彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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3:彼女とロビンの話。

 

 ニコ・ロビンがベアトリーゼと組み始め、ベアトリーゼが『あの島』の出身者と言った時、思わず吃驚を挙げた。

 

『あの島』は世界政府が存在価値を認めず、海軍すら近づかず、周辺国家が見捨てた、西の海に浮かぶ最悪の蛮地。

 数人のウォーロードが軍勢を率いて暴虐と抗争を繰り返し、住まう者達も奪い、犯し、殺しあう暴力の荒野。乾ききった土地で砂と岩しかなく、植生はサボテンくらいで、原始的な爬虫類と奇怪な昆虫しかいない不毛の島。

 

 西の海の子供達はこう説教される。

『よい子にしていないと、“あの島”に連れ去られてしまうよ』と。

 

 ベアトリーゼは小さく肩を竦め、微苦笑しながら言った。

「まあ、極めて劣悪な蛮地だけれど、村のような共同体はあちこちにあったし、ウォーロードの拠点はそれなりに都市を形成していたんだよ」

 

「そう、なの」

 てっきりケダモノみたいな連中がウホウホ言いながら動物染みた集団生活を送っているものとばかり。とは流石にロビンも口にしなかった。

 

 ベアトリーゼはどうでも良さそうに語り続ける。

「私達は獣の皮を腰に巻いて石器や骨器で殺し合っていたわけじゃない。ウォーロードの軍勢も荒野の盗賊共も開拓村の自衛団も、海軍の兵士よりもずっと性能の良い陸戦装備を使ってた。

 焼けた砂塵から目や呼吸器を守るゴーグル付きマスク。極端な環境で活動するための着衣や装備。速射や連射の利くカートリッジ式銃器。

 いずれも輸入品じゃない。あの島で製造され、流通していたものだ。たしかにあの島は未開の蛮地で、社会は原始的な有様だったけれど、奇妙に近代的な技術があったんだよ」

 

 まるでポストアポカリプス物のゲームや漫画みたいにね、とベアトリーゼは心の中で呟き、「ここで問題」とロビンへ尋ねる。

 

「ロビン。まともな社会経済が存在しないあの島で、ウォーロード達がどうしてあんなに景気よく抗争を重ねられていられるのか、不思議に思わない?」

「――それは」

 ロビンは回答に詰まる。

 

 言われてみれば、おかしい。

 戦争とは基本的に消費のみの非生産行為である。莫大な金と物資を食らいながら、戦争行為単体では何も生み出さない。たとえ略奪で稼ぐにしても軍勢を動かす原資は必要だ。

 

 その金と物資の出どころは?

 

 そもそも、まともな植物が育たない――穀類を軸にした食糧生産が出来ない時点で、あの島に相応の人口が存在すること自体が不自然だ。

 

 ベアトリーゼの説明が真実なら、高度な装備品や弾薬などの消耗品を製造/量産する技術や産業、その資源が存在する。どこかから、ウォーロードの軍勢や島の人間を賄うだけの食料が流入している。

 

 どこか? 決まっている。島の外からだ。

 

 ロビンは言った。

「“あの島”は世間で言われているような、隔絶された孤島ではなかったのね」

 

「正解。私も詳しいことは知らないけど、ウォーロード達はどこかと貿易してるんだ。そのおこぼれが開拓村やその他に回って、最低限の、本当に最低限の社会経済を構築してる」

 ベアトリーゼは夜色の髪を弄りながら、気だるげに息を吐く。

「世界政府ではないし、海軍でも周辺国でもない。彼らは私達のことに塵一つ分ほどの興味もない。わずかでも関心があったら、あの島はあんな悲惨な状況にないはずだからね」

 

「思っていた以上に謎の多い島だったのね……」

 先入観から疑問すら抱いていなかったことに、ロビンは反省を抱く。師も言っていたのに。

 

『物事を分析する時は可能な限り主観を排除しなければ、正しい答えに辿り着けない』と。

 

「まあ、今となってはどうでも良い謎さ」

 ベアトリーゼは小さく肩を竦める。

「私は二度とあの島に戻る気はないし、あの島が今後どうなろうと知ったことじゃない。あそこはどん詰まりだ。きっと世界が変わっても、あの島だけは永遠に地獄のままだよ」

 

 そう吐き捨てるベアトリーゼの横顔には、なんの感情も浮かんでおらず、ロビンは掛ける言葉が見つからなかった。

 

     ○

 

 ある日のこと。

 ちょっとした鉄火場を潜り抜け、とある無人島でほとぼりを冷ましていた時だ。

 

 ベアトリーゼが練度を落とさないよう訓練をしていると、

「ねえ、ビーゼ。貴女のその戦闘術だけれど、あの島独自のものなの?」

 訓練を眺めていたロビンが興味深そうに尋ねる。

 

「一部はね。ウォーロードの軍で意地悪な教官から教わった。後はまあ、独学と実戦で培ったものだよ」

 ベアトリーゼは演武するように体を動かしていく。小麦色の肌に輝く汗が眩しい。

「相手の機を牽制し、虚を突き、相手の体幹を崩し、主攻。トドメを刺す」

 

 ウォーロードの軍勢が扱っている白兵戦技術は武器格闘技であり、隙間だらけの前世知識で言うところのシラットやクラヴ・マガに近かった。それらほど高度でも洗練されてもいなかったが。

 

 ただ、ベアトリーゼは悪魔の実の異能と兼ね合いを考えて、あの島の白兵戦技術にあれやこれやと手を加えて試行錯誤を積み重ねた。そうして作り上げられたそれは……

 

 傑作ハードSF『銃夢』に登場するサイボーグ用武術、機甲術(パンツァークンスト)のパチモノに近かった。

 

 まあ、それもうろ覚えだけど、と心の中で呟くベアトリーゼ。

「一対多数を前提にした何でもあり、さ」

 

「実戦的ね」

「周りに背中を預けられる仲間がいなかったからだよ。敵だらけの中で生きていくには対複数の技術や心構えが必須だ」

「たしかに」と身に覚えのあるロビンが頷く。

 

 ベアトリーゼは演武を終えて息を整えた後、傍らの大岩へ向き直り、

「対複数戦闘において、一人一人に時間も手数も割けない。理想は一撃必殺」

 グッと右拳に力を込める。瞬間、拳が鋼鉄の如き漆黒に染まる。俗にいう――武装色の覇気。

 

 そして、覇気をまとった拳で大岩を軽く小突いた。

「一般に打撃の心得は、体幹の芯を貫くとか、相手の重心の核を打ち抜くとか言われるけど、私は打撃の破壊力を相手の内部に深く浸透させることが重要だと思う」

 

 小突かれた大岩の表面に傷はない。が、ベアトリーゼが覇気を解いた直後。バキッとガラスが破砕するように大岩が砕けていく。岩の内側に向かうほど破片が細かく小さくなっていた。破壊が内側から生じたためだろう。

 

「覇気をまとい、その破壊力を内側に深く通してやれば、軽く小突いてもこうなる」

「覇気」ロビンは青い目を細め「意志の力を具現化した技能ね」

 

「実のところ、私にも体得の仕方はよく分からない。教官からは『危機的状況を重ねることで開花体得する』なんて言われて、酷い目に遭わされただけだし……思い出したら腹立ってきた。ぶっ殺しておけばよかったな、あいつ」

 黒々とした負の感情を吐き出すベアトリーゼに、ロビンは微苦笑しつつ、呟く。

「私も使えるようになるかしら」

 

「なるでしょ」

 ベアトリーゼは即答した。それは原作知識に依ってではない。ロビンが『悪魔の子』として絶えず危機的環境に身を置いているからだ。繰り返される危機を踏破していくことで『意志の力』は練磨されていく。過酷な宿命を背負うロビンが覇気使いになるのは当然だろう、という確信。

 

「ロビンの『ハナハナの実』は凄く強力だから、覇気と合わせて使えば、大抵の奴は倒せるようになるんじゃないかな」

「ビーゼも倒せるかしら?」とからかうようにロビンが問えば、

 

「それは困るよ。ロビンが私より強くなったら私の役割が終わっちゃう」

 ベアトリーゼが大きく眉を下げた困り顔を浮かべ、ロビンはくすりと喉を鳴らした。

「それは私も困るわね」

 

     ○

 

 ある日のこと。

 ロビンとベアトリーゼが御令嬢と女護衛の偽装をして客船に乗りこみ、食堂で昼食を摂っていた時のことだ。

 

 特大の海老フライを切り分けながら、ベアトリーゼは何気なく言った。

「乱暴に言えば、この世界はグランドラインとレッドラインで四分割されているんだよね?」

 

「そうよ」と白身魚のソテーを口にしていたロビンが首肯を返す。

 

「なら、東西南北の海は隔絶されている、とも言えるわけだ。海運関係者や海軍、海賊なんかを例外とすれば、各海の交流は皆無に等しい。つまり、この星は世界政府を例外として、東西南北四つの小世界がある」

「ふむ。それで」とロビンはベアトリーゼに先を促す。どこか興味深そうに。

 

「各海の世界で文化の独自性を持つはず。固有伝統と言ってもいいかな。たとえば、周辺国から断絶状態にあった“あの島”が独自の暴力社会と無法な世界観を形成していたように」

 ベアトリーゼは切り分けた海老フライをがぶりと口に運ぶ。

 

 舌の上でぷりぷりの食感と海老の甘味、タルタルソースの酸味と甘みがハーモニーを奏でた。美味!

 白ワインで口腔内を刷新し、ベアトリーゼは結論を告げる。

「各海の文化的共通性や類似性、その由来や経緯からも歴史の推移を測ることは可能なんじゃない?」

 

「つまり、貿易や交易の歴史ね」

 関心を惹かれたロビンが食事の手を止めてベアトリーゼを見つめる。青い目は真剣だ。ただしその集中力のベクトルはベアトリーゼの見解ではなく、ベアトリーゼ自身へ向けられている。

 

 当然と言えば当然だった。

 言葉は酷いが、ベアトリーゼは学も教養もない。蛮地でネズミ同然に生きていて、教育らしい教育はウォーロードの飼い犬になったわずかな間に得たものだけだ。実際、ベアトリーゼの読み書きは文法的にガチャガチャなことが多いし、字だってお世辞にも綺麗ではない。

 しかし――

 

 不思議な娘。

 ロビンは特大の海老フライを幸せそうにかっ食らう乙女を見つめて思う。

 無学者のはずなのに、ベアトリーゼは時折ロビンも舌を巻く計数能力や科学的知識、雑学的教養を披露する。今何気なく口にした内容も、無学者が話すような内容ではないし、使われる語彙も蛮族出のものらしくなかった。

 本当に不思議な子。

 

 ロビンはくすりと微笑み、

「これは私見だけれど、貿易と交易の観点からこの世界を見た場合――」

 食事を再開しながら今度は自身の見解を披露し始めた。ベアトリーゼが楽しそうにロビンの語りに耳を傾け、相槌を打ち、質問し、自分の意見も提出する。

 

 ベアトリーゼには謎が多い。だけれど――

 命を預けられるほど信じ、荒事に長けて頼もしく、学術談義や論戦も出来る親友が誠に得難いことだけは確か。

 

 ロビンは親友との穏やかな時間を楽しんだ。




Tips
シラット。
東南アジアの格闘技。映画俳優イコ・ウワイス出演作品は大抵、シラットによるアクションシーン満載。

クラヴ・マガ
イスラエルで創設された近接格闘技。映画『ボーン』シリーズでたっぷり見られるぞ。


装甲術(パンツァークンスト)
SF漫画『銃夢』に登場する火星古代武術。サイボーグ用格闘技術なので超音波や周波数などを用いた打撃技が見られる。ネット識者曰く『ジークンドーの影響が濃い』らしい。


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