 深刻な誤解を招きかねないと察し、シャンクスは丁寧に言葉を紡ぎ始める。

「ウタもこれまで何度かライブやコンサートを開いてきたから分かるだろう? ウタの歌は大きな利益を生む。ウタが有名になればなるほど、世界中の人達に認められるほど、その利益は大きくなり、欲の皮を突っ張らせた悪い連中が次から次へと近づいてくる。中にはウタ自身を自分の物にしようと企む奴も必ず出てくる」

 

 父の言葉に娘は頷く。自分をこの島へ誘いこんだ祭り屋とあのおぞましい道化が脳裏をよぎる。

 

「それにな」

 四皇の一角を担う“赤髪”は愛娘へどこか済まなそうに顔を曇らせた。

「白ひげが斃れて以来、世界はひたすらに荒れている。俺の首を狙う輩が増えることはあっても、減ることはないだろう。そういう輩がウタを人質にしようと狙うことも、必ず起きる」

 

 ウタは覚えがある。ベアトリーゼが滞在していた頃にエレジアを襲ってきた海賊は、シャンクスへの怨みからウタを狙ってきた。

 

「だから、今回の“祭り”でウタに『経験』と『学び』を得て欲しかった。ウタが世界一の歌姫になるために。ところが、蓋を開けてみれば魔王が目覚めるほどの危機だった」

 シャンクスは居住まいを正してウタへ頭を下げた。

「悪かった、ウタ。俺の見通しが甘かったせいで大変な思いをさせてしまった」

 

 紅白髪の愛娘は両手で包み持ったグラスを口へ運び、強い酒を舐めてから父へ言った。

「……エレジアでビーゼが言ってたの。もしも自分がウタウタの実の能力者だったら、その力を荒事に使うって。あのプロモーターのおじさんと気持ち悪いピエロは、ウタウタの実の力で世界中の人達を洗脳して悪いことしようとしてた」

 紫水晶の瞳がシャンクスを見つめる。

「私の能力は人を不幸にするものなのかな……」

 

「そんなことはないさ」シャンクスは即座に否定した。「能力も道具も結局は扱う人間次第だ。俺達の武器もそう。自分の欲望を叶える手段にもなるし、大切なものを守る備えにもなる。大事なのは使いかたで」

 シャンクスはウタの細い肩に手を置く。

「ウタはその強力な力を、たくさんの人を幸せにするために使っている。これからもそうだろう?」

 

 父の柔らかな笑みと真摯な言葉に、ウタは涙ぐみながら頷く。

「……うん。うん……っ! 私、これからも皆を幸せにするためにしか、この力は使わないよ……っ!」

 ウタはごしごしと目元を拭し、ぐいっと火酒を呷った。けほけほとむせた後、愛らしい顔に決意を宿してウサミミ髪を屹立させ、

「今回の件で……皆が私を怖がったり嫌がったりして、もう私の歌を聞いてくれないかもしれない。でも」

 父へ宣言する。意気軒昂に力強く。

「私、これからも歌い続ける! 世界一の歌手になる夢を、絶対に諦めない!」

 

 断固たる決意を聞かされ、シャンクスは大きく破顔する。優しく慈しむ眼差しを娘へ注ぎ、抱き寄せる。

「俺はウタが本当に誇らしいよ」

 

 ウタはぎゅっとシャンクスを抱きしめ返してから、不敵に笑う。

「今は私が赤髪の娘って言われてるけれど、そのうちシャンクスの方が世界一の歌姫の父って呼ばれるようにしてみせるからねっ!」

「それは楽しみだな」

 シャンクスは本心から返し、グラスを口へ運んだ。酒がとびきり美味かった。

 

 と。

 酒場のドアがノックされ、副船長ベックマンが顔を覗かせ、笑う。

「ウタの友達が遊びに来たぞ」

 へ? とウタが両目を瞬かせた直後、場違いなほど暢気な声が聞こえてきた。

 

「ウーターちゃーん、あーそーぼー!」

 

      ○

 

 中二病系JPOP魔王が顕現した時、ベアトリーゼはギミックボスの面倒臭さを嘆いていたけれど、同時に頭の片隅で『事後処理』について思案していた。

 なんせウタは妹的な年下友達。放ってはおけない。

 

『こうも大々的に歌の魔王の危険性が露見した以上、ウタの歌手活動はこれから大きな苦労を伴う。これはもう避けられない。なら、今後を見据えてフォローを入れておくべき』

 忘れがちではあるけれど、この小麦肌美女の野蛮人はなんだかんだ頭が回るのだ。

 

 というわけで。

 大惨劇が終わり、どこか茫然とした雰囲気が占めるデルタ島の夕暮れ。

 赤髪海賊団と歌姫の一味が占有する港町の広場外れに、カジュアルフォーマルの衣装をボロボロのデロンデロンにした小麦肌美女が、巨大な袋に山ほど電伝虫を詰めこみ、持ち込んできた。

 

「“血浴”のベアトリーゼ。お前さんもこの島に居たのか」

 煙草を吹かし、赤髪海賊団副船長ベン・ベックマンは知己であるベアトリーゼへ親しげに声を掛けたが、隙は見せない。海賊に限らず、渡世では身内以外の者を完全に信用しないことが通り相場だ。

 

「ウタは今、お頭と一緒だ。用があるなら少し待ってくれ」

「いや」ベアトリーゼはベックマンの要請に首を横へ振り「出来るだけ早く動きたいんだ。来訪を伝えて欲しい」

 

「……どういうことだ?」

 訝るベックマン。赤髪海賊団と歌姫の一味がじわりと警戒心を見せる。妥当な反応だろう。なにせベアトリーゼは凶状持ちだ。

 

「歌の魔王だよ。政府や世経が好き勝手に垂れ流すより先に動く必要がある」

 ベアトリーゼは歌姫の一味のバンドマン達へ満月色の瞳を向け、

「今すぐ、どうやってもいいから楽器を調達してこい」

「? ? ? 楽器だと? 何をする気だ?」

 意図が測れず戸惑う面々を代表し、護衛頭が問い質したなら、“名案”を思い付いた悪戯っ子のように白い歯を見せて笑った。

「面白いことだよ」

 

 で。

 

「ウーターちゃーん。あーそーぼー!」

 蛮姫の暢気な呼びかけにより、酒場のドアが開いてウタとシャンクスが姿を現す。歌姫の一味はウタの気丈な様子に安堵の息をこぼした。

「ビーゼ。無事な顔を見せてくれて嬉しいけど……」ウタは山ほど持ち込まれた電伝虫を一瞥し「何をする気なの?」

 

 ベアトリーゼはにんまりと笑う。

「祭りの後にすることだぞ。決まってるじゃないか」

 

     ○

 

 グランドライン前半“楽園”にある世界最大の完全自由市場“マーケット”。

 サイファーポールが密やかな商売のために築いた拠点――表向きは平凡な商館の一室。

“ジョージ”は目元を揉み、疲れた息をこぼす。

 

 電伝虫の放送を通じてデルタ島の状況を窺っていたところ、四皇“赤髪”の娘ウタの能力により、強制的に自我意識をウタワールドへ取り込まれてしまった。

 現場を離れて久しく、若くもない身にこういう超常現象的体験は堪える。

 紙巻き煙草を肴代わりにグラスのウィスキーを呷り、椅子の背もたれに体を預けた。

 

「今回は肝が冷えた」

 倦怠感がこもった慨嘆。“ジョージ”には珍しい。

 

「たしかに。歌の魔王は恐ろしかったですね」

 酒の相伴に与った諜報員が言えば、“ジョージ”は落第生を見るような眼差しを返す。

「歌の魔王など些事だ。あんなものは精々が島一つを焼く程度の脅威に過ぎん。ウタウタの実の危険性に比べれば、論ずるに値しない」

 

 戸惑う諜報員へ、“ジョージ”は嘆かわしげに言葉を紡ぐ。

「君もウタワールドを体験しただろう? あの場にいた全員が髑髏のミュージシャンに感化され、歌を熱唱した。私でさえ無意識に口ずさんでいた。この私がだぞ」

 

“ジョージ”の指摘に、諜報員は事の重大さを理解してさぁっと蒼くなった。

 凄い体験をしたと暢気に感動していた自分が恥ずかしくなる。言われてみれば、あの場には強力な覇気や異能を持つ海兵や海賊が大勢いた。“ジョージ”のように場の雰囲気や空気に絶対に迎合せず、同調圧力など屁とも思わない精神的超人も少なくなかったはずだ。

 いくら危機的状況だからと言って、全員が全員、聞きかじったばかりの歌を合唱するなんて異様過ぎる。

 

「確かに……恐ろしい能力ですね」諜報員の言葉に首肯し「歌姫の身柄確保もしくは暗殺の作戦が立てられそうだ」

 

 どうかな。と呟き、“ジョージ”は短くなった煙草を灰皿で揉み消す。

「その場合、四皇“赤髪”を決定的に敵へ回すことになる。白ひげのように娘を利用して罠にかける手もあるだろうが……“赤髪”は海賊王の船で育った、ある意味で直系の後継者だ。その本質的脅威性は王国ごっこに耽っているビッグマムや惰性で暴れているだけのカイドウよりはるかに高い。いいか? 海軍もサイファーポールも最後までロジャーを倒せなかった。奴が処刑されたのは、あくまで奴が出頭してきたからに過ぎない」

 

「……海賊王の後継者である“赤髪”もまた、我々には止められない、と?」

「可能性の話だがな」

 ジョージがグラスを口に運んだ、直後。

 

 部屋のドアがノックもされずに勢いよく開かれ、連絡員が慌てて飛び込んできた。

「あ、赤髪の娘が多数の電伝虫を用い、不特定多数へ向けて念波通信を始めました!」

 

「内容は?」

“ジョージ”が鋭い眼差しを向け、質せば。

 真っ青な顔の連絡員は生唾を呑み込み、報告する。

 

「後夜祭だと言っています!」

 




Tips

バギー
 原作キャラ。
 原作ではマリンフォードで名を馳せ、『千両道化』と呼ばれるようになり、王下七武海入りしたことを利用し、クロコダイルに借金して海賊派遣業を起こす。

 本作では『海賊大祭編』で名を挙げ、『千両道化』と呼ばれることになる。
 なんだかんだ言いながら、シャンクスをロジャーの下で共に育った兄弟分と見做しているだろうな、という独自解釈。

シャンクス
 原作キャラ。
 25年11月現在、本誌でそのミステリアスな出自が明らかになっている真っ最中。
 娘を保護しにデルタ島へ来た。

ウタ
 劇場版キャラ。
 力及ばず、再び歌の魔王を目覚めさせてしまい、意気消沈したけれど、シャンクスの話を聞き、生来の勝気さと根性で立ち直る。

 ちょっと御都合的かもしれないけれど、ここでウジウジさせるのは何か違うと思って、こうなった。異論は認める。

”ジョージ”
 オリキャラ。モデルはスパイ小説の大家ル・カレのスマイリーシリーズの主役ジョージ・スマイリー。
 彼がウタワールドに取り込まれた際、歌った理由付け。ちょっと苦しいか?

ベアトリーゼ
 そら、祭りが終わったら後夜祭やるやろ。
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