彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

29 / 157
佐藤東沙さん、拾骨さん、NoSTRa!さん、誤字報告ありがとうございます。

基本的に誤字脱字はありがたく適用させていただきますが、文章の改変等につながる大きな誤字報告は適用の可否を判断させていただきます。ご理解ください。


29:強盗と強奪のどちらがあくどいか。

 ヤガラブルやゴンドラが行き交う大通りならぬ大水路を、周囲の舟より一回り大きなカッターが進んでいく。船尾に立って特注の大きな櫂を漕ぐ船頭の男は漁師然とした装いでキャップを目深に被っていた。カッターに乗る四人の男達もオレンジ色の防水生地製の上下と黒い長靴をまとい、上着のフードで頭を覆っている。

 

 船頭は“運び屋(ホイールマン)”で“スキッパー”という。

 スキッパーは血の代わりに海水が体内を巡っていそうな熟練の船乗りで、本名は誰も知らないし、本人も決して名乗らない。ただ本人が酒の席で語ったところによれば、慰謝料を払わねばならない元嫁が4人いて、養育費を払うべき子供が7人いるという。

 

 船首の先にある大きな建物を一瞥し、スキッパーは男達へ告げた。

「見えでぎだぞ」訛りバチバチであった。

 

「いよいよだ」

 現場要員(ボタンマン)のリーダー、“ブッシュ”ハリソンが静かに呟く。

 

 壮年の悪党でプロレスラーのように筋骨たくましく、二つ名の“ブッシュ”の通り深藪のように毛深い。蛮族みたいな容姿の男だが、経験と知識を重ねた練達の強盗だった。

 顔も腕も胸元も毛深い“ブッシュ”ハリソンは、懐から白い粉の入った小瓶を取り出し、粉を左手の甲に載せてズズッと鼻で勢いよく吸い込む。

 

「俺にもくれ」「俺も」

 同じくボタンマンの“ナーリー”ジンノと“ブラウントゥース”ライリーもハリソンから小瓶を受け取り、白い粉を鼻から吸引。ライリーは吸引だけでなく歯茎にも粉を塗りつけた。

 

 粉は心と体にキックを入れるコカインちゃん。もちろんハイになるためではない。コカインの興奮作用と覚醒効果は集中力を強め、痛覚を鈍くさせる。つまり、もしも手酷い傷を負っても動き続けられるわけだ。

 

開錠屋(ボックスマン)。お前は?」

 ハリソンが小瓶を向けるも、

「要らないヨ。コカインは体に悪イ」

 開錠屋ロンパオは首を横に振った。

 

 西の海にある花ノ国出身の、小柄で目が細く泥鰌髭の中年男。まるでラー〇ンマンを縦に押し潰したようなナリだ。

 些か胡乱な見た目をしているものの、ロンパオは鍵屋ではなく開錠屋と呼ばれるに相応しく、どんな錠前も鍵も金庫の分厚い扉もぶち壊す技術を備えていた。

 

 この5人が換金所を狙う強盗団だ。

 精確にはこの5人に計画立案者(ジャグマーカー)が加わるが、大概のジャグマーカーは現場に出ない。どこかで司令官のように成功の連絡を待っている。

 

 そして、今頃はジャグマーカーが手配した通り、エニエスロビー近海で海難“事故”が起きている頃だろう。海軍はそちらの対処で事件に即応できない。

 換金所の警備はロートルの元海兵、海賊すらぶっ飛ばすウォーターセブンの職人達も所詮はアマチュア。発情した猿みたいに暴れるしか能がない海賊相手ならともかく、“本職(プロ)”の強盗である自分達の相手ではない。

 

「支度しろ」

 ハリソンの指示に野郎共が“仕事”の支度を始めた。

 

“ブッシュ”ハリソンは防水服の上から装具ベストを着こみ、腰の両脇にドデカい拳銃を突っ込む。それから恐ろしげな骸骨のマスクを被り、大口径の二連銃身散弾銃を担ぐ。

 

“ナーリー”ジンノは腰に弾薬帯を巻いてホルスターに拳銃を突っ込み、両足の長靴を脱いで素足になった。次いで、ホッケーマスクを装着してスレッジハンマーを握りしめる。

 

“ブラウントゥース”ライリーも道化のマスクを被り、弾盒帯を袈裟懸けにして海軍御用達の小銃に弾を込めた。

 

 ロンパオは京劇風の仮面をつけ、パウチがいくつも付いた装具ベルトを腰に巻く。

 

 顔を隠す理由は当局に正体を掴ませないため。同時に、恐ろしげな仮面は弱者を恐怖させられる。

 そして、全員が大きなバッグパックを背負い――

「着ぐぞぉ。さん、にぃ、いぢ……今っ!」

 スキッパーの秒読み通り大きなカッターが換金所の正面にピタリと停まった。

 

 

 ヘイスト・スタート。

 

 

「行くぜっ!」

 ジンノが船上から飛び降り、その余勢のまま石畳を文字通り滑っていく。

 

 悪魔の実スベスベの実の能力者であるジンノは、肉体の摩擦係数を自在に操れる。たとえば、足の裏だけ摩擦係数を激減させ、スケーターのように道路を滑走することが可能だ。

 

 ジンノは矢のように滑走して換金所の正面玄関へ急迫。ギョッとした警備員達が身構えるより早く襲い掛かり、ホッケー選手がパックをスマッシュするように右の警備員へフルスイング。

 スレッジハンマーが右の警備員の顎と頸椎を破砕。鮮血と歯が飛び散る中、ジンノはスイングの勢いを活かしつつ右足だけ摩擦係数を変更。右足を軸に高速ターン&左の警備員にスウィングダウン。

 左の警備員は振り下ろしの一撃で頭蓋を砕かれた衝撃により、眼窩から眼球が半ば飛び出し、鼻と耳から血を噴出させながら崩れ落ちた。

 

 瞬く間に正面玄関前の障害を排除し、ジンノは速やかに換金所内へ侵入。役割は所内の制圧ではなく、支配人の身柄を確保して保管庫や金庫の鍵を確保すること。ゴールを目指すスピードスケーターのように所内を猛スピードで滑走していく。

 

 ジンノに遅れて船を飛び降りたハリソンとライリーとロンパオが次々と換金所内へ突入。

「俺達ゃあ強盗だっ!! 死にたくなきゃあ動くんじゃあねえっ!!」

 ハリソンの大喝が換金所のメインホールに轟き、客と従業員達の悲鳴が響き渡る。

 

     〇

 

 ハリソン達が換金所を襲撃した直後。アイスバーグの私邸では――

「剃ッ!」

 六式体術の高速移動術を駆使し、カーニバルの仮装をしたロブ・ルッチが同じくカーニバル仮装姿の侵入者へ襲い掛かった。

 

「!?」

 侵入者はまったく予期していなかった不意打ちを食らい、ブルーノがドアドアの実で壁に開けた通路へ蹴り飛ばされた。

 

 ルッチは自身が蹴り飛ばした侵入者を追ってブルーノのドアへ飛び込み、一人残ったブルーノは室内を見回し、自分達の痕跡が無いことを確認。侵入者が開錠した玄関ドアの鍵を閉め直し、内心で『お邪魔しました』と呟きつつ、自身もアイスバーグ私邸を後にする。

 彼らの痕跡は何一つ残っていなかった。

 

 そして――

 ブルーノが作り出したドアの先、CP9の面々が利用している市内某所のセーフハウスにて状況が継続する。

 

 蹴り飛ばされた仮装姿の侵入者が唸りながら身を起こしているところへ、ルッチとブルーノがエントリー。2人は仮装を脱ぎ捨て秘密工作員らしい冷厳な目つきを湛える。

「貴様、何者だ。素直に正体を現し、全てを自白すれば命の安全だけは約束しよう」

 

 ルッチが冷淡に告げれば、

「いってェーよ。こんなの聞いてねェっつの」

 仮装姿の侵入者は忌々しげに悪態をこぼし、仮装を脱ぎ捨てる。

 

 若い男だ。ルッチと同じ年頃だろうか。中肉中背で十人十並みの平凡な顔立ち。観光客に化けるつもりだったのか、特徴の無い着衣を着こんでいた。

 キャラが薄く印象も乏しいが、男の若草色の瞳は酷く冷たい。

 

 修羅場に慣れた人間の目だ。ルッチとブルーノは警戒と注意を一段上げる。

「……貴様は何者だ。何が目的でアイスバーグの私邸に侵入した」ルッチが淡白に問う。

 

「簡単な盗みだっつーから小遣い稼ぎに請け負ったのによ。あの野郎、話が違ェっつの」

 男はルッチの問いを無視し、ブツブツと文句を言いながら背中のリュックサックを足元に放り捨て、

「六式を使うっつーことは海軍か政府の飼い犬かぁ? あー面倒くせェーっつのっ!!」

 リュックサックをルッチへ向けて蹴り飛ばす。動く気配も予備動作も察知させぬ一投足。

 

 ルッチは即断してその場から飛び退き、

「鉄塊っ!!」

 わずかに反応が遅れたブルーノは自信のある六式防御術の“鉄塊”を発動。全身を鉄のように固くし、来るであろう奇襲に備えた。

 

 ただし、全力ではなく通常の鉄塊で“受け”を図った辺り、ブルーノに油断があったと言わざるを得まい。そして、戦いを楽しむ気質ならともかく、戦闘を“作業”と見做す者は大概の場合、全力の初撃で仕留める。なにせ初見殺しに優る優位はないのだから。

 

「無駄だっつの」

 男の放つ右上段と左中段の同時突き――夫婦手(メオトーデ)がブルーノの顎と鳩尾を直撃。金属的な轟音と共にブルーノの顎と鳩尾が鉄板のようにひしゃげた。

 

「が――ッ!?」

 鉄同然の防御を貫く双撃。鳩尾から伝播した衝撃が神経を麻痺させ、胃液を逆流させた。

 顎に受けた衝撃により微細血管が破裂して涙腺と鼻腔から出血し、脳が大きく揺さぶられる。ブルーノは白目を剥き、鼻血と血涙と嘔吐を伴いながら崩れ落ちていく。

 

 男がトドメを刺そうと正拳突きの構えを取る。

「嵐脚っ!!」

 も、ルッチが咄嗟に斬撃を放つ六式戦闘術『嵐脚』を打った。男は斬撃を避けるべくブルーノから離れる。壁を両断するほどの切れ味に感心したような口笛を吹く。

 

 ルッチは床に倒れたブルーノを一瞥。失神痙攣を起こしているが、生きている。視線を眼前の平凡な容貌の、しかし危険な男へ移す。

「もう一度問う。貴様、何者だ」

 

「テメーに教えて何か得があるかっつの」

 若い男はルッチへ向けて構えを取る。

 

 その構えは、ルッチの知見に心当たりがあった。

「少し違うようだが……魚人空手か」

 

「お、分かるぅ? 分かるとあっちゃあ、仕方ねーっつの」

 ルッチの指摘に若い男が若干雰囲気を和らげ、お辞儀した。

「魚人空手剛柔流。ウェッジだ。お前も名乗れっつの」

 

 突如名乗り、自分にも名乗りを強要する相手に、ルッチは片眉をひそめつつも付き合うことにする。情報を引き出すために。

「俺はサイファー・ポール9。ロブ・ルッチ。改めて聞く。貴様の目的はなんだ。何が目的でアイスバーグの家に侵入した」

 

「テメーこそ何しに他人様の家に入り込んでたんだっつの」と若い男ことウェッジが問い返す。

「政府の機密だ。貴様が知る必要はない」冷淡に拒絶するルッチ。

「こっちも同じだ。悪党の都合を役人にゲロするかっつの」吐き捨てるウェッジ。

 

「……」

「……」

 両者の間に気まずい沈黙が流れ、

「ならば力づくで聞き出すだけだ」

「出来ねェことは言うもんじゃあねーっつの」

 サイファー・ポール屈指の殺し屋と謎の魚人空手使いが激突する。

 

     〇

 

 警備員達を速やかに制圧し、換金所支配人の拘束にも成功。順調だ。

 ジンノとライリーが正面ホールに集めた従業員や客を監視している間に、ハリソンとロンパオが支配人に金庫と保管庫を開けさせた。用意した運搬袋へ金庫の金と保管庫のオタカラを片っ端から詰めていき、運搬袋が満タンになる度に正面ホールへ運ぶ。積み上げられていく運搬袋。順調。大いに順調。

 

 が。保管庫の中にある、さらに強固な特別保管室の扉が開かなかった。

「開けられないとは、どういうことだ」

 支配人のデコに拳銃を押し付けながらハリソンが問う。

 

 恐怖で冷や汗に塗れた支配人がまくし立てる。

 曰く――この保管庫内の特別保管室の扉は特殊な時間錠であり、事前に開錠予定日を入力しておかない限り決して開けられないという。

 

「役立たずめ」

 ハリソンは躊躇なく引き金を引き、支配人を恐怖から解放してあの世へ送った。

「開けられるか?」

 

 問われたロンパオは特別保管庫の扉に向き直る。

 鋼鉄製扉の厚さは推定50センチ。表面は硬化焼き入れ処理済み。特殊な時間錠だから鍵穴――内部機構へ接触口がない。想定していた金庫や保管庫を開けるより難易度がはるかに高い。が、開けられないことは無い。

「少し時間が掛かル」ロンパオは保管庫内を見回して「オタカラなら充分アル」

 

「一番価値のある物を無視してか? あり得ない。開けろ。その間に俺は袋詰めを進める」

「了解」

 ロンパオは背中のバックパックを降ろし、この世界で最も硬い物質――海楼石製の大きなハンドル錐を取り出した。

 錐を錠部分に当て、

「ホァッチャアオオオォォ――――――――――――――――ッ!!」

 怪鳥染みた雄叫びを上げて目にも止まらぬ勢いで錐のハンドルを回し始めた。金属が擦れ削れる高周波音がつんざき、鮮烈な火花の大飛沫が噴出する。

 

 その様子を一瞥し、ハリソンは何か物申したい気分に駆られたが、口を開くことは無く黙々とオタカラの袋詰め作業を進めていく。

 それに、ハリソンにはジャグマーカーから()()()()()を任されていた。

 

     〇

 

 ロブ・ルッチはサイファー・ポールの最高傑作だ。

 生来の高い身体能力と才能。他者に対する社会病質的な鈍感さと冷酷さ。政府に対する忠誠と服従。動物系悪魔の実『ネコネコの実:モデル・レオパルド』を食して以降、好戦的傾向と暴力性が肥大化していたが、これはルッチの戦闘能力と任務に対する非情さをより向上させていたため、政府に問題視されていない。

 言い換えるなら、ロブ・ルッチに優る個人戦力を、サイファー・ポールは有していない。

 ルッチはサイファー・ポール最強の殺し屋なのだ。

 

「指銃“黄蓮”ッ!!」

 そんなルッチの指打ちが連打される。常人ならばハチの巣になるだろう攻撃。

 

「トロいっつの」

 しかし、ウェッジは嵐のような指銃の連射を容易くいなし払い除け、ゆらりとした体捌きでルッチの左側面へするりと回り込み、左肋骨へ鉤突きと呼ばれる右フック染みた打撃を叩き込む。

 

「がっ!?」

 六式防御術“鉄塊”を用いてなお肋骨が軋み、全ての血液が震えているのかと錯覚するほどの打擲衝撃。とっさに剃で距離を取ろうと図るも、

「逃がさねえっつの」

 機先を制された。ウェッジの下段足刀がルッチの軸足を襲う。

 

 脛は構造上、骨に沿う肉――緩衝材が乏しいため、下段蹴りの衝撃を殺せない場合、脛骨内の神経に壮絶な衝撃が走る。プロの格闘家ですら悶絶して崩れ落ちるほどに。

 軸足が激痛にマヒし、剃の発動ならず。ルッチはその場に動きを止めてしまう。

 ウェッジはその好機を逃さず仕留めに掛かる。も――

 

 ロブ・ルッチは心底楽しそうに冷笑し、秘めていたネコネコの実:モデル・レオパルドの力を解放。上着が千切れ飛び、肥大化した筋骨を豹柄の体毛が覆いつつむ。

豹の覆面を被ったような面構えになったルッチは、文字通り超人と化した筋骨で指銃の暴風を吹き荒らす。

「指銃“斑”ッ!!」

 

「うぜェっつのっ!!」

 舌打ちと共にウェッジは廻し受けを重ねて指銃の弾幕をいなし、後の先を取って砲弾のような中段足刀。

 

 ごがんっ!!

 

「鉄塊“空木”」

 鋼板を大槌でぶん殴ったような轟音が室内に響き渡り、足刀を弾かれたウェッジが体勢を崩す。その間隙を逃すことなくルッチが攻勢に出る。麻痺から回復した剛脚を活かし、

「剃刀っ!」

 人獣化した巨躯の背が天井に擦るほどの高速跳躍でウェッジの頭上に遷移。ウェッジを見下ろしながら牙を剥くように嗤う。

「嵐脚――凱鳥ッ!!」

 巨躯を竜巻のように回転させながら放つ豪快にして強烈な嵐脚。

 

 ルッチの秘めた暴力衝動と血を欲する残忍性が発露した一撃は、セーフハウスの床をぶち抜いた。崩落した瓦礫と失神したままのブルーノが下階へ落ちていく。

 

 手応えはあった。しかし、

 

「やってくれたなぁ政府の飼い犬……いや、そのナリなら飼い猫か? ややこしいっつの」

 粉塵漂う瓦礫の中から身を起こし、ウェッジは折れた鼻を無理やり真っ直ぐに治して赤い唾を吐き捨てる。

「遊びは仕舞いだ。悪魔の実の能力者は早仕掛けでぶっ殺すに限る」

 

 構え直したウェッジのまとう熱い闘気。放たれる冷たい殺気。言葉通り次の攻撃で殺す気らしい。ルッチは自身に迫る死の気配から無意識に微笑を湛えた。酷薄で残酷な微笑を。

「良いだろう。こちらも短期決戦は望むところだ」

 ルッチも大きな体を絞り込むように構えた。鍛錬に鍛錬を重ねて体得し、練磨に練磨を重ねて磨き上げた六式の究極奥義を狙う。

 

 両者はじりじりと間合いを詰めていく。目線や呼気だけで無数の牽制を交わし、互いに機を図る。

 ウェッジは額を伝う汗が目に入っても瞬きしない。漂う粉塵が眼球に張り付いてもルッチは瞬きしない。互いに相手を睨み据えて一瞬たりとも目を離さない。

 

 刹那。

 意識を取り戻したブルーノが呻く。

「ぅ」

 

 その小さな苦悶が合図となった。

蝦蛄(シャコ)正拳突きぁ!!」

 ウェッジは放つ。大気中の水分が摩擦熱で蒸発するほどの超高速正拳突き。

六王銃(ロクオウガン)ッ!!」

 ルッチは放つ。人獣の全膂力が込められた必殺の双拳撃。

 

 互いの奥義が交差し、短くも熾烈な死闘の決着がつく。

 

      〇

 

 ラ・ムエルテみたいな覆面を被ったベアトリーゼは見聞色の覇気で探る。

 強盗団は5人。建物内でタタキをしている奴が4人。換金所前に停まっているカッターが運び屋。いずれも大した脅威ではない。

 

 連中の獲物を全て掻っ攫うなら、襲撃のタイミングは連中が換金所から脱出した後。

 金とオタカラの全てが収められたカッターを奪うことが一番手っ取り早いし、効率的だ。強盗団全員を相手取ることにもなるけれど、ベアトリーゼの実力なら奇襲の初撃で三人仕留められる。一分以内に残る二人も殺れる。

 

 問題はカッターを丸ごと分捕っても隠し場所やらオタカラの移送手段やらに困ること。それに、追ってくるだろう官憲やガレーラの職人達を振り切ることも面倒臭い。

 そもそもベアトリーゼは全てを横取りする必要がない。アラバスタ王国へ行けるだけのまとまった額で充分。持ち運びと隠匿の楽な宝石類をバッグ一杯分で釣りがくるだろう。

 

 となれば。

 

 狩りのスリルと暴力衝動の発散と分捕りの快感を楽しむことを優先しよう。

 野蛮人の美女は覆面の中で犬歯を剥いて微笑む。

 

      〇

 

 金とオタカラでパンパンに膨れた運搬袋が次々と正面ホールに積み上げられていく。

「こいつぁご機嫌な光景だな」道化の仮面を被ったライリーが声を弾ませ、

「黙って見張ってろパープリン」ホッケーマスクをつけたジンノが毒づく。

 

 革製の防水ケースと運搬袋を持ったハリソンと、仕事用バックパックを背負いつつ両手に運搬袋を持ったロンパオが正面ホールに戻ってきた。

「終わったか?」と不機嫌そうなジンノ。「予定より時間が押してるぞ」

「実入りは想定以上だ」ハリソンは宥めるように応じ「表の様子は?」

 

「官憲はまだだが、武装した職人が表に集まり始めてンぜ」

 ライリーが締め切ったカーテンの隙間から表を窺う。

 造船用工具で武装した職人達が正面玄関付近に封鎖線を築きつつある。人質がいるからそう簡単に突入はしてこないだろう。若い職人が水路に待機しているカッターを移動させようとスキッパーと押し問答しているようだ。

 

「強行突破だ。煙幕弾と爆弾を」

 ハリソンが強盗団の面々へ命令を下し始めたところへ、

「あ?」

 外の様子を窺っていたライリーは見た。

 

 向かいの建物の屋上からしなやかな影が飛び降り、カッターの甲板に着地した刹那。

 影の長い脚が跳ね上がり、スキッパーをボールのように蹴り飛ばした。

 換金所正面玄関目がけて。

 

 ど が ん。

 

 固く閉ざされていた換金所の正面玄関扉が破砕し、破片と共にスキッパーが正面玄関ホール内に転がり込んでくる。

 玄関扉の破片が床を叩く音色と共に、ぐちゃりと水音が響く。脊椎が砕け、内臓が圧潰したスキッパーは後頭部と踵がくっつくように折れ曲がり、全身の穴から大量の血を垂れ流していた。

 

 あまりにも凄惨な光景に驚愕し、強盗団も人質達も言葉がない。眼前の現実を脳が認識するまでの数瞬の静寂。そして、絹を切り裂くような悲鳴が正面ホールに轟き――

「御邪魔しまあす」

 

 間の抜けた挨拶を口にしながら、色彩豊かなケープ付きマスクを被った女が玄関から入ってきた。

 不気味なマスクを被った女は、唖然とする強盗団へアンニュイな調子で告げた。

「オタカラを横取りさせてもらいに来ました」

 




Tips
強盗団
 基本的にオリキャラ。
 戦闘要員:”ブッシュ”ハリソン。毛深いマッチョ。深藪みたいな毛深さなので”ブッシュ”。名前は何となく語呂で。

 戦闘要員:”ナーリー”ジンノ。スベスベの実の能力者。
 ナーリーはスケートボーダーの俗語で、上手い奴を意味する。名前はレース系アニメのキャラからテキトーに取った。

 戦闘要員:”ブラウントゥース”ライリー。
 ブラウントゥースは煙草のヤニで汚れた歯のこと。名前は語呂。

 運び屋:スキッパー。
 スキッパーの意味は漁船の船長の俗語。なお大抵の場合、船長はキャプテンと呼ばれる。

 開錠屋:ロンパオ。
 欧州系の名前ばっかりだったので中華系(花ノ国)にしてみただけ。

謎の泥棒
 ウェッジ。
 オリキャラ。魚人空手剛柔流はオリ設定。
 名前は沖縄空手の上地流から『うえち』→『ウェッジ』。
 なので、技も沖縄空手っぽい感じ。
 
ロブ・ルッチ。
 原作キャラ。闇の正義ってなんだよ……

ブルーノ。
 原作キャラ。原作での立ち位置がやられ役っぽいから……

ベアトリーゼ。
 主人公。久し振りの強盗働きにうっきうき。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。