彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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長めです。
拾骨さん、佐藤東沙さん、誤字報告ありがとうございます。


31:円満退職。あるいは大いなる誤解の自覚

 換金所で蛮族系ヒロインが大立ち回りをしていた頃、ウォーターセブンの某所では一つの戦いに決着がついていた。

 

「―――」

 壁に背を預け、へたり込んでいるウェッジは胸部が大きくひしゃげへこみ、砕けた数本の肋骨が皮膚を突き破っていた。肺に流れ込んだ大量の血液によって溺死が迫っているにもかかわらず、咳き込む体力すら残っていない。瞳孔も開いたままだ。死神が迎えに来るまでもう幾ばくもないだろう。

 

 ウェッジから少し離れたところで、瓦礫に腰かけているロブ・ルッチも決して無傷ではない。

 拳を受けた腹部は青黒く腫れあがっており、いくつかの臓器が酷く傷んでいる。生命帰還を用いた治癒能力の促進を図らねば意識が飛びそうだった。

 

 勝敗を分けた要素はリーチの差と悪魔の実の能力による肉体能力の底上げ。それだけだ。同じく()の肉体だったなら、相打ちとなってルッチもウェッジと同じく死神の迎えを待っていただろう。

 ルッチは死闘を制した満足感や強敵を殺害した充足感を抱けず、勝ったのではなく負けなかったという不本意な現実に渋面を浮かべていた。肩に乗った(親友)のハットリが気遣うようにルッチの頬へ頭を擦りつける。

 

 そんなハットリの背中を優しく撫でつつ、ルッチは死にかけているウェッジへ問う。

「言い残すことはあるか」

 

 ウェッジは顔を上げる力すら残っていなかった。既に視界を失っているだろう眼球を蠢かせてルッチを窺い、唇の端を微かに曲げた。

「ねぇ……つ……の」

 かすれた声で憎まれ口をこぼし、ウェッジはこと切れた。肺から溢れた血液が口から垂れ流れていく。

 

「……これだけ苦労して結局、収穫はゼロか」

 アイスバーグの私邸捜索も空振り。この謎の泥棒についても何一つ分からずじまい。

 込み上げてきた徒労感にルッチが思わず溜め息をこぼしかけた矢先、ブルーノがウェッジのリュックサックを持ってやってきた。簡単な手信号で『このリュックの中身を調べよう』。

 

 ウェッジに顎を痛めつけられたブルーノは現状、会話が困難で先ほどから手信号でやり取りしている。

 ルッチが同意の首肯を返し、ブルーノはリュックサックの中身を瓦礫だらけの床に開ける。ピッキングツールや身分証等が一切入ってない現金のみの財布。

 それと、電伝虫。

 

「収穫がゼロ、というわけでも」

 小さく鼻息をつき、ルッチが呟きかけたところへ、電伝虫が『ぶるぶる』と鳴き始めた。

 

 2人の秘密諜報員は互いに顔を見合わせ、小さく首肯。顎を痛めて喋れないブルーノではなくルッチが通話に出た。

『ウェッジ君。約束の時間だけれど、首尾はどうかしら』

 成人女性の上品な美声。だが、しっとりとした声色から年齢が窺えない。うら若き令嬢のようにも老いた淑女のようにも聞こえる。

 

「ウェッジは今、通話できない」

 ルッチが告げると、先方が驚いたように息を呑む音が聞こえた。

『――どちら様?』

 

 先方の問いかけを無視し、ルッチは問いを重ねていく。

「貴様は、いや、貴様らは何者だ? 何が目的でこの男をアイスバーグの自宅へ侵入させた」

『ウィットに欠いた言葉遣いから察して政府の方ね。言葉の端々と息遣いから痛みを堪えているようだけれど、ウェッジ君と戦って……殺したのかしら?』

「だとしたら?」

『ビジネスが不首尾に終わって残念。それだけよ』女は言った。『CP9のスパイさん』

 

 今度はルッチが沈黙する番だった。

『海軍ではなく政府筋でウェッジ君を殺せる人間はCP9くらいよ。それにしても……まさかCP9がウォーターセブンに潜っているとは。スパンダインの低能息子は未だにプルトンの設計図を探しているのね』

 

 正体不明の相手に任務を見透かされた事実に、ルッチとブルーノの顔に険が浮かぶ。2人の反応が分かるのか、女はころころと鈴のように喉を鳴らした。

『スパイさん。スパンダインの愚劣な息子とウォーターセブンが並べば、プルトン以外無いわ。あの暗愚な息子がかつてプルトンの設計図を得ようとしてしくじり、不細工な顔がひん曲がった件は裏社会でも有名な笑い話なのよ』

 

 上品な口調で吐かれる強烈な悪罵。

 この女はスパンダイン・スパンダム親子の知人か何かなのだろうか。ルッチが推論を立て始めたところへ、

『スパイさんもこれから大変ね』

 女の悪意が通話相手のルッチへ向けられた。

 

「……どういう意味だ」

 ルッチの反問に、女は嘲りを込めて語り始める。

『アイスバーグ氏の市長当選は確定よ。そして、ガレーラカンパニーの社長も兼任する。彼は今後、政府と海軍の造船を積極的に受注するでしょうね。それも、特恵待遇契約で。これの意味することが分かる?』

「アイスバーグが政府と海軍にとって有益な人間になる、ということか」

『認識が浅いわね、スパイさん』女はくすくすと嘲り『今後、サイファー・ポールがアイスバーグ氏に何かしようとすれば、政府や海軍の受益者達が嘴を差し込んでくるという意味よ。もしかしたらあの親子が揃って失脚、なんてこともあり得るかもしれないわ』

 

 仮にバカアホマヌケでドジの四重苦上司が更迭され、もっとマシな上司が赴任するなら実に喜ばしいことだな、とルッチとブルーノが密かに思う。

 しかし、女がルッチとブルーノのささやかな希望を否定する。

 

『息子の方はともかくスパンダインはその辺りに目敏い。失脚のリスクを冒すような真似はしないでしょうし、息子にもさせないわ。結果、貴方達はこれから手足を縛られた状態で任務を進めることになる。頭脳明晰で用心深いアイスバーグ氏の相手は時間がかかりそうね、スパイさん』

 不吉な予言を聞かされ、ルッチは苦い顔つきで再び問う。

「……貴様は何者だ」

 

『楽しい御喋りが出来て良かった。それでは御機嫌よう』

 女は問いかけに答えることなく通話を切った。

 

「……正体不明の第三者に作戦を把握されている、か。長官に報告しない訳にもいかないな」

 ルッチが苦々しく呟き、ブルーノもしかめ面で頷く。

 救い難いほど愚かな上司はきっとこの報告に余計な真似を企むだろう。しかし、女の発言が事実なら、上司(スパンダム)の暴走は上司の後ろ盾(スパンダイン)が抑える。

 いずれにせよ、女の不穏な予言通り任務は大きな制約を課される可能性が高い。ルッチとブルーノは思わず溜息をこぼす。

 

 と、砕けた窓から四角い長っ鼻の青年が乗り込んできた。

「応援に来たぞっ! ――て、もう終わっとるっ!? 何がどうなっとるんじゃっ!?」

 困惑顔のカクに説明する面倒を思い、ルッチとブルーノは再び溜息を吐いた。

 

      〇

 

 サイファー・ポールのエージェント達が不吉な予言を聞かされ、げんなりしている頃。

 

 はー、はー、はー、はー。

 パンパンに膨れた運搬袋を抱えたまま、“ブラウントゥース”ライリーは人目を避けて仄暗い路地裏をひたすらに走っていた。

 道化のマスクも装具もとっくに捨てた。拳銃以外の武器も捨てた。上着も脱ぎ捨てて今や肌着とズボンだけ。計画はメッタメタでホイールマンの死で逃亡手段も絶えた。オタカラを抱えていてもどうにもならないが、小悪党としての本能か手放すことができない。

 

 薄暗い路地裏を延々と走り続け、ようやく周囲から人気が絶える。ライリーは足を止め、抱えていた運搬袋を足元に下ろした。げほげほと咳き込み、げぼっと嘔吐。悪党らしい不摂生を重ねた身にマラソンはキツい。滝のように流れ続ける汗を拭い、ズボンのポケットを漁り回す。

 スキットルも煙草も無い。どうやら上着と一緒に棄ててしまったらしい。

 

「ちきしょー、げぼっ! がぺぺぺぺっ!」

 ライリーは悪態をこぼそうとした矢先に再び嘔吐。小汚い地面に汚い吐瀉物をぶちまける。

 

 ゲロ臭く酸っぱい唾を執拗に吐き捨て、ライリーは建物の壁に背中を預け、ずるずるとへたり込む。

 走り続けたせいで酸欠気味の頭で、なんとかして計画立案者(ジャグマーカー)に連絡を取り、この街から脱出する方法を考える。も、何一つ良いアイデアが浮かんでこない。

 

「ヤモモモ……見つけたヤモ」

 

 不意に頭上から嘲笑が降ってきて、ライリーは反射的に前転二回。自分の吐いたゲロの上を通り過ぎ、ゲロに塗れながら拳銃を抜いて構えれば。

 建物の壁にヤモリ頭のエロボディ美女が張り付いてこちらを見下ろしていた。その奇怪かつ不気味な光景にライリーが思わずギョッとした。

「て、てめえは――っ!?」

 

「生き意地の汚いお前のことだから、あの女から逃げ出すと思ったヤモ。読み通りヤモ」

 ヤモリ頭のエロボディ美女ジューコが壁から軽やかに跳躍し、ライリーへ襲い掛かる。

「ヤモリンドー・アーツ、ゲッコーローリングサンダーッ!!」

 

 破城槌みたいな横軸胴回し回転蹴り。武装色の覇気で漆黒に染まった右脚の踵が、唸りを上げてライリーの顔面を直撃。

 その凄まじい一撃はライリーの顔面を深々と陥没させ、断末魔を上げる暇も許さず意識と命を刈り取る。蹴り飛ばされたライリーが錐揉み回転しながら宙を舞い、水切り石みたく地面を幾度か跳ね、最後に水路へ落ちた。汚い前歯を上下一本残らず砕かれたライリーは、白目を剥いたまま水中に没していく。

 

 ジューコはオタカラが詰まった運搬袋を左肩に担ぎ、にんまりと微笑む。

「ヤモモモ……奪い取ったオタカラの重みは格別ヤモ」

 まさに外道な感想を呟きつつ、右手と両足を建物の壁に張り付かせ、すいすいと昇っていく。

 

 ヤモリは四肢の指先に乾燥接着――ファンデルワールス力を発生させて岩やガラスにぺたりと張りつくこと――ができる自然界随一のクライマー。ヤモヤモの実によるヤモリ人間であるジューコも高い登攀能力を発揮可能だ。

 

「この街を出るまで奪ったオタカラをどこに寝かせるかヤモ」

 発注した船はまだ建造中。この島に乗ってきた『プリティグッド号』もまだ整備中。逗留中のホテルにオタカラを隠しておくのも、ちと具合が悪い。

 となれば。

「“強盗仲間”を頼るのが筋ヤモ」

 ジューコは長い舌を躍らせて笑う。

 

       〇

 

 アイスバーグの市長当選が発表され、ガレーラカンパニーでは飲めや騒げやの大宴会。換金所の強盗事件の後始末もしめやかに進められている。

 そんな騒々しくも物々しい夜。港傍にて2人の美女が月夜の薄闇に紛れて密会していた。

 

 首に低品質海楼石のチョーカーを巻いた三十路美女が、大きな乳房を強調するように腕を組んで告げる。

「オタカラを数日預けるだけで一割を取るのはボリ過ぎヤモ。7パーセント。これ以上は譲らないヤモ」

 

「分かった。そっちの条件を呑むから、一つお願いを聞いてよ」

 夜色の髪をアフロモドキにしたうら若い美女が頷き、ピッと右人差し指を立てた。

「お願い? どんなろくでもないことを要求するヤモ?」怪訝そうに眉をひそめるジューコ。

 

「あんた達の船でアラバスタまで乗せて」

 しれっとベアトリーゼが要求を告げれば、ジューコは悪臭を嗅いだように美貌を歪めた。

「そりゃ無理ヤモ。私は単なる用心棒ヤモ。船の行き先に口出しはできないヤモ。そもそもウチの会社はアラバスタと取引してないから、アラバスタ行きのログポースがないヤモ」

 

「使えないなぁ」

 舌打ちして悪態を吐くも、ベアトリーゼは食い下がる。

「なら、ミスター・テルミノの船が行ける範囲で、アラバスタに一番近い島まで乗せてちょーだい」

 

「まあ……そのくらいなら口利きしてやってもいいヤモ」

 ジューコは了承する。ベアトリーゼがアラバスタに行きたい理由は問わない。どうせろくでもないことに違いないし、聞けばきっと巻き込まれるのだから。

「取引成立だね」とベアトリーゼは年相応の無邪気な笑みを浮かべた。

 

「ウチの会社の船に乗るのはともかく、お前、会社の方はどうするヤモ?」

「辞表出して終わりだよ」

 ベアトリーゼはさらりとジューコに答えた。

 

 そう簡単に行くヤモ? とジューコは小首を傾げたが、深くは踏み込まなかった。眼前の小娘を案じてやる義理も借りもない。仮に溺れているところを見かけたら煉瓦を投げつけてやりたい女なのだ。どうなろうと知ったことではない。

 

 

 

 で。

 

 

 

 翌日。

「ンマー……バカ野郎。辞表出してハイさようなら、なんて通るか。どうしても辞めるってんなら、仕事の引継ぎと連絡はきっちりしていきやがれ。それが筋ってもんだ」

 珍しくアイスバーグがガチの声音でベアトリーゼが扮する女子事務員ビーに至極真っ当な説教を垂れる。

 

 これにはベアトリーゼも反論できない。蛮族根性と悪党気質が骨身に染みついているが、今回ばかりはぐうの音も出なかった。

 大量殺人を犯してもあっけらかんとしているモノノケ娘をションボリさせたアイスバーグは『女子相手にきつく言いすぎたか』と少し反省。ジェントルマンである。

 

 アイスバーグは些かばつの悪そうに後頭部を掻き、気を取り直して言葉を編む。

「ンマー……ともかくな、ビー。辞めるにも段取りってもんがある。立つ鳥跡を濁さずだ、やるべきことをやってから退職しろ」

 

「うす。了解っス」とベアトリーゼは居住まいを正してぺこり。「引継ぎと連絡をきっちり済ませます」

「もちろん考えを改めても良いぞ。お前さんは有能だからな。ウチに残ってくれるなら大歓迎だ」

 和やかに慰留を提案するアイスバーグに、ベアトリーゼは肩を小さく竦めた。

「や。お気持ちはありがたいスけど、あたしも色々挑戦したいんで。ほら、『世界を旅しろ、冒険を楽しめ』って言うでしょ?」

 

「そんな格言聞いた事ねェが……誰の言葉だ?」と小首を傾げるアイスバーグ。

「さあ? あたしも知らないっス」

 ベアトリーゼはしれっと応じた。

 

       〇

 

 ブルーノが経営する店は今日も盛況だ。仕事上がりのガテン系あんちゃんおっちゃんがガツガツと飯を食らい、グビグビと酒をかっ食らっている。そんな汚い絵面の中、カウンター席に並んでグラスを傾ける美女2人。これぞ掃き溜めに鶴。

 

「本当に辞めちゃうんですか?」

 心底残念そうに眉を下げるカリファ。

「色々旅しようと思ってね。無茶をするなら若いうちっていうだろ?」

 女子事務員ビーことベアトリーゼはどこか不敵な笑みを返す。も、カリファは出来の悪い姉妹を案じるような顔つきになる。

「ビーさんは無茶というより滅茶苦茶しそうですけどね……」

 

「信用ねェなあ」

 あっけらかんと笑い、ベアトリーゼはグラスを傾ける。

 

 政府の犬ッコロに情なんかこれっぽっちも湧かないけれど……まあ、事を構える時が来たらカリファは半殺しくらいで済ませてやってもいいかな、とサイコパスな思考をしつつ、ベアトリーゼは干したグラスを小さく掲げた。

「ブルーノ、シードルお代わり」

 

「はいよ。ちょっと待って」

 のんびりした口調で応じるブルーノ。なぜか顎に包帯を巻いている。

「なあ、そろそろ聞いていい?」

 グラスに発泡酒を注がれる様を眺めつつ、ベアトリーゼが問う。

「その顎、どうしたのさ?」

 

「家具を移動させてる時に強くぶつけちゃってね……」ブルーノは嘆くように「しばらく硬いものが食べられそうにないよ……」

「そりゃ災難だったな。お大事に」

 通り一遍の気遣いを示し、ベアトリーゼは肴の生ハムを摘まむ。

「そういや、ルッチの奴も調子悪そうにしてたな。カリファはなんか聞いてる?」

 

「いえ、私は特に」

 カリファはすっとぼけた。極秘任務中に予期せぬ手練れと交戦して重傷を負った、とは口が裂けても言えない。

「まぁ、鳩男のことはいいか」ベアトリーゼはにんまりを口端を吊り上げて「今夜はあたしの新たな門出祝いだ。たっぷり飲み食いしよーぜ、カリファ」

「えっ……そ、そうですね」

 カリファは体重計の数字を思い、顔を引きつらせる。

 同時に、女子事務員ビーと食べ歩く日々が終わることに、大いなる安堵とちょっぴりの寂寥感を覚えた。

 

       〇

 

 かくて、女子事務員ビーの業務引継ぎと諸々の連絡伝達、テルミノの発注した新しい貨客船『スーパープリティ号』と『プリティグッド号』の整備が完結する。

 テルミノは新造船『スーパープリティ号』の習熟航海を兼ね、プリティグッド号と共に“マーケット”で根拠地である某島へ帰還するという。

 なお、ベアトリーゼが乗船することに『オゥ……こいつぁプリティな不安がよぎるぜ』と顔に冷や汗を滲ませていた。彼の予感の正誤は如何に……

 

『たかだか二年ちょい務めただけでお別れ会なんて申し訳ないっス』とビーは謝絶し、ガレーラカンパニーを円満退職。

「世話になった礼っス。ボス、どーぞ」

 ガレーラカンパニーの社章が刻印されたカフスボタン。ベアトリーゼが精製した5N級高純度鉄をウォーターセブンの細工職人に加工して貰ったワンオフ品だ。

 

「送り出す側が餞別を貰うなんて格好がつかねェなあ」と微苦笑をこぼしつつも、アイスバーグは嬉しそうに頷く「ありがとうよ、ビー。大事に使わせてもらうぜ」

「達者でのう」『元気でなビーポッポー』

 長っ鼻のカクと鳩男のルッチ。

「もっと慎みと淑やかさを身につけろ」

「お前は女慣れしろパウリー」

 小生意気な年下の職人の鼻先を突き、女子事務員ビーは最後に“友人”カリファに別れのハグをする。

「元気でな、カリファ」

「ビーさんも」

 

 ハグをかわしつつ、ベアトリーゼは最後に少しばかり悪戯――自身とカリファの“正体”を言及しようかと思ったが、止めた。もしかしたら、数年後に再会するかもしれない。サプライズの要素は残しておこう。

 

「さようなら。またいつか」

 ガレーラカンパニーの人々へひらひらと手を振り、ベアトリーゼはガレーラカンパニーを後にした。

 

 後は下宿先から荷物を引き上げ(保管していたオタカラも持って)、テルミノの船に乗り込むだけ。次はどこへ向かうことになるやら。さっさとアラバスタに行ってロビンと合流したいんだけどなあ。

 そんなことを考えながら、ベアトリーゼが通りを歩いていると、

 

「よぉ、姉ちゃん。ちょいと道を教えてくれねェか?」

 頭陀袋を担いだ大男に声を掛けられた。

 

 見上げるほどの体躯。水色髪のリーゼント。鋭角のサングラス。金属プレートで覆われた鼻。ごつい両腕には星の刺青。そしてどういう訳か、アロハシャツに海パン一枚。

 隙間だらけでうろ覚えの原作知識でも見間違えようがなかった。

 主人公勢に一人。麦わら一味の船大工。亡き名船匠トムの弟子。

鉄人(サイボーグ)”フランキーだ。

 

「アイスバーグの野郎が社長をやってるガレーラカンパニーつぅ会社に行きてェんだが、この道を進みゃあ良いのかい?」

 問われたベアトリーゼは内心でドッと冷や汗を掻いていた。

 

 どうして? なんで? なんでフランキーがここで登場するの? え? 待って待って待って。ひょっとして、今までこの島に居なかったの? え、え、え? それじゃあ、プルトンの設計図は今までアイスバーグの旦那が持ってたってこと?

 

「おい、姉ちゃん。どーした? 大丈夫か?」フランキーがベアトリーゼの様子を訝って問う。

「あ、いえ。ミスターが些かエキセントリックな装いをされているので、驚いてしまって」と内心の動揺を誤魔化すベアトリーゼ。

「おいおい、姉ちゃん。褒めても出せるもんはねェぜ」

 エキセントリックと呼ばれて機嫌を良くするフランキー。

 

「ガレーラカンパニーでしたら、ええ。この道を真っ直ぐ進んで、突き当りのT字路の右手側に見えてくると思います」

「そうか。ありがとうよ」

 道を教えられたフランキーはいなせに礼を告げ、ガレーラカンパニーを目指して歩み去っていく。

 

 フランキーの大きな背中を茫然と見送るベアトリーゼは、冷や汗と動悸が止まらない。

 原作主要人物との予期せぬ邂逅と、何より二年以上事実誤認していたことに今更気付き、自分が如何に危うい一本綱の上で踊っていたのかを理解し、ベアトリーゼは思わず頭を抱えた。

 

 うぁああああああ……マジかよ、マジかよ。

 ……もう、原作知識を当てにすることはやめよう。こんな調子じゃ何の助けにもならんわ。

 そもそも自分という異物が混入し、主要登場人物のロビンと関わりを持っている時点で、何かしらの変化が生じているに違いない。

 ベアトリーゼは気を取り直すも、踏みだした新たな一歩は重かった。

 




Tips
ジャグマーカーの女。
 素性はまだ秘密。彼女がなぜ古い設計図を求めたかは後々。

ヤモリンドー・アーツ。
 適当な語感でこさえたオリ設定。
 浴びせ蹴りのことを英語でローリングサンダーキックっていうらしい。

フランキー。
 原作キャラ。
 フランキーがウォーターセブンに帰還した時期は、アイスバーグが市長就任後。
 アイスバーグを訪ねた際、本名『カティ・フラム』を名乗った。
  変態と呼ばれると喜ぶのは公式設定。

ウォーターセブン編はひとまず終了。
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