彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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お待たせした分、ちょっと多めです。
佐藤東沙さん、太陽のガリ茶さん、誤字報告ありがとうございます。


39:腹黒な連中の腹の底

 オヤツ時が過ぎた午後。

 マーケットの一角にある『ラクダ亭』に、再び関係者が集まった。

 ビッグ・マム海賊団の面々とプリティ海運社の面々が一つしかない卓に着く。

 

 小柄な三つ編み少女がとことことやってきて、映像電伝虫を卓にセット。壁に映像が投射された。

『暗殺の成功を確認した。君達の協力に感謝する』

 電伝虫から男性とも女性とも取れる声音が流れ、

『約束通り報酬を引き渡そう』

 奥の通路から小汚い男が手押しカートを運んできた。

 

 カートの上にはバスケットボール大の赤白青三色のメロンが四つ鎮座していた。

「鑑定保証書付き最高級トリコロール・メロンでごぜェやす。お帰りの際はこちらのケースに入れてお持ちくだせぇ」

 男がカートの下段から特注の保冷ケースを示す。

 

『プリティ海運に対する特別報酬に関してだが、君が故国に帰りつく頃には、君を悩ませている問題は解決していると言っておこう』

 電伝虫から告げられた内容に、テルミノは目を瞬かせた。理解が追いつかないらしい。

「そいつはどういう――」

 

「ミスターを潰そうとしていた連中を世界政府のお役人が直々にやっつけてくれるってことだよ。ミスターの会社は安泰で、メロンは丸儲けになるね」

 パーカーにデニムパンツと平凡な恰好をしたベアトリーゼがつまらなそうに説明すれば、

「そ、そいつぁプリティグッドな御配慮で……心からプリティに感謝しますっ!」

 テルミノは電伝虫へ向け、ここ数日で生え際が大きく後退した頭を深々と下げた。

 

「感謝するなら危ない橋を渡った私達にして欲しいヤモ」

 首に海楼石付チョーカーを巻き、“普通の”三十路美女姿を取るジューコが冷ややかにこぼす。

「もちろんプリティに感謝してるさっ! 特別ボーナスを期待してくれっ!」とテルミノはガハハハと笑う。

 

『それと、ベアトリーゼ殿に関する特別報酬だが』

 電伝虫の言葉に合わせ、小柄な三つ編み少女がてくてくとベアトリーゼに歩み寄り、黒い手帳を差し出した。

「どうぞ、お姉さん」

 

「これが私の過去?」

 ベアトリーゼは胡散臭そうに受け取った手帳を開き、ぱらぱらとページをめくる。少なくとも手帳の4分の3ほど使用されているようだ。

「……これの執筆者が私の過去を知ってるってこと?」

 

『その手帳は君のルーツに関する内容が記してある。詳細は後程、自身の目で確認すると良い』

 自称政府関係者は淡白に語り、冷ややかな口調で続ける。

『取引は完了した。我々の協力関係はこれにて終了だ。断っておくが、今回の暗殺が政府の弱みになることは無いと言っておこう。政府を貶めるべく他言したいなら構わないが、プリティ海運は税務署の立ち入り検査などが頻繁に行われるようになるかもしれないし、ビッグ・マム海賊団はしばらく厳選食材の調達に苦労するかもしれない』

 

「脅しか?」モスカートが眉目を吊り上げる。

『この世界でおしゃべりは幸せになれないという事実を共有しただけだ、モスカート殿』

「偉そうに」ガレットは苦い顔で舌打ちし「まぁ……いいわ。目的の果実は手に入ったし。他に用が無いなら帰るわよ。早くママに食べさせてあげたいんだから」

「気が合うね、お姉さん。私も政府の役人とこれ以上関わりたくない。さっさと帰らせてもらうよ」

 ベアトリーゼの意見に全員も同意する。

 

 依頼を受ける前も依頼を受けた後も、誰一人として暗殺の事情を深く尋ねない。

 元より政府や海軍と敵対する海賊のシャーロット家も、元荒事師のテルミノも元海賊のジューコも元賞金首のベアトリーゼも、正しく理解している。

 藪を突く危険性と愚かさを。

 

『それでは失礼する。諸君。御機嫌よう』

 映像電伝虫が通信を断つ。

 

「気取った野郎だ」とモスカートが鼻を鳴らし、「気疲れする相手だったな」とテルミノが溜息をこぼした。

「何はともあれ」

 ベアトリーゼは時価数千万のメロンを一瞥し、ようやくいつもの物憂げな微笑を湛えた。

「メロンが手に入って、めでたしめでたしだね」

 

       〇

 

 サイファー・ポールの工作管理官“ジョージ”は煙草をくわえ、火を点す。ゆっくりと最初のひと吸いを楽しんでから、紫煙を吐いた。

「これで良かったのか?」ジョージは応接ソファに座る若々しい貴婦人へ顔を向け「ステューシー」

 

「ええ。“ジョージ”。面倒を掛けたわね」

 サイファー・ポール天竜人直属機関CP0のエージェントにして、闇世界の帝王の一人であるステューシーは柔らかく微笑み、紅茶を口に運ぶ。次いで、応接卓に置かれた写真を一瞥。物憂げな美貌の乙女を見つめ、小さく息を吐いた。

「夜色の髪。暗紫色の瞳。小麦色の肌。そして、“箱庭”の出身。条件は揃っているけれど、まさか“本物”だなんて」

 

「フランマリオン聖がそう見做しているだけだろう。最後の条件はともかく、身体条件そのものは珍しくもない」

“ジョージ”は煙草を吹かした。

「血浴をヴィンデと誤認している可能性の方が高いと思う」

 

「かもしれない。でも、この世界でヴィンデに最も詳しい者も、フランマリオンだけよ」

 自分へ言い聞かせるように語ったステューシーへ、“ジョージ”は尋ねる。

「だから、あの手帳を渡したのか?」

 

「そうよ」ステューシーは手元のカップを見つめ「あの手帳はヴィンデの人間が持つべきだもの」

 

 さしもの“ジョージ”も年齢不詳の旧友が何を思っているかまでは分からない。

 連絡をつけたのは早計だったか?

 

 ※ ※ ※

 かつてベアトリーゼが捕縛された際、フランマリオン聖が海軍本部でセンゴクへ身柄の扱いに言及した。これを受け、センゴクがそれとなく政府や諜報機関に探りを入れたことで、ステューシーの耳にも届いた。

 

 ベアトリーゼがヴィンデに連なる可能性を知った途端、ステューシーはこれまでの無関心が嘘のように血浴へ強い関心を示し、“ジョージ”にも協力を求めてきた。

 

 であるから、潜伏工作員(スリーパー)の一人であるジューコから、プリティ海運に血浴のベアトリーゼが潜りこんだ報告を受け、マーケットに来訪する予定であることは掴んだ時、“ジョージ”はステューシーへ連絡を取った。

 もっとも、自身の情報網関係を部下に明かしていないため、ベアトリーゼが姿を見せた時、部下から『死人が現れた』と報告を受けたわけだが。

 

 ともかく、連絡を受けたステューシーは天竜人直属機関CP0のエージェントとして、表向きは天竜人フランマリオン聖が関心を注ぐ“箱庭”出身者を調査する名目で、自身の持つ“手帳”をベアトリーゼへ渡すべくマーケットへ乗り込んできていたのだ。

 ※ ※ ※

 

 何を考えているのやら。“ジョージ”は内心でぼやきつつ煙草を吹かす。舌に伝わる煙の味が苦い。

「……ベガパンク辺りが知ったら、鬱陶しいことになりそうだな。ただでさえプルプルの実の能力が注意を惹いているところへ、“あの血筋”の生き残りだ。サンプルとして絶対に欲しがるぞ」

 

「大丈夫だと思うわ。数年前ならともかく、今の彼は別のことに夢中だから」

 ステューシーは顔を上げて薄く微笑み、「それにしても」と続ける。

「サウスの件に関わる“新世界”の麻薬商が狙い撃ちされ、貴方に尻拭いの要請が来たところへ、ビッグ・マム海賊団の子女と血浴がマーケットに丁度到着した。しかも、私が歓楽街のビジネスで使うトリコロール・メロンを調達したら、彼らもメロンを求めていた。確率的にあり得る?」

 

「何らかの作為が働かない限りあり得ないだろうな。だが、少なくとも、マーケット内で陰謀の類は行われていない。それは私が保証する」

 半分ほどになった煙草を灰皿に置き、“ジョージ”は紅茶で舌を潤す。

「つまり、世界は大いなる不思議に満ちているということだ」

 

「貴方はスパイより哲学者になるべきだったわね」

 ステューシーはくすくすと喉を鈴のように鳴らし、不意に真顔を浮かべる。

「クラックを刺したのは誰だと思う? 海軍は臨検した貨物船から“偶々”重要情報を掴んだと言っているけれど、仮にも島持ちの麻薬商になる男がそんなヘマを打つかしら」

 

「私は今回の尻拭いを乞われただけで、全体像を知らないから何とも言えない」

“ジョージ”は前置きして続けた。

「今回の最大受益者はロス・ペプメゴだろうが、彼らにグランドラインの、それも新世界に拠点を置く大物麻薬商を刺せるとは思えない」

 

「たしかにね」ステューシーは同意し「彼らはあくまでサウスのテロ組織だもの」

「可能性としては裏社会の利害抗争、それと政府内のセクト抗争もあり得る。サウスの件は最高レベルの非合法作戦だ。暴露されれば、高官のクビがいくつも飛ぶ。つまり、ポストが空く」

政府(身内)を疑うなんて、貴方らしいわ」

 楽しげに微笑み、ステューシーは紅茶を嗜む。

「でも、きっと政府内でも同じように考える人がいるわね。ああ、大変だこと」

 

「大変で言えば、万国もだろうな」

 短くなった煙草を揉み消し、”ジョージ”は憐れむように続けた。

「ビッグ・マムはトリコロール・メロンを口にするだろう。今後、メロンの食い煩いが起きるかもしれないが、あのメロンは簡単に入手出来ない。万国はこれから大変だ」

 

「それなら大丈夫よ」

 ステューシーは悪戯っぽく口端を緩める。

「リンリンはあのメロンが苦手だから」

 

      〇

 

 夕餉時を迎えた万国のホールケーキアイランド。その王城(シャトー)にて。

「……トリコロール・メロン」

 四皇“ビッグ・マム”シャーロット・リンリンは娘が持ち帰ってきた土産を前に、何とも言えない気分を抱いていた。

 

「凄く希少な果実だって聞いて、是非ママに食べて貰いたくて」とガレットが嬉しそうに言った。

「あー、うん。母親思いの良い子だね、ガレット。オレも嬉しいよ」

 美食に目が無い母にしては何とも味気ない反応に、ガレットは目を瞬かせる。

「ひょっとして……トリコロール・メロンが嫌いだった?」

 

「いや、嫌いってわけじゃあねェよ? 凄く美味いことは知ってる」と母の歯切れが悪い。

「? ママはこのメロンを食べたことあるの?」

 ガレットが意外そうに小首を傾げれば、

「あー……」

 リンリンが返答に窮し、仕方ねえなあ、とぼやいてから言葉を編み始める。

 

「我が子達を生む前の話さ。オレがロックスの下にいた頃に一度食ったことがある。べらぼうに美味かった。ただ――」

「ただ?」と同席しているモスカートが相槌を打つ。

 

「このメロンは“食べ合わせ”を許さねえのさ。完全に消化されるまでに他の食い物を口にすると、スゲェ腹痛に襲われる。それを知らずにオレはこのメロンを食った後にお菓子を食い、それはもうヒデェ目に遭った」

 ぼやくように語り、リンリンは眉間に深い深い皺を刻み込んだ。

「だいたい、おかしいと思ったんだ。ロックスがテメェで食わずにオレへ寄越すなんてよ。あの野郎、何が軽いイタズラだ。ふざけやがって……思い出したら、ぶっ殺したくなってきた」

 

 実際、当時のリンリンはガチでブチギレてロックスをぶっ殺そうとしたのだが、そこは当時の世界最強最悪。若き日のリンリンを問題なく撃退した。恐るべしロックス。

 

 手元の菓子を一つ取り、リンリンは忌々しげに口へ放り込む。菓子に宿ったホーミーズが断末魔を挙げるが、シャーロット一家は誰も気にしない。甘味で機嫌を宥めてから話を〆る。

「そんなわけで、オレはその件以来このメロンを一度も食ってねェ。ロクな思い出がねェからな。進んで食いたいもんでも無かった」

 

「……ごめんなさい、ママ。良い御土産になると思ったんだけど……」

 気遣いが上手くいかなかったことにションボリする娘へ、さしものリンリンも気まずいものを覚えたのか、優しい声を掛ける。

「そう気にするこたぁねェよ、ガレット。食べ合わせをしなきゃあ美味ェ果物さ。それに、お前が頑張って手に入れてきたレア物だ。後で皆揃って食べようねえ。マンママンマ」

 

 上機嫌に笑って娘を褒める母。褒められてパァアアと喜ぶ娘。

 

 ただし、年長組に属する息子モスカートは気づいた。

 皆で食べよう――ママは自分で食わず、家族に食べさせるつもりだと。

 

     〇

 

 そして、翌日。

 グランドライン“新世界”。ドレスローザ王国。

 ドレスローザ国王にして王下七武海“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴは海賊などという“シケた”商売から大きく脱却して久しい。

 

 組織の実情は多種多様な事業を商う総合企業に等しく、ドフラミンゴは海賊団の頭目というより最高経営責任者と評すべき立場にある。これに加え、一国の王としての仕事もあるわけで、いきおいドフラミンゴは海賊とは思えぬ多忙な(しかし彼にとってはどこか退屈な)日々を送っていた。

 

 この日も、ドフラミンゴは家族たるファミリーの幹部達と朝食を摂りながら簡単な報連相を済ませた後、自身の執務室で仕事を処理していた。室内にあっても、トレードマークの特徴的なサングラスは外さない。

 

 ドアがノックされ、「若様、よろしいですか」

「ああ。入れ」とドフラミンゴが応じれば、黄緑髪が麗しい知的な美女が入室してきた。

 

 ドンキホーテ・ファミリーの幹部にして”家族”の一員、モネだ。

 秘書然とした装いのモネは小脇に抱えていたペーパーファイルを執務机に提出する。

「ヴェルゴからクラックの件で報告が届いたわ」

 

「ほう?」ドフラミンゴは背もたれに体を預け「やけに早ェな」

「ええ。半分良くて半分良くない話よ。それでヴェルゴも急いで寄越したみたい。詳細は報告書に目を通してください」

 

「フフフ。いや、説明してくれ。お前の口から聞きたい」とドフラミンゴは執務机傍の椅子を示した。

 絶対的忠誠を誓う主の要望に否やはない。モネは椅子に腰かけて言葉を紡ぐ。

「若様の指示通り、ヴェルゴは海軍本部を動かし、麻薬商クラックの逮捕作戦を実施させたわ。任務に当たったのは本部中将ガープの小戦隊。クラックの島を強襲し、身柄も確保した。ここまでは若様の計画通り」

 

「そこから先が良くない話か」とフフフと楽しげに笑い、ドフラミンゴは先を促す。

「クラックを捕縛したその日のうちに、殺し屋が送り込まれてクラックは殺害されてしまったそうよ。彼を利用して世界政府と海軍、加盟国の関係悪化を図る計画は失敗ね」

 モネは残念そうに美貌を曇らせた。

 が、ドフラミンゴはフフフと大きく笑う。

「失敗というほどのことじゃない。目障りな麻薬売りそのものは消えたんだからな」

 

 さて、ネタ明かしと参ろう。

 ドフラミンゴの扱う事業には武器弾薬の密造と密売が含まれており、大口取引先の一つが南の海のテロ組織ロス・ペプメゴだった。

 海軍は10年以上に渡ってテロを続けるロス・ペプメゴに有効な対策を取れずにいた。こうした状況に業を煮やした世界政府は、諜報機関(サイファー・ポール)にロス・ペプメゴへ潜入工作と組織壊滅を命じた。が、これも失敗。

 

 そこで近年は方向性を変え、賞金稼ぎや傭兵や懐柔した海賊を用いた白色テロ部隊を組織。ロス・ペプメゴの現場要員とその支持層へいわゆる『汚い戦争』を仕掛け、“人的資源”の消耗を強いている。

 この白色テロ部隊の資金源が麻薬商達だ。政府は麻薬商達に目こぼしを与える代わりに、組織運営に必要な資金を提供させている。麻薬商クラックもその一人だった。

 

 言うまでもなく、これはいろいろ不味い。

 仮に事が露見しようものなら、諜報機関(サイファー・ポール)の担当者と幹部は尻尾切りであの世行き間違いなしの大スキャンダル。政府にしても、五老星はともかく高官のクビがいくつか飛ぶだろう。

 

 海軍にしてみれば、これまで矢面に立ってきた自分達へ一切合切を秘密のまま、麻薬屋の金を元手にした白色テロ部隊による汚い戦争を推進していた、などという話は断じて許容できない。控えめに言ってブチギレ必至だ。

 

 加盟国にとっては、政府が目こぼしした麻薬商により国内に麻薬汚染を広げられ、市井の富を不法に奪われた挙句、白色テロ部隊に治安を悪化させられるわけだ。オブラートに包んで言ってもブチギレ確実である。

 

 間違いなく、政府と海軍と加盟国の関係に少なくない軋轢と相互不信が生じる。

 

 ドフラミンゴが描いた絵図も、この問題点を突くものだった。

 海軍内に深く潜伏させた配下(ヴェルゴ)を通じ、御得意様(ロス・ペプメゴ)に迷惑をかける麻薬屋の中で最も大きなネズミを潰しつつ、世界政府にクソを食わせ、海軍と加盟国を怒らせる“嫌がらせ”。

 特に事をマスコミへリークするのではなく、海軍の手で発覚させる点に、ドフラミンゴらしい強烈な悪意がこもっている。

 

「フフフ。しかし……ノロマな諜報屋共にしては随分と対応が手早い。その辺りの情報はあるか?」

「詳細は今も調査中らしいけれど、ビッグ・マム海賊団の関与が疑われていて、殺し屋の一人は死んだはずの元賞金首かもしれないって」

 モネの説明を聞き、ドフラミンゴは怪訝そうに眉をひそめた。

 

 ビッグ・マム海賊団が世界政府と? あの化物ババアは海賊王を目指すと宣いながらも、もう長いこと万国で王様ごっこに興じている。裏社会の帝王達ともつるんでいるし、裏で政府と取引をしていてもおかしくはないが……

「死んだはずの元賞金首というのはなんだ?」

 ドフラミンゴの指摘に、モネは説明を並べていく。

「血浴のベアトリーゼと呼ばれている女賞金首よ。西の海で『悪魔の子』ニコ・ロビンと組んで、かなり荒っぽくピースメインを働いていたみたい。数年前に逮捕され、護送船の水難事故で死亡。ということになっていたわ」

 

 モネの報告に、ドフラミンゴはあれこれと悪企みする人間らしく、自身の価値観と経験から答えを導き出す。

 死んだことにして政府が飼っていた、か。件の白色テロ部隊の精鋭かもな。

 世界を悪意的に捉えるドフラミンゴは勘違いに気付かない。まあ、気づかなくとも問題はないが。

 

 楽しげな主の様子に小首を傾げつつ、モネは執務机に置いたファイルを開いて写真を示す。

「これが血浴のベアトリーゼよ。(シュガー)は私と印象が似てると言うんだけど……そうかしら?」

 

 写真のベアトリーゼはモネ同様に目尻がやや下がり気味で、クールな物憂げ顔がモネと似通った印象を与える。だが、ドフラミンゴの注意を惹いた点は別にある。

 

 夜色の髪。暗紫色の瞳。小麦色の肌。そして西の海出身。

 

 聖地にて選ばれた者として生を受け、幼少期を過ごした男は古い記憶を刺激される。

 ドフラミンゴは天竜人の中でもとびきり薄気味悪い男を思い出し、

「この女……まさか、フランマリオンの――」

 口元に手を当てて真剣に考え込む。

 

 どこか鬼気迫る様子に、モネが心配そうに声を掛けた。

「若様?」

 

 モネの声で我へ返り、ドフラミンゴはいつも通りの笑みを浮かべる。

「なんでもねェ。それにしても……まったく退屈しねえ世の中だぜ。フフフフフフ」

 その嗤い声は世界の全てに憎悪を向けており、絶対の忠誠心を持つモネすら震え上がった。

 

      〇

 

 ドフラミンゴが狂笑を上げている頃。

 ベアトリーゼは徹夜で黒い手帳に目を通し終え、大きく息を吐く。

 

「宿命というのは二重の意味で人間を侮辱にしている、と言ったのは星海の魔術師だったかな。でも、宿命というものは確かにある、とも言うわよね」

 言ったのは『人間の業』を研究するイカレ科学者だったが。

 

 黒い手帳の表紙をゆっくりと撫で、ベアトリーゼは瞑目する。

 自分が前世記憶を持ってこの創作(ワンピース)世界に生を受け、異物として原作物語の一端に関わり、挙句は“これ”。

 

 宿命。

 

 そういうことかもしれない。いずれにせよ――ごめん、ロビン。

「アラバスタ行きは後回しだ」

 

 

 

 

「おーい、いつまで寝てるヤモ」

 ドアを開け、ジューコが室内を覗けばベアトリーゼの姿はなく。

 卓の上に置手紙と銭一袋。

 

『世話になった。またどこかで』

 

「紙っ切れ一枚で船を降りるとは……いい歳して仁義の通し方を知らないヤモ」

 ジューコは鼻息をつき、

「ま、殺しても死なないような奴ヤモ。そのうち新聞か手配書で顔を見るヤモ」

 船窓へ向けて呟く。

「せいぜい達者にやるヤモ」




Tips

ステューシー
 原作キャラ。原作本編でとんでもない事実が判明。
 というか、原作本編の真相明かしが怒涛過ぎて対応できないよ・・・

ヴィンデ
 銃夢:火星戦記に登場するヴィンデ兵団から名前だけ拝借しているオリ設定。

シャーロット・”ビッグマム”・リンリン
 原作キャラ。原作屈指の大怪獣。
 まあ、ビッグマムにも好き嫌いくらいはあるだろうな、と。異論は認める。

ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
 原作キャラ。一部界隈で41歳とかネタ扱いされている不憫な悪役。
 本作中ではまだ30代ぞ。

モネ。
 原作キャラ。ワンピースでは少数派のアンニュイ系クールビューティ。
 トラファルガー・ローに改造手術を受けるまでは普通の美女だったそうな。鳥好きが転じてハーピーになっちゃったらしい。えぇ……


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