彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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佐藤東沙さん、トリアーエズBRT2さん、Nullpointさん、誤字報告ありがとうございます。

※今話は劇場版FILM REDの内容に触れます。御注意ください

※時系列を間違えていたので、修正しました(2/11)


42:思春期少女の熱量にあてられて

 世界経済新聞はこの世界で最大の発行部数を誇る新聞である。

 が、社長モルガンズの方針から、報道内容を面白おかしくすべく事実の脚色や恣意的取捨を行ったりするため、世間一般の扱いは『タブロイド紙よりマシ』程度だ。

 

 一方で『ビッグニュースを世間へぶちまける』ためなら権力や暴力へ喧嘩を売ることも辞さないため、度々スクープ記事を発信する。

 ただし、これは真実を追求するジャーナリズム精神からではなく、ブン屋的な名誉欲と享楽主義が理由だが。

 

 そんな信用と信頼の不安定な世界経済新聞の特集企画案会議にて、

「エレジアァ? 詳しく説明しやがれ、コヨミ」

“新聞王”モルガンズ――アホウドリの着ぐるみマスコットにしか見えない男――が特集企画を提案した若い女性記者へ問う。

 

「はい、ボス!」

 コヨミという若い女性記者が溌溂と応じた。

「まず……ボスは5年以上に音楽の島エレジアが滅んだこと覚えてます?」

 

「当然だ。ありゃあビッグニュースだったからな。堅気に手を出さねェ赤髪が唯一堅気相手に犯した凶行だ。なぜ、赤髪がエレジアを滅ぼしたのか、今も謎が多い」

 しみじみと語るモルガンズへ、コヨミが話を続ける。

「その滅んだエレジアなんスけど、元国王ゴードン氏は存命で、今も音楽家として活動してるんスよ。しかも、エレジアに“娘さん”と暮らしてるらしいっス」

 

「娘? たしかゴードンは独身だったはずだが……まあ、事件から10年。結婚してガキをこさえたか」

 モルガンズはうーむと唸り、コヨミをじろり。

「お前、エレジアまで行ってゴードンに突撃取材する気か?」

 

「はいッ!」コヨミは力強く頷いて「ゴードン氏を取材して赤髪海賊団がなぜエレジアを滅ぼしたのか、その謎を解き明かすッス! 題して『エレジア滅亡の真実』っスッ!」

 

「クワハハハハハッ!! おもしれェじゃねえかッ! こいつはビッグニュースの臭いがするぜッ!!」

 コヨミの熱弁はモルガンズの野次馬根性、もといブン屋精神を捉えた。

「よしっ! まずエレジア滅亡事件のおさらい記事だっ! 赤髪海賊団に焦点を当てエレジア滅亡の“謎”を強調するっ! そこに取材記事を持ってきてドーンと行くっ!!」

 

 モルガンズは嘴から泡を飛ばす勢いでまくし立て、びしっとコヨミを指差す。

「コヨミッ! お前を特派員に任命するっ!! エレジアまで突撃取材してこいっ!!」

 

「了解しました、ボスッ!!」

 コヨミは意気軒昂に微笑み、軍人が見たら噴飯物の敬礼を返した。

「スクープを掴んできますっ!」

 

 女性記者コヨミも新聞王モルガンズも、自分達の行為が何を招き、何を引き起こすか、想像もしていなかった。

 

 もっとも……知っていたところで彼らの行動と判断が改められることはなかっただろう。

 なんたって彼らにとって『ビッグニュースを世に知らしめる』ことが何よりも優先されるのだから。

 

         〇

 

 イエロージャーナリズムの標的となったことを知らぬ紅白二色頭の少女は、夜色髪の乙女と共に廃墟を家探ししていた。

 

「住んでいた人がいなくなったからって、荒らしたらダメでしょッ!」

 仁義を重んじる赤髪シャンクスと折り目正しい元国王ゴードンに育てられたウタは、なんだかんだで育ちが良く、人並みの倫理観を備えていた。所有者である住人が死んだからと言って、その家を荒らし、家財を盗むのはよくない、と思っている。

 

「死人はあの世から苦情を寄こしたりしないよ」

 一方、ベアトリーゼは物心ついた時には戦場荒らし――死体から装備や荷物はもちろんのこと血塗れの着衣や汚れた下着と臭い靴下まで奪っていた。挙句、海に出たら悪党相手に強盗三昧。当然ながら、死人の家を荒らすことなんて屁とも思わなかった。

 

 とはいえ、わざわざ居候先の娘さんを怒らせてまでやることでもない。

「分かった分かった。出来る限り荒らさないようにするから、そう怒らないでよ」

 睨んでくるウタへ降参するように小さく両手を上げ、ベアトリーゼは二階へ通じる階段を昇っていく。

 

 二階は住人の私室フロアらしい。最初に足を踏み入れた部屋は子供部屋。思春期の少年の部屋だったのだろう。

「ふむ。年頃の男子の部屋か」

 室内を見回した後、ベアトリーゼは当然のように屈みこんでベッド下を覗き込む。

「オタカラ見っけ。隠し場所の創意工夫が足りないな」

 

「何があったの?」海賊の娘らしくオタカラという言葉に反応するウタ。

「じゃーん」

 ベアトリーゼがベッド下から取り出したものは、ナイスバディな女の子がたくさん載っている本である。タイトルは『ローアングル探偵団』。

 

「そ、それって!?」察したウタが細面をポッと赤くした。ウサミミ髪がプルプルと震えている。

「お察しの通り、エロ本だよ」ベアトリーゼはぱらぱらと中身を改めて「フツーだな。ウタちゃん、読む?」

「読まないっ!!」眉目とウサミミ髪を吊り上げるウタちゃん。

 

「そっか」ベアトリーゼはエロ本を埃が堆積している机の真ん中に置く。

「元の場所に戻してあげなよ……」とどこか気の毒そうにウタが指摘するも、

「見つけたエロ本は机の上に置いておく。発見者のマナーだよ。覚えておきな」

 ベアトリーゼはくすくすと悪戯っぽく笑うだけだ。

 

 ドラ猫の傍若無人な家探しは続く。

 夫婦の寝室に入れば、夫人のタンスを漁って――平凡な下着の中からド派手な下着を発掘。ベアトリーゼは壁に掛かっていた夫妻の写真を横目にし、唸る。

「奥さん、大人しそうな顔してえっぐい勝負下着を持ってるなぁ。ほら、このショーツなんて秘密のウィンドウ付き」

「見せないでよっ!」

 

「夜の営みに使うエッチな道具もあるかな?」

「そんなの探さないでっ! 亡くなった人のプライバシーを尊重してあげてっ!」

 耳まで赤くしたウタがベアトリーゼを寝室から引っ張り出す。

 

 三階にある書斎兼書庫に辿り着いた時には、ウタはすっかりくたびれていた。

「アンタね、もっと真面目にやりなさい」

「すいませんでした」

 6つも年下の少女からガチトーンで叱られ、流石にベアトリーゼも反省。

 

 そして、書斎兼書庫の捜索を開始した。

「……聞きたいことがあるんだけど」

 書棚を埋める書籍や古書の背表紙を順に眺めていきながら、ウタはベアトリーゼへ尋ねる。

 

「アンタ、なんで私の歌を聞こうとしないの?」

 午後のわずかな時間。ベアトリーゼの気ままな振る舞いに付き合わされ、少しばかり馴れたせいか、ウタは踏み込んだ。

 

 執務机周りを調べていたベアトリーゼは肩越しにウタを一瞥し、少しばかり考え込んでから、答える。

「まず第一として、私は音楽に然程熱中しない。そういう性格なの。音楽は生活や日常の一部。何か作業しながら聞いたりするもの。そういう接し方で充分。だから、レッスン場から漏れ聞こえてくるくらいで丁度良い。わざわざレッスン場まで足を運んで拝聴しない」

 

 納得できない、そう言いたげなウタの気配を感じ取り、ベアトリーゼは手を止めた。スリムなワークパンツに包まれたお尻を執務机に乗せ、ウタへ向き直る。

「ウタちゃんの歌は上手いと思うし、歌声も綺麗だと思うよ。でも、私の感性だとそこで終わりなの。感動して涙したりしない。これはまあ、多分私が多少なりとも音波を扱える能力者だからかもね。不躾に言ってしまえば、歌とは人間の感覚野や心理に快感を与える可聴域音波に過ぎない」

 

 ウタは目を瞬かせた。厚かましく図々しく傍若無人で気ままなドラ猫が突如、小難しい道理を並べたことに驚く。

「歌は、ただの音波だって言いたいの?」

 

「極論すれば。もちろん、気持ちよく感じる音を並べれば名曲になる、なんてことはないよ。音楽は陳腐で底の浅いものではないからね。古今東西の音楽家達は美しい楽曲を探求し、人の心魂を揺さぶる歌曲を表現しようと努め、音楽とは何かを追求し続けてきた。それは音楽が洗練された芸術であり、歴史と民俗に根付いた文化であり、高尚な学問だからだよ」

 Fカップの胸を抱えるように腕組みし、ベアトリーゼは物憂げ顔で淡々と言葉を紡ぐ。

 

 ウタの驚きは困惑に変わりつつあった。目の前のノッポな女が分からない。先ほどまでの能天気さが嘘のように消え去り、今は高等学問を修めた学士のように語っている。

「アンタ、何者なのよ」

 

 紫色の瞳に同量の不安と好奇を宿した紅白頭の美少女へ、夜色の髪の美女は暗紫色の目を細めた。どこか自嘲的に呟く。

「私が何者か。それを調べてるんだよ」

 

       〇

 

 とりあえずリュックサックが満杯になる程度の蔵書と資料を拝借し、ウタとベアトリーゼは廃墟を後にする。

 曇天と日暮れ時が相まって既に仄暗い。無人の街並みに2人の足音が響く。

 

 ベアトリーゼは照明代わりに指先に小さな発光プラズマ球をこさえた。

「アンタの能力。便利ね」

 幾分距離感が近づいたらしく、ウタの声音は往路と比べて柔らかい。人一人分離れているけれど、一応隣を歩いている。

 

「悪魔の実の能力もハサミと同じだよ。使い手の理解と発想だ」

「……ふぅん」

 ウタは少し考え込んでから告白する。ウタなりに歩み寄る姿勢を示すために。

「私も、能力者だよ」

 

「ああ。ウサウサの実のバニーガールでしょ」とベアトリーゼが真顔で告げる。

「全然違う! なんでそう思……髪型? この髪型ね? 髪型で適当に判断したわね!?」

 けらけらと笑ってごまかすベアトリーゼ。

 

 ダメな大人を見る目を向けた後、ウタは小さく頭を振ってから、

「ウタウタの実の能力者よ」

 ぽつぽつと語り出す。

 

 その内容はゴードンから密かに明かされたものと同じ。ウタの歌を聞いた聴者を昏睡させ、自我意識をウタの構築した仮想世界(ウタワールド)へ強制移送させる。さらに、昏睡下にある肉体はウタの意思である程度操れるという。

 ベアトリーゼは思う。おっさんから聞いた話よりもっと凶悪じゃねーか。

 

「アンタなら、この能力でどんなことする?」

 それはある意味で軽い気持ちから発せられた問だった。違う視点の意見を聞いてみたい、その程度のこと。

 

 ところが――

 ベアトリーゼは右人差し指で下唇を撫でながら思案した。

「そうね……私は荒事師だから荒事に使うわな」

 

「ウタウタの実の力を、戦いに使うの?」

 目を剥いて驚愕するウタへ、ベアトリーゼは冷淡に言った。

「ウタちゃんが自分の能力をどう認識してるか知らないけど、歌唱の可聴圏内にいる全聴者を一瞬で無力化できるし、さらにはちょっとした自戦力に転用できる。仮想世界内では能力が絶対支配者として、聴者の自我意識を好き勝手にできる点も利便性が高い。極めて強力な”兵器”に等しい。もちろん、いろんな悪さにも使えるな。銀行や貨物船を襲い放題だ」

 

「――違う。違うっ。違う違う違うっ! 違うっ!!」

 ウタは足を止め、今にも泣きだしそうな顔でベアトリーゼに怒鳴った。

 

 自分から尋ねた事だったが、ウタはベアトリーゼの回答を決して許容できなかった。自身の持つ力が兵器と同じだなんて、そんな意見は絶対に受け入れられない。

「ウタウタの実の力はそんなことのために使うものじゃないっ! 皆を、世界中の人達を私の歌で幸せにする、そのための――」

 

「あのね」

 ベアトリーゼはウタの言葉を遮って、告げる。

「幸せは人から与えられるものじゃないよ」

 

「え」

 ウタは激情を明後日に投げやり、唖然としてベアトリーゼを見つめる。

 

 物憂げな面持ちで、夜色の髪の美女は淡々と語り始めた。

「何をもって幸せとするかは人それぞれだ。私は美味しいものを食べてる時が幸せ。だけど、体を動かすのも好きだし、親友と一緒に旅したことも大好きだった。

 

 大きな声じゃ言えないけど、戦うことも好きよ。なんせ私は人生の大半を戦うことに費やしてきたし、それに海賊や悪党をぶちのめして連中のオタカラを奪うことはとっても楽しい。血が沸き立つ昂奮。勝利の充実感。強奪の征服感。そういうの、ウタちゃんの歌で得られる?」

 

「それは」ウタは答えようとしたが、言葉が続かない。体が、心が、言葉を紡ぎ出してくれない。

 

 そんなウタから目線を外し、ベアトリーゼは廃墟となった街並みをゆっくりと見回す。

「平凡な日常に幸せを見出す人達だって大勢いるよ。この世界は残酷でクソッタレだし、今の時代はそこら中にクズ共が蔓延している。だけど、そんな世界と時代の中でも、自力で幸福を掴み取っている人達は大勢いる。ウタちゃんはその人達の幸せをどう考えてるの?」

 

「―――」

 ウタはもはや言葉は一言も発せられない。

 

 ベアトリーゼはいくらか表情を和らげ、目に見えて動揺している未来の歌姫へ語り掛けた。

「自分の歌で人々を幸せにしたい。その夢は立派だけど、善意の押しつけは一方的な独り善がりだ。独善は偽善より質が悪い。この世は独善によって引き起こされた悲劇惨劇に溢れてる」

 

 両手を固く握りしめ、ウタは綺麗な顔を俯かせて喘ぐように呟く。

「だったら」

 

 ぽたり、と足元に雫の跡を作ってから、ウタは顔を上げて叫ぶ。潤んだ紫色の瞳でベアトリーゼを一直線に睨み据え、抑え込まれていた激情を解き放つ。

「だったら、どうすればいいのよっ! 私は世界で最高の歌手になって、世界中の人達を歌で幸せに出来るようにならなきゃいけないのっ!」

 

「それがそもそもの間違いだよ」

 孤独な少女の心からの叫びを、野蛮人はすげなく一蹴した。

 

「!?」ウタが凍りつく。

 

 ベアトリーゼはどこか憐れみを覚えながら、

「歌で世界は変えられないし、歌で時代は変わらないし、歌で人は幸せにならない。古今東西、歌で戦争や弾圧、迫害が止んだことなんてないし、歌で飢餓や疫病が解決したこともない。仮にそれがウタウタの実の力で出来るとしても、それは悪魔の実の力でしかない。ウタちゃんの歌である必要がないじゃないか」

 

 愕然として紫色の瞳を震わせる少女へ、大人の端くれが思いやるように言葉を掛けた。

「聴衆を感動させ、聴衆を楽しませ、聴衆の心を癒し、聴衆の心を奮わせ、聴衆の心を救う。それが世界最高の歌手しか出来ないことだと私は思う」

 

 仄暗い夕暮れの廃墟に重苦しい静寂が訪れる。鳥や虫の歌声も獣の話し声もなく、遠くの潮騒がわずかに聞こえてくる。

 

 大きく息を吐き、ベアトリーゼは俯いて肩を震わせているウタへばつが悪そうに言った。

「まあ……そうだね。能力を使わず純粋に歌だけで、音楽に関心が薄い私を感動させて泣かせることが出来たら、多少は世界最高に近づけるんじゃない?」

 

「……よ」

 ウタの口から呻くような声が漏れ、

「ん?」

 ベアトリーゼが怪訝そうに片眉を上げた、その刹那。

 

「何様よっ! このドラ猫っ!」

「あいたっ!」

 大海賊らしい負けん気を発揮した歌手の卵は野蛮人の脛を蹴っ飛ばし、脇目も振らず一心不乱に王宮へ走り去っていく。

 

 やれやれ、とベアトリーゼは激走するウタの背を見送り、路肩の瓦礫に腰を下ろし、わしわしと夜色の髪を掻く。

「柄にもなく青臭いこと言っちまったぃ。恥ずかしいなあ……あああ恥ずかしいっ!」

 

 大きく喚き散らし、ベアトリーゼは再び大きく息を吐いた。

 精神的に未熟な16歳の身悶えしそうな心情告白に釣られ、ついつい大人ぶってしまった。素面で何言っちゃってんの!? 恥ずかしい! こっ恥ずかしい!! たしかに何様だよ、私! クソッ! あああ、ほんとに恥ずかしいっ!

 

 つるりと顔を撫でてから、ベアトリーゼは腰を上げ、改めて誓った。

「下手に関わって面倒臭いことになる前に、さっさと手帳を解読して出ていこう」

 その前にまあ……

 

「ゴードンさんに報告しなきゃあいけないだろうなぁ」

 怒られるかも。怒られたくないなあ。

 




Tips
モルガンズ
 原作キャラ。トリトリの実を食ったアホウドリ人間らしい。
 スポーツチームの着ぐるみマスコットみたいなナリをしてる。
 新聞王の異名を持ち、裏世界の帝王の一人。

コヨミ
 オリキャラ。元ネタは『銃夢』に登場する少女記者コヨミ。
 口調が『銃夢』のコヨミと全然違う点はご容赦頂きたい。

ローアングル探偵団
 伝説のギャルゲー『アマガミ』に登場するエロ本。
 メインヒロインの絢辻さんは中の人がウタが同じ。
 綾辻さんは裏表のない素敵な人です。

ウタ
 世間知らずの16歳。野蛮人のせいでショックを受ける。

ベアトリーゼ。
 22歳の野蛮人。偉そうに語ってしまい、自身も精神的ダメージを負う。

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