彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
「ぁぁああああああっ!?」
ベアトリーゼは瓦礫やドアの残骸と共に屋敷正面の広場へ投げ出され、風雨の注ぐ地面を跳ね転がっていく。
ようやく慣性の法則から解放され、大の字になった時には全身の骨肉が悲鳴を上げており、肺が震えて息が出来なかった。無理やり咳き込んで呼吸を再開させる。立ち上がろうとするも、三半規管がメゲて平衡感覚が狂っているのか、ふらついてしまう。
「……私も拳で、フリゲートを沈めた、クチだけど……これは、ちょっと、比較にならないわ……」
泥と雨水に塗れた身をなんとか起す。両手のカランビットは柄尻のリングに人差し指を通していた関係で失逸していない。両肘のダマスカスブレードも無事だ。ただし、ニット帽が脱げ落ちたらしく、夜色の長髪が背に垂れ下がる。
「大技をやる前に一言いってくださいよっ!」と長柄の女海兵が怒鳴り、
「耳が痛いっス。耳鳴りが酷いっス」虎刈頭の海兵が両耳を押さえて嘆く。
「ガープ中将。屋敷を壊さないでください」と中折れ帽が静かに抗議。
「すまんすまん」
ガープは三人の部下と共に雨曝しとなった玄関エントランスから屋敷の正面広場に歩み出て、ずぶ濡れになっているベアトリーゼに声を掛けた。
「お前さんも悪かったのう。ちとやりすぎたわ」
雨を浴びながらガハハハと快活に笑う老雄。その傍らで中折れ帽の海兵が訝る。
「夜色の髪。暗紫色の瞳。小麦色の肌……まさか」
「どうした、ボガード。こいつは生き別れの娘だったか? それともお前さんの妹か?」
「自分には娘も妹もおりません」
腹心の部下がイラッとした調子で答え、ガープはばつが悪そうに顎髭を掻く。
「小粋な冗談じゃろうが。で、あの小娘は誰じゃ」
「身体的特徴が死んだはずの賞金首と一致します」
ボガードと呼ばれた中折れ帽の男は続けた。
「数年前、大将“青雉”とつる中将の精鋭部隊を単独で相手取ったプルプルの実の能力者。血浴のベアトリーゼかと」
「……その名には覚えがある」
ガープの眉目がゆっくりと吊り上がっていき、
「護送船の水難事故で死んだという話じゃったな。生存者はおらんかったと聞いとる」
眼前の乙女を射抜くように睨み据えた。
「
壮絶な怒気と威圧感に晒され、ベアトリーゼは大きく深呼吸してから、
「人違いだ。髪と目と肌の色が同じなんて珍しくもない」
図々しいまでにしれっとしらばくれた。
「む。たしかにそうじゃな」とまさかの反応を返すガープ。
「!? 納得しちゃうんですかっ?」「絶対騙されてるっス」「せめて素顔を確認しましょう」
部下達にやいのやいのと言われ、ガープは煩わしげに顔をしかめ、ベアトリーゼに問う。
「そういう訳じゃから、顔を隠しとる布っ切れを外してみぃ」
「断る。女の秘密を暴こうなんて厚かましい」
自分のことを棚に上げて宣い、ベアトリーゼは装具ベルトのパウチからパラコードを取り出してカランビットで適当に切り取り、濡れた長髪を後頭部の真ん中あたりでポニーテールに結いまとめる。右小指の先で濡れそぼった前髪を目に掛からぬよう流した。
逆手でカランビットを握る両手を武装色で染め上げ、両肘のダマスカスブレードに青いプラズマ光を宿す。
「どうしても私の正体を暴きたいなら、力づくでやるんだな」
「よぉ言うたな、小娘」
ガープは野蛮に笑い、大きな拳を構えた。
第2ラウンド開始。
〇
正面玄関の方から途方もない轟音がつんざき、豪邸全体が激震。そこら中の窓ガラスやら照明やらが割れ砕け、今や屋敷の大部分は仄暗い夜闇に支配されている。
ヤモリ人間ジューコは両手両足の
通常、人間は頭上へ注意を向け難い。夜闇が濃い場合はなおのこと。ましてや別の場所でド派手な大立ち回りが繰り広げられている。音も気配も発さぬ存在に気付くことは難しい。
ジューコは大豪傑相手に戦っているベアトリーゼを心配していない。それどころか気にも掛けていない。過去の恨みから、ではない。元海賊でプロの荒事師であるジューコは自分の務めに集中し、余計なことを考えないだけだ。
しかし、とジューコは瞼の無い眼球を蠢かせ、正面玄関の方を一瞥。
すげー存在感ヤモ。あれが“英雄”ガープ……あんなの逆立ちしても敵わないヤモ。鷹の目並みにヤバいヤモ。絶対関わりたくないヤモ。
ベアトリーゼが追い込まれても助けに行くまい、と決意するヤモリ女。その辺りシビアである。
目標が拘置されている部屋を発見。部屋の前には武装した海兵が4人。見聞色の覇気で探りを入れれば、室内に武装した者が6人と丸腰が1人。
一個分隊と目標の麻薬商。
グランドライン勤務の海兵は戦いに慣れた手強い者が多い。
だけど、ヤモ。
ジューコは天井から真っ逆さまに無防備な4人の海兵達へ襲い掛かる。
一人目は勢いよく頭部を踏みつけられ、頭蓋損傷と頸椎破損で即座に昏倒。
最初の海兵が崩れ落ちる最中に跳躍し、
「ヤモリンドー・アーツ、ゲッコーダブルストライクッ!」
右の跳び後ろ回し蹴りで二人目の顎を割り、後ろ回し蹴りの勢いを活かした左の大回し蹴りで、三人目の側頭部を蹴り抜いて右の眼窩と頬と顎角の骨を砕き、
「からの、ゲッコーレイドニーッ!」
最後に四人目の海兵へ身体ごと突っ込む跳び膝蹴り。上下顎骨の複雑骨折と前歯の全損と重度のむち打ち。
ぺたり、とエロボディのヤモリ頭女が廊下に着地すると同じく、海兵達が倒れ伏す。いずれも酷い重傷で意識がないけれど、息はある。手当てが間に合えば死にはしない。
瞬く間に四人の海兵をリタイヤさせ、ジューコは満足げに喉を鳴らす。
「ヤモモモ。やっぱり私は弱くないヤモ。周りがおかしいだけヤモ」
長い舌で眼球を舐めつつ見聞色の覇気で室内を探れば、廊下の異変に気付いたようで迎撃態勢を整えているらしい。武装色の覇気で肉体を硬化出来るとはいえ、このまま突入して斉射を浴びては芸がない。
ふむん……
引き締まった腰に右手を当て、ジューコは左手で顎先を撫でる。エロボディに相応しいセクシーな所作だが、ヤモリ頭のためか色々惜しい。
ふと、ジューコは自身が蹴り倒した海兵達を見下ろす。彼らの腰には皮革製装具ベルトが巻かれ、パウチには弾薬に加え、手榴弾も収まっていた。
「そう言えば殺し方に注文は無かったヤモ」
ジューコは悪人笑いをこぼし、兵士達の腰から手榴弾を集めていく。
〇
海軍本部中将“英雄”モンキー・D・ガープ。老いたと言えども、その拳は一撃殲滅の剛拳である。
その剛拳の直撃を浴びようものなら、ベアトリーゼの肉体など容易く破壊されてしまうだろう。近接戦は絹糸を綱渡りするようなものだ。
では距離を取って一撃離脱戦術を重ねるか。
悪手だ。ガープの拳打に伴う暴虐的な衝撃波に叩きのめされてしまう。あんな衝撃波を浴び続ければ体が持たないし、プルプルの実で能う振動能力ではガープの剛拳の衝撃波に対抗できない。
かつて“青雉”クザンと“大参謀”つるとその部下達を相手取った時、ベアトリーゼは一般の海兵達を巻き込むような内線高機動を取って不利を補うことで、伍して渡り合えた。
しかし、この場にいるのは、強大無比なガープと高度な連携をこなす三人の精鋭のみ。内線機動が包囲撃滅を招きかねないことは先の一戦で体験済み。
それなら、近接距離で綱渡りする方がマシだ。ガープの白兵距離に潜り込めば、他の三人も手出しできないはず。
決断。
ベアトリーゼはプルプルの実の力で大気を超高速振動させ、小規模ながら鮮烈な電磁発光を創り出した。
「むぅっ!?」
夜闇に慣れたところへ放たれた閃光にガープの目が眩む。も、捉えた気配は逃さない。
しなやかな影の動きに合わせ、海軍式格闘技でも“六式”体術でもない喧嘩殺法の右拳。
あらゆる強敵をぶっ潰してきた“世界最強の拳骨”が雨水を蒸発させながら駆け、然れども、空を切る。
「! 小癪な真似をしよるっ!」
“機”を外されたことを解し、ガープが右拳を迅速に引き戻しながら視界の回復を待たず、体軸を回して左の牽制打。
深く屈みこんで左拳をくぐり、ベアトリーゼはガープの左脛へ右の
片足を切り飛ばさんと迫る一振りに、「甘いわっ!!」とガープは吠えて”六式”の身体硬化で迎え撃つ。
鋭い金属衝突音と鮮烈な火花が夜闇を裂く。
デタラメすぎるよ、このジジイッ!
ベアトリーゼは驚愕して暗視色の双眸を見開きつつも、動きを止めず疾風迅雷の連撃を繰り出す。
カランビットで膝裏の関節靭帯と膝窩動脈を狙う。火花が舞う。刃が通らない。
ダマスカスブレードで内腿の大腿動脈を狙う。火花が踊る。刃が弾かれた。
「~~~~~っ!」
刹那の中でベアトリーゼは歯噛みしながら、狙いを骨盤付近の神経と動脈から”陰嚢”へ切り替えた。男の絶対的急所だ。ここに武装色の覇気を込めた
「金玉を狙うのは戦いのマナー違反じゃぞ、小娘ェッ!!」
ガープの瓦割り染みた垂直方向のチョッピングライト。
ど が ん !!
英雄の強烈な剛拳が麻薬商クラック邸の正面広場に水柱ならぬ土砂の柱を立ち昇らせる。あまりの衝撃に正面広場の植木が薙ぎ倒され、花壇が吹っ飛び、豪邸が軋む。
雨に混じってざあざあと降り注ぐ大量の土砂に紛れ、しなやかな影がガープに急迫。プラズマ光をまとったダマスカスブレードが老雄の太い首目掛けて疾駆する。
稲妻のように襲い掛かる斬撃へ、ガープは覇気をまとった右の拳骨でカウンターを狙う。
青い剣閃と黒い拳閃が交差。
剛拳が落下中の土砂と風雨を薙ぎ払うも、手応えはなく。
鮮烈な衝撃波に剣閃が逸れ、切っ先がガープの首をかすめたのみ。
三回転捻りで着地し、ベアトリーゼは三人の精鋭に注意を払いつつ、ガープから一旦距離を取る。
「いちちち……」
少しばかり肉を裂かれて血が流れる首を撫で、ガープはしかめ顔を作った。
「もう少し深けりゃ死んどったぞ。まったく」
ベアトリーゼはこめかみから垂れてきた血を手の甲で拭い、
「女の子を殴り殺そうとしておいてよく言う」
「言うたじゃろ。女を殴る趣味はないが、悪党は別じゃ」
「そういう男女平等主義は要らない」
足元が泥濘になっていることに気付き、舌打ちする。
ガープの剛拳と雨のせいで地面が泥濘に化けていた。このままだと機動力が削がれる。時間稼ぎもそろそろ限界だ。
ヤモリ女め。まだかよ。
内心の悪態に応えるように、屋敷から爆発音が聞こえてきた。
やっとかよ。後は逃げるだけだな。それはそれで骨が折れそうだけど。
ベアトリーゼが覆面の中で自嘲的に口端を歪めた。
「? なんじゃい?」
ガープが肩越しに背後の屋敷を窺い、ボガードがツバから雨の滴る中折れ帽を微かに上げた。
「彼女は陽動で別動隊がいたのかもしれません」
「つまり、時間稼ぎのために一人でワシらを相手にしとったわけか」
大きく唸り、ガープはまじまじとベアトリーゼを見つめ、
「……わからんな」
不意に力を抜くように鼻息をつき、問い質す。
「それだけの根性と力があって、なぜこんなつまらん真似をしとる。どうして麻薬なんぞ売りさばくクズのために命を張る。なんのためじゃ?」
「……なんのため?」
ガープの何気ない問いは、ベアトリーゼ自身が驚くほど感情をざらつかせた。自称政府関係者の持ちかけた“報酬”やカタクリとの短いやり取りが、思いの外影響を及ぼしていたのかもしれない。
気分。そう表現するしかない感情を、ベアトリーゼは老雄へぶつける。
「前にもそんなこと聞かれた。その時は……私の考え方は性根がひん曲がってると言われたよ。辛い人生を送りながらも、この世界で善人として正しく生きる人達への侮辱だって。そう叱られた。正しい意見だと思う。でもね、
暗紫色の瞳に宿る生々しい敵意は、ガープの琴線に触れた。麻薬商との会話のせいか、託された赤子を守るため見殺しにした人々と愛する養孫が瞼裏に浮かぶ。
感傷と切って捨てるべき情動のまま、ガープはおもむろに口を開く。
「……海軍を恨んどるのか?」
「いいえ。私はただ八つ当たりしたいだけ。なんせ心の底から嫌いだから」
どこか哀しげなガープを真っ直ぐ睨み据え、ベアトリーゼは辛辣なまでの嫌悪感を込めて吐き捨てる。
「神様気取りの豚共と独善的な犬ッコロ共がね」
「そうか」
ガープは大きく深呼吸をし、固く握りしめた両拳を強く打ち鳴らす。瞬間、全身から可視できるほど濃密な覇気が迸った。
「お前達は手を出すな」
既に気圧されている部下達へ静かに告げ、壮絶なまでの覇気の暴圧に戦慄するベアトリーゼへ、優しさすら感じられる声音で言った。
「全力で来い。この老骨がお前さんの怒りを受けてやる」
孫娘を諭すような言葉に、その言葉に込められた謙譲の思いに、
「――知った風なことを抜かすなっ!」
ベアトリーゼは激発した。
おそらくは故郷から海に出て以来、最も激しく猛り怒る。
若き女戦士と老雄は互いに感傷的気分からこの激戦の猛火に油を注いでしまい――
ベアトリーゼは撤退/脱出を放りだし、眼前の老人を打ち倒すことだけに全意識を注ぎ。
ガープは一人の大人として、道を誤ったこの娘を止めねばならぬと決意し。
雨中の戦い第三幕が開く。
〇
ぶちのめした海兵達から掻き集めた複数の手榴弾がドアを吹き飛ばし、爆圧衝撃波と飛散したドアの破片が室内の兵士達を薙ぎ倒す。
爆煙が濃霧のように漂う中、ヤモリ頭のエロボディ女が室内へ突入し、
「ヤモモモッ! 狙い通り一網打尽ヤモッ!」
爆発でヨレている兵士達を一方的に制圧。
そして、手錠と太いロープでがっちり拘束されているハゲのチビデブ五十路男へ問う。
「あんたが麻薬商のクラックヤモ?」
見知らぬヤモリ頭の女に戸惑いを覚えつつも、クラックはこの状況を極めて自己本位かつ都合の良い解釈を行い、不細工な笑顔を作った。
「助けに来てくれたのかコノヤローっ!?」
「違うヤモ」
ジューコは即座に否定し、
「は?」
目を丸くして戸惑うクラックへ、
「ヤモリンドー・アーツ、ゲッコーハンマーッ!」
武装色の覇気を込めた漆黒の右踵をクラックの禿頭へ叩きつける。
肉が圧潰し、頭蓋骨が割れ砕ける音色が室内に響き、前頭部が大きくひしゃげて顔の穴という穴から鮮血を噴き出したクラックがうつ伏せに倒れ込む。
ジューコはびくんびくんと痙攣するクラックの首を思いきり踏みつけ、頸椎を確実に砕き、神経と気道を間違いなく潰す。確認殺害戦果1だ。
懐から子電伝虫を取り出した矢先、ジューコは壮絶な覇気を感じ取って凍りつく。全身の毛穴が開き、冷汗と体の震えが止まらない。
「あのバカ娘、何やらかしたヤモッ!?」
〇
「――あの女、いったいなんなの」
鏡から戦いを見つめていたガレットが茫然と呟く。
雨夜。雷よりも激しい轟音が絶え間なく響き続けている。
漆黒の剛拳が振るわれる度、衝撃波に雨が吹き払われ、泥土が吹き飛ぶ。
英雄の拳打乱撃で大地が沸騰した水面のように荒れ狂う中、ベアトリーゼは濡れそぼった夜色の髪をたなびかせ、縦横無尽に勇躍する。天へ飛び込み、地に向かって昇り、プラズマ光を曳く頂肘装剣を走らせ、鉤爪状の刃を煌めかせる。
濃密な覇気と六式体術で鋼より頑健となった老雄の肉体は全ての斬撃を弾き返す。刀身が削れて鮮やかな火花が飛び散り、閃光が夜闇を裂く。
血浴の二つ名を持つ乙女は風雨の中で瞬きもせず、泥濘を爆ぜさせるように駆け、高周波を内包した闇色の打撃を繰り出す。しかし、常人ならば野菜の如く破砕する打撃と異能も、老将の身体を破壊できない。
英雄の繰り出す弾幕の如き豪打を舞うように避け、長い脚を振るって蹴撃を打ち込む。英雄の振るう流星雨の如き連打を踊るようにかわし、身を大きく捻って膝を叩きつける。
それでもガープは微塵も揺るがない。鼻や口角から血が飛び、肌に血が伝うとも、その大きな体躯は巌の如く屹立し続けている。
まさに激戦。まさに激闘。
海軍の生ける伝説”英雄”ガープと真っ向から渡り合うベアトリーゼの姿は、獣のように猛々しく、それでいて鮮やかで麗しく。
ガレットの胸中に生じる奇妙な敗北感と嫉妬。同時に、シャーロット家年中組らしく力を信奉する気質が憧憬と畏敬を形成し始めていた。
傍らのモスカートは鏡の向こう側で繰り広げられる戦いに、ただただ圧倒されていた。
シャーロット家兄弟姉妹の最強の男カタクリは、全力をぶつけ合う死闘に羨望を覚えていた。いつからだ。あのような戦いが出来なくなったのは。
そして、シャーロット・ブリュレは思う。あのジジイも小娘も凄いけどカタクリお兄ちゃんの方が絶対に強いもんねっ!
と、電伝虫が響き、
『作戦成功ヤモッ! 回収を願うヤモッ!!』
ヤモリ頭のエロボディ女の悲鳴染みた声音の報告が届く。
「分かった。侵入に用いた鏡へ向かえ。それと、お前の相棒の脱出はどうする?」
カタクリの問いかけに、ヤモリ女は怒声を返す。
『どうするもこうするもないヤモッ! あんな戦いに首突っ込めないヤモッ!!』
「そりゃそうだ。あんなの関わったら、命がいくつあっても足りない」とモスカートが蒼い顔で同意する。
「見捨てるか?」とカタクリが冷厳に問う。
「そんなのダメ。絶対ダメ」
ガレットは眉目を吊り上げて悔しげに唇を噛む。
「ここであの女を見捨てたら、アタシ達はただ見物していただけの腰抜けの裏切り者になる。そんな不名誉な真似をしたらママに合わせる顔がない」
「ガレット。どうしたい?」
カタクリが再び問う。今度は幾分優しい声色で。
「あの生意気な小娘が自力で脱出できないなら、アタシが拾い上げてやるわ。二度と生意気な口を叩けないようデカい貸しにする」
「で、でもな、ガレット。アレに横槍を入れるのは」モスカートは鏡の向こうで続く死闘を一瞥し「ママの食い煩いを宥めるくらい難しいぞ」
カタクリは鏡の向こうで行われる熱戦を窺う。
「動くなら早い方が良い」
見聞色の覇気で数秒先の未来視まで可能な大男は、淡々と告げた。
「もうじき、決着がつく」
Tips
ガープの剛拳
『銃夢:LO』に登場する空手家トージの轟拳をモデルに描写してみた。
雨天の戦いもちょっぴりトージ戦をオマージュ。
ベアトリーゼ。
分かったような態度を取られると怒っちゃう難しい御年頃(22歳)。