彼女が麦わらの一味に加わるまでの話 作:スカイロブスター
世経特派員が襲来した翌日の王宮応接室。
いささかくたびれてしまってはいるが、今も絢爛な内装と調度品が揃っている部屋で、世界経済新聞の特派員コヨミのインタビューが行われていた。
良い記者は聞き上手だという。
その意味で、コヨミは良い記者と言えた。当たり障りのない話題――壊滅したエレジアで自給自足の暮らしがどんなものかなどに始まり、自身の奇抜なシャチによる移動を紹介したりして、取材相手の緊張と警戒心を解きほぐす。
機が熟したところで、本題に入る。
「それでは、事件が起きた時のことを伺わせていただきます」
コヨミは真剣な眼差しでウタとゴードンを見つめ、切り込んだ。
「赤髪海賊団の送別会で、何が起きたんですか?」
ゴードンは生唾を飲み込み、拳をぎゅっと握りしめて口を開く――直前。
「私が元凶よ」
ウタが言った。背筋を伸ばし、俯くことなく、真摯な面持ちをコヨミに向けて。
「シャンクスが、赤髪海賊団がエレジアを滅ぼしたんじゃない。私からエレジアを救おうとしたけれど、叶わなかった。それがあの夜の真実」
コヨミは息を飲む。ウタの眼差しと表情が偽りでも演技でもないことを証明していた。滝のように冷汗を掻くゴードンの様子も、ウタの発言が真実であることを裏付けしているようだ。
「―――詳しく伺っても?」
「もちろん」
ウタは大きく頷き、
「そのために、まず私が悪魔の実“ウタウタの実”の能力者であること、その能力がどういうものか、説明させて」
語り始める。
ウタウタの実に秘められた呪いを。
ウタがゴードンと共にコヨミへ真実を語っていた頃、ベアトリーゼも暗号解読を進めて自身のルーツに手を掛けていた。
「こいつら、ベガパンクよりずっと早く血統因子の存在に気付いていたのか」
“ウィーゼル”の記述が事実なら、フランマリオンは奴隷や下々民を利用しての人体実験や交配実験により、遺伝学的知見や生命工学的見識を得ていたようだ。狂人ではあるが、白痴ではない。最も始末に悪い類の手合いだ。
世界政府もフランマリオンの凶行に辟易したのか、非加盟国を弄ぶことに制約を課したらしい。その制約が効力を持つ前に、フランマリオンは実験場を作ることにしたようだ。
『箱庭』
実験場に選ばれた土地は西の海に浮かぶ島で、自然環境が過酷で貧しく世界政府に加盟できなかったものの、人々は手を取り合って互いに助け合い、牧歌的に暮らす平和な国だったという。
しかし、その島はフランマリオンの干渉によって瞬く間に荒廃した。勃興したウォーロード達が争い、群盗山賊が跋扈し、人々が互いに奪い合い、殺し合う猖獗の地に成り果てた、と“ウィーゼル”は記す。
ベアトリーゼは瞑目した。
忌み嫌っている故郷は、この世界の絶対的権力者によって作り出された人為的な地獄だった。物心ついてから自分が味わってきた多くの艱難辛苦と失望と絶望が、天竜人の妄念に起因していた。だから、海軍も周辺国も知っていながら見て見ぬ振りをしてきた。
馬鹿馬鹿しい真実を知り、天竜人に対する殺意と世界政府に対する憤怒で、血が煮えくり返る。額に青筋が浮かび、無意識に拳が握り込まれて肉と骨がミシミシと軋む。
今すぐマリージョアに乗り込んで、フランマリオンの一族を皆殺しにしよう。
いや、奴らだけでは足りない。全ての天竜人に踏み躙られた者達の怒りを叩きつけてやろう。世界政府に弄ばれた者達の憎しみと恨みを味わわせてやろう。この世界の汚物共を一匹残らず殺し尽くしてやろう。神を自称するクズ共に人間の恐ろしさを思い知らせてやろう。
――まだだ。
凶暴な衝動を抑え込むように、ベアトリーゼは大きな、とても大きな深呼吸を行う。
落ち着こう。こんなのはこの世界で“よくある話”だ。原作『ワンピース』は楽しく愉快な物語が綴られているけれど、その世界観は残酷かつ無情なのだから。
この世界にありふれた無慈悲さと残酷さが今生の故郷を襲っていた“だけ”のこと。怒り狂うほどのことじゃない。
それに手帳の全てを読み解き終えていない。
「私の勘が正しければ……もっとろくでもないことが書いてあるんだろうな」
嘆くように呟き、ベアトリーゼはカップを口に運ぶ。
珈琲はすっかり冷めていた。
○
迎える夕餉は海獣肉の分厚いステーキ、山盛りのベイクドポテト、山盛りの新鮮なサラダ、魚介のスープ。
肉の出どころはコヨミの愛馬ならぬ愛シャチのチャベスが獲ったもので、半分以上は既にチャベスの胃袋に収まっている。
「チャベスとの旅はとっても刺激的で痛快なんですけど、道中の食事が携行保存食と捕らえた魚介に限られるのが難点なのです」
コヨミはニコニコしながら山盛りのサラダをバクバク平らげていく。
「本当にあのシャチに乗って海を渡ってるの?」
「ええ。休む時は浮きテントで休むんです。ハンモックみたいで気持ちイイですよ」
目を真ん丸にしているウタへ、コヨミは得意げに語る。
「嵐とか時化とか大丈夫なのかね? 海王類などに襲われたり……」
「転覆したりしますけど、潜水服を着ていますし、チャベスが何とかしてくれます。海王類とかの類は海楼石の御守りで誤魔化せますから、意外と何とでもなりますよ」
驚き顔のゴードンにも、コヨミは自信たっぷりに応じる。
「この海獣、鹿肉みたい。美味しい」
三人のやり取りを余所に、ベアトリーゼは分厚いステーキを切り分けて口に運び、歯応えと風味と味わいを楽しむ。アンニュイ顔も実に幸せそう。
食事が済み、ゴードンが先に席を立ち、ベアトリーゼも席を立とうとするも、『お話ししたい』顔の小娘2人に捕まる。
酒の代わりに紅茶とお菓子で女子会の開始。
「本当に驚かされました。赤髪シャンクスの娘。ウタウタの実。悪意の楽譜。歌の魔王。スクープてんこ盛りです」
コヨミは取材手帳を開き、うーむと唸る。
「なにより、トットムジカのような“オマケ”が付く悪魔の実なんて初耳です」
「歳を取らなくなる悪魔の実や、能力者の命を代償に他人を不老不死に出来る悪魔の実があるらしい、と聞いたことがある」
ベアトリーゼはうろ覚えの原作知識を口にし、グラスにラム酒を注ぐ。
悪魔の実談義が進む中、
「ねえ、コヨミは7年前の事件をどう思う?」
ウタが意を決して問う。
「そーですねー……これは“事故”のような気がします」
コヨミは薄切りフライドポテトをパリッと齧り、
「この事件はいくつもの偶然が重なって重なって発生したと思うんです。
赤髪シャンクスがウタウタの実の能力者である娘さんをエレジアに連れてこなければ、事件は起きなかった。
ウタさんがウタウタの実の能力者でなければ、あるいは、トットムジカが惹かれるほどに歌が上手くなければ、事件は起きなかった。
ゴードンさんが赤髪海賊団の上陸を拒めば、それか、送別会の時にウタさんの歌唱会を放送しなければ、事件は起きなかった。
エレジアにトットムジカが封印されていなければ、もしくは封印がより強固で完全なら、事件は起きなかった。
これだけの条件が偶然に重なって事件が起きたんです。誰かしらの作為が働いたわけでも無く」
クピッと甘い葡萄ジュースを口に運ぶ。
「陳腐な表現になりますけれど、因果や運命といった、人智の及ばぬ領域で定められた出来事だったように感じますね」
「神の意図だと?」と小馬鹿にするような目を向けるベアトリーゼ。
「そう表現しても良い、という意味です。本気で神の意図があったなんて思ってませんよ」
コヨミは小さく肩を竦め、ウタへ水を向ける。
「これは間違いなくスクープです。エレジア滅亡の真相を公表すれば、赤髪の名誉は回復されるでしょう。代わりに、ウタさんが歌手として生きていくことはかなり難しくなります。トットムジカの危険性から、怖がって誰も聞いてくれないかもしれませんし、行く先々で入国を断られるかもしれません」
もじゃっとした赤茶色の髪を弄りつつ、コヨミは眉を大きく下げた。
「記者としては書かないという選択肢はありません。でも、インタビューの時に聞かせて頂いたウタさんの歌はとても素晴らしいものでした。いち“ファン”として、ウタさんが歌姫として飛躍する様を見たいし、記者として歌姫ウタの記事も書きたい。とてもアンビバレントです。悩みます。苦悩です。煩悶です」
「記事にして良いよ」
ウタは澄んだ笑みを浮かべ、
「私、言ったでしょ。隠す気はないって。偶然でもなんでも、私がトットムジカを歌ったことでエレジアの人達は命を落とした。その事実を私は背負わなくちゃいけない。そのうえで、私は世界最高の歌姫になる」
矜持と覚悟を持った挑戦者の顔で宣言する。
「私はエレジア音楽の全てを受け継いだ歌手なんだから」
「眩しい」ベアトリーゼは顔をしかめて呻く「十代女子の夢と希望に溢れた姿が眩しい。溶けそう」
「人の決意をバカにしないでよ!」吊り上がる眉目と共にウサミミ髪が屹立した。
「はわわ……格好良い」ファンになっているコヨミがほわわんとトキメく。
ベアトリーゼはラムを呷り、酒精臭い息をこぼしてから言った。
「さっきの話に戻るけれど、ウタちゃんのことは“記事次第”だな」
「と言いますと?」
コヨミが強い関心を向けてきた。ウタもまじまじとベアトリーゼを見つめる。
「人は物語が大好きだ。特に悲劇から立ち直って大きな夢を目指す若者の物語なんかは、特に好まれる」
グラスにラムを注ぎ直しながら、ベアトリーゼは言葉を紡ぐ。
「だから、“そういう風”に記事をまとめりゃあいい。
エレジア滅亡を引き起こしたウタウタの実の呪い。然して、ウタは7年に渡り、トットムジカを制御する術を学び、修めてきた。歌の魔王を御すことに成功した歌姫は、罪を背負い、夢を抱いて世界へ羽ばたく。世界経済新聞は歌姫の挑戦を今後も追っていきます。
――てな具合はどう? 批判したい奴も応援したい奴も食いつくんじゃない? その分、ウタちゃんは苦労するだろうけれど、世界の歌姫になろうってんだから、これくらいの負担は飲み込みなさいな」
「それだ――――――っ!!」
コヨミは勢いよく腰を浮かせ、椅子がすっ飛ぶ。ビクッと驚くウタを余所に、目をらんらんとギラつかせた。
「真実と事実の切り口を変えて生み出す言葉のエンターテイメントッ! これぞ新聞の精髄っ! これこそ報道の芸術っ! 何より私が担当になれば、経費でウタさんのコンサートを楽しめますっ! 素晴らしいっ!!」
「……それ、偏向報道っていうんじゃあ……」と気圧され気味にウタが指摘し、
「職権乱用も加わってるな」とベアトリーゼが笑う。
「かつて偉人は言いました」
目を輝かせながら、コヨミは不敵に言い放つ。
「面白ければなんでも良いのだとっ!!」
「報道の倫理や道徳が欠片もないな」
「執筆意欲が天元突破ですっ! お先に失礼しますっ! あああ、今夜はペンのダンスが止まりませんよーっ!!」
ベアトリーゼのツッコミを無視し、コヨミはあてがわれた客室へ向かって全力疾走していった。
「嵐みたいな娘だね……」と呆れ気味のウタ。
「そもそもシャチに乗ってグランドラインの危険な海を一人旅する奴だ。頭のネジが外れてるよ」
グラスを傾けてから、ベアトリーゼは表情を引き締めてウタへ言った。
「あいつには言わなかったけれど、この記事が出れば多分、来るぞ」
「来る? 誰が?」と怪訝そうに眉根を寄せるウタ。
「まず政府の豚共だ。奴らがウタウタの実の危険性やトットムジカを知れば、十中八九ウタの身柄を確保に動く。奴らに捕まれば間違いなく歌姫の道が断たれるだろう」
「そんな――」ウタは下唇を噛み「嫌だよ。そんなの絶対に嫌」
「もちろん彼らもこの可能性に気づく。だから、彼らも来る。間違いなく」
続いたベアトリーゼの言葉に、ウタは目を瞬かせた。
「彼ら?」
ベアトリーゼは優しい顔つきで告げた。
「娘が可愛くて可愛くて仕方ない親バカな海賊団さ」
○
曇天の払暁時。
エレジア沖に海賊旗を掲げるガレオン船が姿を見せた。
旗は髑髏に蛭が巻き付いた図柄――“脳食い”マカクが率いる血蛭海賊団だ。船尾には虜囚達が吊るされて波に嬲られている。
「前方に島影っ! エレジア発見、エレジア発見っ!!」
メインマストの見張り楼から報告が降ってきた。
「最大船速っ!! 最大船速だっ!! 走れ走れ走れぃっ!」
身長4メートルに届きそうな肉体に身を宿らせるマカクが吠えた。剥き出しの前歯と歯茎の隙間から涎がぼたぼたと垂れ落ちていく。
「グアハハハハ~~~っ! シャンクスゥ貴様の娘の命運もあと少しよォオオッ!」
マカクは血走った眼で団員に命じる。
「景気づけだっ!! “脳ミソ”を持ってこいっ! 若いメスの脳ミソだっ!」
「す、すぐにっ!」
団員達は血相を変えて後甲板に向かい、船尾に吊るされた虜囚の一人を引き上げた。
虜囚の乙女は恐怖と海水の冷たさに顔を土気色に染めていた。濡れそぼったボロ着が肌張りつき、若い体の線を明確に表していたが、そこに官能さなどはなく、ただただ憐れみを誘う。
「やめ、やめて、たす、たすけ、たすけて」
低体温症で朦朧としている乙女は、両脇を抱えられてマカクの許へしょっ引かれていく。
マカクは連れてこられた乙女の首を掴んで持ち上げ、
「ひぃ……っ」
怯え震えた乙女の耳穴へ、触手のようにうねり伸びた舌を突っ込んだ。
「――――――――――――――――ッ!!」
言語化不可能な絶叫が甲板に響き渡り、他の船員達が慄然と凍りつく。
マカクの舌が乙女の頭蓋内に浸透し、ズルズルと音を立てて脳を穿り吸い込んでいく。
ヒルヒルの実の異能。“脳食い”の二つ名の由来。マカクは人間の脳――特にエンドルフィンを始めとする脳内分泌物を摂取することで、より強くなっていく。
その在り様はもはや人間の範疇に無い。紛れもなく人を食らう怪物だ。
「あぁあああああああ堪らねえぜェェッ!!」
恐怖と絶望、肉体的限界で凝縮された脳髄の甘美なる味わいに、マカクは絶頂に似た興奮を覚え、多幸感と万能感に満たされる。
息絶えた乙女を海へ投げ捨て、狂笑を湛えて叫ぶ。
「何をぼさっとしているっ!! 船を走らせろっ!!」
狂暴にして凶悪極まるマカクだが、決して愚昧ではない。
特異な動物系能力者であるマカクは、結局のところ、他者の肉体を乗っ取ってナンボの人面蛭に過ぎない。
とどのつまり、マカクの本質は弱者なのだ。
そして、本質的に弱者であることと、生物的物質的に弱体であることは一致しない。マカクは人間的に弱者であるがゆえに、他者へ対してどこまでも狂暴かつ凶悪に振る舞える。臆病さに起因する他者への暴力性こそ、マカクを3億越えの大海賊へ至らしめた原動力だった。
であるから、事前情報でエレジアにたった二人しかいないと聞かされていても、マカクは気を抜いたりしない。いつも通り襲撃の手順を守る。
「先遣隊、上陸準備っ! 俺の予備のボディも用意しろっ!」
ガチャガチャと武装を整えていく団員達に交じり、茫洋とした大男達が用意される。
大男達はマカクの“予備ボディ”であり、既に脳の一部を食われてほとんど自我がない。最低限の生命維持能力と命令従事行動以外を持たない木偶人間だ。
雲の隙間から注ぐ曙光を浴びた島影を睨み、マカクは涎を垂らしながら哄笑する。
「グアハハハハーッ! 娘が滅茶苦茶に壊されたと知った時、貴様がどんな面になるか楽しみだぜ、シャンクスゥウウウッ!!」
○
王宮の客室で眠りこけていたところ、
「――来客が続くな」
ベアトリーゼは不穏な気配を感じ取り、ぱちりと目を覚ました。
スポブラとボクサーショーツ姿のままベッドから窓際に向かい、引き締まった腹を掻きながら見聞色の覇気を放つ。
効力圏内にヒット。
西の港外にガレオン船。短艇2艇による先遣隊が上陸中。頭数は総勢で50名前後。実力はほどほどだが、慣れた連中らしい。ガレオン船にやたら酷くケダモノ臭い奴がいる。能力者の類かもしれない。
来るなら記事が出てから海軍か赤髪海賊団だと思っていたけれど、先んじて余計なのが来たか。
「ろくに日も昇らないうちから面倒臭ェなぁ……」
ベアトリーゼは欠伸をこぼしつつキャミソールとタイトなワークパンツを身につけ、靴下とブーツを履いた。両腕に
客室を出て、ベアトリーゼは夜色のセミロングをうなじ辺りで結いながら歩いていく。
「招かれざる御客がお越しのようですね」
と、同じくコヨミが取材バッグとカメラを抱えて客室から出てきた。徹夜したらしく目が充血している。
「すぐに終わらせてくるよ。安心して寝てな」とベアトリーゼが告げるも、
「御冗談を。単独で海軍本部大将“青雉”や“大参謀”つるの精鋭部隊とやり合い、“英雄”ガープと
チャシャ猫のような笑顔を返すコヨミ。
「やれやれ。ブンヤって奴は」
ベアトリーゼとコヨミが王宮の正面玄関へ到着したところへ、ウタとゴードンが寝間着姿のまま駆けてくる。ゴードンの手には電伝虫が握られていた。
「海賊が来たようだ」
ゴードン曰くエレジアの付近にはナワバリウミウシという生き物が棲んでいて、船や大型海王類が接近するとゴードンの電伝虫に警告念波を届けるという。
「私が片付けてくる」
「私はその様子を取材してきます」
ベアトリーゼとコヨミが告げると、ウタが一歩前に出た。
「相手は大勢いるし、私も手伝う。前に海賊が来た時は私がウタワールドに連れ込んで捕まえたの。だから、今回も私が歌で海賊達を捕まえるよ」
「ウタ、危ないことは――」
慌ててゴードンが止めに入ったところへ、
「ウタちゃんは出ちゃダメ。そのうえで、見てなさい」
ベアトリーゼは後腰に交差するように下げられた鞘から青黒いダマスカスブレードを抜き、両腕にがちゃりと装着。
「今の世界に蔓延する暴力がどういうものか私が見せるから、ウタちゃんなりに”考え”を持ちなさい。暴力に対する姿勢や考えをね」
「……暴力」
ウタが顔を強張らせ、歳が近いコヨミへ顔を向けた。
「コヨミは……平気なの?」
「私は記者ですから戦いませんよ。それに、どんな悲劇も惨劇も、カメラを通してしまえば報道すべきネタに過ぎません」
「胸を張って言うことじゃあないぞ、ブンヤ」
しれっと答えるコヨミへ辟易顔を返した後、ベアトリーゼはコヨミを伴って港へ向けて歩き出す。
「よく考えたら皆殺しは死体の始末が面倒臭いな。少し生かしておいて掃除させるか」
「コワッ! 流石は血浴っ! 命の扱いが軽いですね!」
「言っておくけど、海賊に襲われても助けないからな?」
「助けて下さいよっ! 私達、一緒に御飯を食べた友達じゃないですかっ!」
「友達の垣根が低くない?」
殺し合いの場へ赴くのに気安いやり取りを交わす2人に、ウタはなぜか赤髪海賊団を思い出した。
Tips
ベアトリーゼ
前世記憶と知識のおかげで意外と賢い野蛮人。
コヨミ
世界経済新聞らしい記者精神の持ち主。面白けりゃあ良いのだ。
ウタ
幼少期に過ごした外の世界は、こんな変人ばかりじゃなかったはず、と思わなくもない。
ナワバリウミウシ
原作ガジェット。初出は万国編。
エレジアに存在することは独自設定。
弱肉強食の世界でエレジアみたいな小国が生きるには、こういう早期警戒システムは必要だろうな、て。