彼女が麦わらの一味に加わるまでの話   作:スカイロブスター

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佐藤東沙さん、米田玉子さん、金木犀さん、拾骨さん、烏瑠さん、誤字報告ありがとうございます。

ちょい長めです。


47:蛮姫無双。歌姫哀唱。

 曇天の早朝。まだ薄暗いエレジア港へ入港した2艇の短艇から血蛭海賊団先遣隊が上陸。銃や刀剣を抱えながら、街へ向かって進んでいく。

 

「植物に食われかけた廃墟と瓦礫しかねえな」

「金目のもんが残ってると良いんだがな。赤髪の娘を輪姦(マワ)して終わり、じゃアゴアシ代で赤字だ。最悪、俺達が船長の餌にされちまう」

 海賊達は顔を恐怖で大きく歪めつつ、苔と雑草に満ちた大通りを進んでいく。

 

『先遣隊。状況を報告せよ』

 通信機代わりの電伝虫から航海長の声が届く。

「事前情報通りでさぁ。街は完全に廃墟で、人っ子一人いねェです。今、大通りを通って街の広場へ進んでます」

 

『了解。俺達も上陸する。お前達はそのまま進んで王宮を制圧しろ。赤髪の娘は捕まえるだけで手を出すなよ。“一番槍”は船長だ』

「分かりやした」

 通信を切り、海賊達は足を進めていく。

 

「他人の身体で女を犯して気持ちイーんスかね?」「知らねえし、知りたくもねえよ、そんなこと」「赤髪の娘とかヤバくね? 絶対に復讐される。四皇に海の果てまで追われるぞ」「……楽に殺しては貰えねえだろうな」「だからってどーしよーもねーだろ。船長に脳ミソ食われるか、赤髪の娘をとっ捕まえてマワすかだ」

 そんなことを話しながら、仄暗い街を進んで広場に近づいていくと――

 

「待て。何か聞こえる」

 先頭を進んでいた斥候役の男が右手を挙げた。瞬間、海賊達は道の両端へ散開し、上下左右へ耳目を澄ませた。下手な海軍部隊よりも軍隊的な動きは彼らの経験値の高さを証明している。

 

「―――これは、鼻歌?」

 斥候役の男は小銃を構えながら広場へそろそろと進み、残りの面々は大通りの両端に広がったまま追随していく。

 

 大通りに繋がる中央広場。

 その中心で小麦肌の美女が『酔いどれ水夫』を口ずさんでいた。

 

「あれが赤髪の娘か?」「いや、違うだろ」「腕に付けてんのは、ヤッパか?」

 海賊達がひそひそと話す中、斥候役の男が小麦肌の美女へ銃口を向けて誰何する。

「誰だ、お前」

 

 美女は歌を止めて暗紫色の瞳を向け、艶やかな唇を三日月の形に歪めた。

「お前らの死だよ」

 

 刹那。

 夜色の髪が踊り、美女は斥候へ肉薄。青黒い刃が曙光を反射して煌めき――斥候が一瞬で左右に両断される。真っ二つにされた体が血と臓物をこぼしながら崩れ落ち、

 

 うわぁああああああああああああああああっ!?

 

 早朝の廃墟に先遣隊の悲鳴が響き渡り、反射的な銃声が幾重も轟き、そして、人体の破壊される音色と断末魔が続く。

 

 中央広場で始まった悲愴な戦闘交響曲は、港で上陸作業を進めていた本隊の耳にも届く。

「先遣隊、何が起きた。応答しろ、先遣隊! 先遣隊!」

 電伝虫に怒鳴る航海長。街の奥――広場のある方を窺う船員達が顔に不安を滲ませる。

 

 太い腕を組み、マカクは忌々しげに舌打ちした。

「赤髪の娘だけあって一筋縄ではいかねェか。父娘揃って苛立たせやがるぜェ……っ!」

 

 マカクは覇気使いではないため、見聞色の覇気で探索調査の類は出来ない。よって、広場で先遣隊と交戦している存在の正体を予備情報と合わせて判断し、誤認した。

 

 不意に悲愴な戦闘交響曲が途絶える。

 この静寂の意味が分からぬ者はいない。マカクは航海長の手から電伝虫を奪い取り、苛立ちを込めて問う。

「先遣隊。報告しろ」

 

『彼らは答えられないよ。私が皆殺しにしたから』

 気だるげな女の声で剣呑な返答が届き、海賊達が身を強張らせた。

 

「貴様が赤髪の娘か」マカクが額に青筋を浮かべる。

『私はお前らの死だ』

 通信が切られ、マカクは電伝虫の通話器を握り潰した。

 

「クソガキがぁ~~~っ!! 父親同様に俺様を舐め腐りやがってよォオッ!!」

 誤解したままビキビキと額に幾つも青筋を浮かべ、マカクは吠えた。

「総員戦闘準備っ!! クソガキを八つ裂きだぁあああああああっ!!」

 

 おぞましい怪物の大喝に海賊達が慌てて戦闘態勢を取り始めたところへ――

 麗しい怪物が空から海賊達のど真ん中へ舞い降りて。

『死』が荒れ狂う。

 

     ○

 

 夜色の髪をたなびかせながら、ベアトリーゼは敵中のど真ん中で高速内線機動戦を開始した。

 

 蛮姫が地を舞いながら、両手の厳めしいカランビットと両腕のダマスカスブレード、必殺の四刀を走らせる。

 海賊達は肉を斬られ、臓腑を貫かれ、骨を断たれる。喉を裂かれ、臓腑を抉られ、首や四肢を斬り飛ばされ、頭をカチ割られ、胴を両断される。

 

 蛮姫が天を踊りながら、高周波を宿した必殺の拳打足蹴を振るう。

 海賊達は武器や防具ごと肉体を砕かれ、潰され、爆ぜさせられ、壊される。

 

 剣林槍衾をするりと避けながら、拾い上げた銃を乱射し、奪い取った爆弾を投げつけ。

 砲煙弾雨をさらりとかわしながら、手近な者を肉壁にしたり、同士討ちや誤射を誘ったり。

 

 一方的に命を狩り続ける最中、蛮姫は微かに口端を歪めた。

 鍛えた身体を思うままに駆使し、縦横無尽に躍動させる快楽。

 研いだ技を思う存分に行使し、縦横自在に駆動する歓喜。

 暴力衝動を曝け出し、縦横無碍に振る舞う喜悦。

 蛮姫は久々に血を浴び、妖艶に嗤う。

 

「うっわぁーっ! すげーっ!」と物陰から世界経済新聞の特派員が夢中で撮影し続ける。

 

 圧倒的暴威を前に海賊達が恐怖した、刹那。

「クズ共がぁっ! メス脳ミソ一匹に無様ぁ晒してるんじゃあねえっ!!」

 鼻と上下唇が失われた大男が仲間の海賊ごと大斧を振るった。斬り飛ばされた海賊達の影から鮮血に塗れた剛刃がベアトリーゼに迫る。

 

「そんなすっとろいナマクラなんざ」

 死角から襲い掛かる大斧へ、ベアトリーゼは右のダマスカスブレードを一閃。青黒い木目状刀身が大斧の刃を枯れ枝のように斬り飛ばす。

 跳ね跳んだ刃が不運な海賊の頭に突き刺さる中、ベアトリーゼは大男へ飛び掛かった。

 

「ちょこざいなあっ!!」

 大男がベアトリーゼの頭部よりも大きな右拳で迎え撃つも、ベアトリーゼはつまらなそうに目を細めながら武装色の覇気で拳を漆黒に染め、

周波衝拳(ヘルツェアハオエン)ッ!」

 大男の右拳自体を殴り砕く。高貫徹力の打撃衝撃波は拳だけでなく、大男の右肘の辺りまで木端微塵に吹き飛ばした。

 

 が。

「グワッハハハーッ!!」

 爆砕されたように右腕が砕け散ったにもかかわらず、大男は哄笑と共に左拳を繰り出す。

 

 痛みをまったく感じずに反撃を繰り出す様に意表を突かれたものの、

 ――無痛体質か? いずれにせよ、動き自体はトロ臭い。

 ベアトリーゼは動じることなく後の先を取る。大男の左拳を右のダマスカスブレードで斬り落とし、そのまま身を捩じり、遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを胸部へ叩き込む。

 

 武装色の覇気で破砕槌と化した左踵が大男の分厚い胸板を叩き潰し、頑健な胸骨と肋骨を砕き割り、心臓を圧潰させる。蹴りの貫通衝撃波はなおも止まらず、背筋を引き裂いて背中から血肉を噴出させた。

 

 しかし、

「グアワハハハハ――ッ! 無駄だぁああっ!!」

 大男は死ぬどころか高笑いをしながら、手首から先のない左腕でベアトリーゼを殴りつけた。

 

「ちっ!」

 バク転で攻撃をかわし、ベアトリーゼは眉根を寄せて大男を睨む。

 ――心臓を蹴り潰した感触があった。なんで生きてる? 何かの能力者か。

 

「どこの誰だろうと、このマカク様の息の根を止めるこたぁあ、でーきねンだよぉおおっ!! グワァハハハーッ!!」

 両手を失い、胸部が陥没した大男はマカクと自称しつつ、狂笑した。

 

 ……んん? マカク? ベアトリーゼは眉間に深々と皺を刻む。どこかで聞いたような名前だな。ま、いっか。

 

 マカクはベアトリーゼを睨む。

「だいたい何者だ、貴様ぁーッ! シャンクスの娘ではあるまいっ! この島にはシャンクスの娘と元エレジア国王の2人しかいないはずだろぉがあああっ!!」

「居候」ベアトリーゼがしれっと答える。

「いそぉろーだとぉっ!? 舐めよってからにぃ――まぁあいい。ちょっと待っとれぃっ!」

 

 血塗れの身体で平然と歩き、マカクは茫洋と突っ立っていた大男の許へ歩み寄って、

「ボディジャックッ!!」

 ぞろりと首が伸び、口がタライもかくやと大きく広がって大男の頭に被りつく。

 

 大男の頭を丸呑みした直後、血塗れの肉体から蛭のような体がずるりと這い出し、頭部を失った血塗れの体躯がどさりと崩れ落ちた。蛭状の身体が大男の体内へ――おそらく食道を通ってずりずりと侵入していく。

 そして、蛭のような体が大男の体内へ完全に侵入し終えると、男の頭部がマカクのものにすげ変わった。

 

「グワァハハハハーッ! どぉうだーっ! この“脳食い”マカク様は賞金3億越えの大海賊にしてヒルヒルの実の蛭人間っ! 俺にとって他人は全て予備ボディよぉおっ!!」

 大男の脳内分泌物を食らって昂ぶり嗤うマカクに対し、ベアトリーゼは端的に答えた。

「キモチワルッ」

 

 周囲の海賊達が『言っちゃったーっ!?』と言いたげに顔を引きつらせる中、マカクが顔を真っ赤にして激高した。

「貴っ様ーァッ!! このマカクを惨めで無様な寄生虫野郎と侮辱したなあッ!」

「そこまで言ってない。お前、被害妄想が酷いぞ」

「許さんっ! 貴様の脳ミソをペロペロ吸い取ってくれるわ―――――っ!」

「人の話を聞かない奴だな」

 ベアトリーゼは物憂げな顔を面倒臭そうにしかめた直後、

 

「剃っ!」

 ずどんっとマカクの巨体が跳ね躍る。

「!?」

 一瞬でベアトリーゼの眼前に迫ったマカクが剥き出しの前歯と歯茎から涎を流しながら、

「グワッハハハーッ!! くらえぃ指銃乱れ撃ちっ!!」

 一本貫手の弾幕を繰り出す。

 

 嵐の如き一本貫手の乱れ撃ちを軽やかにいなしきり、ベアトリーゼは後の先でマカクの頭部へ跳び回し蹴りを放つ。ボディの挿げ替えが出来るとしても頭を潰せば。

 

「紙絵っ!」

 も、マカクはその巨躯からは信じられぬほど軽やかな身のこなしを発揮し、ベアトリーゼの蹴撃をかわした。一旦距離を取り、自信たっぷりにぐつぐつと喉を鳴らす。

 

「驚いたかぁ? 俺は取り憑いたボディの持つスペックを完全に発揮できるのだぁーっ! この元海兵のボディは中々に優秀……貴様の小賢しい動きなど通じぬわ――――っ!!」

 

「……寄生虫風情が偉そうに」

 嘲られたベアトリーゼは苛立ちを滲ませ、双眸に冷酷さだけでなく残酷さも宿す。

 頭を叩き潰すかプラズマで焼き尽くすか迷っていたけれど、止めた。虫けらには虫けららしい始末をつけよう。

 

「負け惜しみよのぉ――っ! 嵐脚っ!」

 巨体から放たれた豪快な蹴りの鎌風が海賊達と港湾施設を斬り刻む。しかし、ベアトリーゼを捉えることは出来ず。

 

「すっとろいんだよ、虫けらが」

 鎌風を掻い潜ったベアトリーゼは一瞬でマカクに肉薄。武装色の覇気をまとった右拳をマカクの水月に叩き込む。

 砲弾の如き右拳の打撃力が分厚い腹筋を容易く貫通し、胃や肝臓などを圧潰させ、脊柱に砕き割る。加えて、体内に侵襲した拳から放たれた高周波衝撃が、血液を沸騰させて大量の高圧気泡を生み――

 

 ばあん。

 

 水風船が爆ぜるごとく、巨体の上体が千切れ飛ぶ。

「なぁあああああああああああッ!?」

 マカクの吃驚を聞きながら、ベアトリーゼは拳を引き戻す反動を用い、くるりと身を回して跳び後ろ回し蹴りを放つ。踵にマカクの頭を引っ掛け、ずるりと破損した巨体から人面蛭を引きずり出し、地面に踏みつけた。

「グバアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 ベアトリーゼは足の下でうぞりうぞりと藻掻き暴れる人面蛭を蔑むように見下ろし、

「なんでこんな雑魚が私より賞金が高いんだか」

 今更ながらに思い出す。

 

 こいつの名前とナリ、銃夢の魔角モドキじゃん。そういや、ブンヤのコヨミとかフランマリオンとかいろいろ被ってるけど、これって偶然? それとも、私と同じ”異物”?

 まさかとは思うけど、ノヴァ教授とか居たりしないだろうな。

「お前がアッパラパーなのは、デコに印が刻まれた奴に何かされたりしたせい?」

 

「あぁ? 何言っとるんだ貴様ぁ? 俺をバカにしとるのかーッ!!」

 憤慨するマカクに、ベアトリーゼは密かに安堵する。あ、ノヴァに弄られたわけではないのか。じゃ、偶然だ。あーよかった。

 

『銃夢』原作において、魔角は悲惨極まる生まれ育ちの末、狂科学者ディスティ・ノヴァの人体実験によってサイボーグにされた挙句、他人の脳ミソを食わねば生きていけない化け物に成り果てたという、憐れな過去があった。

 しかし、眼前のマカクを称する男はイカレ科学者にナニカされたわけではないらしい。

 

「おのれええええええっ! このメス脳ミソがああああっ! 食ってやるっ! 必ず貴様の脳ミソをチューチューペロペロ食らってくれるわーっ!!」

「うるさい」

 ベアトリーゼは足の下でぎゃあぎゃあと喚くマカクを海へ向けて蹴り飛ばした。

 

「グアァバアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 港外まで遠く蹴り飛ばされたマカクは優雅な放物線を描いて着水。そのまま沈んでいった。悪魔の実の能力者は母なる海に嫌われ、決して泳ぐことが出来ない。

 

「虫けらは虫けららしく魚の餌になっちまえ」

 残酷な冷笑をこぼしてから、ベアトリーゼは海賊達の残余へ向き直った。

「後始末用に5人ほど残して皆殺しに……ん?」

 

 海賊達の残余はしばしマカクが沈んだ海を凝視した後、武器を落としてへたり込み、啜り泣き始めたり、歓声を上げたりしていた。

 

「なんだぁ?」

 ベアトリーゼは目を瞬かせ、困惑する。

 

 まさか海賊達がマカクの恐怖支配から解放されたことに感涙や歓喜しているなど、想像の埒外だった。

 曇天からぽつぽつと雨が降り注ぎ始め、ベアトリーゼは小さく鼻息をついた。

「あーあ、降ってきちゃったよ」

 

      ○

 

 戦いが終わり、押っ取り刀で港に駆けつけたウタとゴードンは、惨状に言葉を失った。

 血蛭海賊団は半数が骸を晒し、もう半数も半死半生状態。五体無事に生き残っている者は10人といない。

 さらに言えば、海賊船の船尾に吊るされていた虜囚達もまた、死神に肩を掴まれているような状態だった。

 

 雨が降り注ぐ中、後始末が始まった。が、ベアトリーゼは冷酷に言い放つ。

『まずは捕まってた連中の手当て。負傷した海賊共? ほっとけ。こいつらは私が世話になってるゴードンさんと大事な友達のウタちゃんを襲いに来たんだ。死んだって構わない』

 

 かくして、武装解除して拘束した海賊達は、無事な者も負傷者も死にかけている者も雨曝しで放置。

 ベアトリーゼ達は虜囚達を港湾施設内へ運び、手当てを始める。も――

 

「ダメだな」

 虜囚達の容態を確認したベアトリーゼが物憂げ顔で溜息を吐く。

「手遅れだ。助けられない」

 

「そんな……」

 ウタは端正な顔をくしゃりと泣きそうに歪め、ベアトリーゼとゴードンを見る。

「何とかできないの?」

 

「症状が重すぎる。手の施しようがない」

 ベアトリーゼはウタへ答えつつ、ゴードンを窺う。ゴードンも力なく首を横に振る。

 

 虜囚達は長時間の半溺水状態にあったため、重度の低体温症と全臓器の代謝機能低下、大量の海水誤飲による低酸素症などを起こしていた。既に意識がない者もいる。

 ここまで症状が重いと単に温めても助けられない。レスピレーターで体内加温が出来る医療設備が要る。もちろん、本職の医者や看護師も必要だ。

 

 しかし、エレジアが滅んで7年。島内の病院は廃墟になって久しく、医者も看護師もいない。ゴードンは音楽家で医学など修めておらず、ベアトリーゼも軍隊時代に教わった野戦応急処置以上のことは出来なかった。

 助けようがなかった。

 

 ベアトリーゼは少し考えてから涙を滲ませるウタへ提案した。

「歌を聞かせてあげて」

 

「え?」ウタは濡れた薄紫色の瞳を瞬かせる。

 

「せめて安らかに逝けるよう優しい歌を聞かせてあげて。苦痛と恥辱を忘れ、幸せな思い出に浸りながら逝けるように。ウタウタの実の能力者で、最高の歌声を持つウタちゃんにしかできないことだから」

「……うん」

 ウタは使命感に近い感情を抱き、強く頷いた。

 

 ベアトリーゼが外へ出ていき、コヨミもその背に続く。

 コヨミはウタウタの実の仮想世界を体験してみたいという欲求はあったが、死にゆく人々の最期の時間を土足で踏み躙るほど堕ちていない。

 

 大きく深呼吸した後、ウタはゴードンの立会いの下にアカペラで歌い始める。加えて、ウタウタの実の力も使い、死にゆく虜囚達の意識を仮想世界(ウタワールド)へ転送。彼らに夢を見せる。海賊達に全てを奪われる前の、幸せな時間を過ごしていた頃の夢を。

 持ちえる全ての善意と優しさを込め、ウタは歌い続けた。

 

 

 

 

 ウタが優しい歌を紡いでいる間、ベアトリーゼは五体無事な海賊達の拘束を解き、後始末をやらせた。

 

 拘束を解かれた海賊達はまだ息のある仲間の手当てをし、仲間の死体や肉片の片付け、血肉に汚れた広場と港を洗浄していく。

 

 コヨミは戦場掃除を行う海賊達をパシャパシャと写真に撮りつつ、ベアトリーゼに尋ねる。

「彼らをどうするんです? 船に乗せて追い出す感じですか?」

 

「表向きはな。沖合に出た辺りで船ごと沈める。他所であれこれ吹聴されると面倒だからな」

 ベアトリーゼはダマスカスブレードの手入れをしながら、さらっと怖いことを言う。

 

「わざわざそんな手間をかけるのは、ウタさんの心情を慮ってですか?」

 コヨミはシャーレを覗き込むような顔で問いを重ねる。

「それとも、何か狙いがあるので?」

 

「さてね」

 ベアトリーゼはアンニュイ顔で雨空を見上げる。

「ところで話は変わるけど、コヨミの実家って飲み屋だったりする?」

 

「? いえ、父はフツーの勤め人で、母もフツーの主婦です。故郷を飛び出して記者をやっているせいか、家族や親戚一同から異端児扱いされてます」

 コヨミはきょとんとしながら簡単な身の上話を披露した。

 

 ふーん、とベアトリーゼは髪を弄りながら考え込む。

『銃夢』のコヨミと全然違うな。あの虫けら野郎も名前とナリは『銃夢』の“魔角”まんまだったけど、ノヴァみたいな奴にナニカされたわけではなかったし……ん。やっぱり偶然の一致か。

 

「どうかしました?」

「いや。腹減ったなと思って」

 訝るコヨミにテキトーな返しを告げ、ベアトリーゼはダマスカスブレードを後ろ腰の鞘に収めた。すらりとした体を伸ばし、艶めかしい呻き声を漏らしてからコヨミを横目に捉える。

「例の特集記事。次はいつになりそう?」

 

「んー、そうですね」コヨミは頭の中で算盤を弾き「本社に原稿と写真を送った後はボスの判断次第ですけど、構成やらなんやらで一週間前後くらいですかね」

「なら、十日以上先か」とベアトリーゼは唇を弄りながら独りごちた。

 

「? 何がです?」

 興味深そうにこちらを窺うコヨミへ、ベアトリーゼはにやり。

「内緒」

 

      ○

 

 小雨が注ぐ夕暮れ。どこか切ない雨音が王宮図書室に響く。

 ウタはベアトリーゼの隣に腰かけ、ぼうっと雨に濡れる中庭を見つめていた。

 

 隣のベアトリーゼは本日の出来事をまったく気にした様子を見せず、日課と化した黒い手帳の解読作業を続けている。

 ちなみに、血蛭海賊団の残余は死者の埋葬を終えた後、武装解除と金品没収の末に島から放逐され……沖合に出た辺りでベアトリーゼの追討を受け、船ごと海底に没した。

 もちろん、ウタとゴードンは知らない。

 

「……あの人達ね」

 ウタは瞑目してぽつりと呟く。死にゆく虜囚達の顔が瞼裏に浮かんでいた。

仮想世界(ウタワールド)を閉じる時、言ってくれたの。ありがとうって」

 

 ベアトリーゼは手を止め、顔を上げた。

 ウタは今にも泣き出しそうな顔をベアトリーゼに向ける。

「私、あの人達の最期の時間を幸せに出来たのかな……」

 

「彼らが幸せに逝けたのかは、私にも分からない。でも、きっと救われたと思うよ」

 ベアトリーゼはウタを抱き寄せ、紅白二色の頭を優しく撫でる。

「頑張ったね」

 

 歌姫は蛮姫の胸に顔を埋め、静かな嗚咽をこぼした。




Tips
ベアトリーゼ。
 今更ながらに銃夢要素の名前が並ぶことに気付く。
※ベアトリーゼが銃夢ファンという設定を忘れていたため。今までベアトリーゼが銃夢関連の単語や名詞をスルーしてきたことの辻褄合わせです。
 伏線ではありません。

ウタ
 暴力の現実と人の生死に触れて、ちょっぴり大人になった。

マカク。
 海中に沈んで間もなくデカい魚に丸呑みされた。

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