彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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閑話的な内容です。

拾骨さん、佐藤東沙さん、戦人さん、一匹狼?さん、Nullpointさん、誤字報告ありがとうございます。


32:花と鰐と珈琲と

 

 話はウォーターセブンでアクア・ラグナの後始末が終わり、少し経った頃に遡る。

 

百花繚乱(シエンフルール)――トランプルッ!!」

 黒い長髪の眼鏡美人がたおやかな両腕を胸元で交叉させて告げた瞬間、蹂躙が始まった。

 花畑が開花時期を迎えたように図書館エントランスの天井や床や壁、エントランスへ乗り込んできた賞金稼ぎ達の身体にしなやかな腕が咲き乱れ――

 

 足を捩じり上げられて足首や膝をへし折られ、アキレス腱が断裂する音色が響く。

 腕を捻り上げられて手首や肘を砕かれ、肩の腱板が断裂する音色が響く。

 腰椎の破壊音、背骨の圧壊音、頸椎の破断音の合奏が響く。

 

 銃を持つ者は腕を押さえられ、銃口を仲間や己自身に向けて引き金を引かされる。

 刃を持つ者も腕を押さえ込まれ、その切っ先を仲間や己自身に振るわされる。

 

 装具ベルトに差していた手榴弾の点火プラグを引き抜かれ、自爆させられた者もいた。

 装具ベルトのナイフや拳銃を抜き取られ、自身や仲間を傷つけられる者もいた。

 

 苦痛と苦悶の悲鳴。恐怖と怯懦の絶叫。憤怒と昂奮の叫喚。

 

 全ての賞金稼ぎがエントランスの床に倒れ伏すと、眼鏡美人は胸元で交叉させていた両腕を解いてゆっくりと息を吐く。四肢や体幹の骨を砕かれ、奇怪な姿勢で倒れている賞金稼ぎ達へ向けられた青い瞳は、氷のように冷たい。

 

 美女は眼鏡を外し、次いで、かつらを剥がして床に棄てる。

 露わになった素顔は賞金額7900万ベリー:『悪魔の子』ニコ・ロビンその人だった。

 

「図書館ではお静かに」

 ニコ・ロビンは賞金稼ぎ達の頭目らしき男の元へ歩み寄って問い質す。

「どうやって私を捕捉したの? 密告? それとも何かしらの証拠を追ってきたの?」

 

「悪魔の子め、くたばりやがれ」頭目が脂汗塗れの顔で罵声を発する。

「両腕と背骨を破壊されて減らず口を叩く余裕があるとは、気丈なことね」

 便所を這い回る虫を見るような目を向け、ロビンはパチンと指を鳴らす。瞬間、床から腕が生え、まだ息のある歳若い賞金稼ぎの首を絞め始めた。

 

「ぐぅっ!?」歳若い賞金稼ぎがくぐもった悲鳴を上げるも、両腕を破壊されているため、身を捩ることしかできない。あどけなさの残る顔が大きく歪んで鬱血していく。

「やめろぉっ!」

 足元から届く抗議の怒声を煩わしげに聞きつつ、ロビンは再度問いかけた。ゾッとするほど冷徹に。

「私の居場所をどうやって掴んだの? 貴方が答えるまで部下を一人ずつ絞め殺していくわよ」

 

「―――――ぅううう」頭目は鬱血していく部下の貌を一瞥し「密告だっ! 密告があったっ!! 街の助役が密告してきたんだ、ニコ・ロビンに似た女がこの街の図書館に潜伏しているとっ!」

 

 ロビンは合点がいった。

 この街の助役は女癖が悪くて有名で、司書に扮したロビンも幾度か迫られたことがあり、先立ってはあまりにしつこかったので少々“灸を据えた”のだが……。

 

 なるほど、助役の密告から調査が入り、この顛末か。私も脇が甘くなっていたようね。

 

 ハナハナの実の能力が解かれ、歳若い賞金稼ぎがゴホゴホと激しく咳き込む。頭目は一瞬、安堵の表情を浮かべ、すぐに表情を強張らせてロビンを睨みつけた。

「俺達を倒してこの街から逃げおおせても、どこへ隠れても安心できる日は永遠に来ねェぞ。お前のような『悪』はこの世界に居場所なんてねェっ! お前は生きてちゃいけねェ人間なんだっ!」

 

 呪詛にも聞こえる罵倒を、ロビンは冷ややかに受け止めた。

 何を今さら、と。

 

 故郷が炎に包まれたあの日。

 別れの際、母は自分に『生きて』と幸せを願ってくれた。

 別れの時、大きな親友は『独りぼっちなんてない、仲間に会いに行け』と幸せを応援してくれた。

 

 2人の想いを恃みにしてもなお、寄る辺無き日々と安息無き生活の中で、ロビンは散々に思い知らされた。

 人間がどこまで冷酷になれるか。人間がどこまで残酷になれるか。人間がどこまで卑劣になれるか。人間がどこまで狡猾になれるか。人間がどこまで強欲になれるか。人間がどこまで邪悪になれるか。

 この世界が、どれほど残酷なのか。

 

 世界の無慈悲さに、ロビンは怯えきった子猫のように生きるしかなかった。

 視界に映る全ての老若男女が猜疑と不信の対象で、誰も彼もが潜在的な脅威だった。偽りと騙りと裏切りが繰り返される日々に、心を擦り減らしながら孤独に生き延びてきたのだ。

 17歳の時にベアトリーゼと出会うまで。

 

 この少しばかり年下の賢く麗しい乙女は『悪』だった。

 物憂げな美貌で野獣の如き獰猛さを隠し、殺人も破壊も躊躇しない危険な女だった。

 世界政府の法も規範も一顧にせず、社会通念上の道徳や倫理より自身の価値観を重視する傲慢な女だった。

 自分の大切なものは命懸けでも守るが、自分が気に入らないものは平然と足蹴にする身勝手で超自己本位な女だった。

 世界の理不尽と苦痛にしぶとく足掻くタフな女だった。

 残酷な世界を鼻歌混じりに進むたくましい女だった。

 

 痛快で健全な『悪』だった。

 

 そんな親友の“影響”を受けてしまったニコ・ロビンは、もはや怯えた子猫ではない。独りで世界を彷徨う生活に戻っても、ただ怯えて逃げ惑うことはない。

 母と大きな親友の祈りを肯定するように、『悪』である親友は『いつか心から信頼できる人間と出会える』と“予言”してくれた。

 

 だから、ロビンは賞金稼ぎ達の頭目へ告げる。瞬きを忘れるほど不敵な笑みと共に。

「私は決して諦めたりしない」

 そして、図書館から悠然と歩み去り、姿を消した。

 

      ○

 

 図書館司書という好ましき偽装を失った後、些かしつこい追手から逃れ続けて数カ月。逃亡資金の残余も怪しくなりかけ、ロビンは少しばかり思案した後、とある島へ向かった。

 

 グランドライン内でも屈指のリゾートアイランド『キューカ島』。

 この島は観光から様々な娯楽――健全なものから些かはしたないものまで備わっており、年がら年中多くの人間が骨休めに訪れる。それこそ海軍や政府関係者から手配書の出回った悪党まで。

 

 人の出入りが激しい土地は身を潜め易く、またいざという時に脱出し易い。

 もっとも、ロビンがキューカ島を選んだ最大の理由は賭博場(カジノ)が揃っているからだった。

 

 西の海で歴史を調べつつマフィアや海賊を相手に暴れていた頃(もっぱら暴れていたのはベアトリーゼだが)、ロビンは賭博の味を覚えた。

 泡銭を得る手段としてではなく、知的でスリリングなゲームとして。

 

 孤独な幼少期と過酷な少女時代を過ごし、子供らしい楽しみを知らずに生きてきたロビンにとって、賭博は自身の卓越した知性と鋭敏な洞察力と思考力を存分に振るえる“娯楽”になっていた。

 

 かくして、ロビンは赤毛のかつらと化粧で変装し、女博徒『ミスR』としてキューカ島のカジノへ推参した。

 ほとぼり冷ましと活動資金稼ぎ、それと少しばかりのスリルを楽しむために。

 自身の運命を大きく動かす出会いを迎えるとは知らずに。

 

     〇

 

 ベアトリーゼがガレーラカンパニーを円満退職し、フランキーと遭遇して心胆を寒からしめていた頃。

 

 陽光の注ぐグランドライン“楽園”キューカ島。大通りから外れたところにある小さなカフェテリア『カンザス』。

 朝食時が終わり、店内に客の姿はない。洗い物を終えた店主は手持無沙汰に新聞を読んでいる。

 と、カランコロンと呼び鈴が鳴く。

 

 店主は新聞をカウンターに置き、愛想の良い笑顔で客を迎えた。

「いらっしゃいませ」

 

 入店してきた客は若き美女。

 肩口まで届く艶やかな赤毛。知性と意志の強さを宿した青い瞳。繊細な造作の神秘的な美貌。すらりとした長身はメリハリがはっきりしており、黒いレザー製着衣がよく映えている。

 

 キューカ島の賭博界隈で噂の腕利き女博徒がカウンターに腰を下ろした。

「こんにちは。店長さん」

 

「ようこそ、ミスR。今日も珈琲とサンドウィッチでよろしいですか?」

「ええ。お願い」ミスRと呼ばれた女博徒はカウンターの新聞を一瞥し「それ、見せて貰ってもいいかしら」

「もちろんです。どうぞ」と店主は世界経済新聞をミスRへ渡す。

「ありがとう」

 ミスRが礼を述べ、新聞に目を通していく。

 

 店主はガラス製サイフォンから白磁のカップに珈琲を注ぎ、ミルクと砂糖の小瓶を添えてミスRの手元へ。

「良い香り」ミスRは香りを楽しんで微笑み、珈琲を上品に嗜む。「美味しい」

 

 賛辞に表情を和らげつつ、店主はサンドウィッチ作りを進めていく。

 炒めた厚切りベーコン、瑞々しいトマトとレタス。ハムエッグとチーズとサラダ菜。ブルーベリージャムとクリームチーズ。三種類のサンドウィッチを皿に乗せ、ミスRの手元へ配膳する。

「お待たせしました……おや、楽しそうですね、ミスR。お気に召した記事がありましたか?」

 

「ええ。少しね」

 柔らかな微笑みを湛え、ミスRは新聞をカウンターに置く。

 ミスRを上機嫌にさせた記事は、ウォーターセブンで起きた換金所強盗事件の容疑者に関する姿絵だった。

 シュガー・スカル染みた華やかな紋様の仮面を被った女強盗に姿絵に、ミスRはしばらく消息が不明だった親友の安危が分かり、気分を明るくしていた。もちろん、なぜウォーターセブンで強盗などしているのか不明だったけれども。

 

 どこか楽しそうな美女の様子に、店主が愛想よく声を掛けた。

「ミスR。珈琲の御代わりは如何です?」

「ありがとう、頂くわ」

 赤毛の女博徒は珈琲と食事を楽しみ、店主は黙々とカップを磨く。

 

 

 

 それぞれが穏やかな時間を楽しんでいたところへ、カランコロンと再び呼び鈴が鳴く。

「いらっしゃいませ」

 店主が新たな客へ笑顔を向け、ミスRも何気なく新たな客を窺い、2人はぴしりと固まった。

 

 オールバックの黒髪。精悍な顔を横断する傷跡。高級かつ上品なフォーマルと毛皮のコートで包まれた長身。金色のフック状義手が装着された左腕。

 政府公認の大海賊、王下七武海の一人。

 サー・クロコダイルの御来店だった。

 

     〇

 

 クロコダイルが一つ開けてロビンの左隣に腰を下ろし、告げた。

「珈琲。少しばかりブランデーを垂らしてくれ」

「風味付けでしたら良いラムがあります。如何でしょう?」

 店主がおずおずと提案しつつ、クロコダイルの手元に陶器製の灰皿を置いた。

 

「ああ……任せる」

 鷹揚に頷き、クロコダイルは横目でロビンを窺い、次いで、店長の所作を見物する。

 

「近頃、この島の賭場に腕利きの女博徒が出入りしているそうだ」

 そして、誰へともなくクロコダイルは言葉を紡ぎ始めた。

 

 曰く――知的で美麗な容貌。生来の聡明さと利発さ。過酷な人生で鍛え上げられた観察眼と洞察力。緻密な計算と戦略で勝利を掴む勝負強さ。プレッシャーに晒されても冷静さを決して失わない心の強さ。

 

「その女博徒はこの島の賭場に現れて以来、一度も負けてねえという。稼ぎに稼いで数千万ベリー。クハハハ……大したもんだ」

 冷笑と共に葉巻の灰を灰皿に落とすクロコダイル。

 

 ロビンは自身が調査されていた事実に表情を固くし、聡明な頭脳を活発に働かせてクロコダイルの狙いを図る。まさか自分の賞金が目当てということは無いだろう。政府の依頼か命令で動いた可能性はあるが……。

 

「お待たせしました。どうぞ」

 店主が滑らかな手つきでクロコダイルの手元に珈琲を置く。

 クロコダイルは葉巻を灰皿に置き、ブラックのまま珈琲を口に運ぶ。暴力的な雰囲気をまといながらも所作に野卑さは微塵もない。

 

 カップを置き、クロコダイルは片眉を上げた。

「美味いな」

 

「ありがとうございます」丁寧に一礼する店長。

「お前もこの珈琲が気に入ったのか? なあ?」

 クロコダイルはロビンへ顔を向け、口端を吊り上げた。

「ニコ・ロビン」

 

 ロビンは双眸を吊り上げ、警戒心を一瞬で最大まで引き上げる。否。心理的には既に戦闘を視野に入れていた。

 サー・クロコダイルは元賞金額8100万ベリー。金額こそ自身の賞金額7900万と大差ないが、それはクロコダイルが20代のうちに七武海入りし、賞金額が更新されていないからに過ぎない。それに、ロビンは賞金額を重視していない。

 なんたってベアトリーゼの賞金額が“たった”の約5000万ベリーだった。海軍大将と中将麾下精鋭部隊を向こうに回せる人間が、だ。賞金など脅威性を図る目安にならない。

 勝てる可能性はそう高くないだろうが、この店から逃れる程度の抵抗なら出来るはずだ。

 

「クハハハ……そう怯えるな。別に取って食いやしねェよ」

 クロコダイルは横目にロビンを捉えながら、

「俺がわざわざこの店まで足を運んだ理由はお前をとっ捕まえるためじゃねェ。お前とビジネスの話をしに来たのさ」

「政府に飼われることを選んだ海賊の言葉を素直に受け入れるとでも?」

 猜疑を隠さないロビンへ薄く笑いかけた。

「あくまで話も聞きたくねェと“駄々”を捏ねるなら、お望み通り海賊らしく振る舞っても構わねェ。精々抗うなり逃げるなりしてみりゃあいい」

 

 クロコダイルはくつくつと喉を鳴らし、珈琲を口に運ぶ。

「無駄な努力になるだろうがな。クハハハ……」

 

 冷ややかに笑う大海賊を、ロビンは冷徹に洞察して分析していた。

 サウロやベアトリーゼはいつか心から信頼できる人間と出会えると言っていたけれど、クロコダイルは違う。相対して確信した。サー・クロコダイルという男は誰も信用しない。誰も信頼しない。

 

 ロビンは傷つけられることを恐れ、他人を信じなかったけれど、クロコダイルの不信は自分以外の人間を根本的に見下しているからだ。他者を自身に有益か否かでしか判断しないタイプであり、本質的に他者を利用することしか考えていない。

 

 逆説的に考えれば、クロコダイルはロビンを有益と判断して接触してきたということ。強硬策――自分を誘拐なり拉致なりして無理やり従わせる手法を取らなかった点から考えて、何か具体的な目的があるのだろう。

 その目的とは何? この危険な男の狙いは?

 

「俺は若ェ頃に“新世界”へ乗り込んだ」

 クロコダイルは葉巻を一服しながら、自身の左手をちらりと一瞥する。

「あのイカレた海で俺は多くのことを知った。政府に都合の悪い真実やこの世界の謳われない事実。それに、いくつかの秘められた歴史もな」

 聡明なロビンはクロコダイルの続ける言葉を察した。そして、クロコダイルが自分へ近づいてきた理由も。

 

「お前が滅ぼされたオハラの生き残りであることも、政府が執拗にお前を追い続けている理由も、俺は知ってるんだぜ、ニコ・ロビン」

 人食い鰐を思わせる冷徹な眼差しがロビンへ向けられた。

 

「この世界で私だけが持つ技能を必要としているわけね」

「クハハハ……その通りだ。もちろんタダとは言わねえ。最初に言った通り、これはビジネスだ」

 クロコダイルは口端を薄く歪め、大きく紫煙を吐く。

「俺に協力する限り、お前を政府や海軍の追跡から守ってやろう」

 

「それは魅力的な話ね」ロビンは子犬を踏みつけるような声音で応じ「具体的にどんな協力をしろと?」

 

「ポーネグリフを解読しろ」

 クロコダイルは真剣な眼差しで言葉を編む。

「誰も読むことが出来ない古代言語が刻まれた謎の石碑。かつて古代語を解することが出来た連中の遺した古文書には、いくつかの解読例が記載されているが……内容はどれもこれも下らねェ記録ばかりだ。それもあって、今や大半の人間がポーネグリフを大した価値のねえ石ッコロだと認識してる」

 

 だが、とクロコダイルは続けた。

「真実は違う。政府のアホ共がポーネグリフにはとんでもねェ価値があることを証明した。オハラを焼いてな」

 今なお癒えない傷口を刺激され、ロビンが密やかに拳を握り込む。

 

「俺も方々に手を尽くして調べ、知った」

 人食い鰐が静かに、然れども、確かな興奮を滲ませて語る。

「世界に散在するポーネグリフの中には、政府が今も恐れている古代の超兵器について記載されているものがあると。そして、そのポーネグリフがアラバスタ王国に隠されているとな」

 珈琲を口に運び、クロコダイルはゆっくりと呼吸してからロビンを見据える。鰐が獲物を狙うように。

「俺に協力しろ、ニコ・ロビン」

 

「……仮に貴方の話が全て事実だとしたら」

 ロビンはやや冷めた珈琲を口に運び、クロコダイルへ告げる。

「その古代兵器に関して記されたポーネグリフは、アラバスタ王家が秘匿している可能性が高いわ。間違っても第三者の目に触れないようにね。あるいは、世界政府発足の20王家でありながら、ネフェルタリ家がマリージョアへ移らずアラバスタに留まった理由も、その古代兵器の情報を守るためかもしれない」

 

 続けろ、というようにクロコダイルは小さく首肯して促す。

「いくら貴方が王下七武海でも、閲覧の許可なんて得られないはず。いえ、古代兵器を入手しようとすれば、貴方でも無事では済まないわ。相手は歴史の秘密を守るためなら島一つ皆殺しにする連中なのだから」

 この問題をどう解決する気? ロビンが挑むように問えば、クロコダイルは嘲るように冷笑した。

「そんなことか」

 

 クロコダイルは紫煙をくゆらせ、昼の天気でも告げるように、言った。

「俺は海賊だぞ。必要なら国ごと奪うだけのことだ」

 あっさりと国盗りを宣言する大海賊に、ロビンは呆気にとられた。

「そんなこと出来るわけ」

 

「出来るさ。時間と手間と金は掛かるがな。既に計画もある」

 大海賊にして屈指の計画立案者(ジャグマーカー)。それがクロコダイルという男だった。

「後はお前の協力があれば、いつでも始められる」

 

 それはつまり、ロビンに拒否を認めないということでもある。

 ロビンは瞑目し、必死に考える。どう立ち回るべきか。この危険な男とどう取引すべきか。

 

 ニコ・ロビンの本質的に善良な人間だ。過酷な人生でいくらか荒んではいるけれど、性根は他人が傷つくことを望まぬ慈しみ深い人間だ。危険な野心家の非道な計画に手を貸すなんて、御免被りたい。

 一方で、ロビンにはたとえ悪に手を貸してでも叶えたい悲願がある。たとえアラバスタに悲劇をもたらし大勢から憎まれ、恨まれることになっても果たしたい渇望がある。

 

 鉛のように重たい静寂。壁時計の針が時を刻む音色がやけに大きく響く。蚊帳の外に置かれている店主が居心地悪そうに冷や汗を掻いている。

 

 

 そして、ロビンは決断する。この『悪』に加担することを。

「……条件があるわ」

 

「当然だな。言ってみろ」とクロコダイルが興味深そうにロビンを質す。

「私はアラバスタのあるものだけでなく、この世界にあるポーネグリフを見つけ、調べたい。私が貴方に協力するように、貴方も私の要求に協力して」

 ロビンの提示した条件に対し、クロコダイルは少し思案し、葉巻の灰を灰皿に落とした。

「あくまで俺の計画を優先するなら、構わねえ。そうだな、ポーネグリフの捜索に人手を割いても良い」

 

 合意を得た。ロビンは内心で安堵しつつ、決して信用できない新パートナーへ尋ねる。

「……取引が成立したなら、その計画とやらを聞かせて貰えるかしら」

 

「ああ。もちろんだ。だが、その前に」

 クロコダイルは首肯しつつ素早く席を立ち、2メートル半ばを越す上背と長い右腕を伸ばし、店主の首を掴む。

「“俺達”に不都合な証人を消しておかねェとな」

 

 ひ、と店主が悲鳴を漏らした刹那。クロコダイルがスナスナの実の能力を発動させ、店主を一瞬で水分を奪いつくして枯死させた。

 

 ロビンはその殺人を見逃す以外に選択肢がなかった。既に自身はクロコダイルの共犯者であり、この殺人もクロコダイルの踏み絵であることを理解していたから。

 ゆえに、ロビンは努めて冷静さを保ち、内心の動揺を隠すようにカップを口へ運ぶ。珈琲は完全に冷めていた。

 

 ミイラのように骨と皮だけに成り果てた店主の屍をカウンター内の床に放り棄て、クロコダイルは椅子に腰を下ろして薄く笑った。

「さて、話を再開しよう」

 

 何もなかったように、クロコダイルは計画を語り始める。

「まずは計画の第一段階、バロックワークスについてだ」

 




Tips
トランプル。
 オリ技。
 サブミッションや打撃以外の攻撃も含むのでクラッチやスパンクは妥当ではないかなと愚考した次第。意味は『蹂躙』

キューカ島
 扉絵連載『ミスG・Wの作戦名ミーツバロック』に登場した島。

カフェテリア『カンザス』
 銃夢無印に登場したバーの名前を拝借。

ロビンとクロコダイルの出会い。
 原作ではロビンが24歳の時にクロコダイルと遭遇。
 本作では、クロコダイルからロビンに接触した体裁になっている。


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